「５番、雉沼、

　宜しくお願いします」

青空の下、

フィールドに思いっきり響き渡るように

俺は声を張り上げて自分の番号と名前を叫ぶと、

ピッ！！

甲高いホィッスルが鳴り響く。

その音を合図と共に

タッ！！

ボールを片手にフィールドへと飛び出していくと、

待ち構えていたショルダー姿の先輩や後輩たちが一斉に飛び掛ってくる。



「うらぁぁぁ！！」

向かってくるアメフト部員達をかわし、

そして蹴散らせながら、

俺は１００ヤード向こうに聳え立つポールに向かってひたすら走り続ける。

カシャカシャ

ギシッ！

ギシッ！

俺の動きに合わせて

身に着けているアメフトのショルダーが軋む音をあげ、

その音を聞きながら俺は風を切る。

１００ヤードを全速力で走りぬけ、

その勢いのまま天空に向けて聳え立つポールを潜り抜けると

ピッ！

再びホイッスルが鳴った。



「５番、雉沼

　よしっ

　合格！！！」

俺のタイムを測っていたコーチが声を張り上げると、

「ハァハァ

　ハァハァ

　あっありがとうございます」

息を切らせながら返事をすると

そのまま倒れ込んでしまう。

「ハァハァ

　ハァハァ」

呼吸を整えながらゴロリと仰向けになり、

「○番、佐竹、宜しくお願いします！！」

次にテストを受ける者の声を聞きながら、

俺はヘルメットの中より空を眺めていると、

「空って、

　こんなに青かったっけ…」

と呟く。

確かに俺が見ている空は雲ひとつ無い青一色に染まっていた。



「ハァハァ

　ハァハァ

　ハァ……

　うしっ！！」

３分程度だったと思う、

呼吸を整えた俺は地面を叩いて起き上がると、

「よう、雉沼っ

　やったじゃないか」

と俺のレギュラー入りを褒め称える声が響く。

「なぁに、大したことないですよ」

その声に俺はニヤケながら返事をして、

湧き上がってくる喜びを誤魔化すかのように、

スパイクの先で地面を軽く突っつく仕草してみせると、

「残念ながら、俺はダメ。

　あーったく、

　自信あったのになぁ」

と声をぼやく声が聞こえてくる。

そんな声を聞きながら俺は自分の腕を見ると、

俺の腕は日に焼けすっかり赤黒くなっている。

そして、

「ふぅ」

それを眺めながら俺は大きく深呼吸をすると、

ムワッ…

汗と泥で汚れたユニフォームから

立ち上ってきた饐えた臭いが鼻を突いてきた。

「うっ

　クセー」

悪臭に絶えられず

鼻を押さえながら叫んでしまうと、

「なに言っているんだ？

　洗濯してねぇーからだろう？

　さっさと洗濯しろよ、

　こっちまで臭ってくるじゃないか」

との声と共に俺の脇が突っつかれる。

「うるせー、

　色々と忙しいんだよ、俺は」

図星を突かれ不機嫌そうに俺は言い返すと、

「おーしっ

　集合だ！」

コーチが声を上げた。

そして、その声に動かされるようにして、

俺たちはコーチの周囲に集まると、

「レギュラーテストに合格したものは、

　雉沼、

　お前たった一人だ！

　まったく情けねーぞ！」

とコーチは俺一人がこのテストを合格したことを告げる。

「ウィッス！！」

コーチに向かって俺は大きく返事をすると、

コーチは隣に立つキャプテンに声をかけ、

ユニフォーム・ショルダー姿のキャプテンが

コーチに代わって前に立つと、

「お前達は春からはアメフト部の中核を担うんだぞ、

　それなのにこの様では先が思いやられる。

　その弛んだ気持ちを引き締めるために、

　いまより紅白戦を行う。

　負けた側は今日より２週間、

　ユニフォームもショルダーも脱ぐことを禁止するからな」

と声を張り上げる。

「えぇ！！」

それを聞いた俺達から一斉に声が上がると、

「文句を言うな！！

　さっさと準備をしろ！」

俺たち声に怯まずキャプテンはさらに声を張り上げて命令をすると、

「紅白戦だってよ」

「負けた側は２週間これを着たままだってよ」

「たまんねーな」

「うぇぇぇ」

ショルダー・ユニフォームで完全に固めている俺たちは

この格好のまま２週間も過ごすことになることに

背筋を寒くしながらフィールドへと向かっていく。

と、その時、

「………」

小便をもよおした俺は

ザッ

足を反対に向けると

向かっていたフィールドから離れはじめた。

「こらぁ！！

　雉沼っ

　どこに行く？！」

そんな俺にキャプテンは怒鳴り声を上げると、

「ションベンでーす、

　それくらいは良いでしょう」

と俺は声を張り上げ返事する。

「５分で戻って来い！！」

俺の返事にキャプテンは時間を区切ると、

「あっ俺も付き合う」

「俺も」

「俺も…」

とたちまち数人が俺の後を追いかけてきた。



ジャァー…

グラウンドの隅にある男子トイレで俺達は一直線に並ぶと、

用意が出来た者から順に勢い良く放尿を開始する。

「なぁ、どぅ思う？」

用を足しながら一人が声を掛けると、

「キャプテンかぁ？」

「そーだなぁ、

　張り切っているのはいいけど、

　少し空気読めって言いたいなぁ」

「まぁな…」

仲良く並びながらそんな会話がトイレに響き渡る。

すると、

「ん？

　なんだ、雉沼っ

　お前、まだ出さないのか？」

なかなか俺のところから音がしないことに気づいたのか

俺の隣に立つ高岡が声を掛けてくると、

「んっあぁ…」

俺はそんな返事をしながら悪戦苦闘した後、

やっとの思いでチンポを取り出して便器に向けると

その途端、俺の膀胱から出てきた小便がチンポの中を通り、

ジャァァァァ…

噴出を開始した。

「ふぅ…」

自分の体から流れ出る小便の振動を感じながら俺は身体の力を抜くと、

「おっ、雉沼のってデカイな…」

いつの間にか覗き込んできた高岡がそう感想をいう。

「いっいいじゃないかよ」

そんな彼に向かって俺は怒鳴ると、

「なぁに恥ずかしがっているんだよ、

　男同士だろう、

　ハハ

　それだけのモノが突っ込まれたら女みんなヒィヒィ善がるぜ
　
　まったく親に感謝するんだな」

先に自分のチンポを仕舞いこんだ高岡は笑いながら言うと、

「先行っているぜ」

その言葉を残して、

スパイクの音を響かせフィールドへと戻っていった。

「親に感謝か…」

高岡に言われた言葉を俺は繰り返すと、

ブルン

小便を出し終えたチンポを小さく振り、

ユニフォームの中へと仕舞む、

そのとき、

ピピー！！

フィールドより笛の音が鳴り響いた。

「いけねっ

　時間が…」

その音に俺は慌てて押し込んで見せるが、

その際に

ガシッ！！

俺の爪が完全には仕舞いこまれてはいなかったチンポを

思いっきり引っ掻いてしまった。

だが普通の男なら飛び上がって痛がるシーンにもかかわらす俺は

「あっ、やべぇ」

と言うだけで悠然とチンポをしまって見せる。

そう、俺のチンポは痛みを感じることは無い作り物のチンポ。

俺の股間から伸びるこのチンポの根元には

股間から小さく飛び出ている突起があって、

チンポはその突起に被せられるように付けられていた。

そしてこのチンポから伸びる大小二本の管のうち、

小さい管は俺の股間に空いている上の穴に、

そしてやや太目の管は下の穴に差し込まれている。

さらに運動などでチンポが外れて仕舞わないように、

俺の左右の太ももの付け根にはバンドが巻かれ、

チンポはそれで固定されていたのである。

「………」

俺は無意識にユニフォームの上からチンポを掴むと左右に揺らせた。

これは小便で少し位置がずれてしまったチンポを本来の位置に戻すための仕草で、

あの日から続けてきた儀式である。

そう、あの日とは…

俺が生まれた日であり、

それと入れ替わるように今野友里恵と言う女性が消えた日でもあった。



それは３年前の春のことでした。

「おめでとう！」

「ありがとう」

「ねぇ、新婚旅行はどこに行くの？」

「え？

　ひ・み・つ」

「いーなぁ…

　あたしも結婚したいなぁ」

友人達に祝福され、あたしは幸せの絶頂に立っていた。

桜が咲くこの日、

あたしは高校時代から付き合っていた今野隆と結婚し、

今野友里恵となった日でした。

「ねぇ、あなた…」

「なに？」

「幸せ？」

「あぁ…」

初夜…

あたしの薬指に輝く指輪を眺めながら夫となった隆さんに尋ねると、

隆さんは笑みを浮かべて返事をして、

軽くあたしの頬にキスをしてみせます。

「うふっ

　あたしもし・あ・わ・せ」

隆さんからのキスに

あたしは全身で喜びを表しながらそう囁くと、

隆さんの唇と自分の唇をあわせます。



ところが翌朝…

「おいっ、

　友里恵、起きろ！！」

隆さんの声に起こされたあたしは

「んなに？」

寝ぼけ眼のまま起き上がると、

「いいからこいっ」

その声と共に、

ブワッ

一面の雪景色をなった街並みを見せつけられたのです。

「うわぁぁぁ

　綺麗…」

ホテルから見下ろす一面の銀世界にあたしはしばし見とれると、

「何が綺麗なもんか、

　空港行きの特急が運休って出ているぞ」

ＴＶをつけた隆さんはあたしに向かってそう言います。

「え？

　特急が止まっている？」

その声にあたしは目が点になると、

「このままじゃぁ、

　空港にいけないぞ」

隆さんの慌てる声があたしの耳に飛び込んできたのでした。



その１時間後…

ゴワァァァ！！

あたしは隆さんの運転するレンタカーの中に居ました。

「飛行機飛ぶのかなぁ…」

大雪で渋滞気味の高速道路を眺めながらふと呟くと、

「判らない…

　ただ、空港ではそんなに積もっていないというから

　飛行機は飛ぶと思うよ」

ハンドルを握る隆さんはそう返事をします。

「どっどうしよう！！

　新婚旅行にいけないよぉ」

「そうだなぁ、

　いまさら旅行の延期はできないし、

　とにかく行けるところまで行くぞ」

不安そうな声を上げるあたしに向かって隆さんはそう言いますが、

「え？

　この先、通行止め？

　そんなぁ」

黄色いライトを明滅させながら、

道路を走るクルマをインターへと誘導する作業車を見た途端、

隆さんは頭を抱えて声を上げます。

「どうしよう」

「仕方が無い、

　一般道で行くぞ」

私に向かって隆さんはそう言うと、

クルマを一般道へと下りる導入路へと向かわせたのです。



「ねぇ

　運転代わろうか？

　もぅ２時間も運転しているよ」

都心を出てからずっとハンドルを握る隆さんにあたしは気遣うと、

「そうだな…

　雪も少なくなってきたし、

　そうだな、

　じゃぁ、そこのコンビニにクルマを入れるから、

　そこで交代しよう」

と見えてきたコンビニの駐車場にクルマを入れたのです。



「何をやっているんだ？」

「ちょっとお参り」

コンビニの駐車場に建つ小さな社に向かって

お祈りをしてみせるあたしに向かって

隆さんは呆れたような声をあげると、

「ほら、行くぞ」

隆さんはそう言いながら助手席に座ります。

飛行機の時間にはまだ何とか間に合う時間。

お参りを終えたあたしがクルマに向かおうとしたとき、

コンッ

何かに毛躓いてしまうと、

「あっ」

転びそうになりました。

すると、

「危ないだろう」

飛び出してきた隆があたしを抱えてくれたのです。

「あっありがとう」

「足元注意しろよ」

「うん」

そんなやり取りの後、

隆さんに代わってあたしがハンドルを握ると

空港に向けてクルマを走らせます。

すると、高速道路下ろされたクルマのせいで

交通量が多かった道が見る見る空いてくると、

ついにはあたし達が乗るクルマが１台だけになってしまいました。

「なんか…

　道、間違えてない？」

順調に走れる道路にあたしはちょっと怖くなって、

隆さんに道を間違えてないか尋ねると、

「いや、大丈夫だ。

　空港までこのまま一直線。

　これなら大丈夫だ」

と隆さんは大きくうなづきながらナビケーションを見ます。

それからしばらく走っていると、

止んでいた雪が再び降り出したのです。

「えーっ、

　なんでぇ」

降り出した雪は見る見るその量が増し、

このまま運転するのが危険なほどになりました。

そして、アクセルペダルから足を離したとき、

あたし達に悲劇が起きたのです。



大雪の中、わき道からいきなり顔を出してきた

クルマのようなものが目に入ったあたしは、

「あっ危ない！！」

隆さんが叫び声を上げると同時にブレーキを踏みます。

けど、あたし達が乗ったクルマは無常にもスリップをしてしまうと、

横断頬腕信号待ちをしていた一人の婦人を跳ね飛ばしてしまったのです。

「大丈夫ですか？！」

ハンドルを握ったまま唖然としているあたしに構わず

隆さんは飛び出すと倒れている婦人に声をかけます。

その一方で、

「え？

　じっ事故？

　どっどうしよう…」

あたしはハンドルを握ったままそう呟き続けていたのでした。



後悔をしても始まりません。

幸いあたしがはねた婦人の怪我の程度は軽く、

その日１日病院に入院しただけで、

翌日には退院してしまいました。

けど、事故を起こしてしまった。

と言う意識を消すことが出来なかったあたしは

「どんなお詫びでもします」

事故についての話に来ていた婦人の弁護士に向かって

あたしはそう切り出すと、

「あなたの気持ちはわかりました。

　雉沼さんが、あなた方に会いたいそうです」

と告げます。

「雉沼さんって…」

「君が跳ねたご婦人です」

「え？」

弁護士の予想外の言葉にあたしは言いようもない緊張感を感じますが、

あたしは婦人を会うことを決断すると、

弁護士が用意したクルマで雉沼さんの所へと向かいました。

昨日までの雪はうその様に消え、

空は遠く透き通った青一色になっていました。



弁護士が運転するクルマは小さな峠をいくつか越えると、

その行き先に大きな邸宅が見えてきます。

「雉沼さんはこの地域の名家でねぇ

　旦那さんに先立たれ、

　去年、可愛がっていた息子さんを病気で失ってからは

　一人でこの屋敷に住んでいるんだよ」

広い敷地の中に建つ和洋折衷の屋敷を

興味深そうに見ているあたし達に向かって弁護士はそう説明しますと、

「さっ、中に入るよ」

と告げ、

ゆっくりと開き始めた門の中へとクルマを進めます。



コポコポコポ…

「どうぞ…」

弁護士とは玄関先で別れたあたし達は

応対に出たメイドの案内で応接室に通されました。

そして、テーブルを挟んで対面に置かれている大きなソファーの隅で恐縮していると、

メイドが正面のテーブルの上に湯気が上がる紅茶のティーカップを２つ差し出します。

その途端、

フワッ

木の香りが満ち溢れている応接室に紅茶の香りがほのかに経ち上っていくけど、

しかし、あたし達はそれには手をつけることはありませんでした。

「ねぇ…」

紅茶を見つめながらあたしが話しかけると、

「なっなんだよ」

身体をビクッと反応させて隆さんが返事をします。

「いっ慰謝料って、

　どれくらい取られるのかなぁ…」

「しっ知らないよ、

　ちょっと当てただけだろう？

　あの弁護士と保険屋に任せておけばいいんだよ」

「そっそう？」

ふと頭の中をよぎった事故の慰謝料の事について尋ねると、

隆さんはそう返します。

そのとき、

カチャッ

閉じられていた重厚なドアが開き、

キィ…

メイドに押される車椅子に乗った婦人が応接室に入ってきました。

「！！」

それを見たあたし達は慌てて立ち上がると、

「こっこの度は誠に申し訳ありません（でした）！！」

と声を合わせて叫びながら頭を深々と下げます。

「………」

言いようもない、

胃がキリキリするような無言の時間が過ぎて行きます。

顔中から噴出した汗が頬をつたり

ポタ

っと滴り落ちたとき、

「ねぇ」

黙っていた婦人が声を掛けてきました。

「はい？」

その声にあたしが顔を上げると、

「篠山さんになんでもします。

　って言ったそうねぇ」

婦人はメイドに支えられながら、

痛む足を引きずりつつソファーに座ると、

紅茶を啜りながらあたしに尋ねます。

「はっはいっ

　許していただけるのなら…

　あたしに出来ることなら何でもいたします」

婦人の言葉にあたしはそう返事をすると、

「ふぅぅぅん」

婦人はあたしを見つめながらそう呟き、

「あれを…」

と横に立つメイドなにかを指示をします。

すると、

「はいっ」

メイドはそう返事をして

応接間の一角に設けてある様々なトロフィーや賞状が掛かる棚より、

一つの写真楯を取り出すとあたし達に盾を見せたのです。

「これ、

　あたしの息子なのよ、

　まったく、華奢な身体のクセにアメリカンフットボールなんかに夢中になってね、

　毎日、夕方になると傷だらけで帰ってきたわ、

　本当にしょうもない子…

　ねぇ、あなたもそう思うでしょう」

と婦人は盾を見るあたしに話を振ってきます。

「え？

　はっはぁ」

婦人のその話にあたしは相槌を打つと、

「なんか…

　友樹君って…

　友里恵に似ていないか？」

と写真を見ていた隆さんが呟きます。

「ちょちょっと、

　いきなり…なんてことを…

　不謹慎でしょう」

隆さんの言葉にあたしはあわてて夫の口を塞ぐと、

キラッ！！

婦人の目が一瞬に光り、

「そうでしょう？

　あなたもそう思いますでしょう？」

っと隆さんに話しかけます。

「え？」

婦人のその様子に隆さんは思わず引いてしまうと、

「ねぇ、あなた」

と今度はあたしを見ながら声を掛けます。

「はっはい？」

「友樹は活発で可愛い子だったのよ、

　それなのに、もぅあたしは友樹の手を握ることすら出来ない。

　これって悲しいことよねぇ」

「は…い…」

「夫に先立たれ、

　そして、息子にも会えなくなってしまったの。

　そんなときに事故に遭うだなんて…

　ねぇ、

　あたしどうしたらいいのかしら」

婦人はそう言いながら、

悲しく絶望に満ちた表情をして見せます。

すると、

「申し訳ありません」

あたしは婦人の足元にひれ伏して許しを請うたのです。

しかし、

「そんなに謝られても、ねぇ」

あたしを見下げながら婦人はそう言うと、

いまにも自殺をしてしまいそうな物悲しい表情を再び見せます。

それを見たあたしは咄嗟に、

「あっあたしでよければ…

　そんなに友樹君にあたしが似ているのなら、

　あたし、友樹君の代わりになります」

と叫んでしまったのです。

「おっおいっ」

あたしの提案に隆さんは驚くと、

「しっ仕方がないでしょう？」

とあたしは小声で言い返します。

すると、

「そう…」

婦人は短く返事をすると、

包帯が巻かれている腕を伸ばしてあたしの頬を撫でながら、

「では、３年間…でいいわ…

　あなた、友樹になってくれる？」

と言います。

「え？、

　さっ３年ですか？」

「そうよ」

あたしに向かって婦人は静かな声でそう提案をすると。

「さっ３年間…（も）…

　あたしが息子さんの…その…代わりをするのですか？」

緊張でカラカラになった声をあげながら、

わたしは聞き返します。

「えぇ、

　そうですの…」

あたしの言葉に婦人はそう返事をすると

ティーカップに入った紅茶を啜ったのです。



「おっおいっ

　本当にいいのか？」

呆然とするあたしに隆さんが尋ねると、

「しっ仕方が無いわ、

　こうなってしまっては…」

とあたしは小声で返事をします。

すると、

「もし…」

ティーカップから口を離した婦人が声をあげると、

「はい、

　お呼びでしょうか、奥様」

と言う声と共に２名の別のメイドが応接間に姿を見せます。

そして、

「ねぇ

　見てぇ、

　友樹が帰ってきたのよ」

と婦人はあたしを指しながら嬉しそうに言ったのです。

「え？

　いやっ

　あのぅ」

婦人のその言葉にあたしは驚くと、

メイド達は笑うことなく静かに頭を下げ、

「お帰りなさいませ

　友樹様」

とあたしに向かって挨拶をして見せます。

そして、

「さっ

　どうぞこちらへ」

とあたしを招く仕草をしたのでした。

「たっ隆さん」

場の雰囲気に流されそうになったあたしは思わず隆さんに声を掛けると、

「ちょと待ってくれ」

メイド達を制止させようとして隆さんは立ち上がりますが、

「さて、今野さんには別のお話がありますの」

隆さんに向かって婦人はそう切り出します。

その一方であたしは、

「さーさ」

「どうぞ、こちらへ」

メイド達はあたしの腕を無理やり掴み、

まるで応接間から引きずり出すように連れ出れしまうと、

廊下の挟んで反対側にある別の部屋へと押し込まれてしまいました。

「隆さーん、

　いやっ

　離して！！」

隆さんの名を叫びながらあたしは抵抗しますが、

しかし、メイド達の力は意外と強く、

バタン！！

まるであたしと隆さんとの仲を引き裂くように

扉は閉められてしまったのです。



「イヤッ

　出して、
　
　ここから出して！！」

メイド達の手をふりほどいたあたしは締められた扉に飛びつくと、

泣き叫ぶように声を上げ、

ドアの取っ手をつかみ幾度も押したり引いたりを繰り返します。

けど、閉じられたドアはまるで壁のごとく微動だにせず、

自分の力で開けることを諦めたあたしはドアを叩き始めますが、

「そんなに叩いても開きませんよ」

「そうですわ、

　ささ、こちらに来て、
　
　お茶でも如何です？」

「とびきりのローズティーをご用意致しましたわ」

部屋に置いてあったテーブルにティーカップを置いたメイドは

あたしに声を掛けます。

「何ですってぇ、

　こんなところでのんびりお茶なんて飲めるわけ無いでしょう！！
　
　あたしを隆さんの所に返しなさいよ！」

メイドの言葉にあたしはそうまくし立てると、

スッ

あたしの目の前に湯気が立つティーカップが差し出され、

「さぁ、

　これを飲んで落ちてきなさい」

とメイドはあたしにそう告げます。

「なに？」

あくまで自分のペースを崩さないメイドのその態度に

あたしは殴りかかろうとしたとき、

ガクッ

「あれ？」

急に膝の力が抜けてしまうとあたしはその場に膝を突いてしまったのです。

「え？

　なっなん…」

次々と体の力が抜けていく様子にあたしは困惑するが、

しかし、そうこうするうちに、

「あ…」

ドサッ！！

あたしはまるで崩れるようにその場に倒れてしまうと、

「うふふ…

　奥様は心優しい方ですよ」

「そうですよ、

　全てを任せて楽にしてください」

「さぁ、

　着替えをしましょうねぇ…」

そんなメイド達の言葉に送られながら、

あたしは意識を失ってしまったのでした。



つづく