風祭文庫・アスリート変身の館






「奉納相撲」
(最終話:新たなる土俵)


作・風祭玲

Vol.1010





ミーンミンミン

あの奉納相撲の夜から二ヵ月程が過ぎた朝。

「ふぅ…」

真っ黒に日焼けしたあたしは汗をかきつつ神社の坂を下りていた。

9月1日。

今日から二学期。

久方ぶりに制服に身を包み胸のタイを揺らせながら

「それにしてもあの人たちは一体なんだったんだろう…」

と幾分高くなった空を眺めつつ、

あたしはあの大払の夜のことを思い出していた。



二が月前…

「なっなんだったの?」

相撲の神様だと言ってあたしをだましていた狐が、

白と黒のヤギによって全身の毛を毟られ逃げ出した後、

あたしは呆然としながらそう呟いていた。

そんなあたしの肩を

ポン

秋山翠が叩くと、

「やったねっ」

と微笑んで見せる。

「うっうん」

やや後ろめたさを感じつつあたしは頷くと、

『あら、白蛇堂じゃない』

の声と共に白い外套をまった赤毛の女性が姿を見せると、

銀髪の女性に向かって話しかけてきた。

『玉屋…何しに来たの?』

『ちょっと頼まれごとの様子を見に来たんだけど

 あれ?

 もぅ終わっちゃった?

 それにしてもなによ、

 このバニーガールの山は…

 まさか、アイツがここに来たの?』

『さぁ、知らないわ?

 あたしが来たときにはもぅこの有様よ』

玉屋と呼ばれた赤毛の女性は土俵の周りで倒れているバニーガールたちを見るなり、

白蛇堂と呼ぶ銀毛の女性に尋ねた。

白蛇堂と玉屋と言うのはどうやらこの女性達の名前らしいけど、

でも、本名というよりあだ名のようだ、

すると、

『ねぇ、あなた達っ、

 ここに変な機械を持ったお爺さんこなかった?』

とあたしと翠に向かって話しかける。

「えぇっと、

 それって…

 あたし達をこんな格好にした光を放つ機械を持ったお爺さんの事ですか?」

その問いに困惑しながらあたしは返事をすると、

『やっぱり…

 Dr・ダンがここに来たのか』

『最近なりを潜めていたけど、

 彼が活動期に入ったとなると

 仕事がやりづらくなるわね』

あたしの返事を聞いた二人は深刻そうに頷き合い、

不意に赤毛の玉屋が顔を上げると、

『ねぇ…

 鍵屋…って男の人は来た?』

と尋ねる。

「さぁ?」

その問いにあたしと翠は小首を捻って見せると、

『そういえば、

 コン・リーノも鍵屋のことを探していたし、

 Rも居たから鍵屋がここに来ていたのは確かよ』

『ははーん、

 逃げたな、あいつ…』

『あはは、

 鍵屋が逃げ出すって、

 そんなことありえないわ』

『まったくっ、

 あたしに隠し事だなんて…

 今度あったらお仕置きよっ』

そう玉屋は呟きながら、

ビシッ

と鞭を鳴らしてみせる。

『いったいどんな関係なのよ、

 あなた達は…

 ところで頼まれ事って?』

『華代ちゃんに頼まれたのよ。

 TS業務のライセンス違反を検知したから確認してって言われてね。

 もうすぐ華代ライナーが到着するわ。

 それにしても鍵屋よ。

 もぅ頼んでいたカメラをさっさと回収したいのにっ

 ってあら?

 この黒ヤギ、黒蛇堂のスミちゃんじゃない。

 さっき黒蛇堂に会ったけど探していたわよ。

 スミちゃんが居なくなったって』

鍵屋という人の話題をしつつヤギの存在に気がつくと、

『まったく…

 黒蛇堂なんてこのヤギから見ればお菓子の家なのに、

 不用心過ぎるのよ』

と白蛇堂はさめた口調で指摘する。



「一体、何の話をしているんだろう…」

白蛇堂と玉屋の話を見ながらあたしはそう思っていると、

『こほんっ、

 よろしいかな?』

小さく咳払いをして野見宿爾が話しかけてきた。

「はっはいっ」

その声にあたしは改まって返事をすると、

『狐に騙された…と言えども、

 お前さんは率先して狐に加担していたのも事実。

 わしはこの中に幽閉されていてもちゃんと見ておったぞ』

と指摘する。

「うっ」

その指摘に反論できずあたしは声を詰まらせてしまうと、

『後始末の責は当然…じゃの』

と野見宿爾は口調を変えて告げた時、

「待ってくださいっ」

話を聞いていた翠が声を上げた。

『ん?

 お主は…』

翠を見た野見宿爾は何かに気がつくと、

「はいっ、

 あたしの先祖はあなた様に相撲を教えてもらった者です」

と翠は答える。

『ほぉ、そうかそうか、

 あのときの若造どもの流れを受け継ぐ者か、

 道理であのような無茶をするわけじゃ』

と笑いながら翠を見つめてみせる。

「あっそれは…」

その指摘に翠は顔を真っ赤にすると、

『でなんじゃ?』

野見宿爾は髭をなでながら問い尋ねる。

「はっはいっ、

 今回の責は彼女だけではなく、

 それを許してしまったわたくしにもあります。

 ですので、

 私に免じて初音を許してあげてください」

と翠は言いつつ頭を下げた。

「翠ぃ」

思いがけない翠の言葉にあたしは驚くと、

「あたしたちはいつも一緒よ」

とあたしを見つめながら翠は言う。

すると、

「ちょっと待ってくださいっ!」

「まぁ、結局は何も出来なかったあたし達にも責任の一旦はあるわよねぇ」

「そうよそうよ、責任ならみんなあるわよ」

の声と共に目が覚めたのかバニーガール姿の夏川弘美、野原葵も口を挟んできた。

「みんなぁ」

今回の件は騙されたとは言えども暴走してしまったあたしの責任。

それなのに翠を初めとして庇ってくれるみんなの姿をみてあたしは思わず泣き出してしまうと、

『ほぉぉほぉぉ、

 お主は相当人望が厚いみたいじゃの。

 まぁ良かろう。

 日頃からわしの社を清めてくれているからのぅ、

 そーじゃのぅ…

 ではこの者の願いを出来る範囲で3つ叶えてあげることで、

 今回の件は不問にしよう』

と野見宿爾は翠と指し示しながら告げると、

「えぇ?」

翠は困惑した声を上げる。

「みっ翠さん」

「願い事って」

「なんですか?」

「なんなの?」

あたしを含めて4人の視線を浴びた翠は、

「うーん」

しばし考え込んだ後、

「じゃぁ、こうしましょ」

とある提案をすると、

『うむ、それがお主の願いじゃな』

それを聞いた野見宿爾は大きく頷き、

『では、申した通り、

 この者の願いを叶えてあげるのがお主の務めじゃ

 わかったな』

とあたしを指し示しながら言い残して

『ほっほっほっ』

笑い声を響かせながら社殿の中へと戻って行ったのです。



ホッ

野見宿爾が消えた後、

あたしは少し気分が軽くなるけど、

「さぁて、これからが大変だわ」

と言いつつ翠は改めて周りを見回しながら言うと、

「まぁ確かにね…」

いまだ気を失っているバニー達を眺めつつ弘美も頭を掻いてみせる。

そう、全てが終わったといっても

神社の境内には力士にされた女の子達がバニーガールの姿で気を失っていたのであった。

「どうしよう…」

それ見たあたしは困惑すると、

『あぁ、それだったら大丈夫よ』

『こういうことは、

 華代ライナーに任せれば良いのよ』

話を聞いていた白蛇堂と玉屋は声をそろえて言い、

それを合図にしたかのように

シャカタタタタタタタ!!

レールが境内を走るや、

パォーン!

タイフォンの音共に

カッ

とライトを輝かせつつ列車が走ってきた。



ミーンミンミンミン

ミンミンミン

「本当…

 今でも信じられないわ…」

朝から響き渡るせみ時雨の中、

坂を下りながらあたしはそう呟く。

あの夜、狐に騙されているなんて微塵も疑わず、

授かった軍配を使い学校の女の子たちに無理やりマワシを締めさせていったあたし。

マワシを締め力士へと染めらて行く彼女達の姿を満足気に眺めていたあたし。

全ては神様だと信じきっていた狐のために奉納相撲を開くためであり、

けど、そんな”まやかし”の奉納相撲は友達の秋山翠と本物の相撲の神様・野見宿爾の手によって

あたしを騙していた狐はその正体を暴かれたのである。

こんなこと赤の他人に真面目顔で話しても

おなかを抱えながら馬鹿にされるオチが手招きをする信じられない話であり、

まさに御伽噺…けど、本当のことだった。

正体を暴かれたながらも狐は力を優位さを見せ付けつつ、

自分の尻尾より生み出した狐のお面を力士達に無理やり被せて操ると、

男性の自慰行為をさせ、放った精液を己の主人に捧げるために吸い上げる。

しかし、この狐の企みは次々と現れた謎の人たちによって潰されてしまい、

とうとう因幡の白兎のように丸裸に剥かれてしまい何処かへと逃げ帰って行った。

そして、その後に現れた奇妙な電車に乗った白いドレスの少女…

はぁ、思い出しただけでもあの夜のことは本当にあったことなのか判らなくなる。

次の日に保健の先生に尋ねてみたら”奉納相撲なんて全く知らない。”って言っていたし、

あれ以降、神社の境内にカメラを持った学生服を着た変な男子は来なくなった…



そんなことを考えながらあたしは坂を降り

学校へと続く通学路に差し掛かかると、

「おはようございます」

あたしに向かって元気の良い挨拶の声が響く。

「おはよう」

その声に向かってあたしは笑みを浮かべつつ返事をしてみせるが、

たたたっ

あたしの視界に入ったのはスカートを翻して走り去っていく女の子の姿だった。

遠くに見える校舎目指して制服姿の女の子達が歩いていく登校風景。

いつもと変わらない朝の光景をあたしは眺めながら歩いていくと、

「あれ?」

いつもの光景のはずなのにある違和感を感じたのであった。

「?」

小首を傾げつつ改めて自分の周囲を眺めると、

「あれ?

 あの子も…

 この子も…

 あらら…」

と呟きながらあたしは目を見張る。

そう、あたしの周囲を歩く女の子たちの肌は皆健康そうに日焼けしていたのである。

「あらまぁ?」

確かにいまの時期、

日焼けした肌は当たり前といえば当たり前なんだけど、

でも、去年と比べてもあまりにも日焼けしている子の数が多すぎる。

「?」

その意味が分からずにあたしは教室に入ってくと、

「おはようっ、

 初音っ」

の声と共に翠が元気良く挨拶をしてきた。

「あっおはよう」

手にしたカバンを自席に置きつつあたしは返事をすると、

「いよいよ今日からねっ」

と彼女はニコッと笑ってみせる。

「え?

 あぁ…

 そうよ今日からよ」

彼女の問いの意味が一瞬分からなかったけど、

すぐに思い出すとあたしは笑みを浮かべて見せる。

すると、

「うーん、

 楽しみだわぁ、

 なんか、この学園にあたしの居場所がやっと出来るみたいで、

 もぅ待ちきれなくて今朝は朝早くから起きてひと汗かいたのよ」

と言いつつ翠はシコ踏みを真似事してみせる。

「ちょちょっと、

 ここは教室よ」

それを見たあたしは慌てて注意すると、

「判ってますってぇ、

 真新しい稽古場。

 真新しい土俵。

 あぁ…それが全てあたしのために用意されているだなんてぇ

 今からでも駆けつけたいわ」

弾む胸を押さえるように翠はクルリと回って見せると、

「はいはい、

 存分に胸を膨らませてくださいな」

と言いながらあたしは机の上に置いたカバンを降ろし、

「ねぇ…」

翠に向かって話しかけるが、

既に彼女はステップを踏むようにあたしの元から去っていたのであった。

「あらあら」

そんな翠の後姿を見送っていると、

キーンコーン!

校舎内にチャイムの音が響き渡っていく。



ミーンミンミンミン…

去っていく夏を惜しむようにて鳴くセミの声を聞きつつ、
 
ムッと熱気がこもる講堂の中では2学期の始業式が始まる。

生徒会会長と言う立場上、

あたしは皆の列に加わらずに校長先生の訓示を横で聞きながら制服姿の皆を見ていると、

「あの子達をあたしはお相撲さんにしちゃったのね…」

あの奉納相撲のことを改めて思い出していた。

狐が化けているとは露知らず、

神様と信じきっていたあたしは授けられた軍配を使い、

彼女達に無理やり相撲のマワシを締めさせ、

オチンチンを生やさせると奉納相撲を執り行おうとしたのである。

「全く、翠のお陰よね。

 そうじゃなかったらあたし…

 取り返しの付かないことをしていたわ」

そのときのことを思い出しながら

ククッ

つい小さく笑ってしまうと、

コホンッ!

と傍に立つ先生が咳払いをしてみせる。

「すっすみませんっ」

それを聞いた途端、

あたしは小さく謝ると、

そんなあたしを見てか、

列に並ぶ翠があたしに顔を向けて笑ってみせた。



こうしてつつがなく始業式は終わり、

その日の午後。

カタンッ

できあがったばかりの真新しい建物の正面に

【相撲部】

と大きく書かれた看板が掲げられると、

「うんっ」

真っ黒に日に焼けた肌に緑のマワシを締める翠は満足そうに頷いてみせる。

そして、その翠を見ながら

「それにしても、

 翠の望みが相撲部とはねぇ…」

あたしは頭を掻きつつ感心をしてみせると、

「何を言っているのよ初音っ

 さっさと稽古の準備をしなさいっ」

と振り返らずに翠は言う。

「はいはい」

その言葉にあたしは頷くと、

相撲部の稽古場兼部室として建てられた建物の中へと入っていく、

総ヒノキ造りの部室は澄んだ香りに包まれていて、

中に入っただけでも気持ちが落ち着いてくる。

更衣室に行く前にちょっと寄り道をして稽古場に入っていくと、

そこには初秋の陽光を受けて耀く真新しい土俵が静かに主を待っていた。

「へぇぇ」

感心した声を上げながらあたしは俵も新しい土俵の前に立つと、

『よぅ、

 なかなか良い土俵ではないか』

と土俵の真ん中からマワシ姿で蹲踞してみせる相撲の神・野見宿爾が

土俵の中から浮き上がってくるなり話しかけてくる。

「えぇ、

 これからお世話になりますよ」

土俵上の野見宿爾に向かってあたしは返事をすると、

『うむっ、

 七転び八起き、

 女子といえども相撲の道は厳しいぞ、

 それを覚悟した上での言葉ならわしは喜んで受けよう』

何度も頷きつつ野見宿爾は頷くいてみせる。

「はいっ」

その言葉にあたしは決心するかのように頷いて、

更衣室へと向かうと、

持ってきたカバンを置き、

バッ

着ていた制服を脱ぎ捨てると、

翠と同じくらいに日に焼けた肌を晒し、

その肌の上にカバンから取り出した青いマワシを締め込んでいく。

あたしを騙していた狐が逃げ出した後、

相撲神・野見宿爾はあたしに今回の責任として翠の要望をかなえるように。告げ、

その言葉に促されるようにして翠が出した条件は、

 その1、自分をキャプテンとして相撲部を作ること。

 その2、あたしが相撲部に入ること。

 その3、相撲部として次回の奉納相撲に参加すること。

以上の3点を挙げたのであった。

翠が挙げた要望はある意味驚きであったけど、

でも、彼女らしいと思ったあたしはその実現に向けて、

生徒会長権限で相撲部の設立と部室兼稽古場の建設を進めたのである。



「初音っ、

 マワシ締めるの手伝おうか」

その声と共に翠が更衣室に顔を出してくると、

「あっ

 お願い」

一人でマワシを巻いていたあたしは翠に向かってそこから先の事を頼む、

すると翠は手馴れた手つきでマワシを締めて見せ、

それを締め終わると、

「よっしっ

 OKよ」

の声と共に

ポンッ!

とあたしのマワシを叩いて見せる。

そして、

「まったく翠もすっかり真っ黒になっちゃって」

振り返ったあたしは日焼けした翠の肌を指摘すると、

「初音もそうじゃない」

と翠もあたしの肌のことを指摘してきた。

そう、あたしと翠はこの夏休み中、

毎日のように神社の土俵でマワシを締め、

相撲を取っていたのであった。

「ふふっ」

「うふふっ」

互いにマワシ姿となったあたしと翠は笑いがなら稽古場へと向かうと、

「あら、野見宿爾様もいらしたのですか?」

と土俵上の野見宿爾を見つけるなり翠は話しかける。

『ほほほっ、

 マワシ姿もすっかり様になったようじゃなっ、

 うん、関心関心』

あたし達の姿を見ながら野見宿爾は幾度も頷きつつ、

『何も染まっておらぬ新しい土俵は気持ちが良いのでのっ、

 こうして来たまでじゃ』

と返事をする。

すると、

「あのぅ…

 誠に申し訳ありませんが、

 そろそろ神棚に上がってくれませんか?

 そこにいらしたのでは相撲を取れませんので」

稽古場に誂えてある神棚を指差して翠は申し訳なさそうに言うと、

『うむっ』

彼女の言葉に野見宿爾は頷きながらフッと姿を消し、

神棚の前に姿を見せるや、

『ここから見ておるのでなっ、

 稽古をサボったら承知ぜんぞ』

と声を上げると、

神棚に溶け込むようにしてその姿を消していく。

「やれやれ、

 なにかとお節介な神様なこと」

神棚に溶け込んでいく野見宿爾を見送りながらあたしはため息交じりにして言うと、

「それでいぃんじゃない?」

と翠はあたしに向かって笑みを見せた。

その時、

「ちょっと、何であたしもこんな格好を…」

今度は玉追先生の困惑した声が更衣室から稽古場に響いてきた。

と同時に、

「だってぇ、相撲部の顧問なんでしょ、先生は?」

「そうですよ、もぅ覚悟を決めたらどうなんです?」

「マワシって締め慣れればなんとも無いですよ」

野原葵、夏川弘美、春海佳苗の声が続いて響き、

「ちょっと、佳苗っ

 キツイってぇ」

「これくらいで弱音を吐かないでください」

「おぉっ、さすがは香苗ちゃんっ、

 気合い入っているぅ」

などという声がした後、

程なくして、

「翠さぁーん、

 遅くなってすみません」

の声と共にピンク、赤、黄のマワシを締めた葵、弘美、佳苗の3人と、

「ちょっと恥ずかしいったら」

と恥ずかしがりながら白マワシを締める玉追先生が稽古場に入ってくる。

そして、

「みんなっ…」

稽古場にそろった少女力士たちを眺めながらあたしは声を上げると、

「みんなありがとう」

と続いて翠は礼を言った。

「いやぁねぇ…

 初めてマワシを締められた時はイヤだったけど、

 一度相撲を取っちゃうと…

 この感触が忘れられなくてねぇ」

頭を掻きながら弘美は相撲を始める理由を言うと、

「知ってますか?

 最近は相撲ダイエットなるものがあるそうなんですよ、

 あたし、それに挑戦してみようとおもいまして」

と佳苗はいつもの調子でまくし立てる。

「そっそう?」

額から冷や汗を流しつつ翠は受け答えをすると、

「知ってます、初音さん。

 どうも、学校のみんなも相撲に興味があるみたいですよぉ」

と葵があたしに耳打ちをしてきた。

「まっまさかぁ…」

その言葉にあたしは困惑して見せると、

「そういえば…

 あたしが初音さんに相撲を教えてもらったスポーツ公園の土俵。

 この夏休みの間、

 この学校の生徒が入れ替わり立ち代り使っていたそうですよ」

と佳苗は言う。

「使っていた?」

彼女に無理やりマワシを締めさせた土俵のことはあまり思い出したくなかったけど、

でもそのことを聞いた途端、

あたしの脳裏に今朝の登校光景が鮮明に蘇る。

すると、

「どうりで日焼けした子がウジャウジャ居たわけか」

と弘美が呆れ半分に言うと、

「みんなお相撲に目覚めてしまったんですね」

と佳苗は事の真相を推理する。

「まぁまぁ、

 いいじゃないっ、

 女の子がお相撲したって」

その場をまとめるように葵は声を上げると、

「そうよっ、

 女の子だってマワシをしめてお相撲をしてもいいのっ、

 さぁ、

 みんなっ

 あたし達の相撲部のスタートよ!」

と翠は高らかに相撲部の開始を告げや、

「みんなっ、

 相撲をやるぞぉ!

 けってーいっ!」

それに続いて葵も声を張り上げる。

と同時に

「どすこいっ!」

パァンッ!

相撲部員となったあたしを含めた全員が声を揃えてマワシを叩いて相撲部の始動を宣言するや、

翠の声を合図にして

「いーちっ」

パァン

「にーぃっ」

パァン

彼女の数を数える澄んだ声にあわせて、

マワシを締めたあたし達相撲部員達は気合を入れるように腿を叩き足を上げてみせたのであった。



こうして翠の希望だった相撲部はめでたくスタートしたのだが、

しかし、佳苗が言ったあの話、

そう、他の生徒にも相撲が浸透していると言うあの話はただの誇張ではなかったのである。

「ちょっとぉ、

 さっさと部室を明け渡しなさいっ

 これはもぅ生徒会で決まったことよ」

「ぬわにぃ!

 この部室は光画部が代々使ってきた由緒ある部室っ、

 はいっ、そうですかと誰が渡すかっ」

秋の日差しがやさしく照らし出す午後、

突然校内に言い合う声が響き渡ると、

「なんですってぇ」

「勝負するかぁ」

校内で揉め事がひとたび起きると、

「勝負だ!」

「いいわよ、

 放課後、相撲部の土俵で勝負よ!」

秋のやわらかい日が差し込む昼下がりの校内に突如騒動が持ち上がると、

「会長!

 昼休み中、土俵の使用許可をお願いしますっ」

の声と共に部室収容委員が息を切らせて駆けつけてきた。

「なっ何事なの?」

驚きながらあたしは理由を聞き返すと、

「理由も何も無いっ、

 いきなり部室に押しかけ収容するだなんて、

 まったくもってけしからんっ」

と光画部の部長は憮然とした態度で文句をいい、

「会長っ、

 この件は生徒会で決まった正規のことですよね。

 ですので、

 土俵の勝負で解決いたしますっ」

と委員は尋ねた後、

バッ

制服を剥ぎ取り、

パァンッ!

腰に締めてあるマワシを叩いて見せる。

「良かろうっ

 そっちがその気なら

 受けて立つっ」

それをみた部長もファイティングポーズをして見せながら制服を剥ぎ取り、

腰に締めてあるマワシを叩くや、

「どすこいっ」

「どすこいっ」

とシコを踏んでみせる。

「ちょっと、

 ここでシコを踏まないで」

それを見たあたしは慌てて注意をすると、

「判ってますっ」

「勝負は土俵ででしょう」

委員と部長は共にあたしを見つめながらそう返すと、

「行きましょう」

「おぉっ」

鼻息荒く二人は部屋を出て行った。

と同時に、

「え?」

「なに?」

「相撲勝負?」

「みんな行こう!」

と言う声が瞬く間に校内に広がっていくと、

ワラワラ

とギャラリーたちが相撲部へと向かい、

たちまち相撲部の周囲は黒山の人だかりが出来てしまったのであった。

「会長、

 みんな相撲に目覚めてしまったのはよろしいのですが。

 そろそろ何か規制をかけた方がよろしいのでは?」

二人を見送るあたしに向かって副会長が苦言を言うと、

「仕方が無いでしょう…

 相撲はすっかり無くてはならないものになってしまったし、

 それにマワシはもはやあたしたちの制服なんですから」

とあたしは答えながら立ち上がると、

パァンッ

腰に締めたマワシを大きく叩いてみせる。

そう、あたし達が相撲部を起こしたのを切っ掛けにして、

皆は自発的にマワシを締め、

髷を結い、

セーラー服の上着にサガリの着いたマワシを締めるその姿は

この学校の制服になってしまっていたのであった。

そして、何か揉め事が起こるとこうして相撲勝負で決着をつけるのである。

大賑わいの相撲部をあたしは見下ろしていると、

「会長っ

 茶道部と華道部の部長が土俵を貸して欲しいと」

「会長っ

 箏曲部部長ですが、

 土俵を!!」
 
と言う声が廊下から響いてるや、

「お願いしますっ」

ドアを突き破り少女力士達がなだれ込んでくる。

「はいはい、

 みんな順番よっ、

 それと、来年の奉納相撲にはちゃんと出るのよ」



おわり