風祭文庫・アスリート変身の館






「即戦力」


作・風祭玲

Vol.927





ミンミンミンミン…

蝉時雨が響き渡る丸い土俵の中、

日に焼けた肌を晒し、

ここでの猛稽古を物語る茶褐色に染まった廻しを締めた

大小二人のアマチュア力士がそれぞれの線の上で互いに見合うと、

すっ、

二人とも腰を落とし蹲踞姿勢をとる。

そして一呼吸おいて上半身を沈め腰を浮かせると、

縦褌が締まる尻が突き出された。

「見合って

 見合ってぇ」

行司役が言うその声とともに二人の間に手が割って入り、

わずかな時間なれど二人の呼吸がそろう時間を与えた後、

スーッ

睨み合う二人の息がぴたりと揃うと、

「はっけよーぃ、

 残ったぁ!」

の声が響くのと同時に静止させていた手が二人の視界から消え、

ダッ!

体格体重の差など気にせずに全身の力をこめて二人は飛び出し、

ガシッ!

静が支配していた土俵の中で激しくぶつかってみせた。

「がんばれ!

 安田君も、

 野島君も、

 がんばれー!」

弾き飛ばされずに土俵の中で4つに組んでみせる二人に向かって

あたし・小山田美保は声を張り上げると、

「おらっ!」

「止まるな止まるな」

それにつられてか周りで見ていたほかの部員達、

森君、志村君、牧野君の3人があたしに負けじと声を張り上げ声援を繰り始めた。



「頑張れー」

「投げろぉ」

「気合見せろ!」

土俵に響き渡るさまざまな声を背景にして、

二人の力士は渾身の力をこめて戦い、

そしてついに、

「りゃっ!」

小兵力士の安田君が体重差で2倍近くもある野島君を軽々と抱えあげると、

その勢いのまま、

いともたやすく野島君を転がしてしまったのであった。

「………」

その途端、あれだけ応援していた他のメンバーはみな声を失ってしまうと、

唖然としながら土俵の中で這い蹲っている野島君を見下ろし、

その一方で、

「おっしゃぁ!」

まさに金星を取ったかのごとく安田君は全身を使って喜びを表してみせる。

ところが、

「あいたたたた…」

土俵上にはいつくばっていた野島君がどこかを痛めてしまったのか

声を上げて大きな体を起こして右足首を両手で押さえ始める。

「え?」

「あっ!」

「おっおいっ」

「大丈夫か」

それを見た部員達とあたしは大慌てで駆け寄っていくが、

「つぅぅぅぅ…」

土俵中央で座り込んでいる野島君は顔をしかめ、

必死で痛みをこらえている様子が手に取るように判る。



「戻りましたぁ」

顧問の車に乗せられて野島君が合宿所に戻ってくると、

彼の右足はいたいたそうに包帯が巻かれ、

全治二週間の怪我であることが伝えられた。

「えぇ!」

それが伝えられるのと同時にみんなはいっせいに驚き、

そして、顔を見合わせると、

「どうする?」

と深刻そうな表情をしながら話し合い始める。

「二週間じゃぁ

 大会には間に合わないよな」

「今年こそは団体戦に出られると思ったんだけど」

「でも、捻挫では」

夢にまで見た5人そろっての団体戦。

今年は新入生部員として志村君が相撲部員として入部してくれたので、

ついに部員は5人となり、

念願の団体戦に出場できることに皆喜び、

各自個人戦を捨て団体戦に掛けてきたんだけど、

でも、みんなの望みがいまもろくも崩れ去ろうとしているのであった。



相撲部顧問の鳴坂とともにみなは夜遅くまで善後策に話し合いますが、

しかし、部員5名の他はマネージャであるあたししかいない小所帯の相撲部。

他部からの助っ人もままならない中では当初の予定を変更して、

団体戦は諦めめいめい個人戦で戦うことが誰の口からも漏れ始めてきます。

と、そのとき、

ばんっ!

そんな気分を吹き飛ばそうとあたしは思いっきり空いていた机を叩くと、

「みんなっ!」

と声を上げたのであった。

いま思えばこのとき黙っておけば良かったのかもしれない。

でも、夢を諦めようとするみんなを奮い立たせようとして、

「なに落ち込んでいるのよ、

 相撲部のメンバーならあと一人いるでしょう!」

とあたしは4人の部員と顧問を見下ろしながら言い切ると、

徐に自分を指差しながら、

「頭数さえそろえば良いのなら、

 このあたしが居るでしょう」

と言い切ってしまったのでした。

無論、女の子のあたしが廻しを締めて土俵に上がることはない。

そのことを判っていたあたしは胸を張って言い切りますと、

「おぉ!」

それを聞いた鳴坂は小さな目をまん丸に開いて驚いていました。

「あら、随分と…大げさな」

驚く鳴坂を見下ろしながらあたしはそう思っていると、

「その手があった!」

と鳴坂はハタと手を打ち、

「おいっ!」

あたし以外の部員達を集めて耳打ちをし始めだしたのです。

「え?

 まさか…」

それを見たあたしの背筋に冷たいモノが流れ下りますが、

でも、あたしの口から出て行ってしまったものを呼び戻すことは出来ません。

議論をはじめだした男達の成り行きをいわばハラハラしながら見ていますと、

「ふむふむ」

「なるほど」

「おっけー」

鳴坂の話を聞いていた部員達は皆一様に頷き、

改めてあたしを見るなり、

「小山田君の気持ちは十分に判った」

と皆は口をそろえてそう返事をしたのでした。

「え?

 え?

 えぇ!!!」

思いがけない展開にあたしは驚くと、

「でっでも、

 あたしが選手になってしまったらマネージャは誰がするの?」

とはにかみながら問尋ねます。

すると、

「大丈夫、

 その仕事なら僕がやりますよ!」

包帯を足に巻いた野島君が元気よく返事をしてみせたのでした。

「だっ大丈夫なの?」

冷や汗を流しながらあたしは野島君に尋ねますと、

「なぁにこれしきのケガは何ともないですよ、

 相撲が取れないと言って腐るわけにもいきません。

 大丈夫ですよ、

 相撲部と言っても小所帯、

 皆が一致団結して頑張っていうときにジッとしているわけにはいきませんよ」

と野島君は屈託も無く笑って返事をします。

「そっそう…」

あたしはそれ以上何も言えませんでした。

すると、

「よーしっ、

 これで決まりだな」

鳴坂の元気な声が響きわたり、

「じゃぁ、早速小山田の改造をはじめないとな」

と付け加えたのです。

「かっ改造?」

それを聞いたあたしは髪の毛を逆立たせながら聞き返すと、

「当然だろう。

 そんな華奢な身体で廻し締めて相撲を取る気か?

 立ち会いで吹っ飛ばされてお仕舞いだよ。

 それじゃぁ、文字通り頭数を揃えたにしか過ぎないだろう。

 せめて出るからには勝って貰わないとな」

腕を組みながら鳴坂はあたしに向かって言いますと、

「だっだからって改造なんですかっ」

あたしは語気を強めて言い返しますが、

「当然っ」

「イヤです!」

「じゃぁ、さっきの言葉は嘘だったのか?」

「うっ」

鳴坂に痛いところとつかれたあたしは思わず黙ってしまうと、

キラッ!

鳴坂の目が一瞬光り、

「おいっ!」

パチンッ!

とかけ声と共に指が鳴らされます。

その途端、

ガシッ!

あたしの両腕が志村君、牧野君によって拘束されてしまいますと、

「トレーニング室まで連行しろ!」

と鳴坂は2人に命令をし、

ザッザッザッ!

あたしは両脇を抱えられるようにして併設のトレーニング室まで連行されたのでした。



「なにこれぇ?」

連行されたトレーニング室に据え付けられている不気味なマシーンをあたしは驚きながら見ますと、

「ふはははは!!!

 これこそが力士促成養成マシーン・即戦力3.1だ」

とマシーンの前に立つ鳴坂は大きく胸を張ります。

「はぁ?

 なにそれぇ?」

あまりにも呆気ない説明にあたしは目を丸くしますと、

「そーか、

 そーか、

 あまりにも最新過ぎるテクノロジーに声が出ないか、

 無理もあるまい。

 このマシーンに掛かれば例え犬でも立派な力士に変身させることができるのだ」

と鳴坂は自慢します。

「いやぁぁぁ!

 そんな怪しげな機械に掛かってお相撲さんにされるなんてイヤ、

 大体、改造だなんて…

 ドーピングになるんじゃないの?」

鳴坂に向かってあたしは泣きながら指摘しますと、

「大丈夫!!

 相撲競技にはドーピング検査はなぁーぃ!!!」

と鳴坂は高らかに声を上げ、

あたしに向かってVサインをしてみせたのでした。

「そんなぁ!」

それを聞いたあたしは声を上げますと、

「なぁ聞いたか?」

「いやぁ、検査はあるんじゃないか?」

と志村君と牧野君は顔を見合わせます。

「ねぇ、志村君、牧野君。

 こんな機械であたしを力士にしちゃうだなんて

 そんな馬鹿馬鹿しいことはやめない?」

一縷の望みを掛けてあたしは2人を説得しますが、

「小山田さん。

 何を言っているんですか、

 さっき、あなたは相撲部のために一肌脱いでくれると言ったじゃないですか」

と逆に説得されてしまったのです。

「うぅっ…

 だったら、

 その辺の犬を捕まえてお相撲さんにすればいいじゃない」

なおも諦めきれないあたしはそう言い返しますと、

「何を言うんだい?

 相撲は心・技・体でとるものだよ。

 犬にそれが理解できると思うのかね?」

と鳴坂は聞き返したきたのです。

「だって、さっき

 犬だもお相撲さんにするって」

その言葉にあたしはそうつぶやきますが、

「では始めようか」

鳴坂はそう指示をしますと、

がちゃんっ!

がちゃんっ!

不気味なマシーンから飛び出している寝台の上にあたしは乗せられると、

それに備え付けられている手枷足枷にあたしの手足が拘束され、

もはや逃げ出す術はなくなっていたのです。

「では3日後に合おう!

 小山田君の勇気ある行動に敬礼!」

とあたしに向かって鳴坂は敬礼をしてみせ、

「終われば元に戻してあげるから、

 心おきなく力士になってくれ」

そう言い残して

カチリ!

マシーンの起動スイッチを押したのでした。

その途端、

パッパッパッ

マシーン内部に無数の明かりがともり、

「やめてぇぇぇぇ!!!」

あたしは悲鳴を上げながら、

チューブがとぐろを巻くマシーンの中へと押し込まれていったのです。


ピーッ

ピーッ

ピーッ!

トレーニング室にアラームの音が鳴り響きますと、

「うっうん…」

不気味なマシーンの中で気を失っていましたあたしは目を覚ましました。

3日前にこのマシーンの中に押し込まれたときとは明らかに身体の感触が違いますし、

頭の髪の毛は引っ張られて何かを結われ、

さらに腰にはキツクに何かが締め付けられています。

「なに?」

それらの違和感を感じながらあたしは身を捩ろうとすると、

がしょん!

物音を立てながらマシーンはあたしを取り込んだときとは違い、

まるで臓物をまき散らすかのように自ら解体・展開をし始め、

がしゃんっ!

がしゃんっ!

と言う音共に視界が開けあたしの手足を束縛していた枷が外されていきます。

「自由だ…」

ドスッ

ドスッ

身体を震わせながらあたしはマシーンから降り、

目の前に開いた道を一歩一歩を進み始めますと、

「おぉ!」

と鳴坂の驚きの声が響いたのでした。

「鳴坂!」

その声にあたしは横を向きますと、

あたしよりも頭二つ程下に鳴坂の顔があり、

さらに他のみんなもみな眼下からあたしを見上げていたのです。

「あれ?

 天井が近いし、

 それにみんなの背が…」

それを見たあたしはそのことを指摘しますと、

「身長182cm、体重138kg…

 うーん、見事だ」

とデータを読み上げながら鳴坂はしきりに関心をして見せたのです。

「!!っ、

 ちょちょっとぉ!

 いまの言葉ってそれはなに?」

彼の言葉を聞いたあたしはショックを受けながらも聞き返しますと、

「そこの鏡で自分の姿を見てみなさい」

とすまし顔で鳴坂はあたしに指示をしたのです。

「鏡?」

不安に潰されそうになりながら壁に掛かる姿見の前に立ちますと、

「うそ…」

そこには色あせた黒廻しを締め髷を結っているやや太めの体格の良い力士が立っていて、

太い眉の顔をあたしに向けていたのでした。

「こっこれがあたし?」

鏡に映る自分の姿が信じられなくてあたしは自分の顔に手を持って行きますが、

鏡の中の力士もまた同じような仕草をしてみせるのを見て、

その時になってようやくあたしはこの人物が自分であることを認識したのでした。

「そんな…

 こんな身体に…」

ガックリと膝を落とし、

あたしは両手を床に手を付けてしまいますと、

ポンッ

鳴坂はそんなあたしの肩に手を置き、

「何を悲しんでいる。

 小山田くん、君は私の手により大相撲でも立派に通用する身体を得たのだ。

 その廻しはこの3日間の力士として成長していった君の汗が詰まっているのだ。

 さぁ、立ち上がりたまえっ、

 今日は大会の日だ!」

と声を張り上げたのです。

しかし、その直後、

「どすこーぃ!」

トレーニング室にあたしの怒号が響き渡りますと、

「うわぁぁぁ」

悲鳴を響かせながら鳴坂はあのマシーンへと吹っ飛んでいき、

ばごんっ!

がしゃっ!

鳴坂がぶつかった衝撃でマシーンが起動をしてしまいますと、

「うわぁぁぁ、

 ちょっと待て…」

と悲鳴を上げる鳴坂をマシーンは取り込み、

チカチカと各部を明滅し始めたのでした。

恐らく3日後、

鳴坂は見違えるような力士となってあたしの前に立ちはだかると思います。

しかし、いまのあたしにはすることがあります。

「さて」

ポンポンと廻しを叩きながらあたしは志村君達を見下ろしますと、

「行こうか…」

と一言告げたのです。

こうして弱小相撲部が出場した大会はあたしの大活躍によって波乱の大会となり、

「ごっつぁんですっ」

夢にまで見ていた大会の賜杯を手にしたあたしは意気揚々と引き上げると、

「おらぁ!

 まだ暴れたらねぇーやっ、

 何番でも来いや!」

と動けなくなってしまった志村君を相手に達土俵の中で仁王立ちになっていたのでした。



おわり