風祭文庫・異性変身の館






「荒野の再会」



原作・nao(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-289





手にした槍を杖代わりに突き、

足を引きずりながら荒涼とした大地を彷徨う一人の男が居た。

着ている服の袖や裾はすっかり擦り切れて繊維が解れ、

髪と髭は伸び放題である。

男は何処から来たのか、

何処に行こうとしているのか。

当の彼自身も判からず、

それどころか、

「誰か…

 誰か教えてくれ、

 俺は誰なんだ?」

同じ言葉を幾度も繰り返して男は赤茶けた大地を進んでいた。

そう、男は自分の記憶を失っていたのである。

そして失った記憶を取り戻すきっかけを掴むために

こうして旅を続けているのだが、

しかしいくら旅を続けていても何も掴めていなかったのである。



「はぁ」

不意に立ち止まった男はため息をつくと、

「いくら叫んで誰も分かってくれないよな」

と呟くや大きく枝を伸ばす木の陰に腰を下ろした。

男はこれまで彼は多くの人々と出会ってきたのだが、

しかし自分の話している言葉が彼らに通じなければ、

彼らが話す言葉も理解できないため、

情報が得る事も助けを求める事もできないのである。

それどころか何気ない一言で思わぬトラブルを引き起こしてしまった事もあり、

このような事もあってか旅を続けていくうちに

彼自身も人との接触を避けるようになってしまったのである。

しかも不幸は重なるもので、

「つっ!」

突然足に激痛が走ると、

シュルルルッ!

男の足元から一匹の蛇が逃げ出していく。

「しまったっ」

男が腰をかけた木の陰に毒蛇が潜んでいたのであった。

それに気づいた男はあわてて処置をしようとするが、

毒が回ってきたのか次第に意識が朦朧とし、

「ダメだ、

 あっ頭が…

 クラクラする」

そう言い残して男は気を失ってしまったのであった。



「うっ

 こ、ここは?」

男が意識を取り戻すと、

彼は洞穴の中と思われるところに寝かされていた。

「どこだ?」

意識を取り戻した男は上半身を起こし、

入り口と思われるところから差し込んでくる光をじっと見据える。

その時、

「大丈夫ですか?」

不意に話しかけられると、

「!!っ」

男は慌てて振り返った。

すると、男の横には一人の女が座っており、

じっと彼を見つめていたのである。

「あっアンタが俺を助けてくれたのか」

入り口から差し込んでくる光に照らされる女に向かって尋ねると、

「はい」

と女は微笑んでみせた。

「俺の言っている事が分かるのか?」

コクリ

「そっそうか」

女が自分の話している言葉を理解している事に男は疑問を持ちながらも、

自分の言葉が分かってくれる事に親しみを感じると、

「はぁ…話が通じる相手がいて助かったよ」

と安堵して見せた。

「だいぶ毒が抜けたようですね。

 この近くにあたしが住んでいる村があります。

 良ければそこに案内します」

「え?」

「ここは長く居るところではありませんし」

思いがけない女の申し出に男は他に行く当ても無かったので、

「じゃあ、そうさせてもらうよ」

と返事をすると

女は男に自分の肩を貸し村へと案内し始めた。

女の身なりは男と同じように草臥れた服を着ているが、

しかし手に持つ槍が放つ鋭い光は十分に殺気を放っていた。

やがて村につくと男と女の周りに村人達が集まって来ていろいろ話しかけてくるが、

「だめだ、何を言っているのか分からないよ」

相変わらず言葉が理解できない男は動揺してしまうと、

「あたしが話をします」

と言うと女は村人に男と出会った経緯を説明しはじめる。

「アンタ、この人達の言葉が分かるのか?」

「はい、ある程度の会話なら理解できます」

「アンタは誰なんだ?」

「私、実は自分が誰なのか覚えていないのです」

「そうか、俺もそうだよ」

「それよりも何で槍を持っているんだ?」

男は女が槍を持っている事について指摘すると、

「ここでは女であっても男と同じ様に戦士として戦わなければならないのです」

「へぇ勇敢だな」

男は女が暮らしている小屋へ案内され、

「俺とアンタは似た者同士だな」

「そうですね」

「もう自分が誰だったかなんてどうでも良い」

「記憶を取り戻すために旅をしていたのでは」

「でも、今はアンタと一緒にいられて幸せだよ」

男がそう言って女に抱き付こうとしたとき、

ゴロゴロ

ビシャァァァン!

突然、小屋の近くの木に稲妻が落ちるや、

「びっくりした」

「前にもこんな事があったような気がする」

「そうだ、あれは確か…」

とこの事件をきっかけにして二人は徐々に記憶を取り戻していき、

「もしかして、薫?」

「由梨なのか?」

「ごめんね、あなたまで巻き込んで」

不意に男が目に涙を浮かべると、

「気にするなよ」

「薫とまた会えて良かった」

「俺もだよ」

記憶を取り戻した二人の口調が変わったのは男が由梨という少女、

女が薫という少年だからであるのだが、

何者かに姿を変えられサバンナに飛ばされてしまったのだ。

「もう戻れないのかな」

「確か誰かが何かをすれば元に戻るって言っていたような気がするな」

二人は姿を変えられてからの記憶が途切れ途切れになっており、

考えているうちにいつしか二人は疲れていたのか眠ってしまった。

そして、

「あれ、ここは?」

「気が付きました?」

「私達は…?」

「あなた達、五日も意識を失っていたのですよ」

二人が目を覚ますと二人の姿が元に戻っているだけでなく、

辺りの様子が一変していたが

二人は自分達がどこにいるのかがすぐに分かると、

「さっき看護師さんが五日って言っていたけど」

「私、あそこに何ヶ月もいた気がする」

「でも、元に戻れて良かった」

「そうだね」

と呟くと病室から見える景色を眺めていたのであった。



おわり