風祭文庫・アスリートの館






「キノコ」
(恵の巻)



作・風祭玲


Vol.392





ピチョン!!

未明まで吹き荒れていた台風が過ぎ、

その台風が持ち込んだ熱気によってまるで夏を思わせる初秋の朝。

「起きなさい!!、

 いつまで寝ているの!」

朝日が差し込む合宿所に三瓶恵の声が響き渡った。

すると、

「んあ…」

その声に反応して一人、また一人と男達が被っていた布団を捲り起き上がりはじめると、

「ほらっ

 さっさとするっ

 全員が寝坊してどうするの?

 もぅ、レスリング部はとっくに朝練をしているというのにぃ」

そう言いながら髪をポニーテールにまとめ、

Tシャツにスパッツ姿の恵は片手を腰にあて、

上の階から響き渡る音を指差しながら声を上げた。



「せいっ」

バシンッ!!

「もう一丁っ」

「押せ押せ!!」

「気合だ気合!!」

恵の怒鳴り声から程なくしてR大相撲部合宿所に声が響き渡ると、

土俵の中で廻し姿の相撲部員たちによる朝稽古が始まったが、

しかし、土俵の中には緊張感が見られず、

どことなく真剣とはほど遠い

ダラけたようなそんな雰囲気が周囲を支配していた。

そして、

そんな稽古の様子を横目で見つつ

部員達の汚れ物を集め洗濯の準備をしていた恵は

「はぁ…」

ため息をつきながら、

「なんでこうなんだろう…」

と呟いていると、

「どうした?

 ため息なんてついて」

「あぁ、真一?」

不意に掛けられた声に恵は振り返ると、

彼女の後ろには相撲部の主将を務める真一が廻し姿で立っていた。

そして、真一の姿を見た途端、

「ちょっとぉ

 もぅ少しアレ何とかならないの?」

と稽古している部員達を指差しながら恵が文句を言うと、

「まぁ恵の気持ちは判るけど、

 でも、みんなもそれなりに真面目にやっているんだよ」

そんな恵をなだめるかのように真一は諭す。

「でも…」

恵はなおも何かを言おうとしたが

しかし、そこで口をつぐんでしまった。

理由はこれ以上言っても部員達の自主性を重んじる真一とでは

いつもの水掛け論になるのが目に見えていたからだった。

そして、

「洗濯に行ってきます」

と恵は一言言い残して合宿所を後にすると、

「まったく…

 主将がアレだから、部員達がだらけるのよ」

と文句を言いながら運動部の共同洗濯場へと向かって行った。



R大相撲部…

かつては学生横綱を輩出するなど学生相撲のトップに立っていたが、

しかし、昨今の男子学生の相撲離れなども手伝って部員は年々減少、

いまでは主将を務める各務真一を筆頭に5人の部員がいるだけの小さな部になってしまった。

無論、今日の相撲をめぐる情勢からして5人も部員が在籍していると言うことは、

それだけで奇跡なのだが、

しかし、相撲にあこがれマネージャとして入部した恵にとって、

このだらけたような雰囲気は我慢が出来なかった。



「まったく…

 もっと気合を入れなくっちゃだめよ

 あぁ…あたしだったらビシビシと稽古をするのになぁ」

ゴウンゴウン

と動く洗濯機を見下ろしながら恵はそう呟いていると、

「おはようございます」

元気な女性の声が響き渡った。

「あっ、おはようございます」

その声に恵は振り向いて挨拶をすると、

「お互い、大変ですね」

そう言いながら恵と同じように汚れ物が山と詰まった籠を抱えて

レスリング部のマネージャである高城栞が洗い場へとやってくると、

いつもの笑みを浮かべながら、

「相撲部さんは個人個人目標を持って稽古をしているのが羨ましいわ」

と愚痴を零しながら洗濯を始めた。

「えぇ?

 そんなこと無い無い、

 うちなんて、自主性をいいことにだらけていますよ、

 それこそレスリング部の熱心さを分けてもらいたい位よ」

栞の意外な言葉に恵はあわててそう言うと、

「いえいえ、

 うちの熱心さはあくまで表向きだけ、

 コーチがいなくなった途端にだらけますよ」

と栞は言う、

「そういうコーチがいるだけでも良いじゃないですか」

「でも、居るだけのコーチではねぇ…」

相撲部とレスリング部

二人のマネージャは洗濯をしながらそういい合うと

「はぁ…」

お互いにため息をついた。

とそのとき、

ぶわっ

吹き返しの風が洗い場を吹き抜けていくと、

その風に煽られた栞の洗濯籠がバランスを崩し、

ガタン

とひっくり返ってしまった。

「ぎゃっ!!」

それを見た栞は悲鳴を上げると慌てて零れ落ちた汚れ物の回収に走り、

恵も手を休めて手伝う。

「あっすみません」

恵の行動に栞は礼を言いながられ落ちた汚れ物を追って洗い場の裏側に回ると、

「ねぇねぇ

 ちょっとちょっと」

何かを見つけたのか恵を呼んだ。

「どうかしたの?」

栞の声に恵が裏側に回ってみると、

「うそっ

 なにこれ?」

目に飛び込んできた光景に驚きの声を上げた。

そう、それは洗い場の屋根を支える柱にキノコがびっしりと生え、

日の光を受けてキラキラと輝いている様子だった。

「毒キノコ?」

恐る恐る顔を近づけながら恵はそう尋ねると、

「ううん、違うわ」

キノコを一本採った栞はそれをじっくりと眺め、

そして匂いをかぎながらそう答える。

「え?判るの?」

「うんまぁ

 よく、家族とキノコ採りに行ってたから…」

恵の疑問に栞はそう返事をすると、

「これ、シメジよ」

と説明をしながら手にしたキノコを恵に手渡す。

「ふぅ〜ん…」

手渡されたキノコを恵は興味深そうに眺めると、

「あっこれ、スーパーで見たことがある

 へぇ…シメジってこういうところに生えているのね」

と感心しながら呟いた。

「うん…

 でも、普通はこんなところには生えないし

 それにいまどきに生えるなんて…」

感心する恵の言葉に栞は頭を掻きながらそう返事をすると、

「よっ」

恵は柱に生えているシメジに手を伸ばすと、

汚れ物が消え空いている洗濯籠へと放り込み始めた。

「なにを?」

その様子に驚いた栞が思わず理由を尋ねると、

「決まっているでしょう?

 今夜の夕食に出すのよ、

 まったく、大して稽古もしない癖に食べているんだから…

 少しは節約をしないとね」

栞の質問に恵は片目を瞑りそう返事をした。

「なるほど…」

恵の答えに栞はハタと手を叩くと、

「じゃっあたしも採ろうっと」

栞もシメジを採り始めた。

こうして洗濯籠にシメジを入れた栞と恵は合宿所に戻ると、

夕食の支度へと取り掛かかった。



そして迎えた夕食…

「うっ」

食卓の上に山盛りの盛られたシメジ料理に部員達は皆一斉に身を引いた。

「さぁ、食べて、

 腕によりをかけて作ったんだから」

割ぽう着を脱ぎながら恵がそう言うと、

「なにボサっとしているっ

 折角マネージャがみんなのことを考えて作ってくれたんだ。

 さっさと食べないか」

率先して席に着いた真一がシメジの山に箸をつけ

「んっんまいよこれ」

と言いながらパクパクとシメジを食べて見せる。

しかし、

「あのぅマネージャ?

 このキノコはどこで買ったものですか?」

一人の部員がシメジを指差しながら尋ねると、

「あぁ、洗濯をするところがあるでしょう、

 あそこに生えていたのよ」

と恵はアッケラカンと答えた。

「!!」

その答えを聞いた部員達は皆一斉に驚くと、

「………」

黙黙とシメジを食べてみせる真一を不安げに眺めるだけで、

決してシメジに箸をつけることはなかった。



「折角作ったのに…」

食後、部員達が席を立った後のテーブルの上には真一が幾分食べたものの、

だが、しっかりとシメジ料理だけが残され、

恵はそれを眺めながらため息をついていた。

そして、

「仕方が無い」

恵は膝を叩きながらそう呟くと残されたキノコ料理を口に運んだ。

「あら、時間が経っても美味しいじゃない」

「もぅ、なんでみんな食べなかったのかな」

「いいわっ全部食べちゃおう」

そう言いながら次から次と恵はシメジを口へ運び食べていく、

そして、すべて食べつくすと、

「はぁ美味しかった!」

っと満足そうに膨れたお腹を叩いた。




翌朝、

「うぃーす」

と言う声と共に部員達が起きてくると、

「おーすっ

 今日はちゃんと起きたな」

朝食のために台所に立つ恵はそう返事をした。

「え?」

男のような恵のその声に部員達が一瞬驚くと、

「あらっ

 やだ、あたし何を」

自分の言葉に気づいた恵は慌てて自分の口に手を当てた。

「あはは

 俺達と一緒に合宿をしてきたから、

 マネージャーにも言葉が移ってしまったかもな」

恵の様子に部員達は軽く笑っていると

「おはよー」

しわがれたような声で挨拶をしながら真一が起きてきた。

「なっなんですか、主将っ

 その声は」

真一のの挨拶に部員達は一斉に驚くと

「仕方が無いでしょう、

 風邪を引いたみたいで

 声の調子がおかしいんだから」

と真一は文句を言うが、

けど彼の言葉遣いに部員達の背筋に冷たいものが走る。



「せやっ」

「押せ押せ!!」

程なくして相撲部の稽古が始まると

「うっうんっ」

恵も喉の調子が悪くなり

しきりに咳払いを始めだした。

「やだ、あたしも真一の風邪が感染したのかなぁ」

そう思いながら恵が掃除を始めると、

バサッ

立てかけてあった紙袋が倒れると、

その中から茶色く染まった廻しが顔を出した。

「やだっ!!

 もぅ!!

それを見た恵は文句を言いながら廻しに手を伸ばそうとしたとき、

ドクン!!

恵の心臓が大きく脈を打った。

「!!

 なに?」

ドクン…

ドクン…

次第に速度を上げていく胸の鼓動に恵は伸ばしていた手を自分の胸に当てるが、

ドクン!!

さらに大きな鼓動が響くと

「うっ」

うめき声を上げながらその場に両手をつき蹲ってしまった。

ハァハァ

ハァハァ

蹲る恵の呼吸は次第に荒くなり、

そして、小刻みに体が痙攣を始める。

「まっまさか、

 昨日食べたシメジが当たったの?」

即座に恵の脳裏に昨日食べたあのシメジのことが思い出される。

すると、

ドクン!!

一際大きく心臓が脈打つと、続いて襲ってきた津波のような苦しみに

「うぐうぅぅぅぅ」

恵は歯を食いしばり、

クハァ…

クハァ…

肩で荒い息をする。



クハァ

クハァ

ボタボタボタ!!

恵の身体全体から滝のような汗が噴出すると、

着ていたTシャツがまるでシャワーを浴びたかのようにずぶ濡れになり、

そして、滴り落ちた汗が身体の下に黒いシミを広げていく。

ハァハァ

ハァハァ

「たっ助けて…

 誰か…助けて…」

痙攣する腕を伸ばしながら恵が必死で助けを呼ぶが、

しかし、彼女の弱弱しく擦れた声は稽古中の部員達に届くことは無く、

恵の異変を聞きつけて駆けつけてくるものは誰も居なかった。

「だっだれか…」

カッと目を見開き、

恵は苦しみながら這いずっていくと、

ボコッ!

ボコッ!

恵の体のあちらこちらより異音が響き始めた。

「なっなに?」

自分の体から響く異音に恵はスグに気がつくが、

しかし、いまの恵はそれを確認することはままならなかった。

ボコッ!

「うっ」

ボコッ

「うっ!」

異音が響く度に恵の身体は小さく飛び跳ねるように動くと、

ムクッ

ムクッ

っと華奢な恵の体が少しずつだが、確実に大きくなっていく、

そして、

ボコンッ!

恵のお腹のあたりから一際大きい音が響くと、

ミシミシミシ!!

メリメリメリ…

続いて軋むようなそのような音が響き渡った。

「う…

 うぐぅぅぅぅぅぅ!!」

まるで自分の体を引き裂くようにして

ゴツゴツしたもぅ一人の自分が飛び出してくるような苦しみに

恵は歯を食いしばり、

のた打ち回る。



「うぐぅぅぅぅ」

うめき声を上げる恵の両腕はいつの間にか元の大きさの3倍近くに膨れ上がり、

発達した筋肉の繊維による束の陰影がくっきりと浮かび上がる。

そして、恵はその腕を自分の胸元に持ってくると、

ぴっちりと身体に張り付いているTシャツに手を掛け、

「フンッ!!」

っと腕を引くとシャツを引き裂いた。

ビリビリビリ!!

布が引き裂ける音が部屋に響き渡ると、

そこには引き伸ばされた六角形の胸板が逞しく盛り上がり、

そして、葡萄の房のような腹筋をもつ恵の肉体があった。

「うっうっうっ」

上半身を晒しても、

なお恵は白目をむき、

膨れ上がった腕で喉を掻き毟る。

すると、

ググググググ…

恵の喉に喉仏が盛り上がると、

続いて、股間からも何かが盛り上がり始め、

一足先に既に太くなっていた脚によってパンパンに張り詰めていたスパッツにテントを張る。

メリメリメリ!!

盛り上がる股間によって恵のスパッツは悲鳴を上げ、

縫製のあちらこちらから糸がほつれだした。

そして、

メリメリメリ

メリ…

一瞬、音が止んだ後、

バリバリバリ!!

恵のスパッツは音を響かせながら引き裂けてしまうと、

その中から筋肉で盛り上がった脚とともに、

ブルン!!!

亀頭を輝かせながら棍棒のような肉棒・ペニスが飛び出した。

「ふぅ

 ふぅ」

着ていた服をすべて引き裂き、

鍛え上げたような汗だくの男の裸体を恵は晒す。

「ふぅ

 ふぅ…」

次第に落ち着いてきたのか、

恵があげていた荒い息は徐々に落ち着き、

それによって

「ふぅっ」

苦しさから開放されてた恵は薄っすらと目を開け、

「あっ、

 あたし、どうしたんの…」

天井を見上げながらそう呟いた。

そして、

ゆっくりと起き上がって自分の下半身を見たとき、

「ひっ!!」

恵の表情が一気に引きつった。

「なっなに?

 こっこれってどういうこと?」

ビクン!!

恵の視界にはゴツゴツとした筋肉が盛り上がり、

そして股間には棍棒のようなペニスがそそり立つ自分の身体が飛び込んでくる。



どれくらい時間が経っただろうか、

「そんな…あたし男の人になっちゃったの?」

そう呟きながら恵がそそり立つペニスに手を伸ばそうとしたとき、

ふと、さっき拾おうとした廻しが目に入った。

「あっ」

ドクン!!

その廻しを見た途端、

恵の胸は再び高鳴ると、

「あっあぁ…

 暴れたい…ぜ」

そう呟きながら恵は廻しに手を伸ばし、

そして、それを伸ばしながらゆっくりと立ち上がった。

ムキッ!!

鍛えられた男の肉体がシルエットとなって浮かび上がる。

「そっそうだ、

 おっ俺が奴らを鍛え上げてやる」

キッ!!

恵の口からその言葉が漏れると、

稽古場のほうをキツク睨み付けながら

シュルリ

恵の腰に廻しが巻かれていった。



「うわっ」

「しゅっ主将!!」

「いやぁぁ、見ないでぇぇぇ」

稽古場に悲鳴が響き渡ると、

呆気に取られている部員達を他所に真一は見事に膨らんだ乳房を両手で抱えながら、

土俵の中に座り込んでいた。

体型も男のそれから女性の曲線を描き、

腰の形が変わった為か締めていた廻しが解けている。

「しゅっ主将が女になった?!」

この異様な事態に部員達が目を点にしながらそう囁きあっていると、

ドスドスドス!!

突然、合宿所の奥から足音が近づいてくると

「おらっ

 何をしている!!」

という怒鳴り声とともに恵が相撲場に入ってきた。

「え?」

相撲場に響き渡った恵の声に部員達が一斉に振り返ると、

そこには顔は恵のままだが、

しかし、首から下はまるで鎧のように筋肉を折り重ね、

そして、腰には一本の廻しがギュッと締められていた。

「まっマネージャ!!

 そっそれ、

 どうしたんですか」

まさに力士を髣髴させる恵の肉体に部員達が一斉に叫ぶと、

「何をごちゃごちゃ言っている。

 俺は男になったのよっ」
 
恵のその返事と同時に

「いやぁぁぁ!!」

恵と入れ替わるように胸と股間を抑えて真一が飛び出していくが、

しかし、恵はそんな真一には気にとめずに相撲場へと降りてくると、

バシッ

バシッ

っとテッポウを始めた。

そして、部員達のほうを一目見るなり、

「今日から俺が主将だ。

 お前らをたっぷりと鍛えてやるからな」

と呟くと笑みを浮かべた。



それから1年後…

恵の猛稽古によってR大相撲部はインカレで優勝をするくらいに強くなり、

一方、真一は相撲部を支える美人マネージャとして知れ渡るようになっていたのであった。



おわり