風祭文庫・アスリートの館






「チアガール」
(第4話:変化)


作・風祭玲

Vol.442





「羽村先生!!」

朝、P大アメフト部合宿所にソプラノを思わせる丈二の声が響き渡る。

「羽村先生、

 居るんでしょう?」

麗子の名前を叫びながら丈二はズカズカと廊下を歩き、

そして、突き当たりにある彼女の診察室のドアを乱暴に開けると、

「はいはい、

 朝っぱらからそんなにキャンキャン吠えないのっ

 ちゃんと聞こえているから…」

アメフト部のトレーナ兼診療担当の羽村麗子は片耳を塞ぎながら振り向くと怒鳴り返した。

ところが、彼女のその態度が丈二の怒りに火をつけた。

キッ!

丈二は麗子を睨みつけるように見据え、

足音荒く診察室に入ってくると、

「先生っ

 これは一体どういうことですか!」

とソプラノの声を金切り声に引き上げながら着ていたシャツを捲りあげた。

すると、彼の胸には、

プルン!!

と震える左右一対の膨らみ、乳房が飛び出すようにして揺れた。

「あら、見事なバストねぇ…

 Aいや…Bカップはあるかしら…」

丈二の胸で揺れる形の良い乳房を麗子は興味深そうに眺めながら感想を言うと、

「そういう問題じゃないでしょう!!」

部屋に丈二の金切り声が響き渡る。

その途端、

「どれ?」

そう言いながら麗子は丈二のバストに向かって手を伸ばすと、

アンダーバスト側からゆっくりをバストを持ち上げ、

そしてそれを絞るように握りしめた。

すると、

「うっ」

丈二は顔を真っ赤にして視線をそらすと、

「感じるの?」

と麗子は尋ねる。

「べっ別に…」

麗子の質問に丈二はそう返答するが、

「本当に?」

疑り深く麗子は再度尋ねると、

ビンッ!!

乳房の先端でピンク色に膨らんでいる乳首を指で軽く弾いた。

その途端、

「あんっ!!」

まるで性感帯を突付かれたような声を丈二はあげ、

反射的に乳房をかばうとその場に蹲ってしまった。

「あらあら…

 そんなに感じちゃうの?」

丈二の反応に麗子は笑みを浮かべながら聞き返すと、

「そんなに強く弾かないでください。

 刺激に弱いんですから…」

目に涙を浮かべて丈二は抗議する。

「ふふふ…

 そうね、成長途中のバストって敏感だものね」

そんな丈二を見下ろしながら麗子はそう言うと、

「そんなことより、

 これは一体なんですか?」

自分の乳房を指差し丈二が声を上げた。

すると、間髪居れずに、

「女の子のバスト…俗に言うおっぱいね

 あたしにもついているわ」

済まし顔で麗子はそう返事をすると、

「そんな事見れば判ります

 それよりもなんで俺の胸に女のおっぱいが出てきたのか、

 それを尋ねているんです!」

苛立ちをぶつけるかのように机を叩きながら丈二が抗議をした。

「そうね…

 まぁ私の経験から言わせて貰うと

 現在、貴方に施している療法の副作用と思うわ、

 あの薬は植物性のホルモン剤を主成分にしているから、

 まれにバストが膨らんでくる人が居るのよ

 でも、指しあたって命にかかわるほど危険ではないから気にする事ないわね」

頬杖をつきながら麗子はそう説明をすると、

「気にする。しない。の次元じゃないでしょう、

 これはどう見ても異常ですよ」

丈二はバストをプルンと震わせながら語気荒くまくし立てた。

「もぅ男の癖に細かいわねぇ

 バストが膨らんで気持ちまで女の子になっちゃった?

 大体、バストが膨らんでいてもアメフトのプレーには差しさわりはないはずよ」

「そっそんな言い方はないでしょう、

 それに、薬の影響と言う話はこの間、

 俺のチンポが勃たなくなってしまった時にも同じコトを言いましたよね、

 本当に大丈夫なんですか?」

丈二は自分のペニスが勃起しなくなり麗子に相談したときに彼女から言われた事を蒸し返すと、

「(ふぅ)まったく、世話が焼けるわね」

麗子は軽蔑をした視線で丈二を見ながらそう呟き、

「いいこと?

 男性のペニスの大きさは多くの要因で変化します。

 あなたも男性ながらそれくらい判るでしょう?

 寒い日には小さく縮こまってしまうし、

 逆に練習後には伸びきっているでしょう?

 だから、わたしはあなたのペニスが実際に縮んでしまったとは思っていませんし、

 それに勃起しなくなったのは藤堂君っ100%、貴方の心の問題よ。

 まったく、無断で外泊した上に

 ”女の子とセックスができなかった。どういうことだ。”

 って怒鳴り込んでくることは無いと思うわ。

 まぁ貴方と貴方と寝た女の子との間に何があったのかは知らないけど、

 でもね、それとあたしが処方している薬とを無理やり結びつけないで欲しいわね」

麗子は手にしていたペンで丈二を指しながらきつい調子でそう説明した。

「うっ」

毅然とした麗子の説明に丈二は一瞬、言葉に詰まるが、

しかし、

「わかりました。

 でも、しばらくの間先生の治療は中止していただけませんか?」

と丈二は麗子の治療を見合わせるように提案した。

「なんで?」

「決まっているじゃないですか、

 因果関係を見るんですよ、

 本当に先生の薬が俺の体に悪影響を与えていないのか、

 薬を絶てばわかるでしょう」

そう丈二が甲高い声で言うと、

「あのね、そんなことをしたらどうなるかわかっているの?

 いま薬を中断したらあなたの腰は永遠に治らなくなってしまうわよ、

 いまが一番大切なときなのよ」

ものすごい剣幕で麗子が言い返してきた。

「でも」

「藤堂君、あたしの言うことに従いなさい。

 いいこと?

 あたしはここの選手たちの健康の管理を監督から任されているのよ、

 もしも、あたしの指示に従えないというのなら、

 あたしは藤堂君のことを監督に相談しなくてはならないわ、

 監督はねぇ
 
 この間あたしに藤堂君の治療が長引くのなら、

 クォータバックを完全に高村君に任せようかと相談してきたのよ、

 いいの?

 あなたのポジションを高村君に明け渡しても…

 とにかく、いまは治療に専念すること、

 判った?」

「………」

麗子の説明に納得がいかない顔をしていた丈二だが、

しかし、彼女の口から翔の事を持ち出された途端、

その表情が変わり、

「わかったよっ

 羽村先生っ

 今日のところは先生の言うことは聞いておくよ、

 その代わり、

 これ以上、変な症状がでたら即刻治療は辞めるからな」

悪態をつきながら椅子に座ると、

「そう、素直が一番よ」

麗子は一瞬笑みを浮かべ、

「さぁ、そこのベッドに横になりなさい、

 この薬を注射してあげるわ、
 
 これで少し様子を見ましょう」

そう言いながら丈二を診療用のベッドに横になるように告げると、

「あっあぁ」

丈二は自分の言い訳が少し通ったのかと思い、

素直にベッドに横になった。

すると、麗子は腰を上げるとベッドに横になった丈二の背中を捲り上げ

そして軽く露になった肌を摩りながら、

「(うん、だいぶ肌のきめが細かくなってきたわね、

  皮下脂肪もついてきているし、

  ふふ…お尻もちゃんと膨らんできているわ、

  大丈夫よ、藤堂君、

  心配しなくてもあなたの変身はちゃんと進んでいるわ)

 さぁ注射を打ちますよ」

と心で呟きながら口では別のことを目の前で寝ている丈二に告げた。



「失礼します」

「はいっお大事にね」

注射を打ち終わった丈二が診察室から出て行った音を背中で聞いた麗華は

「さて、

 そろそろ、あたしのクリニックに入院する頃合みたいね」

と呟き、そして受話器に手を伸ばすと、

「あぁ、あたし…

 この間言った患者が入院をするから、

 準備の方、お願いね」

と短く告げ、

「さぁて、

 いよいよ、本番ね…

 恵美…

 あなたが復讐をするときがだんだんと近づいてきたわよ」

徐に立ち上がった麗子はそう呟きながら窓の外に見えるグラウンドに視線を送った。



ガチャンッ!!

ガチャンッ!!

トレーニングルームにベンチプレスの音が響き渡ると、

その下では高村翔が上半身の筋肉を膨らまし

大きな錘がついているバーベルを幾度もあげ下げをしていた。

「ほぉ、朝っぱらから熱心じゃないか」

大粒の汗をかきながらベンチプレスを続ける翔に通りかかったアメフト部員達が声をかけると、

「あっはいっ

 アメフト部に入ったからには

 早くレギュラーになって活躍をしたいですから」

手を休めた翔は笑顔を見せそう答える。

「なんだ、レギュラーって、

 クォータバックを狙っているのか?」

「いやそんな…

 このチームには僕よりもすごいクォータバックが居るじゃないですか」

部員達の言葉に翔は思わず丈二のことを告げると、

「あぁ、あの金切り声か

 はは、あいつはもぅ口だけだよ」

部員の一人は丈二のことをそうせせら笑うと、

「なぁ知っているか?

 あいつの胸、

 女みたいに膨らんでいるんだぜ」

「えぇ?

 マジかよそれって」

「あぁ、

 俺見たんだよ、

 こぅプルンプルンと揺れてなぁ

 あぁあれはマジでホルモンをやっているな。

 うん、俺が断言する」

「うへぇぇ!!

 なんだぁ?

 藤堂先輩ってニューハーフに目覚めたのかよ、

 キモイなぁ」

などと部員達が丈二の噂をしていると、

「こらぁ!!

 お前らっ

 そこで何をしているっ

 2年は集合がかかっているはずだ」

彼らを見つけた3年の島田博一が怒鳴り声が響き渡った。

「やべぇ!!」

その声に部員達はそそくさと立ち去っていくと、

「まったく」

その様子にあきれながら島田がベンチプレスのそばに立ち、

「おいっ、高村っ、

 トレーニングはそこまでにして、お前も今日の準備をしろ」

と告げると、

「はいっ」

ガシャン!!

翔は博一にそう返事をしてバーベルを戻した。

とそのとき、

ガシャッ!!

ドアが開く音が響くと、

「………」

丈二が無言でトレーニングルームに入ってくるなり、

バーベルを戻した翔と目が合ってしまった。

「あっ藤堂っ

 今日の練習だけど…」

姿を見せた丈二に博一が声をかけながらよっていくが、

スッ

丈二は近づいてきた博一を無言のまま手でどかすと、

徐に翔が座っているベンチプレスの隣にあるもぅ一台のベンチプレスに体を預け、

袖をまくるとセットされているバーベルに手を伸ばした。

「おっおいっ

 藤堂っ」

キッとベーベルをにらみつける丈二に博一はあわてて駆け寄ると、

「何回やった?」

女性を思わせる声で丈二は翔にベンチプレスの回数を尋ねた。

「え?

 さっさぁ…

 数えてなかったので…」

丈二の質問に翔はそう返事をすると、

「ばか者っ

 数を数えないでベンチプレスをする奴があるか」

丈二は小さく怒鳴り、

「フンッ!」

バーベルを握り締めると力を込めた。

ガチャン

一回

ガチャン

二回

ガチャン

丈二は顔を真っ赤にしてバーベルを上げ下げする。

以前なら汗も流さずに軽々と行っていたベンチプレスだったが、

しかし、今は体中から汗を噴出し、

文字通り気合で目の前のバーベルを持ち上げていた。

そして、

ガチャン!

五回!

なんと丈二は五回目でバーベルから手を離すと、

ゼハァ

ゼハァ

まるで、数十回したかのように肩で息を始めてしまった。

「どうした、

 いつものお前らしくないなぁ」

文字通り音を上げてしまった丈二に博一はそう言いながら、

丈二の肩を揉んでみると、

「え?」

筋肉粒々に盛り上がっていたはずの丈二の二頭筋はまるで萎んでしまったかのように小さくなり、

それに気づいた博一は

「なぁ…丈二…お前、少し休んだ方がいいんじゃないか」

と丈二に声を掛けた。

「ふんっ

 何を言っているんだ?

 俺はどこもおかしくは無いよ」

博一の言葉に丈二はそう言い返すが、

しかし、博一の目には丈二が着ているトレーナーの胸の部分が不自然に2つの盛り上がりを作っている事に気づくと

さっき2年の部員達がしていた噂話のことを思い出した。

すると、丈二はそれを察してか、

胸を隠しながらベンチプレスから立ち上がると、

「今日の練習試合、

 俺、クォーターバックで出るからな」

と言い残して、トレーニングルームから出て行ってしまった。



「セット、20!!」

フィールドに丈二の声が響き渡ると、

ザザッ!!

P大のユニフォームに身を包んだ部員達は一斉にセットポジションに着いた。

そして、丈二の方を指差しながら、

「おいっスピッツがほえているぜ」

と丈二をからかう様なそんな声が漏れる。

そう、2年以下の部員達から丈二はいつの間にかスピッツとあだ名されていた。

一瞬の沈黙の後、

ピッ!!

試合開始を告げるホィッスルの音がこだますると、

ザッ!!

にらみ合っていた選手達はそれぞれの決められた行動に従って相手に襲い掛かった。



「いけっ」

「回せ」

「おらぁ!」

練習試合といっても本番さながらの気迫さでゲームは進んでいく、

無論、丈二は皆に気後れすることなく果敢に立ち向かっていくが、

しかし、

両者が入り乱れる場所で丈二は自分の体力が落ちてきていることを否応無く見せつけられた。

「くそっ

 なぜだ」

自分めがけてパスされるボールに飛び掛るが、

しかし、一度は手にしたボールはやすやすと奪われ、

また、見方にパスしたボールは、

届くことなく手前に居た相手の選手の手に収まってしまう有様だった。

そして、それが続くうちに次第に丈二にボールがパスされることが無くなり、

また相手からボールが奪えなくなってしまった丈二は

いつの間にか集団の外で指示を出すだけの存在になっていった。

けど、そのような状況に納得をする丈二ではなかった。

もつれた集団の中から相手チーム側の翔がボールを奪って飛び出すと、

「まてぇぇぇ」

敵意を丸出しにして丈二は猛然と翔を追いかけ始めた。

「おぉ!!」

追いかけているのが丈二と知ってか、

翔は本気で逃げに入るわけでもなく、

どこか手加減をしているような走りをし、

そのために、丈二との距離は少しずつ縮まっていった。

そして、

「うらぁぁぁ!!」

丈二が伸ばした手があと少しで翔のユニフォームに触れる。

そんな距離に迫ったとき。

いきなり丈二の前に黒い影が姿を見せると、

ガツン!!

強烈な衝撃が丈二を襲った。

「んなっ…

 あと少し…」

伸ばした手が空を切るのを感じながら丈二は目の前に迫ってくる地面をにらみつけていた。

それと同時に激しいショックが丈二を襲う。

けど、

「まだっ

 まだまだだ」

体を地面にたたきつけながらも丈二は気迫を放ちながら再び立ち上がった。

ダラダラ

と鼻血を流しながら、丈二は痛む体に鞭を打ち、

一歩、

また一歩と

前に立つ翔に向かって足を引き釣り歩いていく、

「おっおいっ

 誰か止めろ!!」

そんな声が部員達の間から響き始めると、

「ちょっと、どいて!!」

と言う声とともに白衣姿の麗子が飛び込んでくるなり丈二に抱き、

「藤堂君っ

 あなた何をしているの!!」

と怒鳴った。

けど、

「どいてくれ、

 先生っ
 
 おっ俺はあいつに決着をつけなければならないんだ」

満身創痍の丈二は翔を指さしそう怒鳴るが、

その声は弱弱しく、

体力的にやっとの状態であることが誰の目にも明らかであった。

「もぅいいわっ

 藤堂君っ
 
 医務室へいこう」

そんな丈二をなだめるようにして麗子は言い聞かせるが、

「先生っ、

 どいてくれ!!」

丈二は麗子の肩を持つと、強引にどけさせる。

「あぁ、もぅ!!」

頑として言うことを聞かない丈二についに麗子はある決断をすると、

「医者としてこれ以上見過ごすことはできません!!」

と怒鳴りながら、

「ちょっと、そこの!!

 すぐに藤堂君を止めなさい!!」

呆然と立ち尽くしているアメフト部員に命令をした。

「あっはいっ

 おいっ」

麗子の声にアメフト部員はハッとすると、

彼女に言われるまますぐに丈二に飛び掛り、

「離せ!!」

と声を上げる丈二をその場に引き倒した。

そして、

「藤堂君っ、あなたには休養が必要です」

麗子はそう叫びながら丈二の腕に注射針を突き立てると、

「あっ待て…」

そう叫んだところで丈二の意識は消えていった。



「うん?」

どれくらい寝ていただろうか?

眠りから覚めた丈二はハッと目を覚ますと、

彼は光があふれる部屋の置かれたベッドの上に横たわっていた。

「どこ?」

見慣れない部屋の様子に丈二は周囲を見渡してみると、

8畳間ほどの大きさの部屋には閉じた一つのドアを除いて窓はひとつもなく、

天井からそのハンデを補うように大型の照明機器が明るく部屋中を照らし出していた。

その一方でこの部屋に置かれている家具はいま自分が寝ているベッドの他には、

ドレッサーと丸椅子が一つあるだけで、

白を基調にしたクロスが張られた壁が周囲を覆う如何にも殺風景な雰囲気だった。

「………」

そんな部屋の様子に丈二は驚いていると、

カチャッ

突然目の前のドアが開くと、

「あら、目が覚めた?」

と言う声とともに麗子が部屋に入ってきた。

「羽村先生…」

いつもの白衣を身にまとった麗子の姿に丈二はホッとするのと同時に、

「あのぅ…」

いま自分が置かれている状況を知ろうとすると、

麗子は笑みを浮かべながら丈二の枕元に向かい、

そしてそこに置かれている丸椅子に腰掛けると、

「気分はどう?」

といまの体調の具合をたずねた。

「え?、気分ですか?」

麗子の質問を丈二はそのまま返すと、

「えぇ」

笑みを讃えたまま麗子は軽く頷き、

ジッと丈二を見据える。

「はぁ」

まるで獲物を睨み付ける蛇のような麗子の表情に丈二は戸惑いながらも、

「気分は…

 あまり良くはないです」

と短く答えた。

すると、

「あら、そうなの…

 で、体のどの辺に違和感を感じる?」

丈二のその返事に、

麗子は相変わらず舐めるような視線で丈二を眺めながら尋ねてくると、

「なっ」

その瞬間、丈二は異様な悪寒を感じると思わず身を引いた。

「どうしたの?」

いきなり距離を開けた丈二に麗子が訳を尋ねると、

「いっいやっ

 ちょっとね」

丈二はアヤフヤな言い訳をして口を濁した。

そう、いまでも丈二は麗子を100%信用をしていなかった。

元をただせば丈二の腰痛治療に彼女が処方した薬を飲んでからこっち、

丈二の体は少しずつ女性化し、

胸にはBカップの乳房、

勃起することを忘れ、小さく萎縮したペニス、

そして、口からはソプラノの声が響くようになっていた。

以前より白く見える肌を横目で見ながら

「(…この女性は危険)」

丈二は本能的にそう感じながら、

「羽村先生、

 ここはいったいどこなんです?

 時間は?

 いったい…僕をどうするのですか?」
 
と矢継ぎ早に質問をした。

すると、

「安心して、藤堂君

 ここはあたしが勤めるクリニックよ、

 そして、この部屋はあなたの病室」

不安がる丈二を安心させようとしたのか麗子はそう言うと、

「藤堂君、

 当分の間、あなたの練習はありません。
 
 あなたが怪我をした後、
 
 あたしは新島監督と相談をして、
 
 藤堂君、あなたの体が元に戻るまで、
 
 あたしの元であなたを預かることにしました」

と麗子は丈二に現状の説明をした。

「3日も?」

麗子の口から告げられた自分が倒れていた時間に丈二は目を丸くして驚くと、

「さて」

麗子は丸椅子を座りなおすと、

キッ

麗子の表情はいきなり真顔へと変わり、

「今後の治療方針からお話をしましょうか」

丈二に向かってそう告げた。



「治療方針?」

コクリ…

麗子の言葉を丈二は復唱すると、

麗子は大きく頷き、

「まずは藤堂君、

 あなたに謝らなくてはならないわ」

と続けた。

「謝る?」

「えぇ…

 先日、君があたしのとことに体のことで相談に来たでしょう、

 そのときあたしはあなたの体に起きている異変が良くある副作用の一つと判断して、

 気にするな。って言ったけど、

 でも、練習試合であなたが倒れ、

 改めて精密検査をしたところ、

 ちょっと、問題があることがわかったの」

「問題ですか?」

「えぇ…

 あなたの男性機能は副作用によって萎縮していて、

 このままでは将来に悪影響を及ぼすことが判明したのよ、

 迂闊だったわ」

麗子は丈二に向かって事実を述べると、

「やっぱり、そうだったんじゃないですか」

と丈二は抗議をした。

すると、麗子は丈二の目を見ながら

「このことについては完全に私の責任、

 あなたから何て言われても仕方がないわ、

 だから、

 あなたが体調を取り戻すまであたしが責任を持って治療いたします」

と謝りながら深々と頭を下げた。

「え?

 あっいや…

 そんなに謝らなくても…

 おっ俺はただ元に戻ればそれでいいですから…」

神妙な麗子の姿に丈二は頭を掻きながらそう返事をすると、

「ありがとう、藤堂君」

丈二の言葉に麗子は彼の手を握り締めながら、迫るようにして感謝の言葉を言う。

「いやぁ

 それほどでも…」

麗子に手を握られ、丈二は思わず照れ笑いをすると、

「で、俺の今の状態ってどうなんです?」

彼女の手を握り返しながら丈二は尋ねた。

「この3日間の状態を見てみたけど、

 なんとか、最悪の事態には至ってないみたい」

「最悪の事態?」

「えぇ、

 藤堂君の生殖能力が無くなってしまうことよ」

「なっ!!」

「あっ、大丈夫、

 まだ、子供を作る能力を失ってはいないわ

 それで、まず第1に薬によって乱れてしまった内分泌のバランスを直すことを優先しようと思うの」

「内分泌?」

「あぁ、わかりやすく言うとホルモンバランスのことよ

 いまのあなたは血中の男性ホルモンが異常に多い状態になっているの

 それが、異変を引き起こしている現況なの」

「え?

 男性ホルモンが?

 だって、俺、

 オッパイが膨らんでいるし、

 チンポも勃たなくなっているんですよ、

 それなのに男性ホルモンが増えているなんておかしいじゃないですか?」

麗子の説明にすかさず丈二が疑問点を突くと、

「これを見て」

麗子は一言そういうと一枚の写真を見せた。

「これは?」

「ドーピングって知ってる?」

「えぇ…

 オリンピック選手が薬物を使って筋力を強化させることですね」

「そうよ、

 この写真に写っているのは筋力を強化しようとして男性ホルモンを注射した男性選手なの」

「えぇ!!」

麗子の説明に丈二は驚き、

そして写真を食い入るように見つめる、

「驚いた?」

「だって、

 この人、オッパイが…」

「そうよ、

 注射によって増えた男性ホルモンに体が過剰に反応して、

 体自身がホルモンバランスをとろうとして女性ホルモンを作り出してしまった結果なのよ」

「そんなことが…」

「判った?

 今のあなたの状況はこの方とよく似ているわ、

 腰痛治療にあたしが打った薬に藤堂君の体が反応して女性ホルモンを作ってしまって、

 その為にオッパイが膨らんできたりしているの」

「そっそうなのか…」

「それで早急にバランスを崩しているあなたのホルモンを整える必要があるの」

「はぁ…」

「で、いま考えている治療法は

 血中に増えている男性ホルモンを中和するように女性ホルモンを注射しようと思っているわ」

「女性ホルモンを?」

「えぇ、一時的に体の女性化が促進されてしまうかもしれないけど、

 でも、今の状態で男性ホルモンを入れると取り返しがつかないことになるの

 そして最悪の事態になると、

 藤堂君、あなたの精神が破綻する恐れがあるわ」

「うへっ!!」

「納得してくれた?」

「うっ…仕方がないか…

 で、あとどれくらい女の子になってしまうんですか?

 俺は?」

「そうねぇ…

 もぅちょっとバストが膨らむかなぁ?
 
 うんCカップぐらいに…

 まぁCカップのバストだなんて女の子でも羨ましがれるわよ、この幸せ者」

「羽村先生、

 茶化さないでください。

 俺はCカップのオッパイが欲しいんじゃなくて

 Cカップの女の子と寝るのが好きなんですよ」

「ふふ、冗談よ、

 じゃぁ早速、治療に入るわ、

 とにかくその体を元通りにしないとね」

「お願いします、先生、

 俺、こんな男か女かわからない体はイヤですから」

こうして治療の方針が固まると、丈二は麗子に頭を下げた。

「判ったわ、

 あたしにチャンスを与えてくれてありがとう

 じゃぁ、しばらくしたらまた来るわね」

頭を下げる丈二に麗子はそう言って部屋を後にした。



「あっ羽村先生」

丈二の病室から出てきた麗子に看護婦が駆け寄ると、

「例の患者の超音波診断装置が写真が出来上がりました」

と言いながら茶封筒を麗子に手渡すと、

「ありがとう」

麗子は返事をしながら封筒を開け、

そして一枚の写真を取り出すと、

目を細め、

「そう、子宮が出来つつあるの…

 すばらしい効果だわ…

 膣もちゃんと成長しているし、

 大丈夫よ、藤堂君、

 あなたの生殖能力は大丈夫よ」

と麗子は写真を眺めながらそうつぶやいた。



つづく