風祭文庫・アスリート変身の館






「螺旋」
(第5話:彼女の犠牲者)


作・風祭玲

Vol.1034





「いいわ、

 取り直しってことにしましょう」

スタイルの良い裸体に赤い相撲廻しを締めた姿のAYAは

あたしに向かってそう言うと、

サッ

足先で砂に隠れてしまった仕切り線を掻きだして見せます。

そして、

ポンッ

ポンッ

と挑発するように腰の赤廻しを叩いて見せると、

「ぐっ」

あたしは歯を食いしばって立ち上がります。

「こんなところで負けてたまるか」

の一心であたしは唇をかみ締めつつ仕切り線に戻ると、

ザッ

彼女と同じように足先で仕切り線を掻きだし、

「はっ」

パァンッ

気合いを入れ直すために自分の腿を叩いて足を上げます。

そして、

ズンッ

ズンッ

とシコを数回踏んで見せたのです。

「くふっ、

 期待していますわ」

そんなわたしの姿を眺めながらAYAはまた笑いますが、

「ふんっ」

あたしは一切気に留めずに蹲踞・塵浄水をして見せ、

握った拳を下げるとAYAを睨み付けたのです。

「こんどこそ…」

気合いを十分に高めたあたしはその時を待ちます。

互いの息を合わせ、

「はっけよーぃ…

 のこったぁ!」

行司の声と共にあたしは飛び出すと、

華奢なAYAの体を包み込むようにして覆いかぶさり、

その勢いのまま彼女の廻しを掴もうとしますが、

しかし、AYAは巧みにあたしの手をかわしてしまうと

すばやく後ろへと回り込みや、

思いっきり突き押したのです。

「あっ!」

華奢な彼女の体から発せられた強烈な突き押し。

決まり手は”送り倒し”でした。

そうです、AYAとの再勝負は呆気なく着いてしまいました。

と同時に館内はメイド達の黄色い歓声に包まれます。

「くっ…」

悔しさを噛みしめてあたしは土俵を降りようとすると、

「あら、たった二番で逃げ帰るつもりですの?」

と彼女はあたしを挑発したのです。

「もぅ気が済んだでしょう?

 あたしは部屋に帰ります」

AYAに向かってあたしは声を上げると、

「あらあら、

 180kgもある相撲取りが小兵に負けて逃げ帰るのですね。

 あなたがあたしに対して持っている悔しさって、

 その程度のものなのですか?

 なんかガッカリしましたわ」

と彼女は言ってのけたのです。

その途端、

「なにぃ!」

消えかけていたあたしの心に火が着くと、

ズシズシズシ

と足を鳴らしながら土俵へと戻り、

「そこまで言うのなら…

 立ち会いで小憎たらしく逃げるんじゃなくて、

 正面からこのあたしを受け止めて見せろっ!」

と怒鳴りました。

すると、

「良いですわ、

 正々堂々、あなたの突き押しを受けあげます。

 わたくしの本当の力で…」

涼しげな顔でAYAは返事をすると、

腕に嵌めていたリストバンドを外したのです。

その途端、

ザワッ

館内にざわめきの声が上がり、

ヒソヒソ

と話し声が聞こえてきます。

しかし、

「なんですってぇ…」

AYAに侮辱されたと思ったわたしは怒り心頭になっていて、

それらの音は耳には入っては来ませんでした。

こんな事はハッキリと言いたくはなかったのですが、

あたしにも相撲取り・力士としてのプライドがあります。

自分より遙かに軽く、

グラビアアイドル顔負け体型のAYAが言ったその言葉に心底腹が立つと、

「よぉしっ、

 あたしが納得するまで相撲は何番でも続けるぞ、

 お前がボロボロになっても、

 土俵に這いつくばって泣き言を言っても相撲を取るからなっ、

 後悔するなよ」

AYAを指差して怒鳴り、

ザッ!

仕切り線を掻きだすと、

ズシンッ

地響きを立てるようにしてシコを踏んで見せたのです。



「はっけよぉーぃ、

 のこったぁ!」

行司の声と共にあたしは飛び出します。

そしてAYAは忠告どおり、

その場に逃げずにあたしを待ち構えています。

「もらったぁ!」

今度こそ仕留めたと思いました。

パァンッ!

体と体が当たる鋭い音が土俵に響き渡り、

ズザザザザザ

あたしの体重をまともに喰らったAYAの体は

瞬く間に土俵際までより詰められていきます。

しかし、わたしの力をまともに受けたはずのAYAの体は

まるで重い石を動かしているかのごとく重く、

「ぐぅぅぅ!!!」

それを押すわたしは全身の力を込めていました。

一撃でこそ吹き飛ばすことは叶いませんでしたが、

でも、この体勢を覆すことは容易ではありません。

「勝った」

勝利を確信してこのまま押し切ってしまおうと、

あたしは足に力を入れます。

ググッ

ググググッ

AYAの体は次第に反り返り、

すましていた顔が真っ赤に染まっていきます。

「おらおらおら、

 後悔したって遅いぞぉ」

余裕のあたしはさらに力を入れてAYAを押しますが、

しかし、急にAYAの顔から力が抜けていくと、

「…それがあなたの精一杯ですの?」

と涼しい顔でそう問い尋ねたのです。

「え?」

彼女のその声にあたしは驚きますが、

と同時にAYAの体が鋼鉄のごとく硬くなっていくと、

一歩も動かせなくなってしまったのです。

「なにこの変化は…」

AYAの体に起きた不思議な変化…

その変化にあたしは戸惑ってしまうと、

AYAの腕が動いてあたしの廻しを掴み、

そのまま一気に

クッ!

彼女の腰が下がり体が大きく捻られたのです。

”うっちゃり”

その決まり手の名前が脳裏に響くのと同時に、

ズンッ

あたしはゴミくずのごとく、

土俵下へと投げ捨てられてしまったのです。

「なんで…」

天井を眺めながらあたしはその言葉を呟きますが、

「いま、なにをしたの?」

と怒鳴りながらすぐに立ち上がると土俵へと戻っていきます。

確かに技は間違いありませんが、

でも体格差を考えると、

AYAは相当強い力であたしを放り投げたことになります。

あの華奢なAYAが

それをやってのけたことがどうしても信じられなかったのです。

しかし、

「なにをしたって?

 言いがかりですわ」

と済まして答えるAYAを問い詰めるにはあまりにも多勢に無勢でした。

「くっ」

あたしは歯を食いしばりAYAとの相撲勝負は何番も続きましたが、

でも、吹けば消し飛んでしまうはずの彼女に一勝すらすることが出来ず、

あたしの体は砂に塗れていったのです。

「畜生っ

 畜生畜生!」

勝てない悔しさからあたしは幾度も床を叩きますと、

「さぁ、どうされました?

 もぅお仕舞いですか?

 わたくしの廻し、まだ土はついていないんですけど」

赤廻しを叩きながら土俵上のAYAは済ました顔で言います。

すると、

「もう一番っ」

「もう一番っ」

升席に座るメイドたちは一斉に声を上げたのです。

「判っているわよっ」

その声に効するようにしてあたしは立ち上がり、

「くそっ

 くそっ

 くそっ

 なんで…勝てないのよ」

そう呟きながらシコを踏み始めました。

とそのとき、

館内に設けられている大型スクリーンに

AYAが出演しているCMが流れ始めたのでした。

人気となっているシロクマ部長とOL・AYAのシリーズ

そうケータイ会社のCMです。

宴席でお酒に酔ったシロクマ部長が魔が差したらしく、

OL・AYAにセクハラしようと詰め寄りますが、

しかし、シロクマ部長はOL・AYAの見事な相撲技で

廊下へと軽々と放り出されてしまうと、

”ごめん”のメールを残してスゴスゴと帰ってしまう内容です。

シロクマ部長は公式ではCGということですが、

しかし、あまりにも自然にみえるところから、

投げ飛ばすシーンは本物のシロクマをではないか、

とネットで噂される曰くつきのCM。

そのCMを見ながら、

あたしもAYAが本当にシロクマを投げ飛ばしたのでは…と思っていると、

「あら、やだ。

 こんなところであたしのCMを流さなくてもいいのに」

CMを横目にAYAはため息をついて見せます。

「まさか、本当にシロクマを投げ飛ばしたのですか?」

AYAに向かってあたしは質問をすると、

「無粋な質問ですわね。

 言っておきますけど、

 本物のシロクマを使うなんて国際条約で禁じられていますわ」

とAYAは答えます。

「そっそうですよね…

 本物のシロクマを投げ飛ばすなんて出来ませんよね」

それにつられてあたしも返事をしますが、

「あれは白く染めたアメリカハイイログマですわ。

 地元ではグリズリーとも呼ばれているそうですが

 たしか、5歳ほどのオスグマのはずです」

と続けたのです。

それと同時に、

「どうぞ、こちらをご参照ください」

とメイドが大判の図鑑を持ってくるなり、

あたしにアメリカハイイログマの項目を見せたのでした。

その途端、

サーッ

頭から血の気が引いていく音が耳に響き、

「AYA…

 あなたって一体何者なの?」

と問い尋ねます。

「くふっ」

その言葉にAYAは異様な笑みを浮かべると、

「そっそんな体でなんでそんなに力があるの?

 それにアイドル達を力士にして相撲部屋に放り込むだなんて、

 AYAっ、

 あなたは一体、何をしようとしているの」

AYAに向かってあたしは矢継ぎ早に質問をすると、

「くふっ、

 良いですわ。

 何から教えてあげましょうか…

 まずは昔、あたしに何があったのか、

 それからお話をしましょう」

AYAはそう答え、

ザッ

仕切り線を隠す砂を足先で掻きだします。

そして、

ビシッ

ビシッ

小さな体の割には力強くシコ踏みをしてみせると、

「知りたかったら、

 わたくしに勝つことですわ」

と腰を下ろしあたしに向かって催促をしたのです。

「そんな…」

てっきり説明をしてくれると思っていたあたしは呆然としていると、

「ほらっ、

 どうしました?」

AYAはあたしに向かって言います。

そして

「はっけよぉーぃっ!」

あたしの背中を押すように行司の声が響くと、

「判りましたよ、

 もぅ、お相撲を取ればいいんでしょう。

 勝てるわけ無いのに」

と文句を言いつつあたしは頭を叩くと、

ズンッ

シコを踏み、

グッ

目の前で前屈みになっているAYAを見据えます。

そして、

「のこったぁ!」

の声と共に

パァンッ!

あたしとAYAは激しくぶつかったのです。



ハァハァ

ハァハァ

あまりにもかけ離れている体格さのあたしとAYAだけど、

でも土俵の真ん中で互角に四つに組み合っています。

「くっ、

 本当に…

 人間なの…あなたは」

まるで重い石と組み合っているような感覚を覚えながらあたしは呟くと、

「ふっ、

 こうして四つに組んでいると昔を思い出すわ」

とAYAも答えます。

「昔、昔って一体何があったの?」

AYAと力の加減を釣り合わせながらあたしは問い尋ねると、

「ふっ、

 学生時代…わたくしには1つ下の後輩が居たのですよ」

と答えます。

「それが…」

組み合いながらあたしは聞き返すと、

「くふっ、

 目のクリッとして可愛い子でしたわ。

 でも…

 いまは…すっかり変わってしまいました」

と言います。

「変わった?

 あなたみたいに、

 こんなところで相撲でも取っているの?」

それを聞いたあたしは皮肉を込めて言い返しますと、

「くふっ、

 こんなところとはご挨拶ですわね。

 あの子はあたしとは違って日の当たるところで相撲を取っているのですから」

そう答えたのです。

「日の当たる所で相撲?

 相撲って…

 まさか、その子もあたしと同じ目に…

 あなたはその後輩にオチンチンをつけて相撲取りにしたの?

 なんてひどいことを」

あたしはその後輩も彼女の手によって相撲取りにされたと思いましたが、

フンッ!

グッ!

AYAの肩に力が入ると、

ググググッ

あたしの廻しが吊り上りはじめ、

そして、

「あたしのぉ、

 話をぉ、

 最後までぇ、

 聞きなさぁい!」

と怒鳴りながらあたしを吊り上げてしまうと、

ふーっ

ふーっ

AYAは荒い息をしながらゆっくりと歩きはじめます。

そして、そのまま土俵際まで来たとき、

「ふんっ!」

AYAはつり上げていたあたしを投げ飛ばしたのでした。

”吊り出し”

負けた力士にとってはもっとも不名誉な技です。

そして、

「良く聞きなさい、鞠乃山っ

 あたしの後輩は真相撲で金剛龍と呼ばれているわ」

と廻しに手を当てながら告げたのです。



「金剛龍…」

その言葉を聞いた途端、

あたしの脳裏にハッキリと春場所で全勝優勝をした筋肉隆々の横綱の姿が思い出しました。

「まさか」

土俵上で勝ち誇る横綱の姿を思い浮かべながらあたしはそう呟くと、

「そう、あの日…

 あたし達は相撲の神様によって無理矢理相撲の廻しを締めさせられると、

 人間離れした力を与えられ、

 相撲を教え込まれたのよ。

 そして、相撲なんて関わることがなかったあたし達は相撲に魅せられ、

 夢中になっていったわ。

 互いに体を鍛え、技を磨き、汗を流し、

 この国技館を作ったのも丁度その頃。

 だけど、相撲にのめり込んでいくあたしの将来を案じたお父様が

 力封じのリストバンドを作ってくれて、

 あたしを女の子らしく生きられるようにって芸能界の方へと向かわせたの。

 でも、芸能界って世界も陰湿な世界でね、いろいろ苦労したわ。

 だけど、あたしは女としての生きることが出来た。

 でもあの子はあのまま相撲に取り込まれ、

 相撲部屋に入門するためにオチンチンをつけた挙げ句、

 自分の体をあんな筋肉の化け物にして…なんて可愛そうな子、

 横綱になったって女の子をやめてしまっては意味が無いじゃない」

とAYAはあたしに向かって言い放ったのでした。

「あのぅ

 相撲の神様って…気は確かですか?

 それに苦労した。と仰いましたけど、

 自分にとって邪魔になった女の子達を

 みんな力士にしてしまった理由を答えてください。

 真相撲の力士はみんなあなたに言葉巧みに騙された女の子達じゃないですか」

AYAに向かってあたしは問い尋ねると、

「さぁ、細かいところまでは覚えていませんね」

と嘯いてみせる。

「AYA、

 あなたが言っている事は本当の事なのですか?

 もしかして、横綱も実はあなたが無理やり改造したんじゃないのですか、

 あたしにしたことと同じように…

 AYA…あなたは大相撲で一体何をしようしているのですか」

AYAを指差してあたしは声を上げると、
 
「くふっ」

AYAはあの笑い声を上げます。

そして、

パァンッ!

締めている赤廻しを豪快に叩いてみせると、

「さて、続きはまたの機会にしますわ。

 今度はまともなお相撲が取れるように精進してくださいね。

 今日はご苦労様」

と言うと、

「わたくしはこれで下がります。

 お前たち、

 弓取り式を執り行いなさい」

そう力士姿のメイドに命じると土俵から降りて行ったのです。

「待って!」

去っていくAYAをあたしは呼び止めようとしましたが、

ブンブン

と弓を振り回し始めたメイドに邪魔をされ、

彼女を追いかけて行くことはできなかったのです。

こうしてAYAとの相撲勝負はあたしの全敗で幕が降り、

煌々と輝く土俵上より私を見下ろしながら放ったAYAの言葉が頭から離れないまま、

あたしは富嶽部屋に戻っていきました。



開放され富嶽部屋に戻った時、

あたしの頭に結われてた大銀杏は元の髷に戻され、

腰の廻しも私の汗と土俵の砂をたっぷりと含んだ雲斉木綿の廻しになっていました。

「おっ帰ってきたのね、

 鞠乃山。

 で、AYAの所はどうでした?」

部屋に戻ってきたあたしの姿を見つけて美麗山が話しかけてくると、

「あっ」

その声に私は慌てて振り返りますと、

「廻しも取らないで考え事ですか?」

と美麗山は笑って見せ、

「あそこの偽国技館を見せられたのでしょう?」

と尋ねます。

コクリ

その質問に私は頷いて見せると、

「まったく…

 何もかも両国の国技館と瓜二つに作らなくても良いのにね、

 まったく金持ちがやることは判らりません」

上げた腕を髷結う頭の後ろで組みながら美麗山はそう呟くと、

「あの…」

私は美麗山に向かって声を掛けました。

「はい?」

その言葉と同時に美麗山の目は私を見ると、

「変なことを聞きますが、

 AYAとはどれくらいの付き合いなんですか?」

と尋ねます。

「付き合い?

 それはまぁ、

 私が普通の女性だった頃…

 モーフィング娘に入るのと同時に出会ったから…

 かれこれ…」

そう呟きつつ美麗山は指を折ってみせます。

そう美麗山はかつて”高麗川久美”としてアイドルグループ”モーフィング娘”に入っていましたが、

しかし、彼女の存在を疎ましく感じたAYAの手によって力士に無理矢理改造され、

いま、大相撲三段目・美麗山として土俵に立っているのです。

「ん?

 そう、AYAの強さがやっとわかったのね。

 あの華奢な体の癖にAYAには桁外れの馬鹿力を持っている。

 そして、彼女が付けているリストバンドはその馬鹿力を封じるためのものって聞きます」

と髷が結われた頭を掻きつつ美麗山は言います。

「はい、あたし、

 リストバンドを外したAYAを見たのは初めてでしたし、

 確かにリストバンドを外したAYAの力はあたしを凌駕していました。

 なんで…AYAそんな力を持っているんですか?

 本当に相撲の神様の仕業なんですか?

 それに横綱も兄弟子と同じ元女の子だっただなんて…

 あたし、どれが本当のことなのか判らないのです」

美麗山に掴みかかるようにしてあたしは訴えます。

「横綱の話を聞かされましたか」

それを聞いた美麗山はあたしに向かって尋ねますと、

「はい」

「なるほどねぇ…

 AYAが学生時代に後輩とともに遭遇した忌まわしい事件らしいけど」

「え?」

その指摘にあたしは驚くと、

「まさか…

 AYAの話は本当だったのですか」

と聞き返します。

「うーん、そうですね。

 大筋では事実らしいけど、

 話半分と言う言葉のごとくウソが混じっている。

 ってところでしょうか」

考える素振りを見せながら美麗山はそう返事をすると、

「あっあっあっ…

 あの女ぁ〜っ」

あたしは呆気にとられるのと同時に、

平気な顔をしてウソを付いたAYAの狡猾さに腹が立ってきました。

そして、

「だったら、

 あの場であいつの顔を張り倒しておくんだった」

と土俵上では歯が立たなかったくせに大きなことを言ったのです。

「あははは…張り倒すって、

 AYAからひとつでも白星をあげることができましたか」

あたしが一生も出来なかったことを見抜いてか美麗山はそう指摘すると、

「AYAは馬鹿力の他にも

 動態視野って言う奴も獣並にすごくて、

 さらに相撲の技術も豊富。

 序の口のお前が勝てる相手でははないし、

 無論、私もですが」

と美麗山は自分でもAYAに勝てないことを言う。

「確かに華奢で廻しが似合っていなかったAYAが

 このあたしの渾身のぶちかましを受け止めた。

 やっぱり普通じゃないんだAYAは…

 そして、横綱・金剛龍もAYAの犠牲者…」

あたしはそう呟くと、

「そこにウソがあるらしいんです。

 相撲にのめりこんだのは横綱ではなくAYA本人だったってこと、

 AYA本人が相撲にのめり込んみ、

 横綱は自分の相撲の相手を求めたAYAによって、

 あの肉体に改造されたらしい」

「そんな」

衝撃的の真実にあたしはさらに驚きます。

そして、そんなあたしを見ながら、

「まさに土俵に住む魔物ですね…AYAは」

美麗山は一言そう言うと、

「ふぅ」

大きく息を継ぎ、

「なら、

 直接話を聞いてみますか?

 その横綱に」

と提案をしてきたのです。

「聞きに行くって?」

「そう、横綱に事の真相を聞くのですよ。

 AYAの口で過去のことについて説明を受けたでしょう?

 ならば、もぅ一人の当事者である横綱の口から

 直接説明を聞くべきだろうと思います」

「えぇっ!」

美麗山からの提案にあたしはさらに驚きました。

「でも…

 横綱って忙しいんでしょう?

 それに序の口のあたしなんかに話をしてくれるはずなんて」

底辺力士と頂上力士

と言うあまりにも格が違いを意識してしまったあたしはつい怖じ気づいてしまうと、

「大丈夫、相手は神様なんかじゃないですから、

 とりあえず問い合わせをしてみたらどうでしょう?」

と笑いながら美麗山は怖じ気づくあたしの肩を叩いたのでした。



「え?

 そうですか。

 あっありがとうございます。

 ではその時間にお伺いします」

幾度も頭を下げながらあたしは電話を切りますと、

「話をしてくれるって」

と後ろに立つ美麗山に向かってあたしは結果を報告します。

「だろ?

 向こうもお前に話をしたいんじゃないかな?

 AYAについて少しでも真実を知って欲しいはずだから」

「はぁ…」

「どうした?

 イヤなのですか?」

「いえ、

 ただ、横綱と話が出来るなんて…

 なんか夢みたいで…」

力士の頂点に立つ金剛龍と直接話が出来ることにわたしは戸惑っていると、

「何を言って居るんです。

 あなたがそんなに弱気なら…

 一丁、可愛がってあげますよ」

笑みを見せつつ美麗山は羽織っていた着流しを脱ぐと、

パァンッ

中に締めていた廻しを豪快に叩きます。

「え?

 いっ今からですかぁ?」

それを見たあたしは思わずたじろいでしまうと、

「鞠乃山っ、

 廻しを締め直してさっさと土俵にのぼれ!」

先に土俵に入った美麗山はあたしに向かって命令をすると、

パァンッ

腿を叩き、

ズンッ!

振り上げた足を叩き付けたのでした。



「まったくもぅ…

 美麗山ったら、

 いつもよりも激しいんだから」

顔に出来た痣をさすりつつあたしは一人で街中を歩いていきます。

ここはあたしの部屋・富岳部屋より地下鉄で2駅ほど移動したとある街。

近所に相撲部屋があるせいでしょうか、

着流し姿に髷を結う大男が街を歩いても道行く人は誰も振り返りません。

それだけ力士の存在が当たり前になっている証拠なのでしょうけど、

でも、この大男に見える人物が実は女性であることなんて、

当然誰も判らないみたいです。

「はぁ…

 すっかりお相撲さんとして見られているんだな」

無反応の街の様子を見てあたしは心の中でそう呟きます。

AYAの手でオチンチンを着けられ、

富岳部屋に放り込まれたばかりの頃は脱走しないように。

と監視役の兄弟子達が着いて回っていましたが、

でも、体重が増え、身長が伸びて、

すっかり力士の肉体へ変貌してしまった頃より、

あたしは単独行動を許されるようになったのです。

「ごめんください」

”金剛部屋”

と言う看板が掛かる正面玄関にあたしの声が響き渡りますが、

でも

「………」

建物の中からは返事が返ってきません。

「あれ?

 誰もいないのかな?」

無反応の様子にあたしは不安になりながら、

玄関ドアを開けますと、

その途端、

ズンッ!

大きな音と共に建物が大きく揺らいだのです。

「うわっ

 地震?」

突然のことにあたしは驚きますと、

ズシンッ

またしても建物が揺らぎました。

ズシンッ

ズシンッ

まるでリズムを取るかのように揺れる建物にあたしは訝しがりながら、

「失礼します…」

と声を掛けて中へと入ると、

音のする方向へと向かいます。

そして、視界が開くのと同時に稽古場へと入り込んでしまうと、

あたしの目に白廻しを締め、

筋肉を大きく盛り上げた人の後ろ姿が飛び込んできたのです。

「うわっ」

驚きながらもそれを良く見ると、

背を向ける人の首、肩、腕、背、臀、脚の筋肉がはち切れんばかりに盛り上がり、

そして、

ハッ

そのかけ声と共に体の各部が一斉に動くや、

ズシンッ

あたしの部屋にあるテッポウ柱の2倍以上の太さがあるテッポウ柱が大きく振動し、

その振動を受けて稽古場の建物そのものが共振していたのです。

「すごい…」

とても人間技とは思えない強烈なテッポウにあたしは肝を潰す反面、

もし、この方が横綱・金剛龍だとしたら、

男性でもあり得ないほどの筋肉隆々の肉体を持つ元女性ということになります。

「横綱の体ってよく見たことがないけど、

 でも、この人が本当に横綱なのかな…」

こわごわと稽古場を覗き込みながらあたしはそう呟いていると、

「誰だ…」

稽古場に男性の低い声が響き渡ります。

まさしく金剛龍の声です。それは

「え?

 あっあのぅ…

 ふっ富岳部屋の鞠乃山ですが…」

ピタリと体を止めている相手に向かって恐る恐る声を掛けると、

ズンッ!

それに返事をするかのようにテッポウ柱が再び揺れます。

そして、

ふぅ…

大きく息を継ぎながら彼はあたしの方を振り返ると、

そこには紛れもない横綱・金剛龍の顔がありました。

「よっ横綱…」

力士の頂点に立つ横綱より溢れてくるパワーに押されてか、

あたしは声を失っていると、

ふっ

横綱は気を抜くように軽く笑い、

そして、

「相撲取りと言うことは

 あなたもAYAの犠牲者なのでしょう?」

とその容姿からはとても似つかわしくない女言葉で話しかけてきたのです。

「はっ…

 はいっ」

その言葉にあたしも緊張感が一気に抜けていくのを感じながら返事をしますと、

「それは災難でしたね」

と言いつつ横綱は汗が流れる汗を拭う仕草をして見せます。

「あっすみません」

その仕草を見た途端、

あたしは稽古場の隅に掛けてあるタオルへと駆け寄り、

「横綱のタオルはこれでよろしいんですよね」

そう確かめた後、

急いで汗に濡れている横綱の体を拭き始めたのです。

「おい、なんだよっ

 お前は俺の付き人か?」

そんなあたしに向かって横綱は笑い声で話掛けると、

「あっ!」

あたしは手を止めて顔を真っ赤にしてしまいました。

「まぁいい、

 どら、立ち話もなんだから…」

と横綱は言いつつ着流しを軽く羽織り、

桟敷へと向かっていきます。

そして、

「どっこらせ」

その掛け声とともに腰を掛けると、

「しばらくの間、

 ここにはあたし以外誰も来ないわ。

 さて、AYAの手で力士にされたあなたがあたしに聞きたいこととなると、

 あの私設国技館でAYAと相撲を取らされて、

 そして、あたしが相撲に取り込まれてしまって、

 それを助けられなかったことを悔やんでいる。

 ってなことを言われたんでしょう」

あたしを指さして横綱はそう指摘しますと、

コクリ

コクリ

あたしは2回首を縦に振りました。

すると、

「判りました。

 とりあえず、

 あたしとAYAとの間に何があったのかお話をしましょう」

意を決したように横綱は言い、

あたしにAYAと横綱の身に起きた事件について話を始めたのでした。

「あれは…そうだなぁ…」

と彼、いえ、彼女の身に起きた出来事を話し始めたのです。

・・・・・・・・・・



つづく