風祭文庫・アスリート変身の館






「アマレスラー千帆」
第3話:寮の掟



作・風祭玲

Vol.0623





春…

桜の花びらが舞い落ちる中、

一つの別れがあった。

「大丈夫だって…」

心配顔の夫・隆之に向かって

彼の妻である千帆はスポーツバックを足下に置き笑みを浮かべる。

思い返せば半年前、

この賃貸物件に引っ越してきたとき、

千帆が押し入れの中から見つけたレスリングのユニフォーム・吊りパンツを、

隆之が言わば強引に着せたのがそもそもの発端であった。

隆之からすればちょっとした”おふざけ”のつもりだったのだが、

しかし、彼が千帆に着せた吊りパンツには

未来を夢見て急逝した若者の怨念が籠もっていて、

その怨念に当てられてしまった千帆は

一晩のウチに華奢な身体は筋骨逞しい肉体へ、

そして女性から股間にペニスを勃起させる”男”へと

変身してしまったのであった。



千帆のこの変身が吊りパンツに籠もる怨念であることは

後に見て貰った霊能者により明らかにされるが、

しかし、それを解き、千帆を元の女性に戻すには、

怨念の元、

そう急逝した若者の意志を継ぎそれを見事果たすことであった。

そして、その意志とは…

レスリングの選手としてオリンピックに出場、

金メダルを取るという途方もないことであった。

このことを霊能者より告げられた隆之と千帆は、

思わず途方に暮れたのであるが、

しかし、ひょんなコトから千帆はレスリングの強豪、

P大レスリング部と縁が出来。

その縁が元で晴れてP大生として

レスリング部へ入部することになったのであった。



ところが、

この入部に際して隆之と千帆にある難題が突きつけられた。

それは、P大レスリング部員はどのような理由にかかわらず、

全員寮住まいをすることが義務づけられていたのであった。

そのことを入部後知った隆之と千帆は悩んだが、

しかし、それを拒んではオリンピックは元より、

レスリングすら出来なくなるため、渋々応じ、

そして、今日、

寮にはいるために千帆は隆之と半年間住んでいた

この部屋を出て行くのであった。



「でも…

 どうしても寮に行かないとダメなのか?

 ここから通うことは出来ないのか」

なおも未練がましく隆之は言うと、

「仕方がないよ、

 寮住まいが原則なんだから…」

と千帆は言い、

「じゃぁ、行って来るね、

 もぅそんな顔をしないでよ、

 会いたいときはいつでも会えるし、

 それにオリンピックに出て、

 金メダルを取れば

 あたしは女性に戻れるんだから、

 そしたら子供、作ろうね」

と千帆は笑顔を見せた。

「千帆…」

「次のオリンピックまであと3年だから、

 うん、それまでの辛抱よ」

そう言いながら千帆は

入部に際して短く刈り上げた頭を掻きながら

ちょっと恥ずかしげにそう言うと、

「じゃぁねっ

 今月はちょっとゴタゴタすると思うから、
 
 会えないと思うけど、
 
 来月になったら会おうね」

太い腕を上げ千帆はそう言い残して、

隆之の元を去って行った。



「がんばれよ、

 千帆っ
 
 応援しているからな」

去っていく千帆の後ろ姿を見送りながら、

隆之は声を上げると手を振る。

そして、去り際、

千帆が言った通り、

オリンピックに出て金メダルを取れば

千帆を男にした吊りパンツの呪いが解け、

彼女は女に…自分の妻へと戻る。

そう念じながら、

隆之は笑顔で千帆を送り出したのであった。



ところが、千帆が隆之の元を去ったその週。

職場での隆之の業務成績が評価され、

プリジェクトリーダーに抜擢されると言う人事があり。

それを境に隆之は多忙を極め、

千帆がいなくなったアパートへは実質上、寝に帰るだけ。

と言う日々を送るようになっていった。

また、さらに追い打ちを掛けるようにして、

責任者が病気で倒れたプロジェクトの面倒も見るようになり、

それに伴う長期に渡る出張も重なって、

P大の寮に移った千帆と再会できたのは、

あの春の日から半年以上が過ぎた、師走のことであった。

カラン…

クリスマスのイルミネーションが点る喫茶店のドアの音が響くと、

「えっと、ここだっけ」

久方ぶりに送られてきた千帆からのメールを携帯に表示させながら

スーツ姿の隆之が入ってくる。

かつて様になっていないと酷評された彼のスーツ姿も、

この半年の間に何とか着こなせるようになり、

その姿に違和感は感じられなかった。

「あれ?

 千帆のヤツ、何処にいるんだ?」

店内をぐるりと見回しながら隆之は千帆の姿を探していると、

スッ!

窓際のテーブルから静に手が伸びる。

「!!」

その手に隆之が気がつくと、

それに合図するように手を挙げ、

コッ!

コッ!

コッ!

靴を鳴らしながらゆっくりと近づいて行く。

そして、

「あぁ、

 遅くなってごめん…

 電車が遅れたもので」

と詫びながら席に座ろうとしたとき、

「あ?」

テーブルの向こう側に座るその者の姿に

隆之は思わず目を疑った。

「千帆…なのか?」

一瞬、間違えたのか、

そう思ってしまった隆之は、

「あぁ、し、失礼」

と詫び、慌てて立ち去ろうとすると、

「おいっ

 何やって居るんだよ、
 
 オレだよ、
 
 千帆だよ」

と野太い声が響いた。

「え?」

その声に隆之の足が止まると、

即座に振り返り席に座る者の姿を見る。

そして、

「本当に千帆なのか?」

思わずそう尋ねてしまうと、

「どうした、隆之。

 そんなにオレ、変わったか?」

顎から伸びる髭をさすりながら千帆はそう聞き返した。

無理もない、

久方ぶりに会った千帆の姿は、

春の頃よりさらに骨太になり、

また、胸のバンクも一回り大きくなっていた。

さらに、風貌も大きく変貌していて、

いまの千帆に緯線の面影を重ね合わせることはほぼ不可能となっていた。

「あっあぁ…

 まるで別人みたいだ…」

そんな千帆を見つめながら隆之は返事をすると、

向かい合わせの席に座った。

「そうか…

 春からいろんなコトがあったし、

 それに毎日の練習もキツイからなぁ…」

千帆は簡単に事情を説明すると、

「やっぱり…強豪だけあるか、

 で、どうだった。

 寮生活は…」

隆之は寮生活について尋ねると、

「まぁな…

 体育会系だよ、

 ものの見事に…」

と千帆はぶっきらぼうに言う。

「体育会系?

 うーん…
 
 オレは学生時代、文化系だったからあまり判らないが、
 
 やっぱり、上下関係はキツイか?」

「そうだな…

 キツイと言えばキツイか…」

隆之の質問に千帆はそう答え、

また髭をさする。

すると、

「千帆…

 お前、髭が生えてきたのか?」

と顎の周りに無精髭のように生えている髭について尋ねると、

「え?

 あぁ、これか、
 
 夏ぐらいからかなぁ…

 何か生えてきてねぇ

 最初のうちは剃っていたんだけど、
 
 でも、下手に剃ると練習で引っ掻くから、
 
 伸ばすようにしたんだよ、
 
 変か?」

と聞き返す。

「え?

 まぁそうだな…
 
 見慣れていないこともあるけど」

隆之はこの手のことはあまり触れないようにしようと考えると、

言葉を濁しながらそう言い、

「で…

 試合には出られたのか?

とレスリングについて尋ねた。

「あっあぁ
 
 春の新人戦から出ているよ、
 
 田川監督、オレを買ってくれているからな」
 
その質問に千帆はレスリングの試合に出ていることを報告すると、

「そ・そうか…」

隆之はどこか余所余所しい返事をした。

すると、

「なっなんだよ、

 オレが千帆であることが判ったんだろう?

 だったら、昔みたいな顔をしろよ」

そんな隆之の態度に千帆は注意すると、

「あぁ、すまん。

 あまりにも…
 
 その…言葉遣いや、
 
 いろんな所が男になってしまっているので…」

と隆之は千帆の仕草や言葉遣いまでが男性化していることを指摘した。

「仕方がないだろう…

 男としてあの寮に居るんだし、

 染まっていくに決まっているだろう」

隆之の返事を聞いた千帆はそう言うと、

そのままそっぽを向いてしまった。



気まずい時間が流れていく、

自分の余所余所しい態度が千帆の機嫌を損ねたのかと思った隆之は

「で、ど・どうだい?

 オリンピックに出られそうか?
 
 試合に出ているいうからには、
 
 楽勝…なのかな?」

雰囲気を変えようとしてオリンピック出場について尋ねるが、

「ん?

 あぁ…

 それは、どうかなぁ…」

と千帆は相変わらず外を向きながら返事をする。

「そうか、

 いきなりは…
 
 やっぱ無理だよなぁ」

千帆の言葉に隆之は相槌を打つと、

「うん…まぁな

 コレばっかりはな…」

相変わらず隆之を見ずに千帆は返事をすると、

なにか考え事をしているように見えた。

「あちゃぁ…

 まずったか…」

千帆とのすれ違いを感じながら隆之は後悔をすると、

「あっ、

 いけねっ
 
 もぅこんな時間だ」

店内に掛かる時計を見た千帆は慌てて腰を上げると、

「門限?」

と隆之は尋ねた。

「いやっ

 門限というわけじゃないけど、

 約束して居るんだ。
 
 悪いな」

千帆はそう返事をする。

「そうか、

 俺が遅かったからな…
 
 そうだ、千帆。
 
 俺の方もやっと仕事が落ち着いてきたので、

 せめて、毎週…
 
 いや、ひと月ごとにこうして逢わないか?」

と提案をした。

しかし、

「いやっ

 俺…

 練習に打ち込みたいし、
 
 もっと強くなりたいから…」

と隆之の提案に千帆はそう返事をすると、

「そうか…」

千帆の返事に隆之は返す言葉がなく考え込むと、

「そんな顔するなよ、

 俺の方で都合がつけばまたメールするからよ」

と千帆は俺に言う。

そして、

「じゃぁなっ」

そう言い残して去っていく千帆に向かって

「がんばれよ」

と俺が声を掛けると、

グッ

千帆は無言のまま親指を突きだした握り拳を下に向けた。

「ふぅ…」

千帆が居なくなった後、

隆之は珈琲を頼むと、

一人でそれを啜る。

『ねぇ…

 この喫茶店、
 
 お洒落じゃない?』

この街に引っ越してきた当日、

まだ女性だった千帆がこの店を見つけたときに囁いた言葉が

隆之の頭の中に響く。

「はぁ…

 P大に行かせたのが間違いだったのかな…」

選択の間違いへの後悔と、

千帆から見捨てられていくような焦りを感じながら、

隆之はクリスマスソング流れる窓の外をジッと見つめた。



そして、月日は流れ、

千帆が出場を目指していたオリンピックまで半年を切ったある日。

隆之が職場から帰ってくると

部屋の郵便受けに一通の封書が入ってるのが目に入った。

「誰だろう?」

そう思いながら隆之は差出人を見ると、

それは千帆からの手紙であった。

「千帆から?」

千帆から届いた手紙に隆之は驚きながら封を切った。

すると、中から出てきたのは1通の手紙と

千帆のサインが書かれた離婚届だった。

「え?」

離婚届を見た途端、

隆之は思わず目の前が真っ暗になるが、

「おっおいっ

 どういう悪戯だよ、
 
 これは…」

と文句を言いながら震える手で同封されていた手紙に目を通すと、

それに綴られていた千帆の告白に隆之は衝撃を受けた。



 前略−

 突然の離婚届にさぞ驚いているものと思うが、俺は本気だ。

 隆之。
 
 残念だが俺はもうお前を愛することが出来ないし、

 また女に戻って一緒に生活する気も無くなってしまった。

 なぜか判るか?

 それは、俺が心の底から男になってしまったからだ。

 オリンピックを目指してP大学レスリング部に籍を置いてから3年が過ぎた。

 その間にいろんなことがあった。

 思い返せば3年前の初秋、

 そのとき俺は確かに女であり、

 お前との結婚式を終えたばかりの新妻として、

 新しい生活に夢を膨らましていた。

 ところが、引っ越してきたその部屋で俺があの吊りパンを見つけた時、

 俺の運命の歯車が大きく動き始めたと思っている。



 あの晩、

 お前は嫌がる俺に無理矢理その吊りパンを着せ、犯したんだ。

 あのとき、俺は初めて屈辱を感じたんだよ。

 大した抵抗できず手籠めにされたってな。
 
 そして、犯されながら、
 
 もし、もっと力が、
 
 意のままにされない力があれば…
 
 と思いながら俺はお前に抱かれたんだ。

 気がついた時には朝になっていたんだ。

 そのとき俺は自分の体がどうなっているのか気がつかないまま、

 なにやら股間の突っ張った感覚に無意識に股座をまさぐってみると、

 そう、俺の股座にチンポがおっ勃っていたんだ。

 驚いたよ。

 股座に生えたチンポが

 真っ赤なP大学の吊りパンを下から持ち上げていたんだからな、

 男になった。
 
 いや、男になれた。
 
 その時、俺は正直言って複雑な心境だったよ、

 確かに、前の晩、
 
 お前に犯されたときは女で居ることがこんなに情けないとは思ったよ。

 でも、ほんの3日前、
 
 純白のウェディングドレスを着てみんなから祝福してもらった俺が、

 たった3日で股座にチンポを生やした男になってしまった。

 子供すら生んでいないのに…

 そう思うと悲しくなったよ、

 しかも、自分の体を良く見てみるとチンポだけじゃねぇ、

 体中の筋肉がパンパンに膨れあがり、

 オッパイも、

 必死に維持をしてきた括れもみんな消えてしまっていたんだ。

 そうゴッツイ野郎の身体になっていたんだよ。

 どうしたらいいのか判らない。

 パニックになった俺はスグにお前を起こすと事情を説明したんだ。

 最初は寝ぼけていたお前だったが俺の変身に驚くと、

 どこで探し出したのか判らない怪しげな霊能力者のところに俺を連れて行き、

 その霊能力者は俺を見るなり、

 俺が着ている吊りパンに死んだヤツの怨念が宿り、
 
 それが俺を男に変身させた。と言いやがった。

 さらに、俺が元の女に戻るには

 オリンピックでアマレスラーの怨念を晴らすしかないともな、

 判るか、オリンピックだよ、オリンピック。

 そんなのに出るだけで大変なのに、

 しかも金メダルを取れっとまで言やがったんだ。

 それを聞いたとき、正直言って俺は絶望と言うのを始めて味わったよ。

 いくらムキムキの男の体になったからといって、

 オリンピックに出て金メダルだなんて…無謀にもほどがある。

 けどな、時間が経つうちに
 
 俺の心の中に男になった事を喜ぶようなそんな気持が湧いてきたんだ。

 なぜだか判らない。

 ただ、強い男を力ずくでねじ伏せる。

 そういうことに俺はセックスに似た欲求を求めるようになっていたんだ。

 恐らく、俺の心が次第に野郎に染まってきてしまったためだと思う。

 けど、俺の身近にいるお前は俺の欲求には応えられないようなヤツだった。

 俺と勝負をするにはお前は弱過ぎた。

 そんなとき、お前は出張とかで俺の前から消え、

 一人残された俺はTVにP大の連中が映し出されていたのを見て、

 気づいたよ、俺にはP大があるってな。

 そして、俺は俺を男にしたヤツが通っていた

 P大学のレスリング部に乗り込んだのさ、

 すると、そんな俺に向かってレスリング部の監督が、

 「うちでレスリングをしないか」

 と声をかけてきた。

 嬉しかったぜ、

 レスリング部に入れば強い男をねじ伏せることが出来る。

 そう考えた俺はお前を説得しP大学を受験したんだ。

 そして、あの春の日、
 
 俺はP大の寮に入ったんだよ…」



話はあの春の別れの日に遡る。

「がんばれよ、

 千帆っ
 
 応援しているからな」

生活用品が詰まったスポーツバックを肩に担いで

男子学生となった千帆は後から掛けられた声に手を挙げ応える。

千帆が向かったP大の寮は隆之と一緒に住んでいたアパートから、

歩いてわずか10分ほど、大学からは5分の所にあった。

「あっ

 何か懐かしい感じ…」

寮の前に立った千帆はその佇まいを見るなり、

かつてココに居たような気持ちに駆られるが、

「あれ?

 でも、何であたし、
 
 こんなコト感じるんだろう…
 
 初めてここに来たのに…」

その気持ちを抱いたことを不思議がった。

そして、

「うんっ

 一日も早く隆之の元に帰れるように

 頑張らなくっちゃね」

と決意を新たにすると、

「ごめん下さい」

と声を上げ、玄関のドアを開けた。



「魚野千帆…

 なんだが女みたいな名前だな…」

寮内を管理する3年生に案内され、

千帆はこれから生活をする部屋へと連れて行かれていく。

「えっと、

 魚野は…

 101号室…

 101
 
 101
 
 魚野・江川…うん、ここだな」

3年と共に千帆は1階の廊下を歩いていくと、

やがて、千帆がこのP大で名乗る名前と、

同室となる者の名前の札が下がるドアが姿を見せた。

「ここが、キミの部屋だよ」

3年はそう言いながらドアをノックし、

そして、ドアを開けるのと同時に、

「おっ

 江川、居たのか」

と声を掛けると、

「うぃっす!」

3年の声に威勢の良い返事が響き、

千帆の目の前に半袖の白シャツ姿に丸刈りの頭をした学生が姿を見せた。

「あっどっどうも…

 魚野と言います」

その学生に向かって千帆は挨拶をすると、

「俺は江川道隆って言うんだ

 ひとつよろしくな」

千帆に向かって江川と名乗った学生は身体を鍛えてきたらしく、

肩までまくり上げた腕には筋肉が膨らみ、

ガッシリした印象を与えた。

「うわっ

 隆之さんとは違う…」

まさに筋肉質の男といった面持ちの姿に千帆は面食らっていると、

「そこに立ってないで、

 中に入ったら?」

と江川は声を掛け。

「あっはいっ

 あの、ありがとうございました」

その声に千帆は案内をしてきた3年生に頭を下げる。

「なぁにいいって…

 あっそうそう、

 今日の夕食の後、

 ここでの生活に当たっての色々な諸注意があるから、

 食事が終わっても残って」

と二人に向かって3年は告げると足早に去っていった。

「ふぅ…

 ここで暮らすのか…」

3年が去った後、

千帆はこれから4年間生活をすることになる部屋を眺めていると、

「着替えたらよ?

 その格好だと暑いだろう?」

と江川は声を掛ける。

「え?

 あっはいっ」

その声に千帆は慌ててスポーツバックを下ろし、

そして、それを開くと、

入部に辺り買わされた、

レスリング部のロゴが入るTシャツとパンツを取り出した。

すると、

「おっ、魚野も買わされたか、

 俺もそれ買わされたけどな、
 
 デザインださいし、
 
 それに、少し高く無かったか?」

と江川は言う。

「え?

 そうですか?
 
 あたし…あっ
 
 おっ俺…そう言ったことあまり気にしなかったから」

江川の言葉に千帆はそう返事をすると、

彼に背を向け、身体を小さくしながらシャツを脱いで見せる。

「なんだよっ

 恥ずかしがって、
 
 男同士だろう?

 俺に遠慮なんてするなよ」

そんな千帆に向かって江川は椅子に座ると、

格闘技雑誌を開きながらそう指摘した。

「はっはぁ

(でも、隆之さん意外の男の人と一緒だなんて…)」

その指摘に千帆は困惑しながらも着替えていると、

「へぇ魚野君って、

 凄い身体をしているな。

 どこの学校にいたの?

 あっ、俺、

 この間の国体に出たんだけど

 でも、キミみたいな身体の持ち主には会ったことがないよ」

と江川は千帆の身体を評した。

「そっそうです…か?」

「あぁ…

 すげーな…」

くっきりと盛り上がる千帆の背筋を見ながら江川は目を丸くすると、

「かぁ…

 世間は広いか…

 俺も頑張って身体を作らないとな」

と呟き。

ムンッ

江川は身体に力を込めた。



その日の夕刻、

「そうだ、隆之にメールしておこう」

そう、思いながら千帆がケータイを取り出したとき、

「1年集合!」

と廊下に声が響いた。

「あっもぅ!」

千帆はメールを打ちかけたまま、

ケータイを折りたたむと、

「江川君、

 集合だって」

と2段ベッドの上段で寝息を立てている江川の肩を揺り動かす。

しかし、

「う゛〜ん」

いくら千帆が江川を揺り動かしても、江川は目を開けず。

なかなか起きあがらなかった。

「もぅ!

 江川君っ
 
 江川君っ
 
 起きて!
 
 起きなさい」

そんな江川の頬を千帆は身を乗り出しながら2・3回叩くと、

「いてーな…

 何をするんだよ」

と文句を言いながら江川は起きあがると、

「集合が掛かったの、

 急いで」

と千帆は叫んだ。

「あぁ

 もぅそんな時間?」

「急いで」

寝ぼけ眼の江川と共に千帆は部屋を出て、

廊下向こうの食堂へと入ると、

ヌッ!

そんな二人の前を塞ぐようにして坊主頭の男が立ちはだかった。

彼が着ているレスリング部のロゴ入りシャツに

2年と書かれているので

どうやら1つ上の上級生らしい。

「あっ

 あの、遅れてすみません」

口を真一文字に結び、

ジロッと二人を見つめる彼に千帆は頭を下げると、

その横を通り抜け、

「さっさと飯を食おうぜ」

と江川が言う。

その直後、

パァァァン!!

食堂内に叩かれる音が響き渡り、

千帆の横に来ていた江川の姿が消えた。

「え?」

そのことに驚くまもなく、

今度は千帆の頬に強烈な衝撃が走り、

千帆の視界が一回転すると、

食堂の床にたたきつけられてしまった。

「え?」

熱く熱を帯びる頬に千帆は呆気にとられるが、

「なにをしやがる!」

背中から江川の怒鳴り声が響くと、

少し間を開け、

パンッ

パンッ

パンッ

パンッ

永遠と続くかと思われるほど殴る音が響く。

「やっやめ!」

その音に千帆は起きあがると叫びながら

江川を殴り続ける2年生の足にしがみつこうとしたが、

グイッ!

いきなり千帆が着ていたシャツの襟首が引っ張られると、

ブンッ!

ドサッ

千帆の身体は宙を飛び、

壁に激突した。

「痛ぅぅぅ」

激突の際に背中を打ったのか、

背中をすぼめ腹を出し、

千帆は襲いかかってくる痛みをこらえていると、

ズンッ!

大きく出した腹を別の2年生が蹴り上げる。

「うぐぅっ」

激痛にお腹を押さえながら千帆が蹲ると、

「立て…」

と上級生は千帆に命じるが、

しかし、背中と腹の2カ所を痛めた千帆は立ち上がることは出来ず、

うつろな目で上級生を見上げていると、

「なんだ、その死んだような目は、

 貴様、それでもレスリング部員か!」

と怒鳴り声が響き、

2年生は幾度も幾度も千帆を蹴り上げる。

「なんで…

 どうして、
 
 こんな目に遭わないといけないの?」

理不尽とも言える制裁に千帆はひたすら耐えていると、

「おいっ

 いい加減にしないか、
 
 飯が冷めるだろう」

と言う声が響いた。

その声が響いた途端、

千帆を蹴り上げていた2年生の動きがピタリと止まり。

直立不動の姿勢で声が響いた方へと向いた。

「まったく…

 お前達は…
 
 加減というのを知らないのか?
 
 ん?」

その声と共に、

ノッシ、

ノッシ、

体格が良い男が迫ってくると、

「フンッ!」

パァン!

響き渡った音と共に2年生の身体が吹っ飛んだ。

「なんてことを…」

それを見た千帆は驚くと、

「招集が掛かったら5分で集合だ」

と上級生は千帆達に言う。

「はっはぁ」

その言葉に千帆は起きあがりながら返事をすると、

「なんだ、その返事は」

いまし方、殴れ飛ばされた2年生が怒鳴り声を上げ、

「いいかっ

 1年は何を言われても”押忍”とだけ返事をするんだ。
 
 いいなっ!」

と声を張り上げる。

2年生のこの声に食堂内はシーンと静まりかり、

全ての音が消えた。

すると、

「どうした、返事は!」

2年の声が響くと、

「押忍…」

「押忍」

「押忍」

「押忍…」

席に着いていた1年達から返事の声が上がった。

「なんか、

 とんでもないところに来てしまった…」

それを聞きながら千帆はそう思っていると、

「遅刻した2人はメシ抜き、

 そこで正座をして反省していろ」

と上級生が食堂の隅を指さし指示をした。



カチャッ

カチャカチャ

私語一つ無い緊張した中で、

レスリング部員全員揃っての食事が進む、

「はぁ、

 いつ食べてもここのメシはまずいな」

4年生だろうか、校章入りのジャージ姿の男達は

そう談笑しながら食事を進めるが、

その一つ下、3年生は常に周囲の状況をチェックし、

2年生はあまり食事には手を付けず、

ジッと1年を監視していた。

そしてその模様を千帆はじっと見ていると、

「さて、

 じゃぁ始めるか」

の4年生の一声で、

「1年、全員立て」

と2年が命令をする。

すると、

ガタ

ガタガガタ

約20人近くはいると思われる1年生が全員立つと、

「よーしっ

 これより、レスリング部心得を話すから、
 
 必ず唱和をするように、
 
 決して忘れるな。
 
 もし、忘れればその場で制裁を下す」

と2年が叫び、

周囲の反応を確かめた後、

「一つ!」

と一つずつ心得を叫び、1年に唱和させた。

こうして合計25箇条にも及ぶ心得の唱和が終わると、

解散させられ、皆自分の部屋へと戻っていった。

そして、その中には顔に殴られた痣を作る千帆の姿があった。



「腹減ったぁ…」

「痛いよぉ」

ベッドの上で空腹と痛みを江川が訴えると、

「仕方がないよ、

 遅れた私達が悪いんだから…」

と千帆は諭す。

「だからといってもよぉ

 メシ抜きは酷いんじゃないか、
 
 どうやって朝まで持たせれば良いんだよ」

昼間見せた威勢の良さは何処に消えたのか、

江川は泣き言を言うと、

ドンドン!

部屋のドアが激しく叩かれた。

「あっはいっ!」

その音に千帆がドアを開けると、

「所持品検査だ!」

の声共に坊主頭の2年生が千帆達の部屋になだれ込み、

次々と荷物を改め始めた。

「なっなにをす…」

それを見た江川がそう怒鳴り掛けたところで、

千帆は慌ててその口を塞ぐと、

「上級生の指示には従うこと…」

って心得で言ったでしょう。

と注意をした。

「でっでも…」

千帆のその注意に江川は納得が行かないのか、

文句を言おうとすると、

「おいっ

 お前達!」

と2年が声を掛ける。

「はっはいっ」

その声に千帆は返事をすると、

グイッ!

2年は持っていた竹刀で千帆の胸元を押し、

「誰の許可を得てシャツを着て居るんだ」

と因縁を付け始める。

「誰の許可って…

 シャツは当たり前じゃないですか?」

その言葉に千帆はそう返事をすると、

「なにを…」

途端に2年の顔が歪み、

パンッ!

その竹刀で千帆の身体を叩いた。

そして、

「いいかっ、

 1年は奴隷だ!
 
 奴隷がこの寮内で服を着ることは俺たちが許さない」

と叫び、

「着替えその他の服は全て没収する!」

そう宣言した。

「そんな…」

2年のその言葉に千帆は驚くと、

「ほらっ、

 さっさとシャツを脱げ!」

竹刀片手に2年は迫ると、

「くっ(がまんがまん)」

千帆は歯を食いしばりながらシャツに手を掛け、

そして脱ぎ去ると、

「おぉっ」

そのシャツの中から出てきた千帆の肉体に2年達は驚きの声を上げた。

「なっなんですか」

その声に千帆は言い返すと、

「口ごたえをするなっ

 下も全て脱ぐんだ」

竹刀を持つ2年は千帆の頬にその先を当て命じ

「え?」

それを聞いた千帆は驚きの声を上げる。

「何をして居るんだ、

 さっさとしろ」

戸惑う千帆に2年はさらに命じると、

「……」

千帆は屈辱を感じながらパンツに手を掛け、

そして、一気に引き下ろした。

ブラン…

隆之にしか見せたことがないペニスが飛び出し、

千帆の股間に下がると、

誰が言ったか判らないが

「デカイ…」

と言う声が漏れた。

「え?」

その声に千帆は顔を赤らめながらあげると、

パサッ!

据えた悪臭を放つものが投げつけられ、

「それがお前達が今日から着ることが出来る服だ」

と2年は告げた。

「えぇ?」

その言葉に驚いた千帆が投げつけられたそれを広げると、

それは、茶色く薄汚れた、

俗に言う”ケツ割れ”と呼ばれるインナーであった。

「こっこれだけですか?」

ケツ割れを手に千帆が尋ねると、

「なんだぁ?

 文句あるのか?

 俺たちはそれだけで去年1年過ごしてきたんだ、

 文句は言わせないぞ」

と2年は凄み、

そして、

「その髪はなんだ、

 レスリング部員なら坊主頭だ、剃り上げろ!」

と命じると、

「よしっ、

 俺たちが剃ってやる!」

と言うや否や、

千帆と江川は裸のまま正座させられ、

そして、その頭にカミソリが当てられた。

ゾリッ

ゾリゾリ…

手慣れた手つきで2年は千帆と江川の頭を剃り、

瞬く間に二人は坊主頭にされてしまうと、

キュッキュッ

今度は盛り上がる胸板に黒のマジックで

”1年・魚野千帆”

と氏名を書かれる。

「うむっ

 それでこそ、栄えあるレスリング部員だ」

とても人には見せられない姿にされてしまった千帆を江川を

満足そうに眺めながら2年は頷くと部屋を去って行く。

「ううっ…

 なんで…」

入寮に辺り持ってきた私物もバックごと没収され、

ケツ割れ1枚、坊主頭にされた千帆はベッドの中で泣き崩れていた。

そして、その翌日から、

文字通り地獄の日々が始まったのであった。



つづく