風祭文庫・アスリート変身の館






「憧れの人」


作・風祭玲

Vol.1039





ホワイトデー…

それは、男子から女子へ自分の気持ちを伝える日である。

「はっけよいっ

 残ったぁ!」

春3月。

まもなく春休みを迎えようとしている相撲部・稽古場に甲高い声が響き渡ると、

「おりゃぁ!」

「はぁ!」

廻しを締め、

乳房をプルンと揺らしながら少女力士ががっぷり四つに組む。

「おらおらっ」

「腰が浮いているぞぉ」

その土俵の周囲をグルリと取り囲む同じ廻し姿の少女達から一斉に声が上がると、

「くはっ」

「はっ」

「くぅぅ」

組合う少女力士は互いの体を真っ赤に染めあげるが、

一瞬の虚を突いて、

「だぁぁぁ!」

先手を取った片方が見事に技を決めると、

「あっ!」

ドスンッ!

技をかけられたしてはそのお尻に砂をつけてしまったのであった。



「勝負ありぃ」

髷のように髪を縛る行司役の少女が軍配を掲げると、

「物言いだ。物言い!」

と負けた側を応援していた少女力士は声を上げるが、

しかし、その表情にはどこかふざけているようであり、

本気の抗議には程遠いものであった。

「はぁ…」

そんな彼女達の姿を横目で眺めながらため息を漏らす少年の姿があった。

相撲部マネージャ・鹿角宰である。

マネージャとはいわゆる雑用係であり、

少女力士の身の回りの世話から対抗試合の手配まで

稽古と試合以外のありとあらゆる雑務を一手に引き受けているのである。

しかも宰は廻しを締めたことはなく。

土俵に立った経験すら無かったのであった。

かつて、相撲は男子のみが行う格闘技であり、

女子は土俵にすら入れなかったのだが、

しかし、時代の移ろいと共にその観念も変わってしまい、

女子が廻しを締め、土俵上で組み合う時代になっていた。

そして、男子が寄り付かず、

文字通り女のモノになってしまった相撲部に

宰はマネージャとして入部したのであった。



「こちらこそよろしくね」

それは先月・2月のことだった。

髪を縛り、廻しを締めている少女力士の前で

顔を真赤にして挨拶をする宰に一人の少女が近寄ると、

明るい笑みとともに手を差し伸べた。

高野操…

宰と同じ学年の少女である。

まだ、操が相撲を始めたのはこの学校に入学した約1年前のことだったが、

しかし、1年経ったいま、

操はこの地域の大会で上位に食い込むほどの強さを持っていた。

「え?

 はぁ…

 こちらこそ…」

顔を真っ赤にして宰は頭を再度下げると、

「おいおいっ、

 顔が真っ赤だぞ、

 大丈夫か?」

「女の裸を見たことが無いのか?」

と周囲からヤジが飛ぶ。

確かに裸体に相撲廻し一丁の彼女達の姿は

一部の物好きにとっては刺激的であったが、

しかし、色気も感じられない無骨な廻しに欲情する男子は珍しい部類であった。

ポンッ!

立ち往生している宰の肩が叩かれると、

「そういうわけだ、

 3月に入ってからの新入部員は珍しいが、

 マネージャとはいえ、

 今日からこいつもあたし達と同じ相撲部の部員だ。

 みんな可愛がってやってくれ

 解散!」

と主将を務める西山恵子が声をかけると、

「うっすっ!」

稽古場に威勢の良い声が響き渡り、

部員達は稽古場に散っていくとそれぞれの稽古を始めだす。



「おっしゃぁ!」

「こいっ!」

ある者は稽古場の中に作られている土俵に入り組み合い、

ある者は稽古場に突き出している太い柱へと向かい素手でその柱を叩き始る。

そして、教えられながら宰は彼女達の稽古の手伝いをしたのであった。

「鹿角っ、

 土俵の周りの片づけを頼んだぞ」

稽古が終わり、

三々五々少女力士達が更衣室へと向かっていく中、

宰に向かって土俵の片づけが言い渡されると、

「はいっ」

彼は返事をする。

すると、

ポンッ

と宰の肩を再度叩かれ、

「あたしも、

 手伝うよ」

とあの操が話しかけると、

壁に立てかけてあった竹箒を手に取り、

ザッザッ

と土俵に撒かれた砂を掃き集め始める。

「たっ高野さん。

 そんな」

思いがけない操の行動に宰は困惑してみせると、

「一人でするより、

 二人でした方が早く終わるよ」

そんな宰に向かって操はそう言うと、

縦廻しが2分している丸出しのお尻を宰の方に向けた。

「あっありがとうございます」

その光景から目をそらして宰は礼を言うと、

ぎこちない手つきで土俵の砂を掃きはじめた。




「ねぇ、なんで相撲部に入ったの?

 いまどき相撲に興味を持つ男子なんて珍しいじゃん」

土俵の整備をしながら突然、操は尋ねると、

「え?

 それはその…」

宰はその返答に困ってしまった。

「なによっ、

 答えられないの?

 ははん、

 そういう趣味を持っていたのか」

答えられない宰の姿に操はそう断言してみせると、

「ちっ違いますっ」

宰は思いっきり操の仮説を否定して見せる。

「あら、何が違うの?」

その返答に操は意地悪く問い返すと、

「いや…その…

 …まぁ…なんて言うか、

 その…すっ相撲に興味があって…」

と宰はそう返事をするが、

無論、嘘である。

宰は操に一目惚れをしていたのであった。

髪を縛り、

廻しを締め、

土俵の上で高々と足を上げて四股を踏む操の姿に虜になってしまい。

そして、一時でも彼女のそばに居たいと言う動機で相撲部に入ったのである。

しかし、そのようなことを操に告白などできるはずも無かった。

「…うっ嘘をついてしまった…」

つい口から出てしまった出任せだったが、

彼女に嘘をついてしまったことに宰は後悔していると、

「なんだ、そういうことか、

 だったら早く言ってくれれば良いのに」

と言う声が稽古場に響いた。

「え?」

「あっ、主将(キャプテン)っ」

驚く二人が振り向くと、

稽古場の出入口のところで先に上がったはずの恵子が

腕を組みながら立っていた。

そして、宰に近寄っていくと、

「廻しを締めて相撲を取りたいのならハッキリ言ってくれよ」

そう言いながら、

バンバン

と恵子はその大きな手で宰の背中を幾度も叩く。

すると、

「いえ、そうではなくて…」

宰は話を遮ろうとするが、

「そうだ、

 マネージャーともあろう者が土俵に立ったことがない。

 と言うのはおかしな話だ。

 相撲とは何たるか。

 と言う事を経験する必要があるな」

と言いながら主将は幾度もうなづくと、

「誰かっ、

 廻しをもってこいっ」

そう指示を出したのであった。

「いや、

 あの、

 その」

全く考えても無かった展開に宰はしどろもどろになるが、

「はいっ、鹿角君っ

 着ているものを脱いでこれを締めなさい」

他の部員が持ってきた廻しを受け取った操はそれを差し出して言う。

「あっはっはいっ」

抗することが出きずに宰は廻しを受け取ると、

「あのぱっパンツは穿いたままでいいですか」

と聞き返す。

しかし、

「あのねっ、

 パンツの上に廻しを締める気?

 それでは相撲の何たるかを理解することは出来ないでしょう。

 ここは相撲をとる稽古場なんだから、

 あたし達と同じように全て脱いで締めるのよ」

と呆れた口調で諭した。

「はっはい…」

その返事とともに宰はパンツに手をかけて脱ぎ捨ててしまうと、

ポロン

と彼の股間から男の肉棒がこぼれ落ちるが、

しかし、その形や大きさについて

彼の周囲に居合わせた少女力士たちは笑うことはなく、

それどころか、

「はいっ

 ここを持って」

「もぅ腰を落として」

「そうそう」

と宰が廻しを締めるのを手伝い始めた。

こうして、周囲の手伝いもあって宰は廻しを締め終えると興味深そうに身を捩り、

廻しが締める自分の体を眺め始めたのであったが、

すると、

この時を待っていたかのように

「よっしゃぁ!

 一丁来いや!」

土俵の上より操がそう叫び、

パンッ!

と自分が締めている廻しを叩いてみせる。

「来いって」

その言葉に宰は驚くと、

「何をしているっ、

 さっさと土俵に上がれ!

 稽古をつけてくれる。って言うんだよ」

命令口調で少女力士が宰の耳元でそう諭した。

「よっよろしくお願いします」

「おっしゃぁ、来いっ!」

「はっはいっ」

「はっけよいっ!」

土俵の上で宰と操はがっぷり四つに組み合う。

見た目は互角…

しかし、

「あぁ…高野さんといま相撲を取っているんだ…」

土俵上で宰は操と体温と息遣いを感じてしまうと、

その隙を突いて操は軽く右手を捻った途端。

宰はあっけなく転がってしまったのだ。

「あっ」

まさに呆気ない勝負だった。

「あぁ…負けちゃった…」

体に土俵の砂をつけながら操は呆然としていると、

「ふっ、

 あたしを動きを止めるなんて、

 やはり男子は強いね」

と操は感心したように言う。

「え?」

思位がけないその言葉に宰は驚くと、

「よっっしゃぁ、

 も一度!」

と操は廻しを叩いて見せる。

「はっけよいっ、

 残った!」

再度、宰と操はがっぷりと胸と胸とを合わせる。

「くぅぅぅ」

土俵の上で四つに組合う二人。

すると操の手が伸び、

宰の廻しの結び目近くを掴むと、

投げを打った。

しかし、

「あっ」

倒れそうになった宰は自分の片足を出すと、

その足に二人分の体重を受け止めるや、

逆に操の足に空いた足を掛け、

くるりと回りながら操を押し倒すと、

ドスンッ!

今度は操に土が付いた。

「この野郎っ、

 あたしに土をつけやがったな」

宰の下になった操が笑うと、

「あっ、

 すっすみません」

宰は思わず謝って見せる。

「あたしを倒して謝ることはないだろう」

そんな宰に向かって操は諭すと、

チュッ

彼の頬に自分の唇を当てる。

そして、

「男のくせに見所があるぞ、

 明日からはその廻しを締めてあたしの相手をしろ」

と命令したのであった。

「あっありがとうございます」

鹿角宰・16歳。

憧れの操との関係が少し縮まったホワイトデーであった。



おわり