風祭文庫・アスリートの館






「一粒の薬」

作・風祭玲

Vol.014





「はぁ〜っ、

 あたしってやっぱダメなのかなぁ」

体育館に通じる階段で、

赤地に白のストライプが入ったレオタード姿の少女が、

ため息をつきながらそう呟く。

「なにかお困りのようですね。」

「えっ?」

突然の声の京子は辺りを見回すと、

柱の影から黒い大きな鞄を持ったスーツ姿の男性が現れた。

「キャッ、チカン!!」

反射的に京子が叫ぶと、

「あぁ…驚かせてごめんなさい

 実は私こういう者です」

と言いながら一枚の名刺を彼女に手渡した。

「セールスマン…さんですか?」

名刺に目を通した京子は男にそう訊ねると、

「はい、まぁ、そういう者です」

と男は返事をし、

「なにか、お悩みのように見受けましたが」

と京子に尋ねてきた。

「う〜ん…」

京子はしばらく考えると、おもむろに口を開き、

「あたし、ちょっと悩んでいるんです」

と呟いた。

「ほぅ…」

「1年生の頃から新体操を頑張ってきたのに、

 全然上手くなれなくて…
 
 それで、新体操に向いていないのかなぁ〜
 
 ってね…」

「はぁ…」

「本当は一生懸命練習も頑張っているのに、ドジばかりで…」

京子は男にそう言うと俯いてしまった。

「そんなことはないでしょう、人間頑張れば何でも出来ますよ」

と男は言うが、

「でも…

 あたしと同じに始めた”ともちゃん”なんかすっかり上手になって
 
 今度の大会にでるんですよっ
 
 それなのにあたしと来たら…」

「ふむ…」

男がしばらく考えた後、

「そうだ、あなたの演技を私に見せていただけませんか?」

と提案した。

「え?」

「これでも私、

 スポーツ用品関係のセールスをしているので、
 
 新体操もそこそこは判りますよ」
 
と言うと、京子はちょっと考え、

「いいわ、じゃぁ見せてあげる、中に入って…」

と京子は男を体育館の中に入れると彼の前で演技を見せた。

一通り演技見た後、彼は

「なるほどねぇ」

と呟きながら頷いていると、

「え?、何がいけないのか判ったんですか?」

京子が彼に詰め寄った。

「あなた…スタミナがないですね。

 だから演技の最後になると身体がへばってしまって、
 
 思うように動かなくなるんですよ」

男はビシっと彼女にそう指摘すると、

「そんなことはわかっているわよ、でも………」

と京子が言い書けたところで、

「それなら、これを寝る前にこれを一粒飲みなさい。」

と言いながら男は丸薬が入った瓶を京子に渡した。

「これってなんですか?」

不審そうに彼女が訊ねると、

「まぁ、これは、元気が出る薬のようなモノですよ、

 というより、スタミナドリンクの成分を濃縮した。
 
 と言った方がいいかも知れませんね」

と説明する。

「へぇ………

 でも飲んでも害になりませんか?」

「すでに広く使われていますので、大丈夫ですよ」

「でも、これって高いんでしょう?」

「いえいえ、試供もかねてますので取りあえず飲んでみてください、

 利かなかったら、返品なされて結構ですから…」

そう男が言うと、

「わぁ〜、ありがとう」

と京子は言いながら渡された瓶をギュッと握りしめた。

「で、試してみて良かったらお代はそのときに…」

そう言って男が腰を上げようとしたとき、

ふと何かを思いだしたように、

「あっ、そうだ、一つ言い忘れていましたが、

 必ず一日一粒にしてくださいね」

と彼女に忠告をするとその場を去っていった。



それから数週間後、

京子の演技力は急速に磨きが掛かり、

ついには県の大会に出場することにになった。

そして、大会の前の夜、京子は残った7粒の丸薬を眺めると、

「この薬のお陰だわ…

 そうだ明日最高の演技が出来るように全部飲んじゃえ」

と呟くと、

ゴクン…

残っていた丸薬、全てを飲んでしまった。



大会当日の朝…

「…うわぁぁぁぁぁ…

 体が軽い!!
 
 まるで宙を舞っている見たい」
 
京子はコレまでに経験ししたことがない位の体の軽さを感じ驚いた。

「よしっ、コレならひょっとすると

 優勝しちゃうかも…」

彼女は体の調子の良さに自信を持つと、

大会が開かれる体育館へと足取り軽く向かっていった。



案の定、京子は初出場ながら熾烈な優勝争いの一角に顔を出し、

いよいよ彼女の演技で全てが決まるところにまでこぎ着けていた。

体育館の隅で、京子が緊張を解きほぐそうとして精神を統一しているとき、

「ここよろしいですかな」

「きゃっ」

背後からの突然の声にびっくりして京子が振り向くと、

そこには大きな鞄を持ったあのセールスマンが立っていた。

「あら、この間のセールスマンさん。」

京子は相手が知っている人だったので、

安心すると腰を浮かして場所を譲った。

男は腰を落として彼女の様子を見ると、

「精神統一をなさっていたんですか、

 でも、私の声の驚くようではまだまだですね」
 
と笑いながら言うと、

「わっ判っているわよっ」

痛いところを指摘され、にやけながら彼女は返事をする。

「大分調子がよろしいようですね」

と男が京子の様子を見て言うと、

京子は笑みを浮かべながら、

「えぇ、

 この間いただいたこの薬のおかげで、優勝できるかもしれません」

と言いながら丸薬が入っていた瓶が入っている袋を男に見せた。

「おぉ、それは良かったですね…

 自分が進めた商品でお客が喜ばれることが、もっとも幸せですよ」

と彼が言ったとき、

ふと彼女の身体がさっきよりも大きくなっていることに気づいた。

男は少し不安になりながら、

「あのぅ…失礼ですが、

 ちゃんと処方は守っていらっしゃいますか?」
 
と京子に訊ねると、

「あぁ、1日1粒と言う話ね…」

「はい、そうですが」

すると京子は、

「今日大会でしょう?

 だから本番で失敗しないように、
 
 昨日残った粒7つ全部飲んじゃった。」

と舌をペロリと出しながらサラっと答えた。

「えっ、7粒も飲んでしまわれたんですか?」

男がビックリして聞き返すと、

「そうよ、

 おかげでいま”すっごく”力が湧いてきているの!!

 じゃっ、これから最後の演技があるから…
 
 そうそう、お金は演技が終わったら払うのでココで待っててくださいね」

と言うなり京子はスクッ立ち上がると、

駆け足で会場へと向かっていった。

「あっ、あのちょっとぉ〜」

男は京子を呼び止めようとしたが、

しかし、彼女の姿は彼の視界から既に消えていた。

男は頭を掻きながら、

「あ〜ぁ、行ってしまった。

 まぁ…7粒も飲んでしまったのなら仕方がないなぁ」

と呟くと、

「どっこいしょ」

と腰を上げ大きな鞄を持って体育館から出ていった。



そのころ京子は走りながらも、

懇々と沸き上がってくる力に確かな手応えを感じていたが、

そのとき既に彼女のレオタードは盛り上がってきた筋肉で、

パンパンに張っていることにまだ気づかなかった。

「すごい…力が泉のように湧いてくるわ…

 これなら、勝てる!!」

そう思いながら京子は会場へと向かう。

やがて京子が競技会場に着くと、

ちょうどアナウンスで彼女の名前を呼んでいるところだった。

「コーチ、遅れてすみません。」

京子は待機していたコーチに挨拶をすると、

ふと自分の声が妙に低くなっていることに気づいた。

「あれ?

 喉の様子が変?

 でも、まっいいか」

彼女は喉の異変を気にせずに手具を持ち演舞台へと向かっていくが、

しかし何故かコーチからも仲間からも声がかからず、

みんな唖然とした様子で京子を見送っていた。

それもそのはず、

そのときの京子の身体はまるでボディビルダーの様に筋肉が盛り上がり、

レオタードはミシミシと音を立てながら、

まさに引きちぎれんばかりの状態になっていたのである。

「あれ?、どうしたんだろう?

 みんな…」

京子は呆気にとられながら

自分を見ている部員達を不思議に思いながら演舞台に立つ、

すると、ざわめいていた会場がまるで水を打ったように静かになった。

「?」

しばし遅れて曲が流れ始めると、京子は手具を操りながら舞った。

「行ける!!」

京子はコレまででもっとも良く動く自分の身体に自信を持った。

モリッ!

モリッ!!

彼女の筋肉はさらに張りつめレオタードはキシキシと悲鳴をあげる。

演技も中盤に差し掛かった頃、

京子の身体に別の変化が現れた。

モコ!!

彼女の股間に一つのふくらみが現れると、

それはムクムクと成長し、

そしてキノコのような物体が彼女の伸びきったレオタードを

下から押し上げ始めた。

「あと少し…」

勃起する肉棒をレオタードの上にくっきりと浮かび上がらせながら、

京子は演技を続ける。

ピピピピ…

レオタードは既に限界を超え至る所から解れ始めた。

しかし、彼女いや、

”彼”はまだ自分の身体の変化に気がつかずに演技を続ける。

タタン!!

最後のフィニッシュを決めたとき、

ビシィィィィッ!!

京子のレオタードはついに悲鳴を上げるように無惨に引きちぎれ、

筋肉の塊と化した彼女の身体が大衆の目の前にさらけ出された。

股間に逞しくそびえ立つ男根と共に…



それから間もなく、

体育館はこの世とも思えない悲鳴と叫び声に包まれた。

「あ〜ぁ、だから言ったのに」

男は騒然としている体育館を振り向くと、

そのまま何処へと去っていった。



おわり