風祭文庫・アスリート変身の館






「白アシの香織」
(第28話:美佐の幸せ)



原作・風祭玲

Vol.1017





はじまめして、

わたしの名前は河崎美佐・22歳。

とあるスイミングスクールでインストラクターをしています。

今日はわたしの身に起きた不思議な出来事をお話したいと思います。



それは今から5年前、

わたしがまだ高校2年生の時のことでした。

いまでこそ街を歩いていても、

電車に乗っていても、

「おっ美人!」

「あの、お付き合いしてくださいませんか」

などと常に男性達の目を引く存在でございますが、

でも、高校時代のわたしはそれとは正反対の存在でした。

え?

ブス子が頑張って美人になったって話は聞きたくないですって?

いいえ、早とちりしないでください。

学生時代のわたしは女性ではなかったのです。

無論、比喩としての女性…ではありません。

そう、学生時代のわたしは男…男性だったのです。

しかも、異性の方と仲良くなるには程遠い姿をしていたのでした。



「おらおらっ、

 河崎ぃっ

 なんだ、そのへっぴり腰は!

 押せ。と言っているだろう」

汗まみれ、砂まみれになって押してくる相手を押し返しているわたしに向かって怒鳴り声が響きますと、

バシッ

容赦なく丸出しのお尻に竹刀が打ち付けられます。

「クッ」

痛いと言うより熱いと言う感覚がお尻から腰を抜けて行くのを感じながら、

わたしは渾身の力を振り絞りますが、

しかし、相手は腰が据わっているのかなかなか押し返せません。

しかも、

ズズッ

ズズッ

さらに相手は押してきているではありませんか、

「うぐうぅぅ…」

ありったけの力を出し切ったものの、

「だぁぁぁ」

ついに力負けしてしまったわたしは土俵から弾き飛ばれてしまうと、

「この根性なしめっ」

再び罵声が浴びせられ、

さらに竹刀で叩かれます。

「うぐっ」

体中に赤いミミズ腫れが走りますが、

でも、泣くことは出来ません。

わたしはじっと歯を食いしばりそれに耐えると、

「おうっ河崎っ

 その格好で校庭を10周してくるんだ。

 戻ってきたらシコ踏み100回」

と指示が飛びます。



その頃のわたしは河崎美佐夫と名乗り、

身長170cm、体重105kg

まさに相撲体型の2年生でした。

そして当然のごとく相撲部に籍を置いていたのですが、

けど、見てくれだけの最弱部員だったのです。

「おいっ、見ろよ、

 また河崎が走らされているぞ」

「フンドシ一つでよくやるなぁ」

指示に従い黙々と校庭に設けられたトラックを裸足に廻し一つの格好でわたしは走りますと、

そんなわたしの姿を見て野球部やサッカー部の連中が陰口を言います。

わたしにとって男に言われる陰口など蚊に刺された程度ですが、

でも、

「やだぁ…」

「恥ずかしくないのかしらねぇ」

「ねぇ、あんなのが彼氏だったらどうする?」

とテニス部や陸上部の女子に囁かれることは何よりの屈辱でした。

「くっそぉ!!

 もぅ相撲なんてやめてやる」

そんなことを口走りながらわたしは汗を流しますが、

しかし、自分から相撲を取ったら何が残るのだろうか。

と言うことを考えるとおいそれと退部を口にすることが出来ません。

「はぁ…

 いっそ、女の子に変身できたら…

 そう、水泳部のあの子のような女の子になれたら…」

と稽古後にプールサイドに立っている白い競泳水着姿の女子部員の姿を思い浮かべていたのです。



「あの子なんて言うのかな…」

顔はどこかで見かけた様な気がするのですが、

でも、はっきりと名前を思い出せません。

「うーん」

わたしは教室で考え込んでいると、

「よう、相撲部っ

 何悩んでいるんだよ」

と声が掛けられ、

パァンッ!

勢いよく肩を叩かれました。

クラスでのわたしは相撲部と言うあだ名で呼ばれていました。

無理もありません、部の仕来りで一日中廻し姿で居たのですから…

「てーなぁ」

文句を言いながら5厘刈りの頭を向けると、

「おっ」

わたしの横で男子生徒が軽く身構えて見せます。

どうも彼からすればわたしが怒っているように見えたらしく、

仕返しに繰り出すであろう張り手を警戒しているようです。

「別にぃ」

そんな男子生徒を一別して見せると、

「なぁ、

 水泳部って放課後遅くまで練習をしているのか?」

と目を合わせずに問い尋ねました。

すると、

「水泳部?

 あぁ、それってたぶん新水泳部のことだな…」

わたしの質問に男子生徒は少し考えてそう答えたのです。

「新水泳部?

 なんだそれは?」

これまで聞いたことがないその名前にわたしは驚きました。

「あぁ、

 なんでも生徒の中から選抜された特別な水泳部って聞いているな、

 まさかお前、新水泳部に入ろうって言うのか?

 やめとけって、

 相撲デブのお前に水泳は似合わないよ」

そう男子生徒は軽く笑ってみせると、

わたしの横から立ち去っていきます。

「悪かったなっ、

 相撲部デブよっ」

彼の後ろ姿に向かってわたしは小言を言いますが、

しかし、そう言われても仕方がありません。

日に焼けて赤銅色になったこのデブな体には

すっかり茶色くなった廻しがお似合いなのですから。



「おらっ、

 腰を落とせっ

 押せっ

 気合いを見せろ!」

相撲部の稽古場に罵声が飛びっ、

「バカ野郎っ、

 気を抜くなと言っているだろうが」

の声と共に竹刀が飛びます。

「うっすっ」

歯を食いしばりながらわたしが稽古場から出てくるとすでに日は落ち、

校内は他の部活の者たちが引き上げたらしく静まりかえっていました。

「あはは、

 もぅ水泳部も終わっているな」

そう呟きながらわたしは痛む体を庇いつつプールの方を見ますと、

なんとプールサイドに白い競泳水着を身にまとった少女の姿があったのです。

「あれ、今日もいる…」

まさに地獄の中に舞い降りた女神…

そんな神々しさに惹かれるようにして一歩、

また一歩とわたしはプールへと向かって歩き始めます。

そして、砂だらけの廻し姿であるにも関わらず、

わたしはプールサイドに入り込んでしまったのです。

その途端、

「そこのあなたっ、

 何をしているのっ、

 ここは部外者立入禁止よ」

と言う警告の声が響くと一人の人影がわたしの前に立ちはだかりました。

「え?

 あっいや、

 それはその…」

ハッと現実に引き戻されたわたしは釈明しようと目の前に立ちはだかった人を見たとき、

「えぇっ!?」

わたしは驚きの声を上げてしまったのです。



灯されている照明を一身に浴び、

プルンッ

と膨らんだ乳房を露わにし、

股間には男子用と思える競泳パンツを穿いている少女の顔は見覚えがあります。

「水上香織…

 なんで男の競パンを穿いているんだよ」

わたしの口から少女の名前がこぼれていくと、

「あら、相撲部までわたしの事が知れているのかしら…」

と香織は小さく笑って見せます。

ゾクツ!

その笑みを見た途端、

わたしはこの場にいてはいけないと思い、

「すっすみませんっ」

五厘刈りの頭を下に向けると、

スグに立ち去ろうとしましたが、

「なっなんだよぉ」

いつの間にか

わたしの周りには競泳水着や競泳パンツを穿いた水泳部員達がぐるりと取り囲んでいたのです。

しかも、部員達をよく見るとどこかおかしいのです。

「あっあれ?

 お前…え?なんで?

 え?

 え?」

校内では確かに男子だったはずの者がここでは胸を膨らませ女子用の競泳水着を身につけ、

一方、女子のはずの者が男子用の競泳パンツをモッコリと膨らませているのです。

「男が女に…

 女が男に…

 どっどうなっているんだ?

 ここは?」

信じられない表情を見せながらわたしはそう呟くと、

「ふふっ、

 これが新水泳部よ」

と背後から香織の声が響きます。

「なんで…」

振り向いたわたしの口からその言葉がこぼれていくと、

「相撲部・2年・河崎美佐夫っ

 わたし達の秘密を知ったあなたはもぅ新水泳部のメンバーです

 いいですね」

と香織は僕を指さして念を押すように言います。

「えぇ!?」

香織は発したその言葉にわたしは驚くと、

「でも、香織様っ、

 いくら何でも相撲部の…おデブさんに着せる水着はありませんが…」

とわたしを怪訝そうに眺めながら一人の少女が香織に耳打ちをします。

すると、

「うふっ、

 大丈夫よっ、

 濡れ雑巾を絞るように絞り込んでしまえば問題ないわ、

 科学部から頂いたとっておきの薬があるのよっ」

わたしに視線を向けながら香織は言います。

「おっおいっ、

 何をするんだよぉ」

その話を聞いていたわたしは香織を問いただそうとすると、

「さぁ、みなさんっ、

 この汗くさい相撲部員にも祝福を!」

と香織が叫び、

わたしに向かって無数の手が伸びてきました。

そして、多勢に無勢。

「やっやめろぉ!」

わたしは夜の闇に向かってそう叫ぶのが精一杯だったのでした。



あれから5年が経ち、

わたしは白アシと呼ばれる競泳水着を身につけてスィミングスクールで子供達を教えています。

この白アシは水に濡れるとちょっと透けてしまうところが恥ずかしいのですが、

でも、いまのわたしは後悔してはいません。

だって、二度と相撲デブなんて呼ばれたくはないのですから。

香織様っ、わたしは今日も白アシに包まれています。

いまのわたしはとっても幸せです。



おわり