風祭文庫・アスリートの館






「レオタード」


作・風祭玲

Vol.470





ピピーッ!!

日がとっぷりと暮れ、照明が煌々と輝く体育館に笛の音が鳴り響くと、

「はいっ、

 集合!!!」

追ってジャージ姿の女性コーチの声が響き渡った。

すると、その声を合図にして、

体育館内で平行棒や床などの練習をしていた女子体操部員達が一斉に練習をやめ、

トタトタトタ

足音を響かせコーチの周りに集合していく。

そして、自分の周囲にレオタード姿の少女達が全員集まったのを確認すると、

「はいっ

 今日の練習はこれで終わりにします。

 各自、練習の時に感じた自分の至らない点などをイメージトレーニングして明日の練習に生かすこと、

 それと、

 大会まであと2週間を切りました。

 大会に出場する人は技の組み立てや流し方などを詰めて置くように」

と締めくくりの言葉を言った後、目線で合図をすると、

「気をつけ!!」

女子体操部のキャプテンが声を張り上げ、

「礼!!」

と言う声と共に

「ありがとうございました」

体育館内に少女達の声が響き渡った。



「ねぇねぇ

 今日どこ寄っていく?」

「えー」

練習を終えた体操部員達は緊張から解き放たれたためか

明るい表情で雑談をしながら女子更衣室へと向かっていくが、

そんな彼女達の姿を物陰より覗く視線があった。

『はぁはぁ…

 志保美さん…』

そう呟きながら股間に手を持っていく人物は2年の高橋雅之だった。

雅之は女子体操部員の紺野志保美に一目ぼれをし、

毎日の様にこうして体育館の物陰より彼女の練習を見つめていたのであった。

ガラッ!!

女子更衣室のドアが開くと同時に

「はぁ疲れた」

と言う声と共に、

「なに、オバンみたいなことを言って」

「いいじゃないのよ」

「それにしてもコーチの熱血もほどほどにして欲しいよね」

「うんうん」

などと話ながら体操部員たちが一斉に更衣室へなだれ込み、

それぞれ自分の私物が置いてあるところへと向かって行くと、

「あっ」

2年の紺野志保美が小さな声を上げた。

すると、その声を聞きつけ、

「え?」

「やられたの?」

と体操部の面々が志保美の周囲に集まる。

「うん…

 まただわ…」

周囲の注目を浴びながら志保美はそう言うと、

自分のロッカーを皆に見せた。

見た目、内部は普通のロッカーと変わらないのだが、

しかし、練習前レオタードに着替えた志保美がアドバイスにしたがって仕掛けた仕掛けが切られ、

何者かが志保美のロッカーを物色したことは明白だった。

「やだぁ」

「え?

 だって、ちゃんと鍵は掛けておいたわよ」

「でも、どこから入ったんだろう」

この更衣室に侵入した証拠を見せ付けられながら体操部員達はそう囁くと、

「とにかく、

 ここに侵入者が来ているのは事実よ」

と3年の石川理沙が声を上げた。

「うっうん」

「そうね」

理沙の声に皆が頷くと、

「で、どうする?」

「先生に頼む?」

と今後の対応についての質問が上がった。

すると、

「ねぇ」

後ろで話を聞いていた2年の山田小百合が声を掛けると、

「あたしたちで捕まえてみない?」

と提案をした。

「え?」

小百合の提案に皆が驚きながら振り向くと、

「だって、口惜しくない?

 こんなことされておきながら、

 人に捕まえてもらうのって…」

と小百合は訳を話す。

「そっそうね」

「うん…確かに」

小百合の説明に部員達は納得したような表情になると、

「でも…」

と1年の西口朋子が声を上げた。

「なにか?」

朋子の声に小百合が訳を尋ねると、

「もし、その犯人が襲って来たらどうするの?」

と朋子は懸念を言った。

それを聞いた途端、

「そっそうねぇ」

「それも怖いよね」

一度は小百合の提案に乗っていた部員達は考えを変え始めると、

「大丈夫よ、

 ここは狭い更衣室、

 第一、こんなところに入り込むやつなんてお金が目当てじゃないわよ、

 あたし達のロッカーを漁るどこかの変態よ」

と小百合は自信たっぷりに言い切った。



それから約1時間後…

灯りが消された女子更衣室の奥で体操部員達が息を殺して待ち受けていた。

無論、女子体操部員全員ではなく

危険を考慮して提案者の小百合をはじめとした有志10名程が

いざというとき動きやすい様にレオタード姿のまま待ち構えていた。

「ねぇ、くるかしら?」

灯りを消し、息を殺すこと約30分が過ぎた頃、

2年の齋藤真由美が志保美に声を掛けると、

「どうかしら…」

物陰に隠れる志保美は返事をしながら振り返ると、

「いっ?!」

自分の後ろに立つ真由美の姿を見てギョッとした。

「なっ何その格好…」

窓から差し込む月明かりに浮かび上がる真由美の顔には剣道の面が付けられ、

またその下には胴や垂、

そして、籠手が填められた手には竹刀が光っていた。

「えへっ

 剣道部から借りてきたの

 これなら襲いかかってきても大丈夫よ」

竹刀を素振りしながら真由美はそう言うと、

「そっそう?」

レオタードの上に剣道の防具を身に付けている真由美の姿を横目で見ながら志保美は

「その格好…余計危ないと思うけど…」

と呟く。

そのとき、

「しっ!」

ドアの近くで聞き耳を立てていた小百合が小さく声を上げると、

サッ

体操部員達は皆一斉に隠れる。

そして、待つこと2呼吸、

カチャッ…

静かにドアの鍵が開けられると、

カラッ

っと小さくドアが開いた。

「来た!!」

その光景を目の当たりにして全員が息を呑む。



カラカラカラ…

ドアは小さな音を立てながら開いてゆくと、

ヌッ

背丈は小百合たちとさほど変わらない人影が入ってきた。

「ボショ(どうする?)」

「ボショ(待って、決定的なところで捕まえるのよ)」

ゆっくりと更衣室内を動く人影を見ながら尋ねてきた真由美に志保美はそう返事をすると、

人影は志保美のロッカーの前に立ち止まるり、

カチャッ

っとロッカーを開けた。

ゴクリ

その場に居合わせた女子体操部員全員が一斉に生唾を飲み込んだとき、



「あっ」

女子更衣室に忍び込んだ雅之は思わず息を呑んだ。

「こっこれは」

心臓の鼓動が次第に高鳴っていくのを感じながら雅之が見つめる先には

彼が兼ねてから手に入れたいと願っていた志保美のレオタードが下がっていた。

「れっレオタード」

かすれた声が雅之の口からもれる。

そして、雅之の手が伸びそのレオタードに触れたとき、

パッ!!

いきなり更衣室の明かりがつけられると、

「そこまでよっ!!」

という声と共に、

ドタドタドタ!!

一斉にレオタード姿の体操部員が一斉に飛び出し、

たちまちの内に雅之を取り囲んでしまった。

そして、一人が前に出てくると、

「あなたね、

 更衣室に忍び込んで来る変態は!!」

と怒鳴りながら雅之が手にしている志保美のレオタードをひったくると、

「さぁ、顔を見せない!」

と叫びながら、雅之の顔を部員達に向けた。

その途端、

「あっ!」

雅之の顔を見た志保美が声を上げる。

「知っているの?」

志保美の声に他の部員達が一斉に振り返ると、

「うっうん

 ウチのクラスの高橋よ…」

と志保美は雅之を指差し叫んだ。

「ふぅぅぅん」

その声に部員達は雅之の見ながらそう言うと、

「………」

雅之は顔を赤くしながら俯いてしまった。

「ねぇどうする?」

「そうねぇ」

「先生に突き出す?」

「先生もぅ帰っちゃったよ」

立ったまま動かなくなった雅之を前にして体操部員達はそう言い合うと、

それを見た小百合が一歩前に出てくるなり、

「ねぇ」

と雅之に声を掛けてきた。

「なっなに…?」

小百合が掛けた言葉に雅之が返事をすると、

「そんなに、レオタードが欲しいの?」

と悪戯っぽく小百合は尋ねる。

「え?」

その言葉に雅之が表情を固くすると、

「ふふ…」

小百合は意味深な笑みを浮かべながら雅之の前から消えると再び姿を見せ、

「そんなにレオタードが好きならこれのどちらかに着替えなさい」

と言いながら雅之に金色と銀色のレオタードを見せた。

「そっそれは…」

そのレオタードを見せた途端、体操部員達は一斉に身を引いた。

そして、

「ちょちょっと、そのレオタードって」

と理沙が小百合に声を掛ける。

「いいじゃない、

 あの噂が本当かどうか確かめてみようじゃない?

 今夜は幸い満月だし…」

心配する理沙に小百合はそう言うと、

「さぁ、どっちを着る?

 ふふ、レオタードを堂々と着られるのよ、

 嬉しいでしょう?」

と言いながら雅之に迫った。

ジリ

ジリ

「あっあっあっ」

迫ってくる小百合に雅之は追い詰められていくと、

震える手で金色のレオタードを指差した。

「ニヤッ」

その瞬間小百合の頬がほころぶと、

「それね、じゃぁこれに着替えて」

と言いながら雅之の手に金色のレオタードを握らせた。

そして、

「さぁ、ここで着替えるのよ、

 みんなが見てあげるから」

と雅之に着替えを強要すると、

「うっ」

周囲を見てこの場から逃げられないと悟った雅之は、

小百合達に背を向けると着ているシャツに手を掛ける。

「ちゃんと、下着も脱ぐんだよ」

服を脱ぎ始めた雅之に小百合は追い討ちを掛けるように声を掛けると、

その瞬間、

ビクッ

雅之の身体が小さく動いた。

やがて、小百合たちの目の前に雅之の裸体が姿を見せると、

雅之はちょっと躊躇った後、

スッ

渡されたレオタードに足を通した。

スルスル

金色のレオタードが雅之の足を通り抜け、彼の股間を覆うと、

まるで彼の身体を飲み込むように金色を広げていく。

そして、

シュル

シュル

雅之が両手にレオタードの袖を通し、

グイッ

っと肩に引き上げると同時に

ピタッ

雅之の身体に金色のレオタードがピッタリと張り付いた。

ザワッ

その様子に体操部員達からざわめきが上がる中、

「あっ」

突然、雅之は小さな声を上げるとその場に蹲ってしまった。

そして、

はぁはぁはぁ

と苦しそうに呼吸をし始めると、

ポゥ…

彼が身に着けた金色のレオタードが光り始めた。

「ちょちょっと」

その様子に真由美が小百合に声を掛けると、

「しっ」

小百合は自分の口に人差し指を立て、

「どうやら、噂は本当だったようね」

と笑みを浮かべる。



はぁはぁはぁ

雅之の呼吸はさらに荒くなり、流れ出る汗がレオタードに滲みを作っていく、

すると、

ジワッ

ジワッ

雅之の腕が次第に細くなり始めると、

彼の身体全体もゆっくりと縮み始めた。

「あっあぁぁぁぁ」

自分の体の変化に気づいてか、雅之は声を上げるが、

しかし、その声もしだいにキーが高くなってゆき、

少女のような声へと変化していく。

「あっ

 いっいやっ」

全身を駆け巡る違和感に雅之は女言葉で身体を捩ると、

ツルッ

さっきまで足に生えていたスネ毛は姿を消し、

色白の肌が小百合たちに晒される。

「うっそぉ」

目の前で起きていることに真由美をはじめとする、

体操部員達は呆気に取られるが、

しかし、雅之の変身はさらに進み、

シュルリ

刈り上げられた髪が伸びていくと、

勝手にシニョンへ結い上げられると後頭部にお団子を作り、

また、ヒップが張り出していくにつれ腰がくびれ、

雅之の体つきは徐々に女性の姿へと変化していった。

「あっあっあっ」

プルン!!

と飛び出した乳房に雅之は悲鳴をあげたとき、

その股間には男のシンボルを示す膨らみはなく、

雅之は女子の体操選手に変身してしまっていた。

「……ふふっ

 どぅ?

 あたし達と同じ姿になった気分は?」

目の前で起きた変身劇に一時は唖然とした小百合だったが、

しかし、すぐに気を取り直すと女性化してしまった雅之に話しかける。

「なっなんで?」

すっかり女顔になってしまった雅之が振り返ると、

その目には涙が溢れかえっていた。

「クスクス

 いい気味ね、

 更衣室に忍び込んで悪戯をした罰よ」

「そんなぁ」

「いいこと、

 あなたはたったいまから体操部の一員よ、

 ふふ、たっぷりとその性根を叩きなおしてあげるからね」

泣き叫ぶ雅之に小百合はそう告げると、

おもちゃを得た子供のような瞳で雅之を眺めていた。



「ねぇ、あの噂って本当だったんだ」

「うん、大会に出られなかった女の恨みって怖いわよねぇ」

「でもさぁ、

 金色のレオタって趣味が悪いと思わない?」

「うふふ、

 それを言っちゃぁ駄目よ

 だって、あのレオタの持ち主って大声ではいえないけど、

 ポショポショ…

 ってことよ」

「うっそぉ!!!」

満月が照らし出す更衣室に体操部員達の声が響き渡っていた。



おわり