風祭文庫・アスリート変身の館






「ホワイトデーの怨み」



作・風祭玲

Vol.588





それは2月14日、バレンタインデーの夕方のことだった。

「あれ?」

部活後、帰宅のために靴箱をのぞき込んだ下沢勇が驚きの声を上げると、

「どうしたの?」

とその後にいた久能光がその理由を尋ねる。

「いやっ

 中にこんなモノが…」

そう言いながら勇が靴箱の中より

手紙と共にハートのシールが貼られた小箱を取り出すと、

「へーっ

 チョコレートじゃない。

 ふーん、もてるんだねっ

 勇って」

敵意に満ちあふれた視線を小箱みめがけて放ちながら光は言う。

「いっいやっ

 そういうわけじゃぁ…」

光の言葉に勇は慌てると、

「さぁ?

 どうでしょうか?

 チョコを貰った以上、

 ホワイトデーのお返しはちゃんとしなくっちゃね。

 じゃっサヨナラ」

そんな勇をヨソに光は自分の靴箱より靴を取り出すと、

先に帰ってしまった。

「あっちょっと!!

 えーっ

 困るなぁ…」

光を途中まで追い掛けた後、

勇は困惑した表情で手元の小箱を見ると、

『愛する下沢君へ

    雪村春子』

と小箱の隅に張られたシールに差出人の名前が記されていた。



そして迎えた3月14日のホワイトデー…

その夕刻…

「おのれぇぇぇぇ!!!」

恨みが籠もった声が部屋に響き渡ると、

ダァァン!!!

不気味な蒸気を吹き上げるフラスコ瓶や、

様々な配管が走る実験機材が乗る机を思いっきり叩き、

白衣姿の雪村春子は悔しがっていた。

「バレンタインデーに送った

 私が心を込めて作ったチョコのお礼がないとはどういうコトだ!!

 下沢勇!!!

 可愛さ余って憎さ百倍!!!

 この怨み、晴らさずでおくべきか…」

怒りのあまり髪を振り乱し、

そして鬼気とした表情で春子は復讐を誓うと、

「特製の青酸ガスで一気にあの世送りにしてしまおうか、

 それとも、このヒトラジンでゼリー人間にしてしまおうか、

 いいやっ、この練炭で…」

と自分を裏切った男・下沢勇への復讐方法をアレコレ考え始めるが、

しかし、

「あぁっダメッ

 ダメよ…

 なんて恐ろしいことを考えるのよ、

 下沢君を手に掛けるなんてことは…

 ダメッ!!

 ゴメンね、

 許して、下沢君」

いきなり首を左右に振り始めると自分の考えを否定し始めると、

机の上に立てかけてあった勇の写真に許しを請う。

すると、その時、

「ん?

 誰かしら…この女は…」

勇の背後に写る一人の女子生徒に気がつくと、

「待てよ、

 この女…どこかで…

 あっ、

 確か下沢君の彼女とか言って触れ回っている女だわ、

 そうか、きっとこの女が邪魔をしたのよっ

 そうよ、そうに決まっているわ」

春子は自分と勇の仲を光が邪魔していると邪推すると、

早速在校生データベースにアクセスし、

「んっ

 これか、

 久能光っ

 1年3組、器械体操部所属。

 昨年の県大会で我が学園初となる2位入賞…

 一昨年、当時1年生、現キャプテンの夷隅渚の記録4位を塗り替える。

 一方、夷隅渚はこの4位を最高にして、

 それ以降はパッとしないのか…

 ふーん、器械体操部の期待のホープってヤツね」

パソコンのディスプレイを指先で突っつきながら

春子は光に関する情報を自分の頭脳へと入力し、

そして、

「こんな期待の新人が出たんじゃぁ…

 キャプテンの夷隅さんって内心穏やかじゃないでしょうねぇ

 なにせ、身内に強力なライバル出現なんだから…

 ふふふっ

 あたしの恋路を邪魔する女は…

 くっくっく…

 あーははははは!!!」

白衣を翻しながら春子は声高に笑い声を上げると、

「このあたしがお前にお仕置きをしてあげますわ!!」

と声高に叫んでいた。

一方、復讐を誓う妹の姿を、

「あぁ、春子があんなに怒っているわ

 どっどうしましょう…」

頭に大きなリボン、

そして、フリヒラの衣装を身にまとった元兄の篤は

ハラハラしながら柱の影から見ていたのであった。



カシュン!!!!

その数日後、

春休み間近の体育館に

段違い平行棒のバーの音がひときわ大きく響き渡ると、

クルン!!

レオタードに身をを包んだ少女が勢いよく宙に舞い、

そして、

スタッ!!

華麗な着地を演じると、

クッ!!

大きく胸を張るようにV字型に両手を挙げる。

その途端、

「うわっ」

固唾を飲んで彼女の演技を見ていた

器械体操部の女子部員達の中から一斉に拍手喝采がわき起こると、

「てへへへへ」

演技を決めた少女は照れ笑いをした。

「光、すごいじゃない」

「ホントホントホント!」

「春の競技会、

 上位入賞は間違いないよね」

「うん」

照れ笑いをする少女・久能光に部員達は次々と褒め称えると、

「そんな…

 あたし、そんなにすごくないよ」

と光は謙遜をする。

「なに言っているのよっ」

「そうよ、もっと自信を持ちなさいよ」

そんな彼女に部員達はさらにはやし立てていると、

「オホン!!」

咳払いの声が一つ上がった。

「あっ」

その声に部員達が一斉に驚くと、

「ほらほらほらっ

 もぅスグ春休みだからって浮かれないのっ

 5月の競技会までひと月ぐらいしか無いのよっ

 そんなところで油を売っている暇があるなら、

 さっさと練習をする」

光の周りに集まる部員達を散らすかのように、

新学期よりキャプテンとしてこの器械体操部を率いてゆく夷隅渚が声を上げた。

「はーぃ」

渚のその声に部員達は不満そうな顔で各々の練習に戻りながら、

「まったく、

 キャプテンになったからって張り切っちゃってさっ」

「ほんとほんと」

「きっと、アレよっ

 光の演技に嫉妬しているのよ」

「うわっ

 やーね」

と陰口をたたいていると、

「ちょっと、そこっ

 さっきからなにコソコソ喋っているのっ

 部のことで言いたいことがあれば、

 正々堂々と言いなさいよっ

 あたし、陰で文句を言う人って大嫌いだからね」

光と同じレオタード姿の渚は鋭く注意すると、

「いいえっ

 別になにもありません」

注意された部員は口をそろえてそう返事をする。

すると、

「あの…

 あまり頭ごなしにそういうのは」

渚のその姿に光は少々口を隠らせながら声を上げると、

ジロッ!

渚の目が光を見据え、

「なにか?

 言いたいことでもあるのかしら?」

と脅すようにささやいた。

「いっいえっ

 別に…」

脅しともとれる渚の声に光は萎縮すると、

「光さん、

 多少演技が出来るみたいだけど、

 でも本番でそれが発揮できなければ意味はないわ、

 そうやって、すぐに引っ込んでしまうのって、

 いざというときにあなたの足を引っ張りますよ」

と渚は指摘し、

掛けてあったタオルを手に取るなり体育館から去っていった。

「夷隅先輩…」

そんな渚の背中を光は見送っていると、

「気にしない、

 気にしない」

「そーそっ

 強力なライバル登場で

 夷隅先輩、焦っているのよっ」

「光、元気を出して!」

女子部員達は再び光の周りに集まり励ますが、

「でっでも…」

光は一人、渚との間に広がっていく溝が気が気でなかった。



ジャーッ!!

バシャバシャバシャ!!!

洗面所で顔を洗い

そして持ってきたタオルで顔を拭きながら、

「まったく、

 1年のクセに生意気なんだから」

夷隅渚は文句を言っていると、

「どうしたの渚?」

とそんな彼女に声が掛かかる。

「ん?

 あぁ和か…」

顔を上げた渚は目の前に立つ白衣の少女を見上げながら名前を呼ぶと、

「えへっ

 なに、ブツブツ文句を言っているのよ」

と笑みを浮かべながら渚の友人・雪村和が尋ねた。

「ん?

 べっ別に?」

そんな和にむかって渚は口を籠もらせると、

「で、あたしに何か用?」

レオタード姿であることを恥ずかしがらずに逆に聞き返した。

「え?

 あぁ、実は渚に用があるって人があたしのところに来てね」

渚の質問に和は身を引くと、

「あっどうも、こんにちわ」

和と同じ白衣姿の少女が挨拶をした。

「えっと…

 誰?」

彼女の名前を知らない渚が和にその少女の名前を尋ねると、

「あぁ、

 あたしと同じ部の雪村春子さんよ」

と和は渚に春子を紹介した。

「はぁ…

 初めまして…」

春子と初対面となる渚は軽く会釈をすると、

「どうも…

 あっ雪村さん、ありがとう。
 
 あとは私が話しますから」

と春子は和に向かってそう言い、

「うん、

 じゃぁあたし、ラボに戻っているね」

その声に和はそう言い残して去っていった。

「えっえぇーと、

 なにか用ですか?

 これから練習に戻らないとならないので」

残った春子に向かって渚は来訪の目的を尋ねると、

「ふむっ

 夷隅渚、2年B組。
 
 器械体操部女子のキャプテン。
 
 過去の成績、1年のとき県大会4位が最高なれど、
 
 昨年の大会で後輩にあっさりと抜かされる」

春子は手帳を取り出すなり渚の経歴を語り出した。

「ちょちょっと、

 いきなり失礼じゃない?」

そんな春子に向かって渚は抗議をすると、

パタン

春子は手帳を閉じ、

そして、

スッ!

小さな瓶をポケットから取り出すなり、

「夷隅さん、

 ここにあなたのために調合をした薬があります。

 と言っても、あなたの身体を薬効で強化する類のモノではありません。
 
 いけ好かない相手を蹴落とすための薬です」

と瓶の中身を説明した。

「はぁ?

 いきなりなにを言出すの?

 ちょっとおかしいいんじゃない?」

そんな春子に渚は眉をひそめながら聞き返した。

しかし、

「夷隅さん。

 いまのあなたには目障りで仕方がない人間がいるはずです。

 その者を器械体操部から排除したいと思いませんか?

 私のこの薬をその者に飲ませれば、

 一発で彼女は公の場に姿を見せることが出来なくなりますわ、

 あなたが器械体操部を引退するその日まで

 キャプテンの名声を欲しいままにすることが出来ます」

と断言した。

「はっはぁ…

 でっでも、あたしにはそんな排除したい人間なんて居ませんが」

春子の言葉に渚はそう返すと、

「久能光…」

と春子は呟いた。

ピクッ!

その言葉に渚の身体が反応すると、

「ふふっ」

それを見た春子は小さく笑い、

「別に命をどうこうするわけではありません。

 ただ、服用した人間の身体の一部を変えてしまうだけです。
 
 そう、レオタードが着られなくなる程度にね」

と囁いた。

「え?」

その説明に渚が顔を上げると、

「さぁ、お持ちになってください。

 使う。

 使わない。はあなた次第。

 使いたいと思えばジュースにでも混ぜて飲ませれば良いですし、
 
 使いたくなければ…

 流しにでも捨ててください」

と言いながら半ば押しつけるようにして渚の手に握らせると、

「あたしの用件は以上です。

 頑張ってくださいね。
 
 夷隅キャプテン!」

春子は”キャプテン”の言葉を強調するようにして去っていった。

「あっちょっと!!」

去っていく春子の背中を追い掛けながら渚は声を上げるものの、

いつの間にか春子の姿は消え、

ポツン…

その場に薬瓶を握ったままの状態で渚が立っていた。



「え?

 久能さんをメンバーにですか?」

渚にとって衝撃的な話がもたらされたのはその翌日のことだった。

器械体操部のコーチ・熊本茜の言葉に渚は声を震わせながら聞き返すと、

「えぇ、そうよ」

ジャージ姿の茜は笑顔で返事をした。

「そんな…」

優美の言葉に光は声を詰まらせると、

「大丈夫よ、久能さん。

 もっと自信を持ちなさい」

そんな光を茜は励まし、

そして、

「夷隅さんは悪いけど外れてくれる?」

と今度は渚に向かって話しかけてきた。

「はっ外れるとは?」

茜の台詞に渚はショックを受けながらもその理由を尋ねる。

すると、

「ほらっ

 キャプテンって色々大変だし、
 
 それに、夷隅さんには裏方の仕事に専念して貰おうと思ってね」

と茜は答えた。

「あっあのっ

 あたしはもぅお払い箱。
 
 ということですか?」

その言葉に渚は聞き返すと、

「んー…

 お払い箱って言う訳じゃないけど、

 もぅ良いんじゃないかな?」

茜は暗に選手から身を引くことを渚に薦めた。



「あっのぅ…」

すっかり沈み込む渚に光は心配しながら声を掛けるが、

しかし、

「………」

その声に対して渚は返事をせず、

トボトボと歩いていた。

「あっあのぅ…

 コーチは決して夷隅先輩を引退させようとして言っているのでは…」

と光は渚のショックを和らげようとするが、

肝心の渚はすっかり聞く耳を持っては居なかった。

「うーん、

 困ったわ…
 
 どうしましょう」

そんな渚の様子に光はますます困惑すると、

「光ぃーっ」

「聞いたよ、すごいじゃん」

とどこからどぅ聞きつけてきたのか、

女子部員達が光の周りにぞくぞくと集まると、

皆一斉に光を褒め称え始めだした。

そして、そんな彼女の姿を横目に見ながら渚はふと、

「久能さんなんて…

 光なんて…
 
 居なくなればいいのよ」

と呟いた。



そして迎えた新学期、

その最初の試合となる競技会に女子器械体操部はエントリーし、

渚は新入部員達も率いて競技会場となる県立体育館へと赴いていた。

「じゃぁ、判っていると思うけど、

 競技に出る人は全身全霊をかけて競技に臨むこと、
 
 いいこと、新入部員が見て居るんだから、
 
 手を抜いたりしたら承知しないからね。
 
 そ・れ・と、新入部員っ

 試合会場に雰囲気に馴れておくんだよ、
 
 今度来るときは選手として来るんだからね、
 
 アガってミスしちゃいました。
 
 なんて言い訳聞かないからね」

茜はそう声を張り上げると、

「はいっ!」

その場にいる全員が一斉に返事をした。



「ふぅ…」

競技が始まり、

落ち着かないのか試合用のレオタードの上にジャージを着込んだ光は

何度もため息をつき、そわそわとする。

すると、

スッ

いきなり彼女の目の前に紙コップが差し出され、

「これを飲むと良いよ、

 少しは落ち着くから」

と渚が話しかけてきた。

「え?」

突然の差し入れに光は驚くと、

「ほらっ、

 何をしているの?」

と言いながら渚はコップを押しつけるようにして差し出す。

「あっありがとうございます。

(でも、競技前は何も飲まないのが普通だと思っていたんだけど)」

やや戸惑いながら光は紙コップを受け取ると、

クッ!

一気にそれを飲み干した。

少々ピリッとくる不思議な味だったが、

しかしそんなことに気がつか無いほどに光は緊張していたのであった。

そして、光の名前が呼び出されると、

「はっはいっ」

光は元気よく返事をし、

慌ててジャージを脱ぎ捨てると、

キラッ

レオタードを輝かせながら会場へと小走りで走っていった。



「おっお願いします」

最初の種目・平均台の所についた光は早速挨拶と共に、

タタタタッ

タタン!!

勢いを付けて平均台の上に上がると、

ややおぼつかない振りで演技を始めだした。

「うーっ

 緊張しちゃうよぉ」

緊張からか顔を真っ赤にして光は演技をしていると、

「光ぃぃぃーっ

 ガンバ!!」

と観客席からかけ声が掛けられ、

「え?」

その声に光がその方を向くと、

勇が口に手を添え盛んに応援をしていたのであった。

「(勇ぅぅ!)」

ドキン!

勇からの声援に光の胸が大きく高鳴ると、

トクン

トクン

その心臓が大きく鼓動を始め、

ジワッ…

光の身体が次第に熱くなっていった。

「(ハァハァ)

 (ハァハァ)…

 あっ何?、
 
 この体の熱さは…」

これまでに感じたことのない熱さに光は戸惑を感じながら、

幅15cmの平均台の上で演技を続けていく、

そして、フィニッシュが間近に迫ったとき、

ツルッ!

「あっ」

一瞬の気のゆるみが原因で光は足を踏み外してしまうと、

ガンッ!

その股間を強打してしまったが、

しかし、

「(痛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!)

 あっあれ?)

股間強打にもかかわらず、

さほど強くない痛みが身体の中を駆けめぐって行くだけだった。

「あれぇ?

 どうしたんだろう?」

弱い痛みに光は首を捻りながらも、平均台の演技を終え、

きれいに纏めながら飛び上がると、

タンッ!

空中で一回転し床の上に立った。

「うんっ、

 とっても良かったよ、久能さん」

「はいっ

 ありがとうございます」

戻ってきた光に茜は彼女の演技を褒め称えると

光は顔を真っ赤にして笑みを浮かべた。

「ねぇ、

 凄い汗だけど大丈夫?」

まるでシャワーを浴びたかのように汗を掻いている光の様子に

他の部員が気がつくと、

「あっ!

 だっ大丈夫です」

と光は答え、タオルを手に取り

グイッ!

っと顔の汗を拭き取る。

「よしっ

 じゃぁ今度は段違い平行棒ね、
 
 頑張れ!」

そんな光に茜はそう言うと、

汗で濡れている光の肩を励ますようにして叩いた。



「よろしくお願いします」

段違い平行棒のところで光の声が響き渡り、

クンッ!

光の身体が平行棒の上で踊り始める。

「…なによっ

 ちょっと汗を掻いているだけで何も起きないじゃない!」

演技をする光を渚は苛立ちながら眺め、

そんな渚の視線の中、

光は平行棒の上の段から下への移動、

そして、巻き込みなどを難なくこなしていく、

ところが、

ムリッ!

ムリッ!

「(あれ?

  何か変…)」

その頃になって光は自分の下腹部で違和感を感じ始めていた。

「(なっなにかな?

  これ?)」

平行棒が体が巻き込むたびに、

体の奥から何かが出てくるような奇妙な感触…

その感触に光は戸惑うものの、

しかし、練習を積み重ね、

身体に染みこんだ演技を光はこなしていった。

すると、

メリメリメリ!!

ムキムキムキ!!

異変は光の身体全体に広がってゆき、

胸回りが徐々に広がっていく感覚や、

手や足の筋肉が張っていく感覚が光を襲ってくる。

「(あぁ…

  何かしら…これ…
  
  あぁ…
  
  あたし…
  
  おっ俺…
  
  うっくぅぅ!!!)」

喉仏を盛り上がらせながら光は

身体の中からわき出してくるパワーを感じると、

グルンッ!

次第に演技も力のこもったものへと変化してゆき、

そのキレも非常に良くなっていった。

「ねぇ…

 なんか、久能さんの様子おかしくない?」

そんな光の異変に周囲が気がつくと、

レオタードから覗く光の足にはすね毛が生え、

また、腰から丸みが消えると凹みが姿を見せるとレオタードに影を作る。

ムリムリムリ!

ムキムキムキ!

胸板を大きく膨らませながら光の演技も中盤から終盤へと移り、

そして最後のフィニッシュ!

「(たぁ!)」

光は力の限りを出して着地に向かって飛び出すと、

クルクルクル!!

キレ鋭く回転しながら着地し、

グッ!

その身体を皆に見せつけるようにして両手をV字に開いて、

大きく胸を張った。

ところが、

ムキッ!

会場の全員に見せつけたその身体は

大きく盛り上がった胸板。

その下で6つに割れている腹筋、

鍛えられた太い腕に

すね毛が生えた太い足、

そして、股間からプルルンと飛び出す盛り上がり。

そう、光の身体は演技中にすっかり男性化してしまっていて、

まさに男のレオタード姿を皆に披露していたのであった。

「あはっ」

それを見た渚は思わず光を指さし笑ってしまうと、

「え?

 え?」

ようやく自分の身体の異変に光は気がつくと、

慌ててしゃがみ込んでしまうのと同時に

「いっいやぁぁぁぁぁぁ!!!」

競技会場に光の野太い悲鳴が響き渡っていった。

「ふふっ

 人の恋路を邪魔する者は容赦しませんからね」

蹲る光の姿を観客席から見下ろしながら春子はそう呟くと、

「ひっ光ぃぃぃぃ」

血相を変えて駆け下ってゆく勇には眼もくれずに去っていた。



おわり