風祭文庫・アスリート変身の館






「恋人奪回」



原作・風祭玲

Vol.944





「ねぇ、舞。

 そーいえばさぁ」

放課後の学園。

その学園の奥に居を構える黒魔術研究同好会の部室に不意に少女の声が響き渡ると、

「ん?

 なぁに?」

発売されたばかりの月刊世界魔術代全集を読んでいた飛翔舞(ひしょう・まい)は

紙面から目を離し机を挟み向こう側で頭の後ろに手を伸ばし背伸びして見せている

日向咲(ひなた・さき)へとその視線を向けた。

「ほらぁ、

 この間、うちに男の子になりたいってやってきた女の子、

 えっとなんて言ったっけ」

舞の視線が自分に向けられたのを感じた咲は

以前この部屋を訪れた少女のことを言おうとするが、

だが、なかなかその名前を思い出せないで居ると、

「野上さんでしょう。

 あたし達と同じ2年生の野上綺羅。

 片思いの水泳部イケメン部員がホモだったことにショックを受け、

 あたし達に男になりたいってお願いをしてきたのよ」

と舞はコトの詳細を告げてみせる。

「あぁ、それよそれ。

 でさ、あの後どうなったの?

 あたしには何も情報が入ってこないんだけど」

説明を聞いてハタを手を打って見せた咲は綺羅のその後について尋ねると、

「もぅっ、

 舞ったら美保が書いてよこしてくれた報告書を読んでないのぉ?」

と舞は呆れながら、

「はいっ、

 その後の顛末についてはここに詳しく書いてあるわ

 自分で探して読みなさい」

そう言うと、

ドサッ!

と咲の前に分厚い報告書を置いてみせる。

「うへぇぇ、

 ここから探して読むのぉ!」

長い歴史を誇る黒魔術研究同好会のすべての軌跡が書き込まれている。

と言ってもよい報告書を見下ろしながら咲は脱力して見せると、

「この間の仕事なんだから前の方にあるわよ。

 美保が読みやすく要点を纏めてくれているので、

 下手な漫画よりも理解できるわよ」

そんな咲をジト目で見ながら舞は指摘すると、

パラ…

パラ…

やる気がなさそうに咲は報告書のページをめくり始める。

と、そのとき、

コンコン☆

閉じられていたドアがノックされると、

「はぁーぃ

 どうぞ」

頭をかきむしりながら報告書を読み始めた咲を残し、

腰を上げた舞がドアに向かって返事をした。



カラ…

乾いた音を立てて開いたドアから顔を出したのは

水泳部のロゴが入るジャージを着たであった。

「いらっしゃいませぇ、

 ようこそ黒魔術研究同好会へ

 ご要望は何ですか?

 性格。

 スタイル。

 頭の出来。

 運命はちょっと難しいですが、

 黒魔術の力を使ってお客様のお好みにカスタマイズしてあげますわ」

営業用のス舞ルを浮かべながら舞は口上を言う。

すると少女は思いつめたような表情を浮かべながら、

「あのぅ…」

と舞に小さな声で話しかけた。

「はい?」

その声を聞き逃さずに舞は返事をすると、

「あたしを…

 あたしを男の人にすることはできるんでしょうか?」

と少女は舞に尋ねた。

「は?」

「え?」

彼女の質問に舞と報告書を読んでいた咲が同時に返事をすると、

「あたし…

 久保先輩に少しでも近づきたくて水泳部に入ったんです。

 でも…

 先輩に変な噂が立って…

 あたし噂なんて信じてませんでした。

 でも…

 でも…

 先輩に変な男の人が纏わり付くようになって…

 そして…

 あたし見てしまったんです。

 先輩がその男の人と抱き合っているのを、

 それっきり先輩は水泳部に出なくなってしまって。

 先輩が男の人が好きならそれで構いません。

 でも、先輩が水泳部から居なくなってしまうのは嫌なんです。

 お願いです。

 あたしを男の人にしてください。

 先輩を水泳部から引っ張っていったあの人が

 ここで男に人になったことは知っています。

 ですからあたしを男の人に」

と訴えるような視線を舞に向けて少女は訴える。

「そっかぁ、

 あなたの言う先輩って水泳部のイケメン部員・久保丈二君のことでしょう」

話を聞いた舞は少女に向かって話しかけると、

コクリ

少女は小さく頷いてみせる。

「まぁ確かに照山さんだっけ…

 彼女を男の人にしたのはあたし達だけど、

 うーん、そういう問題もあったか、

 どうする?

 舞」

頭を掻きながら咲は立ち上がり、

舞に話を振ってみせる。

「そうねぇ…

 確かに責任の一端はあたし達にあるかもね」

考えるそぶりを見せながら舞は呟くと、

「そういえばあなたの名前を聞いてなかったわね」

と舞は少女の名前を尋ねた。

「はい、

 1年の梢美佐と言います」

舞の質問に少女は名前を名乗ると、

「畏まりました」

咲と舞は互いに顔を見合わせた後

美佐に向かって頭を下げ、

「ではご希望の通りにあなたを男の人に差し上げてあげます。

 そのままそこに立っていてください。

 これより儀式を行いますので」

と指示をすると、

コクリ、

美佐は頷き、

「これで良いですか」

と部屋のほぼ真ん中に移動すると立って見せる。

それを見た2人は頷き合い、

そして徐に手を握り合うと、

バッ!

高々と空いている手を挙げ、

「でゅあるすぴりちゅある、ぱわぁ!!」

と声を揃えて張り上げたのであった。

その途端、

バッ!

2人が着ていた制服が天井向けて飛び、

瞬く間に魔女を思わせる黒詰めの装束姿になってしまうと、

「はぁぁ…」

変わり身の速さに美佐は呆気にとられている。

「種も仕掛けもあるんですけどね、

 でも、驚くのはこれからですよぉ」

呆気に取られる美佐に向かって咲はそういうと、

パタパタパタパタ

教室の壁が日めくりカレンダーの如く動き始め、

次第に部屋の明かりが暗く落とされていくと、

ぼっ!

瞬く間に部屋は怪しげに燃え上がる炎が揺らめく黒魔術の部屋になってしまったのであった。

「うひゃぁぁ!」

どんな仕掛けでこうなるのか、

美佐は二人に質問をしたかったが、

しかしその言葉を飲み込んでしまうと、

「では」

「始めましょうか」

「依頼人は1年生!」

「水泳部の梢美佐ぁ」

「依頼内容は」

「男になって寝取られた先輩を奪い返したい」

「以上!」

燃えさかる炎に向かって2人は声を揃え、

何かの願掛けをするかのように呪文を唱えはじめる。

すると、

シャッ!

美佐の足元に魔法陣が現れ、

それがゆっくりと回転し始める。

ボボボボッ!

二人が唱える呪文にあわせてロウソクの炎は揺らめき、

回転する魔法陣のスピードが徐々に上あがっていく。

すると美佐の足元が金色に光り輝き始めると、

光は美佐の体を下から上に向かって舐めるように包んでいき、

彼女が着ていたジャージが砂埃を巻き上げるかのように飛び散って行く。

そして、

「あっあっあっ」

未熟ながらも女性のラインを見せる光り輝く人形へと美佐が変わってしまうと、

メリッ!

メリメリメリメリ!!!!

粘土細工をいじる様に光る人形の姿が変わり始め、

なで肩の肩が厳つく盛り上がっていくと、

張り出している腰が引き締まるように小さくなり、

膨らんでいた尻に筋肉の凹みが出来上がって行く。

そして小さいながらも隆起していた胸の膨らみが姿を消すと、

横に広がる胸板が盛り上がり、

さらに股間から突起が伸び始めると、

太さと長さを増しながら鎌首を擡げあげるようにゆっくりと持ち上げ、

ビクンッ!

猛々しくその雄姿を突き上げた。

「くはぁ…」

盛り上がったのど仏を上下に動かして、

美佐が息を継ぐと、

シュン…

光る股間に紺色の布が撒きつき、

ピチッ!

っと一着の競泳パンツとなってその股間を覆う。

そして、舞と咲、二人が唱えていた呪文の声が止んだとき、

「・・・・・」

二人の前には逞しい肉体を晒す競パン姿の男子水泳部員が立っていたのであった。



「お疲れ様でしたぁ」

「頑張ってくださいね」

舞と咲の声に送られて美佐が黒魔術研究室から出てくると、

「ねぇ…舞、ちょっとかっこ良くなかった?」

と咲は去って行く美佐の後姿を見送りながらささやく。

「ふぅん、

 咲ってあんな感じが好みなの?」

頬を赤らめる咲を軽蔑した視線で舞は見ると、

「だってぇ、

 なかなかのイケメンだったじゃない。

 元の素材とは大違いありすぎよ」

と怒った顔で咲は言い返す。

「まぁ…

 ちょっと出来すぎのような気もするけど、

 確かにあぁいう彼氏を欲しがる女の子は多いわね」

怒る咲とは打って変わって舞は醒めた視線で男性化した美佐を見送っていた。



「ちょちょっと、

 誰?」

「うわっ、

 水着一枚で校内を歩くかぁ?」

「でも、なかなかのイケメンじゃない」

「男子の水泳部にあんな人居たっけ?」

部活に出ていた少女達の好奇心に満ち溢れた視線を一身に浴びつつ、

美佐は競泳パンツ一枚のみの格好で校内を歩いていた。

そして、頬を赤らめヒソヒソ話をする女子達の姿を見ながら、

「うわっ

 女の子がみんなあたしを見ている…

 そっか、あたし…

 男の人になったんだ」

と自分が性転換したことを徐々に自覚していくと、

ふと立ち止まり、

自分の腕を動かし体を捻りながらその肉体を見下ろしてみせる。

その直後、

パァン!

美佐は自分の両頬を叩き、

「よしっ、

 これなら先輩は水泳部に戻ってくれる!」

と気合を入れ、

「先輩っ、

 待っていて下さい。

 あたしが水泳部に連れ戻して見せます」

そう叫びながらレスリング部の部室に向かって駆け出すと、

バァン!

硬く閉じられていたレスリング部のドアをこじ開けるようにして開き、

「久保先輩っ!」

と声を張り上げ、

部室の中で絡み合う吊パン姿の男達に向かって声をあげたのであった。



「君は…」

レスリング部の吊パンを身につけ

汗だらけになっていた久保丈二が顔を上げると、

「久保先輩っ

 あたしっ、

 先輩にあこがれて水泳部に入りました。

 お願いですっ

 水泳部に戻ってきてください。

 先輩はそんな格好よりもこのパンツが似合っています」

真剣な顔で美佐はそういうと、

グッ!

一枚の競泳パンツを握り締めた拳を突き出してみせる。

「水泳部…」

美佐のその声に丈二は徐に立ち上がろうとすると、

「だめっ、

 行かせないっ、

 丈二はレスリング部員なんだから」

と丈二に絡んでいた野上綺羅が押し戻そうとする。

すると、

グンッ!

美佐の競泳パンツが突きあがり、

「先輩…

 先輩はこんな薄暗い部屋で汗まみれになるより、

 お日様の下で日に焼けた体を晒すほうがお似合いですよ」

と股間を盛り上げながら美佐は丈二に話しかけた。

「あっ」

その言葉を聞いて丈二の頭の中に、

競パン一枚で日に焼けた体を晒し水面に向かって飛び込んで行く

水泳部員達のことが思い出されると

「そうだ、戻らなくっちゃ」

と呟きながら立ち上がり、

競泳パンツを握る美佐の手を握り締めたのであった。

そして

「待って、

 行かないで!」

と声をあげる綺羅の声を背中で聞きながら、

「ありがとう、

 目が覚めたよ」

「いいえ、

 当然のことをしたまでです」

などと話しつつ、

盛り上がる互いの股間を触りながら

美佐と丈二はレスリング部の部室から去って行き、

それから程なくして

ガラッ!

「お願いっ、

 あたしをもっと男らしくして!」

黒魔術研究会のドアが開かれると、

「いらっしゃませぇ!」

舞と咲の声に出迎えられて、

吊パン姿のレスリング部員が飛び込んできたのであった。



「ん?

 今日は珍しく黒魔術研究会に客が多いのぅ

 全く、魔術なんぞに頼らずに己の力で克服すればよいものを…」

黒魔術研究会の部室から程近いところにある保健室。

その保健室で書類を書いていた保健医が顔を上げると、

グワラッ!

閉じられていたドアが開くなり、

「柵良先生っ、

 治療を!!」

の声とともに大火傷を負った一人の男子生徒が飛び込んでくる。

その途端、保健医はあきれた表情を見せるなり、

「なんじゃ唐ぃ、

 貴様なんぞに施す治療などないわっ!」

の声とともに男子生徒を追い返したのであった。



おわり