風祭文庫・アスリート変身の館






「競パンの呪い」



原作・inspire(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-272





キーンコーン!

学舎にチャイムの音色が響き渡ると、

ザワザワザワ

その音を合図にして静まりかえっていた校舎内に一斉に喧噪がわき起こる。

だが一枚の壁を隔てたとある空間には喧噪は未だ押し寄せず、

………。

静寂さを保っていたのであった。

更衣室。

湿気とそこを訪れた者たちが残していった汗の臭いが入り交じった空気が支配し、

部屋の中に無言のまま置かれたロッカーの隊列が独特の景観を作り上げている。

そしてロッカーの中に…一着の競泳パンツがあった。

誰が使用していたのか、

何の目的でそこに置かれているのか、

いっさい不明の競泳パンツは静かにその時が来るのを待っていた。

やがて頑な拒んできた喧噪がその更衣室にまで押し寄せてくると、

ガラガラ!!

引き戸になっている戸が開けられる音が響き、

「おいっ、

 1年。

 ロッカー掃除頼んだぞ」

「うぃっす」

と言う声が更衣室に響き渡る。

そして、

「ちゃっちゃとやろうぜ」

「かったるいなぁ」

「文句を言うなっ、

 練習時間がなくなるだろう」

とハッパをかける声が響くと、

ガチャ

ガチャ

次々とロッカーの扉があけられ、

中の掃除が始まったのであった。

掃除は全てのロッカーを対象としているらしく、

一つが終わればその隣が掃除され、

徐々に競泳パンツが待つロッカーへと近づいていく、

そして、

ガチャッ

そのロッカーの扉が開かれたのであった。

カッ!

中に吊されていた競泳パンツにとって久々に浴びる外の光。

その光を受けて、

キラッ!

競泳パンツは精一杯光り輝いてみせると、

「おや?

 こんなところに競パンが…」

と言う声とともに一人の男子生徒がロッカーの中をのぞき込んでくる。

そして、

「うーん、

 かなり古そうだけど…」

と言いながら男子生徒は掃除ついでにロッカーの中に手を入れ、

競泳パンツに手をかけるとそれを取り出してみせる。

「ん?

 んん?

 なんか名前が書いてあるな…なんだ、

 『椙原誠(すぎはらまこと)』…」

小首を傾げながら競泳パンツのタグに掛かれている文字を読む男子生徒の名前は杉原達也。

水泳部の期待の新人である。

しかし、いくらフォームが早いとはいえ達也はあくまで新入りであり、

新入りであるが故に達也は雑用係としてコキ使われていたのであった。

「どうするか、

 いらない物は捨ててもいいって言われているし」

チッ

と軽く舌打ちをしながら達也は競泳パンツを丸めると、

ゴミ箱へ狙いを定めて放り投げようとするが、

不意にその動きを止めるとその手を納め、

「一応持って帰ってみるか…」

と競泳パンツをズボンのポケットにねじ込んでしまったのであった。

だが、その競泳パンツには思いがけない力があることを達也は知る由も無かった。



だが事件が起きたのは翌朝のことだった…

「うっおっ重い…」

自分のベッドで寝ていた達也はまるで圧し掛かってくるような重さによって、

深い眠りの底から呼び起こされてくると、

「…きて

 …ねぇ、起きて」

と彼の耳元で囁く声が聞こえてくる。

「ん?

 この声は…」

聞き覚えのある声に達也は目を開けてみると、

ぬぉぉぉぉっ!!!

まるで覆いかぶさるようにして黒い影が迫っているではないか。

「うあああああああああ、

 だ…誰だ…」

突然の事に達也は悲鳴を上げ、

思いっきり突き飛ばしてしまうと、

「きゃっ!

 痛いっ」

影は少女のような悲鳴を上げて部屋の隅へと転げ落ちてしまったのであった。

「きゃっ?」

影が上げた声を聞いて達也はハッとして見せるが、

しかし、影が転げ落ちた先を見ると裸の男が一人うずくまっていたのである。

「だっ誰だ、お前っ」

日に焼けた赤銅色の肌を晒し、

絞り込まれた肉体美を見せ付ける男に向かって達也は声を上げると、

「お…おにいちゃん…あたしよ…

 妹の…真琴よ…」

と男は返事をしてみせる。

「真琴?

 本当に真琴なのか…」

その声を聞いて達也は男をマジマジと見てみると、

確かに姿は男のものだったが、

面影は達也の一つ年下の妹・真琴の顔であった。



「なっなんで?」

女子高に通い吹奏楽部に所属する華奢な妹が、

一夜のうちに筋骨たくましい男性の肉体になっていることに達也は呆然として見せると、

「実は…廊下に置きっぱなしだったお兄ちゃんの鞄を片付けようとしたら、

 中から水着が出てきて、

 それを拾ったら、

 急に変な衝動に駆られて…

 そして、うっかり足を通したら…こんなことに…」

と訴えてみせる。

「水着?」

妹の口から出た言葉を聞いて達也は改めて見ると、

なんと妹の股間をあの競泳パンツがピッチリと覆っていたのであった。

「そういえば、

 すぎはらまこと…

 どこかで聞いたことあると思ったけど…そうだ、思い出した。」

椙原誠…彼は昔の水泳部に期待のエースとして入ってきた男であったが、

しかし、彼は志半ばにして交通事故で無くなった…と…聞かされ、

さらに、部誌に載っていた彼の顔はどこか妹・真琴の顔に似ていたのであった。

おそらくはその彼の怨念がパンツに宿ってしまったのだろう…

達也はその日学校を休むと、

真琴をその姿のまま霊媒師のところへ連れて行った。

「うーん…やはりこれにはその男の怨念が関係しているようだな…」

霊媒師は首をかしげながらもそう断言してみせると、

「元に戻るにはどうしたらいいんですか…」

達也は問いただす。

しかし、

「その男の夢をかなえてやるしかないようじゃな…」

と霊媒師は指摘すると、

そのまま黙ってしまったのであった。

かくして真琴は転校生として達也の高校に入り水泳部へと入部した。

もともとが吹奏楽部で肺活量があったためか真琴はどんどん記録を伸ばしていた

そして、真琴は念願のオリンピック強化選手になることが出来たのである。

これで真琴は元の姿に戻る…しかし、現実は甘くなかった。

それはある日のプールのことだった。

「お兄ちゃん、まだそんなに遅いの?

 早くあたしを負かしてよ」

すっかり調子付いてしまった真琴はその姿のまま達也をしごきだしたのだ。

「そのうちお仕置きしちゃうんだから…」

「勘弁してくれよ…」

そんな声がプールにこだまする。

この光景はいつまで続くのか。



おわり