風祭文庫・アスリート変身の館






「君のかわ」


作・風祭玲

Vol.1124





「え?

 部活の合宿に参加する?」

「うん」

夏休み前の放課後、

驚きの声を上げるクラスメイトの少女に向かって、

嵐山弓子はあっさりと頷いて見せると、

「やめときなよ」

その場に居合わせる別の少女が引き止めた。

「なんで?」

「なんでって、

 嵐山さんの身がアブナイって」

「アブナイって

 そんなオーバーに言わないでよ。

 それに、あたし、

 相撲部のマネージャだし」

「マネージャだからって、

 身の安全が保障されているわけじゃないわ」

「身の安全って、

 そんな、

 同じ学校の生徒同士じゃない。

 警察沙汰になんてならないわよ」

「それは校内に居る場合よ。

 嵐山さん。

 前々から思っていたけど、

 あなた、能天気過ぎ。

 相撲部がどれだけの暴力騒動を起こしてきたか。

 知らないわけじゃないでしょ」

「うーん」

引き止めようとするクラスメイト達の言葉に、

弓子は考えるそぶりをしてみせると、

「とにかくやめときな」

彼女の手を握り真顔で言う。



『マネージャ、募集中』

校内掲示板に相撲部からの掲示が掲げられたのは桜が咲く春。

そして、掲示を見た弓子がその募集に応じたのは

定期テストが終わり梅雨が始まろうとした頃だった。

この学校の相撲部は数多くの学生横綱を輩出し、

中には大相撲で横綱となった者もいたほどの名門であったが、

しかし、年数を重ねるうちに有力選手がいなくなり、

さらにそれに併せて素行が悪い者も出るようになると、

良からぬ噂が上るようになっていた。

しかし、弓子は持ち前の能天気さもあってか、

廻し一丁の男子部員たちのセクハラをモノともせず、

日々のマネージャ業務をこなしていたのであった。



さて、合宿初日。

部員たちと共に弓子が訪れた相撲部の合宿所は

電車とバスを乗り継ぐこと約3時間。

山また山の山奥にあり、

厳しい稽古に音を上げて逃げ出すにも、

近くの街まで歩いて逃げるよりも

そのまま稽古を続けていた方が天国に思えるへき地にあった。

「俺たちは廻し一本さえあれば、着替えはいらないけど、

 マネージャはそう言うわけにはいかないよな」

早速、ジャージを脱ぎ捨て肌色を見せ合う男子部員は意地悪そうに言うと、

「大丈夫。

 着替えはちゃんと割り増しで持ってきました」

と弓子は得意気になって膨らんでいるバッグを叩いて見せる。

「おいっ、

 ふざけてないで、

 さっさと土俵の準備だ。

 それと髪を少しでも伸ばしている奴、

 合宿前にバリカンで刈り上げるから、

 覚悟しておけよ」

ふざけて見せる男子部員に向かって3年の主将が声を上げると、

「いやだぁ」

髪を伸ばしてきた部員が頭を押さえて悲鳴を上げる。



こうして合宿初日の行事が終わり

明日から始まる厳しい稽古に備えて皆が就寝したころ、

「なにこれぇ!」

合宿所に弓子の悲鳴が響き渡った。

突然の悲鳴に合宿所内の皆が集まると、

脱衣所で風呂上がりの弓子がバスタオルを体に巻いただけ姿で立っていて、

困惑した表情を見せていた。

「どうした?」

弓子に事情を尋ねると

「ここに置いていた着替えが」

と弓子は獣の毛が散乱する脱衣所の一角を指差した。

「ん?

 サルの仕業だな」

「サル?

 サルがいるんですか?」

「まぁ…な」

「マネージャの着替え、

 みんな持って行ったみたいですね」

「そんなぁ」

突然の事態に弓子は困惑してみせるが、

「でも、大丈夫。

 着替えはまだあるから」

気落ちせずに弓子は自室へと向かっていくが、

「いやだぁ!」

彼女の部屋までもサルに荒らされたらしく、

舞い踊る獣の毛の中、

弓子の荷物は無くなっていたのであった。



「どっ、

 どうしよう」

ヘタリと弓子が座り込んでしまうと、

「この山を根城にしているサルは人間のモノを盗んでいく悪い癖があるからな、

 まぁ、災難だったな」

と2年生の男子部員は皮肉を言う。

「どうしよう。

 あたし、

 何も着るものがないよぉ」

皆に向かってそう訴えると、

「だったら、

 廻しでも締めるか。

 廻しなら何本もあるぞ」

との声が上がった。

「廻しぃ?」

その声に弓子は怪訝そうな顔をすると、

「おいっ、ふざけている場合か」

見かねた主将が割って入り、

「んーと、

 高瀬、間島っ、

 お前たちの着替えを嵐山に貸してやれ」

と弓子と背格好が近い1年生部員にそう命じたのであった。

「悪いわねぇ、

 ちゃんと洗って返すから」

相撲部のネームが入ったジャージの上着を羽織り、

男物のハーフパンツをはいた弓子はしう感謝を言うと、

「まぁ」

「いいです」

と二人は目をそらした。



合宿二日目。

「おらおらっ」

「腰が据わってないぞ!」

戸が全て開け放たれ、

男たちの汗のにおいが充満する稽古場に声が響くと、

「うっしっ」

パァン!

廻し一本の相撲部員たちがぶつかり稽古に汗を流していた。

「おーぃ、

 がんばれー」

そんな部員たちをTシャツにハーフパンツ姿の弓子が土俵の外から応援していると、

「おやぁ?

 うちのマネージャはいつから男になったんだぁ?」

と男物を着ている弓子を茶化すと、

「そこっ、うるさいっ!」

すかさずその声を制した。

しかし、

「よぉ、マネージャ。

 せっかく男になったんだから、

 廻し締めて土俵に上ってみるか?」

「廻しなら何本もあるから、

 好きなものを締めて来いよぉ」

「おう、かわいがってやるぞぉ」

とかけられる声がエスカレートしていく。

すると、

「えぇ?」

最初は嫌がって見せた弓子だったが、

「うーん、

 判りましたぁ」

と返事をすると彼らの提案を受け入れたのであった。



「痛っ、

 そんなにきつく締めないで」

「何を考えているんだ?

 嵐山は。

 あくまで戯れだぞ。

 真に受けることないのに」

弓子の腰に廻し締めながら主将は言うと、

「えぇ、

 そこは判っていますよ」

と彼女は笑みを見せた。

そして、

「はっけよーぃ」

「うっしっ!」

掛け声とともに土俵の中で男子部員がと弓子が廻し姿でぶつかるが、

遠慮があるのか掛け声とは裏腹にどこか気合が抜けた稽古になっていた。

「西嶋ぁ、

 何やっているんだよ」

「土俵の中で抱き合っているんじゃないよ」

「まじめに相撲を取れ!」

「へへへへ、

 別に遊んでいる訳じゃないよ、

 これも立派な相撲だよ。

 ほらほら、

 このまま押し出しちゃおうか?」

余裕たっぷりで男子部員は弓子に向かって言うと、

グイッ!

彼女の廻しを掴むと自分の胸元に引き寄せ圧し掛かりはじめた。

そして、

ズン

ズン

と上半身を上下にバウンドさせながら圧をかけるが、

グッ!

下にもぐりこんだ弓子は巨体のバウンドを堪えて見せる。

「女のくせにしぶといなぁ、

 本気で押しつぶすぞ」

頭の中で描いていた筋書きとは違う状況に彼は不機嫌そうに言い、

上半身をさらに大きくバウンドさせようと上に跳ねた時、

ズッ!

弓子の首に力が掛かかると、

上半身が微かに上がり、

それと同時に、

ズッ!

廻しを掴む手の位置を前に移動させる。

「え?」

この微かな変化によって弓子は反撃の姿勢になり、

「このぉ!」

ズンッ!

思いっきり掛かってきた体重を堪えてみせたのである。

圧を思いっきりかければその反動で次の瞬間、

彼の体がさらに高く浮き上がる。

その時を見逃すことなく、

弓子は握る敦の廻しを手繰り寄せると、

彼の上半身をさらに起こしてみせた。

「うそっ」

驚く相手の重心がお尻へ移動してしまうと、

ズズズ

ズズズ

弓子はゆっくりと足を擦りながら前へと動きはじめた。

華奢な弓子が自分の3倍はある相手を押していく姿に

土俵の周りにいた相撲部員たちは声を失い。

その様子を只見つめ続ける。

「おいっ、

 どっどうなってるんだ」

押される側はさらに慌て、

ついに腰が浮いてしまうと、

ズズズズッ

一気に土俵際へと押し込められると、

呆気なく押し出されてしまったのであった。



「ぷはぁ!」

はぁはぁ

はぁはぁ

見事、押し出して見せた弓子は全身から汗を噴き出して深呼吸をする。

そして、

ポカンと自分を見下ろしている彼に向かって、

「ありがとうございました」

と息切れしながら頭を下げて見せると、

仕切り線へと戻り蹲踞をしてみせる。

その途端、

「何をやっているんだ」

「女相手だからって手を抜いたな」

そんな声と共に男子部員達が詰め寄り弓子に負けたことを責め始めた。

「次の方、

 お願いします(はぁはぁ)」

まだ息の荒い弓子はそう言うと、

「よぉし、

 今度は俺が行く」

2年生がその声を残して土俵へと向かって行く

「お前、女のクセに気合は入っているな。

 そんな格好をして、後悔するかと思ったけど、

 どうやら見込み違いのようだ。

 俺はあんな間抜けな相撲は取らないからな」

四股を踏み終え、

仕切り線を挟んで蹲踞になってそう言うと、

「よろしくお願いします(はぁはぁ)」

弓子は収まらない息をしながら小さく頭を下げた。

互いに向かい合い、

「はっけよい」

その声が響き渡ると、

ザッ

砂の音を立てて丈二の浅黒い体と弓子の白い体が

二人は土俵中央でぶつかった。


体格を利用して見せしめ的な相撲を取ろうとしたのとは違い、

今度はすばやく動いて弓子の廻しを取ると、

そのまま一気に土俵際へと押しこんだ。

「ぐぅぅぅ」

俵に足を押しつけて弓子は堪える一方で、

グッ

グッ

グッ

彼は脇で弓子の手を締めあげ、

自分の廻しを取らせまいと力で押しこんでいく。

だが、

弓子は脇の締め上げを力でこじ開けると、

彼の廻しを取るや、

一瞬腰を左から落としながら反時計回りに捩じって見せた。

そして、

「なにぃ」

驚く暇を与えることなく土俵外へと飛び出してしまうと

ぐるりと一回転しながら落ちていく。



「ありがとうございました。

 次っ

 お願いします」

尻から落ちた丈二に向かって弓子は頭を下げると、

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

荒い息をしながら蹲踞をする。

相撲勝負での2連敗に男子部員は完全に沈黙し、

「なぁ、

 なんかヤバくね?」

と言う声が漏れ始めだした。



「なぁ、嵐山さんって、

 実は相撲の経験あるんじゃない?」

と3番手が蹲踞をして尋ねると、

ニコッ

弓子は笑みで答えて見せる。

「女子相撲はよく知らないが、

 君が二人に見せた相撲。

 ありゃぁ、どう見ても相撲経験者の動きだ」

「そう言ってもらえると嬉しいです。

 では始めましょうか」

落ち着いた口調で弓子は返事をすると静かに構えた。

「はっけよいっ」

二人の間に差し込まれた手がその掛け声とともに離れると、

二人は土俵の真ん中で4つに組み合う。

「くぅぅぅ

 重い…

 本当に女の子なのか?」

まるで石のごとく動かない弓子に彼は歯を食いしばり、

押しや引きなどをかけて見せるがそれすらも敵わないとみると、

渾身の力で投げを打とうとする。

しかし、

「ふんっ」

彼の体勢が一瞬動いたのを見逃さずに弓子が逆に投げを仕掛けると、

「え?

 あっ」

踏ん張っていた足が砂の上を滑り、

背中から落ちてしまったのであった。

「いたぁ!」

痛みをこらえながら彼が起きあがろうとすると、

スッ

手が差し伸べられ

「いい線でしたけど、

 もっと鍛えてくださいね」

と弓子が言う。

彼女の言葉に彼の表情が不愉快そうになると、

「あっ、勘違いしないでください。

 あたしとこうしてお相撲を取ってくれたことをとっても感謝しているんです。

 だから、そのお礼として、

 あたし、

 あなたたちがあたしと互角に相撲が取れるよう鍛えてあげます。

 相撲部のみんながあたしと同じレベルになれば、

 県大会はもとより国体だって夢じゃありません。

 大丈夫です。

 みんなで頑張りましょう」

と周囲を見渡しながら言ったのである。



その夜の深夜

「トイレ」

寝ていた1年生部員が不意に目を覚ますと、

寝ボケ眼をこすりながら合宿所のトイレへと向かっていく。

そして、稽古場を通り過ぎようとしたとき、

「しっ」

「しっ」

人影が四股を踏んでいるのが目に入った。

「誰?」

不審に思いながら稽古場に近づいてみると、

人影は弓子だった。

「あれぇ?

 嵐山さん。

 すごいなぁ、

 遅いのに四股を踏んでいるんだ。

 僕も頑張らないと」

と夕方、弓子が稽古場で言ったセリフを思い出し、

そして、稽古場の彼女に声を掛けようとしたとき、

「ふぅ!」

四股ふみを終えたのか弓子は大きく息を吐くと、

両手を上げて手首を首の後ろに回してみせる。

「ん?

 何をするのかな?」

首の後ろで何かを手繰っている仕草を見せる彼女の様子を見ていると、

キュッ!

ひときわ大きな音が響き渡り、

キュキュキュ!

彼女の手首が下に向かって動き始めた。

そして、

腕をいったん下げて背中に回してさらにその手を動かしていくと、

モリッ!

弓子の背中で何かが盛り上がった。

「え?」

その光景に彼は自分の目を疑うが、

グッグググググ!!!

盛り上がったそれはさらに大きくなり、

そして、

ヌルンッ!

弓子の体が身が抜けるように萎んでしまったのである。

ムッ!

強烈な汗と鬢付の匂いが稽古場にあふれていく。

「うそぉ!」

目を丸くして驚く彼の視線の先には、

弓子の腰から上の皮を剥ぎ、

頭に髷を結い、

逆三角形の鍛え上げた肉体をさらして見せる力士の姿があった。

「ふぅ…

 後輩のためとはいえ、

 女子高校生のふりをするのは骨が折れる。

 早く次のヤツにバトンタッチしたいよ」

力士は笑いながら弓子の下半身の皮を脱いでみせると、

下がりを下げた廻しと筋肉で膨れた両足が飛び出していく。

「そんなぁ!」

弓子の中から

今から国技館の土俵に立とうとしているような力士が出てきたことに彼は声を失うが、

「ん?」

力士が彼の存在が見つけてしまうと、

「あらっ、

 いやだぁ、

 覗きなんてダメよ」

と笑みを浮かべながらノッシノッシと迫ってきた。

「ひぃぃぃ!」

膝が笑ってしまい逃げ出すことができず、

簡単に捕まってしまうと、

「君は見てはいけないものを見てしまったんだよ」

と忠告をする。

「お願いですっ、

 誰にも言いませんから」

力士に向かって必死になって懇願すると、

「まぁ、

 このことを言っても誰も信じてもらえないでしょうけど、

 うふっ、

 君も僕のお手伝いをしてみないか?

 ちょっと汗臭いけど、

 この皮をかぶって弓子ちゃんになるのよ」

そう言いながら力士は自分がかぶっていた弓子の皮を彼に押し付ける。

「えぇ?」

抵抗できずに彼は弓子の皮の中に沈められてしまうと、

「あっあっあっ、

 体がぁぁぁぁ」

と声を上げながら弓子へと姿を変えていった。

「ふふっ、

 どうかなぁ?

 その皮はかぶった者の姿を変える魔法の皮だ。

 さぁ、

 俺もすっかり溜まっているのでね。

 久方ぶりに女の子を抱かせてもらうぞ」

そういうと、

スルッ

力士は締めていた廻しを解き、

「悪いなっ、

 君が女性と初体験する前に、

 女性の初体験をさせてしまって」

「い、いやぁぁぁん」

その言葉と共に力士は腰を振り続けたのであった。



おわり