風祭文庫・アスリート変身の館






「螺旋」
(第7話:雪乃の悲劇)


作・風祭玲

Vol.1043





・・・・・・・・・・

「不知火型のせり上がりって…」

横綱の話を聞き終えたあたしは

当時相撲についての知識がほとんど無いはずの的場彩(AYA)が

土俵入りの中で最も気力を使うせり上がりを気迫十分にこなしたことに驚くと、

「いま思い返しても見事なせり上がりでした。

 このわたしでもあのような気迫の篭ったせり上がりを披露することは出来ない」

と横綱は悔しそうな素振りを見せます。

「そんなこと無いです。

 横綱の土俵入りはいつも気迫十分です」

そんな横綱の姿を見てあたしは身を乗り出すようにして言うと、

「あなたに励まされるだなんて…」

あたしを見つめながら横綱は軽く笑い、

そして、徐に立ち上がると、

「でもね、毬乃山。

 相撲取りが心を通わせるなら、

 普通、土俵の中でしょう」

と白い歯を見せながら告げたのでした。

「しまった…」

後悔しても始まりません。

横綱は羽織っていた着流しを剥ぎ取ると、

その人間離れした肉体を見せ付けるようにして土俵の中へと入り、

パァン!

筋肉が張り詰めた腿を思いっきり叩くや、

「ふんっ!

 どすこいっ!」

ズシン!

「ふんっ!

 どすこいっ!」

ズシン!

と地響きを響かせシコ踏みを始めたのです。

そして、流れ落ちる自分の汗を払い除けながら、

「どうしたっ、毬乃山。

 突っ立ってないで廻しを巻かないかっ、

 俺がみっちりと可愛がってやる」

気合十分、あたしに向かって催促をしたのです。

「ひぐっ」

幕下力士のあたしにとって横綱なんかにはとても敵うはずはありません。

かと言ってこの場から逃げ出すことも出来ません。

もし、怖気づいて横綱に背中でも見せようとしたら、

「このばか者っ!」

の怒鳴り声とともに横綱の腕があたしの首根っこを掴み上げ、

有無を言わさずに土俵の中へと引き釣り込むことでしょう。

そうなったら最後、あたしは間違いなく殺されてしまいます。

どうすることも出来ずあたしは顔を青くしたまま立っていると、

「ほらっ、

 この金剛龍が稽古をつけてやろうっていうんだ。

 さっさとしろっ」

すり足稽古をする横綱は語気を強めて催促をします。

その声に尻を叩かれたあたしは

「うぅっ、

 さよなら、あたし…

 AYAに一矢報わずにここで死ぬのね」

と心の中で大泣きに泣きながら、

帯を解き着ていた着流しを脱ぐ仕草をはじめます。

「…廻しはそこに掛かっているのを適当に使ってよいぞ」

パァンッ!

パァンッ!

てっぽう柱を折る勢いで叩きながら横綱はそう言うと、

「jはっはいっ」

あたしは壁に掛かっている黒廻しを手に取りそれを締めて見せます。

そして、

「よっ横綱、

 よろしくお願いします」

廻しを締め、

シコ踏みで体を温めたあたしは緊張した声を上げると、

「おっしっ、

 相撲取り同士、こうじゃなきゃ」

土俵に戻りながら横綱は眼光鋭く己の廻しを叩いて見せたのです。



人気の無い稽古場、

その稽古場に広がる土俵の中で二人の力士が睨み合います。

「よっよろしくお願いします」

「おうっ!」

緊張気味のあたしの声に続いて横綱の返事が返ると、

二人は同時にゆっくりと蹲踞し、

グッ

拳を土俵に向かって下ろし息を合わせます。

ひぃ

ふぅ

みぃ

一度は横綱の気迫に飲み込まれかけたものの、

しかし、こうして睨み合い、

息を合せると、

「前の奴を倒す…」

あたしの心の中にも自然と闘争心が沸いてきます。

きっと、股間につけられたオチンチンと、

力士としての生活があたしの心をそのように変えたのでしょう。

程なくして息が合うと、

土俵の空気がゆっくりと止まります。

「はっ!」

グンッ!

己の気合とともにあたしは拳を蹴ると、

筋肉の山と化した横綱に向かって飛び込みますが、

しかし、そんなあたしを待ち構えるように

空気を切り裂いて横綱の張り手が向かってくると、

体重180kgのわたしの体はいとも簡単に吹き飛ばされてしまいます。

しかし、ぎりぎりのところで踏ん張って見せると、

怯むことなく何度も何度も横綱の懐へと飛び込んでいきます。

張り手を幾度も食らううちに、

わたしの顔は腫れ上がり、

髷も解け掛かります。

それでもわたしは飛び込んでいくと、

ついに、

ガシッ!

「取った!」

横綱の廻しに取り付くことができたのでした。

そして、懇親の力で体を横綱に密着させると、

廻しを掴む手の位置を横綱の後ろへと動かし、

さらに腰を落とすと、

「うぉぉぉぉっ!」

わたしは全身の力で横綱を抱え上げようとしました。

「上がれ、

 上がれ、

 上がれっ」

体中を真っ赤に紅潮させてわたしは力を掛けますが、

しかし、横綱はびくともせず、

それどころか、

「ほぉ、なかなかやるじゃないか」

とわたしを誉める声が響いたのでした。

「ち、く、しょ、う!!!!」

馬鹿にされたように響いたその声に抗するかのように、

わたしは歯を食いしばりさらに力をこめると、

横綱はわたしに覆いかぶさるように動き、

左右の腕がわたしの廻しを掴んだのです。

「くぅぅ…」

わたしと横綱、

二人の力士が相手の廻しつかみ合ったまま動きません。

そして、わたしは横綱の廻しを掴んだまま、

ふと、この相撲を演じている二人とも元は女性であることを思い出しました。

そう、わたしも横綱も…元は普通の女性だったのです。

そして、たった一人の異常な思考を持つ者の手によって、

女としての幸せも生活も奪われ、

オチンチンを付けられ、

相撲を取ることしか出来ない体にされたのです。

「なんで…

 なんで、こんなことをしなくっちゃいけないの…」

グッ

と横綱の廻しをさらに引き寄せて、

わたしはこみ上げてくる感情を殺すように呟くと、

ズンッ!

そんなわたしを押しつぶすかのように横綱は圧し掛かってくると体重を掛け、

「わたしだって…

 普通の女性として生きたいのよ。

 でも、もぅこの体ではそんなことは出来ないのよ」

と話しかけてきます。

「でも…

 だからと言って…」

次第に潰されながらわたしは泣きべそを掻いてしまうと、

「馬鹿野郎っ、

 土俵の中で泣く奴があるかっ!」

横綱の怒鳴る声が響き、

ガシッ

わたしの廻しが強い力で持ち上げれていきます。

「えっ?

 わっわっわぁぁぁ!」

瞬く間に天と地がひっくり返り、

わたしは逆さまの景色を見ながら宙に吊り上げられてしまい、

さらに半回転してしまうと、

「ふんっ!」

仰向けになって横綱の肩の上へと担ぎ上げられてしまったのでした。

180kgの相撲取りを担ぎ上げてしまう横綱の怪力。

「ひっひぃぃぃ」

まるで米俵のごとく扱われてしまったことにわたしは驚くと、

「ふんっ、

 呆気なかったな毬乃山っ、

 このまま吊り落としても良いが、

 思い出話には続きがあるんだ。

 付き合ってもらうぞ」

と横綱は言うと、

的場彩のその後について話し始めたのでした。



・・・・・・

わたしと初音様の眼前で見事せり上がりをし終えた彩様は

緊張の糸が切れてしまったかのように

そのまま地面にどっかりと胡坐をかいて座ってしまうと、

「ふぅ…」

大きく息を吐き、呼吸を整え始めますが、

その体には噴出すように汗が噴出し仄かに湯気を立ていたのです。

「彩様…」

そんな彩様にわたしは声をかけますが、

しかし、彩様の目はどこか空ろで、

「これが相撲…

 これがお相撲なのね…

 でも違う…

 わたしがしたかったのは…

 もっと別の…」

と荒い息遣いをしながら呟いていました。

「あの…

 何が違うのですか?」

それを聞いたわたしが問いただすと、

その会話に割り込むようにして、

「あははははは」

初音様が大声で爆笑を始め、

「いいもの見せてもらった。

 満足したぞ。

 よかろう、

 お前達を許してやろう」

手にしている軍配をわたし達に向けて言ったのです。

「なっ、

 何が満足ですかっ」

その言葉にわたしが食って掛かりますと、

彩様はそんなわたしを腕で制され、

「もう、いいんですか。

 わたしはまだ出来ます。

 もっとわたしの相撲を見てください」

と訴え始めたのです。

「彩様、

 どうしてですか?」

それを聞いたわたしは驚くと、

「ほぉ…」

初音様もまた意外そうな表情を見せ、

「もっとしたいとな。

 良い心がけと褒めてやりたいが、

 さて、どうしたものかな。

 この者も奉納相撲に連れて行くか…」

と思案顔になったのです。

すると彩様は自ら進んで、

「お相撲が取りたいんです。

 本当の土俵入りがしたいんです。

 もっとわたしのシコ踏みを見て欲しいんです。

 女の子のわたしでもお相撲ができることをお見せしたいんです」

初音様に向かって自分の胸を内を語りだしたのです。

「彩様…」

それを聞いたわたしは愕然としてしまうと、

「あぁ、お相撲を取りたい!

 お相撲!!

 お相撲!!

 お願いです、

 わたしにもっとお相撲を取らせてください」

自らシコを踏み、

彩様は初音様に向かってアピールを始めだします。

そして、その行為はエスカレートし、

ついには初音様に飛び掛ってがっぷり四つに組んでしまうと、

「お相撲ととりたいのっ

 お相撲

 お相撲」

と連呼しながらおねだりを始め、

ついにはその勢いのまま初音様を吊り上げてしまったのです。

さすがの初音様も根負けしてしまったのか。

「あぁ、判った。

 お前がそれほどまで言うのなら奉納相撲に連れて行ってやろう。

 わたしの神社で思いっきり相撲を取るがよい」

と彩様に向かってそう告げますと、

「ありがとうございます」

幸せいっぱいの表情を見せる彩様を連れ

わたしの前から消えてしまったのです。

・・・・・・・・・・



土俵の中、

横綱に担ぎ上げられた姿で

話を聞いていたわたしには返す言葉はありませんでした。

あのAYAがシコを踏み鳴らしながら相撲を取りたいとアピールする。

今の彼女からとても想像も出来ないそのシーンを想像をしますが、

しかし笑いがこみ上げてくるより背筋が寒く凍りついたのでした。

「どうして…、

 AYAはそれほどまで相撲に興味を持ったのですか?」

「さぁ、そこは彩様が幼少だった頃の経験にあるそうですが、

 わたしもそこまでは…」

わたしの質問に横綱はそう答えると、

横綱は担ぎ上げていたわたしを土俵上に降ろしします。

「それで…

 それからどうなったのです?

 彩はその奉納相撲を取ったのですか?」

続きを知りたいわたしは横綱に尋ねると、

「生徒会長・初音様のご自宅は神社をしていて、

 夏を間近に控えた6月に境内で奉納相撲を執り行っていたそうだ。

 しかし、その奉納相撲も廃れてしまったのだが、

 どういう訳か、急遽執り行うことになり、

 その日の夕刻、神社の敷地内にある土俵上で行われたそうです。

 わたしはその奉納相撲には参加しなかったので詳細は判りません。

 ただ、結構盛り上がったそうで、

 相撲の神様も満足されたとか…」

と奉納相撲の顛末を話してくれますが、

「相撲の神様ですか?」

横綱の口から出たその言葉を思わず聞き返してしまうと、

「あぁ、

 わたし達の前に現れた初音様は本物の初音様ではなく、

 相撲の神様が化けていたものだったらしい。

 だけど、それを証明するものは何もない。

 翌日、力士にされた生徒達は普段どおり登校してきたので、

 昨日のことをたずねても皆、知らない。判らない。を繰り返すだけでした」

と横綱は奉納相撲について知っていることを言います。

「狐に化かされた…

 あっいえ、狐につままれたような話ですね…」

「良いことを言いますね。

 まさに狐に化かされたような話です。

 でも、このことがわたしが見た白日夢がでっち上げた幻ではありません。

 なぜなら、程なくして校内に女子相撲部が立ち上がり、

 女の子達が廻し一丁の姿で相撲を取るようになったのですから」

「女子相撲部…

 って、いきなり相撲部が出来たのですか?

 まさか、裏でAYAが」

それを聞いたわたしは相撲部と彩の関係を勘ぐると、

「いいえ、

 彩様は相撲部の設立には手を貸していません。

 その時、彩様は別の目的を持って動いていたのです」

と横綱は言い切ります。

「別の目的?」

「はい、彩様は奉納相撲に出たことで、

 神様に与えられた力と、

 自分の心の底で蠢く真の欲望に気づいたのです」

「力と真の欲望?」

「ふふっ」

興味津々に尋ねるわたしを見て横綱は小さく笑うと、

「知っている者はごく僅かですが、

 彩様は神様によって普通の人間以上の力を与えられたのです。

 そして、その力によって彩様は

 自分の胸の奥深くに封印していた欲望を開放されたのです」

と断言したのでした

「彩が開放した欲望って

 それが、相撲?

 奉納相撲ではだめだったのですか?」

「はい、あれでは満足しなかったのです」

「満足しなかった…?」

「えぇ…

 的場家は古くより大相撲に大きく関わってきました。

 その影響もあって彩様は幼少の頃より相撲に興味があったのです。

 しかも、ただ興味があるだけではなくて、

 自ら廻しを締め、

 土俵に立ち、

 そして、自分よりも大きくて強い相手を相撲で打ち負かす。

 ということに憧れてしまったのです。

 だけど、女性は土俵に立つことが許されない。

 その壁が彩様の心を歪めてしまったのです」

「自分が日の当たる土俵に立つ日を夢見て、

 メイドたちと共に相撲を取り、

 さらにあの国技館を作った。

 だけど、それに飽き足らず、

 自分にとって邪魔な女の子達を無理やり力士に改造して相撲部屋に放り込む…

 すでに自分の後輩は大相撲の横綱となった。

 この先、AYAが狙うとしたら、

 大相撲そのものを我が物に…まさか…

 でも、AYAが心底そのことを願っていたとしたら…

 大相撲が演じたあの不祥事は好都合だったのか」

お嬢様・彩が持ってしまった途方も無い憧れとパワー

それを実現するのは容易ではないことは判っているけど、

でも神様によって力士以上の力を持ってしまったことが、

横綱やわたし達のような

異形の相撲取りを生み出す原動力になったことは容易に想像がつきます。

「翌日、わたしと会った彩様は

 ”わたし、相撲の神様に認められました。

  これからもわたしはお相撲を目指します。

  雪乃さんもぜひ手伝ってくださいね”

 とわたしの手を握り締めながら言ったのです」

「………」

「そう彩様が相撲に関わることのすべてを認められたそうです。

 そして、お嬢様である性分が災いしてか、

 意のままになりそうにも無い相撲部のことは一切無視し、

 自分の屋敷内でメイド達を相手に独自の相撲をはじめたのです」

「そうなのですか…」

横綱の話を聞いているうちに、

わたしとの立ち位置はいつの間にか入れ替わり、

胡坐を掻いて座る横綱の前にわたしが立ち、

まるでわたしが尋問をしているような姿になっていました。

そして、そのことに気がつくと、

「あっ、すっすみませんっ

 失礼なことをしてしまって」

慌てて横綱に頭を下げると、

「いいのよ、

 わたしも気持ちがすっきりしたわ」

そんなわたしを眺めながら横綱は笑って見せます。

そして、

「彩様…

 いいえ、AYAがわたしの体に取り返しのつかないことをしてくれたのは

 この後のことです」

と眼光鋭く横綱はその後のことを話し始めました。



・・・・・・・・・・

「雪乃、来てくれてありがとう」

彩様のお屋敷に呼ばれたのはあの事件から3ヶ月ほど過ぎた秋のことでした。

「あの…彩様…そのお姿は…」

彩様の広い私室の中に立つわたしはそう質問をしながら指を指すと、

「どうかしまして?」

学校での制服姿とは打って変わって

裸体に廻しを締めお尻丸出しの彩様はあっけらかんとして答えます。

そして、

「あの…もぅ秋ですし…

 せめて何か上に羽織った方が」

わたしは彩様の身を案じると、

「ふふっ、

 大丈夫よ。
 
 この部屋は温度管理されていますし、

 それにわたし、この格好がすごく気に入りましたの」

と笑いながら、

ポンッ

締めている廻しを叩いて見せます。

「はぁ…」

その様子を見ていたとき、

彩様の両腕に一組のリストバンドが巻かれていることに気づきました。

「彩様、そのリストバンドは…」

と尋ねますと、

「あぁこれですか?

 うふっ、

 これはお守りですの…」

リストバンドを隠すようにして返事をします。

彩様がリストバンドをするようになったのはあの奉納相撲の後からでして、

さらにあの時を境にして彩様は人とは違う力を持ってしまったようです。

すると、

「あの…お嬢様…」

とメイドの一人が声を掛けてきました。

無論、部屋の隅で待機しているメイド達も

皆、裸に廻しを締めた姿になっていて、

わたしの視線が恥ずかしいのか、

頬を染め俯いています。

「…メイドの方々も廻し姿なんですね」

それを見たわたしはそう呟くと、

その途端、

「あなた達っ、

 廻しを締めたら力士なんですから、

 もっと堂々としなさい」

と彩様の檄が飛んだのです。

「なにもみんなにまで廻し姿を無理強いをするのは…」

それを聞いたわたしが口を挟むと、

「いいえっ、

 わたしは神様に認められたのですから、

 こういうことはしっかりとしないといけません」

胸を揺らしながら彩様はわたしに向かって言い、

そして、

「雪乃もこの部屋に入った以上、

 判りますよね」

ニコニコ顔でわたしに告げたのです。

「判りますって?」

「決まっているでしょう。

 あなたもお相撲を取るのですよ」

「えぇっ、

 わっわたしは…」

「あら、わたしの言うことが聞けないのですか?」

拒否をしようとしたわたしに向かって彩様は不機嫌そうな顔をして見せますと、

「いえ、わたしは別に…

 彩様に異など唱えていません」

とわたしは口ごもってしまいました。

すると、

「嬉しいわ、

 雪乃さん、あなただけですの、

 わたしの良き理解者は」

満面の微笑を浮かべて彩様はわたしの手を握り、

「聞いてくださいな、

 お父様もお母様も

 執事の斉藤ですら

 わたしの心をちゃんと理解してくれないのです。

 お相撲は殿方が行うものです、

 女性であるあなたがするものではありません。

 と言って廻しを締めることすら許さないのですよぉ」

と自分を理解してもらえないことへの愚痴を言います。

「…それは…(当然ですわ)」

ハッキリと言うことが出来ないわたしは心の中でそう返しますが、

「でも、わたしは相撲の神様より認めてもらったのです。

 わたしは、わたしの相撲道を行きますわ。

 幸い、お父様お母様もご自分達のお仕事で忙しい身、

 当分ここには戻りませんし、

 斉藤も黙らせました。

 そして、皆に廻しを締めてもらい、

 こうしてお相撲さんの格好をさせているのですわ。

 さぁ、雪乃さんの廻しもちゃんとありますのよ」

夢見る乙女のごとく目を輝かせて彩様はそう言いますと、

「あなた達っ、

 雪乃さんの廻しを持ってきなさい」

廻し姿のメイドに命じたのです。



程なくしてメイドが持ってきた廻しを彩様はわたしに差し出しますが、

「しっ彩様…

 なぜ?」

それを受け取らずわたしは理由を尋ねます。

すると、

「どうしました?

 お気に召しません?

 浅草にある専門の問屋に手配しましたのよ。

 廻しにもいろいろランクがあるらしいですの。

 でも、安心して、

 ちゃぁんと、力士用のしっかりした廻しを用意させましたわ。

 ささっ、雪乃さんもこの廻しを締めてくださいな」

驚くわたしに彩様は押し付けるようにしてわたしに手渡すと、

「あなたたちも、

 ただ見ていないでお手伝いをしなさい」

とメイドを叱り付けたのです。

「あのぅ、

 おっお手伝いをします」

すぐに廻し姿のメイドが一人近寄ってくると、

頬を赤らめながら話しかけてきます。

「はぁ…

 もぅ逃れられないのね」

それを見たわたしは観念してしまうと、

ブラウスのボタンに手を掛け着ていた服を脱ぎ、

伸ばされた廻しを股に潜らせました。



「…あの時のとはちょっと違う感触…」

廻しを締めた後、

わたしは学校の裏門で初音様に締められた廻しと少し感触が違うことに気がつくと、

「ふふっ、

 とってもお似合いよ」

と彩様は笑みを浮かべて言います。

「そんな恥ずかしいです」

それを聞いたわたしは咄嗟に胸を隠して頬を赤らめますと、

「わたしね…

 子供の頃にお爺様と一緒に大相撲を見に行ったことがあるの」

と彩様は窓の外を眺めながら昔のことを話し始めたのです。

「爺やさんと行かれたのですか…」

数年前に亡くなったと聞く彩様のお爺様。

的場工ルツェルンを

この国屈指の企業グループに育て上げた稀有の実業家と聞いていますが、

ことに相撲に関しては造詣が深かったそうです。

「日ごろ仕事で忙しかったお爺様でしたが、

 その時だけは上機嫌でわたしをお相撲見物に連れて行っていただいたわ。

 そして、出会う皆がお爺様に頭を下げる中、

 わたしとお爺様は土俵近くの席に座ると、

 見上げるようにして廻しを締めた男達の闘いを見たのです。

 とても美しくて、

 とても強くて、

 とても恐ろしかったのを肌で実感しましたわ。

 そして、横綱と呼ばれていたお相撲さんが土俵に上ったとき、

 ”彩判るか?

  あの横綱、とても強そうに見えるだろう”

 とお爺様はわたしにそっと囁いたのです。

 確かに立っているだけで周りを威圧する気配を感じ取ったわたしは

 お爺様の言うとおりだと思って頷きますと、

 ”これはな、お前だけの秘密だが、

  あの横綱は女だったんだよ”

 と横綱の秘密を明かしたのです。

 お爺様の口から出たその言葉にわたしは驚きますと、

 ”まったく、

  散々目を掛けてやったわたしを裏切り、

  ライバル会社のスパイに成り下がった女の末路…

  本来なら闇から闇へと葬り去るところを、

  命だけは助けてやったのだ。

  その代わり、

  女の豊満な肉体とは正反対の姿になってもらったがな”

 お爺様は上機嫌で言いますと、

 ジッ

 と土俵上を睨んだのです。

 すると、その視線に気づいたのでしょうか、

 横綱は土俵下のお爺様を見つけると、

 口を真一文字に結び、

 悔しさを情けなさが入り混じった表情をして見せたのです。

 そして、その後に見せた横綱の激しい相撲。

 きっと横綱は思い出してしまった自分の過去を振り切るために、

 徹底的に相手をぶちのめしたんでしょう。
 
 でも、わたしは勝ち名乗りを受ける横綱の姿に感動をしていたのですよ。

 女の子でも横綱になれること、

 そして、こんなに激しい相撲を取ることが出来ることを」

まるでお祈りをするかのように両手を合わせて握り締める彩様の姿を見て、

わたしは背筋が凍るほど冷たくなったのを感じました。

「…その…横綱はその後どうなったのですか?」

声を震わせながらわたしは横綱のその後について尋ねますと、

「さぁ?」

と彩様は小首を傾けます。

「さぁ?

 って…その後どうなったのか知らないのですか?」

「番付には余り興味がありませんでしたし、

 お爺様もそれから程なくして亡くなられたので、

 横綱のその後については判りません」

わたしの質問に彩様はそう答えます。

「そうですか、

 では…どうやって、

 その女の人をお相撲さんにしたのです?」

話の確認についてわたしは尋ねますと、

「女の人を男性のような体にするお薬があるのですよ」

と彩様はわたしに耳打ちしたのでした。

「それって…

 性転換をする薬ですか?」

その話を聞いたわたしは驚きの声を上げますと、

「こらっ、声が大きいです。

 えぇその通りです。

 お爺様が世界各地を渡り歩いてそのようなお薬を手に入れたそうです。

 本来の目的は男性を女性にするためのお薬だそうですが、

 お爺様はそれを女性が男性になるように改良をされ、

 あの横綱に処方したそうです。

 無論、強引にだそうですが…」

と彩様は耳元で囁き、

「あの…それで、そのお薬は?」

震える声でわたしは問い尋ねます。

いまの彩様ならひょっとしたらわたしに処方するのでは…と思ったからです。

すると、

「その薬はもぅありませんわ。

 お爺様はご自分の頭の中に薬の製造のすべてを収められたままお亡くなりなりましたので」

とその顛末を話されたのです。



「(なんだ)」

ほっとしつつ、

わたしは体の力が抜けていくのを感じていると、  

「でもね。

 わたしもお爺様の薬を使ってでもお相撲さんになって強い相手を倒してみたい。

 そんなことを思うようになったのよ。

 おかしいですよね、女の子がそんなことを思うなんて、

 けど、わたしにとってはそれは見果てぬ夢になったのです。

 そして、この間。

 わたしはその夢を叶えるきっかけを掴んだの、

 しかも、それを十分にかなえる力とともに…

 ふふっ、なんてすばらしい事でしょう」

相撲に寄せる自分の思いを話し終えると、

「ほら、見て御覧なさい。

 皆は一所懸命お相撲を取っていますわ」

と窓の外を指差したのです。

そして、わたしがそこから覗いてみますと、

屋敷の外には見事な明神作りの屋根が建ち、

その下にある見事な土俵の周囲には廻し姿のメイドたちが集まり、

ある者はシコを踏み、

またある者は土俵の中で組み合っていたのでした。

「これは…」

「わたくしが作ったのですよ。

 いま建設中の国技館が完成するまでの間、

 あの土俵でお相撲を取るのです」

驚くわたしに彩様は奥で建設中の建物を指差します。

「国技館?」

「えぇ、両国にある国技館と同じものを立てているのです。

 そして、その土俵の上でわたしは並み居る強敵を相手と相撲を取るのですよ」

と彩様はそう言うと、

さっきとは打って変わってネットリとした視線をわたしに向かって投げ、

「雪乃さんは…

 わたしのライバルになってもらいますわ」

と告げたのでした。

「ライバル?」

「えぇ、そうですとも、

 常にライバルというものは必要ですわ。

 わたしの連勝に必ずストップを掛けに来る屈強の力士…

 それが雪乃さんあなたなの」

不気味な笑みを浮かべながら言ったのです。

「屈強の力士だなんて…」

彩様の口から出た言葉に一抹の不安を感じつつわたしは1・2歩下がりますが、

それと同時に、

トクン…

トクン…

と胸の鼓動が早くなってきたことに気づきました。

「あれ?

 なんか…変です…」

激しく鼓動をはじめた胸を押さえながらわたしはそうつぶやくと、

「廻しに塗ったお薬が雪乃さんのお股から吸収されたのですね」

と彩様は言います。

「!!っ、

 彩様っ

 それって何です?

 こっこの廻しに何をしたのです?

 まさか…だってさっきお爺様のお薬は無くなったって…」

全身から汗を噴出し、

荒い息を吐きながらわたしは問い尋ねますと、

「えぇ…

 確かにお爺様のお薬は再現できません。

 でも、わたしもお爺様の孫です。

 お爺様が残した日記などからお爺様がどこに行き、

 そこで何を手に入れたのかぐらいは判ります。

 ふふっ、

 完全な性転換にはなりませんが、

 でも、雪乃さん。

 あなたの体を逞しく作り変えるぐらい…

 簡単にで・き・ま・す・よ」

と彩さまはわたしに告げたのです。

・・・・・・・・・・


「つくづく恐ろしい女だ…AYAは」

話を聞いたわたしはそう思っていると、

「廻しに塗りこめられた薬によってわたしの体の筋肉は急激に発達してしまうと、

 体の奥底から湧き上がってくる力がおさえ切れなくなり、

 わたしは土俵に上ると廻し姿のメイドたちに勝負を申し込み、

 次々と放り投げて見せたのです。

 けど、彩様には敵いませんでした。

 そう、筋肉隆々のわたしが土俵で暴れていると、

 まるで正義の味方のごとく廻しを締めた彩様が現れ、

 わたしに相撲勝負を申し込んだのです。

 わたしをこんな姿にした張本人が相撲勝負を申し込んてきたのです。

 わたしは二つ返事でその申し入れを受けました。

 一突きで吹き飛ばす。

 その意気込みでわたしは突進しましたが、

 逆に彩様の一突きで吹き飛ばされてしまったのです。

 そして、そのとき彩様の体には人並みはずれた力があることと、

 その力をフルに使って思う存分相撲が出来る相手を欲していたのが判ったのです」

「それって、酷くないですか?」

「酷いです。

 彩様は元の姿に戻りたかったらわたしを倒しなさい。

 と条件を付けたのですから」

「それで…」

「元の女の子に戻るため、

 彩様に勝つためにわたしは稽古を重ねました。

 でも、稽古をするごとに彩さまの薬はわたしを女性から遠い姿へと変えてゆき、

 わたしは制服を着て登校することすら出来なくなってしまったのです。

 だってそうでしょう。

 背が伸び、

 筋肉を張り出した姿で登校なんて出来ません。

 わたしの体は女の子ではなくなっていたのですから…

 すると、彩様はいまわたしが居る相撲部屋を紹介したのです。

 ここなら気兼ねなく相撲の稽古が出来るから、という理由です。

 はっきり言って悔しかった。

 なんで、女の子のわたしが相撲取りとして廻しを締め、

 髷を結って相撲を取らないとならないのか、

 でもどうすることも出来ないのも事実でした。

 泣く泣く男として相撲部屋に入門したのです。

 そして、歯を食いしばり稽古を重ねて横綱になったのです」

「AYAとは相撲勝負をしたのですか?

 約束したんでしょう?

 AYAとの勝負に勝ったら元の女の子に戻すと」

話を聞き終えたわたしは横綱に質問をすると、

「えぇ、横綱に昇進をしたその日、

 わたしはあの国技館でAYAと勝負をしました。

 でも…敵いませんでした。

 毬乃山っ、

 もし、AYAに一矢報くおう考えるのなら、

 単に体を鍛え相撲道に精進するだけでは勝てませんよ、

 そして、AYAには取って置きの武器があります」

わたしに向かって横綱はそう言うと、

パァン!

気合を入れるかのように腿を叩き、

「どすこいっ!」

とシコを踏み始めたのです。



つづく