風祭文庫・アスリートの館






「土俵の神様」


作・風祭玲

Vol.513





ぴちょん…

昼過ぎからの雨が上がり、

鬱蒼とした木立に囲まれた境内に靄がゆっくりと立ち込める。

「ねぇ、

 裕兄ちゃんっ

 早くぅ…」

その靄をなぎ払うかのように、少女の声が響くと、

「おいっ

 あんまりはしゃぐなよ」

着物姿に下駄をならしながら歩く俺は先を行く少女・静に向かって声を上げた。

俺の名前は相原裕。

この近所にある相撲部屋で力士としてスタートしたばかりの新米力士で

先日の場所で前相撲でいわゆるデビューをしたばかりである。

そして、俺の前を走るのは俺よりも一つ下の妹の相原静、

現在、高校3年生の女子高生というやつである。

静はちょうどこの夏休みを使って東京に遊びに来ていて、

そのついでに俺の居る相撲部屋を覗きにきたのであった。

ザザッ

ザザッ

俺は下駄で足元の玉砂利を踏みつつ雨上がりの新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。

スゥー

湿り気を含む鮮度の高い空気が俺の鼻から一気に肺へと送り込まれ、

身体の中に活力が湧き出すような感覚を覚える。

「はぁ…」

俺が世話になっている相撲部屋の程近いところにあるこの神社は、

郷里の神社に雰囲気が良く似ていて、

キツイ稽古の後、時間を見計らって訪れては

気分をリフレッシュしていたのであった。

「お兄ちゃん、

 この神社って本当に八幡様に似ているね」

先頭を歩く静はくるりと回りながらこの神社の雰囲気の感想を言うと、

「あぁ…

 俺がこうしていられるのもこの神社のおかげだよ」

と俺は伸びかけの髪を軽く掻きながら返事をした。

すると、

「ふふ…」

静は含み笑いをすると、

「髪がそんなに伸びているお兄ちゃんってなんか変よ」

と俺の伸び掛けの髪を指摘した。

「えぇ?

 そうか?」

静の指摘に俺は髪をつまんで見せると、

「だって、お兄ちゃんっていつも坊主頭だったじゃない。

 なんかお兄ちゃんらしくなくて…」

と静は口を押さえながら小さく笑う。

「大きなお世話だ」

そんな静に俺は横を向くと、

「ねぇ、いつになったらちょん髷を結えるようになるの?」

と静は俺が髷を結える日のことを尋ねた。

「さぁ?

 番付が上がって、

 髪がここまで伸びればな」

静の問いに俺は自分の喉下を指で指しながら返事をすると、

「ふぅぅん、

 じゃぁ、まだまだ先ね…」

と静は横目で俺を見ながらハッキリと言った。

「(うっ)………」

静の言葉の中にあるトゲに俺の胸が小さく突かれていると

「!!

 ちょっと、お兄ちゃん」

何かに気づいた静が声を上げた。

「なんだよ」

静の声に俺は振り返ると、

「あれって

 お相撲の土俵でしょう?」

と尋ねながら指差した先には四本柱の屋根に守られた土俵が静に横たわっていた。

「まっまぁ、

 誰が見ても土俵だけど…」

静の質問に俺はそう返事をすると、

「へぇ…

 この神社にもあるんだ…」

土俵を見つめながら静は興味津々そうに見つめる。

「まぁ、

 神社に土俵はごく普通の事だと思うけど、

 そんなに珍しいか?」

そんな静の後姿を見ながら俺は聞き返すと、

「へへ…」

振り返った静は周囲に人影がないことを確かめると、

悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、

「ちょっとこれ持ってて」

と手にしていたバッグを俺に押し付けるなり、

土俵に向かって走って行った。

「あん?

 何をする気だよ、

 変に弄ると怒られるぞ」

土俵へと向かっていく静に俺は注意をすると、

「あたし、

 一度、土俵の上に立ってみたかったのよ」

と四本柱の屋根下についた静は靴と靴下を脱ぎながら返事をした。

「はぁ?

 おっおいっ

 土俵の上にって、

 女の子が土俵に入ってはいけないんだぞ」

静の返事を聞いた俺は土俵が女人禁制であることを指摘すると、

「そんな細かいことはいいじゃない。

 誰も居ないんだから!!

 お兄ちゃんが黙っていればそれでいいんだから!」

と俺の指摘に静はそう返事をしながら、

「よしっ」

ペタッ!!

ついに両足とも素足になり気合を入れる。

「おっおいっ

 止めろよっ」

「なによっ」

「なにも、ムキになって…」

あくまで土俵に入ろうとする静に諦めるように説得をすると、

「じゃぁ、あたしを止めて見せて」

そう言いながら静は片足をあげて見せた。

「うわっ

 バカッ!」

その姿を見た俺は思わず飛び出すと、

今にも土俵に脚を下ろそうとする静に飛び掛った。

しかし、

「あっ」

ペタ!!

俺が脚を下ろす静を抱き上げるのと同時に

彼女の足が土俵の上に着いてしまった。

「あっお前!!!」

静の脚が土俵について仕舞ったことに俺が声を上げると、

「へへ、着いちゃった

 ふぅーん、普通の土と変わらないのね」

肝心の静は反省することなく土俵の感触の感想を言う。

すると、

ズシン!!

いきなり土俵の回りが大きく縦に揺れた。

「え?

 地震?」

その揺れに俺と静は顔を見合わせていると、

ズシン!!!

さらに大きな揺れが俺達を襲い、

そして、その途端、

俺達の足元の感覚が消えてしまうと、

フッ!!!

ストーーーーーン

一瞬のうちに視界がブラックアウトしてしまった。

「うわぁぁぁぁぁ!!!

 静っ!!」

「きゃぁぁぁぁぁ!!!

 おっお兄ちゃぁぁぁん!!」

俺と静は叫び声を上げながら闇の中へと真っ逆さまに転落していった。

そして、


…

……

…………

ドスン!!!

「痛ぇぇぇ!!!

「いたーぃ!!」

どれくらい落ちていたかは判らない、

いきなり襲ってきた尻餅の痛みに俺は悲鳴をあげると、

追って静の悲鳴み響き渡った。

「痛ててて、なんだよいきなり…」

文句を言いながらしこたま打ち付けた腰を摩りながら俺は周囲をみると、

「あれ?」

俺の視界に飛び込んできたのはいつもの境内の風景だった。

そして、いつの間に晴れたのか、あれだけ立ち込めていた靄が消え

社殿の様子もハッキリと見える。

「あれ?

 いつの間に…」

ガラリと変わった周囲の様子に俺は呆気に取られていると、

『ふむっ

 お前らか』

という男性の声が響いた。

「誰だ!!」

男のその言葉に俺は声を上げると、

フワリ…

まるで湧き上がるようにして身長1mほどの小男が俺の前に姿を見せる。

「なっなんだ?」

無地の貫頭衣を腰の紐でゆわぎ、

頭の両側に髪を束ねる男のその姿は歴史の教科書で見た古代人そのものであった。

「何だお前は!!」

古代人の姿をする男に向かって俺は声を上げると、

『なっ!!』

男は驚きの声を挙げ、

そして、

『なんと無礼な!!!

 わしは貴様が毎日拝んでいる野見宿爾(のみのすくね)じゃっ』

と怒鳴り声を上げた。

「のみのすくね…?」

男のその言葉に俺は首を傾げていると、

「おっお兄ちゃん…

 野見宿爾(のみのすくね)ってお相撲の神様よ!」

と俺の後ろから静が指摘する。

「え?」

静のその声に俺は驚きながら振り返ると、

『まったく…

 貴様、相撲取りのクセにわしの名を知らぬとは、

 不勉強すぎるぞ』

と男…いや、野見宿爾は呆れた顔をする。

そして、それと同時に、

「あっそう言えば…」

そのときになってようやく俺は相撲部屋の親方より野見宿爾についての話を思い出すと、

「忘れていたの?」

「そーじゃないよ、

 まさか、本物の野見宿爾(…ですよね)

 が出てくるとは思わなかったから…」

野見宿爾と静からの冷たい視線を一身に浴びながら俺はそう弁明した。

『ふんっ

 まぁよい…』

野見宿爾はそんな俺を一瞥すると、

「でも、

 あの相撲の神様がこんな爺さんだったとは…」

と俺は腰を上げてシゲシゲと野見宿爾を見ると、

『なんじゃ…』

野見宿爾は俺を睨みつけるなり、

フンッ!!

ズムッ

俺の胸に目掛けて一発、突き押しを放った。

すると、

「うわっ」

ドシン!!

85キロある俺の身体は呆気なく吹き飛ばされると、

3m近く飛んで再び尻餅をついてしまった。

「すごい…」

その威力に静は目を剥くと、

ジロッ

野見宿爾は今度は静を睨みつけ、

「さて、女…」

と静に声をかけた。

「なっなんです?」

野見宿爾の言葉に静が一歩引きながら返事をすると、

『先ほど…

 お前は禁忌である土俵に足をつけたな…』

と野見宿爾は静が土俵に入ったことを指摘する。

「そっそれがなに?」

野見宿爾の質問に静が言い返すと、

「女人禁制であることを知ってのことか?」

鋭い視線を放ちながら野見宿爾は再度尋ねると、

「べっ別にいいでしょう、

 女が土俵にはいてはいけない。

 って言う方がおかしいわよ」

と静は反論するが、

『なに?』

静の反論に野見宿爾の目がさらに険しくなると、

『土俵は神聖な場…

 その土俵に入ることが許されているのは男子のみに限られておる。

 お前はその禁を犯した』

と告げた。

「だから、なんだって言うのよ、

 いいじゃないのよっ

 女の子が土俵に入っても、

 あたしはただ土俵ってどんなところなのか、

 知りたかっただけなんだから!」

野見宿爾の言葉に静はそう言い返すと、

「やば…」

緊迫を増してきた雰囲気に俺はある危険を感じ取り、

「おっおいっ

 静っ

 謝れ、

 謝るんだ!!」

と声を上げるが、

「お兄ちゃんっ

 謝る必要なんか無いわよ」

俺の忠告に静はそう返してきた。

すると、

『そうか、

 土俵がどんなところか知りたくてか…』

静の言葉に野見宿爾は大きく頷くと、

ジロッ!

野見宿爾は俺を見るなり、

『お前、

 土俵とはどういう所か知っておるな?』

と俺に聞いてきた。

「え?

 そっそれは…

 相撲を取るところだけど…」

野見宿爾の問いかけに俺はそう返事をすると、

『ふむふむ、

 さすがは日々毎日稽古をしているだけの事はあるな、

 そうだ、土俵とは相撲を取るところだ、

 そして、土俵に踏み込んだお前は相撲を取らねばならぬのだ』

と静に向かって野見宿爾は指摘する。

「そんな…

 相撲を取るって…

 だってあたしは女…」

野見宿爾の言葉に静はそう返そうとしたとき、

「!!!」

静は何かに気づくと、

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

叫び声を上げながら、

バッ!!!

っとスカートの前を押さえた。

「どうした?」

静の変化に驚いた俺はワケを聞こうとすると、

「いやっ

 いやっ!

 いやっ!!」

静は涙を流しながら首を激しく横に振り、

そして、

グッ

グッ!

グッ!!

スカート越しに股間を押さえる静の手を押しのけるようにして、

突起が突き出してきた。

「え?

 そっそれって…」

静の股間から突き出してくる突起に俺は顔を青くすると、

『ふふ…

 そうじゃっ

 女、

 お前にマラを与えよう

 マラを持てば堂々と土俵に上がってもよいぞ、

 ほほほほほほほ』

悲鳴をあげる妹を他所に野見宿爾は笑い声を上げる。

「まっ待ってくれ!!!

 妹にマラって、

 野見宿爾っ

 お前は静を男にすると言うのか」

笑う野見宿爾に向かって俺は怒鳴ると、

ジロッ

野見宿爾は俺を見据え、

『なんじゃ貴様は、

 力士の分際で、わしを呼び捨てにするのか?』

と凄みを利かせた声でそう告げた。

「呼び捨てもなにも、

 妹がこんな目に会わされれば誰だって怒るのは当たり前だ」

野見宿爾に向かって俺は怒鳴ると、

『ほぅ…

 ならば、お前、

 わしの前でその者と相撲を取り、

 そして勝って見せれば許してやろう』

何を考えたのか野見宿爾は俺にそう言う。

「え?」

野見宿爾の言葉に俺は呆気に取られると、

「やっやっやっ!!!」

再び静の悲鳴が上がり、

「どうした、しず…え?」

その悲鳴に俺は静の方を見るなり目を剥いた。

ニュニュニュ!!!

「いや

 いや

 いや」

悲鳴をあげる静のスカートがまるでゴムを伸ばすように長く伸びはじめると、

彼女が着ている服をも巻き取り、

濃紺の一本の布束へと変化していった。

「まっ廻しぃ?」

それを見た俺は静が着ていた服が相撲廻しになってしまったことに驚いてそう呟くが、

しかし、その間にも、

「いやだ、

 止めて!!!」

静は瞬く間に静は白い肌を晒し、

そして乳房を揺らす姿に変わってしまうと、

シュルリ

廻しに変わってしまった静の衣服が今度は彼女の腰へと撒きつき始めた。

そして、一瞬、妹の股間に起立する肉棒を晒した後、

シュル…

静の服が変化した廻しはそれを隠してしまうと、

シュルシュルシュル

キュッ!!

静の股間を引き締める。

「あっ

 いっいやぁぁぁ」

廻しを締められてしまった静がさらに悲鳴をあげると、

『さて、

 廻しを締めたからはお前も相撲取りじゃ、

 そこに居る男とここで相撲を取るのだ』

と涼しい顔をして告げる。

「え?

 裕兄ちゃんとお相撲を…」

野見宿爾の言葉に静は驚いた顔をすると急に顔を赤くする。

すると、

『なんじゃ

 赤い顔をしおって、

 相撲取りが恥ずかしがるんじゃない、

 ホレ!』

それを見た野見宿爾が呆れた口調でそう言うと、

なにかの掛け声をかける。

その途端。

「あっ…」

静は廻しの前を押さえると、

「おっオチンチンが…」

と言うなりその場にへたり込んでしまった。

「静…」

それを見た俺は声を上げると、

「だっ大丈夫よ、

 お兄ちゃん。

 ちょっと、オチンチンが疼いただけ、

 でも、

 なんだか、

 あっあたし…

 ちっ力が沸いて来るの…」

と赤らんだ顔でそう言い、

そして、

それと時を同じくして、

ムリ

ムリッ

静の両肩が盛り上がり始めた。

「しっ静っ

 おっお前…」

それを見た俺は驚きの声を上げると、

ムリムリムリ!!

「あっあぁ…

 あたし…

 力が、

 力が…

 くぅぅぅ…

 相撲を…

 あんっ

 すっ相撲を…取りたいのぉ」

まるで、身体の中から湧き上がってくる力士としての自分に興奮しながら、

静はのた打ち回り、さらに身体を膨らませていく。

「しっ静…」

変身していく妹の姿に俺は驚き、

そして、少し興奮をしていると、

『ほれっ

 お前も準備をしないか』

野見宿爾は俺を見るなりそう告げた。

すると、

「え?

 わわわわ!!」

俺が着ていた着物が見る見る相撲廻しへと変化してしまうと、

キュッ!!

稽古のときと同じように俺の股間を引き締めた。

「うっ…」

真新しい廻しが引き締める様子に俺は声を失っていると、

『どうやら、向こうも準備が終わったようだな』

と静を見る野見宿爾そう呟いた。

「はっ」

野見宿爾の言葉に俺は慌てて振り返ると、

「はぁ…

 おっおっお兄ちゃん…

 すっ相撲を取ろう…」

廻しを締め、俺よりも一回り大きな肉体へと変化してしまった静は、

荒い息をしながら土俵の中に腰を落とす。

「静…」

まさに力士の肉体にされてしまった妹の姿に俺は唖然とすると、

『ほれ、

 どうした。

 このまま力士の姿にしておくつもりか?』

と野見宿爾は俺を嗾ける。

「てめぇ…

 俺が勝ったら静を元に戻す約束忘れるなよ」

ニヤつく野見宿爾に向かって中指を立てながらそう怒鳴ると、

ゴクリ…

土俵の仕切り線に拳を突く静を見下ろし、

「静…

 俺が元に戻してあげるからな…」

と言い聞かせながら俺は仕切り線に拳を突いた。

そして、



『八卦良いっ…

 残った!!!』



野見宿爾のその掛け声と共に俺は

部屋の兄弟子のような姿の静に向かって飛び込んでいった。



静は相撲をまったく知らない…

相撲の取り方のイロハも…

力の加減もまったく知らないはずだった。

ビターン!!

「ぐぇふっ!!」

これで何回目だろうか、

俺は土俵に突っ伏した俺は

口の中に入ってきた砂をかみ締めていると、

『ほれっ

 もぅお仕舞いか…』

まるで俺を小バカにするような野見宿爾の声が響いた。

「くっそぉ…」

その声に俺は目を開けると、

「ふぅ」

「ふぅ」

息をする静の姿がシルエットとなって立ちはだかり、

そして土俵の上で突っ伏している俺を見下げながら、

「おっお兄ちゃん…

 よっ弱すぎよ…」

と失望したような口調でそう告げた。

「(ぐさっ)なにを……

 相撲のキャリアは俺の方が長いんだぞ」

妹のその言葉に俺は傷つきながらも、

「おいっ野見宿爾っ

 お前、静に相撲取りとしての技量を与えたろう」

野見宿爾に向かって怒鳴ると

『何を言うかっ

 この野見宿爾っ

 一方の者に肩入れするような卑怯者ではないわっ』

と怒鳴りながら言い返してきた。

「なにっ、

 立派に肩入れしているではないかっ

 女の子だった静をこんな体にしやがって、

 おいっ

 こんな八百長相撲、俺は認めないからなぁ」

『貴様っ

 よりによって八百長とは聞き捨てならないぞ』

「うるせー

 静をさっさと元の姿に戻せっ」

『ふんっ

 良く聞けっ

 この野見宿爾が仕掛けたのはあくまできっかけにしか過ぎぬ、

 確かに男としての身体と、相撲を取るための廻しは与えはしたが、

 しかし、それ以降の肉体の変化、

 そして、相撲の技量はお前の妹が元々持っていた天性に過ぎぬ、

 もし、お前が妹に勝てぬというのなら、

 それは、お前が妹より相撲取りとしての才能が無いからだ!』

野見宿爾は静の相撲は静自身が持っていた才能であることを指摘し

『さて、お主が何連敗するか見てみたかったが、

 残念ながらわしの方が時間切れじゃ、

 中々楽しめたぞ』

と俺と静の勝負が時間切れになったことを告げた。

「なっなにぃ?」

野見宿爾のその言葉に俺は驚くと、

『さらばだ…』

その言葉を残し野見宿爾の姿が消え、

そして、

ブンッ!!

俺の視界が1回転した。



「……ちゃん

 裕兄ちゃん!!」

意識の奥から静の声が響き、

そして、その声によって俺の意識が目覚めると、

「うっ

 あっあれ?

 俺寝ていたのか?」

俺は朦朧とする頭を振りながら起き上がった。

そして、

「変な夢を…」

と言いながら自分の身体を見ると、

「え?」

腰に巻かれている廻しを見るなり呆気に取られる。

「廻し…なんで?」

視界に映る廻しに俺は驚いていると、

「お兄ちゃん」

っと静の声が俺の耳元で響いた。

「んあっ

 静…」

静のその声に俺は振り返ると、

「うっ

 しっ静…

 その身体は…」

俺は妹の肉体を震える指で指差すと、

「もぅ、お兄ちゃんのバカ!!

 なんであたしを負かしてくれなかったのよ、

 おかげで、あたし…お相撲さんになったままじゃないのよ、

 もぅどうしてくれるのよ、

 こんな格好じゃぁ…マルキューに行けないじゃない!!」

と泣き叫びながら俺の身体を激しくゆすった。

「わっわっわっ」

激しい静の攻めに俺は翻弄されながらも、

「おっ落ち着け、静っ

 とっとにかくだ…

 おちつけ…」

と言ったところで、

「お兄ちゃんのバカァ!!!!」

静の叫び声と同時に

バシーン!!!

強烈な張り手が俺の顔にヒットすると、

「うぐぁぁぁ」 

俺の身体は高く宙に舞った。



それから2年後…

「もぅ…

 お兄ちゃんったら、いつまで序二段にいるのよっ」

稽古場で静は俺に向かって文句を言うと、

「うるせーなぁ…

 これでも、精一杯やっているんだ」

俺は静の身体に着いた砂を掻き落としながら言い返す。

「もぅっ

 お兄ちゃんがモタモタしている間に

 あたし十両になっちゃったじゃないのよ。

 どうしてくれるのよっ」

「文句を言うなら、何でそんなに勝つんだよ」

「だぁて、対戦相手がみんな弱いのよ、

 動作は鈍いし、

 持ち上げてみれば身体軽いし、

 ちょっと引っ掛けてやればコロコロ回ってしまうし、

 ねぇ、お兄ちゃん、

 なんで、こんな人たちに負けるのかあたしには理解できないわ」

と白廻し姿の静は俺を見下げた目でチラっと見ると、

プィっと横を向く。

「くっ」

妹のその蔑んだ視線に俺は唇をかみ締めると、

「史上最短・十両昇進!!!」

という見出しが躍るスポーツ新聞が俺の目に入った。

その記事は無論、それは静のことであり、

なかなか昇進できない俺はこうして静の付き人をしているのである。

「さてっ、終わった?

 じゃぁお兄ちゃん。

 可愛がってあ・げ・る」

砂を払い落とし終わった頃合に静は俺に向かってそう告げると、

グィッ!!!

筋肉で身体を盛り上げ悠然と土俵へと向かっていった。

「うっ」

その姿に俺は息を呑むと覚悟を決め、その後についていく、

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだよっ」

「お相撲って楽しいね…」

「あぁ…お前はな…」



おわり