風祭文庫・異性変身の館






「アンカー」
(後編)



原作・にこちんたーる(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-033





「お金さえあれば」

彼女は、そう言っていた。

そのために、彼女は不慣れな肉体労働のバイトをし、

あたしを買うためのお金を手に入れたのだ。

あたしは、そんなの耐えられない。

この肉体と、そんなにつきあっていくのは絶対にイヤだ。

お金があるところは分かっている。

あたしの家だ。

ママが、こっそり貯めている5万円。

あたしがそれを見つけたとき、ママはこう言った。

「リエちゃんにもしものことがあった時、これを使うの」

その時はなんて適当な言い逃れだろうと思ったけど、

今となってはその言葉がいかに正しかったかが分かる。

あたしの身に起こった、この非常事態。

これ以上の「もしものこと」があるだろうか?

狙うのは平日の、午後4時すぎ。

パパは仕事に出ているはずだし、ママは買い物に行くはずだ。

つまり家には、誰もいない。



庭に入ろうとして、急に吠え声がした。

ペスが、しきりに吠え立ててくる。

いつもだったらちぎれんばかりに尻尾を振って飛びついてくるのだが、

今日は牙を剥き出しにして精いっぱいに威嚇してくる。

人相だけでなく、臭いも全く違っているのだろう。

そのぐらい、あたしにだって分かる。

いまだかつて、自分の口臭をこんなに嫌悪したことはないのだから。

腕と尻を数箇所かまれたが、そんなことを気にしちゃいられない。

隣のイイジマさんの奥さんが、不審そうにあたしを見ていた。

やばい。

そう思いながらも、あたしは何かとてつもなく腹立たしくなってきていた。

あたしの家にはいるのに、何が「やばい」のか。

もちろん、分かってはいる。

さっき、大窓のガラスに大きく自分の姿が映し出されていたのだ。

みっともないデブで禿の中年オヤジが、そこにはいた。

あたしだけど、あたしじゃない。

不審者に他ならない。

…いそがなきゃ。



ママのへそくりは、

書斎の奥の棚の、めったに使わないタウンページの間に挟まっている。

「あった…」

声を出さずにひとりごちる。

はじめからこうしておけば

こんな身体になることもなかったのにという思いが脳裏をよぎる。

でも、これでもう大丈夫。後は馬鹿な女を引っ掛けて…

引っ掛けて…

その続きを想像したとき、またあたしに「あの感覚」が襲ってきた。

もう、どうすることも出来ない。

男ってみんなこうなんだろうか。

いや、きっとその大昔のもてない男が、人一倍性欲の強い人間だったのだろう。

さすがに、こんなところで思い切り自慰にふけるわけには行かない。

それはわかっているのだがどうにもやるせなく、

安物のスラックスの上からそのモノをなんとなくこする。

と、妙に間接的なその刺激が新鮮で、たちまちにその虜となってしまった。

いつしか、書斎にあたしのゼイゼイという独特の息遣いがこだましはじめた。

そして…

「ううっ」

自らを本当に情けないと思いながら、あたしはその場で射精した。

当然と言えば当然の結果として

ただでさえ汚らしかったブリーフとスラックスの中が、

ベチャベチャになってしまった。

あわててそれを脱ぎ捨て、

トイレに行って毛だらけの太腿に付いた精液を拭い取る。

この行為にも慣れてきている自分に気付いて、

あたしはまた泣きそうになってしまった。

だが、泣いている場合ではない。

あたしは、急いでパパの寝室に向かうとクローゼットを開け、

適当にそこにあったスラックスをはこうとした。

「…やだ、嘘っ」

入らないのだ。

あたしの肥満した毛だらけのお尻は、

スマートなパパの為にしつらえた上物のスラックスに

とても入りきるサイズではなかった。

だが、時間がない。

三段腹を可能な限り引っ込めて、

無理矢理押し込んでファスナーをなんとか半分ほど上げる。

異様に股間のモノのシルエットがくっきり浮き出てしまった。

この上なく恥ずかしいが、仕方がない。

あたしが逃げようと玄関へと向かおうとした途端、

ビリ、と大きな音を立ててスラックスの尻が裂けた。



突然、聞き覚えのある声がした。

「誰、そこにいるのは!?」

ママ…ママの声だ!

まさか、こんなに早く帰ってくるなんて…

そう思って時計を見ると、すでに二時間以上が経っていた。

どうしよう。まずい。まずい。

今のあたしは…留守宅に忍び込んで

服と現金を持って行こうとしている不審な中年男。

紛れもない窃盗犯だ。

冗談じゃない!

捕まったら元に戻る、つまり

女の子と寝るチャンスなんてあるはずがないじゃない!

逃げなきゃ。

あわてて身をかがめる。

この大ぶりのソファの裏なら、

思い切り小さくなれば部屋のほとんどの位置から死角になるはずだ。

過去に何度か経験がある。

そう思ったのだが、今の自分の身体のことを、あたしはすっかり忘れていたのだ。

でっぷりと脂肪がついて突き出たおなかと、

異様に固い関節が障害となって、上手くソファの裏にもぐりこめない。

冷や汗が噴き出してきた。

つんと鼻につくオヤジ臭が、

あたしの身体のそこかしこから立ち昇ってきた。

胸がむかむかして吐き気がするのは、自己嫌悪によるものだけではなく

あたしのこの肉体が、過度の緊張によって悲鳴を上げているからだろう。

もう嫌だ…

その瞬間、背中に激痛が走った。

何が起こったのか理解できないまま振り向くと、そこにはママがいた。

手には、冷たく光る金属の棒が握られている。

パパのゴルフクラブだ。

「まっ…」

ママ、と言おうとしたが、背中のダメージのせいか言葉にならない。

「誰なの、あなたは」

ママも相当おびえているのだろう。

凶器で人を殴ったりなど、普段はとても出来ない人なのだ。

「でっ、出て行って!警察を呼ぶわよ」

「あ、あたし…」

分かってもらいたい。

ねえ、あたしなの。あたしなのよ!

こんな姿になっちゃってるけど、ママのことが大好きなリエなのよ!

そう言葉に出して言いたいが、

自分の声をあらためて聞いた瞬間、絶望に叩きのめされた。

野太い、紛れもないオヤジのだみ声だ。

客観的に聞いたとしても気分が悪くなるに違いない、下品でいやらしい声だ。

ママに、伝わるはずがない。

涙があふれてきた。

つられて、嗚咽も。

「ふっ、うっ、うぐうっううう…」

低くて太い、唸るような嗚咽が、あたしの意思とは無関係に喉の奥から漏れてくる。

あたしは、たるんで無精ひげにおおわれた頬を伝う涙を拭うこともせず、

ただ泣く事しか出来なかった。

ママは、あっけに取られた表情であたしを見つめていた。

それはそうだろう。

自分の家に押し入った中年オヤジが、突然恥も外聞もなく泣き出したのだ。

だが、それがどんなに不気味で滑稽な情景か、

その時のあたしには想像もつかなかった。

頭のどこかに、「優しいママ」への甘えがあったのかも知れない。

はたして、ママは口を開いた。

「…分かったから」

す、とゴルフクラブを降ろす。

まさか…ママ…

分かってくれたの!?

「出て行きなさい」

静かな口調だった。

精神異常者だと思って、刺激してはまずいと思ったのだろう。

だが、その時のママの目が、何にも増してあたしの心を深くえぐった。

ママが、あのママが、あたしにおびえている。

「違う…」

思わず口を開いたあたしの言葉に覆い被せるようにして、

ママはつとめて冷静に、だがしっかりとした口調で

「出て行きなさい」

と言った。

もう、どうすることも出来なかった。

玄関に向かって歩き出したあたしの両目から、再び大粒の涙がこぼれ始めた。

もはや、嗚咽などではない。

号泣していた。

背後で、ママが警戒を解くことなくじっと見ているのが分かる。

あたしなのに。

今朝までママに、この世界で一番愛されていたあたしなのに。

後から後から、涙はとどまるところを知らない。

玄関の扉を開くと、そこには

ちょうど仕事から帰ってきたパパがいた。

突然、自分の家から見知らぬ男が号泣しながら出てきたことに呆然としている。

「う…うぐっ…い、いっ…いって、きます」

精いっぱいの気力を振り絞ってそう言い残すと、

あたしはパパを突き飛ばして駆け出していた。

あたしは、あなたの娘です。

またきっと、すぐに、あなた達の愛する娘の姿にもどって、ここに帰ってきます。

だから、ほんのちょっとの間、「いってきます」。

走るたびに、全身の脂肪が波を打つ。

中年男の身体が早くも限界を感じてゼイゼイと臭い息を切らしはじめた時、

遠く後ろの方でパトカーのサイレンが聞こえた。

さらなる力を振り絞り、あたしは走った。

ポケットのなかの、5枚の一万円札を握り締めて。



走りに走り、フラフラになって、ようやく

女子高生がたむろしているスポットにたどり着いた時には

もう日はすっかり落ちていた。

そこかしこに、制服の少女達が何をするとでもなく立っている。

彼女達の姿を見ただけでむらむらと興奮してくる自分に驚き、

心底嫌気が差してきた。

どうして、あたしがこんなことを。

今まで、買う側のオヤジたちを心の中で嘲笑いながら相手していたあたしが、

今から女の子を買おうとしているのだ。

情けない…

だが、右手をぎゅ、と握り締めて思い直す。

あたしは、家に帰るんだ。

帰って、パパとママに「ただいま」って言うんだ。

そのためには、どんなみっともないことだって…

あたしは手近にいた一人の女の子に声をかけた。

ショートカットが爽やかな、一見清純そうな子だ。

「ね、ねえ、あたしと、しない?」

「はあ?」

「あたしと…」

「馬―鹿、きもいんだよデブ」

「でもほら、お金なら、ほら、あるから、ね?」

「てめーみたいな豚には一億積まれたってごめんだね」

「ひ、ひどい…」

「おいおいあんたいい歳して泣くなよ、気持ちわりいな」

「あ、待って…」

豚、という言葉はかなりこたえた。

そうか、今のあたしは豚なのか…

だが、いつまでも泣いているわけにもいかない。

そこらじゅうにいる子達に、片っ端から声をかけた。



「あの…」

「うっぜえんだよあたしの視界に入ってくるなよ」



「あの…」

「死んでくれないかな、悪いんだけど」



「あの…」

「…」

「あの…?」

「…」

「あの」

「無視られてんだよいい加減気づけよおっさん」



どれだけ頑張っても、OKは返ってこない。

誰か、誰でもいいの、

あたしを元に戻して…

ふと、隅に立っている、気の弱そうなブスを見つけた。

「あ、あれは…」

パシリの、シホ!

あいつも、援助なんてやるんだ…相手、いるのかな。

しかし、どうして知った顔がいたのに気付かなかったんだろう。

そう考えた時、自分が無意識に彼女を避け、

いかにもオヤジ好みのタイプにばかり声をかけていたことに気付いて、愕然とした。

あたし、嗜好までオヤジになってきてるの!?

頭を抱える。

わずかなうぶ毛が、油っぽい大量の汗によって

べったりと頭皮にはりついているのが分かる。

そうよ、誰でもいい。

あたしは、もとに戻れればそれでいいんだから…

「ねえ、あたしとしない?」

シホは、あっけにとられてあたしを見た。

すかさず、万札をちらつかせる。

「タダとは言わないからさあ」

口調と声の調子が、自分でもびっくりするほどいやらしい。

「…ください」

シホが、ぼそりと言った。

「え、なに?欲しいの?」

思わず、にまりと笑顔になる。

見るものに不快感しかもたらさない、

それはそれはいやらしい顔であったに違いない。

「馬鹿にしないでくださいって言ったんです!

誰があんたみたいなブ男とやるもんですか!」

シホは薄い眉毛のあいだに深い縦じわを3本作ってそう言い捨てると、

一目散に走り去っていった。

打ちのめされた。

あんな女にまで。

あたしが直接ぱしらせていたわけではないにせよ、

心のどこかですっと馬鹿にしつづけていた、

あんなブスにまで否定されるくらい、

今のあたしは醜いっていうの?

あんまりじゃない!

あたしが何をしたっていうの?



「お・じ・さん」

声をかけられてから、それが自分のことだと気付くまでしばらくかかった。

「あ…あたし?」

「あはははは。そのオカマキャラ面白いよね」

「あんたは…」

あたしが最初に声をかけた、あの少女だ。

「カナって言うの」

ぺこりと頭を下げる。

「さっきは…なんていうか、あたし気が立っててさ。

よく見たらおじさんかっこいいんだもん。

せめて、ひとこと謝りたくてさ」

にっこりと笑う。

「ごめんね」

そういえばこの子、あたしが泣き出したらフォローしてくれたんだっけ…

いい子なのかもしれない。

「それでね」

ば、とあたしのぶよぶよのおなかに抱きついてきた。

髪のいい匂いが、あたしの鼻腔にふわりと広がる。

「もし良かったら、カナと遊んでくれない?」

あまりにも突然のことで、一瞬理解できなかった。

「…え?」

「駄目?」

「だ、だ、駄目じゃない、駄目じゃないよぜんぜん!」

「良かったあ、そうだよね、ここが遊びたいって言ってるもんね」

いたずらっぽく笑いながら、あたしの股間をなでる。

そこには、ぱつぱつのスラックスのなかで

パンパンになって切なく自己主張を続けるあたしのペニスがあった。



「こっちこっち」

カナが、あたしの手を引いて歩く。

「こっちに、とっておきのホテルがあるんだ。

すごい天井が高くてね、気持ちいいんだよ」

「ああ、そう…」

高まってくる性欲をもてあましながら、一方であたしは罪悪感を感じ始めていた。

もし、この子と無事セックスすることが出来たら、あたしはもとに戻れる。

でも、それは同時に、この子にこの無様な肉体を押し付けることになるのだ。

もちろん、仕方がないことだ。

あたしは、もとに戻るんだから。

家に帰るんだから。

仕方がないのだが…

「着いたよ」

「え?」

「ここ」

そこは、表通りからそうとう深く入った裏路地だった。

「…え?」

「ほら、天井高いでしょ?」

上を見ると、星が瞬いていた。

「ヒトシ、いーよお」

カナが、思い切り叫んだ。

「え?え?」

「ったく、遅いから待ちくたびれて眠っちゃったよカナちゃ−ん」

路地の陰から、身の丈190cmはあろうかという若者が顔を出した。

ボウズ頭を金髪にして、両耳に2つずつピアスを光らせている。

なかなか整った顔立ちで、

あたしが普通のときだったらちょっと狙っていたかもしれない。

だが。

「あー、このおじさん?こんばんわあ。

うっわ、なかなかロックな顔してるじゃない。

この面で援交かあ…で?カナいくらだったの?」

「あたし5万だって」

「渋い!オジサン商売上手だなあ、ぼくにも欲しいよその根性。

ほら、出して」

「え?」

「分かってるくせにい。5万なんでしょ?

…そう、ありがとう。やっぱり大人は話が分かるね」

「あ・・は・・あは…さ、3P?」

自分でも、下手な冗談だと思った。

いつもの状態ならともかく、今この状況で言うべきではなかった。

「さんぴい?

 何それ?

 ぼくガッコ行ってないからわかんなーい。

 さんぴい、さんぴい…」

ぽん、と手を打った。

「あ、分かった」

どどどん、と、彼の拳があたしの腹にめり込んだ。

「3パンチ?」

げえ、とあたしはなんだかわからない胃の内容物をアスファルトの上に吐き出した。

それをきっかけに、あたしは空が白み始めるまで延々なぐられ、蹴られつづけた。

「痛い、痛い!やめて、許して…」

最初のうちこそそう叫びつづけていたが、

人に殴られる、という経験がほとんどなかったあたしは

やがてショックで思考が半ば停止してしまい、

ただただ呆然とその攻撃を受けつづけるしかなかった。

その間、残った半分の思考で、

「裏切られた」「やり損ねた」「やりたい」「戻りたい」

といったような単語を、幾たびも反芻していた。

彼らは飽きると言うことを知らず、

そのリンチに終わりはないようにすら思えたが、

たまたま朝になってその近所を通りがかった巡査によって、あたしは保護された。



「おじさん、災難だったねえ。

あいつらけっこうオヤジ狩りの常習でさあ。

金とって終わるだけじゃなくてその後のリンチがすげえんだ」

逮捕されたカナ、ヒトシとともにそのまま警察署での事情聴取を求められ、

あたしは取調室で質問を受けていた。

「大丈夫?

ちんちんなんだかひでえことになってるけど」

確かに、あたしの股間はひどく膨れていた。

「今医者呼んでるからね」

「あ、あの…」

「あたしの五万円…」

「は?」

「とられたんです。あれがないとあたし…」

「ああ、大丈夫だって。いま向こうで取り調べやってるから」

その時、扉が開き、もう一人別の、若い刑事が入ってきた。

「シマダさん、ちょっといいですか?」

「あいよ。ちょっと待ってなよ。向こうの取調べもそろそろひと段落つく頃だ」

そう言い残して、シマダとかいう温厚そうな刑事は出て行った。

代わって入ってきた刑事は、煙草に火をつけるとあたし見ずに言った。

「俺は向こうであのガキども相手に取り調べやってたんだけどよ」

まずそうに煙を吐く。

「あんたがあのカナって娘を5万で買おうとしてたってのは本当なのかい?」

「いや、それは…」

「あいつ、いくつか知ってる?16だよ16」

「あ…でもこれにはわけが…」

いきなり机をガン、と蹴る。

「わけが有っても無くてもさあ。分かるよねえおっさん。

犯罪だよねえ、買春。駄目だよねえ」

「は、はい・・」

まだほとんど吸っていない煙草を、灰皿に押し付ける。

「後さ、シマダさん、いいすかあ」

さっきの刑事が、手に何かの紙を持って入ってきた。

むっつりと押し黙ったまま、あたしに向かってそれを広げてみせる。

そこにはモンタージュ写真が印刷されていた。

ほんの一日かそこら前まではちっとも知らない顔。

今や、嫌というほど見知ってしまった顔。

ブサイクで滑稽な、禿げ上がった中年オヤジの顔。

あたしの、顔だ。

「これ、あんたに似てるよなあ」

「え・・どうして…?」

「住居不法侵入、金品強奪!どうなんだよこれ?ええ?

遠山さんとこに押し入って、オナニーして、やりたい放題だなあんた。

極めつけに殺人未遂ときたら、

こっちだってこれくらいのもんは作るんだよ」

「殺人…?」

「…未遂。トオヤマユウジさん、頭打って意識不明の重態だぜ」

「う…そ…」

「自分で突き飛ばしといて嘘も何もねえもんだ」

「いやああああああっ!」

「静かにしねえか」

温厚そうだったシマダが、ドスをきかす。

「違うんです!あたしは、あたしは違うんです」

そう言いながらも、膨れあがった股間はぎりぎりと切ない自己主張を続けている。

「はいはい分かったから、なあおっさん。

 何が違うのか、ゆっくり聴かせてもらうからな」

若い刑事は平べったい笑顔を貼り付けたまま、あたしの顔面を殴りつけた。

一度は止まった鼻血が、油っぽい団子鼻から再び吹き出る。

「あた、あたし、トオヤマ…」

顔を抑えながら必死で弁明しようとするあたしの股間を、

若い刑事は続けて思い切り蹴り上げた。

「うぐッ…」

たった一日前まで味わったことの無かった痛みが、

そして永遠に味わうことの無いはずだった痛みが、

屈辱感を伴って下腹部を駆け巡る。

「まず、その『あたし』ってのをやめてもらおうか。気持ち悪くてしょうがねえや」

手錠をはめながら刑事は言い放った。

「そんな立派なもんぶら下げといてよ」



後から受けた身体検査によってわかったことだが、

この時、すでにあたしの「立派なもん」は、永遠にその役目を終えていた。

ヒトシのリンチで片方の睾丸は破裂し、刑事のこの金的によって、

残った睾丸もまた損傷して

使い物にならなくなっていたからだ。

すなわち…

今日も独房に、フニャフニャのモノをしごく音がむなしく響く。

「お願い!お願いだから勃ってよ!

でないとあたし、一生このまま…

ああ、いや、そんなのいや、

いやああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



おわり



この作品はにこちんたーるさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。