風祭文庫・アスリート変身の館






「力士の華」



作・風祭玲


Vol.415





キーンコーン!!

ザワザワ…

長い夏休みが終わり、

秋の香りが微かに漂いはじめた始業式の朝、

「おはようございます、

 麗華さん」

「おはようございます。

 今日もお綺麗ですね」

大勢の男子生徒の注目と声に迎えられながら

県立昂揚高校3年の梶尾麗華は悠然と登校していた。 しかし、 肝心の麗華は次々と掛けられるその声を鬱陶しく払うかのように髪を手で梳くと、 「ふんっ」 と一言呟く。 すると、そのとき、 「おはようございます」 元気良のいい少女の声が響き渡ると、 タタタタ… 一人の女子生徒が制服を棚引かせながら麗華の横を走り抜けていった。 「ん?  だれ?」 見覚えのない彼女の姿に麗華は即座に

脳内の全校女子生徒のデータベースにアクセスしてみたが、 しかし、彼女に関するデータはヒットせず、 「転校生?」 咄嗟に導き出された答えに麗華は 「ちょっと」 と声をあげ彼女を呼び止めた。 「はい?」 麗華が声を上げると同時に女子生徒は立ち止まり、そして振り返る。 サラッ 手入れの行き届いた髪が軽く揺れ、 目鼻立ちの整った顔に軽くかかる。 「ねぇ…あなた、見かけない顔だけどどこのクラス?」 そんな彼女の姿に自分の存在を脅かす危険人物と判断した麗華は、 ジッ と睨み付けながら女子生徒の素性を探り始めた。 ところが、 「え?」 女子生徒は一瞬、キョトンとした顔をした後、 「いやだ  あたしですよっ  同じクラスの横山紀子ですよっ」 紀子は笑いながら自分を指さし麗華に名前を告げた。 「横山…紀子…」 紀子の説明に麗華は再びデータベースを稼働させてみたが、 しかし、その氏名と一致するクラスメイトと最後に会ったとき時の姿が 麗華の脳裏に鮮やかに浮かび上がると、 「えぇ!!  あっあの横山さん?」 麗華は悲鳴を上げるかのような声を上げ紀子を指さした。 そう、終業式の時の紀子は身長こそ今と同じであだったが、 体重はゆうに80kgを越え、男子からは”関取”とあだ名されていた存在だった。 しかし、夏休みが終わって再会した紀子は 1学期の姿とは似てもにつかない姿に変身していたのであった。 「そっそれにしても、随分と変わりましたね  少し痩せました?」 一時は唖然としながらも、しかし、麗華は冷静さを失わずに尋ねると、 「あっ判ります?」 紀子は嬉しそうに返事をした。 そして、 「実は…  夏休み中、少年相撲クラブの合宿に参加したんです。    あっ別に相撲を取ったわけでは無いですよ、    あたしが担当したのはちびっ子力士達の世話で…    で、その際にちびっ子達に相撲を教えた先生が    あたしに相撲ダイエットをしてみないかって言われまして、    時間があったし、面白そうだったので始めてみたら、    見る見る体重が減っていって…    夏休みが終わり頃にはこんなになってしまったんです。    でも、その後が大変でした。    だって、下着や服が前の寸法で買っていたので、    全部着れなくなってしまって」   と紀子は自分の姿がスレンダーな姿になれたのが嬉しいが、 しかし、予想もしていなかった出費があったことを残念そうに麗華に説明する。 「そっそう…  大変だったのね」 紀子の説明を聞いた麗華はそう返事をすると、 「じゃぁ、あたし今日の日直なのでお先に…」 紀子はペコンと頭を下げ学校へ走っていった。 「ふんっ  あんなに痩せたことを誇らしげに言わなくても」 次第に遠ざかっていく紀子の姿を眺めながら麗華は皮肉を交えながらそう呟いていると、 「あらっ  梶尾さんじゃない?」 と言う声と共に麗華のライバルである渡瀬清美が声を掛けてきた。 「渡瀬…」 清美の姿を見た途端、麗華は露骨にイヤそうな顔をする。 「あら、  そんなに毛嫌いをしなくても…」 麗華の表情に清美は余裕ぶった台詞を言う。 「べっべつに…」 少しでも清美の上に立とうと麗華は彼女のことを気にしていない素振りをすると、 「うふっ  妙にソワソワして…    いつものあなたらしくありませんわね」 と清美は麗華に絡んできた。 「誰がソワソワしていますって?」 清美の言葉に麗華が突っかかってくると、   「あらまぁ…」 清美はそんな顔をした後、 「ねぇ?  もしかして太りました?    いえねぇ…    終業式にお会いしたときから、    こう、お顔は丸く…    そして腕や脚が一周りも二周りも大きくなられましたので…」 と呟いた彼女この一言が麗華の心に深く突き刺さった。 「なっ!  ちょっと、それ、  どういう意味ですの?!」 清美を掴みかかりそうになりながら麗華が問い質すと、 ものすごい気迫の麗華に清美は思わずたじろぎながらも、 「いえっ  私はただ真実を申したまでで…  でも…  今月の終わりに開催される光陽祭が楽しみですわ」 そう切り替えすと麗華を振り払うように去っていった。 昂揚祭… そう秋分の日、麗華達が通う光陽高校では学園祭が開かれ、 その呼び物として校内のミスコンテストが開催されるのであった。 無論、麗華は1年と2年の昂揚祭ではチャンピオンに輝き、 清美は2回続けて次点に泣いていたのであった。 「確かに…」 清美に指摘され、麗華は思い当たることがあった。 この夏休み余り体を動かさなかった麗華は確かに太り、 それを見せ付けられるのが怖くて ここ2週間、体重計には乗ってなかった。 「まずい…  渡瀬に気づかれた…」 麗華の心の中に焦りの色が広がっていく、 「どうしよう…  このままでは昂揚祭の3連覇達成は…」 まさに麗華にとって危機であった。 とその時、あの紀子の顔が目に浮かぶと、 「そう言えば…」 暗い影が覆っていった麗華の心の中に一筋の光明が射し 「相撲ダイエット!」 と小声で叫ぶと一目散に学校へと走っていった。 「え?  相撲ダイエットのコトですか?」 麗華の質問に紀子が顔を上げると、 「えぇ  そう…」 麗華は笑みを湛えながらそう返事をする。 「うーん、そうですねぇ…」 紀子は自分がしたことを一つ一つ思い出しながら麗華に説明をすると、 「うんうん」 麗華は余裕の表情をしながらこまめにノートに記していく、 そして、説明が終わると、 「で、どなたにお願いすれば、  コレをしていただけるのですか?」 と尋ねると、 「あっ  梶尾さんもやられるのですか?」 紀子は麗華を指さしながら聞き返した。 ピクッ! 彼女のその声が響いた途端、 麗華の目尻が微かに動くと、 「いえっ  直接会ってお話を聞きいてみたいと思いまして…」 ノートを閉じながら麗華はきっぱりと言い切った。 ところが… 「相撲ダイエット?」 そばの柱の陰で清美が2人の会話をこっそり聞いていて、 「ふぅーん、そうですの…  あっそうだ、いい事を思いつきましたわ」 と呟きながら何かを思いついたのか清美はニンマリと笑みを浮かべた。 「ごめんください」 その日の午後、 「おしっ!  こぃ!」 「うりゃぁ!!」 バシーン!! 「まだまだ!!」 稽古の音が響き渡る相撲道場の前に麗華は立つと、 「ここね…  でも確かに雰囲気あるわねぇ…」 そう呟きながら相撲道場の建物を見上げた。 麗華の目の前に立つ道場の建物は築数十年は過ぎていると思われる木造瓦葺きの建物で、 彼女の前に威厳を放ちながら建っていた。 そして、稽古が終わりを告げ、 道場に通っている子供達が帰った頃を見計らうと、 「あのぅ…すみません」 麗華は声を上げながら道場のドアを叩いた。 「え?  相撲を?」   男の汗の臭いが充満する相撲場の土俵の上で廻し姿の勝沼武三は声を上げると、 「はいっ」 笑顔で麗華は返事をする。 「あぁ、この子か、  さっき電話があった相撲取りになりたいって子は…」 武三は麗華がやってくる少し前に、 親と名乗る人物から 『娘に相撲を教えてあげて欲しい』 という依頼の電話を受けていたのだが、 「そうか?  でもねぇ…女の子に相撲は無理だと…」 断るかのような言葉を言いながら武三は麗華を見ると、 「おっお願いします!  そこをなにとぞ」 麗華は制服が汚れるのも構わずに跪き武三の脚にすがった。 「ちょちょっと!!」 突然の麗華の行動に武三は驚くと、 「わかった。  判った!    そこまで言うのなら…」 麗華の行動力に武三は折れ、 「そのかわり、  俺の稽古はキツイからな、    女でも容赦はしないぞ」 と言うと、 「はいっ  ありがとうございました」 麗華は喜びながら頭を下げた。 そして、その翌日から麗華の相撲ダイエットが始まった。 夕方、学校帰りの麗華がジャージ姿で相撲場の中に入ってくると、 そこには竹刀を持った武三が立っていて、 ジロ!! 麗華を一瞥するなり、 「よいかっ、  良く動き、  良く食べ、    良く寝る    そうだ、これこそが稽古の基本である    わかっておるな」 と声を張り上げた。 すると、紀子から 「ダイエットとは言わずに稽古っていうのよ」 そう教えられていた麗華は 「はいっ」 と元気よく返事をした。 「うむ」 麗華のその声を聞いた武三が大きく頷き、 「よしっ  じゃぁ今日は稽古の基本から教える」 と告げると、 麗華に相撲の稽古の基本である、 ”すり足””テッポウ”等を教え始めた。 こうして麗華の稽古が始まり、 日に日に麗華は相撲の腕を上げていった。 そして、3日が過ぎると、 「こらっ、  そんなものを着ていたのでは  稽古にならないだろうが、    相撲をするには廻しを締めろ!」 相変わらずジャージ姿で稽古する麗華に武三は怒鳴ると、 「え?」 テッポウの稽古をしようとしていた麗華は思わず身体を止め振り返った。 すると、 バサッ! 麗華の前に一本の黒廻しが放り投げられ、 「コレを締めろ!」 と武三は麗華に告げた。 「こっこれを…」 「そうだ、さっさと締めろよ」 「でっでも、  あたし…廻しなんて締めることが出来ません」 さすがに抵抗感があるのか、 武三に抗議するようにして麗華はそう言いきると、 「わかった、  じゃぁヤメだ」 麗華の言葉に武三はそう返事をすると帰り支度を始めだした。 すると、それを見た麗華は 「あっ待て、  着替えます、    着替えますから」 出ていこうとする武三を押しとどめると、 しおらしくジャージを脱ぎ、 そして、下着姿を隠すように 「あのぅ、  あたし…  廻しの締め方を知らないんです」 と武三に告げる。 「ったく仕方が無いなぁ」 そんな麗華に武三はそう言いながら、 さっき放った廻しを手に取ると、 「おいっ、  パンツも脱げ、    廻しというのは直に締めてこそ意義があるんだ」 と麗華に向けて告げた。 「え?」 武三の言葉に麗華は驚くが、 「はいっ  判りました」 麗華は下着を取ると、 親にも見せたことがない股間を武三に曝す。 しかし、武三は麗華の裸体には変な興味を持たずに、 シュルリ… 麗華の身体に廻しを締め始めた。 そして、 ギュッ! っと締め終わると、 麗華の股間は引き締められ、 どこか神聖な雰囲気になってしまった。 「どうだ、  この方が気が引き締まるだろう!」 ピシャッ!! 武三は露わになっている麗華のヒップを叩きながら感想を求めると、 「はいっ」 身が引き締まるような思いをしている麗華はそう返事を返す。 そして麗華が廻しを締めた時をもって武三のスイッチは入り、 「よーしっ  じゃぁ、3番勝負と行くか!」 腕を鳴らしながら武三は土俵に降りてきた。 「うらぁ!!」 バシーン!! 「もぅ一丁!」 バシーン!! 相撲道場から響く稽古の音は夜遅くまで響くようになっていった。 そして、そのころから麗華は学校を休むようになり、 いつも麗華の席は空席になっていた。 「あのぅ…」 「はい?」 麗華が休むようになって1週間が過ぎたある日、 「梶尾さん何で休んでいるのかご存じ?」 紀子の前にあの清美が立つと麗華の消息を尋ねた。 「さら?」 最初は首を捻った紀子であったが、 「あぁもしかしてあそこに行っているのかな?」 と紀子は相撲道場の話を清美に教えた。 「そう…」 自分押しかけた罠に麗華が嵌っていることを確認するとニンマリと笑う。 ところが、 その夜、そんな清美に衝撃の事実が襲った。 「まさか…」 つい疎かにしてしまっていた入浴後の体重チェックで 久方ぶりに体重計に乗った清美の表情が見る見る引きつっていくと、 「まずい…油断していた!!」 清美はこれまでの食生活を反省すると同時に焦りが生じ始めた。 そして、大急ぎで電話を取ると、 自分こそは自分こそは相撲ダイエットをしてもらおうとしたものの、 しかし、 「勝沼さんはまずいわね…」 清美は武三は避けると 武三とはライバル関係にある指導員である指田武雄に電話をかけた。 ところが、電話にでた武雄は耳が悪く、 相撲ダイエットの事をお願いする清美の依頼を”相撲を取りたい”と解釈し、 さらに、清美のライバルの女性が武三の所にいることを聞くと、 俄然ハッスルし、清美に手ほどきをするからこいと返事をした。 「ふふふ、やったわ」 電話を切る清美は勝利を確信するが、 しかし、それが誤解に基づいていることに気づいては居なかった。 そして、その日を境にぷっつりと清美の消息が途絶えてしまった。 「うしっ」 バシーン! 「ウシッ!」 バシーン!! 相撲道場に寝泊まりをして相撲の稽古を続ける麗華は、 力士並の食欲と激しい稽古と合い重なって、 痩せるどころか、逆に太りはじめ、 肩は筋肉で膨れあがり、 厚くなっていく胸板は乳房を飲み込むと、 お腹は太鼓のように突きだしていった。 そして、さらに腕や手にも筋肉が付くと麗華は文字通り力士へと変貌していったのであった。 「うんっ」 バシーン 「うんっ!」 バシーン!! 相撲場には常に麗華が奏でるテッポウの音が響き渡るのを、 武三は嬉しそうに聞き入っていた。 そして、昂揚祭の当日を迎えると、 「よいなっ  私の教えられることは全て教えた。    さぁ頑張ってこいっ」 「はいっ!」 小山のような肉体にキリっと廻しを締めた麗華に武三は満足そうに眺めそう言うと、 まるで、麗華を相撲の大会に送り出す者のように麗華の身体を叩き送り出した。 ざわざわ… ミスコンテストの会場には既に男子生徒達が詰めかけ、 会場は押すな押すなの大盛況と呈し、 彼らの共通の話題は麗華が3年連続の栄冠を手に入れるのかと言うことだった。 やがて時間の到来と共に、 仮設ステージの灯りが消され、 「たいへん長らくお待たせをしました」 その言葉と共に焚かれたスモークの中から司会役の生徒が出てくると、 「只今より、第×回、ミスコンテストを開催します」 と高らかに宣言をした。 そして、 「では、  出場者の登場です!」 とステージの左右に作られた入場門を指さし声を上げるのと同時に、 「いやぁぁぁぁ!!」 「きゃぁぁぁぁ!!」 両側から一斉に少女の叫び声が上がると、 ズシン! ズシン!! と足音を響かせながら、 左右の入場門から屈強な肉体を持ち廻しを締めた姿の力士が姿を見せた。 「はぁ?」 それを見た男子生徒の中から一斉にそんな声があがる。 しかし、力士達はそんな周囲にはお構いなしに中央部で顔を見合わせると、 「まぁなんて姿なのかしら?」 「それはあなたこそ」 力士となってしまった2人はお互いにけん制をすると、 「ふふふ…  そうね、じゃぁここで決着をつけましょうか」 っと向かって右側の麗華がそう告げると、 「うふっ…  いいですわ    あたしも力が有り余って困ってますの」 左側の清美も負けじとそう返す。 そして二人は笑みを浮かべながら、 足で仕切り線を描くと、 ズザァァァァァ!! 二人はそろって大きく片足を上げた。 ステージの上で2つの力士の華が可憐に開いた瞬間であった。 おわり