風祭文庫・アスリート変身の館






「臭いの罠」
(将夫の場合)



原作・風祭玲

Vol.786





「お先にぃ」

その声を残して最後まで一緒にいた女子部員が

制服のスカートを翻しながら更衣室を出て行くと、

ポツリ…

新体操部の部室の中は”僕”一人の世界になった。

「みんな帰ったか…」

汗の染みが浮き出るレオタードを着た僕はゆっくりと部室の中を見回し。

そうしてそう呟くと、

カチッ

更衣室の明かりを落とし、

薄暗くなったロッカーの前に所作なく座り込んだ。

曇りガラスの窓を照らす陽の明かりはすでになく、

ジワジワと闇が迫ってきていた。

「はぁ…」

またため息をつくと、

僕は数時間前のことを思い出した。



「では、新入部員を紹介する」

新体操部顧問の脇坂の紹介と共に僕は新体操部員達の前に立った。

はっきり言って恥ずかしかった。

長沼将夫として、

男としてこの世に生を受け、

そしてレスリングに汗を流してきた僕…

その僕が新体操部のレオタードを着て女子部員となって紹介を受ける。

はっきり言って屈辱だった。

なんで、こんなところに居るんだろう?

そう思いながら部員達に頭を下げる。

でも…

頭を下げた僕の視界には、

二つの膨らみを誇示するバスト。

括れたウェスト、

ムッチリと張り出したヒップ、

そして、1週間前まではあった主を失い。

一筋の裂け目が走る股間…

そう、僕は女の子になっていた。

「はぁ…

 何で女の子になんかなったんだろう…

 女なんて力も大してなく

 優柔不断で、

 そこで遅れてきた罰の柔軟をしている二人組みのように

 時間にルーズ…

 はぁ…

 僕には目標があったんだ。

 レスリングをがんばり、

 そしてオリンピックに行くという目標が…

 だけど、あの二人組みの片方・斉藤油菜に

 恋心を持ってしまったことが、

 そして…」

とそのことを思い出した途端、

僕は握りこぶしに力を入れる。

アマレスラーとして汗を流してきた僕の人生を狂わせたのが、

一本のスプレーだった。

業屋製薬とか言う聞いたことの無いメーカーのデオドラントスプレー

そのスプレーを浴びた途端、

僕の鍛え上げてきた身体から筋肉が消え、

脂肪がつき、

胸が膨らんでくると、

股間からチンポが消えた…

なにが起きたのか判らなかった。

練習用の吊パンツの両側からオッパイを隠しながら、

僕は練習場を飛び出していた。



「え?

 あたしと付き合って欲しい?」

C組の斉藤由菜にずっと持ち続けていた思いを告げたのは1週間前のことだった。

同じ1年ながらも斉藤は周りから一目置かれる存在だった。

身長は165cm

体重は極秘事項

3サイズも出るところは出て、

引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

16歳ながら大人びたその体型だけでも注目を浴びるところだが、

さらに、新体操部に所属。となれば俄然注目を浴びるものである。

無論、僕はレスリング・アマレス一筋と決めていたので、

興味は持たなかったが、

でも、夏合宿のある日。

新体操部と日程が重なっていたらしく、

偶然、新体操部の高坂凪と共にレオタード姿で涼んでいるところを

見てしまった僕は彼女の美しさに胸をときめかせてしまった。

まさに美の化身。

そして、その日から僕の心の中に彼女の存在があり、

いつか告白をしようと思いチャンスを伺っていたのであった。

「さっ斉藤さんっ

 あの…僕と付き合ってくださいますか…」

放課後、

レスリング場から出てきた僕は彼女が一人で帰るところを見た途端、

吊パンツ姿であるのも省みずに声をかけてしまった。

女の子になってしまったいまから省みれば、

確かに配慮が足らない暴挙である。

そして、その暴挙の結果は文字通り拒否の返答であり、

斉藤さんが告げた最後の一言が僕にショックを与えたのだ。

「…そりゃぁね。

 長沼君の気持ちも嬉しいわ。

 だけど…

 ちょっと、汗臭過ぎる人はねぇ…」

と斉藤さんは鼻を覆う仕草をした。

「え?」

確かに斉藤さんの言うとおり、

僕は汗臭かった。

でも、それは仕方が無い。

猛練習でレスリング場のマットの上には

汗の水溜りが各所に出来ていて。

いわばそれにまみれて僕は練習をしていたのだから…

でも、彼女の告げたその一言が

僕の心に楔の如く打ち込まれ、

そして、あの国道沿いのディスカウントストアへと向かわせたのであった。



このディスカウントストアは昨年開店し、

この春ぐらいに経営者が変わったらしく、

品揃えもガラリと変わった。

無論、経営者が誰であろうと僕には関係はないし、

品揃えも欲しいものが手に入るのなら、

それでよかった。

だが、

「えぇと…」

ずらりと並ぶ制汗剤・デオドラントスプレーの棚を見詰めながら、

僕は固まっていた。

「なっ何を買えばいいのかな?

 なんか、

 どれも女の子用にしか見えないんだけど…」

冷や汗を流しながら文字通り立ち往生していると、

『おや、

 デオドラントスプレーをお探しですかぁ

 お客様?』

と突然声をかけられた。

「あっはいっ」

その声に僕は振り返ると、

ヌッ!

販売促進なのだろうか、

愛くるしいウザギのお面を頭に付けた。

中肉中背の初老の男性が手もみをしているのが目に入る。



「あっ

 あの…お店の人ですか?」

一瞬、目が点になりながらも、

恐る恐る男性に尋ねると、

『はい、

 何をお探しで?

 見たところ…デオドラントスプレーをお探しかと…』

僕を覗き込むように男性は尋ねると、

「えぇっとそうです。

 あの…

 汗の臭いを一瞬に消してしまうものってありませんか?

 僕が使ってもおかしくないような…」

僕は答えた。

すると、

『ほぉほぉ、

 それでしたらこれなどはいかがですか?

 臭いの元を元から消してしまいますが』

男性は一本のスプレー缶を手に取り僕に手渡した。

「はぁ」

味も素っ気もない”臭断”と書かれたスプレー缶を

僕は怪訝そうな目で見ていると、

『臭いは漂ってくるのを消すだけではダメですよ。

 元の元を臭わないようにしないと…

 女の子に嫌われますよぉ』

と男性は耳打ちをした。

「そつそうですか?」

それを聞いた僕はそれを手にレジへと向かっていくと、

『毎度ありがとうございます』

と言う声が後ろから響いた。



「これで匂いは消えるのかな?」

寮に帰宅後、

僕は買ってきたスプレー缶を手の上で回しながら、

しげしげと眺めていた。

「よう、長沼っ

 何を買ってきたんだ?」

同室の芳賀智史がベッドの上から声をかけてくると、

「あぁ、

 制汗剤を買ってきたんだよ」

と言いながら僕は手にしていたスプレー缶を放り投げる。

「ふーん、

 業屋製薬ねぇ…

 聞いたことがないなぁ…」

スプレー缶に書いてあるメーカー名を見ながら、

芳賀はシュッと一噴きさせてみた。

「おいっ、

 高かったんだからな、

 無駄噴きさせるなよ」

そんな彼に僕は注意をすると、

「なぁに、せこいことを?」

と笑いながら芳賀は僕に向けて

スプレーを吹きかける。

「止めろって!」

それを見た僕は芳賀からスプレーを取り上げると、

「冗談だってぇ、

 それにしてもどうしたんだよ、

 長沼らしくないなぁ」

僕の剣幕に芳賀は困惑気味にそう言うと、

「ちょっと出かけてくる」

と言い残して部屋から出て行った。

「まったく…」

芳賀から取り返したスプレーを僕は大事そうに机に戻そうとしたとき、

プシュゥゥゥゥゥ!!!!

突然、デオドラントスプレーのノズルが大きな音を上げながら吹き出してしまうと、

辺り一面にまき散らし始めた。

「あわわ…

 こっ壊れたぁ」

それを見た僕は慌てて止めようとするが、

シュワァァァァァ!!!!

スプレーは止まることを知らず吹き続ける。

そして…

ムリッ

ムチッ

僕の身体から奇妙な感覚が走り始めると、

「え?

 なに?
 
 うそっ
 
 なにこれぇぇ!!!!」

体脂肪を落とし、

筋肉が張りつめているはずの僕の胸から、

プルン!

と揺れる二つの膨らむが膨らみ。

また、筋肉を研ぎ澄ませている手足も

しっとりと皮下脂肪が付くと細く小さくなっていく。

「うっうそっ

 そんな
 
 そんな…
 
 なっなんで?」

変化していく身体の姿に僕は困惑をするが、

そんな僕に構わず、

股間からチンポの感触が無くなってしまうと、

ピタっ

自然と内股になってしまった。

「こっこれって…」

無造作に伸びていく髪を鬱陶しそうに払いながら、

すっかり女の子になってしまった僕が座り込んだとき、

シュゥゥゥゥ…

吹き続けていたスプレーはようやく止まったのであった。



それからが大変だった。

原因不明ながらも女の子になってしまった僕はレスリング部には居られなくなり、

こうして新体操部へと転部してきたのである。

「はぁぁ…

 もぅすぐ、

 秋の大会が始まるというのに…

 なんで、僕はこんなのを来ているんだろう?」

身体を包む新体操部のレオタードを摘みながら僕は嘆くと、

ゆっくりと立ち上がり、

自分のロッカーを開けた。

そして、中のバッグからあるモノを取り出すと、

ユックリと顔に近づけていく、

そして、

クンクン…

「臭っ」

その臭いを嗅いだ途端、

僕は思わず顔を背けると、

「…そっかぁ…

 男だった僕はこんな臭いをしていたのか…」

と呟いた。

そう、僕が取り出したのは、

レスリングの練習で着ていたユニフォーム・吊りパンツ…

あの日、これを着たまま僕は斉藤さんに告白をしようとしていたのだった。

「斉藤さん…

 臭かったろうなぁ…

 女の子になって初めて判ったよ」

吊りパンツを鷲掴みにしながら僕はそう呟いていると、

なぜか身体の奥が熱く火照り始めてきた。

「あっあれ?

 なんだろう…
 
 身体が熱い…」

ジワジワと焼かれるような熱さに、

僕は額に浮かび始めた汗を拭うが、

その時にはツンと乳首が硬くなり、

また、股間の唇は湿り気を帯びていた。

ハァハァ

ハァハァ

「こっこんなになっちゃって…

 僕…どうしたんだろう…」

ついにレオタードにシミが浮き出てしまうと、

クチュッ!

「あんっ!」

吊りパンツの臭いを嗅ぎながら

僕は股間に指を入れ喘いでしまっていた。

「いっいぃよぉ

 あぁ…
 
 男の人の臭いが…
 
 あん、あの汗くささがたまらないのぉ」

汗臭い吊りパンツを鼻に当て、

そして、股間に入れた指を激しく動かしながら、

「お願い…あたしを抱いてぇ

 誰でもいいのっ

 その汗臭い身体であたしを抱いてぇぇ…」

と訴える僕は…

いえ、あたしは飢えた一匹の雌になってしまっていたのであった。



おわり