風祭文庫・アスリート変身の館






「螺旋」
(第1話:奪われた幸せ)


作・風祭玲

Vol.1038





…土俵には魔物が棲んでいる。

この話を聞いたのはいつのことだっけ…



ワァァァァ!!!

大相撲・九州場所千秋楽。

座布団が舞踊り、

一斉に湧き上がる歓声の中。

あたしは土俵近くの升席より、

土俵上で仁王立ちになっている一人の力士を感慨深げに見上げていました。

連勝同士の対戦、

相手は破竹の勢いの大関。

そしてそれを迎え撃つ横綱・金剛龍…

相撲のことはよくわかりませんが、

でも仁王像の如く均整のとれた肉体美を見せているこの横綱は、

鋭い当たりとパワーで押してくる大関の体をしっかりと受け止めてしまうどころか、

相手を軽々とつり上げてしまうと、

土俵の外へと放り出してしまったのです。

完璧な横綱相撲。

「すごい…」

人間の肉体はここまで鍛えられるのか。

と見惚れてしまいそうな筋肉美を見せ付ける横綱の姿に

あたしはただ感動をしていると、

「だらしがない大関だ。

 土俵には魔物が棲んでいる。っていうのに、

 その魔物にまんまと喰われおって」

と横の席から鼻で笑う声が聞こえてきました。

「え?」

その言葉にあたしは思わず横を向くと、

「よっこらしょっ」

白髪頭の初老の男性がゆっくりと腰を上げて立ち去って行きます。

そして、

「土俵に棲む魔物…」

男性が語ったその言葉だけがあたしの頭に残っていたのでした。



「本当に凄いですね、

 横綱は…今場所も全勝優勝でしたっけ」

空港へ向かうタクシーの中。

あの大一番の興奮を思い出しながら

あたしは隣りに座る彼に話しかけますと、

「うんっ、

 今の金剛龍は気合も体力も一番充実している。

 ずっと彼を応援してきた僕の目に狂いは無かったし、

 わざわざ福岡まで来た甲斐があったよ。

 本当は宿舎に出向いて、

 タニマチとして何かお祝いの言葉を言ってあげるべきだけど、

 あいにく予定が入っていてね。

 無論、君もここまで引っ張って来ながら、

 東京にとんぼ返りだなんてデリカシーの無い男だと思っているだろう。

 ごめんな」

と彼は金剛龍を褒め称えた後、

日帰りで東京に帰ることを謝ります。

「あっ気にしないでください。

 あたしこそ日帰りであることを承知して付いてきたのですから、

 でも…土俵に住む魔物って金剛龍のような人を指すんですね」

そんな彼の手にあたしは自分の手を重ね合わせてそう話しかけますと、

「土俵に棲む魔物…?」

と彼はあたしの言葉を繰り返してみせます。

「あぁ…

 隣に座っていたおじいさんが言っていたんです。

 だらしがない大関だ。

 土俵に棲む魔物にまんまと喰われて…って」

彼に向かってあたしはそう返すと、

「土俵に棲む魔物か…

 うん、確かにそうだけど、

 でもそれを言うなら…なぁ」

彼は白い歯を見せながら頷きつつ意味深な事をいいます。

「?」

彼のその言葉を聞いたあたしは小首を傾げてみせると、

「いや…

 君には関係がないことだ。

 そうだ、

 来月のクリスマス・イブ、予定入っている?」

と聞き返してきました。

「クリスマス・イブですか?

 えぇ…何も予定はありませんが」

突然の質問にあたしは驚きながら返事をしますと、

「じゃぁクリスマス・イブの夜から朝まで予約したよ」

彼はあたしの手を握りそう囁いたのです。

「えぇ!!」

まさに天に昇る気持ちとはこのことを言うのでしょうか。

夜から朝まで…それはあたしへの愛を確かめることに相違ありません。

あたしの胸は一気に高鳴り、

全ての感覚が消えていきます。

…あぁ…ついにこの時が来たんだわ。

…あぁ…幸せってこう言うことを言うのね…

…あぁ…いつまでも続いてほしいぃぃぃ…



「…ぃ…」

「…輿ぃ…」

「玉乃輿ぃ…」

幸せに包まれているあたしに向かって誰かが叫んでいます。

そして、声が徐々に近づいてきますと、

バシャァァ!!

いきなり水が頭から掛けられました。

「うわぷっ!」

突然のことにあたしは飛び上がりますと、

パァンッ!

「誰が稽古中に”寝ろ”と言ったぁ!」

耳元でドスの利いた怒鳴り声が響き渡るのと同時に

あたしの腿に熱い痛みが広がってきます。

「すっすみませんっ」

掠れかかった声を上げてあたしは立ち上がりますと、

「寝ていた罰としてシコ踏み200回っ

 すぐにやれ!」

鋭い視線をあたしに向けながら、

Tシャツ姿の中年男性は手にした竹刀で自分の肩を叩きつつ命令をします。

「ごっつあんですっ」

その言葉にあたしは頭をぺこりと下げて返事をしますと、

パァンッ

パァンッ

両頬を2回叩いて立ち上がりますが、

すぐに梅雨時特有の蒸し暑さがあたしの体を包み込んでしまいます。

「暑い…」

今年の梅雨は例年以上に蒸し暑く、

噴出す汗は蒸発することなく腰に締めている廻しへと吸い込まれていきます。

こうして、次第に錘のようになっていく廻しを叩き、

あたしは腰を落とし片足に全体重を掛けると、

浮いた片足を高々と上げてシコを踏むのです。

「はぁはぁ」

「はぁはぁ」

踏み初めには威勢よく掛けていた声はいつの間にか出なくなり、

代わりに荒い息遣いをしながらあたしは片足を上げると、

ドスンッ!

と踏みしめるように上げた足を土間に打ち付けます。

そしてそんなわたしの眼前では、

「おらぁおらぁ、

 腰が高いって言っているだろう」

「美麗山っ、

 なんだそのへっぴり腰は!」

「体が動いていないぞぉ!」

わたしと同じように鍛え上げた体に黒廻しを締め頭に髷を結う、

”力士”と呼ばれる人達が激しい稽古を行っているのです。

その彼らに向かってさっきの中年男性…

いえ、この相撲部屋の親方は竹刀で叩きつつ檄を飛ばすと、

「ごっつぁんですっ」

汗しぶきを振りまき力士はぶつかり合います。

ふと外を見ますと、

梅雨の晴れ間から顔を出した日差しが稽古場に差し込んできます。

朝日が差し込む相撲部屋の稽古場。

その稽古場で序の口力士として稽古をしているのがいまのあたしの姿なのです。



大都会の下町に居を構えるこの相撲部屋に連れてこられて、

もぅどれくらいの月日が流れたのでしょうか。

1年…

2年…

ううん、3年…

途方もない月日が流れたように感じていますが、

でも親方が言うにはまだ半年だそうです。

まだ、半年…たった半年しか経っていないのに…

クッ!

あたしは筋肉で太くなった脚を高々と上けると、

そのまま一直線に

ビシッ!

脚を地面に打ち付けます。

バッ!

それと同時に滝のように身体から流れ出る汗が一斉に飛び散り、

ブルンッ!

大きく膨れたお腹が揺れますと、

一歩遅れて潰れた鏡餅のような乳房が震えます。

つい半年前まであたしはこんなに姿ではありませんでした。

美しく膨らんだCカップのバスト。

細い腕。

括れたウェスト。

張り出したヒップに細く長い脚…

身長は170cmと女性としては高めでありながらも、

メリハリの利いた体型で行きかう男達の目を全て奪ってしまう存在。

それがあたしでした。

そう、それがあたし…あたしだったのです。

無論、美人コンテストで優勝もしたことも幾度もありましたし、

モデルをしてみないかとスカウトもされたこともありました。

でも、男達の視線を一点に集めていたあたしの股間には

無粋で色気のかけらも無い漆黒の木綿廻しが締められ、

毎日念入りに手入れをしていたロングの髪は

鬢付けが塗りこまれ髷として頭の上に結い上げられています。

「玉乃輿っ、

 目が覚めたか、

 こっちにこいっ、

 可愛がってやる」

土俵に立つ兄弟子・美麗山がここでのあたしの名前を呼びました。

「はっはいっ」

その声を受けてあたしはシコ踏みをやめると、

「お願いしますっ」

の声と共に土俵に立ちます。

ザラッ

この場で流した男たちの汗と血をたっぷりと含んでいる砂を足先で掛け分け、

ゆっくりと腰を下ろしたあたしは小山のような美麗山を見つめます。

「でかい図体してさっきみたいに張り手一発で気を失うなよぉ」

集まってきた力士達からそんな冷やかしが飛びますと、

「うっ」

あたしは思わず頬を赤くしてしまいました。

すると、

「玉乃輿っ、

 集中しろ」

と美麗山の声が飛び、

「ごっつあんですっ」

あたしはそう返事をすると、

グッ

腰を落として低く構えます。

土俵の周りには巨漢の者達が壁のように取り囲んでいます。

山のように立ちはだかるこれらの峰は遠く横綱まで連なっているのです。

そして生きていくためにあたしはこの山々を乗り越えなくてはなりません。

そう…それが相撲取りとして生きるあたしなのです。



パンッ!

土俵に拍手の音が一斉に響き渡ると今日の稽古は終わります。

体中に砂をまぶし傷だらけのあたしも土俵の隅で拍手を叩き稽古を終えるのですが、

でもここで廻しを外すことは出来ません。

食事の支度にお掃除、そして大勢居る兄弟子達のお世話。

新弟子であるあたしにはまだまだこなさなければならない事がいっぱいあるのです。

夕方、

「あっママ、

 お相撲さんだ」

廻しの上に着流しを羽織っただけの姿で、

表で干してあります兄弟子達の廻しの片づけをしていたとき、

不意にその声があたしの傍で響きました。

「え?」

声がした方を振り向きますと、

歳は5歳くらいでしょうか、

1人の女の子があたしに近寄り指をさしていていました。

廻しを干しているのは大通りに面する部屋の駐車場、

一般の人たちの目に付く所でもあります。

「お相撲さん…」

女の子を見つめながらあたしは彼女が発したその言葉を復唱していますと、

「すっすみません…お仕事をお邪魔してしまって」

その女の子の母親でしょうか、

20代半ばと思える女性が目の前に飛び出してくるなり、

あたしに幾度も謝りながら女の子の手を引いていきます。

「………」

笑顔で親子を見送った後、

あたしは俯くと飛び出すお腹が目に入ります。

「確かに…お相撲さんよね…」

自傷気味に呟きながら顔を上げると、

脇に止められている軽自動車のガラス窓にいまのあたしの姿が映し出されます。

ギュッ

その姿を見てあたしは唇をかみしめます。

髷が結われた頭、

部屋の名前が染め抜かれた着流し、

そして腰に締められている漆黒の廻し…

幾度見直してもそこに映っているのは力士と呼ばれる存在です。

しかもそれだけではありません。

この廻しの中…

そうあたしのお股にはあるはずの無いオチンチンが付いているのです。

オチンチンを付けられ、

髷を結い、

廻しを締め、

力士として相撲の稽古に励むあたし…

幸せの絶頂だったあたしからすべてを奪ったのはたった一人の女なのです。



事の起こりは3年前。

無理やり背負わされた借金の返済のため始めた”お水”の仕事だけど、

どうしても辛気臭い女を演じてしまうあたしにはあまり客がつきませんでした。

「どうしよう…

 このままじゃぁ」

借金返済の目処も立たず、

途方にくれていたそんなあたしの前に彼が現れたのです。

出版業から身を起こし、

苦労をしながら先を見据えた企業買収で会社を大きくして、

ついには国内大手の携帯会社までも手中に収めたやり手の男です。

文字通り超が10個以上つくお得意様。

無論、あたしは彼の名前は知っていましたが、

けど、所詮は雲の上の人だと思っていました。

でも、彼は必ずあたしを指名してくださり、

あたしにいろんなことを語ってくださったのです。

会社の拡大が一段落したので倒産しかけたプロ野球球団を買収したことや、

成績が低迷しているサッカーチームに巨額の出資をして立て直したこと。

さらにはオリンピックの招致もしてみたいと語ってくれました。

もぅあたしにとっては何がなんだかさっぱりわかりません。

けど彼なら本当に実現してしまうようにも思えました。

そして、彼が相撲部屋のタニマチであることも語ると、

わざわざ九州まであたしを連れて行って

本物の相撲を見せてくれたのです。

昔と違って逞しくてイケメンが多くなった力士達を見ますと、

不祥事などのせいでその存続すら危ぶまれてしまった事がうそのようです。

その中でも横綱である金剛龍は体格・技・強さ、そしてルックスなどありとあらゆる点で、

ほかの力士を寄せ付けず君臨していたのでした。

でも、それはあたしにとって関係の無いことだと思っていました。



そして迎えたクリスマス・イブの夜。

都心に聳え立つ高級ホテルの最上階よりクリスマスの彩が染める街を見下ろしながら

あたしは彼に抱かれたのです。

幸せでした。

本当に幸せでした。

広くて大きなベッドの上に押し倒され、

彼が行う抱擁を体全体感じながら、

あたしと彼は唇を重ね合わせようとしました。

けど、それと同時に

バンッ!

部屋の玄関ドアが蹴破られるようにして開けられたのです。

ヒュォォォォッ

部屋を満たしていた暖かい空気が一気に抜け、

変わって冷たい空気が部屋の中を支配して行きます。

「誰だ!」

抱擁をやめた彼が声を上げると、

「メリークリスマス…ですわ」

とどこかで聞いたよな女性の声が響きます。

その途端、

ビクッ!

あたしの胸を弄っていた彼の手が動き、

指先がプルプルと震え始めたのです。

「だっ誰?」

明かりを落としているために相手の姿はハッキリとは見えませんが、

確かに女性らしきシルエットがこっちに向かってきているのは判ります。

「なっなんで…

 どうしてここが判ったんだ。

 絶対に秘密にしていたのに」

震える声で彼はそう呟くと、

「くふっ」

女性は口元に手を当てる仕草をしながら小さく笑い、

パチンッ!

と指を鳴らしたのです。

すると、

パッ!

落とされていた部屋の照明が灯り、

部屋に入ってきた女性の姿がハッキリと見えたのです。



「うそ…」

あたしと彼の前に立つ女性…

それは映画やテレビドラマ・CMで大活躍している若手女優・AYAでした。

「あっAYA…」

映画やテレビドラマ・写真集でしか見たことが無いAYA本人です。

はじめて実物を見るAYAは思っていたよりも背は低く、

軽くまとめたショートヘアと薄めのメイクがどこか快活な少女を思わせます。

彼女を見つめながらあたしは彼女の名前を呟くと、

キラリと彼女の両腕に填められたリストバンドが光ります。

いま年頃の女の子の間で大流行しているリストバンド。

その火付け役もAYAでした。

「こんばんわ、

 泥棒猫さん」

彼女はあたしは蔑むように見つめながら挨拶をしてみせます。

そして、その彼女の態度と言葉を聞いた途端、

「なっ、

 なんですってぇ!」

あたしは無性に腹が立ち、

「誰が泥棒猫ですってぇ!

 あなたこそ何しに来の?

 ここから直ぐに出ていきなさいっ!」

そう怒鳴りながらあたしはベッドから飛び降り、

彼女の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしますが、

パシッ

その伸ばしたあたしの手をAYAは掴み取った途端、

ミシッ!

握られたあたしの手に激痛が走ったのです。

「痛いっ!」

女性とは思えない握力です。

「やめてぇ、

 痛い!」

体を捻りながらあたしはそう訴えますと、

「あら、ごめんなさい。

 ちょっと本気出しちゃった」

とわざとらしくAYAは謝ると、

スグに手を離しますが、

その直後、

フワッ

あたしの体が浮き上がったのです。

と同時に、

グルン!

視界が一回転してしまうと、

「きゃっ!」

ドスンッ!

あたしは厚い絨毯が張られている床に叩きつけられたのでした。

何がなんだか判りません。

「…だっ大丈夫か」

投げ飛ばされて呆然としているあたしに向かって彼の声が追って響くと、

「おっおいっ、

 いきなりの乱暴はやめろよな…なっ」

となだめる様にAYAに注意します。

彼の声を聞いたあたしは、

「痛ぁーぃ」

ワザとらしく腰をさすりながら起き上がり、

「ねぇ警察を呼んで」

と彼に言いますが、

しかし、彼はAYAを見つめたまま動きませんでした。

「どうしたの?

 ねぇ…

 早く警察を呼んでよ。

 …まさか、AYAだからって手加減をしたの?

 って言うか、なんでこの部屋にAYAが来ているの?

 TV番組かなにかの収録?

 ちょっとぉ、

 誰か責任者出てきてよぉ、

 これって犯罪ですよぉ

 あたし、絶対に許さないんだからぁ!」

てっきりTV番組の収録だろうと思ったあたしは腰をさすりながら、

隣の部屋を覗き込むと、

「………」

そこには黒スーツに黒メガネを掛けた屈強の男たちが立ち並び、

威圧するかのように無言であたしを見つめ返したのです。

「ひっ!

 なっなにこれ?

 なっなんの番組なの?」

男たちの姿に驚いたあたしは震える声で尋ねますが、

「………」

しかし、男たちは相変わらず壁のように立ちはだかり、

無言でわたしを見つめます。

「ちょっと何か言ったらどうなのよ」

薄気味悪さを感じながらあたしは声を上げますと、

コツリ…

杖の付く音が響くや、

男たちの横から和服姿の老人が姿を見せ、

「お嬢さん、

 何も尋ねずに直ぐにここから去りなさい」

と警告をしてきたのです。

「え?

 立ち去れって…

 どういう事?

 イヤよっ、

 今夜はあたしにとって大切な夜なのよっ、

 あっあなた達こそ出て行ってよ。

 もぅ、AYAが来たと思ったら、

 今度は変な男たちがって、

 さらにあたしに出て行けって…

 今夜の主役はこのあたしなのよっ、

 このあたしが彼に告白されて…幸せになるはずなんだからぁ!

 もぅみんな出て行って!!」

癇癪を起こすようにあたしは老人に向かって手を上げかけたとき、

ムンズ

いきなり肩を掴まれました。

ギリギリギリ…

男性のそれを上回る強い力です。

「なにをするのよ…」

痛みをこらえてあたしが振り返るのと同時に、

ビュッ!

目の前に握られた拳が迫り、

強い衝撃と同時にあたしは再び宙を舞い、

そのまま床に叩きつけられます。

「そんな…

 そんな…」

あたしは熱を帯びて痛む頬を押さえながら、

涙いっぱいに天井を見つめ続けていますと、

「何が主役ですって?

 笑わせないでくださいな」

とAYAの声が響くと、

フワッと目の前が暗くなるのと同時に、

ドスンッ!

彼女のお尻があたしの顔に落とされたのでした。

これ以上の屈辱はありません。

「ちっちっ畜生…」

全身の力を振り絞ってあたしは抵抗をしますが、

「あら、まだ逆らう気ですの?」

AYAは意外そうな声を上げ、

少し腰を浮かせた後、

ズンッ!

全体重をかけるようにして腰を落としたのです。

「ぐわっ!」

彼女のお尻の下であたしの悲鳴を上げますが、

しかしAYAは今度は腰を上げすに、

グリグリ

とお尻を捻るようにして動かし、

「わたくしとは関係ないですって?

 くふっ、

 よくもそんなことを言えましたわね。

 でも、よろしいですわ。

 この質問の返答次第では聞かなかったことにしてあげます」

と言うと、

「ねぇ、わたくしと…こいつ、どちらを取るのですか?」

AYAは彼に向かって問い尋ねたのです。

「何を言っているのっ、

 ちょっとそこをどいてよっ」

AYAの言葉に驚いたあたしは声を上げようとしますが、

しかし、頭を彼女の尻で押さえられているために

立ち上がって言い返すことができません。

すると、

「思い出してください。

 あなたが今の地位にいるのは誰のお陰なのか、

 今の事業を行えるのは誰のお陰なのか、

 そこをよっく思い出してくださいな」

とAYAは警告するように告げたのです。

「え?」

その言葉にあたしは驚くと、

「そうだ、泥棒猫さんにも教えておきましょう。

 この男の事業はすべてわたくしが提供した資金で賄われましたのよ。

 わたくしが居たからこそ、この男は出世しましたの。

 くふっ、

 誰が一番偉いのか、どんなバカでも判りますわよね」

あたしに向かってAYAはそう言ったのです。

「そんな…」

彼女の口から出た衝撃的な言葉にあたしの闘争心が萎えかけたとき、

「…早く決断しないとこの泥棒猫さん。

 わたくしのお尻で押し潰してしまいますけど。

 それでもよろしくて」

と冗談にも聞こえる脅し文句を言ったのです。

すると、

「判った…よ。

 僕にとっての一番は静香だよ」

と彼の声が響き、

この部屋から立ち去っていく彼の足音が聞こえたのです。



「そんな…

 そんな…

 そんなぁ!」

文字通り、あたしは彼に捨てられたのです。

そして、

「くふっ、

 ふふふふふふ…

 あははははは!!!」

そんなあたしに追い打ちをかけるようにしてAYAの笑い声が聞こえてくると、

「ちくしょうっ」

彼に捨てられた悔しさが

AYAへの憎悪に変わるまでそんなに時間はかかることはなく、

「このぉ!」

堪忍袋の尾が切れたあたしは手をあげると、

「どけぇぇぇぇ!!」

あたしは力の限りを振り絞って体を起こし、

AYAの尻の下から自分の顔を引っ張り出したのです。

「あら、わたくしの下から良く出てこられましたわ。

 泥棒猫さんって意外と力持ちなんですね。

 それにしても、(プッ)なんてひどい顔…」

彼女の尻と床に擦られメイクが剥がれ落ちてしまったあたしの顔を見て、

AYAは小さく笑いますが、

「お前…

 許さないっ!」

怒り心頭のあたしはこの悔しさをぶつける様にして手を上げました。

しかし、

「あらぁ?

 わたくしと勝負ですかぁ?

 でも、よろしくてよ。

 わたくしも泥棒猫さんが許せなくなったところなの」

あたしを見上げながらAYAは落ち着いた口調でそういうと、

腰を上げ、

手に填めているリストバンドを外して見せます。

そして、そのまま中腰になるとスカートをめくりあげると、

「どすこいっ!」

「どすこいっ!」

と相撲の掛け声を上げながら力士のシコ踏みを始めたのです。

すると、

ズシンッ

ズシンッ

AYAが足を踏み下ろすごとにスィートルームの床は揺れ、

また、ホテルの建物も振動するように揺れ始めます。

「うそっ、

 そんなぁ…」

AYAのシコ踏みの威力にあたしは驚くと、

「どすこいっ!」

ズンッ!

一際大きく掛け声上げながらAYAは足を下ろし、

ズズ…ズズズッ

足をにじり寄せながら横綱がする土俵入りをしてみせたのでした。

「おっお相撲の真似事なんて…

 へっ変な子…」

そんなAYAを見てあたしは負けん気からか鼻で笑ってみせると、

ニヤッ

彼女の顔が歪むような笑みを見せます。

「なっ何がおかしいのよっ」

明らかにあたしを馬鹿にするようなその笑みに不快感を示しつつ、

あたしは声を上げますが、

「くふっ」

AYAは鼻で笑って見せたのでした。

ムカッ!

それを見た途端、

あたしは鼻息荒くAYAに近づきますが、

AYAは前かがみになって膝を曲げると腕を床に下ろしました。

そう、お相撲さんが土俵の上でするあのポーズです。

そして、

クンッ

彼女の拳が軽く床を蹴ると、

「どすこいっ!」

の怒鳴り声と共に空気を切る音が迫ると、

パァァァン!!

強烈な衝撃があたしを襲い、

周囲の景色がまるで高速で回るメリーゴーランドのように急回転したのです。

そして、

ドォンッ!

激しく壁に当ってしまうと、

あたしの体は大きく弾んで床に倒れ、

そのままぐるぐる動き続ける天井を見つめていたのでした。



「なに?

 AYAに張り倒されたの?」

人の手形状に痛む顔を押さえながら

あたしはAYAに張り倒されたことに気がつくと、

それと同時に彼女の力の強さに驚きました。

けど、ここで引き下がるわけにはいきません。

「このぉ」

なおもAYAの横っ面を叩こうとあたしは起き上がると、

おぼつかない足取りながら、

外したリストバンドを填めているAYAに飛びかかったのです。

今を思えばこの時、負け犬の如く逃げ出すべきでした。

そう、AYAの前から即刻消え去るべきでした。

でも、頭に血が上っていたあたしは無謀にもAYAに向かって拳を振り上げたのです。

「この小生意気な女の顔を思いっきりぶん殴る」

そう念じながらあたしは握った拳をAYAの顔に向けて放ちました。

けど、

グッ!

振り上げたあたしの拳がピクリとも動かないのです。

「!!っ

 なに?、なんで」

まるで何者かに掴まれているかの如く拳は動きません。

「離して、

 離してよ」

動かない腕を幾度も引っ張りながらあたしは声をあげていると、

グッ!

片方の腕も掴まれてしまい、

あたしは万歳をした姿でAYAの前に吊るされていたのです。

恐る恐る振り返ってみますと、

真後ろには黒スーツにサングラスを掛けた屈強な男があたしの腕を捕まえています。

まるでドラマの1シーンです。

「はっ離してぇ!!」

部屋にあたしの悲鳴が響きますが、

当然悲鳴を聞きつけて助けに来る人なんて居ません。

吊り下げられたあたしの前に腕にAYAが悠然と立つと、

そっとあたしの頬に自分の手を添え、

「あらあら、

 わたくしの張り手をまともに食らったのに

 まだ立ち向かえるのですね。

 随分と頑丈な体ですこと。

 くふっ、

 で、どうでした?

 彼に抱かれかけた感想は」

と囁いたのです。

「それがどうしたって言うのよ」

AYAに向かってあたしは気丈に言い返すと、

パンッ!

あたしの頬が平手で叩かれました。

でも、さっきよりも弱い力です。

そして、

「くふっ、

 どんな感じだった?

 彼に抱きしめられた感じは気持ちよかった?

 さぞかし気持ちよかったんでしょうね。

 邪魔な奴…

 本当に邪魔な奴…

 今すぐ消してやりたいわ」

そう言いながらAYAの平手打ちは何度も続き、

叩かれ続けられたあたしの鼻からは

鼻血と思われる液体が止め処もなく流れ出てきます。

「やめて…」

血の味を味わいながらあたしはそう訴えると、

「くふっ」

AYAは笑いながら手を止めますが、

でもそれで終わりではありませんでした。

「泥棒猫さんを離しなさい」

男達に向かってAYAは手を放すように命じると、

「あっ」

ドサッ

いきなり離されたあたしは立つことが出来ず床に倒れてしまいます。

するとAYAはそんなあたしの上に馬乗りになったのです。

その時の彼女の顔をハッキリと覚えています。

鬼の顔とはまさしくあの形相のことを言うのでしょう。

「…抵抗をすると殺される」

TVドラマなどに出てくるAYAからは想像も出来ないその表情にあたしは怯えてしまいますと、

AYAはあたしを睨み付けながら、

「このぉ…泥棒猫がぁ!」

ガツンッ!

AYAは荒い口調であたしを罵り、

膝で股間を蹴飛ばしたのです。

「ぐわっ!」

子宮までも縮み上げってしまう激痛をあたしは堪えると、

「なんですかぁ、

 この下品なお洋服は?

 こんなチャラチャラしたものを着ちゃって…

 くふっ、

 泥棒猫に服なんていらないでしょう」

と言い放つとあたしが着ていた高級ドレスと首飾りに手を掛け、

それを引き裂き始めたのです。

バラバラバラ

糸が切れた首飾りの宝石や玉が床の飛び散り、

さらに

ビリッ!

ビリビリビリィィ!

部屋中に布を引き裂く音が木霊すると、

AYAはケモノが捉えた獲物を貪るようにあたしのドレスを引き裂いていきます。

「やめてぇぇぇ」

あたしは力いっぱい叫び抵抗を試みましたが、

目を剥き、爪を光らせる野獣と化したAYAにはその言葉は通じません。

それどころかあたしの抵抗に興奮をしてしまったらしく、

ドレスをさらに引き裂き、

彼のために穿いてきた高級下着までも剥ぎ取られてしまうと

あたしのオンナがAYAの前に曝け出されました。

”この後一体何をされるのか”

AYAを前にして無様な姿をさらすあたしの喉はカラカラに乾いてゆきます。

スッ

彼女の手が伸びてあたしの乳房に触れた途端、

ギュッ!

と鷲掴みにしますと、

「痛い!」

まるであたしの乳房を引きちぎらんばかりの力についあたしは悲鳴を上げてしまいます。

「おや…本物なのですね、

 それ、

 てっきり泥棒猫らしく作り物が入っているかと思いましたわ」

あたしの声を聞いたAYAは関心して見せますと、

パッ!

彼女の手は乳房から離れるや、

今度はあたしの口の両側に親指が掛け、

グイッ!

あたしの口を思いっきりあけ始めたのです。

「あががが…

 うがぁぁぁ!!」

悪ふざけなどではありません。

本気であたしの顎を裂こうとしているのです。

「ひぃひぃ

 ひぃひぃ」

あたしは目に涙をいっぱい貯めてAYAを見ますと、

「顔…整形していると思いましたが、

 これも違うみたいですわね」

あたしを見つめながらAYAはそうつぶやくと、

急に彼女の顔が緩むと言いようもない笑みへと代わり、

ガシッ!

今度はあたしの頭を鷲づかみにすると、

「その小憎たらしい顔を潰してあげます」

と言いながら、

ガンッガンッガンッ

幾度も床に打ち付けたのです。

「痛いっ、

 やめて…

 おねがい…

 やめて…」

顔中血だらけにしてあたしは懇願します。

すると、その声が通じたのでしょうかAYAの手が止まったのです。

けど、それは甘い願望でした。

ボトッ

顔の横に2つのリストバンドが落ちると、

リストバンドが消えた彼女の手には

キラリ☆

と光るクリスタルガラスの置物が握られていたのです。

ウサギ年生まれの彼の誕生日にあたしが送った20センチほどあるウサギの置物です。

なぜそれがここにあるのか判りませんが、

「くふっ、

 これ、あなたが彼に送ったものですってね。

 もぅ必要がないから返すわね。

 お礼にこれでその顔を骨もろとも潰してあげるわ。

 心配しないでいいのよ。

 呼吸ができる穴だけは開けておいてあげるから」

あたしを見据えてAYAは冷静な口調で言ったのです。

「くっ狂っている…この女」

AYAは本気であたしを殺そうとしている。

その恐怖に耐えられずに失禁してしまいますと、

ジワッ

っと股間に暖かいものが広がっていきます。

「あら、オシッコを漏らしたの?

 まるで子供ね」

それに気がついたAYAはせせら笑うと、

そのままウサギの置物を握った手を大きく振り被ります。

「やめてぇぇ」

無駄とは知りつつあたしは顔を背けるのと同時に、

グワッシャッ!

置物の砕け散る音が耳元で響きました。

けど、あたしの顔には小さな破片しか当たらなかったのです。

そして恐る恐る目を開けると、

ウサギの置物は床にめり込むように押しつぶされ、

砂状になった破片の粒があたりに散らばっています。

とても人間の仕業には思えない惨状にあたしは顔を青くすると、

「何をするのよっ、

 手元が狂ってしまったでしょう」

と膨れっ面をするAYAと

その彼女の腕を黒スーツに黒サングラス姿の男が数人掛りで握り締めている光景が

続いて入ってきました。

すると、

「いけませんお嬢様。

 感情で動いてはなりません」

と男の背後よりあの老人は彼女に向かって優しく諭します。

「斉藤!」

諭されたAYAは老人の名前を呼び、

「お嬢様、

 顔を潰す。などと言う野蛮なことをなさるよりも、

 お嬢様のお相手として処置されてはいかがですか?

 先ほどから見てますと、

 この者ならお嬢様のお相手になる素質はあると思いますが」

と老人は提案をしたのでした。



つづく