風祭文庫・アスリート変身の館






「秀美の企み」



作・風祭玲

Vol.630





カシャッ!

段違い平行棒の音が体育館に響き渡ると、

シュッ!

棒に巻き込んでいた身体を跳ね

レオタードを纏った少女の身体が空中へと躍り出る。

そして、身体を支える物が何もない空中で

クルッ!

少女は身体を捻りながら向きを変え、

大きく身体を伸ばしながら近づいてきた平行棒を掴もうとする

しかし、

スッ!

平行棒に向かって伸ばした手はその棒を掴むことなく、

棒は少女の前を通り過ぎてゆくと、

「キャッ!」

少女の小さな悲鳴が上がるのと共に、

ボフッ!

平行棒の下に敷かれたマット目がけて少女の身体が激突した。



「だっ大丈夫か!」

「妙子!」

その途端、

彼女の演技を固唾を飲みながら見守っていた

器械体操部のコーチや部員らが飛び出し、

落下したまま動かない少女の周りへと集まって行くが、

「いたーぃ」

少し間を置いて、

レオタードに覆われた身体を動かしながら少女が泣きべそをかき始めると、

「ふぅ…」

張りつめていた緊張感が一気にほぐれ、

「栗原っ、

 大丈夫か?」

とコーチの吾妻武は涙を溜めている栗原妙子に身体に異常がないか尋ねた。

すると、

「まったく…ドジね」

そんな妙子を見下ろしながら、

同じ柄のレオタードを身につけている陣馬秀美が

冷たい視線を投げつつそう言うと、

「おいっ、

 陣馬っ
 
 そんなことを言うヤツがあるか」

妙子が負ったケガの程度を見ていた武は秀美に注意をする。

しかし、

「コーチっ

 一言言わせて貰いますけど、

 いくら、親が元・体操選手だからって、

 あまりにも栗原さんを優遇しすぎていませんか?

 幾ら練習を重ねてもドジはドジ、

 まずはそのドジを治すことが先決かと思いますが」

と秀美は逆に喰って掛かかった。

「うっ…

 それは確かにそうだけど、

 でも、少しは心配したらそうだ」

冷たく突き放す秀美を武は注意をしながら、

「ん、

 少しひねったか?」

妙子の右足を軽く動かす。

その途端、

「アイタッ」

木琴を叩いたかのように響く痛みに妙子は顔をしかめると、

「ほらっ、

 いつまで面倒を見て貰っているのよ」

と秀美は急かした。

「あっ済みません…」

秀美の声に妙子は平行棒の横から移動しようとするが、

しかし、

それ以外にも打っているところがあるらしく、

「いたたた…」

少し動かしただけで痛みが走り、

妙子は容易に動くことは出来なかった。

「とにかく、

 これは、医者に連れて行かなくては…な」

そんな妙子の容態を武は心案じると、

「あっ、

 コーチ!
 
 クルマの準備が出来ました」

同僚の声が響いた。



「全くっ

 どいつもこいつも妙子妙子って、
 
 あんなドジ娘の何処がいいんだか」

妙子のケガによって、

その日の器械体操部の部活動は休止となり、

秀美は文句を言いながら制服に着替えていた。

「はぁ、

 今日は調子よかったのなぁ…
 
 あと少しで、
 
 難度を一つ上げられる技が出来たのに…
 
 あぁっ
 
 栗原の大バカが!!」

ガンッ!

こみ上げてくる悔しさをぶつけるようにして、

秀美は自分のロッカーに当たり散らし、

そして、捨て台詞を残し更衣室を出た。

「ふんっ、

 なんかさっぱりしない…

 これもそれも、

 みんな妙子のせいよ!」

未だに不満をくすぶらせながら秀美が廊下を歩いていくと、

ガチャガチャ!

向かう先より様々なビーカーや試験管、そしてフラスコ瓶を納めた箱を手に

科学部の部長を務める3年の雪村春子が歩いてきた。

「ん?

 科学部の雪村かぁ…

 何か持っているな…

 ちょっと時間つぶしするか」

白衣姿の春子を見ながら秀美は立ち止まると、

「あの…」

と春子に声をかける。

「はい?」

秀美からかけられた声に春子が立ち止まると、

「あの…科学部の幸村さんですよね、

 今度はどんな発明をしたのですか?」

と笑みを浮かべながら尋ねた。

「え?

 あぁ…

 人工雷発生器を作って、

 原始の地球環境を再現しようとしたんだけどね、

 なんか危ないものが出来ちゃったので、
 
 それを捨てに…」

と春子は返事をする。

「げっ原始の地球ですか?」

「えぇ…

 いまから30数億年前の地球では、
 
 酸素はほとんど無くて、
 
 代わりに亜硫酸ガスや、

 二酸化炭素と言った有毒ガスが充満していたんです。

 そして、日々を問わず発生し続けた雷の作用で、
 
 私たちの生命の元となるアミノ酸が合成され、
 
 それが長い年月を経て生命へとなっていったんです」

と秀美相手にウンチク大魔王との異名を取る春子の鱗片が顔を覗かせる。

「はぁ…

 そうですか(何を言っているのかまるで判らない…)」

春子のウンチクを右から左に聞き流しながら、

秀美は冷や汗を掻いていると、

「で、危ないものってなんですか?」

春子がさっき言っていたことについて尋ねると、

「え?

 あぁ、これよ」

と言いながら春子は一つのビーカーを取り出し秀美に見せた。

「?」

ビーカーの1/5程度に溜まっている透明な液体を見ながら、

秀美は不思議そうな顔をすると、

人差し指を指しだし、

ビーカーの中の液体を触ろうとした。

その途端、

「あっダメですよ、

 この中に入っているのは女の子を男の子にしてしまう溶液よ、

 うっかり触ったりでもしたら、

 浸透圧の関係でたちまち溶液の成分があなたの身体の中に入り、

 たちまちあなたを男の子にしてしまう恐ろしい溶液なのよ」

と秀美に警告をした。

「うわっ!」

それを聞いた途端、秀美は慌てて手を引っ込めると、

「クスッ」

春子は小さく笑い、

「だから、捨ててくるの。

 女の子が男の子になってしまったらイヤですものね」

と告げ、去っていく。

「そっそんな恐ろしい液体を

 うっかり作ってしまうあんたが怖いよ」

去っていく春子を見送りながら秀美は背筋を寒くしていると、

突然、春子は携帯らしきものを取り出すと、

それに向かって何か話し始めた。

「あれ?

 学校内にケータイ持ち込んで居るんだ、

 さすが科学部ね…
 
 先生も公認なんだ…」

春子の姿を見ながら秀美はそう思っていると、

「えぇ!」

突然、春子は驚きの声を上げ、

そして、周囲をキョロキョロしたのち、

「!」

秀美の所に走り寄ってくるなり、

「ちょっと、コレ預かってて」

と言いながらあの薬品が入った箱を秀美に押しつけ、

走り去ってしまった。

「はぁ…

 何かの呼び出しかな?」

慌てて走り去ってく春子の後ろ姿を見ながら、

秀美は校庭を見ると、

別の少女も走っていくところが見える。

「あれ…

 ラクロス部の墨村さんじゃない…
 
 何慌てて居るんだろう」

走る彼女の姿を見ながら見送っていると、

「そう言えば、最近、

 なにかと記憶が途切れることがあるのよね…」

秀美は最近になって頻発する怪現象について

首をひねりながら箱のビーカーを見たとき、

「!」

秀美の脳裏にある考えが浮かび、

「そうだ、

 あのドジ娘を鍛える良いものがここにあるじゃない…」

そう呟きながらほくそ笑むと、

タッタッタッ

春子から渡された箱を抱えながらあるところへと向かっていた。



『あぁ終わった終わった』

『まったく

 私が駆けつけなかったらどうなったことか…』

『ふんっ

 あの連中、段々と力を付けてきている』

『ほらっ、

 終わったんだからさっさとバイトに行く、

 あのお方のおもちゃ代、

 稼がないとならないんだろう』

『そう言えば最近、

 ”たま●っち”なるものが流行っているそうだが、

 あのお方のために買ってみるか』

『大丈夫なのか?』

『問題はない。

 バ○ダイの製品だ』

そう言い合う闇の気配を漂わせる者達を追い抜いて、

秀美は学校から飛び出していく。

「うふっ

 コレがあれば…

 あたしの練習のお邪魔虫はいなくなる。

 くくっ、

 だって男子には平行棒なんて無いものね…」

厳重に封印された化粧水の瓶を眺めながら秀美はほくそ笑むと、

「早く明日になぁれ!!」

と空に向かって大声を上げた。



そして、彼女の希望通りに迎えた翌日、

「栗原さん!」

一足先にレオタードに着替えをした秀美が

コレまでに見せたことがない笑みを浮かべて妙子に話しかけると、

「はい?」

手に包帯を巻く妙子は振り返った。

「あら、そのケガで今日、大丈夫なの?」

包帯を見ながら秀美はケガの具合を尋ねると、

「えぇ

 大事には至りませんでした。

 お医者様は…痛みが引くまで休んだ方が良いって言いましたが、

 でも、あたし休んじゃうと忘れちゃうから…」

と妙子は答えながらレオタードに袖を通す。

「ふぅーん、

 練習熱心なんだね」

そんな妙子にコレまで掛けたことがない台詞を秀美は言うと、

「あのさ…

 これ、使ってみて!
 
 筋力の強化になると思うよ」

と言いながらあの化粧水の瓶を差し出した。

「え?」

秀美のその言葉に妙子は驚くと、

「でも…」

と躊躇いを見せた。

「大丈夫だって、

 ちゃぁんと体操協会の許可を得ている薬なんだから、
 
 心配ないって!」

躊躇する妙子に秀美は化粧水を強引に握らせ、

そして、そのノズルを妙子に向けさせると、

「ホラ、

 こうして一吹きさせると良いのよ」

そうアドバイスしながら、

シュッ!

っと一吹き、あの液体を妙子に向かって吹きかけた。

「キャッ!」

その瞬間妙子の悲鳴が上がると、

ニヤッ…

自分に液体がかからないように大きく身体を反らした秀美は笑みを浮かべるが、

しかし、いくら待っても春子が告げた変化は妙子には起こらなかった。

「あれ?」

なかなか男に変身しない妙子の姿に秀美は首をひねっていると、

「じゃぁ、

 あたし、準備があるから…」

と言い残して妙子は更衣室から出て行ってしまった。

「おっかしいわねぇ…

 何で男にならないんだろう…」

一人残された秀美は

そう文句を言いながら今度は自分に向けて一吹きした。

すると、

ムキッ

ムキムキムキ!!!

いきなり秀美の身体から筋肉が盛り上がり始めると、

レオタードを持ち上げていた乳房は胸板に消え、

お腹には6つに分かれた瘤が盛り上がりはじめた。

「え?

 え?
 
 えぇ?
 
 なっなにこれぇ!!!」

突然始まった身体の変化に秀美は悲鳴を上げるが、

しかし、そんな秀美をあざ笑うかのように

股間から突起物が盛り上がると、

まるでキノコが成長していくように肉の棒が伸び、

瞬く間に大きなテントを作り上げてしまった。

「いやっ

 なんでぇ!?
 
 なんで、あたしが…
 
 いっいやぁぁぁぁ!!!」

男性化してゆく自分の姿に秀美は悲鳴をあげるが、

しかし、その声も程なくして野太い声へと変わってしまった。



「ひっく、

 なんで、
 
 なんで、あたしが男になっちゃうの?」

女子更衣室の中で盛り上がった股間を晒しながら

秀美は泣き続けるが、

一方、その外では、

「はぁ…

 まさか、あたしの正体ばれてないよね」

レオタード姿の妙子は膨らみ始めた股間を押さえながらそう呟いていた。

そう、男の身でありながらレオタードの魔力に取り憑かれたのは中学2年のとき、

そして、中3でかつて体操選手だった母親にその想いを告白し、

母親の理解の元、女子体操選手・妙子としてレオタードを身につけ汗を流す男子高校生。

それが彼女の正体であった。



おわり