風祭文庫・異性変身の館






「少年だった日」
(奈津美編)



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-205





『ねぇ、君達』

輝く日輪を背にして少年の声が響き渡る。

『なぁに?』

その声にお揃いのワンピースを着た同じ顔の少女二人が振り返ると、

『何をしているの?』

イガグリ頭の少年が興味津々そうに

祠を掃除している少女に尋ねた。

『なにって』

『見て判らない?』

『お掃除しているのよ』

その声に手を休めて少女は返事をする。

『へぇぇ、

 偉いなぁ』

少女の返事に少年は感心そうにうなづくと、

『ねぇ、

 見てないでちょっと手伝ってよ』

『そうよっ、

 手伝ってよ』

と少女達は少年に向かって命令をした。

『いいよっ、

 ねぇ、じゃぁ掃除が終わったらお礼に僕と遊ぼう』

少年はそう言うと、

『お礼に…』

『なんか変なの』

少女達は首を少しひねりながらも、

少年と3人で祠の掃除を始めた。

やがて掃除が終わり、

小奇麗になった祠を3人は誇らしげに見つめると、

『こっちに来て、

 秘密の場所に連れて行ってあげる』

と少年は笑顔を見せると、

二人をあるところへと連れて行った。

そして、そこについたと同時に、

『うわぁぁぁ』

『すごぉぉぃ』

奈津美と美芙由は目を大きく輝かせたのであった。

『へっへっ

 どうだ、

 凄いだろう、

 ここは僕達の秘密の遊び場さっ』

興奮気味の奈津美たちに少年は誇らしげに胸を張ったとき、

『奈津美ぅ、

 美芙由ぅ』

林の奥から大人の声が響き渡った。

『あっ、

 パパだ』

それを聞いた二人は慌てて振り返ると、

既に陽の光は西へと傾いていた。

『あっもぅ夕方だ』

『帰らなくっちゃ』

と少年に向かって話しかけると、

『そうか、

 もぅそんな時間か、

 人間はこれ以上ここに居てはいけないね』

少年は少し残念そうにすると、

『じゃぁ、

 明日遊ぼう、

 ここに来てね。

 約束だよ』

と言うと、

『うん、いいよ』

『約束ね』

少女達と少年は指切りをして別れていった。



「あれ、奈津美ちゃんに美芙由ちゃん

 二人そろって出かけるのかい?」

土間より表に出ようとしていた

杉石奈津美と双子の妹である美芙由をおばが呼び止めた。

「う、うん」

「ちょっと散歩に出かけようと思ってね」

「久しぶりに来た事もあるし…ねっ」

少しドキリとした顔で二人はそう答えると、

「そうかい、

 この辺はまだそんなに物騒じゃないけど、

 でも、気をつけて行きなさいよ」

とおばは奈津美たちを見送る。

「もう、おばさんったら…」

「わたしはもう子供じゃないんだから」

おばの言葉にそう言い返しながら、

少し嬉しそうに奈津美と美芙由は家を出た。


小さい頃

よく家族で遊びに来ていたおじ夫婦の家にひょっこりやって来たのは

奈津美と美芙由が社会人になって始めて迎えた初夏の頃だった。

お互いに違う職業に就き、

五月病やその他のトラブルをどうにかかわしながらも

慣れない仕事をこなしていた彼女達だが、

ふと思い立ったかのように誘い合わせて、

この小さな山村を訪れていたのであった。



「なんだか…」

「うん、寂しくなったような気がする…」

初夏と言うには少し熱い空気と

涼しげな風に包まれながら歩く二人の目に映る木々や田畑は

小さい頃とそんなには変わらない。

しかし、小さい頃に比べるとおじ夫婦も相応に年を取り、

また村自体もどこか寂しさを増していた。

そんな一抹の寂しさを感じながら

奈津美と美芙由は静かに歩き、

「確か…」

「この辺だったわね…」

二人そろって何かを探しながら川を遡る道を歩いていると

林の中へと続く小さな脇道が姿を見せてきた。

獣道とはいかないまでも当然舗装はされておらず、

本当に山道と言う感じの小さな道に、

「あっあれじゃない?」

「そっそうみたいね」

「うわぁぁ、

 ここはまだ変わっていないんだ…」

道を見つけた二人は驚きながらそうつぶやくと

そのまま脇道へと進んでいった。



サワサワサワ

サワサワサワ

森の木立は久方ぶりの侵入者に警戒してかざわめき

また、動物達も忙しく動き回る。

「あれ?」

「道に迷ったかしら?」

しばらく歩いているうちに奈津美と美芙由の足取りは迷い出し始めた。

小さい頃のかすかな記憶を頼りにしながら進んで来たものの、

12年の歳月は感覚を狂わし、

二人は目的の場所にたどり着けぬまま林の中を歩き続ける。

「まずいわよこれ…」

「どうしよう」

元来た道もわからない状態になり、

引き返すことも出来ぬまま、

奈津美と美芙由は不安にかられながら林を突き進んでいく、

すると、いくら歩いても変わらなかった林の風景に変化が起きた。

「あっ、あれ」

何かを見つけた美芙由が声を上げると、

「あ…やっと見つけた…」

続いて奈津美も声を上げる。

そう、二人の視線の先には

林の中にぽっかりと開いた小さな空間の中に

誇らしげに建つ小さな祠があった。



祠はこの辺りの土地神様を稲荷として祭ったもので、

12年前、

奈津美と美芙由が少年と共に掃除をしたあの祠であった。

「あの祠ってこんなに小さかったっけ?」

「子供だったからねぇ」

前にかがみながら二人は祠を見るが、

しかし、あまり手入れがされていないためか、

壊れてこそいないがどこか煤けていた。

「全然手入れがされてないみたい」

「あのとき、あたし達がしたままなのかな…」

祠を見ながらそうつぶやくと

奈津美は祠にかかっていた枯葉を払い、

美芙由は中に安置されている白狐像の頭のほこりを軽く掃う。

気休め程度でしかないのは彼女達もわかってはいたが、

それでもどこか思う所があるのか

それとも何かつき動かすものがあったのか。

形だけでもきれいになった祠に

奈津美と美芙由は静かに手を合わせた。

そして、徐に立ち上がると、

「この祠があったと言う事は…」

「確か、この近くに…」

「あった!」

立ち上がった二人が辺りを見渡すと、

ちょうど祠と向かい合う側から伸びる小さな細い道を見つける。

その道はちょうど少し大きな道と合流しており、

一方は本道につながる道である。

「やっぱり忘れちゃうものなのかな…」

「かもね」

全く見当違いの方向を歩いてしまっていた事に

奈津美と美芙由は気づいてため息をひとつつくと、

もう一方の方向へと歩き出した。

そして、

「わぁ…」

「キター!」

サワサワ…。

程なくして二人の目の前に広がったのは

少しゴツゴツした岩場と小さな浜辺にはさまれた小さな川原だった。

ここはあの日、奈津美達が出会った少年につれられてた

”秘密の場所”であった。

「ここは変わっていない…」

「うん」

そうつぶやきながら奈津美は川原を静かに歩く。

次の日にここで遊ぼう…

そう約束して少年と別れたのだが、

しかし、戻った奈津美達を待っていたのは、

急な帰京であった。

東京で留守番をしている祖母が倒れたとの知らせに、

一家はその日の晩のうちに発ったのだが、

急遽病院に搬送された祖母の病は大したことなく、

程なくして退院をしたのだが、

美芙由達がその村に再び来ることはこの日まで無かった。



「はぁ…」

奈津美は一人気ままに川べりを歩いていく、

小さい頃、おじの家の傍の川では無邪気に走っていたのだが、

だが、いまそれをするには既に彼女は大人になりすぎていた。

「そう言えば、あの時もそうだったわね…」

川辺に立ち辺りを見渡すうちに、

奈津美の脳裏に遠い記憶を遡る。


あの夏の盛りの日、

村のワルガキ達が村の川ではしゃぎ回ったり

釣りをしたり、

さらには山奥の村のためか赤褌姿で飛び込んだりする子もいた。

彼らに妹と一緒に奈津美も誘われてしまったが、

さすがに男子達と一緒になって遊ぶわけにもいかず

そのまま顔を怒りで赤くしながら

日に焼けたワルガキ達の戯れを見ているだけだった。

そんなワルガキ達も

今ではおそらく遠くの大学や会社に勤めており、

村に残っている者達も田畑作業で顔を見る事はない。

「もうあの頃には戻れないんだ…」

そうため息をつきながら奈津美は改めて回りを見渡す。

おじの家の前を流れる川はその後行われた護岸工事で

姿を大きく変えてしまっているが、

ここでは川の流れも、木々の景色も変わらなかった。

けど、自分達だけはめまぐるしく変わって行く。

そんな寂しさが奈津美の心を沈ませるが、

初夏にしては暑過ぎる空気が思考をさえぎる。

「暑いわね…」

額の汗をハンカチで拭うがまだ暑さは収まらない。

寂しさの替わりにいらだちが彼女の心を占める。

ふと周りを見ると妹の美芙由の姿が見えなかった。

「あれ?

 美芙由?

 まっいいか、

 ふふっ、

 あたし一人か…やっちゃおうかな…?」

奈津美は顔を上げると辺りを見廻す。

当然の事ながら川の流れと岩と木々以外誰の気配もない。

「よし、やるか!」

そう言うと彼女はそっと背負っていたナップサックを下ろすと、

靴下もろとも靴を脱いで岩陰に置く。

さらにそれだけに止まらず

上着の裾に手をかけると一気に引き抜く。

プルン。

少し大きめの乳房が戒めを解かれ上下に揺れた。

そして、ズボンの裾に手をかけると

そのままショーツごとひき下ろした。

「ふぅ…やっちゃった」

文字通り一糸まとわぬ姿になった奈津美は

そのまま大きく大の字に体を広げる。

あの時のワルガキ達と同じ様にこの川原ではしゃぎ回りたい。

それが彼女たちがここに来た目的の一つである。

そそくさと脱いだ服をたたむと奈津美は静かに川の中に足を入れる。

ぽちゃり。

「きゃっ」

水の冷たさに思わず足を引っ込めるが、

しばしの後意を決して川の中に足を踏み入れる。

「ふぅ…」

川の冷たさにようやく体が慣れてきたのか

一心地つくと奈津美はそのまま川の中で泳ぎ出す。

ザバッ、

ザバッ、

ザバッ…

川の中であたかも人魚か水の精のごとく裸身を泳がせる奈津美。

その光景はまさに一つの風景画の様であったが、

彼女の心にはどこか物足りないものがあった。

ザバッ!

泳ぐのを止めた奈津美はそのまま近くの岩場に手をかけると

そのままよじ登り、腰を下ろす。

「ふぅ…」

心地よい泳ぎ疲れに加え森の中で、

しかも生まれたままの姿で泳ぐ感覚は決して悪いものではない。

しかし…

「やっぱり違うのよね…」

小さくため息をつきながら奈津美はそのままの姿勢で肩を落とすと、

「わたしは女で、

 しかももう大人…

 あの時みたいに無邪気にはしゃぐなんてできないんだ…」

寂しそうに呟き大きなため息をつく。

「せめてこの一瞬でもいいから

 あの時に戻って一緒にはしゃぎたいな…」

と心の思いを口にしたとき、

奈津美は後に誰かがいる気配を感じると、

「誰?」

そう尋ねながら振り向いた先には一人の少年が立っていた。

年の頃は10歳位か、

イガグリ頭にいかにもワンパクそうな顔立ち。

そして、小麦色に日焼けした肌と、

それを覆うランニングシャツと半ズボン。

まさしく12年前、

奈津美たちとここで遊ぶ約束をして果たせなかった少年であった。

「あっ」

あの時と同じ姿の少年を見つめ、

奈津美が小さく声を上げるが、

「きゃっ」

その直後、奈津美は思わず体を丸めてしまった。

「やっやだぁ、

 どうしよう」

一糸纏わぬ自分の姿に奈津美は顔を真っ赤にしていると、

その姿を少年は興味深そうに見つめる。

「な、何よ、見ないでよ…」

顔を赤くしながらなおも奈津美は身を縮めた。

しかし、少年はそのまま近付くと、

「お姉ちゃん、

 そのカッコで一緒に遊びたいんでしょ?」

と笑顔を浮かべる。

完全に見透かされてしまった事で

奈津美の感情は頂点に達してしまう。

「ち、違うわ!

 わたしは只少し熱いから水浴びしてただけなの!

 早くどこか行ってよ!

 恥ずかしいわ!」

思わず奈津美はそう怒鳴ってしまうが

「ふふっ

 お姉ちゃんの願い、

 僕が叶えてあげるよ」

と言うとそのまま奈津美の背中に近付き、

ムニュッ。

背後からその柔らかいふくらみを優しく、

そしてしっかりとつかんだ。

「キャッ!」

少年の行為に奈津美は一瞬仰け反り

慌てて左腕で胸を押えたまま右腕で少年を追い払おうとするが、

少年はそれをヒラリとかわすと、

ドッパン!

川の中に飛び込む。

「こらぁ!」

少年を追って奈津美は川に向かって怒鳴ると、

次の瞬間、

バシャーンッ!

「ひっ!」

文字通り飛び出すように水面から現れた少年が

その勢いで奈津の太ももをつかんだ。

「ち、ちょっと、

 いたずらにも程が…きゃっ!」

ドボンッ!

そのまま奈津美は両足から水中に引き込まれる。

ボコボコ…

ブクブク…

“く、苦しい…”

奈津美は必死でもがくが、

なぜか水面には上がれない。

手が届こうとするとなぜか弾かれ、

再び川底の方に体が沈んでしまう。

まるで孤を描く様に彼女は浮上と沈下を繰り返す。

“は、早く上がらなきゃ…早く…早く…”

そうしているうちに彼女の体に少しずつ変化が起きていた。

全身が少しずつ小さくなってゆき、

手足はどんどん短くなってゆく。

柔らかく膨らんでいた乳房も空気の抜けた風船の様にしぼんでゆき、

セミロングの髪が抜け落ちながら水に溶けてなくなると、

その後から短く刈り込んだ少年の髪が出てくる。

そして足の間からは小さな肉の塊―そう、

まだ幼い男性の証が姿を見せていた。

社会人一年生の女性から一気に幼い少年の姿になった事にも気付かず、

奈津美は何度も往復を繰り返し、

そして…。

ザパッ!

「ぶはっ!」

ようやく水面に顔を出した奈津美は

息も荒げに岩に身を乗り出し何とかよじ登った。

すると、

「夏男、

 そこにいたのかよ。

 本当に泳ぐのが好きだよな〜」

そこにいたのは日に焼けた肌をした

あのイガグリ頭の少年だった。

しかも彼一人だけではなく、

その周囲には同じ小学生ぐらいの少年が3、4人姿を見せる。

そして、

「心配したぞ夏男」

「暑いからって裸で泳いでるんじゃないぞ」

と少年達は口々にそう言ってくる。

良く見ると裸なのは自分だけで

目の前の少年はもちろん他の少年達も半ズボンにランニングのシャツ、

頭には麦藁帽子と言う正統派の夏遊びの衣装をしていた。

「あ…

 あれ…

 僕…あ、そうだ!」

奈津美―夏男の脳裏に記憶が甦る。

そうだ、僕は夏休みでみんなで川に遊びに来たんだ…

「ごめん、一人で先に来てたんだけど、

 暑かったからちょっと一泳ぎしてたんだ」

夏男はそう言うとポリポリと照れくさそうに頭をかく。

「まったく、

 早く服来て釣りしようぜ。」

少年はそう言うと手にしていた釣竿をかざす。

夏男は慌てて岩から降りると岩陰に隠していたパンツと半ズボン、

そしてランニングシャツを身につけると釣竿を手に飛び出した。



「おっ、釣れた釣れた〜」

「ちぇっ、また餌取られた…」

釣れたり釣れなかったり。

子供達の釣りはしばらく続いていたが、

あまりの暑さに耐えかねた様で、

「あ〜、もうガマンできないや。

 みんな、泳ごうぜ!」

一人がそう言い出すと誰ともなく釣竿を岸辺に転がし、

ガバッ!

バサッ!

文字通り服を脱ぎ捨てる。

もちろんズボンの下には海パンをはいているのはお約束だ。

一同揃って川に飛び込む。

もちろん夏男も釣りより泳ぐのが好きらしくそのまま川に飛び込んだ。

バシャン!

バシャン!

「わははは…」

「きゃはは…」

日に焼けた肌をさらしてまるで河童のようにはしゃぎ回る子供達。

その光景はにぎやかそのものである。

「ほらほら、潜水艦だぞ〜」

浅瀬で一人が浮上する潜水艦のまねをする。

「いやっほう!」

別の一人が少し高い岩から水面目がけてドボンと飛び落ちる。

「それっ!」

夏男も浅瀬で他の少年にふざけて飛びかかる。

本当に理屈も何もない、

ワルガキ同士のふざけあいがそこにあった。

しかし、楽しい時間は早く過ぎ、

いつの間にか夕暮れ時になっていた。

「みんな、もう帰ろうぜ」

一人がそう言うとみんな名残惜しそうに川から上がり、

散らかっていた服を拾いながら身につけて行く。

そして、

「夏男、先に行ってるぞー」

そう行ってみんなが引き上げたあと、

まだ名残惜しそうに泳いでいた夏男はゆっくりと川から上がり、

岸まで辿りつくが、

「…う…少し泳ぎ疲れた…」

そう言うとそのまま岩にもたれそのまま眠りについてしまった。

茜色の景色の中、

すやすやと寝息を立てる夏男の前に

あのワルガキ達の一人が現れると、

「…お姉ちゃん、

 願いがかなって良かったね。

 僕も久しぶりにいっぱい遊べたし…
 ありがとう、

 お姉ちゃん。」

少年はそう告げると、

フワッ

少年の腰より黄金色の毛をふさふさと生やした尻尾が現れる。

そして、頭に耳をピンと立てると、

少年…いや、人の姿をしたキツネは

満足した表情で林の中に消えて行った…



「…ハクシュン!」

大きなくしゃみを一つ放って

奈津美はゆっくりと目を開ける。

「あれぇ?

 裸で寝ちゃったからかな…」

そう呟きながらゆっくりと立ち上がると、

長い手足を伸ばしながら柔らかな乳房を湛えた胸を反らす。

もちろん股間には何の塊もなく

うっすらとしたベールだけがそこを覆っている。

「そう言えば

 確か変な男の子に川の中に引っ張りこまれて…

 そして…

 あっあれ?」

奈津美は不意に脳裏に浮かんだ疑問を呼び戻そうとするが、

確かな様でおぼろげな記憶しか浮かばない。

「夢だったのかな…」

そうつぶやきながら回りを見渡すと、

きちんとたたんでいたはずの服と

ナップサックがあちこちに散らばっている。

「あれれ?

 きちんとたたんだはずなのに…」

首をかしげながら奈津美は服を広い集め、

そそくさと身につけていると、

「あっいたいた」

と妹の美芙由の声が響いた。

「美芙由っ、

 何所に行っていたのよ」

美芙由の姿を見つけた奈津美は声を上げると、

「それは、こっちの台詞よっ

 もぅ、奈津美ったらどこか行っちゃうんだもん」

と美芙由はふくれっ面をしてみせる。

すると、

「もぅ、遅くなったし帰ろうか」

そんな美芙由に奈津美はそういうと、

「そうだね」

と二人は少し名残惜しげにその場を後にした。



もし、二人が祠に目を向けていたなら、

そこには全身びっしょりと濡れたキツネの像が見えたはずなのだが、

今の二人にはそれを感じる事もなかった。

「ただいま〜」

「つかれたぁ」

「お帰り、

 なっちゃんにみっちゃん、

 お風呂湧いてるよ」

何事もなく帰りついたのに自然と反応するようにかけられるおばの声に

奈津美と美芙由は二人そろって返事をすると、

「奈津美っ

 先に入っていいよ」

と言うと、

そそくさと部屋へと向かってしまった。

「?

 美芙由らしくないなぁ」

いつもならここで喧嘩になるところなのに、

あっさりと引いた美芙由の態度に

奈津美は首をひねりながら脱衣所へと向かっていった。

そして

「あれ?」

服を脱いで姿見に体を映した時、

奈津美の肌が初夏の日差しを浴びたにしては

こんがりと焼けている事に気付いた。

まるで丸一日夏の日差しに裸をさらしていたように…。

そして、只一箇所、腰の辺り

ちょうど男子用の海パンの形に

白い肌が姿を見せていたのであった。

「うっそぉ!

 これって…はっ!」

驚きながら奈津美がそうつぶやいた時、

あの記憶がありありと甦る。

なぜか少年の姿になり、真夏の川辺で遊び回った記憶が…

その途端、

「うふっ」

驚いていた口の形が変わると思わず笑みが漏れる。

日焼けした肌がお湯にしみる痛みも

今の奈津美には嬉しい感覚に思えていた…


「どうしたの杉石さん、

 妙に元気がいいけど…」

「ええ、わたしはいつでも元気いっぱいですよ。」

休み明けの職場。

いつになくはつらつな奈津に上司が首をかしげる。

あの初夏の日の出来事は

彼女の心の中でいつまでも活力の一つとして輝き続けるだろう。

「さよなら、

 そしてよろしく“少年だった日”…なんてね」

そんな呟きを彼女以外の誰も聞く事はなかった…



おわり



この作品はにカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。