風祭文庫・アスリート変身の館






「由紀と健司」


作・風祭玲

Vol.916





ピィッ!

高らかにホィッスルが鳴り響くと、

ドスッ!

鈍い音ともに青空に向かってボールが勢い良く蹴り上げられ、

それと同時にボールの落下点に向かって頭にヘルメットを被り、

上半身を厳ついショルダーで固め、

ピッシリとフットパンツで下半身を引き締めた男達が一斉にフィールド内を動いていく、

そして、そんな彼らに向かって

「ほらっ、

 何をしているっ

 走れ走れ!」

鳥越由紀はフィールドの外側より声を枯らすようにして声援を送っていた。



「ほらっ、

 石田君っ

 そこっ右っ

 あぁん、

 何をしているのっ」

部の名前が大書きされているジャージを羽織り、

由紀は声を上げていると、

ヌッ

いきなり彼女の背後に陰が迫る。

そして、

ゴツン!

その頭に振り上げた拳骨が炸裂するのと同時に、

「やかましい!」

怒鳴り声が響くと、

「あ痛ぁ!!、

 って、なによっ」

痛む頭を押さえながら由紀は振り返る。

すると由紀の後ろには学校の名前が入ったジャージ・ショルダー姿の幡多健司が立っていて、

伸ばした人差し指で由紀を額を突っつきながら、

「鳥越っ

 お前はマネージャだろう?

 何時、けが人が出るか判らないんだから、

 救急箱を持って黙って待機していろ」

と怒鳴ってみせるが、

「うっるさいわねぇ!

 健司のクセにあたしに命令をする気?

 けが人なんてまだ出てないでしょう、

 いいじゃないのよっ

 応援したって」

健司とは幼馴染でもある由紀はそう反論をして一向に動こうとしない。

だが、

「何を判らないことを言っているんだ、

 ここは選手以外立ち入り禁止区域だ。

 さっさと戻れ!!」

健司はなおも由紀を立ち去らせようとすると、

「いやよっ、

 泣虫健司の言うことなんて誰が聞くもんですかっ 」

由紀はプィッと横を向き、腕を組んで見せた。

「それは昔のことだろうがっ、

 ったくもぅ!」

そんな由紀の姿についに我慢の限界に達したのか、

健司は強引に駄々をこねる由紀の身体を担ぎ上げると、

「!!っ

 ちょちょっとぉ!

 いきなり何をするのっ

 降ろしなさいよぉ

 こらぁ!」

由紀は健司に自分を軽々と持ち上げられたことに驚きながらも、

脚をバタバタさせて健司に命令するが、

健司は動じることなく踏み出すと悠々とフィールドから離れていく、

そして、控えメンバーが待つベンチへと戻っていくと、

「おいおい、

 こんなところでいちゃつくなよ」

「見せつけちゃってぇ」

と健司と同じショルダー姿のメンバー3人が冷やかし始めた。

「降ろしなさいっ、

 降ろせってば」

メンバーの冷やかしを受けてか、

由紀は顔を真っ赤にしてボルテージを上げて命令したとき、

「はいはい」

健司は二つ返事をしながら由紀をその場に下ろし、

そしてその顔を上げたとたん、

パァァン!

いきなり健司の顔が叩かれると、

「このっ

 ばかぁ!!!」

由紀の怒鳴り声が響き、

泣きながら由紀はベンチから飛び出そうとする。

すると、

「あぁマネージャっ

 取り込み中

 悪ぃけどさっ、

 俺のバックから消炎スプレー持って来てくれないかな。

 部の奴が空っぽなんだよ

 あっ

 男子更衣室は出入り自由だから、

 気にしないで入っていいよ」

とメンバーから雑事が言いつけられる。

その言葉に由紀は返事をせずに去っていくと、

「…マネージャが男だったらねぇ、

  いい選手になっただろうに」

「…冗談じゃないぞ、

  あんなのをフィールドに入れたらどうなるか」

「…幡多よりもいい選手になるかもな」

「…変なことを言わないで下さいよぉ」

とメンバーと健司が話し合う声が聞こえてくるが、

その言葉を背にしながら由紀は去って行く。



「うわっ、

 臭いっ

 もぅ、これだから男子更衣室って入りたくないのよぉ」

部屋に篭る臭気から逃れるようにして由紀は鼻を摘みながら更衣室に入っていくと、

更衣室内に据えられているロッカーの周囲にはメンバー達が持ってきたバックと、

シャツや下着などが無造作にハンガーにかけられているのが目に入った。

そんな中、

「えっとぉ、

 三宅君のバックは」

由紀は自分に言いつけた三宅修一のバックを探し始め、

ようやく一つのバックを見つけると、

「これだねっ、

 あっ3本もある。

 全部持って行っちゃえ」

とバックの中から出てきた消炎スプレー3本を取り出し、

足早に更衣室から立ち去ろうとした。

だが先ほどのメンバー達の会話が由紀の頭の中に響き、

ふと足を止めると、

「あたしだって…

 男のなれるなら男になりたいよぉ、

 はぁ…

 男に生まれてくれば、

 思いっきり走れたのに」

消炎スプレーを持ちながら由紀は漏らし、

それを吹っ切るようにして戻ろうとしたとき、

ガッ!!

「痛い!」

床においてあったバックに由紀は脚をとられてしまった。

そして、

「あっあぁぁ…」

ドタッ!

ガンッ!

カラカラカラ!

スプレー缶を撒き散らすようにして倒れてしまうと、

「もぅ、

 なによぉ!」

まさに泣きっ面に蜂と言っていい状況に由紀は泣きべそをかきながら足元を見る。

すると、彼女の足元には一つのバックが置かれていたのであった。

「あれ?

 こんな所にバックなんてあったっけ?」

小首を捻りながら由紀は足元のバックを蹴飛ばしてみると、

バックの中にはショルダーが入っているらしく、

由紀が蹴飛ばしてみただけではビクともしなかった。

「誰のだろう…」

元々、大人数ではない由紀のアメフトチーム。

しかも、男子部員は全員ショルダー・ユニフォームに身を固めてフィールドに出払っているので、

この場に未着用のショルダー・ユニフォームが存在する筈はなかった。

「他所のチームのかな?

 あぁ、でもこのバック…

 ウチのチームのだ…

 って誰の?」

そこそこ使い込まれているバックを不審そうに由紀が見ると、

「え?」

バックにつけられていたネームタグを見た途端、

由紀の目が固まった。

「鳥越…由紀?…って、

 あたしの名前じゃない?

 なんで?

 どうして?」

手垢で汚れているネームタグに書かれている名前に由紀は驚き、

そして、幾度も見直すが、

しかし幾度見直しても文字は由紀の字であり、

このバックの所有者が由紀のものであることを物語っていた。

「?

 ??」

全く理解不能に陥りながら、

由紀はバックのチャックを降ろすと、

中から汗の臭いを放つ使い込まれたショルダーと、

洗濯をしてあるユニフォームが姿を見せる。

「これって…」

ますます混乱しながらも、

由紀はショルダーを取り出し、

さらにヘルメットやスパイクシューズを取り出していると、

『…はやく支度しないと…』

とその口が動いた。

その途端、

「!!っ

 いまあたし、なんて…」

自分の口から出た台詞に由紀自身驚くが、

『…なにをしている、

 試合はもぅ始まっている』

また口が動き、

スルッ

由紀の手は着ていたジャージを脱ぎ始めた。

「ちょちょっと、

 待って、

 誰?

 誰がこんなことをしているの?」

ジャージを脱ぎながら由紀は自分の身体を操る者の姿を探そうとするが、

その様の者の姿・影は更衣室には無く、

由紀は下着もろとも脱いでしまうと、

代わりにケツ割れを穿くとフットパンツに脚を通す。

「やっやだぁ!

 誰か、

 誰か止めて!!」

ショルダーを身に着け、

さらにユニフォームを身に着けながら由紀は悲鳴を上げるが、

その声を聞いて駆けつける者は無く、

由紀は黙々をヘルメットとスパイクシューズを付けて行く、

そして、ついに全てを着込んでしまうと、

「やだぁ、

 どっどうしよう…」

更衣室の中でショルダー・ユニフォーム姿になってしまった由紀が

困惑しながら立っていたのであった。

だが、それは始まりにしか過ぎなかった。

『待っていろ、

 いま行く』

またも由紀の口から声が漏れると、

メリッ!

突然由紀の体の中から骨が軋む音がこだまし、

「あぐっ!」

音と共に由紀の身体は膨張を始めた。

「うぐぐぐぐっ」

無理やり体全体を引き伸ばされる痛みと苦しみに由紀はうめき声を上げながら、

その場に膝を付いてしまうと、

両手を床につけその苦しみに耐え始めた。

メリメリメリ

ムリムリムリ

ゴリゴリ…

由紀を苦しみを伴う膨張感は波打つように繰り返し襲い、

一つの苦しみが突き抜けていくごとに

由紀の身体から筋肉が盛り上がり、

骨格が大きくなっていく、

そして、由紀のシルエットが大きくなっていくと、

余裕のあったユニフォーム・ショルダーは次第に身体に合い始め、

フットパンツもぴっちりと筋肉質の下半身を表現し始めた。

さらに、

モリッ!

由紀の股間からあってはならないはずの大きく盛り上がる膨らみが姿を見せると、

カハッ

カハカハカハッ

由紀は乾いた咳を4・5回したのち、

盛り上がる喉を見せ付けながら、

「あーっ

 あーっ、

 あっあっ」

と野太い声を上げる。

そして、ゆっくりと立ち上がると、

野獣のような目と、

鍛え上げた肉体を飾るように

厳ついショルダー・ユニフォームに身を包んだ姿を見せた。

そのとき、

「おいっ、

 鳥越ぃ、

 何時まで掛かっているんだよ、

 けが人続出なんだ。

 早く消炎スプレーを」

と言いながら健司が更衣室のドアを開けると、

「え?

 あれ?

 君は誰だ?

 ウチのチームのメンバー?

 おーぃ、

 由紀ぃ、

 居ないのか?」

更衣室の中に立っているアメフト選手に驚き、

部屋の中を見渡しながら声を上げる。

すると、

「おいっ」

男の声が響くと同時に、

ドンッ

っと健司のショルダーが突き押されると、

「うわっ」

バランスを崩した健司はその場に尻餅をついてしまった。

「なっ何をしやがる」

自分を突いたショルダー・ユニフォーム姿の男を見上げ怒鳴ると、

「ふんっ、

 この程度のことで尻餅をつくなんて、

 お前、全然練習をしてないなぁ」

男は笑いながら指摘すると、

「なっなんだとぉ

 この野郎っ、

 もぅいっぺん言ってみろ」

カッと来た健司は男に掴みかかる。

ところが、

「!!っ

 お前…!」

ヘルメットを被っているその顔を見た途端、

健司は慌てて引き下がると、

「ふふっ、

 おうよ、

 俺だよっ、

 由紀だよっ、

 見ての通り、

 男になっちまったんだよ。

 凄いだろう。

 ほらっ、

 このとおり、チンポもビンビンになているんだぜ」

と男、いや由紀は日に焼けた太い腕で股間の膨らみを指差しそう告げた。

「そんな、

 嘘だろう…

 なんで、由紀が…」

由紀の告白が信じられない健司は動揺をしていると、

「けが人が続出だってぇ、

 生ぬるい練習ばかりしているからだ、

 いま俺が行ってやる」

そんな健司を突き押して由紀は更衣室から出て行こうとする。

すると、

「チョット待て」

なおも健司が喰らいつき呼び止めようとするが、

「煩い奴だなぁ、

 そんなに人を呼ぶのが好きなら

 チアになって俺の名前でも呼びながら足を上げていろ」

そう言いながら由紀は健司を突き飛ばすと、

「さぁて、ひと暴れしてくるか」

と腕を振り回し、

由紀は立ち去って行った。



「痛たたた…

 チアだと?」

由紀に突き飛ばされた健司は起き上がりながら文句を言うと、

「許さないわぁ」

と突然甲高い女の声をあげる。

「え?

 あたしなんて…」

自分の声色に健司は驚くが、

ファサァ

続いて髪の毛が肩に掛かり、

さらに、

「あっあっあれぇ、

 体が…

 いやぁ、

 体がへっ変よぉ」

と悲鳴を上げながら健司はショルダー・ユニフォームを脱いでいく、

そして、

「うそっ!」

汗臭いショルダーの下から出てきた煌びやかなチアリーディングの衣装と、

恥ずかしげに膨らんだ胸、

ムッチリとした太股に健司は声を失うが、

ササッ

なぜか髪を整えはじめると、

「すっかり遅くなっちゃったわ、

 さっ行きましょう」

と呟きながらボンボンを手に取り、

そのまま更衣室から出て行ったのであった。
 


ザッ!

ザッ!

フィールドに立った由紀はスパイクシューズで足元の土を掻いていると、

チアとなった健司がフィールドの外で衣装をはためかせ、

足をあげて声援を送り始めた。

「おいっ、

 チアの応援だぜ」

「すげーっ、

 俺たちを応援しているのか」

声援を送るチアがついさっきまでショルダー・ユニフォームに身を包んだ

同じメンバーだったことに気づかずに皆はそう思っていると、

「ふふっ、

 さーて、

 5人もけが人を出してくれたお礼をしっかりとしなくっちゃな」

フォーメーションに従い腰を落とした由紀はそう呟きながら相手を見据える。

そして満を期してホィッスルが鳴り響くと、

ダッ!
 
由紀はその有り余る力を一気に解放をしたのであった。



おわり