風祭文庫・アスリートの館






「ライバル」
… 前話 …



作・風祭玲


Vol.108





放課後……

西日が射し込む教室で、

あたしはずっと前から抱いていた自分の想いを思い切って告白した。

彼は一瞬驚いた顔をすると、じっとあたしの顔を見つめた。

「………」

短いようで長い沈黙の時間が流れる。

「…めっ迷惑だった?」

あたしは思わず心の片隅で疼いていたセリフを言う。

「………」

再び時が流れた。

やがて、彼の口がゆっくりと開くと、

「あっ、ありがとう…

 でも…俺はキミとつき合うことは出来ない」

とポツリと言った。

「……そっか…」

あたしはそういいながら天井を眺めていると、

「もっ、もぅスグ県大会なんだ…だから…それに打ち込みたくて…」

彼はそう言うと、

「すまん!!」

と言う言葉を残して、教室から駆け足で出ていった。

「あっ……」

っと思ったときには彼の姿は教室にはなかった。

「あ〜〜ぁ、ふられちゃったなぁ…」

あたしは無性に悲しくなった。



それから2時間後、

あたしは星が瞬く夜の商店街を歩いていた。

いつもならサッサと通り過ぎていく商店街をとぼとぼと歩いていると、

「お嬢さん何かお悩みかな…」

「え?」

突然かけられた声に驚いて周囲を見ると、

店と店の隙間の空き地に一つのテントが張ってあり、

その中から一人のおばぁさんがあたしの方を見てニッコリと微笑んでいた。

「だれ?、おばぁさん」

「誰とはご挨拶じゃのぅ」

「?」

「まぁ、立ち話も何だからこっちに来なさい」

と言って手招きしたので、

あたしはおばぁさんに惹かれるようにしてテントの中に入っていった。

テントにはいるとおばぁさんは目の前に置いてある水晶玉に手をかざすと、

目を瞑り、ゆっくりと手を動かし始めた。

やがて、

「ほほぅ…なるほど、恋煩いか…」

「えっ判るの?」

言い当てられたあたしは驚いておばぁさんに聞き返すと。

「それくらいのことは簡単じゃ(わはははは)」

「態度でかいわね」

あたしが呆れ半分で言うと、

「はっはっはっ…で、どうじゃった?」

「え?」

「告白したんだろう?」

「うんまぁ…」

「その様子じゃぁ、玉砕かね」

「(グサっ)わっ悪かったわね」

「じゃあ、もぅ諦めはついたかの?」

おばぁさんのその言葉はあたしの一番触れて欲しくないところを正確に狙撃した。

「…………」

あたしが黙って下を向いていると。

「ほぅ、それでも好きな彼氏のそばにいたい…とな」

コクン

あたしは黙って肯いた。

「ふ〜〜ん、それじゃぁ、黙ってお前サンの想い人を見守っているしかないかのぅ」

「………」

あたしが黙っていると

「嫌か?」

おばぁさんの問いかけにあたしは再び肯いた。

ポン

「おぉ…そうじゃ、この間、面白い物が入荷したな」

おばぁさんは手を叩くと何かを思い出したように、

そばにあった風呂敷包みを広げると、

その中をゴソゴソと探し始めた。


しばらくして、

「おぉ、これじゃこれじゃ」

と言ってあたしの目の前に差し出したのは一つの”鍵”。

「…なんですか、それ?」

「ん、これはな、”鍵”じゃ」

「見れば分かります」

あたしの呆れたような表情を見ると、

「はっはっはっ、”鍵”と言ってもただの”鍵”じゃない」

「?」

「これを持ってある呪文を唱えると、自分で思ったものに変身できる魔法の”鍵”じゃ」

と鍵の詳しい説明をした。

「まほーのかぎ?」

「そうじゃ」

わたしが怪訝そうに鍵を見ているとおばぁさんは、

「嘘じゃないぞ、魔女歴50年の私が言うんじゃ、間違いはない」

と胸を張って言った。

「え?、おばぁさん、魔女なの?」

「なに、なんだと思ってた?」

「”タダの物好きなおばぁさん”かと思ってた」

「まったく、近頃の娘と来たら…

 いいかいっ、あたしはこれでもその筋ではちょいと名前が知れたものだよ」

「ふぅ〜ん、そうなんだ…で、それって大丈夫なの?」

あたしにはおばぁさんが持っている”鍵”が今ひとつ信用できなかった。

「そこまで疑うのなら、よし、ちょっと試してみな」

おばぁさんはそう言って”鍵”を私に渡すと、変身の呪文を教えてくれた。

あたしは半信半疑で鍵を握り締めると、呪文を唱えた。


ふわっ

っと突如巻き起こった風があたしの体を包み込む。

「えっえっえっ」

驚いていると、

「お嬢さん、そこでなりたいものを思い浮かべるんじゃ」

とアドバイスをした。

そのときどういう訳かあたしは昨日見たバレエの一場面を思い出していた。

シュルシュルシュル

着ていたセーラー服が見る見る変化していく、

「えっ、なに?」

驚いているうちにセーラー服はバレリーナのチュチュになり、

ソックスは白いタイツ、靴はトゥシューズへと変化した。

さらに、髪がアップにまとまると白い羽飾りが頭を飾った。

「すごい…本物だ…」

すっかりプリマ姿になったあたしは、

さらに体のプロポーションも変化していることに気づいた。

「おばぁさん、これは…」

「どうじゃ、驚いただろう」

「えぇ…」

すっかり変身した自分の姿に驚いていると、

「まぁ、気晴らしにはなると思うがのぅ…

  そうそう、それを使えばそのバレリーナどころか、男にもなれるぞ」

「え…?」

おばぁさんのこの一言にあたしの頭の中でふと別の考えが浮かんだ。

「男になれる…ってことは……そうだ!!

 おっ、おばぁさんっ、これっていくらですか?」

あたしは”鍵”を握り締めるとおばぁさんに思わず詰め寄った。

「そっ、そうじゃのぅ…えっと」

おばぁさんはあたしの気迫に押されるようにして電卓を叩くと、

「ほれっ、これで、どうじゃ」

と言いながら表示を見せた。

「…ぐっ…たっ高い…」

数字を見たあたしの表情が曇ると、おばぁさんは再び電卓をたたき、

「えぇぃっ、仕方がないっ

 あたしの魔女生活50周年出血大サービスで……これでどうじゃ」

と新しい数字を見せた。

「…うん、これなら何とか買える」

あたしはそう判断すると、

「おばあちゃん、それで買うわ」

そう言うとあたしは鞄からサイフを取り出すと、

「はいっ」

おばぁさんにその数字と同額のお金を渡した。

「じゃっ、ありがとう…」

といって、おばぁさんのテントから出たとたん、

歩道を歩いていたサラリーマンやOL達の視線があたしに突き刺さった。

「え?」

その意味が分からずにいると、

「ちょっとちょっとその格好っ」

慌てて出てきたおばぁさんにそういわれた瞬間、

あたしはバレリーナ姿のまま外にいることに気づいた。

「きゃっ」

「まったく、最近の娘はそそっかしいんだから」

再びテントに引きずり込まれると、

おばぁさんから変身を解除する呪文と、

鍵の注意事項ならびにオプション機能を教えられた。


「へぇ…この鍵って人の力もコピーできるんですか」

「まぁな…

 ただし、いくら人の力を真似たとしても、

 基本はあくまでお前の身体じゃ、

 調子に乗って無茶をすると思わぬ大怪我をするぞ」

とおばぁさんはあたしに忠告をした。さらに

「まぁ、何を企んでいるのかは聞かないが、

 くれぐれも怪我をせぬことと

  そして、周りの者に迷惑をかけないことじゃ」

おばぁさんは最も重要な注意をあたしにした。

テントから出る際、

あたしはちゃんと元の制服姿に戻っていることを確認すると、

「じゃぁ、おばぁさん、ありがとう」

そう言ってテントを後にしたが、

「はぁ〜っ、何事もなければ良いが」

と言う顔つきでおばぁさんはあたしを見送っていた。

「うふふ、この鍵があれば…」

そのときのあたしは、

この鍵によってあることが現実に出来ることが嬉しくてしょうがなかった。



そして翌日の放課後…

あたしは学校の裏庭にいた。

ここは周囲に北校舎・体育館と棟続きの剣道場・柔道場に囲まれた、

いわば校内のエアポケットで、

ココに足を踏み入れる人はそう滅多になかった。

故にあたしはここで、あることを実行するつもりだった。

「よぉし、誰もいないわね」

周囲に誰もいないのを確認すると、

おもむろに鍵を取り出し、そして呪文を唱え始めた。


ふわっ

おばぁさんのテントの時と同じように巻き起った風があたしの体を包み込む。

「えっと、ここで、なりたいものを思い浮かべるのね」

と思った瞬間。

パン、パン、パン、ドンッ、メーン

すぐ横の剣道場から竹刀の音とともに剣道部の稽古が始まった。

「剣道部…?」

その音からあたしが剣道部の稽古風景を連想した瞬間…

ふっ…

あたしを包み込んでいた風が急に変わる。

「あっ、しまったぁ…」

後悔したときは遅く、

あたしが着ていたセーラー服の上着は剣道着へと変化し始め、

スカートは裾が伸びて袴へと変化していった。

「ちっ、違うっ、そっちじゃなくて…」

思わず声を上げたが、

制服が剣道着に変わると、今度は身体がモリモリと大きくなり、

さらに筋肉がついてあたしの身体は男へと変身していった。

そして、身体が男になると

つづいて胴や小手、面、垂れと言った

剣道の防具が次々と装着していった。


「ぐわぁぁぁ臭い〜っ」

ガックリと膝をついて使い込まれた防具の臭いに参っていると、


「おーぃ、お前、そんなところで何をやっているんだ」

「へ?」

いつの間にか剣道場から

この裏庭に出てきた剣道部員達があたしのところにくると、

「もぅ稽古は始まったぞ、早くこい」

「違う…あたしは…」

叫んだものの、

剣道部員達はあたしを担ぎ込むようにして、

剣道場へと連れて行かれてしまった。

そして、

剣道場の戸が閉められると剣道部名物の地獄の稽古が始まった。



はぁはぁはぁ…

日が沈んでようやく稽古が終わったころ、

あたしは息絶え絶えの状態で裏庭に立っていた。

「まったく…

 なんで…

 あたしが剣道の猛稽古をしなくっちゃならないのよ」

文句を言いながら、手にしていた竹刀を投げ出すと、

手にはめた小手に引っかけるようにして鍵を握り締め、

そして変身解除の呪文を唱えた。

ふわぁぁぁぁぁ

風が巻き起こると、身につけていた防具が外れ、

体がゆっくりと女性化していく

また、身に付けていた剣道着もそれに合わせてセーラー服へと変化していった。

「ふぅ…」

元の姿に戻ると、

「あ〜ぁ、汗だくぅ〜」

と言って手を顔に近づけたとき

むわっっとした匂いが鼻を覆った。

「げっ、防具の匂いが染み込んでいる…もぅ最悪ぅ〜」

あたしはすぐに側の水道に駆け寄ると、手を洗い始めた。

「今日は失敗しちゃったけど、明日こそは…」

あたしは柔道場の方を見てそう決意を新たにしていた。



翌日…

再び裏庭に誰も居ないのを十分に確認すると、

「昨日のような、失敗はしないように注意しなくっちゃ」

あたしはそう決心すると再びおばぁさんからもらった鍵を握り締め、

そして呪文を唱えた。


ふわぁぁぁ

静かだった裏庭に風が巻き起こるとあたしの体を包み込み始める。

そして、変身したいものをイメージしようとしたとき、

ワッセワッセ

今度は廻し姿の相撲部員が

グランドでランニングしている様子が目に飛び込んできた。

「相撲……」

そう思った瞬間、あたしを包み込んでいた風が変わった。

「はっ…

  違ぁぁぁぁぁぁぁうっっっ…
  
  あたしがなりたいのは………」

と叫んだが既に遅く、

着ていたセーラー服は見る見る萎縮すると使い込まれた廻しへと変化し、

長い髪は短く刈り上げた坊主頭へ、

そしてあたしの身体は

昨日の剣道部員よりも骨太でがっしりとした体格の相撲部員へと変身していった。

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ…もぅいやっ」

廻し姿の相撲部員姿になった自分が情けなくて思わず泣いていると、

「おいっ、どうした」

と声をかけられた。

「え?」

顔を上げると、あたしはいつの間にか相撲部員達に取り囲まれていて、

主将らしき人が

「ったく稽古が辛くってこんなところで泣いているやつがあるか…

  よし、俺がその根性を叩き直してやる。おい、連れて行けっ」

と部員たちに言うと、

昨日同様、

あたしは相撲部員に担ぎ出されるようにして土俵へと連れて行かれた。

「ちがうっ、あたしは…」

と言う叫び声を残して…


夕暮れ…

裏庭には全身汗と砂と擦り傷だらけのあたしがいた…

「やっやっと…終わったわ…」

相撲部での猛稽古から開放されたあたしはふらふらの状態で立っていた。

「なっ、なんで…こぅなるのかしら…」

自分の間の悪さに腹が立ったが、とにかく元の姿に戻ろうと、

鍵を握り締めると変身解除の呪文を唱えた。

すると風が巻き起こり、あたしは相撲部員からもとの女子生徒へと戻った。

「いたたたた…」

傷を庇いながら置いてあった鞄を取ると、

柔道場に灯かりがまだ灯っているのに気づいた。

「待ってて河野クン、

  明日こそはあたし…

  柔道部員となってあなたの練習相手になりますから」

あの灯りの下で猛稽古をしているであろう彼の姿を思う浮かべると、

明日こそは絶対に…とあたしは決意していた。



けど……

「もっもぅ…限界…」

数日後の夕暮れ、

這いずるようにして裏庭に来た私は空手着を身につけていた。


「サッカー部・レスリング部・ラグビー部…そして空手部…

 どっどうして、あたしは柔道部員にはなれないの…」

裏庭の真ん中でバタンと仰向けに倒れると、

あたしは星が瞬く夜空を眺めた。

「はぁぁぁぁぁ…

 あたしって河野クンとは縁が無いのかなぁ…」

などど思っていると、

『あらあら…何をやっているんだい』

突然、あのおばぁさんの声が裏庭に響いた。

「え?、おばぁさん?」

起きあがってキョロキョロしていると、

『こっちだよ、こっち』

声のする方を見ると、

校舎のガラスの一枚が青白く光り、

その中にあのおばぁさんの顔が浮かび上がっていた。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ、ゆーれーっ」

あたしが悲鳴を上げると。

『なんだってぇ…あたしを勝手に殺すんじゃないよっ』

「え?」

『あれっきりあんたが何も言ってこないもんだから、

 心配してこうして覗いているんじゃないか』
 
とおばぁさんは怒った口調で言ったので、

あたしは恐る恐るガラスに近づくと、

「ゆーれーじゃないんだ」

『あったり前だろう』

「なんだそうか…あはははは」

『それにしてもあんた、随分とボロボロじゃないか』

「え?」

『あんたの希望って、男になって体を鍛えることなのかい?』

おばぁさんは遠慮なくあたしの痛いところを突いてきた。

「いや、そう言うわけじゃぁないんだけど…

 …あたしはただ柔道部員になりたいだけなのよ」
 
『ほぅ、柔道部員ねぇ…その割には剣道・相撲・サッカー・

 レスリング・ラグビー・空手と結構遠回りしているね』
 
「ぐっ(全部見てたの)…

 だってぇ…

 鍵で変身しているときに限って

 なぜか関係者が通りかかって来るんだもん」

『そりゃぁ仕方がないよ、

 自然界の法則で魔法を使うときは

 そう言う因子を呼び込み易いんだから』

と言うおばぁさんの説明に、

「えっ、そうなの?」

あたしは驚きの声を上げた。

『(全く…)それよりも、

 どうして普通の男子学生になろうとはしないんだい?

 無理してそんな姿になるよりも、

 そっちの方がリスクは少ないはずじゃがのぅ』

と言うおばぁさんの言葉に

ポン!!

とあたしは手を叩くと、

「………あっそうだった。

 普通の男子になって柔道部に入部すれば良かったんだ(あははは)」

『おいおい……』

おばぁさんは呆れた表情であたしを見ていた。



翌日、

あたしは場所を変えて

今度は普通の男子学生になろうと念じながら鍵を握った。

ふわぁぁぁ

風が巻き起こり身体を包む

セーラー服が徐々に学生服へと変化し、身体も男性化していく

「ふぅ………」

身体を包み込んでいた風が消え去ると、

そこには一人の男子学生が立っていた。

「やったぁ、大成功!!」

ガラス窓に映った自分の姿を見て

あたしは思わず声を上げ飛び上がってしまった。

「おっといけない…

 さてと、じゃこれから柔道部に行くとしますか、

 名前はなんてしようか…えーと…そうだ”西沢智文”にしようっと」




後日…

「西沢っ、お前…柔道は初めてか」

乱取りの最中、河野クンはあたしに尋ねてきた。

「はいっ」

そう答えると、

「それにしては随分といろんな技を知っているな」

と関心しながら言う、

「えぇ…いろいろと経験しましたから…」

「へぇ…それは凄いなぁ」

「ホント色々と経験しました…」

そういうあたしの脳裏には数々の猛稽古のコトが思い出されていた。

が、

「取りあえず…魔法使いのおばぁさんに感謝しなくっちゃね」

あたしはそう思うと

うりゃっ

っと彼に色々な思いを込めて思いっきり技をかけた。



おわり