風祭文庫・アスリートの館






「契り」
(後編)


作・風祭玲

Vol.545





力士としてのシコ名を親方より名づけてもらった睦美は

その日から疾風部屋の力士・睦乃風としての稽古が始まった。

初めての土俵、

初めての相撲、

睦乃風は幾度も土俵に突っ伏しながらも、

相撲のイロハを叩き込まされていった。

そして、

「いよいよ明日か」

ついに迎えた場所の前日、

稽古がひけた後、土俵脇でシコを踏み続けていた睦乃風だったが、

しかし、その瞳は明日からの決意で溢れていた。

元々相撲の素質があったのか、

睦乃風は数日間という短期間で疾風部屋の力士達と互角に相撲を取れるようになり、

それが、場所への自信へとつながっていた。

ビタン!

ビタン!

幾筋もの汗を流しながら睦乃風がシコを踏んでいると、

「がんばっているわね」

の声と共に焔風が稽古場に姿を見せシコに付き合い始めた。

「うっうん」

睦乃風のその言葉に睦美は素直にうなづきながら足を上げると、

「ねぇ、

 あたしと3番勝負とってみない?」

と焔風は足を落としながら誘う。

「え?

 いいの?」

「えぇ…

 あなたを見ていたらあたしも闘志が沸いてきたの」

シコを踏みながらの会話の後、

「うしっ」

パンッ!!

シコを踏み終えた焔風は腰に締めた廻しを叩くと、

「よしっ、

 その申し出、受けた」

焔風の申し出に睦乃風も廻しを叩く。

そして、互いに土俵へと向かい蹲踞をすると、

「うふっ、

 あたしは手ごわいわよ」

と焔風は言いながら仕切り線に手を沿え、

「もちろんっ

 あたしだって手加減はしないわよ」

睦乃風もウィンクして見せた後、

仕切り線に手を置いた。

一瞬の沈黙の後、

クンッ!!

対峙する二人の手がタイミングを取ると、

バシーン!!

稽古場に巨体同士がぶち当たる音が響き、

パンッ

バシッ

激しく手を打ち合う音が響いた。

そして、

ガシッ!!

打ち合いの中、睦乃風の手が焔風の廻しに届くと、

「うらぁ!!」

睦乃風は吊り上げようとする。

しかし、

「シッ」

焔風はすばやくその手を切ると、

逆に睦乃風の廻しを掴み投げにかかった。

「なっ」

「くっ」

睦乃風と焔風の勝負はさらに続き、

ハァハァ

ハァハァ

ついに四つに組んでしまうとその動きが止まった。

「(はぁはぁ)さすがに…簡単にはいきませんか」

「(はぁはぁ)そういう、そっちも」

「うふふ」

「くふふ」

人気の無い土俵上で二人は組み合ったままその姿勢を保ち、

そして、息を整えると、

「!!」

焔風の隙を突き睦乃風が仕掛ける。

「あっ」

勝負は一瞬のうちについた。

隙を突いて仕掛けた睦乃風が焔風を投げ飛ばし、

ドスンッ!!

焔風の手が土俵に着いてしまった。

「はぁ、

 負けちゃった」

「すっすみませんっ」

負けを宣言する焔風の言葉に、

睦乃風は慌てて頭を下げると、

「ふふっ

 いいのよっ
 
 同じ部屋のあたし達は場所では当たらないんだから、
 
 でも、あなたと思いっきり相撲が出来てよかった」

焔風はそう言いながら立ち上がり、

「でも、

 今場所の勝ち星、

 あたしよりも少なかったら許さないわよ」

そう言い残して稽古場から去って行くと、

「あっありがとうございました」

去っていく焔風に向かって睦乃風は頭をさげる。



「睦乃風ぇぇ!!」

行事の勝ち名乗りが睦乃風のシコ名を告げる。

ハァハァ

ハァハァ

「あっあたし…

 あたし…
 
 勝っちゃったの…」

初めての場所、

初めての取り組み

睦乃風は長い相撲を戦い終え、

勝ち名乗りを横で聞きながら蹲踞をする。

そして、肩で息をしながら支度部屋に戻ると、

「おめでとう、

 がんばったわねっ」

先に勝ち星を挙げていた焔風が祝福をしてくれる。

「うっうんっ

 ありがとう」

喜ぶ焔風の手を睦乃風はとり、

そして、

「焔風のおかげよ」

と囁きながら抱きしめると、

「そういってくれると嬉しい」

抱きしめる睦乃風に焔風はそう返事をすると抱きしめ返す。

こうして、初日に白星をあげた睦乃風は焔風と共に白星を重ね、

そして、千秋楽の前日にはなんとか10勝に乗せる事が出来ていた。



バシーン!

バシーン!

深夜の稽古場にテッポウの音が響き渡る。

ハァハァ

ハァハァ

髷を振り乱し、

一心不乱にテッポウを打ち続けているのは他ならない睦乃風であった。

バシーン!

バシーン!

バシーン!

睦乃風が撃つテッポウの音はいつまでも響き渡り、

そして、着流しを剥いだ睦乃風の上半身は文字通り汗だくになっていた。

すると、

「眠れないの?」

と言う声と共に焔風が姿を見せると、

「焔風…」

テッポウを打つ手を止めた睦乃風は焔風の名前を呼ぶ。

「起こしちゃった?

 ごめん」

姿を見せた焔風に向かって睦乃風は頭を下げると、

「ううんっ

 あたしもちょっとね」

焔風は顔を横に振り、

そして土俵に下りると、テッポウ柱に手を付き軽くテッポウを打つそぶりを見せた。

「焔風…」

そんな焔風を見ながら睦乃風は呟くと、

「ねぇ

 また3番稽古しようか」

と焔風は囁いた。



シュルッ

シュルッ

睦乃風の腰に汗で湿ったままの廻しが巻きつけられると、

ギュッ!!

焔風の手がそれを締め上げる。

「うっ」

力士となってから幾度も味わったこの感覚が

睦乃風には最近快感に思えるようになっていた。

「どうしたの?

 赤い顔をして…」

睦乃風のその表情を焔風が指摘すると、

「そっそう?」

睦乃風は慌てながら両頬に手を当てる。

「うふっ」

「なっ何よっ」

「なんでもないわ、

 さっ今度はあたしが廻しを締めるから手伝って」

「うっうん」

睦乃風の仕草に焔風は小さく笑いながら着流しを脱ぐと、

自分の廻しを手渡す。

やがて睦乃風の手によって焔風の腰に廻しが締められると、

ポンッ!

「うしっ」

焔風は締められた廻しを叩いて気合を入れ、

「さっ

 勝負しよう」

と言いながら土俵にたった。

ウリャッ

バシーン

ウガッ

ドスン!!

二人の力士による3番稽古は日中の稽古よりも激しく、

そして、全力を尽くしたものになっていた。

クハァハァ

ハァハァ

全身を砂だらけにして睦乃風が立ち上がると、

焔風も顔についた砂を払いながら起き上がり、

また、勢いをつけてぶつかり合う。

「おらっ

 どうした」

「もっもぅ…

 だめっ」

1時間近くの時間がたち、

ついに睦乃風の力が尽きると、

「なによ、

 情けない…」

焔風もまた強がりを言いつつ土俵に座り込んでしまった。

「…あたし…

 不安なんだ…」

土俵の上に寝転ぶ睦乃風が自分の手を見ながらそう呟くと、

「え?」

焔風は思わず聞き返した。

すると、

「…勝つにしても、

 負けるにしても、
 
 明日で場所は終わり…
 
 場所が終わったらあたし…
 
 力士から女に戻る事になるわ、
 
 でも、女に戻ったとして、
 
 前みたいな生活が出来るのか不安なの」

と睦乃風は場所後、女に戻った後、

元の生活が送れるのか不安になっている事を告げた。

「そう…」

睦乃風の言葉に焔風はうなづくと、

「わたしも最初はそうだった。

 力士として一場所を過ごしてしまうと、
 
 こっちの生活に馴染んでしまうからね」

と焔風は理由を言う。

「そうですか」

焔風の言葉に睦乃風は驚くと、

「うん、

 わたしね、
 
 夫の借金を返すためにクスリを飲んだの、
 
 そして、力士になった。
 
 でもそれからが大変だったのよ、
 
 あなたは明日の成績には関係なく
 
 勝ち越しで場所を終わる事が出来たけど、
 
 わたしの場合はダメ…
 
 2勝13敗…
 
 これがわたしの初めての場所の成績だったわ、
 
 それでね、
 
 そのときお世話になった親方からは場所限りって言われるし、
 
 夫からは役立たずって詰られるし…」

と事情を話し始めた。

「うわぁぁ、

 酷いですねぇ」

「でも、女に戻ったときは、

 もぅ廻しを締めなくってもぅいいんだ、
 
 丁髷を結わなくてもいいんだ。って
 
 嬉しかったの。
 
 だって、力士としてではなくて、
 
 女に…女性として生活できる事が嬉しかったから、
 
 でもね…
 
 夫との間は冷えちゃうし、
 
 時間がたつごとに負け越してきた事、
 
 そして、土俵の感触が忘れなれなくてね、
 
 それで、ついに書置きを残して飛び出しちゃったの。
 
 ”一度土俵を踏んだものは必ず土俵に戻ってくる。”
 
 TVで聞いたその言葉がきっかけだったわ」

「そっ

 それでどうしたんですか」

「うん、

 家を飛び出したものの、
 
 最初わたしを力士として雇ってくれた相撲部屋はダメだと思ったから、
 
 他の相撲部屋をあたったわ、
 
 無論、そのときの場所のわたしの成績は知れ渡っているから、
 
 どこも拒否されたけど、
 
 でもね、
 
 この疾風部屋の親方はそんなわたしにチャンスをくれたわ。
 
 そして、わたしはまたあのクスリを飲んだの、
 
 前のときとは違って、
 
 今度は自分の意思でね」

「そうなんですか」

「えぇ…

 廻しを締め、髷を結った力士の身体を再び得たわたしは
 
 一所懸命稽古に汗を流し、
 
 そして、相撲の技術を磨いたわ。
 
 その甲斐あって、
 
 2度目の場所では勝ち越しすることが出来たの」

「それは良かったですね」

「えぇ…

 あなたもわかるでしょう、
 
 土俵の上で相手に土をつけたときの快感…」

「はいっ」

「うふっ

 そうよ、
 
 あの快感って
 
 夫とのセックスよりも気持ちよかったわ」

「はっはぁ…」

「顔が赤くなっているわよ」

「ちっ違いますっ

 まだ勝負が終わって時間がたっていないから」

「まぁいいわ、

 それでねぇ
 
 なんとなくこのまま相撲を続けていくのもいいかなぁ…
 
 と思うようになったとき、
 
 夫があたしを迎えに来たのよ」

「あらっ」

「夫はあたしの前に頭を下げて、

 戻ってきてほしい。
 
 って頼み込んで出来たわ」

「それで?」

「ふふっ

 あたしも勝ち越したことで負け越したときの悔しさはなくなっていたし、
 
 戻ってもいいかなぁ…
 
 とも思ったんだけどね、
 
 でも、また女に戻っての日常には染まりたくなくて、
 
 それで、夫に提案したの、
 
 ’あなたの妻には戻ります、
 
  でも、女には戻りません。”
  
 ってね」

そう言いながらクスリと笑うに

「え?
 
 それってどういう…」

睦乃風は驚きながら聞き返すと、

「え?

 うふっ
 
 廻しは取らない。

 焔風のまま戻ります。
 
 ってこと」

「えぇ!!

 じゃっじゃぁ…」

「そう、

 わたしは力士・焔風のまま、
 
 夫の妻にもどったわ」

「でっ

 でも、
 
 そんな事をしては離婚なんて…
 
 ことになりませんでしたか?」

焔風の説明に睦乃風は恐る恐る尋ねる。

すると、

「わたしもね、

 最初はそれが心配だった。
 
 でも、夫はその選択はしなかった。
 
 やっぱり、向こうもそれなりの罪悪感があったみたい、
 
 夫は力士のままの姿のわたしには何一つ文句を言わないわ」

「そうですか」

「まっ、

 あくまでこれはわたしの場合、
 
 無論、あなたがわたしと同じことをする必要は無いわ、
 
 要するに、
 
 あなたが納得できる方法を選びなさい。
 
 ってこと。
 
 でも、結構辛いわよ、
 
 女に戻っての生活って…」

「はぁ…」

「あなたの旦那さんが理解ある人だと良いわね」

「えぇ…」

廻し姿のまま睦乃風と焔風は背中合わせになり土俵上で話を続ける。

すると、

サァ…

開け放たれていた窓より月の光が差し込むと、

土俵に二人の影が伸び、

その先は普段親方が座る桟敷まで届く。

すると、

「はぁぁ…」

月の光を受けながら焔風は大きく背伸びをすると、

「うふふっ

 変よね…」

と囁いた。

「え?」

その言葉に睦乃風が振り返ると、

「あたし達、

 力士にならなかったら
 
 こうして一つ屋根の下でいる事も、
 
 廻しを締めて相撲をすることなんて無かったのに」

と言う。

「そっそうですね

 力士になったから会えた様なものようなものですね」

焔風の言葉に睦乃風はそう返事をすると、

「ねぇ…」

「なっなんでしょうか…」

「わたしの事…好き?」

「え?」

焔風の口から出た言葉に睦乃風が驚いた顔をする。

「うふっ

 わたしね、
 
 あの日…
 
 あなたと初めて会った時、
 
 ピンっと来たのよ、
 
 この人なら強い力士になれるって、
 
 そして、
 
 わたしの見込んだとおり、
 
 あなたは二ケタの勝ち星をあげる力士になった」

「そんな、

 たまたまですよ、
 
 もし、次の場所にでたらどうなるか」

焔風の誉め言葉に睦乃風は恐縮すると、

「わたしね、

 自分よりも強い人って好きなの…
 
 こんなお相撲さんになってしまったわたしを投げ飛ばしてしまう。
 
 そんな人が好きなのよ」

「そんな、

 じゃぁ
 
 焔風さんのご主人はどうなるんですか?
 
 いまでも愛されているんでしょう、
 
 だから戻られているんでしょう?」

「それは…

 判らないわ…
 
 わたし、
 
 本当にあのひとを愛しているのか判らなくなってきているの、
 
 ひょっとしたら、
 
 力士としての生活が長く続けてきたせいなのかもしれない。
 
 いまこうして貴方の傍にいるだけで、
 
 ほらっ
 
 わたしのここってこんなに硬くなっているのよ」

睦乃風に向かって焔風はそう告げると、

グイッ

睦乃風を掴み、自分の股間を触らせた。

「あっ」

ビンッ!!

廻し越しに感じる硬い物体の存在に睦乃風は思わず声をあげると、

「うふっ

 硬いでしょう?
 
 わたし、
 
 あなたに興奮しているみたいなの…」

と焔風は囁いた。

「そっそんなぁ…」

焔風の告白に睦乃風は慌てて手を離すが、

しかし、その胸のうちでは、

ドクン

ドクン

心臓が熱く激しく鼓動をしていたのであった。

「だっだって、

 あたし達って、
 
 いまは、力士同士…おっ男同士でしょう、
 
 それに、女に戻ったとしても、
 
 今度は女同士じゃないですか、
 
 いっいけませんよ、
 
 こういうことは」

と後ずさりしながら訴えた。

しかし、

ユラリ…

焔風はゆっくりと腰を上げると、

「睦乃風…好き…」

と囁きながら一気に自分の懐に睦乃風を抱きしめると、

チュッ!!

その唇に自分の唇を当てた。

「んあっ」

唇を割って入り込む焔風の舌に睦乃風は自分の舌を絡ませながら、

「焔風…」

睦乃風も相手の身体に手を這わせ、

そして、互いにきつく抱き合ってしまった。

「睦乃風…」

「焔風…」

「愛してる…」

「あたしも…」

「うっうんっ

 大好き…」

「嬉しい…」

月が照らし出す土俵の上で、

砂だらけになりながらも二人の力士は絡み合い、

そして、互いの股間に手を忍ばせると、

廻しの下で硬くなっている肉棒を扱きあう。

そして、

「うっあぁ…」

ハァハァ

ハァハァ

次第に欲情してゆくと、

そのピークとなったとき、

「あぁ」

「出るぅぅぅ!!!」

の言葉と共に

シュッ

ピュピュッ!!

睦乃風と焔風は同時に果て、

その証としての精液を互いに吹き上げると、

腰に締めている廻しをそれぞれ汚してしまった。

ハァハァ

ハァハァ

「あぁ廻し…汚しちゃった…」

栗花の香りに似た匂いを放つ精液を見ながら

睦乃風はそう呟くと、

「ふふっ

 これはわたしと貴方との契りの証よ」

と焔風は言う。

「うっうんっ」

その言葉に睦乃風はうなづくと、

「今日の千秋楽、がんばろうね」

焔風は囁き、

そして、睦乃風にキスをした。



そして迎えた千秋楽、

睦乃風からすれば優勝からは縁が無かったものの、

しかし、最後となる相撲は3分近い大相撲の末、

辛くも勝ち星を挙げることが出来たのであった。

「ご苦労だったな、睦乃風」

場所が終わり、疾風部屋に帰ってきた睦乃風に向かって

親方はそうねぎらいの言葉をかけると。

「あっはいっ」

乱れが残る髷を揺らせながら睦乃風は頭を下げる。

「さっ、

 これが元に戻るクスリだ、

 早く戻ってダンナさんに尽くすといいよ」

そんな睦乃風に親方は女に戻る赤い錠剤を手渡すと、

「えぇ…」

睦乃風はそう返事をしながら錠剤を見つめ、

「あっ親方っ」

と声をあげた。

「なんだ?」

睦乃風の声に親方は驚きながら聞き返すと、

「一つ、頼みがあるんですが

 良いですか?」

と睦乃風は親方に頼み事をする。

「ん?

 俺でできる事か?」

「はいっ」

「いいよっ

 言ってみろ」

「はいっ

 では…」

親方の言葉に睦乃風はそういうと、

親方の耳に手当て、

そして、頼みごとを親方に伝えた。

「え?

 まぁ、お前がそれで良いのなら…
 
 俺はかまわないけど…」

睦乃風からの申し出に親方は意外そうな顔をしてそういうと、

「はいっ

 お願いしますっ」

睦乃風は明るい顔をして髷を結った頭を下げた。



チッ

チッ

チッ

壁に掛けられた時計の針が

亮一の帰宅時間が近づいてきた事を告げると、

「そろそろね…」

時計を横目に睦美はゆっくり立ち上がると、

スルッ…

着ていた着流しを解き始めた。

ハラッ…

雷光部屋と文字が染め抜かれた木綿の着流しが睦美の足元に落とし、

「ふふんっ

 ふふんっ」

鼻歌を歌いながら睦美は部屋から持ってきた風呂敷包みを解くと、

ハラッ…

その中にある廻しを取り出し、

そして、廻しを自分の身体に締め始めた。

場所中、稽古も含めて幾度もしてきたこの作業は

睦美にとってはすでに苦痛ではなく、

逆にこれから相撲を取るという高揚感を彼女に与えるものになっていた。

シュッ

ギュッ!!

「うっしっ」

引き締めるのと同時に、

パンッ!!

股間を締め上げた廻しを睦美は叩くと、

「はっ!!」

ビシッ!!

「ほっ!!」

ビシッ!!

掛け声と共にシコを踏み始めた。

ズシン

ズシン!

睦美がシコを踏むごとに自宅は大きく振動し、

棚の上から物が落ちてくる。

しかし、睦美はそんな事にはかまうことなくシコを踏み終えると、

「ふぅぅ…」

タオルを手に取り筋肉と脂肪で盛り上がった肉体を

洗うかのように噴出した汗をぬぐい始めた。

「ふふっ

 さぁて…」

笑みを浮かべながら睦美は頭の髷を軽く直し、

ノッシ

ノッシ

っと玄関へと向かっていった。

そして、玄関で蹲踞をするのと同時に、

ガチャッ!

玄関のドアが開くと、

「ただいまぁ!」

と言う声と共に嬉しそうな顔をした夫・亮一が帰宅し、

「大活躍だったな…むつ…」

と言いかけたところでその表情が固まってしまった。

「おかえりさない、

 あなた!!」

固まる夫に向かって睦美はそういうと、

「ふんっ!」

大きく片脚をあげてシコを踏んでみせる。

「なっ

 なっ
 
 睦美っ
 
 これは一体どういう…」

力士の肉体のままの妻の姿に亮一は声をあげると、

「なにって?

 ふふっ

 あ・な・た
 
 あたしを女に戻したければ、
 
 これからする相撲であたしを負かしてみせるのよ。
 
 さぁ、あたしの準備はおっけーよ、
 
 もしあたしを負かす事が出来なければ…
 
 あたし、睦乃風として疾風部屋にもどりますからね」

睦美…いや、睦乃風はそういうと、

ビシーーンッ!!

シコを踏んで見せた。

「そんな…」

力士化したままの睦美の姿に亮一は呆然とすると、



「(待ってて、焔風っ
 
  あたしっ
 
  この人を倒してあなたの元にいくから)

 さぁ、亮一さん…

 いくわよっ

 どすこーーーぃっ!!」



おわり