風祭文庫・アスリートの館






「力士にされたあたし」



作・風祭玲


Vol.324





「はっけよーぃ」

行事のかけ声と同時にあたしは蹲踞の体勢から前屈みになると、

向こう側の対戦相手を睨み付けた。

そして、

はぁ…はぁ…

ゆっくりと、呼吸を合わせていく。

ピタッ!!

やがて、呼吸が一致したとき、

タンッ!!

あたしは両手を土俵に軽く叩きつけると、

思いっきり飛び出していった。

無我夢中だった。

飛び散る汗、

足の裏を滑っていく砂の感触、

幾度もはね除けられながらも

あたしは自分の手を相手の横廻しの下に潜り込ませると、

思いっきり踏ん張った。

だぁぁぁぁ!!

そんな声を上げたと思う…

ふと気づいたときには対戦相手は土俵の下に落ちていた。

「(あっまた勝った…)」

「桔梗山!!」

行事の勝ち名乗りを聞きながらあたしはそう感じると頭を下げた。



「ようっ、勝ち越しとは凄いじゃないか」

支度部屋に戻ったあたしに兄弟弟子達が次々と声をかけてきた。

「あっありがとう…」

あたしはそう返事をすると、

パシッ

パシッ

っとてっぽうを始める。

そして、暫く突いた後、

「ふぅっ」

っと大きく息を吐くと、

あたしは腰に締めている廻しを外し始めた。

黒く染められた廻しはあたしの汗と土俵の砂をたっぷりと飲み込んで、

すっかり白茶けていた。

そして、廻しを外した途端、

ビンッ

あたしの股間から一本の肉棒が勢いよく飛び出した。

「…うっ………」

その瞬間、あたしの手の動きが止まると、

じっと肉棒を眺めていた。

そう、こんなのはあたしの身体には最初から無かった。

いや、

それ以前にあたしは力士なんかではなく、

ごく普通のOLだった。

そう、あの日の出来事の前までは…



「相撲博物館?」

久々のデートで行き先を告げられたあたしは思わず聞き返した。

「あぁそうだ、今日ちょっとそこに行ってみような」

学生時代からつき合っている桂は気軽にそう言うと駅へと向かっていく、

しかし、あたしは、

「えーっ、もっと、面白いところに行こうよ」

と文句を言うと、

「まぁ…

 行く前からそう決めつけるなよ、

 案外面白い所かも知れないし…

 それに婆ちゃんからの頼まれモノもあるからな」

と桂はあたしに言った。

「頼まれモノ…?」

その言葉を聞いたあたしは思わずピンと来ると、

ムギュッ

桂の耳たぶを抓りながら、

「コラッ、桂っ

 あんた、幾ら貰った?」

と尋問をした。

「イテテ…

 はっ離せってぇの」

桂は思わず悲鳴を上げると、

「白状するまで離さない!!」

とあたしはキツイ口調で言う、

「すると、

 1万だよたったの1万!」

ようやく桂が白状をすると、

「なんだ、たったのそれっぽっちか」

あたしはそう言いながら手を離した。

「婆ちゃんがなぁ、

 この間国技館で相撲を見てきたんだけど、

 その際に買いそびれた土産があって、

 どうしても、それが欲しいって俺に言ってきたんだよ」

耳をさすりながら桂は事情を話すと、

「まぁ、いいわ

 つき合ってあげる。
 
 その代わり、夕食は奮発をしてよね」

あたしは桂の腕に掴まりながらそう言うと、

「ちぇっ」

桂は残念そうにそう呟いた。



「へぇ…」

桂が売店でお婆さんからの頼まれモノを買っている間、

あたしは一足先に博物館に入ると展示物を眺めていた。

そこには歴代横綱の化粧廻しや稽古用の廻し等など、

相撲に纏わる様々な物品が展示してあったが、

しかし、すぐに見飽きてきて仕舞っていた。

「やっぱりつまらないじゃないっ

 それにしても

 桂の奴…遅いな…なにをしているんだろう」

あたしは時計を気にしながら暫く待っていると、

『……れ……』

あたしの耳に誰かが話しかけてきた。

「え?」

それを聞いた途端、

ハッ

っとあたしは顔を上げると、

「あれ?」

いつの間にか博物館の中にはあたし一人だけになっていた。

「おっかしいなぁ…

 さっきまで、それなりに人が居たんだけど…」

人気がなくなった博物館内をそう思いながらキョロキョロと周囲を眺めていると、

「あっ」

ジワッ

不意にトイレに行きたくなってきた。

「…仕方がないな…」

そう思いながらあたしはトイレを探して館内を歩き始める。

ところが、

「あれぇぇぇ…」

トイレの案内に従って歩いていくが、

しかし、幾ら歩いてもトイレにたどり着けることはなかった。

「もぅっ」

膨れっ面をしながらさらに進んでいくと、

「ここって…」

あたしはいつの間にか倉庫の様なとこに迷い込んでいた。

「何だろう…ココは…」

そう思いつつ中をぐるりと回っていくと、

突然っ

バサッ!!

と言う音共に目の前に黒い物が落ちてきた。

「キャッ」

突然の出来事にあたしはびっくりすると思わず大声を上げたが、

しかし、

あたしの声を聞いて駆けつけてくる人は誰も居なかった。

「………」

暫くして、あたしは恐る恐る目を開けて見ると、

「ん?

 なにこれ?」

と言いながら目の前に落ちているモノを眺めた。

「?」

首を傾げながらよくよく見てみると、

それは、なんと色が落ちて白っぽくなった稽古用の廻しだった。

「うへっ」

それに気づいたあたしはすぐに身を遠ざけようとすると、

『…れ…』

「え?」

再び何かがあたしの頭の中に話しかけてきた。

「なに?」

『…とれ…』

「なんなの?」

『…撲を取れ…』

時間が経つうちに声はだんだんとハッキリ聞こえてくる。

そして、

『お前…相撲を取れ!!』

と言う声が大きくハッキリと聞こえた途端、

ムワッっと汗の匂いが周囲に立ちこめた。

「うげっ、ゲホゲホ」

あたしは噎せながらその場から逃げ出そうとして、

足を踏み出そうとしたが、

しかし…

「あっあれ?」

まるであたしの身体は金縛りにあったみたいに

手足が動かなくなていた。

「ひぃっ

 うっ動けない!!」

身動き一つ出来ない状態であたしの恐怖心がピークに達しようとしたとき、

スルリ…

目の前に落ちた廻しがまるで生き物のようにスルスルとと動き始めると、

あたしに近づいてきた。

「助けて!!

 桂!!
 
 誰でも良いから助けてぇ!!」

あたしはあらん限りの声を張り上げて叫んだが、

しかし、廻しはまるで蛇のような動きをしながら

ゆっくりとあたしの身体に触れた。

「こっ来ないで!!」

あたしはそう言うと、

『長かった…

 俺が俺の身体を無くしてすっかり時間が経ってしまったが、

 ようやく土俵に戻れる…

 さぁ、お前の身体をよこせ!!』

再び声はあたしの頭の中で響くと、

バリバリバリ!!

瞬く間に履いていたスカートがまるで引き裂かれるかのように、

千切りにされてしまうと消えてしまった。

「いやぁぁ!!」

下着を露出させながらあたしは悲鳴を上げると、

フワッ

あたしの身体がゆっくりと宙に浮かんだ、

すると、

バリッ!!

あたしの股間を覆い隠していた下着が一気に剥ぎ取られると、

ヒタッ…

露わになったあたしの秘所の上に廻しがあてがわれた。

ヒヤリ…

言いようもない悪寒があたしの中を突き抜けていく。

「やめて…」

あたしはかすれかけた声でそう懇願すると、

ムリッ

ムリムリムリ!!

突如、何かがあたしの股間から伸びていく感覚が走った。

「なっなに?」

『ふふふ…

 力士になるからにはチンポが無くてはな…

 お前に俺のチンポをくれてやる。

 さぁ、一気に廻しを締めるぞ!!』

その言葉と同時に、

シュルシュルシュル!!

まるで蛇が巻き付くかのようにあたしの股間に廻しが巻き付くと、

ギュッ!!

っと締め上げられてしまった。

「いっいやぁぁ、

 お願い

 これを外して!!」

あたしの腰に締められた廻しを眺めながら

あたしはそう懇願するが、

しかし、事態はさらにあたしにとって絶望的な状況へと向かっていた。

『その身体では満足に相撲は取れないだろう、

 俺がお前を相撲取りにふさわしくしてやる』

と声があたしに告げた途端。

ドクン!!

締められた廻しから何かが

あたしの体の中に押し込まれるかのように入ってきた。

すると、

「ふぐっ!!」

メリッ!!

メリメリメリ!!

「ぐわぁぁぁぁっ、

 いっ痛い!!」

あたしの肩の周りが一気に盛り上がると、

それに続くように首筋・腹筋・手足の筋肉がまるで踊り出すようにして、

次々と盛り上がっていく、

「うわぁぁぁぁ!!」

ボコボコボコ!!

あたしの身体の至るところから筋肉が張りだしていくと、

瞬く間にあたしの身体は力士のような姿へと変化していった。



「いやぁぁ!!

 こんなのいやぁぁぁ!!」

2・3倍にも膨れ上がった腕を見ながらあたしは悲鳴を上げると、

ベトッ!!

今度はあたしの髪にビン付け油が塗られると、

シュルルルル…

瞬く間に髷が結い上げられていった。

こうしてあたしは見事な力士の姿になってしまった。

「そんな…」

『はははは…

 まだまだ身体は出来ていないから

 それくらいしてやった、

 さぁ、俺が居た相撲部屋に案内してやろう…

 お前はそこで俺が目指した横綱を目指すんだ、

 あっそうだ、

 お前が横綱になればお前を元に姿に戻してやろう』

声はそうあたしに告げた。

「横綱になれば?」

そうあたしが復唱すると、

『ふふふふ…楽しみにしているよ』

声があたしにそう言ったとたん



「おいっお前っ

 何をぼけっとして居るんだ!!」

と言う声が響いた。

「え?」

その声に驚くと、

いつの間にかあたしは相撲部屋の土俵の上に立っていた。

「そんな…」

突然の変化にあたしが戸惑っていると、

「おらっ、何をして居るんだ!!」

厳しい声が響き渡った。

そう、廻しを締められ、

そして、身体を力士にされてしまったあたしは、

いつの間にかこの相撲部屋の力士にされていたのだった。



ビタン!!

ビタン!!

早朝の稽古場にてっぽうの音が響き渡る。

「横綱になればあたしは元の姿に戻れる…」

あたしはあの声が言ったその言葉を繰り返しながら必死に稽古に励んでいた。



おわり