風祭文庫・アスリート変身の館






「奉納相撲」
(第7話:神様の正体)


作・風祭玲

Vol.1009





『ほっほっほっほっほっ…』

高らかに響く野見宿爾の笑い声を背中で聞きつつ、

「かっ神様ぁ!」

あたしは吐息で呆気なく吹き飛ばされてしまった神様の元へと駆け寄っていく、

そして参道の石畳の上で仰向けになって倒れている神様に向かって、

「だっ大丈夫ですか?」

話しかけながら手を差し出すが、

「え?」

神様の姿を見た途端、

あたしの体はピタリと止まった。

そうあたしの目に映る神様の姿は

ふわさっ

お尻からは金色の筆のような尻尾が生やし、

頭の両側からは尻尾と同じ金色の毛に覆われた獣の耳が2本ピンと立てていたのである。

「かっ神様っ

 そっそれは?」

頭に立つ耳を指差してあたしは上ずった声を上げると、

『え?

 え?』

その指摘に神様は慌てて手を動かして頭とお尻を確認する仕草を見せた後、

サァーッ

と表情を青ざめてみせる。



「神様?

 失礼ですがあなたは…本当に神様なんですか?」

それを見たあたしは胸の奥より湧き出してきた疑問を投げかけると、

『うっ』

神様は一瞬身を硬し、

『ふっ』

すぐに笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がると、

すーっ

大きく深呼吸するや、

『スイッチオーバー!』

と声を張り上げた。

その途端、

カッ!

神様の体全体が金色に光り輝くと、

バッ

身につけていた浴衣が弾け飛び、

同時に腰に締めていたマワシも消し飛んでいく。

「うっ、なに

 この押し付けられるような圧迫感は…」

神様から吹き付けてくる目に見えない力にあたしは驚くと、

ザワザワザワ…

あたしと同じ姿をした神様の裸体を獣のような毛が沸き立つ様に覆い、

さらに、

グググググッ

メキメキメキ!!!

毛に覆われたあたしの顔が崩れていくではないか、

「うっそぉ!」

それを見たあたしは驚きの声を上げると、

神様の顔から鼻が突き出し、

口も伸びながら裂けていく、

そして、同じく毛に覆われた両手が萎縮しながら獣の前足へと変化し、

足も膝が歪み、踵が上がっていくと獣の後ろ足へと変わっていくと、

光の中で神様は黄金色の毛をなびかせる身の丈3m近い巨大な狐へと姿を変えていく。

『コンコンコン…

 わが名はコン・リーノ。

 世の妖を統べる大君・嵯狐津姫が僕(しもべ)』

笑うように声を上げて狐はじっと自分を見据えている野見宿爾に向かって4つ脚で歩き、

『窮屈な人間の姿ではなく、

 やはりこの姿の方がわたしには合っているようです。

 さて、さすがは野見宿爾殿。

 わたくしの正体をあっさりと見抜くとは参りました』

野見宿爾の前に腰を下ろした狐は悪びれずに細い目をさらに細くしてみせる。

『ふんっ、

 あの狐姫の配下の者か。

 どうやってここに潜り込んできた?

 お前ごときがやすやすと来られるところではあるまい。

 それにしてもわしの名をかたり、

 このような悪さをするとはよほど性根が腐って居るらしいのぉ』

狐から発せられる圧迫感をものともせずに

落ち着いた口調ながらも不快そうな表情で野見宿爾は言うと、

『潜り込むだなんて人聞きの悪い。

 この世界の勝手口が開いていたのでお邪魔しただけですよ。

 文句を言うなら上の女神様にでも申してください。

 このところあちこちで世界が衝突しているみたいですしね。

 それに性根が腐っているだなんて…

 わたくしはただ主・嵯狐津姫様の御為に働いているだけです』

涼しい顔で狐は返し、

スッ

ゆっくりと首を動かしながら土俵の周囲にいる少女力士達を見渡すと、

ニヤリ

と笑ってみせる。

狐のその顔を見た瞬間。

ゾクッ!

言いようも無い悪寒が体の中を駆け抜けていくのをあたしは感じるが、

それと同時に体を動かすことは出来なくなっていた。

「うぅうごかない…」

まさに金縛りである。

声も出せずあたしはもがいていていると、

『みなさぁん。

 誠に申し訳ありませんが、

 只今より精の刈り取りを行わさせてもらいます』

と狐は声を張り上げ、

ピンッ

筆の尻尾を直立させると、

ブワッ!

立てていた尻尾を大きく振るわせた。

すると、

ズンッ!

狐から放たれる圧迫感はさらに強まり、

ニョキッ!

尻尾より白い顔をした無数の狐面が湧き上がってくる。

そして、

『コン・ワイナーよっ!

 我に仕えよっ!』

の声と共に

『コン・ワイナァァァ〜っ』

狐面を一斉に解き放ったのである。



『コン・ワイナァァァ〜っ』

狐の尻尾より打ち出された白狐のお面はおどろおどろしい声を上げて宙を舞い、

「きゃぁぁぁぁ!」

地上で悲鳴をあげる少女力士達に目標を定めると、

その顔をめがけて一斉に襲い掛かり張り付いていく。

そして、

『あっあっあっ

 あぐぅ』

狐面に張り付かれた少女力士達はうめき声を上げつつ、

張り付いたお面を剥がそうと抵抗をするが、

すぐに腕をダラリと下げてしまうと、

『ど…どすこい…』

『どすこい』

狐面をつけたままその場でシコを踏み始める。

うっそぉ!

そんな!

面をつけた少女力士が見せるシコ踏みの姿にあたしはショックを受けていると、

「おのれっ妖怪っ

 お前の好きにはさせんぞっ!

 悪鬼退散っ!」

巫女姿の先生が声を上げて懐からお札を取り出すと、

狐面に向かってそれを投げつけた。

『コンコン

 無駄な抵抗を…

 そぅれっ、

 コン・ワイナーよっ

 我に仕えよぉ』

狐面に次々と巻きつきお札は砕いていくが、

しかし、狐は動じず、

さらに声を上げて尻尾に力を入れると、

ブワッ!

まるでマシンガンを撃ち放つかのようにして尻尾よりお面を発射し始めた。

「なにっ

 いかんっ、

 数が多すぎる」

狐の網反撃に先生はたちまちお札を使い果たしてしまうと、

「くそっ、

 弾切れじゃっ」

と悔しそうに唇とかみ締める。

『コン・ワイナァァァ』

邪魔をされなくなった狐のお面は少女力士達の顔に容赦なく張り付き、

殆どの少女力士達を手中に収めてしまうと、

『うりゃぁ』

『おりゃぁ』

少女力士達は四股を踏むのを止め次々と二人一組になるや、

その場で相撲を取り始める。

そして、

『うりゃぁぁ!』

バシンッ

取り組みの勝負が決するや、

シュワァァァ〜

敗者から湯気のようなモヤが立ち上ると勝者の体へと吸い込まれ、

ミシッ!

モヤを吸い込んだ勝者の体が一回り大きくなっていく。

「なっなにこれ?」

モヤを取り込み体が一回り大きくなった勝者が四股を踏み出したのを見たあたしはそうつぶやくと、

『コンコンコン

 相撲勝負に勝者は敗者が持つ精を取り込み成長するのです。

 そして、勝ち上がるにつれて取り込んだ精は研ぎ澄まされ磨かれていくのです。

 まさに甘露…我が姫様はこの甘露が大の好物なのです。

 コンコン

 一方、敗者もまた己の肉体に残っている精を絞り姫様に捧げるのです』

その声が聞こえたのか狐はあたしに向かって説明をする。

「そんな…

 こっこんなの、お相撲じゃない」

それを聞いたあたしはそう言い切るが、

『コンコン

 何を言うのです。

 これぞ、奉納相撲というのです。

 さぁ、コン・ワイナーよっ

 敗者の精を搾り出すのです』

声を張り上げた。

すると、

『あふんっ』

『あふんっ』

相撲勝負の敗者がその場で蹲踞すると

マワシの横から男根を引っ張り出し扱き始める。

そして、

『いよぉーーーっ!!!』

シャッ!

の掛け声と共に一人が白濁した精を放つと、

『いよぉーーーっ!!!』

『いよぉーーーっ!!!』

と他の敗者も釣られるようにして掛け声ともに精を放ちはじめる。

『コンコンコン!

 さぁ扱きなさいっ、

 放ちなさいっ、

 勝者は精を磨き、

 敗者は精を捧げるのです。

 そう、お前達が精を放てば放つほど、

 姫様の力の源であるゲージが上がっていくのです』

その光景を眺めながら狐は笑ってみせると、

『なんと言うことじゃ』

野見宿爾は首を横に振りながら嘆く。

すると、

『コンコン

 どうされました?

 野見宿爾殿?

 見ているだけではつまらないでしょう。

 あなたも相撲に参加されてはいかがですか?

 あなたにこそ、このお面がふさわしいかも。

 取って置きの一枚をご進呈いたします』

そんな野見宿爾に向かって嫌味を言いつつ

ニョキッ!

狐は尻尾より黒い狐面を覗かせてみせる。

「だっだめぇ!」

それを見たあたしは駆け出して狐の前に立ちはだかると、

「もぅやめてぇ!

 こんなの相撲じゃないっ、

 みんなを…

 みんなを元に戻してぇ」

と泣きながら声を張り上げた。

しかし、

『コンコン

 今更何を言うのですか?

 この奉納相撲はあなたが開いたものですよ。

 わたしはそのお手伝いをしただけ。

 そうだ、主催者であるあなたが、

 このお面をつけてお相撲に参加してください。

 ほらっ、

 皆さんの勝負は大方終わってしまって。

 勝ち残っているのはあの方一人になったようです』

と狐は顔を振って勝ち残り土俵上で蹲踞している大柄の少女力士を指し示してみせる。

「弘美…」

敗者の精を取り込み、

とても女の子だったとは思えない肉体に変貌しているものの、

しかし、少女力士が夏川弘美であることに気づくと、

『おや、この方はお友達でしたね。

 それでは相撲が盛り上がるようにしてあげましょう』

と狐は言うと、

ウグッ

狐面をつけた弘美はもがくように苦しみだし、

そして、

『どすこいっ

 どすこいっ

 どすこいっ』

と掛け声を上げて四股踏みをはじめる。

すると、

メリメリ

ムクムクムク

四股を踏むごとに弘美の体はさらに膨れ、

瞬く間に大相撲の重量力士を思わせる姿へと変貌してしまったのであった。

「うそっ、

 なにこれぇ…

 まるで肉の化け物じゃない…」

聳え立つ弘美の姿を見上げながらあたしはつぶやくと、

『コンコンコン

 化け物?

 いいえ、とても立派な力士ですよぉ。

 さぁ、どうします?

 マワシを締めておきながら勝負から逃れることはできませんよ』

狐は鈍い光を放つ黒いお面を尻尾から覗かせてあたしに迫ってくる。

「ひどいっ、

 なんてことを」

迫る狐から逃れる様に後ずさりしながらあたしは声を上げると、

『さぁ、

 さぁ、

 逃げないであなたが着けるのです。

 この奉納相撲の責任者はあなたなのです。

 さぁ、土俵に上りなさい。

 我が姫様のための奉納相撲も千秋楽。

 結びの一番なのですよっ』

狐はきつい口調であたしに迫り、

あたしは押されるようにして土俵に上っていく、

そして、

『ふんっ』

パァンッ!

土俵に上ったあたしを待ち構えるようにして、

巨漢力士に変貌した弘美が四股を踏み、

グッ

顔につけられた狐面をあたしに向け構えて見せる。

『逃げられませんよ。

 あなたに残された道はただひとつ、

 このお面をつけて四つの相撲を取ることです』

と尋ねながら迫り、

「ひぐっ」

その問いにあたしは顔を引きつらせると、

『コンコン

 答えは…

 コンコン

 聞いていませんよ。
 
 コン・ワイナーよ

 我に仕えよっ』

の声と共に、

ダンッ

弘美は飛び出し、

シャッ

狐は黒い狐面をあたしに向けて飛ばそうとする。

その時、

「そうはさせなわっ」

翠の声が響くのと同時に迫る弘美の前に割って入ると、

ビシッ!

その体を片手で止め、

「弘美っ

 腰が浮いているわよ」

一言声をかけるや、

たちまち弘美のマワシを取り、

「どんなに大きな体でも、

 腰が高くては投げ飛ばされるものなのよっ

 ふんっ」

と投げ技を掛ける。

すると、

ドォンッ!

弘美は呆気なく土俵外へと放り出され、

シュワァァァ…

まるで溶けるようにして巨漢の肉体から普通の少女の体へと戻って行く。

『あっあっあぁぁぁ…

 勝負に研ぎ澄まれ、

 姫様に捧げるはずの極上の精がぁぁぁ』

それを見た狐は目を向き、

口をアングリとあけてみせる。

そして、

『おっおのれぇぇぇ!』

あたしたちを睨み付けながら、

『お前たちのしたことは万死に値しますっ』

と怒鳴りながら牙を剥き襲い掛かってきた。

しかし、

翠は怯むことなく、

ズンッ

力強くシコを踏んで見せると、

「大地を揺らす乙女の怒りっ、

 受けてみなさいっ、

 マワシファイター・プロテクション!」

の声と共に、

「どすこいっ

 どすこいっ

 どすこいっ

 どすこいっ

 どすこいっ」

襲い掛かる狐に向かって猛烈な張り手を浴びせかけ、

「ふんっ」

ドォンッ

最後は突き押しで狐を土俵外へと放り出す。

「すごいっ」

翠の力を見せ付けられたあたしはただ感心していると、

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

肩で息をしながら翠は腕を止め、

パァンッ

「不甲斐ない相手ねっ

 初音が責任者ですって?

 さんざん道具にしてきたくせに笑わせないでっ、

 さぁ、土俵に戻りなさいっ

 きっちりと可愛がってあげるわっ」

と汗を吸い込むマワシを叩きつつ狐を見据えて見せる。

『おっおっおのれぇ!

 人間の分際でこのわたしをコケにしおってぇ』

怯まない翠の姿に狐は怒り顔になり、

ズドンッ!

ブワッ

猛烈な圧迫感を放って狐は全身の毛を逆立たせると、

『コン・ワイナーっ

 我に仕えよ!』

の声と共に、

バッ!

『コン・ワイナァ〜』

全身より無数の狐面を放って見せた。

「ひっ!」

まさに空を埋め尽くすほどの狐面の数にあたしは凍り付いてしまうと、

「くっ」

狐に向かって構える翠もまた顔をこわばらせる。

『コンコンコン

 これほどのコン・ワイナー相手では手も出せないでしょう。

 さぁ、やっておしまいっ』

あたしと翠を指して狐はそう命じると、

『コン・ワイナ〜っ』

無数の狐面は一斉に蠢きながらゆっくりと降下し始める。

「ひぃっ」

ジワリ

と迫ってくるお面の大群にあたしは観念しかけたとき、

キンッ!

突然、金属が鳴るような音がこだますると、

お面の手前に重厚な縁取りがされた扉が姿を見せる。

そして、

キィッ!

軋むような音を立てて扉が開いていくと、

ドンッ!

ゴワッ!

辺りの空気が一斉に開いた扉へと流れ込み、

『こっコンワイナァァァァァァ…』

空を埋め尽くしていた狐のお面が風に流されていくように扉の中へと吸い込まれていく。

「え?」

何が起きているのかさっぱりわからなかった。

ただ、掃除機で吸い取られるかの様に吸い込まれていく狐面を眺めていると、

少女力士達の顔に張り付き相撲を取らせていたお面までも外れてしまい、

ドサッ

ドサッドサッ

狐面をはがされた彼女達は崩れるように倒れ込んでいく。

『これは…』

狐にとってもこの事態は予想外だったらしく呆然としながら空を見上げ、

そして全てお面が吸い込まれてしまうと、

ギィッ

再び軋む音を立てながら閉じ始め、

ガチャリッ!

戸を閉め鍵をかける音が響いた。



『こっこの法術は…

 かっ鍵屋さんの仕業ですねぇ!』

放った狐面を消されてしまった狐は顔を引きつらせながら声を上げると、

『そこに居るのは判っていますっ』

と怒鳴りながら、

シャッ!

森に向かって黒い狐面を放つが、

しかし、

ヒュンッ

森の中から何かが投げられるや、

パコンッ!

お面に命中する。

そして、

ポテンッ

カラカラカラ

シュワァァァ…

地面に落ちたお面が蒸発していくと、

そこには一個の夏みかんが転がっていたのであった。

『なにっ!』

ギリッ!

それを見た狐は悔しそうに歯軋りをしてみせると、

ザッ、

森の中より巫女装束を身にまとった巫女が髪を揺らしながら現れる。

「誰?

 知らない人…」

初めて会う巫女にあたしは驚いていると、

「なんじゃ、

 そこに隠れておったか」

と顔見知りなのか先生は呆れた口調で声を上げる。

『誰ですっ

 あなたは?』

そんなに巫女に向かって狐は問い尋ねると、

『通りすがりの夏みかん…いやトラブルスィーパーとでもしてもらいましょうか、

 コン・リーノっ、

 世界の混乱に乗じて随分とあくどい事をしているじゃないか』

巫女は名前を名乗らずに狐を指差すと、

『人間風情が…

 ん?

 この気配…

 なるほどあなたは鍵屋さんの縁者ですか?』

と狐は聞き返す。

『さぁな?』

狐の問いに巫女はわざとらしくしらばっくれて見せると、

ガサッ!

『やぁ、通りすがりのR・鍵屋一郎君だよ。

 マイケルこと鍵屋さんはあなたに見せる顔が無いそうですので、

 今日のところは私の顔に免じてお引き取りください。

 と申されておりました』

といきなり学生服姿の少年が姿をみせるなり、

狐に向かって事情を話しはじめる。

『はぁ?』

それを聞いた狐は怪訝そうな顔を見せると、

スパァン!

『この愚か者っ

 変な説明をしないでください!』

と言う怒鳴り声と共に巫女は学生服の少年の頭に目掛けてハリセンを炸裂させるや、

『こうしてくれるっ

 うりゃぁ!』

と少年に向かってプロレス技をかけ始めた。

『いきなり何を始めるのかと思えば…邪魔をしただけですか?

 鍵屋さぁんっ、

 隠れていないで一体これはどういうことなのか、

 きちんと説明をしてくださいますかぁ?

 事と次第によっては只ではすみませんよぉ』

怒り心頭の狐はさらに無数のお面を尻尾から覗かせつつ、

姿の見えない誰かに向かって迫った時、

『拡散っ

 バニー砲!!!』

と高らかに男性の声が響き渡るや、

カカッ!

シュバッ!

森の木々をなぎ払って光の束が飛び込んでくると、

シュパァン

光は幾つにも別れてあたし達に襲い掛かる。

「きゃっ!」

次から次へと何がなんだかさっぱりわからない。

視界が真っ白に染まった後、

ドゴォォォォン…

収まっていく低い音とともに開けてくると、

「うっそぉ」

衝撃の光景にあたしは思わず目を見張った。

そう、狐面を外され倒れている少女力士たちは

みなウサギ耳を立たせバニー衣装を身に着けたバニーガールに変身してしまっていたのである。

「あははは…

 ばっバニーガールって、

 いったいどういうわけ?」

股間の膨らみも消え皆が女の子に戻っていることにホッとしつつも、

あたしは乾いた笑い声を上げていると、

カツンっ

「あっ」

あたしや翠もハイヒール姿のバニーガールになっていることに気づいた。

「まぁ、どうしましょ。

 これではお相撲が取れないわ」

緑色のバニー衣装に困惑しつつ、

翠はほほを染めてみせると、

『バニー1号よっ、

 見るがよいっ、

 新型・拡散バニー砲の威力を!』

と叫びながら老人が姿を見せるや、

『やぁ、お父さんではないですか』

難を逃れたらしく学生服のままの少年は親しそうに声をかける。

『なにっ、

 私はお前のお父さんでないぞ』

その言葉に男の人は冷たく返すと、

『やっぱりあなたの仕業ですかっ』

金髪を振り乱し金色のバニー衣装を光らせながら

バニーガールになった巫女さんが怒鳴り声を上げる。

『おぉっ、

 これは見事なゴールデンバニーないかっ!

 うむっ、私の理論に間違いないっ、

 こうしてはおれんっ

 バニー1号よっ

 実験は成功したぞ!」

その姿に老人は目を輝かせて声を張り上げるとアタフタと駆け出していく。

そして、

『まずいです。

 アイツを野に放したままではさらに被害が。

 Rっあいつを追うのですっ』

とバニーとなった巫女さんは叫ぶや、

『あいっ』

キッ!

あの少年が漕ぐ自転車が横にすえつけられ、

『とぉっ!』

巫女さんは自転車の荷台に飛び乗ると、

『ゆけぇぇぇ!!』

ギャギャギャ!

シャーッ!

の声と共に自転車は勢いをつけて走り出していく。



『まったくっ、

 なんで、こう部外者が掻き回してくれるのです』

走り去っていく自転車を狐は苦々しく見送ると、

ヌッ

今度はどこから沸いてきたのか小柄なお坊さんが姿を見せ、

怖がることなく狐に迫ると、

「不吉じゃ。

 狐よっ、

 今すぐここを立ち去るが良い。

 そうでないととてつもなく大きな災難が降りかかるぞ」

と忠告をする。

『うわっ、

 なんですかっ

 いきなり現れてっ』

坊さんに向かって狐はそう言い返すと、

「叔父上っ、

 このようなところで何をしているのですか」

逃げていた巫女姿の先生が戻ってくるなり、

お坊さんの襟首をつかみ上げると、

「邪魔をしたな」

そう言い残してスタスタと立ち去っていく。

「え?

 あっあれ?

 せっ先生?」

去っていく先生に向かってあたしは声をかけると、

ンメェェェェ

その声と共に今度は一匹の黒ヤギが闇の中から姿を見せると、

トコトコと歩いて狐の尻尾に取り付くや、

ポリポリ

と尻尾の中から狐のお面を引きずり出して食べ始めたのであった。

『あぁもぅ!

 今度は誰です、

 わたしの尻尾にいたずら…ぐっ』

その感覚に気づいたのか狐は苛立ちつつ振り返るが、

ヤギを見るなりすぐにその表情を硬くすると、

『ごっ五芒山羊…

 なぜ、人間界に?』

額に☆印があるヤギを見据えながら声を振るわせ始めた。

「五芒山羊って?」

狐の尋常ならぬその表情を見てあたしは改めてヤギを見るけど、

ンメェェェ!!

平和そうに啼くヤギはどこにでもいる普通のヤギにしか見えなかった。

ンメェェェ!!

ポリポリ

ンメェェェ!!

ポリポリ

まるで誰か呼ぶようにして黒ヤギはお面を齧りつつ声を上げていると、

ンメェェェェ!!

その声に応えるようにして別の声が響き、

ンメェェェェ!!

今度は白ヤギが姿を見せると黒ヤギと共にお面を食べ始めた。

『なっ、

 こんどは白だとぉ!

 まっまずいっ

 こらぁ!

 それ以上食べるなっ、

 シッシッ

 あっちに行け!』

狐は尻尾を振りつつお面を食べるニ匹のヤギを追い払おうとするが、

メェェェェェ!

ガンッ!

白黒両方のヤギは狐の尻尾を力強く踏みつけると、

ボリボリ

とお面どころか狐の毛までも毟り食べ始める。

『こっこらぁ!

 やめろ!

 やめろ!

 毛を食べるなっ

 それ以上わたしを食べるなぁ』

顔を真っ青にして貪り食うヤギに向かって狐は声を上げた時、

『あら、コン・リーノじゃないっ』

の声と共に真っ白な衣装をまとう女性が姿を見せ話しかけてきた。

『しっ白蛇堂さんっ、

 このヤギはあなたのですかっ』

それを見た狐は怒鳴り声を上げると、

『あらぁ、ここにいたの?

 ごめんなさい。

 あたしが飼っているのはそっちの白い方なんだけど、

 目を放した隙に逃げ出しちゃって…

 良かったぁ、

 コン・リーノが拾ってくれたの?』

と知り合いのように話しかける。

『拾ったのではありませんっ

 勝手に…こらっこれ以上齧るなっ

 白蛇堂さんっ飼い主ならナントカしてください』

齧りつくヤギを振り払いつつ狐は言うと、

『ナントカって言われてもねぇ、

 第一、黒いのは妹の黒蛇堂が飼っているヤギよ。

 あれぇ?

 黒蛇堂の気配が無いわね…』

と言いつつ女性は周囲を振り向き誰かを探す素振りを見せる。

『しっ白蛇堂さんっ、

 どうでも良いから早くこのヤギを』

顔を引きつらせて狐は懇願すると、

『そうは言われてもねぇ…

 ユキちゃんは一度喰らい付いたら

 飼い主のあたしが引き離そうとしても離れないのよ。

 知っているでしょう、

 五芒山羊って発動中の魔導が大好物ってこと…

 しかも、白・黒二匹が揃うだなんてコン・リーノさん。

 あなた運が悪いわぁ。

 ご自身からこんなに魔導を辺りに振りまいては五芒山羊の格好のエサよ。

 生きて姫様の下に戻りたければ、

 魔導を全て解いてすぐにこの場を去ることよ。

 じゃないとその毛どころか骨までも食べられちゃうわよ』

と忠告をする。

『ひぐっ』

あっという間の形勢逆転劇である。

そして狐が硬直している間に、

メェェェェ

お面どころか顔以外の毛を食べつくした白黒二匹のヤギは競い合うように舌を伸ばし、

カプッ!

狐の左右の耳に齧りついた。

『うぎゃぁぁぁぁぁ〜!』

夜空に狐の悲鳴が響き渡り、

空気が抜けていくように狐の体が一回り、

いや二周り以上小さくなっていくとついに

『わたしを食べるなぁ!!!』

齧りつくヤギを振り払いながら狐はグルグルと周囲を走り周り、

逃げ込むようにして土俵へ駆け込んで行く。

その途端、

「ふんっ

 どすこいっ!」

翠の掛け声と共に、

バァンッ!

駆け込んだ狐の顔が思いっきり叩かれてしまうと、

『うぎゃっ』

悲鳴と共に狐は土俵上に叩きこまれる。

『ぐががが…』

顔に土をつけながら狐は顔を上げると、

「さぁ、ようやく土俵に戻ってきてくれたわねっ

 化け狐さんっ。

 この格好じゃ相撲にはならないけど、

 でも叩き技で可愛がってあげるわ。

 ハイヒールで折檻よ」

狐の前に聳え立つ翠はハイヒールを鳴らしバニー衣装を叩いて見せる。

『うぐぅ…』

歯軋りをしつつ狐は起き上がるが、

しかし、因幡の白兎の如く体中の毛を毟り食べられた姿は痛々しく、

あれだけ狐のお面を投げていた尻尾は

ヒュンヒュン

と空しく空気を切るだけになっていた。

『さて、どうする狐よ。

 法術はもはや使えず、

 その者と真っ向から相撲勝負をするか?』

そんな狐に向かって野見宿爾が話しかけると、

『くっ』

狐の顔が歪み、

改めてあたし達を眺めた後、

フッ

強張っていた表情を緩めると、

『コンコンコン

 そうですね。

 これ以上ここに留まるのは得策ではないようですね』

と未練がましく狐は呟き、

そして、

クッ

顔を土俵の外に向けると、

『鍵屋殿。

 とうとうお姿を拝見できませんでしたが、

 あなたがなされたことは嵯狐津姫様に刃向かうもの。と考えてよろしいのですね。

 残念です。

 あなたとは良い仕事が出来ると思っていましたのに…

 人間の肩を持つのはあなたのご勝手ですが、

 でも我らを敵に廻すことになるこの代償はとても高くつくこと。

 そこを肝に銘じておいてください、

 それと白蛇堂殿…

 今回の件、偶然でよろしいのでしょうか?』

悔しそうな表情を見せながら狐はそう言い放つと、

コーン!!

と夜空に向かって声を上げた。

すると、

フッ

狐の背後に別の狐が姿を見せるや、

『あぁっコン・リーノさんっ

 こちらにいらしたのですかぁ

 世界が混乱しているのであまり遠くに行かれては困ります。

 ってどうしたのです?

 そのお姿は?

 そうそう、嵯狐津姫様がお探しでしたよぉ』

と丸裸の狐の姿に驚きつつ声をかける。

『嵯狐津姫様が?

 判りました。

 今すぐ参ります』

それを聞いた狐はその様に返事をしたのちあたし達に背を向けるが

『!っ』

何かを思い出したかのように動きを止めると、

『恥を掻かされたまま帰えってしまうのはわたしの本意ではありません』

そう言いながら振り返ると翠を見つめ、

フッ!

何かを吹きかけた。

「え?」

その直後、翠は何かに驚いた素振りを見せると、

『ふふふふ…、

 わたしに恥を掻かせてくれたほんのお礼ですよ』

と言い残して狐はそのかき消すように姿を消す。

そして、

『やぁ、どうもぉ

 お邪魔しましたぁ』

とあたし達に愛想笑いをしながら会釈した後、

狐の後を追うように姿を消して行く。



つづく