風祭文庫・アスリートの館






「お見舞い」


作・風祭玲

Vol.486





「えーと、

 こっちだっけかな…」

「あっと、

 ここは違った」

「んー?

 どっちだぁ?」

そのとき俺は夕日を背にして、

1枚の地図を頼りに住宅地の中をさ迷い歩いていた。

「まったく、これまで呼んだことすら無かったのに、

 いきなり電話で”あたしの家に来て…”だもんなぁ…」

地図と睨めっこしながら俺はそう文句を言いながら、

「あっあそこでちょっと聞いてみるか」

進行方向に一軒の古風な店を見つけると、

そこへと足を向けた。

そして、

「すみませーん、

 ちょっとお尋ねしたいのですが」

重厚なドアを開けて声を上げると、

「いらっしゃいませ…」

と言う声と共に黒尽くめの衣装を身にまとった少女が応対に出た。

「おっ、

 女の子?」

腰まで届く髪、

額につけた銀の飾りが一層彼女を神秘的に見せるが、

そんなことに構うことなく、

「あのぅ…」

と彼女に声をかけると、

「宇比里さんのお宅を探しているのですね」

彼女は俺がまだ何も行っていないのに、

いきなり俺が尋ねようとした質問を答えると、

「この道を下って、

 2つ目の交差点を左に曲がり、

 1つ目の橋を山側に曲がった池のほとりです」

と俺の持っている地図にこの店の場所を書き込み

そして、目的地の場所まで鉛筆で辿って見せた。

「え?

 あっ、こっちに来ていたのか、

 道理で判らないはずだ…」

俺の持っている地図は東西南北の位置が不正確で、

さらに駅からのルートに一部間違いがあったのだ。

「まったく、

 よくこんな地図を書くやつが生活できるな…」

そんな小言を言いながら俺は改めて地図を見ると、

「それでは、宇比里さんにこれを渡していただけますか」

少女は俺にそう言うと、

ガサッ

っと音を立てる包みを手渡した。

「え?」

A4サイズほどの大きさの包みを手渡されて俺は戸惑っていると、

「先日、注文を受けたものですので、

 宇比里さんにこれをお渡しください」

少女はそう説明をした。



「なっなんか…

 狐に化かされたような…」

そんなことを言いながら俺はその店から出ると、

あの少女に言われたとおりのコースを辿っていく、

そして、2つ目の交差点を左に曲がり、

1つ目の橋を山側に曲がってしばらく進んでいくと、

「あっここだ…」

あの少女の言った通り、

俺の目的地は池のほとりに建っていた。

見た目はごく普通の住宅であったが、

しかし、庭木の雰囲気や、

また池を背にしているために、

なんか、魔女でも住んでいそうな、そんな感じのする家だった



カチッ!

ピンポーン!!

呼び鈴の音が響き渡ると、

「はいっ」

と言う声と共にドアが開かれ、

ヌッ

一人の老婆が俺の前に姿を見せた。

「え?

 あっ」

まさに絵本から飛び出してきたような魔女を思わせる老婆の出でたちに俺は思わず引いてしまうと、

「どなたですか?」

と老婆は俺に尋ねる。

「え?

 あっあぁ…

 あっあのぅ…

 がっ学校で、碧さんと一緒に…」

老婆の鋭い眼光に臆しながら俺はそう言うと、

「あーぁ、

 碧のお友達の山羊沢さんですね」

俺の説明に老婆は大きく頷き、

「お入りなさい、

 碧があなたがくるのを首を長くして待っていますよ」

と言いながら俺を招き入れた。

「おっお邪魔します」

そう返事をして俺は家の中に入った。

トタトタ

老婆の先導で俺は廊下を歩いていくと、

やがて一つの部屋の前につれてこられた。

そして、

「碧や、

 山羊沢くんが見舞いに来たよ」

と老婆がドア越しに声を上げると、

「あっ、

 入ってもらって!!」

ドアの向こうから、女性の声が上がった。



「よう、元気そうじゃないか」

「なによ、それ皮肉?」

「いや、てっきり落ち込んでいるかと思っていたからさ」

「うっるさいわねぇ…」

持ってきた花束を手渡しながら俺は皮肉めいたとこを言うと、

俺は俺の彼女である宇比里碧は負けずに言い返す。

「まっちょうどいい骨休みじゃないのか?」

彼女越しに見える池を眺めながら俺はそう言うと、

「骨休みなんていわないでよ」

と碧は言い返した。

俺の前にいる碧の右足は白い石膏で固められていて、

ベッドの上に寝ている彼女の姿は痛々しいものを感じていた。

「疲労骨折だって?」

足を固めている石膏を見ながら俺は尋ねると、

「うっうん、まぁ」

碧は声を小さく返事をした。

「あんまり、ムキになって練習ばかりするからだよ」

そう言いながら俺は碧の部屋の掲げてある数々の賞状などを眺め、

そして、そこには賞状を誇らしげに掲げるレオタード姿の碧の写真も掲げてあった。

そう、碧は新体操をしていて、

この部屋に掲げられている賞状はその彼女の足跡でもあった。

「へぇ…

 それにしてもすごいなぁ…」

賞状を見ながら俺は関心をすると、

「入賞とかそんなものよ」

と碧は謙遜をする。

「でも、こうして貰えるだけでも大したものだよ」

そんな碧に俺は励ましの意味も込めてそう言うと、

「うっうん、まぁね」

少し嬉しいのか碧はちょっと俯き加減で返事をした。

そして、

「でも、出たかったなぁ…」

とこぼすと、

「ん?

 明日の大会か?」

俺は彼女が出ようとした新体操の大会のことを言う。

「(あっちょっとまずかったかなぁ)」

その発言をした後、俺は一瞬後悔をすると、

「そうね…出たかったなぁ」

碧はそう返事をしながら大会が行われている会場を思い浮かべるように中を見る。

「やれやれ」

そんな碧の姿を見ながら、

ふと、

「そうだ、俺がお前の代わりに出てやろうか?」

と思いついたことを言うと、

「はぁ?」

碧は一瞬、呆気にとられ、

「それって、マジ?」

と眉間に眉を寄せながら怪訝そうに尋ねた。

「マジもマジ、

 大マジだよ、

 うん、俺がお前のレオタードを着てさ、

 こうして…」

と俺は新体操をする仕草をしながら説明をすると、

「ねぇっ

 まさかと思うけど、

 卓哉って、そういったことに興味があるの?」

碧はそう尋ねてきた。

「え?」

碧の質問に、

「んなわけ…」

そう言いかけたとき、

コンコン!!

ノックがされると、

「失礼します」

と言う声と共に湯気が上がるティーカップを盆に載せた老婆が部屋に入ってきた。

すると、

「あぁおばあちゃん、

 ちょっと」

碧は老婆を呼び、

「ん、なにかい?」

その呼びかけに応えた老婆が碧の傍によると、

「ねぇ…ゴニョゴニョ…」

と老婆の耳元で何かを告げた。

そして、すべてを話し終えると、

「あぁ?

 碧はそれで良いのかい?」

と驚きながら老婆は碧に聞き返した。

「うん、

 仕方が無いけど、

 そうするわ」

老婆の念に碧はそう応えると、

「ふむ…」

老婆は大きく頷いた、

そして、

ジロッ

老婆が俺のほうを見るなり、

「ところで、

 途中で黒蛇堂さんに寄ってきたそうだけど、

 預かり物があるだろう」

と俺に尋ねた。

「え?

 あっあぁ

 あのお店…のこと?」

俺はなんでこの老婆が俺が途中で店に寄ってきたことと、

そして、その店の少女から物を預かっていることを知っているのか怪訝に思いながら、

「すっかり忘れていた、

 これのことですか?」

と尋ねながら

ガサッ

音を立てる包みを老婆に手渡した。

「へぇ、黒蛇堂さんの所によって来ていたんだ」

老婆より包みを渡された碧はそう言いながら包みを開けると、

キラッ

中から出てきたのは試合用の装飾が施されたレオタードだった。

「おっおいっ

 黒蛇堂ってスポーツ店なのか?」

碧の手によって広げられたレオタードを見て俺は思わずそう言うと、

「へぇぇ

 さすが、黒蛇堂さんね、

 山羊沢君が訪ねただけで、

 なにが必要なのかしっかりと手を打っているだなんて」

「ほんとに…」

碧はレオタードの前と後ろを確認しながら感心した声を上げ、

また、老婆も相槌を打った。

「おっおいっ

 なんだよ、

 それって、どういう意味だよ」

碧と老婆の会話に俺はその意味を尋ねると、

「え?

 決まっているじゃない、

 山羊沢君にあたしの代わりをしてもらうのよ」

碧は笑みを浮かべながらそう返事をした。

「え?

 え?

 えぇ?!」

碧からの意外な言葉に俺は混乱すると、

「おばあちゃん、

 お願い!」

と碧はそう言いながら手にしたレオタードを老婆に手渡す、

すると、

「はいはい」

老婆はそう返事をしながら、

「………」

なにやら呪文のようなものを唱えると、

ブンブン!!

と2回レオタードを振った。

すると、

フッ!!

老婆の手からいきなりレオタードが消えてしまうと、

「なっなんだ?

 まっ魔術かよ」

それを見た俺は目を丸くして驚いた。

ところが、

ピチッ!!

いきなり俺の身体に何かが張り付くと、

それに合わせて足全体にヒンヤリとした空気に包まれた。

「え?」

その感触に俺は下を向くと、

「うそぉ!!」

さっきまで老婆の手にあったはずのレオタードが俺の身体を包み、

ズボンを穿いていたはずの足がむき出しになっていた。

「なっなんだこれぇ!!」

膨らみをみせる股間を隠して俺は悲鳴をあげると、

「さすがはおばあちゃん!

 手際良いわねぇ」

と褒め称える。

「ふんっ、

 まだまだ、わしも衰えてはおらん」

碧の褒め言葉に老婆はそう返すと、

「じゃぁ

 ここから先はあたしがやるね」

碧はそう言いながら、

ジッと俺を見据えた。

「おっおいっ

 一体、俺に何をする気だよ」

蛇に睨まれた蛙のごとく怯えながら俺は碧のとの間を次第に空けていくと

「大丈夫よ、

 痛くはしないわ、

 ただ、あたしになってもらうだけよ」

と碧は俺にそう言い、

そして、

「そうれっ!!」

と声を上げると、

ブワッ!!

部屋の中を風が舞った。



「うわっ!!」

突然の突風に俺は咄嗟に身構えると、

シュルルルル…

顔を庇うために掲げた右腕が見る見る細くなり、

グググググ…

踏ん張っていた足が次第に内股へと曲がり始めた。

「え?

 なっなんだ

 これは」

風を受けながら変っていく自分の身体に俺は戸惑うと、

ジワッ!!

急に胸がくすぐったくなるとムリムリと膨らみ始めた。

「あっあぁ…

 胸が…

 胸が膨らんでいく…」

眼下に見える俺の胸がレオタードを押し上げながら持ち上がっていく様子に俺は思わずそう叫び、

そして、風が収まると、

「あっあっあっ

 あぁぁぁ!!」

ムニムニムニ!!!

俺の悲鳴と共に俺の身体は一気に女性化していった。

膨らみが消えていく股間、

狭くなっていく肩、

細くなる腕、

括れるウェスト、

張り出してくるヒップ、

卵形に変わっていく顔、

柔らかい曲線を描く腿と脚…

ほんの10分程度で俺は女に…

いや、碧と瓜二つの女にされてしまった。



「なっなんでぇ!?」

レオタードがやさしく包む身体を抱きしめながら俺は碧に訳を尋ねると、

「だぁって、

 あたしの代わりに試合に出てくれる。

 って言ったでしょう?

 だ・か・ら

 なってもらったのよ

 あたしにね」

と碧は俺にそう告げた。

「でっでも…」

なおも納得がいかない表情を俺はすると、

「あっそうか、

 なんで、あたしになれたのか、

 その訳を知りたいのね」

碧はそう言うと、

「実はね、

 あたしの家って魔女の家系なのよ…」

と俺に事情を説明した。

そして、一通り説明をすると、

「さてと、

 姿だけをコピーしただけでは

 新体操は出来ないよね、

 うふっ

 あたしの技…ちょっとだけ貸してあげるわ」

碧は説明を聞き唖然としている俺にそう言いながら、

「ふふ…

 唇を借りるわね」

と囁くと、

チュッ!!

俺の唇と自分の自分の唇を重ね合わせた。

ズオォォォォ!!

「あっ!

 あぁぁぁぁぁ…」

その途端、俺の頭の中に碧が流れ込んでくると、

俺の心を染め上げていった。



「んあんっ!」

翌朝、

目を余したあたしはゆっくりと起き上がると、

「ふふ、目を覚ました?

 もぅ一人のあたし」

とあたしに碧はそう話しかける。

「あふっ」

その声にあたしは周囲を見回すと、

「あのぅ

 試合は?」

と尋ねた。

「ふふ…

 そうね、

 行こうか、

 試合会場まで

 送っていくね」

あたしの声に碧はそう答えると、

サッ!!

腕を掲げ、

「………」

何か呪文を告げた。

その途端、

ブンッ!!

と言う音共に碧の手にホウキが姿を見せ、

「さぁ乗って!!

 これでひとっ飛びするわ」

そう言いながらホウキに腰掛けた碧はあたしをホウキに乗せると、

「さぁ行くわよ」

「はいっ」

二人の碧はそう返事をすると、朝日の中へと飛び出していった。



「あら、宇比里さん、脚大丈夫なの?」

碧と別れたあたしはそのまま新体操部の仲間が集まっていくところに向かうと、

あたしに気づいたコーチが驚きながら尋ねた。

「はいっコーチ

 大丈夫です」

心配するコーチにあたしはそう返事をすると、

「そっそう

 じゃぁ

 頑張ってきてね」

腑に落ちない表情をしながらコーチはあたしを送り出した。

スタスタスタ

レオタードを身にまとい、

手具を手にあたしは演舞台へと向かっていく、

「あぁ…

 ここが、新体操の…」

天井からの光を一身に浴びてあたしは演舞台に立った。

そう、ここではあたしは新体操の選手なんだ…



おわり