風祭文庫・アスリートの館






「体操部の女神」


作・風祭玲

Vol.059





「おいっ」

「なんだ」

一着のレオタードを前にして二人の男が深刻そうな顔を突き合わせていた。

「今度の”知美ちゃん”は誰にやってもらおうか」

「そうだなぁ」

「早く決めないと、我が部の存亡に関わるぞ」

「あぁ、彼女は我々の女神だからなぁ」

「やっぱり、新入部員から探すのか」

「生け贄をか?」

「しっ言葉が悪いぞ」

「すまん、で、選出方法は?」

「あぁ、もぅ考えてある」

「あの手か…」

一人の男の運命が大きく変わる重大な会話が密かになされていた。



「しまったぁ〜」

僕は駆け足で寮に向かっていた。

「くっそう、時間を勘違いするなんて、最大のドジだぁ」

門限まであと5分、とにかく全速力で走るしかない。

僕の名は宮崎敏也、今月東雲大学に入学したての新入生。

なぜ、この大学を選んだかって?

オリンピック等に多くの選手を送り出しているここは

高校3年間、

器械体操一筋だった僕にとって自分の力を発揮できると思ったからさ

しかし、寮生の上に新入部員となれば先輩はまさに神様、

決して逆らうことは出来ないのが定めなんだけど…

その先輩が定めた門限の時間を僕は勘違いしてしまったのだ。

「よし、あの踏み切りを渡って角を曲がれば、何とか間に合う」

遠くに見えてきた踏み切りにほっとしたのもつかの間


カンカンカンカン


警報機が鳴り出し、遮断機が下り始めた。

「うわぁぁ、待ってくれぇ」

しかし、無情にも僕が到着した時には遮断機は下り、

電車が間近に迫っていた。

「あぁ、駄目だぁ、

 この路線は一度遮断機が下りるとしばらくは開かないんだ」

僕は呆然として次々と通過していく電車を眺めていた。

長い時間かかってようやく開いた踏み切りをとぼとぼと渡りって

角を曲がると目的地である寮の建物が見えてきた。


玄関にたどり着くと、

そこには2年の高坂先輩が立っていて

「コラッ、貴様!!、15分の遅刻だぞ」

と怒鳴り声を挙げた。

「すみません、そこの踏み切りに引っかかってしまって」

と言い訳をしたが、

「言い訳はいい、すぐに佐藤先輩の部屋に行けっ」

と僕に指示をした

「はぁ〜っ、気が重い」

「門限破りは結構きつい罰がある。

 って聞いているからなぁ」

伝え聞きで聞いた罰を僕は想像していた。

そして部屋の前に来ると、

「宮崎敏也、入ります。」

と声を上げて部屋に入った。

部屋の中には佐藤先輩と相模先輩の2人が座っていた。

そして、佐藤先輩が僕の顔を見るなり、

「ほぅ、入ったばかりで門限破りとはなかなかだな」

と一言言った。

その言葉に

「はぁ」

と力のない返事をすると。

「なんだ、その返事は」

相模先輩が怒鳴り声を上げた。

その声に驚いた僕はすかさず

「はいっ」

っと大声で返事をすると、

「さて、門限破りとなると、罰は何がいいかなぁ」

佐藤先輩が思案顔で考え始めた。

そして、何かを思いついたように

「そうだ、宮崎君のその根性に免じて、

 今度の知美ちゃんは君にやってもらおうか」

と隣にいる相模先輩に提案すると

相模先輩は大きく頷きながら

「そうだな、

 宮崎っ、

 罰としてお前に知美ちゃんをやってもらう、いいな」

と僕に告げた。

…知美ちゃん?

僕は先輩の言った”知美ちゃん”という言葉の意味が分からず

「あっあのぅ?、知美ちゃんって…」

と聞き返すと

「うむっ、

 4年に一度、

 先輩から後輩へと引き継がれる我が器械体操部の伝統だ」

と説明をしながら

佐藤先輩が傍においてある仰々しい木箱から何かを慎重に取り出すと、

「今からこれを着ろ」

言って僕の前にさし出した。

それは古臭いデザインの

赤地に白のストライプが入った女子用のレオタードだった。

「えぇ、これを着るんですか」

と驚きながら聞き返すと。

「なんだ、宮崎、文句があるのか」

と佐藤先輩がきつい言葉で言ったので、

「いえ、何でもありません」

と答えると

「だったら早くそれに着替えろ」

相模先輩がそう僕に命令した。

先輩の命令に逆らえず、

部屋の隅に行くと着ている服を脱ぐとレオタードを身につけた。

「こんなもん着せて寮の見世物にでもするつもりなのかなぁ」

と僕はレオタードを着て晒し者にされている自分の姿を想像していた。

「もしも、部活もこれでなんて事になったらどうしよう」

徐々にいやな方向へと僕の妄想は進んでいっていた。

レオタードに着替え終わると

「よぉし、着替えたな」

「宮崎、なかなか似合うぞ」

相模先輩が誉めた途端、

ぐっ

僕の身体に妙な感覚が走った。

「なっなんだ、この感覚は…

 まるで、自分の体が自分で無くなっていくような…」

くぅぅぅぅ

僕はペタンと座り込むと必死でそれに耐えた。

ギシギシギシ

体の節々が軋み始める。

まるで何か見えない力で自分の身体が

粘土細工のように弄られているみたいな感じだ。

どっ

あまりものの苦しさに両手を床につくと、

「なっに?」

僕は床についた両手が徐々に小さく細くなってく様子に驚いた。

いや、それだけではなかった。

ジワジワ

とこれまで鍛え上げていた筋肉が

別のものへと変化していくような感覚が体中に走り、

さらに、

ムリッ

眼下の胸に2つの膨らみが姿を現すと

見る見る隆起しレオタードを下から押し上げはじめた。

「そんなぁ」

僕は両腕で膨らむ胸を押え込もうとするが、

しかし、胸は僕の手を押しのけるようにして成長していった。

はっ

胸に気を取られた僕は、急いで股間を触ってみると

「ない、なくなっている!!」

そう、そこにはオトコの膨らみはなくオンナの溝があるだけだった。


「凄いなぁ」

そんな僕の姿を見ながら佐藤先輩が声を上げた。

「僕も初めてみたが、いやはや」

相模先輩も同じように感心している。

「先輩・・、これは」

僕の口からようやく出た声は、

まるで鈴の音のような女性の声だった。

慌てて口をつぐむ僕、

「ふむ」

「実はな」

「そのレオタードは

 かつて競技中の事故が元で亡くなった

 知美と言う選手が着ていたものでな

 競技への未練が染み込んでいるのか、

 それを身につけた者は

 体が女性化した上に彼女の目的を遂げなくてはならない。

 という、まぁ簡単に言えば呪いのレオタードと言うわけだ」

と佐藤先輩はレオタードの曰くを僕に説明した。

その話を聞いた僕は思わず

「えぇっ」

と声を上げると、

「なんで、こんなものがうちの部にあるのかは良く知らないが

 4年に一度新入部員の一人に犠牲になって貰うのが我が部の伝統でな」

と相模先輩が付け加えた。

「そんなぁ…なんで、僕にそんな事を」

手で膨らんだ胸と股間を隠しながらそう聞き返すと、

「ん?、

 それはだ、

 我が部がオリンピックに多くの選手を出しているのは知っているだろう」

「えぇ」

「何でか知っているか?」

「は?」

「それは知美ちゃんのおかげだ」

「え?」

「こうして、君が彼女の身代わりになって体操に励んでくれると、

 機嫌が良くなった彼女の思いが我々の願いをかなえてくれるからなんだ」

「じゃ、じゃぁ、あたしは、先輩達の…」

「そうだ、キミは我々器械体操部の”女神”だ」

「そんなぁ!!」

「なぁにそんなに落胆することは無い」

「男子の大会には出られないが、

 女子の大会には出られるので、そっちで頑張ればいい」

「そんなのイヤです」

そう言って僕は拒否をしたが、

しかし、

「と言うわけでこれから4年間、よろしくな」

と佐藤先輩は僕の肩をぽんと叩くと部屋から出て行ってしまった。

「そんなの……いやぁぁぁ」

僕の叫び声がむなしく部屋に響いた。




「ふぅ、良かったな、さっそく適格者が現れてくれて」

「これで、僕達の卒業までは安泰だな」

「まぁな」

「それにしても、都合よく現れてくれたものだな」

「ん?、なあにちょっと細工をな」

「え?」

「お前」

「ふっふっふっ」

「悪よのぅ」



おわり