風祭文庫・アスリートの館






「好子」



作・風祭玲


Vol.285





「はっけよーぃ」

そのかけ声と共に

スゥゥゥゥ…

廻し姿の二人の男はしきり線を前に腰を低く下ろし構えた。

そして、睨み合いながらゆっくりと腕を下に降ろすと、

タンッ!!

軽く拳が土俵に触れた途端、

バッ

お互いに相手の懐に飛び込んだ。

「ぐっはぁ」

「おらどうした!!

 ぜんぜん力が入ってないぞ!!」

「くっ!!」

顔を真っ赤にして孝弘は

のしかかるようにして押しつぶしてくる相撲部部長の身体を

必死になって支えていた。

「おらおら」

圧倒的な体格差、

現に、部長と孝弘との体重差は2倍近かった。

そして、その差を最大限生かして部長は身体を左右前後に揺さぶると

さらにプレスを掛けてくる。

「ぐぉぉぉぉぉ!!」

それを孝弘はありったけの力を出して持ち上げようとするが、

しかし、ついに力尽きると、

ズシィーン!!

無残にも押しつぶされてしまった。



「あーっまたイジメをしている!!」

その様子を相撲場の出入り口から覗いていた

制服姿の田川好子が声を上げて非難すると、

「…また清水の彼女が来て居るぞ」

「…まったく、うらやましい野郎だぜ」

「…しかし、イジメとは心外だなぁ」

「…稽古といって欲しいね」

などと部員達は口々にそう言いながら

その中の一人がのびている孝弘を足で蹴飛ばすと、

「うっ」

気がついた孝弘はゆっくりと目を開けた。

そして慌てて起き上がると、

「もぅ一番お願いします。」

と言うなり、土俵の中で構えた。

「ばーか、何寝ぼけて居るんだ!!

 おらっ、お前の彼女が見舞いに着ているぞ」

好子を指さしながら部員がそう告げると、

「えぇ!!」

孝弘は好子を一目見るなり、

「あいつは俺の彼女ではないですよ、

 ただの幼馴染みです」

と声を上げた。



「ねぇ、もぅ相撲止めたら…

 どう見たって孝弘には無理よ」

ジャー

バシャバシャ!!

鼻血で汚れた顔を孝弘が濯いでいるとき、

水道に寄りかかりながら好子がそう言うと、

「(ぷはっ)なにを言っているんだ、

 この間、言ったろう?

 俺は、将来力士になるんだって」

顔を拭きながら孝弘はそう好子に言うと、

「そりゃぁ、努力して報われるものなら、

 いいけどさぁ…

 でも、どう見ても孝弘には無理だと思うよ」

と心配そうに好子が答える。

しかし、

「いいか、俺は力士になる。

 そのためには、まず学生横綱になることなんだ、

 これは俺の夢でもあるんだぞ」

孝弘はそう繰り返していた。



そして、翌日の放課後…

「あれ?、孝弘は?」

そう言いながら相撲場の出入り口から好子が孝弘の姿を探しはじめた。

すると、

ニヤッ

彼女の登場に部長は一瞬にやけると、

「あぁ、清水なら、

 ほれ、

 そこで伸びて居るぞ」

と相撲場の隅で全身傷だらけで倒れている孝弘を指さした。

「孝弘!!」

文字通りボロボロの孝弘の姿に好子が慌てて駆け寄ろうとすると、

「おーっと、ここは相撲部員しか入れないのでね…」

と部長は好子に告げた。

「ちょっと、何を言っているの?

 孝弘は大けがをしているのよ」

部長の言葉に好子がそう食ってかかると、

「部の伝統でね、

 相撲部員以外の者はこの敷居の先には入れないんだよ」

部長は好子の前に立ちはだかるとそう告げた。

しかし、好子は、

「そんなこと言ってないで開けなさい!!」

と言いながら部長を押し退けると、

倒れている孝弘の元に駆け寄ろうとして、

土俵の上に脚を踏み入れようとしたとき、

「おぉっと」

と言う声と共に好子の襟首が捕まれると、

ヒョイ

と持ち上げられてしまった。

「何をするのよっ

 離しなさいよ」

暴れながら好子が怒鳴ると、

「ココは神聖な土俵だぜ、

 土俵に上がるには廻しを締めないとな、

 新入部員よ」

と部長は好子にそう告げた。

「なっなによ…

 その新入部員って」

彼の言った台詞に好子がかみつくと、

「言っただろう、

 ここは相撲部員しか入れないって…
 
 で、敢えて入ってきたお前はもぅ相撲部員なんだよ、
 
 さぁ、廻しを締めろ、
 
 そして、俺達に勝ったらあいつの傍に行かせてやるよ」

と笑いながら好子に迫った。

「そんな…

 酷い!!」

抗議する好子をよそに部長は部員に顎で指示をすると、

「部長、一番上物のを持ってきましたよ」

部員はすっかり使い込まれて

ヨレヨレになっている廻しを手に持ってきた。

「ほぅ、これは凄いな…」

廻しの汚れ具合を眺めながら部長と呼ばれた部員は、

好子を見ながら、

「この廻しを締めてみるか?」

と迫った。

「ひぃぃぃ(臭い…)」

廻しから湧き出る悪臭に好子は身を引くと、

「おいっ、新入部員を歓迎してやれ!!」

そう部長が声を上げると、

「押忍」

と言う言葉と共に部員達の手が伸びると瞬く間に好子は制服を脱がされ、

そして、下着をはぎ取られてしまった。

「いやぁぁぁ!!

 やめてぇ!!」

好子は悲鳴を上げるが、

しかし、校舎から離れている相撲場に駆けつけてくる者は居なかった。

「おいっ、血迷ってそいつに変なコトをするなよ、

 あとで面倒なことになるからなっ

 あくまで、男子部員として扱うんだぞ!!」

服を脱がされていく好子を横目に部長はそう注意すると、

「押忍」

部員達は一斉に返事をする。

やがて、すべて脱がされた好子の股間に汚れた廻しが宛われると、

シュルシュルシュル

っと腰に回わされると、

ギュッ!!

っときつく締められてしまった。

「あっ」

股間を締め付ける廻しの感覚に好子は顔を赤くして悶えた。

「ようし、お前はもぅ相撲部員だ、

 さぁ、土俵にあがれ、

 みっちりと可愛がってやる」

部長は好子にそう告げると、

その巨体を揺らしながら土俵に上がった。

「おらっ、

 部長直々に相手をしてくれるんだ、

 サッサとあがれ」

「うっ」

部員達にせっつかれながら好子は

むき出しの胸を庇いつつ土俵に登った。

「なに、胸を隠している、

 そんなんじゃ相撲は取れないだろう」

部長は胸を隠している好子の手を指摘すると、

「そんな…だってあたしは女の子よ」

と好子は訴えるが、

「馬鹿者!!

 土俵に登った以上男も女もあるかっ
 
 さぁ、構えろ」

と言うなり、しきり線を前にして部長はゆっくりと手をついた。

「………」

好子は周囲を気にしつつ部長に合わせて構えると、

「うりゃぁぁっ」

怒濤の如く好子に飛びかかっていった。

「きゃっ」

悲鳴を上げることなく好子の身体ははじき飛ばされると、

土俵の外へと放り出される。

「はははは…

 全然歯が立たないじゃないか」

土俵外に放り出された好子の姿を見て相撲部員は一斉にせせら笑うと、

「クスン」

好子は泣き出してしまった。

「おいっ

 なんだその様は、お前の稽古はまだ終わっていないぞ」

そう言いながら部長が構えると、

「そうそう、ほらっ、

 サッサと土俵に戻るんだ」

と言う声と共に好子の身体は土俵に戻されてしまった。

それから、小一時間

「おりゃぁぁ」

「ぎゃぁっ」

「うりゃぁぁ」

「うぐっ」

「でやぁぁ」

「ごふっ」

土俵上で好子は次々と交代する相撲部員の相手に稽古を付けられた。

ドサッ

白目を剥いて好子が倒れると、

バシャッ

情け容赦なく水が掛けられる。

「くっはぁはぁ」

身体を振るわせながら好子が起きあがろうとしていると、

「よっ好子?」

ようやく気づいた孝弘が土俵上で倒れている好子に声を掛けた。

「孝弘…よかった…」

苦しそうに好子はそう言うと、

その場に倒れ込んでしまった。

「好子っ!!

 せっ先輩っ

 これはどういう…」

好子を心配しつつ孝弘が部長に抗議すると、

「あん?

 何を言って居るんだ、
 
 俺はコイツを可愛がって居るんだよ」

と耳を掻きながら部長がそう返事をした。

「そんな…

 だって、好子は女の子ですよ、

 それなのに廻しを締めさせて、

 しかも、稽古と称してこんなにしてしまうなんて」

「なんだとぉ…

 おいっ清水っ
 
 お前誰にモノをいって居るんだ?」

孝弘の抗議に部長は怒鳴りだすと、

「やって良いことと悪いことがありますっ」

孝弘は声を張り上げて怒鳴った。

「野郎…

 おいっ、コイツをのしてしまえ!!」

「押忍」

部長のその言葉と共にこれまで傍観していた相撲部員達が一斉に寄ってくると、

「うらぁぁぁ」

孝弘に襲いかかってきた。

そして、好子の時以上に孝弘を叩きのめし始めた。

「孝弘…」

それを見た好子は

痛むからだに鞭打ちながらなんとか孝弘を助けようと、

必死になって起きあがろうとするが

しかし、

もはや腕一本を持ち上げる体力すら残っていなかった。

「あたしにもっと力があれば…」

そう思いながら涙を流していると、

『おいっ、お前』

妙に静かでそして闘志を秘めた声が好子の脳裏に響いた。

「だれ?」

突然の声に好子が聞き返すと、

『俺か?

 そうだなぁ…
 
 さしずめ、お前が締めている廻しかなぁ?』

と答えた。

「え?」

『ははは…なぁに、

 久しぶりに人の肌に当たったので起きてみれば、

 なんだ、お前は女じゃないか…

 女が相撲を取るようになったのか?』

声はそう笑いながら言う。

「で、あなたはなにを言いたいの?」

好子の問いに、

『お前、さっき力があれば…って言っていたよなぁ

 なんなら俺が貸してやろうか?

 俺も久しぶりに表に出てきたんで力が有り余って居るんだよ』

と声は答えると、

「………」

好子はしばし考えた末に、

「いいわ、あたしにあなたの力を貸して」

と好子はそう言った。

『ふっ、そうこなくっちゃ、

 行くぜ』

好子の脳裏にそう声が響いた途端、

グッ!!

っと好子が締めている廻しが締まると、

ドクン

好子の体の中に強い力が流れ込み始めた。

ドクン!

ドクン!!

「あぁ…力が…力が流れ込んでくる…」

好子は見る見る力がみなぎってくるのを感じた途端、

ボコッ!

ボコボコッ!!

好子の身体の筋肉が膨張をし始めた。

「え?、

 なにこれ?」

肌の上に陰影を刻みつけながら膨らんでいく筋肉に好子が戸惑うが、

しかし、彼女の身体は見る見る大きくなっていた。

「ははは…」

「どうだ、思い知ったか!!」

「弱い癖に刃向かいや勝って」

完璧にのめされて身体を痙攣している孝弘を見下ろしながら

相撲部員達がそう言うと、

「おっおいっ」

好子の変化に気づいた一人が声を上げると、

前にいる者の背中を突っついた。

「なんだ」

その行為に振り向くと、

「あっあれ…」

その相撲部員が指さした先には、

モリモリと身体が膨らんでいく好子の姿があった。

「なっなんだアレは…」

好子の変身に相撲部員は皆怯えだした。

『ぐふっ、

 許さないっ、
 
 お前達は絶対に許せないっ』

ズシッ!!

すっかり太くなった脚を立てながら、

好子が小山のような肉体をゆっくりと立ち上げると、

「うわぁぁぁ」

「待てぃ!!」

まるで、大相撲の幕内力士のような姿に変貌した好子が立ちふさがった。

「なっなんだ、コイツ!!」

ズシッ

好子は部長の前に立つと、

『おらぁぁぁぁ』

と言う一声と共に、

大きく膨れあがった手で

ばぁん!!

部長の横っ面を突っ張ると、

部長の身体は土俵を飛び越えて反対側に落ちた。

「ひぃぃぃ!!」

その様子に相撲部員達は震え上がると、

『うらぁぁ、

 次は誰だ…
 
 さぁ誰でも掛かってこいっ』

と好子は声を上げながら四股を踏む、

ズシン

ズシン

好子が四股を踏むたびに相撲場の建物は悲鳴を上げる。

「ひぃぃぃ」

その様子に部員達は我先にと逃げだそうとするが、

『逃がさん』

好子のその声と共に次々と部員達は宙を舞う。

やがて、

「がはっ…」

土俵の上にボロボロになった相撲部員の山が築かれると、

『けっ、役立たずが…』

好子はそう言い残すと、

倒れたままの孝弘をそっと抱き上げて、

『ねぇ、孝弘…

 孝弘ったら』

と孝弘の頬を軽く叩いた。

しかし、

好子は軽く叩いたつもりでも、

孝弘にとってはまさに張り手と同じだった。

「うげっうげっ」

幾度も強烈な張り手を喰らい、

ハッと気がつくと、

目の前には笑みを浮かべている好子の姿があった。

「好子?」

ぼんやりと好子の顔を見つめながら孝弘はそう言うと、

『よかったぁ…

 あたし…

 清水君がこのまま目を覚まさないとどうしようかと思ったのよ』

と好子は涙ながらに言うとギュッと孝弘を抱きしめた。

ゴキゴキゴキ

「うぎゃぁぁぁぁ」

好子の強烈な力に抱き締められ、

孝弘の全身の骨が悲鳴を上げる。

『あっごめんなさい』

それを見た好子はスグに力を緩めると、

「なっなっなにがどうなんってんだ?」

息も絶え絶えに孝弘がそう言いながら好子の身体をシゲシゲと眺めると、

「うわぁぁぁぁぁ!!

 なんだこれは!!」

と声を上げた。

そう、孝弘を抱き上げている好子の身体は

まさに相撲取り顔負けの大きさを誇っていた。

「なっなんで?」

指をさしながら尋ねると、

『あっそうだ、

 ねぇ、もぅいいわ…
 
 あたしの身体を戻してよ』

と好子は自分の腰に締められている廻しに呼びかけたけど、

しかし

『…………』

廻しからは何も返事は帰ってこなかった。

『そんな…

 ねぇ、
 
 あたしの身体を戻して、
 
 お願いだから…
 
 ねぇったら!!』

見る見る好子の顔は真剣になっていくが、

しかし、幾度も呼びかけても廻しからの返事はなかった。

『そんなぁ…

 あっあたしどうしたら…』

呆然と好子が膝をつくと、

ムニッ

自分の股間をある物体があることに気がついた。

『こっこれは…』

廻しの隙間から手を入れた好子が、

自分の股間に男性のシンボルがついていることに気がつくと、

顔色は真っ青になり、そしてブルブルと震え出した。

「なぁ、一体何が…」

困惑しながら孝弘が好子に尋ねると、

『うっうわぁぁぁぁん!!

 あたし、お相撲さんになっちゃったぁ!!』

と泣きながら好子は孝弘に抱きついてきた。

それと同時に、

ボキボキボキ!!

「うぎゃぁぁぁぁ」

それと同時に孝弘の悲鳴があがった。



それから数年後…

孝弘は国技館に居た。

男性化してしまった好子はあれからスグに学校を中退すると、

そのまま相撲部屋へと入門してしまった。

確かにあの身体では

とても女子生徒として学園生活を送ることは出来なかった。

そして、今日、好子の大関取りの一番でもあった。

「はっけよーぃ」

土俵の上では俺に代わって夢を果たそうとしている好子の姿があった。



おわり