風祭文庫・アスリート変身の館






「龍神」
(前編)



原作・風祭玲

Vol.822





この物語は後に龍神のセーバーと呼ばれ、

鋼のような精神と神懸かりなパワーで数多くの人命を救った

一人のライフセーバーのまか不思議な誕生物語である…



とある銀河の…

とある太陽系の…

とある地球の片隅にある

とある半島。

温暖な気候と豊富な温泉、

と風光明媚な海岸線で知られ、

さらにその半島の南部に超巨大リゾート施設がオープンして以来、

近隣にある大都市からの行楽客で大いに賑わっていた。

そんなある休日の朝。

ゴワァァァァ!!

半島の海岸を縫うようにして走る国道を一台のクルマが猛スピードで走り抜けて行く。

ゴワァァァ…

ウォンウォン!

エンジンの音を高らかに響かせるクルマの速度は300km/hをゆうに越し、

地形に沿って走る道路は鞭の如く左右にしなりながら、

ハンドルを握るドライバーに向かって無言のプレッシャーを与えてくる。

だが、

某とうふ店の屋号を両サイドに誇らしげに掲げ、

走り屋達からは”悪魔のZ”と呼ばれる真紅のクルマを操るドライバーは

驚異的な集中力でそのプレッシャーを跳ね返し、

やがて半島の西海岸と東海岸を別け隔てる峠、

”竜の背”に向けてクルマを進めて行った。

そして、そのクルマが走り去って数分後、

ゴワァァ!

ゴワァァ!

ゴワァァ!

パイプフレームにカーボンボディを搭載し

極限までチューンアップを施した漆黒の911軍団が

道路を埋め尽くすように走りぬけ、

さらに、

カッ!

目を見開く白竜を車体全体にあしらった超ド級リムジン・ラッキードラゴン号が

ムカデを思わせる甲殻連接構造の車体と左右12対のタイヤを軋ませながら走り去ってく。



全長57m、積載重量550tのラッキードラゴン号の豪華なシャンデリアが照らし出す下で、

「ねぇ、

 まだ追いかけっこは終わらないのぉ?」

左右に黒い姫子形の耳が付いたお気に入りの帽子を被り、

キングサイズの高級ソファに座る20歳代の男が不機嫌そうに尋ねると、

「はっ、

 おぼっちゃまっ

 いましばらくお待ちください」

彼の世話係である黒メガネに黒スーツ姿の男はそう返事し、

チャッ!

さりげなく携帯電話を取り出すと、

「状況はどうだ?

 お坊ちゃまが”まだか”とおっしゃっている」

と運転席兼統合司令室に向かって催促をする。

すると、

『はっ、

 いましばらくお待ちくださいますよう、

 お坊ちゃまに申し上げてください』

と返事が返り、

「お坊ちゃまっ

 いましばらくお待ちください。

 この追いかけっこはあくまで婚礼の前座、

 エキジビジョンのようなものですので、

 ごゆるりと車窓をお楽しみください」

折りたたんだケータイを握り締めながら黒メガネはそう答えると、

「ぼく、つまんなぁーぃ!」

でっぷりと太った身体を大きく揺すりながら、

男は駄々をこねる。



一方、ラッキードラゴン号の運転席には

この機械仕掛けの巨獣のハンドルを握る細男、

左隣の助手席には力がとりえと思える体格の厳つい男が座り、

後部座席にはイタリア高級ブランドの黒スーツを着込み

同じく高級ブランドの黒メガネ、

そして、髪をオールバックに纏めた

いかにもセクハラで集団訴訟をされそうな営業部長風の男が葉巻を揺らしていた。

「おいっ、

 ターゲットの位置は?」

フッ!

と煙を吐きながらふてぶてしく男は尋ねると、

ピンッ!

運転席の天井に備え付けられたパネルスクリーンに明かりが点り、

詳細な地形図とその上を動く光の点が映し出される。

そして、

素早く動く赤い点が半島の中央部へと差し掛かるのを確認すると、

「ターゲット、

 ただいま”竜の背”に乗りました。

 もはや袋のネズミです」

と助手席の男がだみ声で返事をした。

「そうか」

パネルスクリーンを嫌々しく睨みつけながら、

男は葉巻をひと吸いすると、

ギュッ!

「よしっ、

 オペレーション発動!

 各方面に通達っ

 ラッキードラゴン号、進路反転180°

 はっぴぃランドに向かえ」

吸い終った葉巻を握りつぶしてそう指示を出した。

「ヨイヨイサー!」

「ホイホイサー!」

その指示に運転席と助手席の男はピンッと背筋を伸ばし、

スモークを浮き上げながらせり出してきた赤い”通報ボタン”に手を添え、

「ポチとな」

の台詞と共にそのボタンを押すと、

第一種警戒体制の警報音が鳴り響きはじめた。

そして、その警報音を背後で聞きながら、

「関係各方面に告ぐ、

 関係各方面に告ぐ、

 第一種警戒態勢発令。

 第一種警戒態勢発令。

 姫子様を拉致した犯人は現在、竜の背付近を逃走中。

 竜の背担当員は速やかにロードチェンジを行い、

 犯人をお屋敷方向へと向かわせること、

 なお、はっぴぃランド駐留部隊は戦闘体制で待機!」

とマイクに向かって声を上げた。

すると

ゴワァァァァァァァ!!!!!

温泉街の目抜き通りを走行中だったラッキードラゴン号は

車体を軋ませ強引にUターンを開始すると、

沿道に立ち並ぶみやげ物屋や温泉ホテルを所構わず破壊して向きを変えていく。

その途端、

「こらぁ!」

「何しやがるっ」

みやげ物屋の主人やホテルの関係者が怒鳴り声を上げながら飛び出してくるが、

「うっ」

ラッキードラゴン号に燦然と輝く家紋を見た途端、

その口は閉ざされ、

苦々しく見つめるだけだった。

こうしてラッキードラゴン号がそのバックの力を見せ付けながら、

傍若無人を働いていた頃、

真紅のクルマが向かっていた峠の頂上付近にも異変が始まっていた。

ズゴンッ!

峠を報せる標識の真下の路面に段差が生じると、

見る間にその段差は1mも競りあがり、

キキキキッ!

ドガンッ!

ガシャーン!

段差に激突して大破するトラックや乗用車に構わず段差はさらに成長していった。

そして、

ウォォォォォン!!!!

ガシューン!

唸り声を上げるモーター音とシリンダーの音を響かせながら、

頂上付近の地形がゆっくりと傾き始め、

ついに90°近くに達してしまうと垂直に起立する。

と同時に、

ガシャガシャガシャ…

頂上付近を走行していたクルマや段差に衝突して大破していたトラックなどが

起立した地形の下に口を開けた穴へと吸い込まれ、

再び地形が傾き始めだすと、

グルンッ!

バフンッ!

地形は裏返り、

代わりに裏側に作ってあった別の地形とすり替わってしまった。

と同時に道路も地形の切り替えられてしまうとその向きを変える。

「ふっ、

 細工は流々。

 我々から逃げ切れると思っているか」

ラッキードラゴン号の席に座る部長風の男はそう呟き、

そしてニヤリと笑っていた。



ギャギャギャ!

その様な仕掛けがあるとはつゆ知らず、

タイヤの音を軋ませながら、

真紅のクルマはほぼノンブレーキで峠道を攻め、

そのあとを追いかける漆黒の911の引き離しを図る。

追うクルマと追われるクルマ。

だが、この2者の間は少しずつ開き、

ついに911は完全にその姿を消してしまうと、

「海人っ、

 クルマ居なくなったよ」

後ろを振り向きながら、

ウェディングドレス姿の湊姫子は指摘した。

だが、

「まだまだぁ

 まだまだ安心するのは早い」

ハンドルを握る彼女の弟・湊海人はスピードを緩めようとはせず、

「こんな楽しいこと…

 止めるなんて出来ないだろう」

と呟きながらさらにアクセルを踏む、

その一方で、

「そうだね、

 そうだよね。

 あいつ等の事だから何か他の事を仕掛けてくるはずだもんね」

弟の真意を知らない姫子は頷くと、

「姉ちゃんっ、

 その書類は死んでも離すなよ、

 あいつらを地獄の底に突き落とす大切な証拠だからな」

アクセルを踏み続けながら海人は声を上げ、

キャキャキャ!!

ドリフトしながら急カーブを描くコーナーに突っ込んでいく。



海人と姫子の家は代々、竜神を祭司とする湊神社の宮司を務め、

特にこの”竜の背”と呼ばれる半島の大部分を占める山脈は湊神社のご神体でもあり、

この山脈が尽きる岬の傍の竜池の底には竜神の頭が眠っていると言い伝えられていた。

だが、この首都圏に近く温暖で風光明媚な半島に触手を伸ばしてきた輩が居た。

裸一貫から身を起こし、

悪徳の限りを尽くして巨大な財閥を築き上げた男は、

その巨万の富で国家を裏から操り、

さらに配下の者達に自分を”将軍様”と呼ばせると、

金を生み出しそうな事業に次々と手とつけていく、

そしてその”将軍様”が目を付けたのが、

拠点を置く大都市にほど近く、

自然がほぼ手つかずに残っているこの半島であった。

だが、大規模な開発を行うとすれば、

この半島の背骨を握る湊神社の存在が邪魔になる。

そこで”将軍様”はあの手この手で懐柔策を取るのだが、

しかし、社を守る姫子と海人の父、湊修一は”将軍様”の甘い誘いには一切乗らず、

彼の忠実な僕である黒メガネ達を追い返してしまったのであった。

度重なる懐柔策にも一向に耳を貸さない湊修一、

そんな彼のかたくなな態度に”将軍様”は怒り狂い、

黒メガネに命じて修一を拉致してしまったのであった。

突如姿を消してしまった修一に姫子達をはじめ

湊神社を信仰する者達は懸命に修一の行方を捜すが、

だが、彼の所在を掴むことは出来なかった。

こうして、姫子は巫女として弟と共に社を守っていると、

再びあの黒メガネ達が姿を見せると、

一枚の約定を見せ、

この湊神社の土地と森を全て譲り受けたことを告げたのであった。

「何かの間違いでは?」

問いただす二人に向かって黒メガネたちは、

さらに二人が”将軍様”に対して国家予算の及ぶ天文学的な借金があることを告げると、

その取立てとして強引に海人を拉致して

彼を地下宮殿の建設現場へと送り込んでしまい、

姫子には”将軍様”の息子の嫁になるように迫った。

しかし、姫子はその提案を頑なに拒んだ、

業を煮やした黒メガネ達は姫子を拉致すると、

半島からほど近いところにある大都市に居を構える”将軍様”の本宅に軟禁してしまうと、

彼女が改心するまで表には一切出ることを禁じたのであった。

そして、その間に自然豊だった半島は開発が始まり、

湊神社も取り壊されてしまうと、

その跡地には”将軍様”直営のウルトラリゾート施設・はっぴぃランドと、

ベルサイユ宮殿も真っ青な超豪華な別宅の建設が始まったのであった。



月日が流れ、

はっぴぃランドと別宅の完成を迎えた今日に併せて、

”将軍様”の息子と姫子の盛大な結婚式が執り行われることになり、

はっぴぃランドには徹夜組みを含めてウン十万人の観光客が押し寄せ、

そして、別宅には政官財の重鎮から大物芸能人、

プロスポーツの選手から花柳界、極道までまさに種々雑多、

全国の著名人たちが一堂に会していたのであった。

だが、挙式が始まる直前、

この別宅に連れてこられた姫子の元に

地下の建設現場から逃げ出す事に成功した海人が姿を見せると、

”将軍様”一族がこれまで行ってきた一連の不正を示す証拠を示す書類を見せ、

ここから逃げ出すことを告げたのであった。

そう、海人はつかまったふりをしながら”将軍様”一族の不正を調査していたのであった。



ゴワァァァァァァァ!!!!

追っ手も無くなった真紅のクルマは山道を快走してゆく、

「ねぇ、海人っ、

 あなた体大丈夫なの?」

地下の建設現場に連れて行かれた事を聞かされていた姫子は

弟の体調について不安になり尋ねると

「あぁ、大分こき使われたけどな、

 大丈夫だよ、

 だけど、いまはここから脱出するのが先決だよ」

と海人は傷だらけの腕を姫子に見せながらもハンドルを握る。

「そう…

 結構辛い目に遭ったのね」

そんな海人を横目で見ながら姫子はうなだれると、

「姉ちゃんっ、

 そんな顔をするなよ、

 その書類さえあればあいつ等は手出しが出来ないんだから」

これまで味わった辛酸を吹き飛ばすように明るい表情で励ました。

すると、

クルマのいく手に古びれたトンネルが姿を見せると、

「ん?

 こんな所にトンネル?」

記憶には無いトンネルを身ながら海人は怪訝に思うが、

しかし、クルマは止まることなく、

そのトンネルに入っていく。

ゴワァァァァァァァ!!!!!

まるで人間界と異界とを繋ぐかのように見えるトンネルをクルマは走り抜け、

やがて、トンネルから飛び出すと、

ズドォォォォン!!

クルマの前にはジャンボジェットまで余裕で駐機できる広大な駐車場に、

全世界の名産を惜しまなくかき集めたバベルの塔と化したドライブイン、

どんなに人が入っても決して満席はなることはなく、

さらに美食で名高い陶芸家すらケツを撒くって逃げ出したという、

究極の味が楽しめる高級レストラン。

さらにトップから下っ端まで世界中の神々を拉致してきても、

余裕でおもてなしできる赤い柱が目印のスーパー銭湯に加えて、

浦安に聳える某遊園地が消し飛んでしまうほどの巨大遊園地。

本場アルプスも真っ青な天然雪の山岳スキー場から、

ビックウェーブが楽しめる常夏の海岸までまさに選り取りみどり

”地上の楽園”という言葉がピッタリの

白黒黄色花鳥風月猪鹿蝶今古東西和洋中華地球丸ごとスーパーデリシャス、

ゴールデンスペシャルリザーブゴージャスな豪華リゾート

”みんななかよし、はっぴぃランド”が姿を見せた。

「ここって!」

「しまったぁ!!!」

聳え立つはっぴぃランドを見上げながら、

海人は自分がこの場所に導かれていた事に気付くと臍を噛み、

スグにUターンをしようとするが、

ズドォォォン!

ンモォォォォォ!!!

運悪く駐車場の隅に停車していた牛駆動のトレーラーハウス・牛車に衝突してしまうと、

クルマはスピンをしながら停車してしまった。

「くそぉ!」

ハンドルを思いっきり叩いて海人が運転席から飛び出すと、

「姉さんっ

 早く!」

と助手席に座る姫子に声をかけながらドアを開ける。

「あっ待って」

すると、助手席から姫子が降り立つと、

「どいてください」

「通してください」

突然の出来事に集まってきた観光客達を押しのけて、

二人はその場から逃げ去ろうとするが、

「メアリィ!!!!!」

突然男の叫び声が響き渡ると、

「旦那様っ

 お気をお確かにぃ」

「メアリー様は

 メアリー様は

 星になられたのですっ」

と宥める二人執事に取り押さえられる初老の男性の姿と、

崩壊した牛車の下敷きになり身を横たえてピクリとしないホルスタインの姿があった。

「海人っ、

 あれ…」

泣き叫ぶ男とホルスタインを指差しながら、

姫子は困惑した表情を見せると、

「おめーがっ、

 おめーがメアリーをこんなにしただかっ」

海人達を見つけた男は泣きながら縋ってきた。

「いやっ、

 それはその…」

泣き叫ぶ男に掴みかかられて二人は顔を見合わせ、

そして、

「すいみませんっ、

 弁償は必ずします。

 ですから、

 その手をはなしてください」

と海人は懇願をする。

その途端っ、

ニヤリ…と男は笑みを浮かべながら姫子を見つめ、

「いーやっ

 たった今からお前がメアリーだ!」

鞭を右手にカウベルを左手に持ち、

姫子に迫りだした、

そして、

「さぁ、メアリーっ

 こっちに来るんだ。

 そんな小奇麗なべべを着るベコは不良だべ、

 このわたしが乳が良く出るベコに修正してやるっ」

と声を張り上げながら男が鞭を振り上げると、

ウグッ!

突然男は胸を押さえ、

目を白黒させながらその場に倒れてしまった。

「あぁ、旦那さまっ」

「いつもの発作だ、薬を早く」

男の急変を受けて執事が駆け寄り、

そしてアタフタと男を担ぎ上げ走り去って行くと、

「ったくぅ、

 なんなんだよっ、

 あの爺さんは」

男と執事が去った後、

海人は呆れ半分にため息を付くが、

「これ、君のクルマ?」

今度は警察官が駆けつけてくるなり海人に声をかけてきた。

「え?

 いや、

 あのっ」

困惑する海人に構うことなく、

「あーぁ、

 ぶつけちゃってぇ

 ちゃんと立ち会ってくれないと困るよ」

警察官は注意しながら現場検証を始めだす。

「すみませんっ

 急ぐんです

 追われているんです僕たちは」

そんな警察官に向かって海人は声を上げるが、

「はぁ、何を言っているの?」

警察官は取り合わず、検証を進め始めていく。

すると、

ブォォォォン!!

二人を追いかけて来ていたあの911軍団が駐車場に飛び込んできた。

「海人っ

 あいつらよ」

「ちっ!」

それを見た海人は姫子の手を引き慌てて逃げようとする。

だが、

「ダメだよ、

 逃げては」

と現場検証をしていた警察官がそう言って制止させると、

いつの間にか二人の周囲にははっぴぃランドの従業員達が取り巻き、

「ふふふふふ…」

「くくくくく…」

不気味な笑みを見せていた。

「なんだお前達は…」

「何よ、気味悪いわ」

笑みを見せ続ける従業員達の姿に二人は身を寄せ合うと、

スッ!

皆一斉に顔に尖った鼻のお面をつけてみせる。

その途端、

ベリッ!

お面を突けた従業員たちの背中が一斉に裂け、

その中よりツルリとした全身タイツ・ゼンタイを輝かせる体が姿を見せると、

まるで脱皮の如く服ごと脱ぎ捨ててしまった。

「うわっ!」

「なっ、うっうそぉっ」

あまりにも衝撃的な光景に二人は声を失ってしまうと、

二人を取り巻いていた従業員達は

お面を顔に付けピチピチのゼンタイに両手に鋼鉄の鉄爪をつけた戦闘員と化し、

ザザザザッ

二人の周囲を手際よく十重二十重に取り囲んでしまうと、

ガシャッ!

殺意満々に鉄爪の矛先を海人に向ける。

「海人っ!」

姫子の悲鳴が上がり、

「くっ!

 みんな、アイツの手下だったか」

海人は悔しそうな顔をすると、

戦闘員達が開けた通路を通りながら、

911から降り立った黒メガネ達が二人の前に立った。

「ようこそ、

 我々のリゾートへ。

 とてもすばらしいでしょう」

恭しく頭を下げた後、

「いかがでしょうか若奥様様」

と余裕の表情で話しかけてきた。

「くっ」

迫る男達に海人は姫子を庇うとするが、

ザッ!

戦闘員達の鉄爪がその海人の喉元に突きつけ海人の動きを封じ込める。

それを確認した黒メガネは

「さぁ、

 こちらへ、

 婚礼のお支度は全て整っております、

 間もなく迎えが参りますので」

と姫子に向かって手を差し伸べた。

「いやよっ!」

すかさず声を張り上げて姫子はその手を弾くと

「若奥様、

 人の忠告は素直に聞くべきかと…」

姫子のその態度に、

ボキボキッ

黒メガネ達は指の骨を鳴らし威嚇してきた。

その途端、

「姉さんに何をするっ!」

鉄爪を潜り抜けた海人が姫子と男達の間に割って入ろうとするが、

「おぉ、忘れていましたよ、

 誘拐犯がいたことを」

黒メガネ達の中から彼らの隊長だろうか、

一人長髪の男が出てくると眼光鋭く言い、

「おいっ」

他の黒メガネ達に命じると、

ムンズッ!

いきなり海人の肩が後ろから掴まれた。

「なに?」

その感触に振り向いた途端、

ドカッ!

彼の身体は宙を舞う。

「海人ぉっ!」

それを見た姫子は海人の名前を叫ぶが、

「若奥様を連れ去ろうとするとは不貞な野郎だ」

「覚悟しろやこの野郎!」

黒メガネ達は一斉に海人に襲い掛かり、

袋叩きをするかのように殴りまくった。

「やめて!

 なっなんてことをするの!」

その光景に姫子は怒鳴り、

海人に駆け寄ろうとするが、

スルッ!

姫子が持っていた封筒をあの長髪男が奪い取ると、

「いけませんなぁ

 このような者を持ち出しては」

優しく声をかけながらその封筒に火をつけた。

「あぁぁ!!」

燃え上がる封筒を見つめながら姫子は絶望の声を上げると、

ドリュリュリュ…

あのムカデのようなリムジン・スーパードラゴン号が駐車場に姿を見せ、

姫子の前にゆっくりと停車する。

そして、後部座席のドアが開かれると、

後部座席には白タキシードを着た”将軍様”の息子の巨体が見て取れる。

その途端、

「ささ、どうぞこちらに」

恭しく言いながら長髪男は姫子の身体を持ち上げてしまうと、

無理矢理その車内へと押し込んだ。

「出して!

 こからを出して!」

押し込まれた姫子は閉じられたドアを懸命に叩くが、

「だめですよぉ〜

 おイタをしては、

 君は僕のお嫁さんなんだからね」

”将軍様”の息子は姫子に向かってそう警告をする。

「お前は…」

睨みつけるようにして姫子は息子を睨みつけると、

「いやだなぁ、

 そんなに見詰めないで下さいよぉ

 僕、照れちゃう」

姫子形の耳を左右に二つつけた愛用の帽子を深々と被り直しながら息子は照れて見せ、

「邪魔が入りましたが

 これで婚儀の準備は整いました」

と立っていた世話役の黒メガネが話しかけると、

「うん、

 出しちゃっていいよぉ、

 さぁ、結婚式、結婚式、

 今日はお祝いだぁ、

 みんなには外国製の高価なものをプレゼントするね。

 なんていったって、

 僕んちは地上の楽園なんだからさっ!」

とウキウキしながら”将軍様”の息子は元気に命令をした。



「姉さんっ」

崩れるように倒れながらも

海人はなおも這いずろうとするが、

ドカッ!

「うがっ」

無常にもその背中に足が乗せられ、

「いけませんなぁ…

 こんなところでクルマごと飛び降り自殺ですか?」

と足を乗せる黒メガネの男はニヤケながらそう言うと、

ムンッ!

男達の中でも一際背の高い男が瀕死の海人を持ち上げ、

姫子が乗せられたリムジン・ラッキードラゴン号に向かって一礼する。

その途端、

ゴワッ!

ドリュリュリュ…

暴れる姫子に構わずラッキードラゴン号は発進し、

はっぴぃランドから程近い別宅へと向かい始めだした。

「姉さ〜んっ」

走り去ろうとするラッキードラゴン号に向かって海人は声を上げると、

「そんなことより、

 自分の心配をしな、

 まったく、”将軍様”に楯突こうなんてこの非国民めが」

海人に向かって黒メガネは凄みを利かせながらそう言うと、

戦闘員達が見守る中、

海人を彼が乗ってきた真紅のクルマの中に押し込み、

さらに拳でそのドアを壊すと、

中から出られないようにしてみせる。

「出しやがれ!」

クルマの中からドアを叩きながら海人は声を上げるが、

程なくして黒メガネが運転するクレーン車がやってくると、

ガクンッ!

海人を閉じ込めたクルマは宙に浮き、

ゆっくりと駐車場の中を移動して行く、

そして、波飛沫が上がる海へと真紅のクルマを突き出すと、

「くっそぉ!」

クルマの中から腫れ上がった顔で海人は男を睨みつけるが、

「そういえば、

 ここの辺にはお前が生まれ育った神社があったんだよなぁ」

と黒メガネは言い、

「死ぬ前に良い事を聞かせてやろう、

 最後まで神社の土地を売るのを拒んでいたお前の親父ががなぜ売ったか、

 ふっそれはだな、

 俺たちが薬で言うことを聞かせたまでだ。

 あはは、

 竜神の祟りがあるって親父さんはいっていたが、

 この21世紀の時代にそんなものはあるわけないだろう。

 全く、おぼっちゃまもこんな田舎の巫女なんかに一目ぼれしなくてもいいのに…

 まぁいいわ、

 これでお前が消えれば何も無かったことになる。

 じゃなっ」

この場所にリゾートを作ることが出来た理由を話して、

黒メガネがクレーンを操作し、

クルマを海へと落とした。

その直後、

フォンフォンフォーーーン!!!

姫子を乗せて走り去ったはずのリムジン・ラッキードラゴン号が

タイフォンを高らかに鳴らしながら駐車場に向かって突撃してくる姿が目に飛び込んできた。

「なにぃ!」

突然の出来事に皆が一斉に固まってしまう中、

ラッキードラゴン号の運転席には必死でハンドルを奪回しようとする部長風の男の顔を、

ヒールで踏みつけてハンドルを操る姫子の姿があり、

後ろにはあの息子が毛を逆立てて目を塞いでいる様子が見て取れる。

「なっなにがあった…」

「とにかくラッキードラゴン号をとめろ!」

「お前達、止めさせるんだ」

たちまち黒メガネ達はパニックに陥りながらも、

ラッキードラゴン号の停車を戦闘員に命じた。

「イーッ!」

返事も逞しく戦闘員たちは一斉に散開してラッキードラゴン号に飛び移ろうとするが、

「おどきっ!」

ヒールが食い込み、

鮮血を吹き上げる部長風の男の顔を踏みつけながら、

迫る戦闘員達に向かって姫子は怒鳴ると、

グンッ!

ヒールを男の顔から離し、

ラッキードラゴン号のアクセルを踏み込んだ。

その途端、

ドカドカドカ!!!

たちまち戦闘員達はラッキードラゴン号に跳ね飛ばされると、

路面に叩きつけられ、

12本のタイヤによってすり潰されていくが、

だが、腐っても戦闘員である。

骨が折れようが内臓が破裂しようがすり潰されようが、

驚異的な回復力で身体を修復し立ち上がると、

突進していくラッキードラゴン号に先回りし、

素手でラッキードラゴン号に立ち向かい止め始めたのである。

まさにゴキブリ並みの生命力。

「くっ!」

踏み潰しても踏み潰しても復活してくる戦闘員の姿に姫子は口を歪ませると、

グンッ!

さらにアクセルを踏み込んだ。

すると、

ギャァォォォン!

12対のタイヤから濛々と煙が吹き上がり、

ラッキードラゴン号と群がる戦闘員達との押し競が始まったのであった。

ギャォォォン!

ギャォォォン!

ラッキードラゴン号のタイヤが唸り、

「イーー!!!!」

踏み潰されても復活する戦闘員達が押し返す。

「早く…

 早く進んで!!!

 弟が…

 海人が…」

海に落とされた弟を案じながら姫子はアクセルを踏み続けた。

そのとき、

『力が欲しいか…』

そう話しかける声が彼女の脳裏に響いた。

「え?」

思いがけないその声に姫子は驚くと、

フォォォン…

姫子の胸に掛かる湊神社のお守りが光り輝き、

『我を崇める巫女よ、

 我の問いに答えよ。

 力が欲しいか、

 力が欲しければくれてやる。

 我を解き放てばお前は無限の力を貸そう』

お守りに描かれている竜が姫子に話しかけていたのであった。



つづく