風祭文庫・アスリートの館






「見学の罠」



作・風祭玲


Vol.257





春…

新入生で賑わっていたキャンパスにようやく落ち着きが戻ってきた頃、

各部活動の新入生獲得競争も一段落し、

各クラブには初々しい新入生の姿があった。

しかし…

「はぁ…」

「どうするよ」

「そんな事言ってもなぁ」

人気のない寂れた相撲場にため息が漏れる。

「今年も入部してくる新人は無しか…」

薄茶色に染まった廻しを腰に締め、

この相撲部のキャプテンである4年の新嶋正がグルリと見渡してみると、

彼の視界に入ってきた相撲部員は1年後輩のたったの二人だけの姿だけだった。

「はぁ…

 唯一残っていたマネージャもこの春に卒業してしまったし、

 それにこの3人では団体戦にも出場できない…

 終わったな…この相撲部も…」

そう呟きながら正が肩を落とすと、

「そんな、何を言うんです先輩」

「そうですよ、

 まだまだ、いくらでもチャンスはありますよ」

と二人の相撲部員、3年の加藤孝と富山幸雄が励ますが、

しかし、彼らにとって相撲部の廃部は時間の問題だった。

というのも先日、R大学体育会系の会議で、

団体戦でそれなりの成績を残したクラブにだけ予算を付ける。

という議案が可決されたのであった。

それは団体戦への参加が事実上不可能になってしまった相撲部にとって

事実上の廃部宣告と言ってもよかった。

「お前らは暢気で良いなあ…」

恨めしそうに正が後輩達を見つめていると、

「おうっ、やってるか!!」

と言う威勢のいい声と共に、

体格の良いTシャツ姿の青年が顔を出した。

「狭山先輩っ」

正はそう声を上げると駆け寄っていく、

「なんだなんだ、この湿気た雰囲気は…」

狭山と呼ばれた青年はがらんとした相撲部の様子を苦々しく見ながらそう言うと、

「いや…それが…」

途端に正の台詞に勢いが無くなる。

「なんだ、今年も新人が入ってこなかったのか?」

「はっはぁ…」

「バカ野郎!!、

 そんな気合の無い返事をするから、

 新入部員が入ってこないんだよっ、

 いいか何事も気合だ、気合さえ入れば自ずと結果はよくなるんだ」

狭山はそう自説をとくとくと話すと、

「いいかっ、ここでお前が相撲部をつぶしてしまったら、

 お前をキャプテンに指名した俺の面子が丸つぶれだ。

 だから、どんなことをしても相撲部は残せっ

 いいかこれは前キャプテンの命令だぞ!!」

そう狭山は正に言うと、

「じゃっ配達があるから」

という言葉を残して狭山は消えて行った。

「……気合だけで新入部員が獲得できるのなら

 誰も苦労はしないよ…」

狭山が消えた後を眺めながら正は清めの塩を振り撒いていると、



「すみませーん、

 あのぅ、新体操部が公開演技をしている場所ってどこだか知りませんか?」

と言う声と共にジャージ姿の数人の女性が顔を出した。

そして、

「はいっ…え?」

塩を撒き終わった正とばったり向かい合ってしまった。

「えっえぇっと…」

予想外の展開に正が困惑していると、

「きゃぁぁぁ!!!」

女性達の叫び声が上がった。

「いやぁ、相撲よ相撲!」

一人の女性が正が締めている廻しを指差しながら声を上げると、

「それがどーしたっ」

正の怒鳴り声が鳴り響いた。

「え?、あっどうもすみません」

途端に女性達は大人しくなると、頭を下げた。

「あぁ、新体操部の公開練習の事?

 それなら、昨日だよ」

と彼女達の話を奥で聞いていた孝がそう言うと、

「えぇ!!、

 そぅなんですかぁ!!」

「やっだぁ!!」

「どうするのよっ」

孝の説明に女性達はたちまち蜂の巣を突っついたような騒ぎになる。

すると、

「まぁよくある事だな…

 なぁ君達、

 もしも時間が有るなら俺たち稽古を見ていかないか」

と孝は提案した。

「えぇっ!!」

彼の提案に女性達は一概に声を上げるが、

しかし、

「面白そうね…あたし見ていこうかな…」

と言う声が上がると5人ばかりが残り、

他の女性達は立ち去っていった。

「へぇ…土俵ってこうなっているんですか」

真由美と名乗る女性は興味津々に相撲場の隅々を見て回り始めた。

「もぅ、真由美ったらみっともないよ」

彼女のそんな様子を愛子と名乗った女性が窘めたが、

「いいじゃないっ、こんな機会そうめったに無いんだしさ」

と真由美はどこ吹く風だった。

「どうも申し訳ありません」

希と名乗った女性は深々と頭を下げた。

「あっいえっ

 そんな、
 
 おいっ稽古を始めるぞ!!」

正のその声と共に3人しか居ない相撲部の稽古が始まった。

そして、小一時間後…

「頑張ってくださいね…」

と言う声と共に真由美たちは稽古場を後にしていった。

「ばいばーぃ」

名残惜しそうに正と幸雄が手を振っていると、

「さて…これでよし」

と言いながら孝が何か書類を目に通しながら大きく頷いていた。

「なにが、”よし”なんだ?」

彼の態度を訝しげに正が訊ねると、

「あっいえっ、

 ちょっと相撲部活性化のプランをね」

孝は紙を折りたたみながらそう答えたが、

「ふぅ〜ん…」

正はそれ以上突っ込んでこなかった。



その翌日…

「ちょっとぉ、これどういう事ですか?」

と言う声と共に真由美たちが相撲部に押しかけてきた。

「あたし達は見学と言うことでこれに署名したんです。

 別に相撲部に入るために署名したわけではありません!!」

そう愛子が正に詰め寄ると、

「あっいやっスマン、

 なんか手違いでそうなってしまったみたいだ」

彼女達の迫力押されながら正がそう答えると、

「だったら、スグに訂正してください、

 相撲部に入部していることになっているいまの状態では、

 あたし達、新体操部には入部できないんです」

と希が訴えると、

「あぁ、ちょっと待ってな…」

正はそう言って時間稼ぎをしながら名簿を探し始めた。

すると、

ピシャッ!!

突然、相撲部のドアが閉められると、

カチャッ

っと鍵が掛けられてしまった。

「ちょちょっと、何のまねですか!!」

突然の事に怒った真由美が声を上げると、

「おっおいっ、

 ドアを開けるんだ、

 変な誤解をされるだろうが」

孝が突然取った行動にうろたえながら正が指示をしたが、

しかし、

「先輩っ、

 名簿はすでに本部の方に送ってしまいましたよ」

と孝が告げた。

「おいっ送ったって…一体どういうつもりだ?」

孝の意外な説明に思わず正が聞き返すと、

「この相撲部を守るためです。」

と孝はまじめな顔で正に言う。

「相撲部を守る?」

「そうです、

 わたし達だけでは頭数が足らず団体戦には出られません、

 ですから、彼女達に一肌脱いでもらおうと言うことです」

そう正に孝が説明すると、

「というわけだ、

 君達には悪いが、この相撲部を守るため、

 このまま相撲部部員になってもらう」

と真由美たちに向かってそう言った。

「そんな…」

「無茶苦茶な…」

「横暴ですっ」

すぐに、真由美・希・愛子が孝に詰め寄ったが、

「フンッ」

どぉん!!

孝の右の一撃が真由美の身体を直撃すると、

たちまち彼女の身体が吹っ飛んでしまった。

「うぐぅぅ」

白目をむいて土俵に転がった真由美を見て、

「きゃぁぁぁ!!!」

澪と泰子が悲鳴を上げて抱き合った。

「ふん、さて、次は誰が相手だ?」

ユラリ…

体中からオーラを噴出しながら孝は希たちに迫ると、

希と愛子は少し話し合い、

そして、

「わっ判りました…

 あたし達、相撲部に入ります。

 ですから乱暴はしないで下さい」

と懇願した。

「ようしっ

 いまの言葉に偽りはないな」

確かめるようにこれまで黙っていた幸雄が迫ると、

「はっはいっ」

愛子は声を上げた。

その途端、

カチッ!!

その音が相撲場内に響き渡った。

そして、

「いまの言葉、ちゃんと録音をしたからな」

と言いながら幸雄は小型カセットレコーダを希達に見せる。

「そんな…」

それを見て希が声を上げると、

「ようし…

 お前達はいまから栄えある相撲部員だ、

 さぁっ、稽古をするぞ、

 さっさと廻しを付けるんだ!!」

と孝が指示をした。

「えぇ!!…

 あたし達もフンドシを締めるんですかぁ!!」

孝の言葉に愛子が声を上げると、

「あたりまえだ、

 それにフンドシではない、廻しだ、

 いいか、

 今度の新人戦でわが相撲部は上位を狙わなくてはならない。

 だから、お前達を並以上の相撲が取れるように特訓をする。

 今日から、新人戦が終わるまで合宿となるからそう心がけるように」

と孝が言うと、

「そんな…

 だっ第一、着替えはどうするんですか」

なおも愛子が食い下がった。

しかし、

「そんなのは廻しが1本あれば十分だ」

孝はそう答えると背中を向けた。

「そんな…」

愛子は真由美を介抱する澪と泰子を見ながらそう呟いた。

…こういう場合はあまり考える時間を与えない方が良い…

 孝は以前、狭山から受け継いだ新入部員歓入の虎の巻を思い出していた。



「いち、にぃ、さん、しぃ」

それから小一時間後、

相撲場に真由美たちの声が響き始めた。

「ようしっ、次はすり足だ

 俺が見本を見せるからこの通りにしろ」

竹刀を脇に抱え孝が土俵の中を足をすりながら移動していくと、

トップレスに廻しのみという姿をした真由美たちが後に続いた。

そして、その様子をビデオカメラを持った幸雄が撮影していく、

「いいかっ、チクッたりしたら、

 この映像が流出するからな…」

と孝の声が真由美たちを縛り付ける。

「おいっ、どうなっても俺は知らないからな」

彼女達の稽古を眺めながら正が幸雄に耳打ちをすると、

「これも相撲部を守るためです

 それに狭山先輩もどんな手段を使ってても相撲部を守れ

 って仰っていたでしょう」

と幸雄は正に言う、

「しかしだなぁ…

 こんなことが表沙汰になってみろ、

 相撲部の存続どころか、

 俺達もどうなるか判らないんだぞ」

と言う正の言葉に、

「ですから、先輩は黙って僕たちを見守ってください

 今しばらくすれば、あいつ等も相撲が好きになりますから」

と幸雄はやや意味深な台詞を言った。

「?」

彼の言葉に幸雄が首をかしげていると、

数日後、

「ごめんくださーぃ」

相撲部に宅配便が届けられた。

「おぉ来た来た!!」

喜びながら幸雄が梱包を解くと、

中から錠剤が入ったビンが姿を現した。

「なんだこれは?」

恐る恐る正が訊ねると、

「狭山先輩からのプレゼント

 超強力な男性ホルモン剤です。

 これを飲むと闘争心が一気に数十倍に跳ね上がるそうですよ」

と嬉しそうに幸雄は薬の効能を説明した。

「お前、薬物は幾らなんでも…」

薬のとんでもない効能を聞いた正は身を引きながらそういったが、

「大丈夫、相撲にはドーピング検査は無いも同然ですから」

と幸雄はアッサリと答えた。

そして、その日のうちにホルモン剤は真由美たちに与えられ、

その数日後には早速効果が現れ始めたのであった。

元々が強制であったために稽古には積極的ではなかった真由美たちだったが、

しかし、薬のせいなのか、

次第に目つきが変わってくると稽古にも積極性が現れ始めた。

そしてさらに、薬は真由美たちの身体を徐々に変えていった。

ムキッ!!

投与から1週間が過ぎた頃から真由美たち身体に筋肉が姿を現してきた。

「おいっ、あいつ等、すっかりに逞しくなってきたんじゃないか?」

狂ったように稽古を続ける真由美たちを眺めながら。

日に日に肩や胸板の筋肉が発達していく様子を正が指摘すると、

「そうですねぇ…

 そういえば最近、乳首も目立たなくなったし…

 取りあえず、順調ってことですね」

と幸雄は

「うりゃぁぁぁ!!」

「まだまだ!!」

バシーン!!

と激しい稽古を続ける真由美たちを眺めながらそういった。

こうして、肉体の変化と共に彼女達の稽古も徐々に激しさを増し、

相撲部の全盛期を髣髴させる位にまでなっていった。

そのうち、一人が鬱陶しいを理由に髪を切ると、

続いて他の4人も丸坊主にしてしまった。

こうして猛稽古と共に真由美たちは確実に相撲部員への道を歩んでいった。

そして開催された新人戦…

鍛え上げられた体格から女性であることを見抜かれなかった真由美達は

順調に勝ち進み、そして、決勝へと上っていった。

「はっけよいっ、残った!!!」

その掛け声と共に鍛え上げた体に廻しを締めた二人が飛び出すと、

バシン!!

っと2つの肉体が衝突する音が鳴り響いた。

息をしない、無酸素の格闘技である相撲の最も激しい1シーンでもある、

「ハァハァ!!」

しかし、体力が互角のためか長丁場の相撲になると、

即席力士ゆえにR大学相撲部は残念ながら準優勝で終わってしまった。



しかし、これで終わりではなかった。

ホルモン剤によってすっかり男性化し、

また筋肉の塊と化してしまった真由美たちのパワーは正や孝・幸雄を凌駕し、

そのために、正たちはまるで真由美たちの付き人同然の待遇を受けることになった。

「おいっ、何をぼやぼやしているんだ」

愛子が怒鳴り声を上げると、

「はいはい、申し訳ありません」

正たちはそう答えながら右往左往する。

「ったくぅ、こんな事になるのなら、

 3人の部活の方がまだよかったよぉ」

正の行き場の無い叫びが響いていた。



おわり