風祭文庫・アスリートの館






「妖怪」



作・風祭玲


Vol.177





ジジジ…

天井からつり下げられた蛍光灯が、

微かな音を立ててながら照らし出している床の上で、

タンタタ…

手具を持ち鮮やかなレオタード姿の少女達が華麗に舞う。

やがて、

「おつかれさまでした」

と言う声を残して彼女たちは次々と更衣室へと引き上げていった。


ザワザワ…

「まったくウチの学校もちゃんとした新体操の練習が出来る体育館を造って欲しいね」

少女達が更衣室で着替えていると、一人が声を挙げた。

「ボヤかないボヤかない…

 こうして貸し切り状態で練習できるんだから」

という返事が返ってくると。
 
「そりゃぁまぁそうだけど…でも…」

「ボロいねココは…」

そう言いながら別の一人が周囲を見回す。

「うん…」

「築40年だって?」

「うへっそんなに経ているんだ?」

「なんでもこの市営体育館、近々取り壊すそうよ」

「あっそうなの?」

「新しいのを建てるんだって」

「ふぅ〜ん」

と言った会話の後に、

「ねぇ…知ってる?」

っと制服に着替え終わった一年の河野しのぶが話しかけた。

「え?なに?」

隣にいた鷹野綾が訊ねると、

「この体育館…妖怪が出るんですって」

と囁く、

「うっそぉ!!」

「本当よ…」

確信を持ったようにしのぶが答えると、

「あっ…あたしそれ知ってる…」

と別の一人が声を挙げた。

「えっ何なの?」

「あのね、ほら、開かずの扉って在るでしょう」

「うん」

「で、夜遅くまで体育館に残っていると、

 いつの間にかその扉が開いて、
 
 中からイッタンモメンが出て来るんだって」

と説明した。

「イッタンモメン?」

「あっ、それアニメに出ていた妖怪?」

そう言いながら会話が徐々に本筋から離れ始めると、

「でね、そのイッタンモメンを見た人は何故か居なくなるんだって」

としのぶはそう言って離れ始めた話を元の線に戻した。

「居なくなるって?」

「まさか食べられちゃうの?」

等と彼女たちが話していると、

「コラコラ…妖怪なんて居る分けないでしょう」

彼女達の話をじっと聞いていた、

新体操部の主将を務める粉川五月、

そうあたしが声を挙げた。

「まったく、妖怪なんて人の心の弱さが生み出した偽りよ、

 そんなことを信じているようでは今度の大会上位入賞はムリよ!!
 
 ほらっサッサとしないと、
 
 もぅ閉館時間とっくに過ぎて居るんだから」
 
と胸元のタイを直しながらあたしは彼女たちを急かせると、

先に更衣室から出ていった。



「体育館の鍵、返しに来ました」

そう言ってあたしが管理室に顔を出すと、

「毎日ご苦労だね…」

と言いながら初老の管理人が鍵を受け取る。

「いっいえ、私たちの方こそいつも使わせて貰って…」

とあたしが言うと、

「昔はねぇ…大相撲の巡業も来たモノなんだが、

 今ではすっかり寂れちゃったなぁ…」
 
そう管理人が言うと、

「そうなんですか?」

とあたしは返事をした。

「あぁ、若い力士がそれそこ体育館を所狭しと暴れてね…

 そこかしこにマワシ姿の力士が居たものさっ」

昔を懐かしむような目で話しを続けた。


「では失礼します」

そう言ってあたしが管理室を辞すると、

薄暗い廊下を歩いていく、

「力士か…」

彼らが残したであろう壁のシミを眺めながらあたしは歩いていくと、

「あのマワシってしめた感じはどぅなのかなぁ…」

っと子供の頃からの疑問をふと思い出した。

「あんなに食い込んじゃって…

 痛くないのかなぁ」

そう思いながら歩いていくと、

程なくしてみんなが待っている前庭にあたしは出た。



翌日、

「お疲れさまでした」

と言う少女達の声の後、

「あれ?先輩は上がらないんですか?」

と引き上げていく少女達の一人、

あの妖怪話しをした”河野しのぶ”が未だ手具を持つあたしに気づくと声を掛けた。

「うん…もぅちょっと練習をしたら上がるわ」

そうあたしが返事をすると、

「はぁい」

と彼女は元気よく返事をする。

その様子に、

「こらっ、随分と元気がいいじゃないっ

 その分明日はみっちりとシゴクから覚悟しなさいよ」
 
とあたしが言うと、

「あっ、先輩っそれだけは勘弁してください」

と彼女はあたしを拝むように両手を合わせると頭を下げた。

そして去り際に、

「先輩…」

とあたしに声を掛けると、

「気をつけてくださいね…」

彼女はあたしを見つめながらそう言うと体育館から出ていった。

「(ふぅ)まったく…あの娘は…」

あたしはため息をつくと、

体育館から出ていく彼女の後ろ姿を眺めていた。


やがて体育館にあたし一人が取り残されると、

「さて、誰もいなくなったし…

 集中して練習が出来るわ」

あたしはそう言うとクルリと向きを変え、練習を再開した。

どうしても納得が出来るフィニッシュを決めたかったためだ。

1回…

2回…

5回…

10回…

何回練習をしたか判らない、

夜も徐々に更けていく、

タタ・タン・タン・タタン!!

ビシッ!

「…よしっ!!」

ついにあたしは納得がいくフィニッシュを決めることが出来た。

はぁはぁ…

「ふぅ出来たぁ〜っ」

頬を流れ落ちる汗を手で払いながら、

あたしはその場に座り込むとそのまま大の字になって寝転がった。

ヒヤッ

っと床の温度がレオタードを通り越して直接伝わってくる。

はぁ〜っ

「……あとは、この感覚を忘れないように練習をしなきゃぁね」

と天井の蛍光灯を眺めながら呟いていると、

フワッ…

なま暖かい風が床の上を這うように流れてくるとあたしの上を通り過ぎて行った。

「何…かしら…?」

風が流れて来た方向に視線を動かすと、

キィ…

いつもは閉まっているはずの”開かずのドア”が微かに開いていた。

「え?、なに?」

ふわぁぁぁ〜っ

風はそのドアから流れてくる。

『準備室に妖怪が…』

あたしの頭の中に昨日、彼女たちが話していた言葉がよぎって行った。

「まさかね…」

視線を準備室のドアに送りながらあたしは起きあがると、

「遅くなっちゃったし…

 帰らなくっちゃ…」

そう呟いて掛けてあったタオルを手に取り、

体育館から出ようとしたとき、

パシッ!!

突如生木を割るような音が体育館に響き渡った。

「え?、なに?」

突然の音にあたしがキョロキョロしていると、

再び、

バキッ!!

生木を割るような音が体育館に響き渡る。

「なっなによっ!!」

あたしが声を挙げると、

『……めろ!!
 
 …俺を締めろ!!

 俺を締めて相撲を取れ!!』

と言う言葉が聞こえてくるのと同時に、

むわッ!!

吹き込んでくる風の臭いがすえた汗の臭いに変わってきた。

「なっなによこの臭い…」

あたしはそう言いながら鼻を押さえていると、

扉の隙間から、

ヌゥ!!

っとやや白味がかった黒い物体が体育館に姿を現した。

「ひっ、幽霊!!」

すぅ〜っ

ウネウネ…

”それ”はまるで蛇のように体育館内を飛んでくると

あたしの目の前に迫った。

「よっ妖怪っ!!」

あたしは思わず声を挙げた。

すると”それ”は、

『俺を締めるか!!

 相撲を取るか!!』

と”それ”はあたしに聞いてきた。

「なっなによっ、あたしが相撲を取れる分けないでしょっ」

と叫びながら、思わず”それ”を追い払うように手を振ったとき、

パシっ!!

”それ”の先端があたしのレオタードの袖に触れた。

「あっ!!」

ズルズル!!

すると”それ”は袖からあたしのレオタードに吸い付くと

レオタードを吸収し始めるた。

「あっあぁぁぁぁ」

あたしは驚きの声を挙げる。

瞬く間にあたしのレオタードは”それ”に吸い取られ

そして”それ”の先を飾る存在になってしまった。

「そっそんなぁ!!」

あたしはインナーだけの姿で床の上に転がる。

グググググググ!!

取り込まれたあたしのレオタードは徐々に色を失い、

やがて”それ”一部になってしまった。


『俺を締めるか!!

 相撲を取るか!!』

しばらくの間、止まっていた”それ”は再びあたしに迫ってきた。

「いっいやぁぁぁぁぁ!!」

あたしは叫び声を挙げながら逃げ出すと、

『逃がすか!!』

そう言って出口へ向かって走っていくあたしを追いかけ始めた。

いつもは狭い体育館がこのときだけはやたらと広く感じた。

はぁはぁ!!

「なんで、出口がこんなに遠いのよ!!」

心の中で叫んでいると、

シャッ!!

”それ”は走るあたしの股間を通り抜けると、

ピシッ!!

それの先端があたしの肩の上に張り付いた。

「きゃっ!!」

突然のことに驚いたあたしが立ち止まると、

それを合図として、

グィ!!

っとまるであたしを股から引き裂くように食い込んでくると、

グルグル…

ととぐろを巻くように腰に巻き付いてきた。

「いっいやっ!!」

あたしはそれを掴みあげて、

必死になってあたしに巻き付こうとしている”それ”の動きを止めようとしたが、

しかし、抵抗むなしく、

ギュッ!!

っと”それ”はあたしの腰を締め上げてしまった。

ギリギリギリ…

「痛い!!」

締め上げてもなおも”それ”はあたしの腰を締め上げてくる。

そして、そのときになってようやく”それ”の正体が分かった。

「…これ…相撲のマワシ!!」

しかし、”それ”の正体に気づくのが遅かった。

『さぁ、相撲を取れ!!』

そう言ってグッ!!っとマワシはあたしの身体を締め上げると。

ビキビキビキ!!

と音を立てながらあたしの身体から筋肉が張り出してきた。

モリモリ!!

と張り出してくる胸板。

キシキシ!!

と凹凸が盛り上がっていく腹。

さらには、脚や肩、そして腕の筋肉が次々と逞しく盛り上がっていった。

そしてついには頭の後ろでお団子にしていた髪が解かれると、

代わりに髷へと結い直されていった。

「いっいやぁぁぁぁぁ!!」

体育館内にあたしの絶叫が響くと同時に、

バリバリ!!

さらに張り出してくる筋肉にインナーが引き裂かれると、

体育館には一人の力士がたたずんでいた。

「はぁ…」

「相撲を…」

力士はそう呟くと、高く片足を上げた。



「あっ見て…お相撲さんよ」

翌日、練習に市営体育館に来たしのぶが

屋外の土俵で黙々を四股を踏む力士の姿を見つけると声を挙げた。

「本当だっ、珍しいね…」

力士の姿を見た綾がそう答えると、

フンッ!!

ズン!!

力士は汗まみれになって四股を踏み続ける。

しばらくして力士は二人の姿を見つけると、

踏み続けた四股を止めると、

二人の所へとやってきた。

「あっあのぅ…」

「なにか?」

しのぶと綾が力士に訊ねると、

「ねぇ…あなた達もマワシ締めない?

 相撲って新体操より面白いし

 それにあたし一人じゃぁ相撲取れないのよ」

と力士が言うと、

「え?、その声…まさか、先輩!!」

しのぶが驚きの声を挙げたとき、

彼女たちのスグ後ろに鎌首をもたげたマワシが迫っていた。



おわり