風祭文庫・アスリート変身の館






「奉納相撲」
(第6話:奉納大一番)


作・風祭玲

Vol.1008





梅雨の晴れ間は長続きしない。

南海上に降りていた前線が北上を始めてくると晴れ渡っていた空に靄が掛かり始める。

そして、どんよりと空が曇り始めた夕刻。

「どすこいっ」

「どすこいっ」

の掛け声勇ましく髷を結いマワシ姿の少女達がすり足を行いながら移動をしていく。

その姿はきわめて異様であり、

通りを行きかう人たちも皆目を丸くして立ち止まるが、

だが、彼女達の行進を止めるものの姿は無く、

ただ見送るばかりであった。



その行列の先頭に立って皆を率いるあたしは坂道を登り神社へとたどり着くと、

境内には何本もの幟が立ち、

色あせた屋根には引き上げられた天幕、

そしてさらに淡い光を放つ提灯によって

幻想的な光景の中に土俵は浮かび上がっていた。

「これは…」

思いもよらない光景にあたしは驚いていると、

『折角の奉納相撲です。

 それなりの準備はしておかないといけません。

 さて、それでは弓取り式を行い、

 それからあなたが土俵入りをしてもらいましょうか』

と神様はあたしに指示をする。

「はい」

その指示にあたしは返事をし、

「菜摘山っ」

弓道部キャプテンの弓長菜摘を呼び出す。

「はいっ」

あたしの声に従って菜摘が一歩前に進み出ると、

「どすこいっ!」

あたしは手にした軍配を振ってみせる。

その途端、菜摘が締めている黒マワシの前袋が外れ、

ダラリと下がってみせると、

シュルルル…

見る見る外れた前袋部分が延び、

さらに横幅を広げながら見事な化粧マワシへと変化して行く。



”奉祝 弓道部”

力強い絵柄の中にその文字が躍ってみせる化粧マワシを

菜摘は一瞬恥ずかしそうな表情を見せた後に誇らしげに掲げると、

「うんっ」

あたしは大きく頷いてみせる。

すると、マワシ姿の少女力士達が社殿脇の土俵を幾重にも取り囲み、

「どすこいっ」

「どすこいっ」

掛け声を上げてシコを踏み始めた。

そしてそのシコ踏みの中、

弓を片手に菜摘は土俵に上ると、

ブンブンっ

と弓を振り回し、

見事な弓取式を執り行ってみせる。

『いやぁ、見事な弓取り式ですね』

菜摘の弓取り式を見た神様は感心しながら頷くと、

「では、わたくしが土俵入りを執り行います」

と神様に告げるや、

「どすこいっ」

自分に向けて軍配を振ってみせる。

すると、

シュルン

今度はあたしが締めているマワシの前袋が外れ、

それが化粧マワシへと変化し、

同じく化粧マワシを締める剣道部員達を太刀持ちにして土俵に上っていく。

そして、

「いよいしょっ」

「いよいしょっ」

掛け声と共に雲竜型の土俵入りを披露したのであった。



『見事です。

 実に見事です』

神様はあたしの土俵入りを眺めながら声を震わせると、

「はいっ、

 神様っ

 途切れてしまった奉納相撲。

 この大払の日に執り行うことが出来ます」

と土俵入りを終えたあたしは胸を張って答える。

『ふむ…

 では取り組みの番付ですが、

 これは男根の大きさで決めるとしよう』

と神様は提案してきた。

「男根…チンポの大きさ順ですか?」

それを聞いたあたしは驚きながら聞き返すと、

『何を言います、

 男根の大きさは大事です。

 男根が小さい者は気持ちが小さく、

 それに対して男根が大きい者は気持ちが大きい。

 それを考慮しない取り組みはありません。

 さぁ、皆に男根を出させなさい。

 わたしが直々見比べ取り組みを定めます』

と神様は命じて見せる。

「…相撲ってそういうものなんだ」

その言葉にあたしは感心しながら大きく頷くと、

「お前達!」

と声を張り上げ、

「これより取り組みを決めるためのチンポ比べを行うっ

 はっけよいっ」

と宣言した後、

掛け声をかけて元の黒マワシに戻った自分のマワシを叩いて見せた。

その途端、

スルッ!

ストン

ストンストン!

次々と少女力士達のマワシが緩んで下に落ち、

みなの股間についているオチンチンが姿を見せる。

「ふーん、確かにサイズはいろいろあるみたいね」

マワシの力によって生えた男性器を眺めつつあたしは感心していると、

『おやぁ?』

何かに気づいたのか神様は不審そうな声を上げる。

「どうかしましたか?」

その声にあたしは慌てて神様に話しかけると、

『力士が一人足りませんね』

と神様は力士達を見渡しながら指摘し、

「一人…ですか?」

『えぇ、一人です。

 そう、あなたが特別にマワシを締めてあげた晴海佳苗です』

と神様はこの場に居ないのは佳苗であること告げた。

「佳苗山が…

 そんなはずは、

 昨日別れるときにしっかりと申し付けましたし、

 第一、佳苗が約束の時間に来ないなんてことありえない」

土俵脇につめる力士達の中から佳苗の姿を探しつつあたしは声を張り上げるが、

しかし、いくら探してもこの場に佳苗の姿は無かったのであった。

『困りましたねぇ…

 あなたがマワシを締めた者が一人でも欠けてしまうと、

 奉納相撲を開催することが出来ません。

 この不始末。

 いかがするつもりですか?』

不機嫌そうな顔をして神様は詰め寄ってくると、

「あっあたし、

 探しますっ」

神様に向かってあたしは声を上げる。

その時、

「佳苗さんは来ないわっ」

と秋山翠の声が響いた。

「!!っ」

『!!っ』

透き通るように響いていった声にあたしと神様は同時に振り返ると、

ザッ

ザッ

力士達の向こう、

社殿を守るように取り囲む鎮守の森の中から浴衣姿の翠が姿を見せると、

ゆっくりとした足取りで向かってくるのが目に入ってくる。

「翠っ、

 あなた…どこに行っていたの?」

それを見たあたしは問い尋ねるが、

しかし、翠はその問いには答えず、

「どきなさいっ」

と強い口調で少女力士達に向かって一喝する。

すると、

「うっ」

翠に喝破された少女力士は慌てて彼女が通れる空間を空け、

ザザッ

他の少女力士達も促されるように空間を開けてくと、

あたしに向かって一本の道が出来上がっていく。

「翠…」

学校で見せる温和な彼女の表情とは打って変わって、

翠は厳しい表情であたしを睨み付けると、

一歩一歩踏みしめるようにして歩き、

そして、あたしの傍に来たとき、

「春海佳苗さんはここには来ないし、

 もぅ相撲を取ることもありません」

と強い口調で告げた。

「『なっ

 それはどういうことだ』」

それを聞いたあたしと神様が同時に声を上げると、

「かわいそうに…

 彼女は髷を結われ、

 マワシ姿であたしのところに来るなり、

 相撲を取らせてくれ。って言ったのよ」

目を伏せつつ翠は言い、

「翠のところ?

 そんな、佳苗山は金星部屋に向かったはず」

彼女の言葉の意味が理解できないあたしは聞き返すと、

『どういうことです?

 これは』

あたしと同じく意味が分からない神様があたしに理由を尋ねた。

「さっさぁ?」

どう答えてよいのか判らずあたしは困惑していると、

「姿を隠しているけど、

 そこに神様が居るんでしょう?

 相撲の神様が」

と翠はあたしの横に立つ神様を指差した。

「え?

 えぇ…」

その言葉にあたしは頷いてしまうと、

『ほほほほ…

 これはまた、

 予想以上に気丈な方ですね。

 相撲取りになればさぞかし…』

翠の指摘を受けてかそう言いながら神様は声を上げた時、

「やっと姿を見せたわね、

 あなたのような相撲の神様じゃないわっ」

と翠は言い切った。

『なっなにを…

 なにを言うんですっ、

 わたしは相撲の神様…』

翠の言葉を受けて神様は慌てて声を荒げると、

「そうですか?

 佳苗さんに掛けられていたマワシの呪縛はあたしの手で解きました。

 そして、彼女が締めていたマワシにはこのような動物の毛が織り込まれていたのです」

と翠は言いながら握りしめていた手を開き、

その中から赤茶色の毛をばら撒いてみせる。

「動物の毛?」

それを見たあたしは驚くと、

『おのれ、人間の分際でマワシの呪縛を解いただとぉ、

 そんなことできるはずは無いっ、

 でたらめを言ってはなりません。

 何を見ているのですっ、

 この者にマワシを締めてあげなさいっ』

これまで平静を装っていた神様は取り乱しながら声を上げる。

その途端、

「ごっつあんですっ」

神様の指示に従う少女力士達は一斉に声を上げ、

ジリッ

ジリッ

っと翠ににじり寄り、

彼女が着ている浴衣に手を掛けようとする。

すると、

パシッ!

「操られた手で触らないで!」

迫っていた手を翠は弾き、

それを合図にして、

「どすこぉぉぉいっ!!」

少女力士達は一斉に飛び掛った。

「翠っ」

少女力士達が作る肌色の海に没していく翠の姿に向かってあたしは声を上げると、

『くくっ、

 自ら飛び込んでくるとは馬鹿な奴』

腕を組む神様は笑ってみせる。

ところが、

「ふんっ、

 どすこぉぉぉぉぉいっ!!!」

埋まる少女力士の中から翠の怒鳴り声が響き渡ると、

ドォォォッ!

マワシを締めた少女力士が次々と吹き飛ばされ、

埋まっていた空間が花開くように開けて見せたのであった。

そして、その中央部より翠はゆっくりと立ち上がると、

「腰の据わっていない力士の相撲なんて…

 何の価値も無いわ」

と言い放ち、

履いていた下駄を脱いで裸足になると、

「いいわっ、

 あたしが本物の相撲を教えてあげるわ、

 マワシファイター・メタモルフォーゼ!」

の声を上げて着ていた浴衣を剥ぎ取って見せる。

すると、

「うっ」

『なにっ』

色鮮やかな緑のマワシが締め込まれている翠の華奢な裸体が照らし出され、

それを見た途端、あたしを含めて皆は一斉に声を失った。

全て音が消え去った世界の中、

ペタ

ペタ

足音を立てながら翠は土俵に上ると腰を落とし、

パァンッ!

自分の腿を叩いて足を上げると、

「大地を揺るがす乙女の怒りっ

 受けてみなさいっ!」

ズンッ!

の掛け声と共に力強くシコを踏んで見せる。

ザワッ!

翠が踏むシコに周りが一斉にざわめきだすが、

その声に動じることなく黙々と翠はシコを踏み続け、

流れ出る汗を辺りに振り撒いて見せる。

ようやくシコ踏みをを終えると、

パァァン

汗を吸い込み重くなったマワシを大きく叩いて、

グルリと周りを取り囲む少女力士達を見据えた後、

「さぁさぁさぁ

 マワシファイターの勝負は土俵の中よっ

 あたしの相手は誰?」

と問い尋ねる。

「これって…」

土俵に立つマワシ姿の翠を見てあたしは呆然としてしまうと、

『そんな…

 そんな…

 わたしの呪縛が効いていない力士がいるはずがありません!!』

神様は声を張り上げ、

バッ

あたしが手にしていた軍配を取り上げると、

『なにをボケっとしているんです。

 さっさ土をつけておしまい』

と少女力士達に命じた。

すると、

「どすこいっ!」

の返事と共に柔道部員だった体格の良い力士が土俵に上り、

「あなたが相手ね、いいでしょう」

それを見た翠は力士に向かって言い、

仕切り線の手前で蹲踞してみせる。



「ひっひがぁしぃ〜…」

「にっにしぃ〜…」

行事の呼び出しの声が響き渡り、

翠と柔道部員力士は見合った後、仕切りなおす。

そして、

「はっけよいっ」

その声があがると、

タンッ!

クンッ!

見合った二人の拳が土をけり、

バシッ!

音を立てて二人は四つに組み合った。

「のこったぁ」

「のこったぁ」

行事の声が響き渡り、

ガシッ

バシッ

体格の違う二人ながら勝負はまさに五分と五分。

『ほぉ、

 しっかりと腰が入っている。

 大口をたたくだけのことはありますね』

自分よりも倍近い柔道部員力士のマワシを掴み上げ、

グッ

と翠は堪える。

すると、

その翠を己の体重で押しつぶさんと柔道部員力士は体重を掛けてきた。

「くぅぅぅ…」

体中を紅潮させながら翠は全身の力を振り絞って元柔道部員の力士の全体重を受け止めると、

グッ

ググッ

グググッ

ゆっくりと押し返していく、

そして、

「だぁぁぁぁぁぁ!」

の声と共に、

パァン

パァンパァンパァン

翠が繰り出す猛烈な張り手が力士に襲い掛かり、

「うっうわぁぁぁ」

たちまち力士はバランスを崩してしまうと、

ズシンッ

と尻餅をついてしまったのであった。

その途端、

シュワァァァ…

負けた力士の股間からマワシが蒸発するように消えてしまうと、

結われていた髷もまた消え、

さらに

ポロッ

股間についていたオチンチンが取れ落ち

後には女の子の縦溝が姿を見せる。

その途端、

「あれ?

 あたしは…なにを…」

呪縛が解けたのか柔道部員はキョトンとしてみせた後、

その場に崩れるようにして倒れてしまったのであった。

「マワシの呪縛が解けた?」

その衝撃の光景にあたしもまたショックを受けると、

「初音っ、

 もぅこんなこと止めよう。

 みんなを自由にして」

とあたしを見ながら翠は話しかけてくる。

「うっ」

彼女のその言葉にあたしの胸の奥が熱くなってくるのを感じたとき、

『なっ何を言うっ、

 奉納相撲はまだ始まっていないんですっ、

 こんなの、ただの偶然です』

神様は怒鳴り声を上げ、

『えぇいっ、

 総当りであたりなさいっ』

と少女力士達に命じる。

その命令に応えるように、

「どすこぉいっ」

周りを取り囲んでいた少女力士達は翠に襲い掛かるが、

「ハッ!」

バシンッ

「オリャァ!」

ドスンッ

「ウリャァァァ!」

ズザァァァァ!

その華奢な体が繰り出しているとはとても思えない素早さと力強さで、

少女力士達に次々と土を付けていくと、

皆が締めているマワシを消し去って行く。

そして、

『そんな…

 そんな…

 そんなバカなぁぁぁ!!』

見る見る数を減らしていく少女力士達の姿に神様は怒鳴り声を上げ、

『お前は一体何者だ!!!』

と取り乱しながら軍配で翠を指し示したのであった。



「はぁはぁ

 はぁはぁ」

最後の一人を浴びせ倒した翠は肩で息をしながら体を起こすと、

「ふっ、

 神様…弓取式を真っ先に行いましたよね」

と神様に向かって問い尋ねる。

『それがなにか?』

翠の質問に神様は警戒しながら聞き返すと、

「弓取式は全ての取り組みが終わった最後の締めとして行うものですよ。

 そんなことも知らないのですか?」

と翠は軽蔑の眼差しで神様を見つめ、

「あなた、こんな奉納相撲を開いてどこが嬉しいの?」

と続けた。

『なにっ?』

その言葉に神様の表情が変わり、

「茶番ね。

 本当の相撲の神様なら、

 茶番の相撲を奉納されても嬉しくもないわ。

 相撲と言うのはお互いが本気でぶつかり合い、

 そして全ての力を出し切って力比べをする儀式よっ、

 そんなことも判らないなんて、

 やっぱりあなたは本当の神様ではないでしょう!」

と翠は指摘する。

「神様?」

翠の指摘を聞いてあたしは改めて神様を見ると、

『あっあなたまでも疑うのですか?』

あたしの姿をした神様は悔しそうにあたしを見る。

「いえっ」

自分の姿をした者が見せるその表情を見たあたしは、

それ以上見ることが出来なくなってしまうと顔を逸らし、

そして、翠を見ると、

「初音っ

 その人は相撲の神様じゃないの。

 だからもぅ止めよう…」

とあたしに話しかけてくる。

『初音っ』

「初音っ」

「うっ…」

文字通り板ばさみになってしまったあたしは髷を結う頭を抑え、

そして、

「これ以上責めるのは、

 やめてぇぇぇぇ!!!」

と声を張り上げた。

と同時に、

バッ!

羽織っていた浴衣を放り投げると、

「勝負だ!」

と翠を指差し、

怒鳴り声を上げながら土俵に上る。

「初音…

 判ったわ。

 あなたがそこまでするならあたしは受けて立つわ。

 マワシファイターとして」

あたしの決心を知った翠はそう答えると、

「フンッ」

バシーンッ

バシーンッ

さっきよりも力強くシコを踏み始める。

そしてあたしもまた翠に背を向けシコを踏み始めると、

『お前が頼りだ、

 何が何でもあいつを打ち負かすんだ』

と神様はそっと耳打ちをする。

「判っています」

その言葉にあたしは返事をすると、

「…まさか、初音と土俵の上で相撲勝負をすることになるとはねぇ」

と向こうを向いたまま翠は言い出した。

「それがなにか?」

翠の言葉にあたしは振り返ると、

「…初音には黙っていたけど…

 ううん、皆には秘密にしていたけど、

 あたしのお父さんは昔相撲取りだったの…

 知っている?翠王山…ってお相撲さん」

とあたしに言う。

翠王山…知っているも知らないも、

大相撲の優勝記録を大幅に塗り替えた大横綱の名前であり、

無論、この神社の奉納相撲にも参加し、

彼の化粧回しは本殿の中に奉納されているのである。

「まさか…」

あまりにも衝撃的な告白にあたしは驚くと、

「いまは金星部屋の親方をやっているけどね、

 でも、そのせいであたしは子供の頃からマワシを締めて土俵に立っていたの…」

と翠は恥ずかしげに言う。

「え?」

翠と知り合ったのは高校に入ってからで、

また翠自身、昔のことはあまり話さなかったこともあって

彼女の過去はほとんど知らなかった。

「あたしがマワシを締めて相手を打ち負かすとお父さんとっても喜んでね、

 で、皆を喜ばせたくてあたしは一所懸命相撲の稽古をしたわ、

 体重を増やし眠るのを忘れて稽古漬けの日々を過ごしたの。

 それこそ、女であることも忘れてね。

 そのお陰もあって6年生の時、

 ついにワンパク相撲で横綱にもなったのよ。

 お父さんに少しでも近づきたい一心だった。

 でも、中学生になった時、

 あたしは土俵には入れてもらえなかった。

 そう、ワンパク相撲を卒業した途端、

 土俵は規則を縦にあたしを拒否するようになったのよ。

 そして、思い知らされたわ、

 自分が女であること、

 そして、女とは言い難い筋肉デブの体の自分の姿に…

 ふふっホント、おばかさんだったのね。

 目指せ、大関・横綱なぁんて頑張った挙句の果てよ。

 あたしは泣きながら相撲を捨てたわ。

 そして、頑張って減量して、

 高校生になった時、やっと普通の女の子になれたの。

 でも、やっぱりあたしには相撲しかなかったのね、

 生徒会長室でマワシを締めた初音の姿を見て、

 あたし思ったの…

 女だからって何?

 初音がマワシを締めたのなら、

 あたしだってマワシを締めてもいいじゃない。って、

 あたし、感謝したのよ、

 初音があたしの呪縛を解き放ってくれたって…

 でも、初音はおかしくなって、

 学校の皆にマワシを締めさせ始めた。

 その偽者神様に操られてね。

 だから…

 だから、初音っ

 あたしは初音を助けてあげる」

翠はそう言うと、

パァンッ

締め込んでいる自分のマワシを叩いてみせ、

クルリ

と振り返りあたしを見た。

「翠…」

思いもよらない翠の告白にあたしは驚くと、

『そんなことはどうでも良い。

 お前は勝てばいいのだ』

と神様はクギを刺す。

「そんなことって…

 ちょっと神様っ」

神様のその言葉にあたしは怒りを覚えると、

『何ですその目は?

 このわたしを裏切るというのですか?』

と神様はあたしと同じ顔を近づけ、

そして、

『大丈夫、

 わたしと一体になれば勝てますよ』

そう囁きながら無理矢理口付けをすると

ズズズズ…

神様はあたしに中に入り込んでくる。

「やっやめて…

 離れて!!」

まさに侵食してくるその感覚にあたしは悲鳴を上げようとするが、

既にあたしの口は自由に動かすことが出来ず、

次第に体全体が乗っ取られてしまうと、

『ふっ、

 どんな思い出話をしても無駄だ』

あたしの口はそう声をあげるや、

パァン!

マワシを叩き翠と対峙する。

「初音…

 あなた…」

あたしの顔をみた翠は驚きの声を上げると、

「判ったわ、

 体をあの偽者に乗っ取られてしまったのね」

と言うなり、

グッ!

と拳を握り締めた。



『くっくっくっ

 人間ごときがわたしに刃向かうなど、

 片腹痛いですよ』

仕切り線に手を突き翠に向かってあたしの口はそういうと、

「調子の乗るのもそこまでよっ」

あたしを見据えて翠はそう言い返す。

土俵の中で睨み合うあたしと翠、

『…見合って見合ってぇ』

軍配を手に神様がマワシで創りあげた行事が張り切って声を上げ、

その声に従って翠とあたしの体は徐々に息を合せていく、

そして息が合った瞬間。

「のこったぁ!」

の声が響いた。

その途端、

ダッ!

あたしの体と翠は堰を切ったかのように突進し、

パァンッ!

二人は土俵の中央でぶつかり合う。

「ぐぬぬぬぬ…」

『ぐぉぉぉぉぉ…』

互いに相手のマワシを取っての4つの相撲、

あたしの体を乗っ取った神様は右に左にと体をよじり翠の手を切ろうとするが、

しかし、翠も負けてはいない。

『だぁぁっ!』

一瞬の隙を突いてあたしの体は翠を付き放ち、

彼女のマワシを取りに行く。

ところが、

パァンッ!

強烈な張り手があたしの頬を叩くと、

パンッ

パンッ

パンッ

まるでバリヤを張るがごとく連続した張り手が襲い掛かってきた。

一発を食らうごとに頭はクラクラし、

あたしの足はふらつき始める。

『おっおっおれぇぇ』

あたしと一体化している神様はその衝撃をモロに食らっているのか、

頭の中で苛立つ声を上げるが、

しかし、翠が繰り出す張り手には手も足も出せず、

見る見る土俵際にまで追いやられてしまった。

そして、張り手が止んだと思った途端、

ガシッ

翠があたしのマワシを取り一気に押し出そうとする。

しかし、

『なっなめるなぁぁ』

神様も押し返し始めると、

相撲は互いの全ての力を込めた力相撲の様相を呈していった。

そして、

「くはぁはぁはぁ」

長い相撲の中で翠の息が切れたとき、

『うりゃぁ!』

神様は一歩踏み出し投げ技を掛ける。

ところが、

ダンッ!

まるで”待ってました。”かのように翠は大きく足を踏みつけると、

グッ

その腰を落としてみせる。

『あっ』

動くはずの翠の体が止まり、

逆にあたしの体だけが大きく動いた。

一瞬の出来事だった。

「うりゃぁぁぁ!」

あたしの体がバランスを崩してしまったのを見逃さずに翠は一気に突き押してくると、

『あっあっあぁぁぁ…』

あたしの体は行事を巻き込んで土俵から放り出され、

そのまま土俵下へと転がり落ちていったのであった。



「痛い…」

全身の痛みを堪えながらあたしは起き上がると、

「初音っ」

あたしの名を叫びつつ翠が飛び出してきた。

そして、

「大丈夫?

 どこを打ったの?」

心配そうに話しかけてくると、

「あっあれ?」

その時になってあたしは自分の体が自由に動けることに気づくや、

「体が自由に…」

自分の手や足を見ながらあたしはキョトンとして見せると、

シュワァァァァ

あたしの腰に締められたいたマワシが蒸発するかのように溶け出し、

それに合わせるようにして結われていた髷も消え、

胸板に乳房が戻ってくる。

そして、

「あはっ、

 おっ女の子に戻った…」

股間のオチンチンも無くなっていることにあたしは気がつくと、

「よかったぁ…」

とホッと一言安心したように呟いてみせる。

すると、

『おっおのれぇぇ…』

落ちた衝撃で離れてしまったのか、

神様が悔しそうに口走りながら起き上がると、

『おのれぇ、

 人間めぇ

 このわたしに土をつけてくれましたねぇ

 このことは万死に値します』

と怒鳴りながら軍配を手にとって振り上げ、

『何にしてあげましょうか、

 そうだマワシが良い。

 力士に締めこまれ、

 汗と土にまみれボロボロになっていくマワシにしてあげますっ』

そう怒鳴りながら振り下ろそうとしたとき、

『…オートフォーカスっ!

 激写っ!』

突然、少年を思わせる声が響き、

ピッ!

謎の怪光線が森の木々の間より一直線に伸びると、

パキンッ!

神様が掲げていた軍配に命中するなりそれをはじき飛ばす。

カランカラン

カラカラカラ

神様の手から離れた軍配は宙を飛び、

乾いた音を立てながら社殿の前まで転がっていくと、

「…悪鬼…退散っ!!」

今度は女性の声が響いた。

と同時に、

ズドンッ!

という鈍い音共に森の中より炎の球が飛んで来ると、

ゴワァァァ!!

炎の玉は幟や提灯をなぎ払いつつあたしの前を通り過ぎ、

ピシッ!

奥の社殿を直撃する。

しかし、

シャッ!

バチン!

バチバチバチ!!!

まるで社殿を守るかのように立ちはだかった結界が炎の球を受け止めてしまうと、

「ほぉ、結界とな?

 ならばもぅ一発じゃっ」

とまた女性の声が響くと、

ズドンッ

再び炎の球が飛び出し結界を直撃する。

『なっなに奴!』

軍配を弾き飛ばされて痛むのか、

神様は右手を庇いながら声を上げるが、

バチバチバチバチ…

その神様の目の前で結界が炎の球によって侵食されていく様子に、

『くぅぅぅぅ』

神様の表情が見る見る強張っていくと、

「そぅれ、これでどうじゃっ!!」

の声と共に

ズドンッ!

3発目が飛び込んできた。

すると3つの炎の玉を受け止めてしまった結界は持ちこたえることが出来ず、

ピシピシピシピシ…

蜘蛛の巣状に亀裂を広げていくと、

パキンッ!

ついにガラスが割れるようにして砕け散ってしまったのであった。

と、同時に、

ファァァァァァァ…

社殿より清清しい風が吹いてくると、

あたしたちの間を駆け抜けていく。

「はぁ…」

まるで心の中までも洗われて行くような風を受けながらあたしは深呼吸すると、

「あれ?」

「あたし、何をやっているの?」

「え?」

「やだぁ、

 なにこの格好?」

と少女力士達は我に返ったのか土俵の周囲に動揺が広がり、

弘美や葵も露になっている胸を隠しながらキョロキョロと周囲を見回していた。

「みんなが…

 元に戻っていく」

まるで夢から覚めたような彼女たちの姿にあたしはつぶやくと、

『おのれぇぇ!』

社殿より吹いてくる風から身を庇いつつ神様は悔しそうに歯軋りをしながら、

『誰かは知りませんが、

 隠れていないで出てきなさいっ!!』

と森に向かって声を張り上げた。

すると、

サクッ

「…鍵屋めが慌ててこっちに向かって行ったので、

 こうして追ってきたのだが、

 ここには鬼の祠があった筈。

 異世界にでも迷い込んだか」

と言う声ともに巫女装束を身にまとう保健の先生が姿を見せる。

「せっ先生?」

思いがけない先生の登場にあたしは驚くと、

「お主…ほぉ、ここの者か。

 ならば、わしはただの通りすがりの巫女じゃっ、

 お主らが知っている人物とは違う」

と先生はあたしの姿を見て少し驚いた表情でそう言うと、

パァァァァ…

風を吹き出す社殿が光り輝き始める。

そして、徐々に光が強まっていくと、

バンッ!

ついにその光に押されるように閉じられていた扉が弾き飛ばされるかのように開いた。

「え?」

続けざまの出来事にあたしは呆然としていると、

『やれやれ、

 どこの誰だ?

 わしを閉じ込め土俵を汚すのは?』

そう問い尋ねながら

光の中から白髭を伸ばし腰をかがめた老人が社殿の中から姿を見せた。

「だっ誰?」

社殿の中から出てきた老人にあたしは問いかけると、

『ん?

 わしか?

 わしは野見宿爾じゃ』

と老人は自分が相撲の神様であることを言う。

「へ?

 相撲の神様?」

その名前を聞いたあたしと翠は顔を合わせてキョトンとして見せると、

『さぁて、地震に乗じてご神体である軍配を盗み、

 さらにわしが出られぬよう社殿に結界を張った不届き者がおる』

そう言いながら野見宿爾は弾き飛ばされ社殿の前に転がり落ちている軍配を拾い上げ、

キッ!

あたしの姿をした神様をキツイ視線で見据える。

「相撲の神様って?

 あなたも相撲の神様なのですよね?

 ひょっとして仲が悪いのですか?」

神様に向かってあたしは問い尋ねると、

ギリッ

神様は悔しそうな表情を見せながら歯を食いしばって見せる。

「?」

ただならぬ神様の表情にあたしは小首を傾げたとき、

『クンクン

 クンクン』

野見宿爾は周囲の匂いを嗅ぐ仕草をして見せ、

そして、

『クンッ

 おやぁ?

 どうも獣の臭いがすると思ったら、

 こんなところに狐がおったか』

あたしの姿をする神様を見据えながらそう言うと、

フッ

っと一息、砂を吹き払うように息を吹きかけた。

その途端、

『うわっ』

まるで突風に吹き飛ばされたかのように

神様は土俵を飛び越え参道へと転がっていく。

そして、

「かっ神様ぁ!」

その神様を追いかけてあたしは飛び出して行くと、

『ほっほっほっほっほっ…』

あたしの背後から野見宿爾の笑い声が響き渡っていくのでした。



つづく