風祭文庫・アスリート変身の館






「マワシファイター」
(第2話:初音の野望)


作・風祭玲

Vol.1014





広い道場を占有するかのように横たわる土俵。

そしてその土俵の上で二人の力士…

いや二人のマワシファイターによる白熱した勝負の余韻を残しつつ静まり返っていた。

「よぉしっ

 この調子で達也さん…じゃなくて白星ゲットだよぉ」

その静寂を打ち破るようにあたしは拳は突き上げ喜びの声を上げると、

「はっ

 どすこいっ!

 どすこいっ!」

土俵の中で廻しを締め髷を結う美紅がシコを踏み始める。

そんな美紅の姿を頼もしく思うのと同時に、

土俵の外で顔を真っ赤にして佇んでいる薙刀部キャプテン・刀根菜摘の姿が目に入るや、

「おい、菜摘山っ、

 何をボケっと見ているんだ。

 さっさとシコを踏むのだ」

と苛立つように言い放った。

ところが、

「いっいっいやよ…

 もぅ相撲なんて取りたくない!」

どうやら取り組み後、

菜摘は正気に戻ってしまったらしく、

泣き出しそうな顔であたしの命令を拒否して見せたのであった。

「あらら…

 正気にもどっちゃったの。

 もぅ、軍配の電池が切れちゃったのかな」

菜摘が正気に戻った原因は軍配にあると思ったあたしは

軍配を2・3回振って見せると、

パァンッ!

「菜摘山っ

 私と見事相撲を取って見せた者が何を嫌がっているのだ。

 お前はもぅマワシファイターだ。

 さぁ、何番でも受けてやるぞ」

土俵に立つ美紅が腰に締めている廻しを豪快に叩き、

気合いを入れるようにシコを踏んでで見せる。

「おぉっ!!」

それを見たあたしは心強く思うのと同時に、

「まだ電池は切れてなかった」

と軍配の力が有効であることを確信すると、

「菜摘山っ、

 相撲を取りなさい」

そう命じてみせる。

しかし、

菜摘はビクッと体を震わせ、

露になっているお尻に手を当てながら、

「いっいやよっ

 誰が相撲なんて…

 あたしにこんなことをして只で済むと思っているの?

 せっ先生に言いつけるから!」

なおも反抗して見せたのである。

「まったくもぅ、

 …軍配は生きていて、

 …廻しを締めてさっきちゃんと相撲を取ったのに、

 …試合後スグに解けちゃうなんてどういうこと?

 何か、足りないがあるのかしら…」

軍配で自分の肩を叩きながらあたしは取扱説明書のページをめくり始めた。

すると、

「神条さん。

 さっさと元に戻しなさいよっ、

 あたし、あなたを許さないわ」

さらにボルテージを上げて菜摘は怒鳴り声を上げてみせる。

それを聞いた途端、あたしの頭の中にある考えが浮かぶや、

「もぅウダウダ煩いわねっ!

 そんなに先生に言いつけに行きたいのなら勝手にどうぞ」

とあっさりと道場の扉を軍配で指し示してみせる。

「えっ」

この場であたしとのひと悶着を覚悟していたらしい菜摘は一瞬拍子抜けの表情をみせつつも

「わっ判ったわよ…行くわよ」

と言い残して扉傍まで来た時、

ワイワイ

ガヤガヤ

と表から人の話し声が響いてきた。

どうやら隣の柔道場で柔道部員達が稽古を始めるらしい。

「あっ」

その声を聞こえたのか菜摘は嬉しそうな声を上げて

扉を開けようとしたその時、

「おやおや、夏ミカン…じゃなくて、菜摘君。

 さっきまで恥ずかしがっていたのにその格好で表に出るのですか?」

とあたしは彼女の格好を指摘する。

「!!っ」

あたしの声を聞いた途端、

菜摘の手は一瞬凍ったかのように動かなくなってしまい、

その次の瞬間、

ガチャッ!

慌てて開けかけた扉を締め、

鍵を掛けて見せる。

「あらぁ?

 どうなさったのですかぁ?

 さぁ早く表に出たらどうなのです?

 廻しを締めて髷を結った格好でぇ、

 柔道部の方々に見て貰ってはいかがですか?

 マワシファイターとなったあなたの雄姿を」

殺気を振りまき睨みつける菜摘に向かってあたしは追いつめる様にそう言って見せると、

「おっ鬼っ

 悪魔っ」

と罵り始める。

「恨みですかぁ?

 さぁ?

 ご自分の胸に聞いてみたらいかがですかぁ?」

その言葉にあたしが笑いながら答えると、

「しっ神条さんっ、

 あなた…

 いいわっ、あなたがそういう心構えながら結構ですっ、

 退部ですっ

 薙刀部から即刻出て行ってください。

 もぅ顔なんて見たくもありません」

と声を上げてあたしを指差した途端、

プチッ

あたしの中で何かがはじけ飛んでしまうと、

「うふっ」

あたしは余裕の笑みを浮かべ、

「決めた。

 ”お前”だけじゃなくて、

 薙刀部のみんなをマワシファイターにすることにしたわ」

と彼女に向かって告げた。

「なっ」

あたしが言った言葉に菜摘は呆気に取られてしまうと、

「あたしだけじゃなくて、

 みんなもって…

 神条さん、あなた気は確かなの?」

声を振るわせながら聞き返してきた。

「えぇ、大真面目ですわ。

 でも、薙刀部のみんなだけでは奉納相撲は盛り上がりませんわ。

 もっとマワシファイターが欲しいですね。

 そうだ柔道部のみなさんにも参加してもらいましょうか。

 いっそほかの部の方々も…

 ううん、みんなみんなマワシファイターにしてしまいましょう。

 学校のみんなが廻しを締めたマワシファイターになってぶつかり合い汗を流す。

 あぁ、なんて素晴らしいのかしら…

 きっと神様もお喜びになるに違いない」

天幕の下がる土俵上で大粒の汗を振りまき体を紅潮させながら

取り組みをするマワシファイター達の姿を妄想しつつあたしはつぶやくと、

「狂ってる。

 神条さん。

 あなた、気が狂っているわ」

と菜摘は声を張り上げた。

「ふーん、そこまで言いますか、

 菜摘山っ、

 どうやらお前には稽古が足りないみたいです」

軍配の取説に目を向けながらあたしは言うと

「美紅乃山っ、

 菜摘山を可愛がってあげなさい」

とさっきから自分を見ている美紅に向かって指示をした。

すると、

コクリ

美紅は無言で頷き

すかさず菜摘の前に立ちはだかるや、

「ふんっ」

ビタンッ!

の声と共に大きくシコを踏んでみせる。

「どっどきなさいっ」

威嚇するようにしてシコ踏みをする美紅に向って菜摘は声を荒げるが、

「マワシファイターは相撲を取るのみ。

 菜摘山っ

 勝負…」

菜摘に向って美紅は言うと、

シコ踏みをやめ、

そのまま下げた拳を床につける。

そして、

「はっ!」

の掛け声とともに

パァン

パン!

パン!

パン!

菜摘に向って美紅は飛び出し嵐のような張り手を浴びせはじめた。

「ちょっと、

 やめて、

 やめなさいって」

美紅が繰り出す張り手を浴びた菜摘は道場の中に鎮座する土俵へと押し込まれていく。

そして、

「ふんっ!」

パァァァン!

強烈な一発と共に土俵の中へと押し込まれてしまうと、

パァン!

美紅乃山は仕切線の前で塵上手を行い、

ゆっくりと握った拳を土俵につけてみせる。

「判ったわっ、

 そこまで言うのならもぅあなたと一回勝負をしましょう。

 神条さん。

 この勝負にあたしが勝ったら元に戻しなさい。

 いいわねっ」

気合い十分の美紅に感化されたのか、

キッ!

菜摘は美紅を見据えながら仕切り線で蹲踞してみせると、

パァンッ!

土俵上で二人は改めて拍手を打ち、

塵上手を行った後、

睨み合いながら拳を土俵に着ける。

「いいですわ。

 菜摘山っ、

 お前が勝ったらすべてを元に戻してあげましょう。

 もっとも勝負が終わった後も菜摘で居られたらね」

彼女の仕草からマワシファイターに染まり始めている事に気づいたあたしはそう言うと

すかさずその間に割って入り、

「見合って見合って!」

と声を張り上げる。

そして、

「のこったぁ!」

の声と共に二人は激突したのであった。



「美紅乃山ぁぁ」

土俵上に勝ち名乗りが響き渡ると、

「くっ、

 もっもぅ一番」

揺れる乳房に砂をつけて菜摘は声を張り上げる。

しかし、

「だぁ!」

「うわっ」

「きゃっ」

それから何番も相撲をしても菜摘は美紅に勝つことは出来ず、

体中砂だらけとなるが、

それでもは何度も立ち上がり美紅に向かっていく、

まさにその姿はマワシファイターそのものであった。

「はぁはぁはぁ

 まっまだまだ」

整っていた髷を乱し、

汗だくになりながら菜摘は起き上がった時、

ワイワイ

ガヤガヤ

再び道場の近くで人の声が響き始めた。

隣の柔道場ではなく真っ直ぐこっちに向ってきた声を聞き、

「やっと来たか」

あたしは徐に振り返るが、

しかし、土俵上の菜摘にはその音が届かないのか、

「しっ」

パァンッ!

「うりゃぁ!」

美紅を相手に相撲の稽古に夢中になっていた。

「ふふっ、手こずったけど、

 どうやらマワシファイター・菜摘山の誕生ね」

マワシファイターに染まりきった菜摘の姿を満足気に眺めたあたしは

鍵が掛かっている扉の所へと向かっていく

そして、

ガチャッ

ガチャガチャ

「あれ?

 鍵が掛かっている…

 誰が居るような気がしたけど、

 キャプテン来ていないのかな…」

鍵が掛けられた扉を何度も開ける音が響くと、

「あっいま開けまぁす」

そう声を上げてあたしは鍵を開け

思い切り扉を開けてみせた。

「あっ、キャプテンっ

 居たのですか?

 遅くなってすみませんでした」

すると道着姿の薙刀部員達が遅れたことを詫びながら入ってくるや、

「え?

 なにこれ!!」

「うわっ、

 ちょっとなっなんなのよっ」

皆は道場の真ん中に鎮座する土俵を見るなり驚くが、

「きっキャプテン?」

「その格好は!!」

「何をしているんですか?」

その土俵の中で廻しを締める菜摘の姿を見るなり悲鳴を上げた。



「ようこそ薙刀部の皆さん」

驚く部員たちの前にあたしは笑みを見せながら立つと、

「神条さん。

 これって一体どう言う事なんです?」

とあたしに向かって事情を尋ねる。

「どう言う事っていわれても…

 見ての通り、

 キャプテンはマワシファイターとなって、

 お相撲の稽古をしているのですよ。

 さぁ、キャプテンっ、

 みんなに一言お願いします」

とあたしは土俵上の菜摘に話を向けた。

「うっ

 みっみんなぁ…」

あたしの声に気づいたのか

菜摘は美紅と四つに組み合ったまま振り返ると、

「おっお相撲って楽しいよ。

 みっみんな薙刀なんてやめてお相撲をとりましょうよ」

と皆に向って声を掛けてみせる。

「キャプテン?

 気は確かですか?」

それを聞いた部員は青ざめながら聞き返すと、

「うんうん、

 キャプテンの言うとおりっ」

あたしは大きく頷いてみせる。

そして、

「さっ何をしているの、

 みんなもまっマワシファイターになりなさい。

 神条さんが

 まっマワシファイターにしてくれるわ」

と菜摘は言って聞かせると、

「うりゃぁ!」

再び美紅と相撲を取り始めた。

彼女が言ったその言葉を聞いて、

「しっ神条さんっ、

 それって本当?」

と皆はあたしに詰め寄って来る。

しかし、あたしは怯まずに、

「えぇ、そうですわ。

 キャプテンはマワシファイターになってくれました。

 さぁ皆さんもキャプテンとおなじマワシファイターになってください」

皆を前にして悠然と言い返すと、

「ちょっとぉ、

 一体、どんな手を使ったのか判らないけど、

 ここは薙刀部の道場よ。

 キャプテンを相撲取りにして相撲を取らせるってどういう魂胆なの?

 さっさと元に戻しなさいよ」

部員達は食って掛かってきた。

「なんで戻す必要があるんです?

 それよりも、

 みんながマワシファイターになってくれれば問題解決じゃないですか」

「神条さん。

 あなた正気で言っているの?」

「えぇ、正気ですとも。

 これも奉納相撲の為。

 さぁ、マワシファイターになってください」

軍配を掲げてあたしが言うと、

「そこをどいて、

 このあたしが成敗してくれる!」

の声と共に、

先日の大会で個人戦を制した宮本静香が薙刀を構えて突進してきた。

「宮本さん。

 お手合わせは土俵の中でお願いね」

慌てることなく突進してくる静子を見据えながらあたしは軍配を向けると、

「チェンジ・マワシファイター・ビートアップ」

と声をあげる。

すると、

シュルンッ

軍配より布帯が飛び出すや、

瞬く間に静香の股間を締め上げ、

彼女を廻しを締め込み髷結うマワシファイターへと変身させてしまう。

「いっいやぁぁぁ!!!」

道場に静香の悲鳴が響き渡り、

カラン…

彼女が手にした薙刀が床へと転がり落ちていくが、

スグに

「くっ黒いマワシは力士のシルシっ!」

パァンッ!

と威勢の良い声が追って響くと、

静香は足で落ちた薙刀を拾い上げると、

ブンブン

その薙刀をぶん回すや弓取のごとく肩に担いでみせ、

そして、

「よいしょっ」

「よいしょっ」

と静香は皆の眼前でシコを踏んでみせたのであった。

「ひっ!」

それを見せ付けられた皆は一斉に引き下がると、

ガタガタと震え始める。

「口ほどにもない。

 さぁ、皆さんも宮本さんとご一緒にマワシファイターになってくださいな。

 そうれっ、

 みんなマワシファイターに!

 チェンジ・マワシファイター・ビートアップぅ!」

と声を張り上げてみせる。

その途端、

シャッ!

掲げた軍配より無数の布帯が伸び、

それらが薙刀部員達の股間に襲い掛かると、

シュルン!

「あんっ」

ググッ!

「んんっ!」

ギュッ!

「あぁんっ」

廻しとなって皆の股間を一斉に締め上げていく、

そして、

ボンッ!

彼女達が着ていた道着が弾け飛んでしまうと頭に髷が結われ、

さらに廻しの縁からサガリが下がるや、

「黒いマワシは力士のシルシっ!」

パァンッ!

廻しを締められ、

髷を結うマワシファイターとなった薙刀部員達は

一斉に口上を言いながら締められた廻しを叩いて見せたのであった。

「おぉっ…」

それを見たあたしは感嘆の声を上げると、

「え?

 あれ?」

「なっ何この格好!」

「やだぁ、

 胸が…」

「頭が変に縛られているぅ」

正気に戻った薙刀部員達は自分の姿に気がつくと、

混乱し、そして恥ずかしがって見せる。

と同時に、

「ちょっとぉ!

 神条さんっ

 何てことをしてくれたのよ」

とまたさっきと同じパターンで皆が詰め寄ってきたのであった。

「全く、世話の焼ける…」

そんなみんなの姿をあたしは嘆くと、

なにか根本的な解決方法は無いのかと神様から貰った取扱説明書に目を通し始める。

そして1つだけこういう事態の解決方法が掲載されているページに突き当たったのであった。

「こっこれだわ」

それを見たあたしはすかさず自分に向かって軍配を向けると、

「スイッチオーバー!!」

と声を張り上げる。

すると、あたしが着ていた制服は瞬く間に消し飛び、

代わりに真紅の廻しが腰に締め込まれ、

頭には大銀杏が結われると

化粧廻しと見事な横綱が着けられていく。

これらが全てが終わると、

「わが名は横綱・初音山っ

 相撲の神・野見宿爾が僕っ!

 マワシファイターよ、我に従え!」

と口上を言いながら、

「むんっ!

 どすこいっ!

 どすこいっ!」

皆の前で見事な不知火型の土俵入りをして見せたのであった。

その途端、

「うっ!」

あれほど詰め寄っていた薙刀部員達は急におとなしくなってしまうと、

「どすこいっ!」

数人があたしの動きに合わせてシコ踏みで応えてみせる。

そして、

「どすこいっ!」

「どすこいっ!」

何度も道場にシコ踏みの声と音が響き渡ると、

その度に一人また一人とシコ踏みに加わり、

ついに

「どすこいっ!」

「どすこいっ!」

皆が揃ってシコ踏みをするようになってしまうと、

そこには薙刀部の部員の姿はなく、

皆マワシファイターになっていたのであった。



「どすこいっ」

「どすこいっ」

「どすこぉぉぉいっ」

廻しを締める部員全員と共にあたしはシコ踏みを終えると、

「いいか、

 相撲勝負に負けた者は勝った者に従う。

 それがマワシファイターというものだ」

と声を張り上げる。

すると、

「ご・ごっつぁんですっ」

マワシファイターとなった皆は美紅や菜摘も含めて一斉にそう返事をしてみせる。

「うん」

その姿を見たあたしは満足気に眺め、

「お前たちはマワシファイターだ!

 マワシファイターの目的はなんだ?」

と問いただすと、

「ほ・奉納相撲を取ることです」

と言う返事が返ってくる。

まさにあたしの思い通り。

「そうだ奉納相撲だ。

 それが判っていればよい」

念を押すようにしてあたしは言うと、

「ご・ごっつぁんですっ」

威勢の良い返事が返ってくる。

「ただしっ、

 奉納相撲を開くには全然マワシファイターの人数が足りない。

 さぁマワシファイター達よ。

 奉納相撲のためもっと多くのマワシファイターを集めるのだ。

 柔道部に参るぞ」

あたしは柔道場を指さして声をあげると、

「ごっつぁんですっ」

と皆は力強く声をそろえる。

それを聞いたあたしは肩で風を切りながら悠然と道場を後にし、

柔道部が稽古をしている柔道場へと向かって行ったのであった。



ガラッ!

「たのもーっ」

臆することなく柔道場の扉を開け声を張り上げると、

ザワッ

柔道場で稽古をしていた道着姿の部員達は一斉に動きを止め、

あたしの方へと顔を向けてみせる。

「だれ?」

「さぁ?」

「見て、

 なにあの格好?」

「お相撲さんのコスプレ?

「やだぁ髷も結っているわ」

「変態さん?」

髷を結い化粧廻しと横綱を締めるあたしを眺めつつ

柔道部員達は一斉にヒソヒソ話を始めだす。

そして程なくして、

「あのぅ、

 何の御用でしょうか?」

と迷惑そうに尋ねながら

柔道部キャプテンである谷和原美佐が声をかけてきた。

「御用…そうだ。

 柔道部キャプテン・谷和原美佐。

 お前に話がある」

美佐の顔を見据えながらあたしは返事をすると、

スッ、

神様から預かった軍配を美佐に向け、

「柔道部員全員、

 マワシファイターとして奉納相撲に出ることを命じる」

と告げた。

「はぁ?」

その言葉を聞いた美佐は一瞬あっけに取られると、

「あのぅ…言っている意味がわかりません。

 奉納相撲?

 マワシファイター?

 それってなんですか?」

と聞き返してくる。

「なにぃ

 マワシファイターを知らないだとぉ」

それを聞いたあたしは顔を真っ赤にしてみせると、

「あなたが何を目的としているのか理解できませんが、

 このままお引き取りいただけませんか。

 稽古の邪魔になりますので」

と美佐は言うと、

「うるさいっ

 うるさいっ

 うるさいっ

 頭で理解できないのであるなら、

 体に覚え込ませるまで。

 まずはお前をマワシファイターにしてくれる。

 チェインジ・マワシファイター・ビートアップ!」

あたしは手にした軍配を仰ぎ声を張り上げる。

その途端、

シュルンッ

軍配から黒い布帯が伸びるや、

「あっ!」

廻しとなって美佐の股間を締めこんでいく。

「キャプテン!」

それを見た他の部員達が声を上げると、

「来てはダメっ!」

柔道着をボロボロに崩されながらも美佐は腕を上げて部員達を制し、

シュルルルル…

締め上げていく廻しの好き勝手にさせてみせる。

「ほぅ…」

さすが柔道部を率いる美佐の度胸ある態度にあたしは関心をしてみせると、

「うっ」

廻しが締め上げるのと同時にすましていた表情が微かに歪み、

続いて彼女も髪が髷となって結われ、

最後に締め上げた廻しの縁より下がりが下がっていく。

そして、

「これが…マワシファイター」

股間を締める廻しの感触に興味深い表情をしてみせると、

「ふふっ、

 どうかしらマワシファイターになった気分は?」

とあたしは問いかけ

「のこったぁ」

の声と共に再度軍配を仰いで見せる。

すると、

ズズズズズンンンンン

柔道場の中央部に土俵が姿を見せ、

「うっそぉ!」

衝撃の光景に部員達は一様に驚いてみせたのでした。



「さぁ、相撲勝負よ。

 あたしたちが勝ったら他の部員達も皆マワシファイターとして廻しを締めてもらうよ」

柔道部員達を向き合いながらあたしは条件を言うと、

「なっ何を言い出すの?」

「イヤよ、褌を締めるなんて」

「キャプテンっ、

 こんなイカれた奴さっさと叩きのめして」

部員達はあたしの話を聞いた途端みな声を揃える。

すると、

「えぇ、判っているわ…」

廻しを叩きつつ美佐は土俵へと上り、

「さぁ、ご希望通り相撲を取ってあげるわ、

 あなたも登りなさい」

催促をしてきたのであった。

「判りましたわ、

 さぁ、菜摘山。

 お前が行ってあの者に土を着けてきなさい」

笑みを見せつつあたしは菜摘を軍配で指して見せると、

「は・はい!」

指図された菜摘は素直に土俵へと上っていく。

ザワッ

「あの子って…薙刀部のキャプテンじゃない」

「やだぁ褌を締めている」

「まさかあの変態の仲間?」

菜摘の正体に気づいた部員達は皆声を上げる。

すると、

「騒がないのっ」

美佐は部員達を一喝した後、

「いいわ、薙刀部のあなたが相手ね。

 さっさといらっしゃい」

と菜摘を招いた後、

「どすこいっ」

自らシコを踏み始めた。

「ふふふ、

 谷和原さん。

 あなた…自分自身気づいていないだろうけど、

 自然と相撲の所作が出ているわ、

 それこそマワシファイターの証よ」

彼女のその姿を見たあたしは笑みを浮かべるや、

「菜摘山っ

 思う存分に戦いなさい。

 見合って見合って」

土俵上で睨み合う二人の間に行司役としてあたしは軍配を差し込むと、

「のこったぁぁ」

の声と共に一気に軍配を引き上げた。

すると、

「はぁぁっ!」

「………っ!」

パァンッ!

薙刀と柔道、二人のキャプテン同士が土俵上で組み合い、

「のこったぁ

 のこったのこったぁ」

互いに相手の廻しを取ろうとする二人のそばであたしは声をあげると、

「きゃぷてーん」

「負けないで」

柔道部員達は一斉に美佐を応援し始める。

だが、

「だぁぁぁ!」

美佐が菜摘の懐にもぐりこもうとしたとき、

逆に菜摘の体がすばやく動くと、

なんと美佐の体を下に向けて落としたのである。

「菜摘山ぁぁぁ!」

あたしは声を張り上げ菜摘に軍配を差し向けると、

「くっ」

菜摘の足元で美佐が悔しそうな表情で突っ伏していた。

「きゃぁぁぁ!!」

「そんなぁ」

「キャプテーン」

部員達にとって最悪の結果に皆は一斉に声を上げると、

「ふんっ、

 どすこいっ」

と菜摘は大きくシコを踏んで見せる。

「くくっ

 さぁ谷和原さん」

突っ伏している美佐に向かってあたしは声を掛けると、

「ちっちっくしょう!!!」

負け惜しみの声を上げながら起き上がり、

ジロリ

とあたしを見据える。

すると、

「キャプテーン!

 そんな奴の言う事なんて聞くことないですよ」

と柔道部員からそんな声が上がるが、

美佐が取った次の行動は

仕切り線の所で蹲踞をするなり、

パァンッ

と拍手打ってみせたのである。

「え?」

拍手の音に皆は一斉に声を失ってしまうと、

美佐はその場で塵手水をしてみせ、

さらに

「どすこい!」

の声とともにシコ踏みを始める。

「そっそんなぁ…」

柔道部キャプテンのシコ踏みに部員たちの顔から表情が消え、

さらに美佐は腰を低く構えると、

「くそーっ、

 くそーっ!

 くそーっ!」

と悔しそうに部員の方に向かって突っ張りの仕草をしながら、

すり足をしてみせたのであった。

「やめてーっ」

「キャプテン、

 相撲の稽古なんて止めてください」

悲鳴に近い柔道部員たちの声が上がる中、

「さーっ約束は約束よぉ。

 柔道部員全員っ、

 約束どおり廻しを締めてマワシファイターになって貰うよ」

部員達に向かってあたしはそう告げると、

「いやだぁ」

「誰が褌なんて」

あたしの言葉に従わずなおも部員達が反発して見せるが、

「ふふんっ

 往生際が悪いわよ。

 チェインジ・マワシファイター・ビートアップ!」

と聞く耳を持たずに声を張り上げたのでした。



「どすこいっ」

「どすこいっどすこいっ」

柔道場に鎮座する土俵の上を薙刀部員と共に柔道部員もシコ踏みをはじめる。

そして彼女たちの姿を眺めつつ、

「良いよ良いよぉ

 さぁ奉納相撲のためにみんな頑張ってね」

と声をかけると、

「ごっごっつぁんです…」

部員達は皆は声をそろえて返事をして見せるが、

しかしどこかその声に迫力がなかった。

「うーん、返事が弱いわね。

 横綱の力だけでは完璧にマワシファイターにすることは出来ないのかな…

 こんなんじゃ、神様も喜ばないだろうし。

 こういう場合ってやっぱり三番稽古かな…

 美紅とキャプテンも稽古をすることでマワシファイターになったんだしね」

そうあたしは考えると、

「薙刀部・柔道部対抗の三番稽古をしなさい。

 手加減は無しでね」

と指示をして見せる。

「ごっつぁんです」

その声に薙刀部員と柔道部員とが土俵を挟んで対峙すると、

口を真一文字に結び、

柔道部員と薙刀部員が一人ずつ土俵の中へと入っていくと、

蹲踞し拳を土俵に着ける、

そして、

「さぁ、思い切って当たりなさいっ

 はっけーよーぃっ

 のこったぁ」

土俵の上にあたしの声が響くや、

「ふんっ」

薙刀部員は突っ込んできた柔道部員に見事な突っ張りを一発食らわせたのであった。

その途端、

突っ張りをまともに食らった柔道部員は吹っ飛んでしまい、

壁に激突してしまうと、

「あぐぅ」

その声を漏らしながらダウンしてしまう。

「おぉっ、

 激しいっ。

 さすがはマワシファイターっ

 いまの突っ張り見事だよ」

それを目の当たりにしたあたしは誉めると、

「弱い…

 次ぃ」

勝った薙刀部員は余裕の表情で蹲踞してみせる。

こうして柔道部の部員達を薙刀部員達が次々と打ち負かし、

ついに皆倒されてしまうと、

「情けないわねぇ、

 負けた者は四股踏み、すり足!!

 それとちゃんと”どすこい”って掛声を上げてするのよ」

あたしは柔道部員達に向ってそう命じると柔道場から出て行く。

そして、

「次はどこにしようかな〜」

表に出たあたしは次の標的を探し始めたのでした。

「まだまだ始まったばかり。

 でも、この軍配があればあっという間だよ」



つづく