風祭文庫・アスリート変身の館






「マワシファイター」
(第1話:神様の軍配)


作・風祭玲

Vol.1013





あたし、神条初音。

16歳になったばかりの高校1年生。

好きなことは…食べること、寝ること、遊ぶこと。

無論、勉強なんて二の次なんだけど、

でも学校での評判はそれとはちょっと違っていて、

どういうわけか容姿端麗、学業優秀、運動神経抜群なぁんてもてはやされ、

そのせいで部活の先輩達から何かと目を付けられている。

ほんと、やんなっちゃう。

特にあたしが所属している薙刀部のキャプテン・刀根菜摘と来たら

もぅそれこそ目の敵のようにしてあたしにアレコレと雑務を押し付ける始末。

まさに意地悪な姉に苛められるシンデレラの気分だわ。

っと、いやな話はこれくらいにして

あたしの家は五穀豊穣の神様を奉る御社の宮司を務めていて、

よってあたしのもぅ一つの顔は髪を水引でくくり、

白衣に緋袴姿で境内の掃除から参拝客の応対までこなす何でも屋さんの巫女さんをやってます。

これって結構重労働なんだけど、

でも居心地の悪い部活なんかよりずーっと面白い。

ところがこの格好目当てか、

最近高価そうなカメラを持つ怪しげな男子がチラホラと…



梅雨の晴れ間が広がる日曜日の朝。

巫女装束に着替え終わったあたしは鏡の前で気合を入れると、

竹箒を片手に境内へと飛び出していく。

そんなに広く境内のお掃除なんてあたし一人で十分。

ザーッ

ザーッ

社を守るようにして生える木々によってシンと静まり返る境内に箒の音が鳴り響く。

世の中の喧騒とは隔絶された空間に久方ぶりの陽の光と

木々が放つ新鮮な空気を吸いながらの作業はとっても気持ちが良い。

一人境内のお掃除をしていると、

ザッザッザッ

スエットパーカーに身を包んだ一人の青年が神社の階段をかけ上がって来る。

来た来た、いつもと変わらない時間。

彼の姿を見つけたあたしはほくそ笑むと、

パッパッ

っと巫女装束と髪の毛の乱れを直し、

ワザと目立つところに移動して箒を動かしてみせる。

木見城達也。

大学の剣道部で活躍する彼は毎朝ジョギングしながら境内を通っていく。

未だに言葉を交わしてはいないけど、

でも、この時間があたしにとってもっとも幸せを感じるときでもある。

ドキドキ

彼が近づくにつれてあたしの心臓は高鳴り、

そして、風と共にあたしの真横をすれ違ったとき、

「おはようございます」

大きく口を開けてあたしは挨拶をしたのだ…

…いや…挨拶をしたつもりだった。

なぜって、口は動いたけど声は出ては居なかった。

毎日それの繰り返し。

「はぁ…」

声は出なくても、ため息だけはしっかりと出る。

去っていく彼の気配を感じつつあたしは止まっていた腕を動かし始めると、

「明日こそは声を出そう。

 明日こそは”おはよう”って挨拶をしよう」

と心に決めるけど。

でもこれって、昨日も言ってなかったっけ。



軽く汗ばみながらのお掃除が一段落すると、

「ふぅ」

あたしは大きく息を吐きつつ綺麗に掃き清められた境内を見回して見る。

「うん、よしっ

 あたし、完璧っ!」

隅々まで行き届いた境内の様子にあたしは満足気に頷いてみせると、

境内の隅でじっと静かに佇む土俵が目に入ってきた。

かつてここで相撲部屋の力士達を招いて奉納相撲が行われていたけど、

でも、相撲部屋が移転してしまったために、

ついに由緒ある奉納相撲も行われなくなったとか、

「なんか寂しいね…こいうのって」

時の流れから忘れ去られようとする土俵を眺めながらそう思っていると、

突然、

『…巫女はん、あんさんもそう思いまっか』

と言う男の人の声が響いてきた。

「え?」

全くの予想外な事態にあたしはギョッとしながら辺りをキョロキョロと見回すが、

しかし、声の主はどこにも見当たらず、

「幻聴かな?」

と決め付けようとしたその矢先、

ニョキッ!

さっきまで何も無かった土俵の真ん中に光の柱が聳え立って見せたのだ。

「うそぉ!」

突然の事にあたしはあっけに取られながら

人の背丈ほどの大きさの柱を見つめてみせる。

キラキラ

よく見ると光の柱は無数の小さな光点によって作られ、

その姿は大声ではいえないけど男の人のオチンチンそっくりでもある。

けど、

「…きれい…」

驚くよりも光の柱の美しさについ呟いてしまうと、

『あぁ、娑婆の空気は美味いっ。

 おっと驚かしてしもうたけど、

 すんまへんなぁ

 何を隠そう、わいは相撲の神様や』

と光の柱は怪しげな関西弁モドキであっさりと正体を明かすなり話しかけてきた。

「すっ相撲の神?

 相撲の神って、

 ひょっとして野見宿爾様ですか?」

それを聞いたあたしは日本で始めて相撲を取り相撲の神として崇められている

野見宿爾のことを指摘すると、

『おぉ、

 やはりわいのことを知ってはったかぁ。

 いやぁ、えかったえかった。

 一発でわいのことを判ってくれるだなんて、

 あんさんなら大丈夫や』

と光柱…いや神様は満足気に頷き膝の辺りを叩いてみせる。

それを見たあたしは

「じゃぁ、本当に本当の野見宿爾様なんですね」

と念を押すように問い尋ねると、

『なにゆーてんねん。

 わいが”そうや”とゆーたらそうに決まってんがな。

 と、前置きはその辺にしてや、

 実はなっ、

 あんさんを見込んで頼みごとがあるんや』

と何やら頼みごとがあるような素振りを見せる。

「…なんですか頼みごとって?」

厄介な事でも押し付けられるのかな…と思いつつ聞き返すと、

『他でもない、六月晦日の大払の日。

 この日に奉納相撲が行われていたのはあんさんも知ってまっしゃろ?

 その奉納相撲がそちらはんの都合で行われなくてはや15年。

 土俵もすっかり寂れてしもうた。

 わい、すごっぉく寂しいんや。

 判るかぁ?

 奉納相撲はわいとあんさんら人間との貴重な交わりの場であるんや。

 その奉納相撲が忘れ去られようとしていることがたまらないんや。

 そこでや、あんさんを見込んで今度の大払の日の晩。

 ここで奉納相撲を開いて欲しいんや』

と神様は言う。

「えぇ!」

思いがけない神様の頼みにあたしは声を上げてしまうと、

「そう言う頼み事は…

 あたしではなくてオヤジかアニキに言ってホシーナー…なんちゃって」

と神様から距離を開けつつ呟いてみせる。

すると、

カッ!

光の粒がいきなり光度を増すと、

『無論っ、

 只やおまへんっ。

 わいの為に奉納相撲を開いてくれたら、

 あんさんにそれなりの褒美を…と思っておりますがな』

と神様は語気を強めてみせる。

「なに?

 ほっ褒美っ!?」

報酬と言う言葉を聞いた途端、

あたしは土俵際にまで寄り、

「その褒美ってなんですか?」

と詰め寄ってみせると、

『そっそうやなぁ…

 わいの出来る範囲であんさんの願いをひとつ叶えてさしあげますわ。

 と言ってもあくまでわいの出来る範囲やで、

 例えば…

 あんさんが慕っている者と出会いの切っ掛けを作るとか、

 まぁ、運命の流れをちょこっと弄ることぐらいならOKや』

あたしの気迫に押されたか、

土俵際に追い詰められたかのように神様はそう言うと、

「それって本当に本当ですか?」

とさらに詰め寄り念を押す。

『神様に二言はおまへん。

 …っとそれ以上前に出てはあきまへんよ。

 おなごは土俵に入ってはいかん決まりやさかい…』

思いっきり身の乗り出し、

今にも土俵に倒れ落ちそうなあたしの姿勢を見てか、

神様はそう忠告をした後、

『もちろんやっ』

と答えて見せる。

その次の瞬間。

あたしの頭の中に達也さんのことがよぎるのと同時に

「(どぉぉん)

 よっしゃぁ!

 おっちゃんのその願い、

 このわてが叶えたるぅぅ!!

 幸せっ、

 ゲットだよぉぉぉ!!」

巫女装束の袴を袖を思いっきりはためかせながら

あたしはガッツポーズをして見せたのであった。




『おぉ、その意気や。

 じょうちゃん。

 期待してまっせぇ!』

そんなあたしを煽るように神様は扇子を広げて見せると、

「けど…

 奉納相撲と言っても、

 いざ行うとすれば人集めとかなんだかんだで色々大変よ」

ふと、我に返ったあたしは不安げに神様に尋ねた。

『ふっ、そう言うかと思うてな、

 ”マル秘アイテム”を用意しておきましたわ』

そんなあたしの問いに神様はそう答えつつ、

人間で言うとお腹の辺りを探るしぐさを見せた後、

『ほな、かみさまのぐんばぁーいっ』

と何処かの猫型ロボットが話す口調で黒いものを取り出して見せた。

「いきなりドラ●もんですか?

 あなたは?」

大相撲中継などで行事が持っている軍配と同じ形のものを掲げてみせる神様に向かって

あたしは突っ込みを入れると、

『のー●たくんっ、よくき(聞)いてね。

 すもう(相撲)をと(取)らせたいひと(人)にむかって、

 このぐんばい(軍配)であお(仰)いであげると、

 そのひと(人)がおすもう(相撲)さんであるマワシファイターになってしまうという、

 とってもべんり(便利)なぐんばい(軍配)なんだ。

 でも、むやみ(無闇)にあお(仰)いではダメだよ。

 ちゃぁんと、そのひと(人)にわけ(理由)をはな(話)をして、

 ほうのうずもう(奉納相撲)にさんか(参加)してもいいよ。

 ってこたえ(答)たひと(人)だけにあお(仰)いであげるんだよ』

と相変わらず猫型ロボットの口調で説明した後

あたしに軍配を手渡した。

「だっ誰がの●太よ」

軍配を手にしたあたしは神様に文句を言うと、

『ほな頼みますわ。

 一応、その軍配には色々便利な機能があるやさかい、

 試してみると良いでっしゃろ。

 あっこれ、軍配の取扱説明書ね。

 ほな奉納相撲、楽しみにしてしてはるでぇ』

と光の柱は怪しげな関西弁で話しつつ、

ケータイの取説のような冊子を手渡すとすっ消えていく。

「あぁちょっと」

まるで逃げるようにして消えていく光の柱に向かってあたしは声を上げるが、

「あーぁ、

 消えちゃった…」

光が消えた土俵は元の佇まいに戻っていたのであった。



「神様の軍配ねぇ

 これって夢じゃないんだよね…」

軍配を手にしてあたしは掃除から戻ってくると、

「こらぁ、

 いつまでもゴロゴロ寝ているんじゃない。

 初音を見習って掃除でもせんかっ!」

と社務所から父さんの怒鳴り声が響くと。

「わたたたた」

まるでたたき出されるようにして3つ上の兄・数馬が飛び出してきた。

「アニキっ

 また父さんに怒鳴られたの?」

呆れた表情であたしは兄を見ると、

「あぁ初音か、

 その様子じゃぁ掃除は終わったみたいだな…

 ってことは別にやることは無いか」

戻ってきたあたしを見下ろして兄は呟くと、

「することがないんじゃ、

 パチンコにでも行ってくるか

 後は頼んだぞ」

と言うなりあたしに背を向けた。

4つ上の兄は大学生で就職活動の真っ最中らしいんだけど、

でも、全くその気が無いのか、

このご時勢にも関わらずのんびりとしている。

「はぁ、達也さんとは大違い、

 ほんっとうにっの●太君なんだからっ」

そんな兄の姿を見たあたしは苛立って見せると、

「!っ

 そうだ」

ある考えが浮かぶのと同時に、

パラララ…

さっき神様から授かった取説に目を通し、

「よしっ、

 これねっ」

該当のページを捲り当てたあたしはすかさず軍配を構えると、

「アニキこそ、

 そんなに暇ならマワシファイターになって相撲でも取ったらどうなのっ

 チェンジ・マワシファイター・ビートアップッ!」

と声を張り上げながら、

ブンッ!

軍配を仰いで見せた。

その途端、

シュルンッ!

軍配の先から黒い布帯が一気に伸びるとアニキの股間に絡みつき、

グルグルっと腰に巻きついていく。

「え?

 おいっ、

 なんだこれぇ!」

突然の事にアニキは驚きの声を上げるが、

しかし、股間にしっかり締めこまれた黒帯はいくら解こうとしても外れることはなく、

それどころか、

シュルンッ!

アニキの頭に髷が結われてしまうと、

バンッ!

まるで弾け飛ぶかのようにアニキが着ていた服が引き裂け、

その中から

「黒い廻しは力士のシルシっ」

パァンン

と言いながら褌を叩き、

「ふんっ

 どすこいっ!

 どすこいっ!」

シコを踏みをする力士姿のアニキが姿を見せたのであった。

「うっ、なにこれぇ!

 あはははは!!

 それ傑作ぅぅ!!」

あまりにも滑稽なアニキの姿を見て

あたしはお腹を抱えて笑い転げてしまうと、

「何がおかしい!」

とアニキは真面目な顔で怒鳴る。

「だってぇ、

 その格好って

 アニキっ

 その褌、似合わないって」

笑いを堪えながらあたしは似合わない褌に髷を結うアニキを指差すと、

パァンッ!

アニキは褌を叩き、

「褌ではないっ

 廻しだ。

 マワシファイターたるものっ、

 廻しを締めっ、

 髷を結うのが仕来たりだ。

 それを笑う者は妹でも許さんぞ」

と怒鳴るや、

「どすこいっ」

「どすこいっ」

そう言いつつ足を摺りながら土俵へと向かって行く。

「へぇ、

 さすが、神様の軍配ね。

 本当に相撲取りにしちゃうんだ。

 って言うかマワシファイターって言葉なんか変」

神様から授かった軍配の威力を見せ付けられたあたしは感心しながら軍配を見つめるが、

「あっ、いけないっ

 アニキに相撲を取ってくれって頼むの忘れてた」

と神様からの注意の一つを忘れていたことを思い出すと、

「ちょっと待ってぇ」

あたしはアニキを追いかけていったのである。



月曜日の朝、

「ふわぁぁぁ〜

 行ってきますぅ」

大きなアクビをしつつ制服に身を包んだあたしは

「どすこいっ」

「どすこいっ」

朝から熱心に相撲の稽古をするアニキを横目に学校へと続く坂道を降りていく。

あたしが通う学校は神社の下に広がる沼ノ端学園。

神社からのびるこの急な坂道一本降りてちょっと曲がればすぐに到着するんだけど、

「う〜っ

 軍配を使えば人を相撲取り…

 じゃなかったマワシファイターにすることが出来るのはわかったけど、

 でも、実際に人集めなんてどうすればいいのか判らなくて結局眠れなかったわ」

とぼやきつつ、

かばんから覗いている軍配の柄先を見つめる。

あたしが通っている学校は女の子しか居ない女子校で、

一見すれば学校で奉納相撲をしてくれる人を集めるなど土台無理な話。

「さーてどうしたものかなぁ」

そう呟きながら坂を降り切った時、

「ごきげんよう」

不意にあたしに向かって制服姿の少女達が声をかけてきた。

「あっ、ごきげんよう」

その声にあたしは慌てて返事をすると、

「あら…一年生じゃない。

 コチラから挨拶をして損をしたわ」

と声をかけてきた少女達は胸に着けている2年生のバッチを見せ付けるようにして呟いてみせる。

カチンッ!

その言葉と態度にあたしはムカつくが、

しかし、上下関係は何かとうるさい学校のこと。

「どうもすみません」

引きつった笑みを見せながらあたしは挨拶をして見せると、

「うふふふ」

「くすくす」

上級生達は含み笑いをしながらあたしの前を通り過ぎていく。

この野郎…少し早く生まれたと言うだけでえらそうに…

握りこぶしを持ち上げながらあたしは上級生に復讐をする方法を考えた時、

「!!っ

 あっそうだ」

頭の中にある考えが閃いた。

そう年上と言うだけで生意気なこいつらをアニキみたいにマワシファイターにしてしまえば…

別に許可を取る必要も無いことだし。

よぉしっ

その考えが浮かんだ途端、

あたしはほくそ笑みながらカバンに仕舞い込んでいる軍配を取り出そうとする。

とその時、

「ごきげんよう、初音!」

不意に名前が呼ばれた。

ギクッ!

その声にあたしは顔を引きつらせると、

「ごきげんよう、

 恵」

作り笑いをしながら返事をしてみせる。

矢吹恵、あたしにとって無二の親友である。

「どうしたの?」

あたしを見ながら恵は小首を捻って見せると、

「ううん、なんでもないのよ」

作り笑いをしながらあたしはカバンを背後に廻した。

「どうしたの初音?

 なんか顔色が悪いみたいだけど、

 体調でも悪い?」

そんなあたしを見てか恵は心配そうな顔を向けてくると、

「えっえぇ、

 さっきも言ったとおり、

 なんでもないし、

 大丈夫よ。

 うん、本当に大丈夫なんだから」

と幾度も頷きつつあたしは返事をしてみせる。

すると、

「ごきげんよう、初音に恵」

元気で明るい声が響いた。

あたしのもぅ一人の親友、面園美紅である。

「あっあぁ、ごきげんよう」

美紅にも挨拶をすると、

「あれ?

 初音、目の周りが森の熊さんだけど、

 大丈夫?」

と美紅は心配そうに覗き込んできた。

「えぇ、あたしもそれを心配しているんだけど…」

それを聞いた恵は再び心配顔をしてみせると、

「だっ大丈夫よっ、

 さっ遅刻にならないうちに行きましょう」

これ以上余計な詮索されないようにするためにあたしは声をあげ、

皆の先頭に立って学校へと向かっていくが、

しかし、あたしの頭の中には学校の生徒を相撲取りにしてしまおう。

と言う考えが渦巻いていたのであった。



「初音ちゃん?」

放課後、薙刀部の道場に美紅の声が響くと、

「あっこっちよ、こっち」

先に着替え終わっていたあたしは美紅に向かって手招きをしてみせる。

「あっうん。

 で、なに?

 メールにあった大切な用事って?」

なにも疑うこともなく美紅は上履きを脱いであたしの元に駆け寄ってくると、

「うっうん

 ちょっとね」

あたしは頷きながら美紅が入ってきたドアのところに向かい、

カチリ

とドアの鍵を掛けてみせる。

そう、授業中、

あたしは美紅に放課後、道場に来るようにとメールを送っていたのであった。

目的は…あの軍配があたしが思い描いていたようなことが出来るか、なのだけど…

「?」

道場の鍵を閉めたあたしの行動を美紅は小首を傾げながら見つめ、

「勝手に鍵なんてかけて叱られない?」

と心配してみせる。

そんな美紅に向かって、

「あのね…

 実は美紅にとっても大事なお願いがあって呼んだのよ」

とあたしは告げる。

「なになになに?

 初音ちゃんのお願いって?

 あたしに出来ることなら何でもするわ」

あたしのその言葉を聴いた途端、

美紅はあたしの手を握って見せると、

「実はね…」

あたしは美紅の目を見つめながらそう呟き、

そして、

「美紅…マワシファイターになって」

と彼女の手を握り返しながらそう告げたのであった。

「へ?」

その言葉を聞いた途端、

美紅の顔は困惑した表情して見せ、

「マワシファイターってなに?」

と聞きなれない言葉に戸惑を見せた。

「うーん、

 ちょっと判りにくかったか。

 簡単に言えばお相撲さんのことよ」

困惑気味の美紅に向かってあたしは説明すると、

「お相撲さんって

 あのお相撲さん?」

と聞き返してくる。

「えぇ、そうよ、

 はっけよいのこった。

 のお相撲さんよ」

その言葉にあたしは頷いてみせると、

一瞬の間を置いて、

プッ

美紅は吹き出すと、

「…やだぁもぅ初音ちゃんったら、

 真面目な顔をして変なことを言ってぇ」

と笑いながらあたしの手を払ってみせる。

「へっ変なことなんかじゃないわ」

そんな美紅に向かってあたしは声を荒げるが、

「だってぇ、

 あたし女の子よ。

 女の子がお相撲さんになんてなれるわけ無いでしょう?」

と美紅は指で涙を拭きながら言う。

「そっそれをいまから確かめるのよっ」

笑い顔の美紅に向かって、

サッ

道着の懐からあの軍配を取り出すと、

「チェンジっ

 マワシファイター・ビートアップぅ!」

の声と共に美紅に向かって思いっきり軍配を振って見せたのであった。

その途端、

シュルンッ

軍配より黒い布帯が美紅に向かって伸びていくと、

クルンッ!

彼女の身体に巻きつき、

クルルルルル

っとコマを廻すように美紅の身体を廻し始めた。

そして、

シュルルルルルン

一度離した彼女の股間を布束は通り抜け、

そのまま上へと上がっていくと

クンッ

腰のところで横へと向きを変え、

クルルルル

っと腰の周りに巻き

ギュッ!

美紅の腰を見事に締め上げてしまうと廻しとなったのである。

さらに、

ボンッ!

着ていた美紅の制服が弾け飛ぶように消し飛んでしまうと、

廻しの縁からサガリが伸び、

頭には見事な大銀杏が結われていく、

その後、彼女の回転が止まるのと同時に、

「(ふんっ)黒い廻しは力士のシルシっ」

パァンン

「うっちゃりどすこい、

 マワシ・ファイター美紅乃山っ!

 はっけよぉいっ、こったぁ!」

と声を上げながら、

胸の膨らみをプルンと震わせて美紅はシコを踏んで見せたのであった。



「すっごぉーっ」

アニキの時とは段違いのアクションにあたしは感心していると、

「え?

 あれ?

 きゃっ、

 なにこれぇ!」

正気に戻ったのか美紅は自分の姿を見るなり悲鳴を上げると、

あたしの方を見るなり、

「はっはっ初音ちゃんっ、

 これって一体どういうことなの?」

と叫びながら詰め寄ってくる。

「えーと、

 見ての通り…美紅はマワシファイター・美紅乃山になったのよ」

訴える視線であたしを見る美紅に向かってあたしは笑みを浮かべてそう告げると、

「そんなぁ!

 ちょっと元に戻してよ!」

と美紅は顔を引きつらせて声を上げる。

「元に戻すって、

 そう言われても…

 とっとにかく、

 折角マワシファイターになったんだから、

 お相撲を取って」

そんな美紅に向かってあたしは提案すると、

「えぇ!

 お相撲って」

美紅は困惑しながらも道場の柱へと近づき、

「こんなことをするの?」

と聞きながら、

「ふんっ」

バシンッ

っと柱に向かってテッポウを打って見せる。

その途端、

ガタタタ…

薙刀場の建屋が大きく揺れたのであった。

「うわっ」

思いもよらないテッポウの威力にあたしは驚くと、

「おもしろいーぃ」

それを面白がってか美紅は

パァン

パァン

パァン

と続けてテッポウを打ち始めると、

ゴゴゴゴゴ

テッポウを打つごとに薙刀場の建屋が揺れ続け、

「ちょっと、

 もぅ、この辺でやめて」

さすがにこれ以上揺らされては薙刀場が壊れると思ったあたしが美紅をとめようとした時、

ガチャっ

締めていたはずのドアの鍵が開けられた。

そして、

「誰?

 道場で変な事をしているのは!!」

の声と共に薙刀部キャプテンを務める刀根菜摘が姿を見せたのである。

「あっ刀根キャプテン!」

合鍵を光らせて道場に入ってきたキャプテンを見るなり

あたしは慌てて頭を下げると、

「あら、神条さん居たの?

 鍵なんかかけて何をしていたの?」

とキャプテンはあたしを見据え、

キツイ言葉で問いただしてくる。

「えぇっと」

その質問にあたしは頬を掻きつつ答えに窮していると、

「どすこいっ」

「どすこいどすこい」

マワシファイターになった美紅が続けてテッポウを打ち始め、

ガタガタ

と道場が再び揺れ始めた。

「ちょちょっと、

 あなた、なんて恰好をしているのっ!」

キャプテンは美紅の姿を見るなり、

顔を真っ赤にして声をあげると、

「初音ぇ

 ごめん。

 かっ体が止まらないのよぉ」

テッポウを打ちながら美紅はあたしに話を振ってくる。

「神条さんっ、

 やはりあなたが関係しているの?

 これってどういう事なのか説明してくださる?」

それを聞いたキャプテンは腕を組んで問いただしてくると、

「えぇっと、

 それはそのぉ」

あたしは答えに窮し、

そして、

ギュッ

軍配を握りしめると、

「えぇいっ

 もぅどうにでもなれぇ!」

と声を上げながら、

「チェンジっ

 マワシファイター・ビートアップぅ!」

の声と共にキャプテンに向かって軍配を仰いでみせたのであった。

その途端、

シュルン!

軍配より廻しが伸びると

瞬く間にキャプテンの体にからみつき締め上げる。

そして、

ボンッ!

とキャプテンが着ていた道着を弾き飛ばしてしまうのと同時に

「黒い廻しは力士のシルシっ」

パァンン

「突き押しどすこいっ

 マワシ・ファイター菜摘山っ!

 はっけよぉいっ、こったぁ!」

の声を上げながら、

胸の膨らみをプルンと震わせて美紅は豪快にシコを踏んで見せたのであった。



「え?

 いやだ、

 なにこれぇ」

良い乳房を震わせながらマワシファイターとなったキャプテンは困惑して見せると、

「キャプテン。

 キャプテンはマワシファイターになったんですよ。

 さぁ、美紅乃山と相撲を取ってください」

とあたしはキャプテンに迫る。

「そっそんなぁ、お相撲なんて…

 とっとれませんっ」

あたしの言葉に泣きべそをかきながらキャプテンはそう訴えると、

「もぅ、仕方がないなぁ…

 確か、えぇーっと」

取り出した取説に目を通しながらあたしは、

「土俵よっ出てこいっ

 どすこいっ」

と言いながら軍配を振る。

すると、

ズズズズズッ

ズンッ!

突き上げるようにして道場の中に立派な土俵が姿を見せる。

「おぉ!」

神様の軍配の威力にあたしは目を見張ると、

「そんなぁ」

土俵を眺めながら美紅とキャプテンは驚きの表情を見せるが、

「さーさ、二人とも、

 土俵を用意しましたのでここで相撲を取ってください」

あたしは涼しい顔をしてみせる。

「うぅっ」

「しくしく」

嫌々ながら二人は土俵に近づき、

チラリとあたしを見た後、

土俵に足を踏み入れた。

と同時に、

「うっ」

「くっ」

二人に何か異変が起きたのか、

同時に軽く頭を押さえて見せ、

直ぐに頭を振ってみせると、

「ふんっ」

パンパン

と気合を入れるのかのごとく腰の廻しを叩くと仕切り線へと向かい、

何事もなかったかのように二人は腰を下ろして蹲踞してみせたのである。

「あれ?

 あっさりと…

 まぁいいか、

 さーさーさー

 見合って見合って

 はっけよーぃ!」

突然の展開にあたしは躊躇したものの、

すぐに美紅とキャプテンの間に割って入り、

「のこったぁ!」

あたしが上げた声と共に

トンッ!

美紅とキャプテンは床を叩いて突進していく。

パァンッ

道場に響きの良い音が響き渡り。

「くはぁっ」

二人のマワシファイターはがっぷり四つに組み合うと、

「のこったぁ」

「のこったぁのこったぁ」

あたしは大きく声を張り上げる。

そして大粒の汗を振りまきながら

マワシファイター達は攻守入れ替わりつつ相撲を取り、

ついに腰を上げかけたキャプテンの廻しに美紅が手をかけると、

「うらぁ!」

の声と共にキャプテンを軽く投げ飛ばそうとするが、

しかし、

ズンッ!

キャプテンは反射的に腰を落とし美紅に簡単には投げさせまいとしてみせる。

それどころか、

「うりゃっ」

キャプテンは体勢を変えると美紅の廻しを取ってしまい、

今度はキャプテンが美紅を投げ飛ばそうとしはじめのだ。

「このぉ…」

思いもよらないキャプテンの反撃に美紅は驚くと、

「残った残った。

 ははは、

 相撲は両者拮抗ほど面白いものはないねぇ」

軍配を持つあたしは声を上げる。

すると、

ガシッ!

「くぅおぉのぉ、

 うりゃぁぁぁ」

キャプテンの廻しをしっかりと持った美紅は自分の廻しを握る彼女の手を切り、

顔をパンパンに張って持ち上げようとする。

「すげぇ」

それを見たあたしは驚くと、

「ぐっ

 ぐっ

 ぐぐぐぐ…」

キャプテンの体がゆっくりと持ち上がり、

「だぁぁぁ!」

その絶叫と共に

ドスンッ!

道場にキャプテンの体が落ちる音を響かせたのであった。

「美紅乃山ぁ〜っ」

美紅に向かってあたしは軍配を差し出し、

そして、勝ち名乗りを上げると、

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

美紅の表情はどこか嬉しそうで、

その一方、キャプテンは歯を食いしばり悔しそうな顔をして見せている。

「おぉすごいっ、

 本当に相撲を取っちゃった。

 って言うか、

 美紅もキャプテンもすっかり相撲取りになっちゃって…

 そうか、どんなに嫌がっていても土俵に上げて相撲を取らせればマワシファイターになるんだ。

 よぉしこれなら出来る。

 あたしの神社で奉納相撲が出来るぞぉ」

軍配の威力をまじまじ見せ付けられたあたしは驚くのと同時に希望を掴み取ると、

「よぉしっ

 この調子で達也さん…じゃなくて白星ゲットだよぉ」

と声を張り上げていたのでした。



つづく