風祭文庫・アスリートの館






「週末奇譚」
(後編)


作・風祭玲

Vol.573





「まぁ、凉子のお見舞いですか?」

「はぁ…」

「わざわざ、ありがとうございます。

 凉子も喜びますわ」

自分のことをこの病室に入院している宮沢涼子だと言う、

後輩の武井を引き連れ俺は彼女の母親と初めて顔を合わせると、

母親は喜びながら病室に俺と武井を病室へと通した。

そして、俺から受け取った花束を花瓶に挿しながら、

「あなた、凉子と同じクラスの西島君でしょう?

 ごめんなさいね、

 せっかく西島君が見えられたのに、

 凉子ったら眠ったままですのよ」

と母親はベッドに寝かされている宮沢凉子の意識が戻らないことを言う。

「はぁそうですか…

 あっあのぅ…」

「はい?」

「眠ったままというと、

 ここに入院してからですか?」

「えぇ…

 そうなんです。

 凉子って昔から病弱でね…

 それで、同じクラスの西島君みたいに元気になりたいって、

 いつも言っていましたのよ。

 それなのにあの日、体の具合が良くないのにも関わらず、

 無理して学校に行って…

 そして、立ちくらみでしょうかねぇ…階段から落ち、

 たまたま傍を通りかかった1年生の武井さんにぶつかるだなんて…

 もぅ、武井さんのご両親になんて言っていいのか…」

「そっそうですか…

(なんか話が違うな…)」

「ほらっ、

 凉子っ
 
 西島君が来てくれたのよ、
 
 あなたもいい加減目を覚ましなさい」

母親は俺の知らないいきさつを説明すると、

眠り続ける宮沢の体に声を掛ける。

「(おいっ、

  お前の話と違うじゃないかよ、

  それに、さっさと起きてあげたらどうなんだよ、

  お母さんに迷惑掛けるなよ)」

母親のその姿を横目で見ながら

俺は自分の隣に立つ武井の脇腹を突っつくと、

「(あれぇ?

  おっかしーな…)」

武井はそう呟きながら首を捻り、

そして、

「(あたしだって元に戻りたいけど

  でも…

  あたしもどうすればいいのか判らないだもん)」

武井は困惑した表情で文句を言う。

「あの、そちらの方は?」

俺達の話し声が聞こえたのか母親は武井に向かって尋ねると、

「あっ

 あの…西島君の後輩で…
 
 宮沢さんとはちょっとお世話になったことがあるので…」

自分を名前を名乗る訳にもいかず、

やや緊張した面もちで武井はそう言い訳をした。

「(お前が武井に世話になっているだろうが…)」

そんな武井の姿に俺はそう呟くと、

「良かった…

 凉子もこんなに男友達がいて…」

と母親は安堵した表情を見せた。



「では失礼します…」

それから程なくして俺達は病室を辞すると、

「おいっ、

 話が妙に違うじゃないかよ」

早速、宮沢の母親の話と、武井の話との食い違いをしてきた。

すると、

「それは…確かにあのときあたしは体調が良くなかったけど、

 でも、立ち眩みなんてしてないよ」

と武井は宮沢の母親の説明を否定する。

「まっ、

 今更、原因がどうのこうの言っても仕方がないか、

 ただ、判ったことは

 あの病室にいるお前の体は抜け殻状態になっているわけだな」

俺は宮沢凉子の現状を断定してみせた。

「うっうんっ

 そうみたいね」

俺の言葉に武井は俯き加減に返事をすると、

「ん?

 なんだよっ

 母親の姿を見て罪悪感にとらわれたか?」

と茶化してみた。

ところが、

「うん…」

俺の茶化しに武井はてっきり噛みついてくるかと思ったが、

しかし、その容認する態度に俺は肩すかしを食らうと、

「そう言えば…

 一つ聞いてなかったな…」

と話の矛先を変える。

「なっなに?」

俺の問いに武井は顔を上げると、

「お前が武井の体で目を覚ますまでのこと…

 何も覚えてないのか?」

と俺は入れ替わりが起きたその時について

何か記憶がないか尋ねると、

「え?

 そっそうねぇ…

 あると言えばあるんだけど」

武井は延ばした人差し指を顎に当て、

そのときの記憶があることを俺に告げ、

そして、そのとき体験したことを俺に話した。



「なるほど…

 つまり、その川とは三途の川のことで、

 お前は三途の川の前に居たことになるな」

「そっか、あの川が三途の川って言うのか」

「(マジで死にかけてたんだな…)まぁ聞け」

「で、そこでお前は三途の川を渡ろうとした」

「うん、”行け行け”って後ろから言うから」

「そしたら、駆けつけてきた武井の野郎がお前を引きとめたんだな」

「そうよ、

 ここを渡っては行けないって言ってね」

「で、武井と共にお前は引き返して」

「そしたら、穴に落ちたのよぉ!

 いきなりよ、

 ストーン!!ってね」

「そして、目が覚めたらお前は武井大輔になっていた。

 と…」

武井からの話を俺はまとめると、

「うん、そうよ

 信じてくれた?」

目を輝かせながら武井は俺にそう尋ねる。

「うーん…

 そうなると…

 いまのお前の中には武井と宮沢の両方の魂が入っていて、

 武井の魂は表にて手来れない状態になっている訳か、

 何かの手段で武井自身を引っ張り出せば、

 何とかなるかもなぁ…

 何とかすると言っても…

 俺が出来ることは剣道ぐらいだし…

 そうか、

 この手があった!!」

俺は自問自答しながらある答えを導き出すと、

「武井っ

 ちょっと道場までつきあえ!!」

と言うなり、

「あっちょっと…」

困惑する武井の腕を引きながら俺は病院を飛び出していった。



「えーっ、

 いまから剣道をするのぉ?」

無人の部室に武井の声が響き渡る。

「そうだ、

 稽古で汗を流せばひょっとしたら武井が目覚めるかも知れない。

 武井が起きればお前は押し出され、
 
 あの病室で寝ている宮沢の体に帰れる。
 
 というわけだ」

シャツを脱ぎながら俺はそう力説すると、

「そんなこと…

 うまくいくの?」

不安そうな顔をしながら武井は俺を見つめる。

「うまくいくかどうか、

 知った事じゃない。

 これ以外に手があるというのか?

 つべこべ言わずにさっさと剣道着を着ろ!」

そんな武井に向かって俺は怒鳴ると、

備え付けの剣道着をひったくるなり武井に向かって投げつけた。

「もぅ…」

投げつけられた剣道着を抱えながら武井はふくれっ面をすると、

バサッ

シャツを脱ぎ剣道着に袖を通そうとする。

「あっおいっ

 ちゃんと下着もとれよ、

 言って置くがパンツも脱ぐんだぞ」

着替えはじめた武井に向かって俺はすかさず注意すると、

「えぇ!!

 裸になるのぉ?」

目を丸くしながら武井は驚きの声を上げた。

「道着を着るときは全部脱ぐ、

 こんなこと当たり前だろうが!!」

驚く武井に俺は怒鳴ると、

「えーっ

 ありえなーい」

武井は不服そうに文句を言う。

「えーもクソもあるか

 剣道も柔道もみんなそうなのっ!」

「ぶーっ!」

「判ったならさっさとしろ、

 5時には警備会社の人が来るんだからな」

ふてくされる武井に俺は時間がないことを指摘すると、

「判ったわよ、

 ちょぉっと、あっちに行ってよ」

武井は俺に向かって離れるように指示をした。

「はぁ?

 何でだよ」

パンツ一枚になっていた俺はその意味を聞き返すと、

「まさか、あたしの着替えを見る気?」

投げつけられた剣道着で胸を隠しながら武井は俺に言う。

「はぁ?

 何を言っているんだ武井?

 おっ男同士だろうが、

 何の問題がある?」

「うっ…

 それはそうだけど…」

俺の指摘に武井は言葉につまり、

「変なコトしないでよ」

と一言警告した後、下着を取り始めた。

「けっ

 だれが、男を襲うかっ」

武井の警告に俺は捨て台詞を吐き、

そのまま背を向け自分の着替えをしていると、

「ねぇ…西島君…」

背後から武井の声が響いた。

「なんだよっ」

「あっあのぅ…

 こっこれで良いの?」

と自信のない声が追って続く、

「ん?」

その声に俺は振り向いた途端、

「はぁ?

 お前…

 なんで腰板が前にあるんだよ…
 
 それになんだ、その結び方は…」

袴を後ろ前に穿き、

また後ろ紐と前紐の結び方が滅茶苦茶な気付けに俺は頭を抱えると、

「だぁって、

 剣道着なんて着たことがないんだもんっ

 仕方がないでしょう」

頭を抱える俺の姿に武井は顔を真っ赤にして抗議した。



「ったくぅ…

 ちょっと貸せ!」

その直後、俺は手を出すと、

「いーかっ

 袴はこうやって穿くんだ!!」

と怒鳴りつつ武井に袴を穿かせ、

そして紐を締めると、

「どうだ…

 気持ちが引き締まったろ」

と言いながら奴の尻を叩く、

その途端、

「あーっ

 セクハラ!!」

尻を叩いた俺の行動を武井が非難すると、

「誰がじゃっ!!」

俺は思いっきり怒鳴り声をあげた。

その後、

「この様子じゃ…

 防具も付けられなさそうだな…」

身につけた剣道着を物珍しそうに見る武井の様子に

俺はため息混じりに

「武井って書いてある防具持って道場に行け、

 道場で着装の仕方教えてやるから…」

と指示をした。



「どこ?

 それにここ臭いよ…」

「防具はみんなそんなものだ」

「コレを付けるの?

 いやよ」

「まっ無理にとは言わないが…

 痛い思いをするのはそっちだから…」

鼻をつまみ自分の防具を探す武井に向かって俺はそう言うと、

「ねぇ…
 
 剣道じゃなくて他のことで武井君、起こそうよ」

と逆に提案してきた。

「いまさら何を言うんだ、

 奴を起こすにはこれが一番なんだよ」

渋る武井に向かって俺は言い切ると、

「ほらっ

 そこの棚、その左端がお前のだよ」

と武井の防具を指さす。



「息苦しいよ」

「我慢しろ!!」

「それに…臭いも…」

「知らんっ

 よし用意は出来たぞ
 
 ほら竹刀だ」

俺の手で着装してもらった防具について

アレコレ文句を付ける武井に竹刀を押しつけると、

タタッ!

俺は間合いを取った後、武井と面頭向かい、

「じゃぁ

 始めるぞ
 
 礼!」

と叫びその声が剣道場に響き渡る。

そして、

「おぁしっ」

俺と武井に向かって気合を入れる声を上げながら、

竹刀を構えると、

スッ

武井も仕方なく竹刀を構えた。

カシッ

カシッ

微かに当たる竹刀の先で出方を探り合って居るうちに、

いつしか俺は本気モードに入ってしまうと、

ダァン!!

「面!」

パァン!

の声と共に俺の竹刀が武井の真正面を叩いた。

すると、

「痛ぁぁぁい」

武井の悲鳴が道場に響き、

防具で覆われた頭を押さえながら武井は蹲ってしまった。

「あっ」

それを見た瞬間、俺はハッとすると、

「おいっ

 だっ大丈夫か?」

と言いつつ駆け寄る。

「うーっ

 ひどいっ

 いきなり思いっきり叩かなくてもいいでしょう?」

面金と面金を合わせながら武井は俺に向かって抗議する。

「いやっ

 つっ…ついだ」

涙ながらの抗議に俺はたじろぐと、

「もぅ、

 今度はあたしが思いっきり叩くからね」

そんな俺を突き飛ばし、

武井は立ち上がると竹刀を構えた。

「ったく、やりにくいな…」

中学の剣道では大会上位入賞の実績を持つ武井の姿をしてても

その中身は全くのド素人の女子高生…

あまり認めたくないそのギャップに俺は困惑しつつも竹刀を構えた。

カシ

カシカシ

竹刀の矛先を当てつつ、

「頭は狙えないか…

 となると…

 脇か…

 よし、行くぞ…」

比較的衝撃が小さい胴にねらいを絞りつつ、

俺はそう呟くと、

パシッ!

武井の竹刀を軽く弾いた後、

一気に懐へと潜り込んだ、

「いける!!」

その瞬間俺はそう感じながら一気に胴を叩こうとするが、

しかし、

サッ!!

いきなり武井の体が俺の視界から消えると、

バンッ!!

今度は面を着けた俺の頭に衝撃が走った。

「しまった」

武井との試合で何度もやられた展開だった。

「くそぉ、

 やりやがったな」

頭に血が上るのを感じながら俺は反撃に転じようとしたとき、

「ごっごめんなさい」

いきなり武井の謝る声が響き、

俺のテンションを一気に下げた。



「あのなぁ…

 そこで謝るなよ」

テンションを突き崩された俺は文句を言うと、

「だって、

 ついっ

 叩いちゃって…
 
 あの、怪我はありませんか?」

と今度は武井が俺の心配してきた。

「だからぁ!!

 これは剣道なのっ

 叩いて当たり前なのっ

 叩かれて当たり前なのっ

 そこを謝られては一気に萎えるだろう?

 さぁっ始めるぞ

 今度は謝るなよな」

そんな武井に向かって俺は一方的に言うと、

「(それにしても…

  いまの武井の動き…

  あれは、素人の動きじゃないよな…

  ってことは…

  知らず知らずのうちに武井が目覚めて居るんじゃないのか?

  じゃぁやっぱり、俺のやり方は正しかったんだ)」

宮沢凉子という女の子に体を乗っ取られているにもかかわらず、

武井はいつも見せる動きをしたことに俺は自信を持つと、

「うりゃぁ!!」

武井に向けて改めて竹刀を構えた。



パンッ

パパン

パンッ!!

道場に竹刀の音と共に相手の隙をすこうとする剣士の陰が動き回る。

あれから1時間近く俺は動きっぱなしだったし、

また、最初はぎこちなさそうだった武井の動きも

徐々に武井本人と変わらないものへとなり、

俺が打ち込む竹刀がなかなか当たらなくなってきた。

ハァハァ

ハァハァ

「くっそぉ、

 宮沢の奴、

 なんで武井の技を使うんだよ」

さっきまでは肯定的に評価していた武井の動きだったが、

しかし、自分の竹刀がことごとく弾かれるようになってくると、

俺は臍を噛みながら向かっていく、

そして、

「いまだ!!」

武井が見せた一瞬の隙をついて俺の手が伸びると、

「面!!!」

のかけ声と共に俺の竹刀が武井の面を直撃した。

「やった!!!」

その瞬間俺は勝利の喜びに浸ったが、

しかし、

ドタッ!!

俺の竹刀の直撃を受けた武井がその場に倒れてしまうと、

「え?

 あっ!!!!」

ようやく事の重大さに気づいた俺は慌てて武井の元に駆け寄り、

「おいっ、

 宮沢っ

 だっ大丈夫か?」

と声を上げ、武井の体を激しく揺らす。

すると、

「うっ」

面越しに武井の顔が動き、

「痛ったーっ

 あっあれ?」

頭を押さえながら何かに驚くような表情で周囲を見た。

「はーっ

 良かったぁ」

起きあがった武井の姿に俺はホッとすると、

「あれ?

 先輩ーぃっ

 そこで何をして居るんですか?
 
 ん?
 
 俺、防具着ている…
 
 あっ稽古中…でしたか?」

と武井は真顔で尋ねてきた。

「え?

 なにを…
 
 ってお前は武井か?」

そんな武井を指さしながら俺は聞き返すと、

「先輩、何を言っているんですが

 当たり前じゃないですが」

武井は笑いながら俺の肩を叩くと、

「あははは…

 そっそーだよなぁ…
 
 あははは…」

俺もつられて笑い、

互いに相手の肩を叩き合っていた。



そして、週が開けた月曜日、

「ふむ…

 いったい何だったんだ?」

部室であの騒動のことを思い出しながら俺は着替えていると、

「おーぃ、

 新入部員を連れてきたぞ」

と道場から主将の声が響く。

「新入部員?」

「今頃か?」

「物好きもいるものだなぁ…」

その声に部員達は顔を見合わせると、

剣道着姿のまま道場へと向かっていく、

そして、主将と共に俺達の前に現れたのは、

女子用の白い剣道着身を包んだ宮沢凉子本人であった。

「おぉ!!」

「女子だ…」

宮沢の姿に剣道部員達からどよめきが上がる中、

「あっ!」

俺は宮沢を指さし声を上げると、

「なんだ、西島っ

 変な声を出して」

主将は俺に注意し、

そして、

「えーと、紹介する。

 西島と同じクラスの宮沢さんだ、

と宮沢の紹介をした。

「みなさん初めまして、

 えっと、あたし

 体が弱くてこういう運動はあまりしたことがないのですが、

 でも、がんばりますのでよろしくお願いします」

主将の紹介を受けて宮沢はそう決意を言うと、

「よーし、俺達が面倒を見てあげるからなぁ…」

と浮かれている男子部員から声援が上がる。

そして、

「そーだな…

 じゃっ西島、

 お前、宮沢さんの面倒を見ろ、

 これは主将命令だからな」

と俺に向かって指示をすると、

「えぇ!!」

俺は思わず声を上げた。

すると、

タタタタッ

宮沢は俺の元に駆け寄ると、

「西島君っ

 あの面の一撃は痛かったわよ、

 おかげでこうして自分の体に戻れたんだけど、

 でも、一昨日の試合とっても楽しかったわ、

 西島君には感謝しなくっちゃね。

 それで、あたしも剣道してみようかと思って、

 えへ、剣道部に入っちゃった。

 しっかりとコーチしてね」

俺の耳元で宮沢はそう言うと、

「さて、何から始めるの?」

と稽古のメニューを俺に聞いてきた。

「やれやれ」

そんな宮沢の姿に俺は頭を掻くと、

「おいっ

 あれは武井の体だから俺と互角に戦えたんだ、

 剣道を甘く見ると痛い目に遭うぞ」

と宮沢に向かって言った。



おわり