風祭文庫・異性変身の館






「試供品」



原作・nao(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-297





「津田ぁ!

 ちょっと来いっ」

放課後のグラウンド。

100m走を走り終えた津田望に向って陸上部コーチ・伊藤一馬が声を上げると、

「はいっ」

流れる汗を素手で拭いつつ望は彼の元へと走っていく。

「お前が目標としていたタイムは幾つだ」

望の走りを計っていたストップウォッチを見せ付けながら一馬は問い尋ねると、

「はいっ」

望はそう返事をしただけで、

それ以上は何も言わずに

ジッ

っと彼が持つウォッチが示している数字を見つめている。

「まったく、

 計るごとにお前のタイムは落ちる一方だろうが、

 このままだと今度の大会には出せないぞ」

そんな望に向って一馬はぶっきら棒に言うと、

「何が悪いのかお前なら判っている筈だ。

 大会までに結果を出せ」

と告げると、走り去って行った。



「はぁぁぁ…」

部活動が終わり、

ガックリと俯いたままの状態で望が更衣室に戻ってくると、

「望ぃっ。

 さっき一馬に嫌味言われたみたいだけど、

 何言われたの?」

望の幼馴染みで陸上部のマネージャーでもある大塚美穂が心配そうに声を掛る。

「んー…

 まぁ、嫌味といえば嫌味に聞こえるけど、

 でも、言い返せないんだよねぇ

 何かを言おうとしても弁解になっちゃってさ。

 あーぁ、自己嫌悪やぁ」

首に掛けているスポーツタオルで顔の汗を拭きつつ望は落ち込んで見せると、

「ドンマイ

 ドンマイ

 これまでが順調過ぎたのよ。

 人間って試練を乗り越えないと成長しないから、

 神様が望に与えてくれた試練と思えばいいわ、

 だから無駄に不幸のゲージを上げないこと」

落ち込む望に向って美穂は励ますと、

「うぃーすっ」

望は男子のような口調で返事をして見せた後、

自分のロッカーを背にして体育座りをしてみせるが、

その姿は明らかに落ち込んでいる様子であった。

「あらら…

 不幸汁を思いっきり流しちゃっているわね」

励ましが却って仇になってしまったことに美穂は困惑して見せると、

「うーん、

 どうしようか」

その日の朝、駅前で配っていた健康ドリンクの申込書を取り出しかけていたが、

自分のカバンへと押し戻して見せる。



津田望は子供の頃から足が速く、

彼女自身もそれを誇りにしてきた。

そしてさらに早く走れるようになろうと中学・高校と陸上部で鍛えてきたのだが、

俗に言うスランプと呼ばれる”魔”が彼女を襲ったのであった。

「私、もう駄目かもしれない…」

「自分に自信を持ちなよ」

「私って素質が無いのかな…」

「大丈夫だって」

まるで蟻地獄に陥ってしまったかのように

望の落ち込みは日に日に酷くなり、

落ち込む彼女を美穂は懸命に励まし続けていた。

そんなある日、

望が家に帰ると彼女宛に小包が届いていた。

「何かしら?」

試供品と書かれた箱を開けてみると、

中には試供品応募謝礼の手紙と共に小さな瓶が数本入っていた。

「?

 応募?

 あたしってこんなのに応募したっけ?」

届けられた試供品について全く身に覚えがない望は小首をかしげていると、

望のケータイに美穂から電話が掛かってきた。

「美穂?

 なに?

 忘れ物?」

ついさっき別れたばかりの美穂からの電話に望は出ると、

「え?

 荷物?

 うん、なんかあたし宛に届いていたよ。

 え?

 美穂が頼んだの?

 はぁぁ…

 まぁぁ…

 そんな…

 別にそこまで気遣ってくれなくても、

 判った判った。

 うん、ありがとね」

と感謝の言葉を述べつつケータイを切る。

そして、

「なるほど、

 美穂がこれを頼んでくれていたのか」

荷物の詳細を知った望は大きくため息をつくと、

「ありがとね、

 美穂」

と自分を気遣ってくれた彼女に改めて感謝の言葉を呟き、
  
「要するに体力がつく栄養剤ってわけか、

 ドーピングにはならないらしいし、

 ちょっと飲んでみようか」

そう言いつつ望は注意事項を目を通した後、

瓶から3、4錠を取り出して飲んでみせる。

そして、望が薬を飲み始めてから1週間が過ぎると、

「やったー、新記録!!」

グラウンドに望の明るい声が響いたのであった。

「望っ、

 なによ、新記録って。

 今までスランプのフリして手を抜いていたの?」

「違うわよ」

「でも、急に記録が伸びるなんておかしいわよ」

短距離走で新記録を出した望に向かって彼女のライバルでもある中島葵が問い詰めると、

「へへへ…

 実は…」

と望は試供品の事を話しはじめる。

「そういうわけ、

 要するに望はマネージャとつるんでいた訳か」

「そんなんじゃないわよ」

「じゃぁ、私にもそれ分けてよ」

「良いわよ」

そんなやり取りをした後、

葵は望から錠剤を分けてもらうと、

程なくして葵も記録が伸びるようになったが、

しかしそのとき、

望の背丈が10cm近く伸びていたのである。

「うーん、

 困ったなぁ…」

身長が伸びた自分の姿を困惑した表情で眺めつつ、

望は制服に袖を通そうとするが、

しかし、変化した望の体つきに合わないことは明白であった。

「えぇいっ、

 仕方が無いっ

 これで行こう」

制服を着ることを諦め、

ジャージ姿で登校してみると、

葵もまたジャージ姿で登校してきたのであった。

「あれ?

 葵…制服どうしたの?」

「望こそ、

 部活動の都合によるジャージ登校が許されているからって、

 早速実践しているの?」

二人は互いの服装を指差し言葉を交わす。

そして、

「ねぇ…最近背が伸びて困っているんだけど、

 あの栄養剤に何が変な物が入っているんじゃない?」

と葵が指摘すると、

「変な物って…

 あたしだって背が伸びて困っているのよっ、

 文句があるなら美穂に言ってよ」

と望は美穂の名前を出すや、

「あれ?

 二人ともどうしたの?」

登校してきた美穂が望と葵に声を掛けたのであった。

「何でジャージを着ているの?」

「いやまぁ、

 なんか制服がきつくなっちゃって」

「ちょっとぉ、

 そうじゃないでしょ?」

「どうかしたの?

 あれ?

 二人とも背が伸びた?」

望と葵を見上げながら美穂は尋ねると、

「そうよ、それよ!」

と葵が食って掛かる。

「なっなによ…」

葵の言葉に美穂は驚くと、

「ねぇ、あなたが頼んだ栄養剤飲んだら、

 見ての通り、あたしと望の背が…」

と葵が言いかけたところで、

「あおいせんぱぁぁい!」

の声と共に陸上部の後輩の伴恭助がやってくると、

「葵先輩、

 先輩に貰った栄養剤を飲んだら

 こんなに胸が腫れてしまったんですけど」

と訴えながらツンとYシャツを突き上げている自分の胸を強調してみせる。

「あらあら、

 体質に合わないなら飲むのを止めた方が良いよ」

「はぁ…

 でっでも…」

「何か文句あるの?」

「いえっ、

 なんでもありません」

葵の剣幕に恭助は臆してしまうと、

「ちょっと、私に黙って恭助君に薬をあげたの?」

「別に良いじゃない」

「良いわけないでしょう?

 他にあげた人はあるの?」

「忘れちゃったわよ」

「ちょっとぉ!

 それってどういうこと?」

「きゃっ何をするのよ」

「思い出してよ」

「うっうるさぁいっ」

「あっやったわねぇ」

「そっち先に手を出したんでしょう?」

「ちょっとやめてぇ!」

取っ組み合いを始めだしてしまった二人の間に美穂が割り込むと、

「とにかく、放課後に事情を聞きます」

と言ってその場を収めたのであった。

そして放課後、

美穂は望、葵、恭助から事情を聞くと、

「要するに他に栄養剤を飲んだ人は居ない。と言うことね。

 とにかくこの栄養剤を飲むのを止めた方が良いわね」

と話を聞いた美穂は頷きながら言うと、

「残った栄養剤はどうすれば良い?」

「私が預かっておく。

 で、お父さんに調べてもらうね」

「そんな…」

「葵先輩、仕方ないですよ」

「回収とか言って、

 勝手に飲んだりしないでよ」

「そんな事しないわよ」

次の日から望達は栄養剤を飲まなくなったが、

「全然元に戻らないよ。

 これじゃぁまるで男だわ」

そう言いながら望がシャツを捲ってみせると、

真っ平らになった胸と割れた腹筋が露わになる。

「あらら、

 すっかり逞しくなっちゃって」

「それより預かった栄養剤を分析してもらった結果はどうだった?」

美穂が父親に頼んで薬の分析をしてもらった結果について尋ねると、

「分析の結果、性転換薬である事が分かったの」

「はぁ?

 なにそれぇ?」

「元に戻す方法は?」

「飲んだ量が少量なら数日で戻るけど、もう手遅れね」

「手遅れって…そんな無責任なぁ」

「とかなんとか言っちゃってぇ、

 望のお股から突き出しているのは何よ?」

「うっ、

 こっこれは…」

「もぅ、そんなにオチンチンを大きくしてぇ」

「だってぇ

 おっオナニーだけじゃ物足りなくて」

「ちょっとぉ

 何するのよ」

「いっいいじゃないかよぉ、

 美穂がおっ俺をこんな体にしたんだろう。

 せっ責任と取ってくれよぉ」

「やだ、脱がさないで。

 やめなさい!」

「はぁはぁ

 はぁはぁ

 おっ俺よぉ、

 もっもぅ我慢できないんだ」

股間を硬くしながら望は鼻息荒く美穂の服を脱がそうとすると、

「調子に乗るな!」

の怒鳴り声と共に望の股間に美穂の蹴りが直撃したのである。



一方、葵と恭助は葵の家で、

パンパンパン!

「はぁんっ」

「君って締まりが良いね」

「そっそんな事言わないで」

「あのさ、ずっと前から好きだったよ」

「あはんっ、

 葵先輩、私もです」

と言葉を交わしながら葵は恭助を突いていたのであった。



おわり