風祭文庫・異性変身の館






「アンカー」
(前編)



原作・にこちんたーる(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-032





「夏休みって何か予定とかある?」

そうミサキに声をかけられたのは、

いつものグループでお弁当を食べていた昼休みだった。

「えー、まだ分かんないけど、なんで?」

「きのうキョーコとかヒロちんとかと言ってたんだけどさ、

 海外とか行きたくない?」

「海外?」

「今ってほらけっこう安く行けるんだよ。

 リョータとか、あとニイザキ先輩あたりにも声かけてるんだけどさ、

 リエもどうかと思って」

リョータの名前を出すあたり、ミサキの計算が透けて見えておかしい。

あたしが、ちょっと気にかけているのを知っているのだ。

「うーん・・・」

「いいじゃん、行こうよ。リエいないとつまんないし・・・あ」

その時、教室に一人の女子生徒が両手にコンビニ袋を持って駆け込んできた。

「おっせえんだよ愚図。早く出せよアセロラ」

ミサキが声を荒げる。

「あ、はい」

おどおどと商品を差し出す彼女の名はシホ。

あたしたちのグループにひっついて、

パシリなんかをやらされている影の薄い子だ。

さえない彼女がグループの中にいる理由はおそらくただ一つ。

シホがいると、他のみんなが引き立つのだ。

早い話、彼女は見事なブスなのである。

「じゃあ、リエも考えといてよね」

アセロラドリンクにありつけて上機嫌のミサキが言う。

「うん」

もちろん、内心では答えは出ていた。



「サイパン7泊8日、か…」

たいした値段じゃない。

パパに言えば出してもらえない額ではないが、

男が一緒となるといろいろと説明がややこしくなってしまいそうだ。

それより、もっと簡単な方法がある。

一回寝れば済むことだ。

夜の繁華街の隅であたしは一人、何をするともなく歩いていた。

こうしていると、声をかけてくるスケベがかならず数人はいるのだ。

もちろん、当たり外れは大きいが。

「ねえ、あなた可愛いね。名前は何て言うのかな?」

ほら来た。

「リエって…うわっ」

ハズレだ。

ハズレもハズレ、大ハズレである。

よりにもよってこんなデブなハゲオヤジだなんて…

「人の顔見ていきなりそのリアクションはひどくない?

 自分がブサイクなことぐらい、

 あなたに言われなくたって分かってるわよ」

それに、このオカマ言葉。

気持ち悪いことこの上ない。

だが、ものは考え様だな、と思い直す。

考え様によってはこいつだったら「話すだけ」コースってこともありうる。

まあ、やばくなったら「やっぱキャンセルっ!」

って逃げればいいだけの話だ。

過去に何度か、それでうまいこと逃れることが出来た。

「何考えてんの?りーえちゃん」

「気安く呼ばないでよハゲ!」

「自己紹介がまだだったわね、わたしは…」

「別に聞きたかないよ。ほらっさっさと終わらせちゃお」

「あらそう」



安っぽい鏡張りのラブホテルの一室で、あたしは正直、驚いていた。

安物のスーツの中からあらわれたそいつの身体は

予想どおりみっともない中年オヤジの典型みたいで吐きそうだったけど、

その太くて毛むくじゃらの指の一本一本がまるで

女の性感帯を知り尽くしているかのようで、

あたしはすっかりまいってしまったのだ。

耳を舐められた時もすごく嫌だったけど、

異常な気持ちよさは否定のしようがなくて、

ああこいつこんな顔でけっこう遊んでるんだなあと思った。

「あ、あ、はあっ、はあっ、あ、はぁっ…」

「うっ、ふうっ、ふぅっ」

しだいにオヤジも興奮してきたようで、

無精髭だらけのあごの脂肪をたぷつかせながら、荒い息遣いをはじめた。

その態度が、むかついてならない。

それなのに、気持ちいい。

気持ちいいから、余計にむかつく。

「あんまり、あんっ、調子乗ってんなよ、あ、あん、あはぁっ…」

「気持ちいいんだったらそう言ってもいいんだよ?

ほら、こんなグチャグチャ…リエちゃんてえっちなんだねえ」

なんだか変だな、と思って自分の局部を見ようとして、驚いた。

本番は無しって言ってたのに。

それまでさんざんごつい指でいじくりまわされていたことと、

オヤジのモノがさほど大きくなかったせいで

それがいつの間にか

するっと入ってしまっていたことに気付かなかったのだ。

「あっ!ちょっ…んんっ!」

とたん、すさまじい快感が津波のように押し寄せてきて、

あたしは何も言うことが出来なくなっていた。

そこからしばらくは、あまり記憶が無い。

意識が戻ったのは、オヤジがその巨体をゆするのをやめて、

あたしの中から抜くそぶりも見せずに

「…イクよ」

とささやいた時だった。

嘘っ!

コンドームをしていないという事実が、頭の中で点滅する。

「あ、ちょっと待っ…ああ、嫌ぁ!」

「あ、あ、これでやっと…はあっ…うっ」

びくん、びくんとオヤジの体液があたしの中に流れ込んでくる。

と同時に、何か訳のわからないイヤなものがオヤジの身体を飛び出して、

あたしの身体の内側に貼り付いたような気がした。



「ありがと」

しばらくして、オヤジはすっきりとした笑顔を作った。

「それからごめんね」

「ふざけないでよ!何中に出してんのよ!あたし今日やばいんだよ馬鹿!」

嘘だ。

今日はまず安全な日。

危険日に売りやるほど、あたしは馬鹿じゃない。

だが、中に出されたことに心底腹を立てていたのだ。

すると、オヤジはこともなげに言った。

「ああ、それなら大丈夫」

「はあ?」

「絶対に、妊娠することはないよ」

「何で言い切れるのよ」

「男が、妊娠するわけないでしょ?」

一瞬、オヤジが言ったことが理解できなかった。

「…え?」

「だから、謝ったのはそっちの意味。ごめんね」

「は?」

だんだん分かってきた。

病気は病気でも、カタカナの方のビョーキだったんだ、こいつ。

だって、言ってることの意味が通じないもの。

なんだかオカマみたいな変な物腰も、それで説明がつく。

やばいな、適当に切り上げた方がよさそうだ。

「あ、じゃああたし、帰るから…」

「待って。ほら見てよ、始まったよ!」



オヤジは、こっちに向かってその汚らしいモノを向ける。

射精によって小さくなったそれは、妙に情けない。

それにしても、これがあの、

さっきまであたしの中を暴れ狂っていた肉棒なのだろうか。

こんなに小さくなるもの…え?

「あ、あ、あああ…」

オヤジが、歓喜の表情を浮かべて見つめるその先で、

男性器は見る見る収縮の速度を速めている。

これは、いくらなんでもおかしい。

それに呼応するかのように陰嚢もまた縮みはじめ、

一分もたたない内にほとんど見えないサイズになってしまった。

「あは、あはははは!やった、やったわ!」

オヤジがガッツポーズをとる。

これは一体…?

「あ、こっちも始まってる…」

そういわれて見ると、オヤジの胸部に変化がおきていた。

もともと脂肪でたぷんとしていたのだが、

そこにさらに肉がついて張りがではじめている。

よく見れば胸毛も相当薄くなっているようだ。

「ああ、嬉しい・・」

涙を流さんばかりにしているオヤジが、ふとこちらを見る。

「ほんと、ごめんねえ」

「え?」

言われた瞬間に、それは始まった。

ぴくん、と乳首が反応したかと思うと、全身になにか粘着質の悪寒が走った。

同時に、汗が噴き出す。

いや、汗だけではない。

性器から、大量の愛液が流れ出してくる。

あたしは正体不明の恐怖に襲われながらも、

どうして愛液が出てさっきあたしの身体に放たれた精液が出てこないのか

不思議でならなかった。



悪寒は、その力を強めて行く。

鳥肌が身体を走る。

と、その支配する領域から、ざわざわと何かが蠢きだしてくる。

黒い線虫。

一匹一匹が自らの意思を持っているかのようなそれらは、

あたしの身体の、まずは胸部から現れはじめた。

「いやああああああ!なに!?何これえ!?」

はじめて、恐怖が絶叫の形をとって放たれる。

胸から湧き出す線虫を払いのけようとするが、

妙にしっかりしていて肌から離れない。

指でつまんで引っ張ると、鋭い痛みが走る。

こいつらは、肌にしっかりとその根を降ろしているのだ。

いや、頭のどこかですでに理解していた。

これは、虫じゃない。

毛。

もともと体毛の薄い体質のあたしには、

手入れなどしなくても無縁の存在だった筈のもの。

胸毛だ。

いや、そうしている間にもまるで飛び火するように

両脇の下にざわざわとおぞましい感触が拡がってゆく。

あわててそこを押さえたその手の甲、その指先に、また新たな体毛が芽吹く。

一方胸に生じた毛は滝のように腹部を侵して陰毛まで到達し、

そこからすねを中心とした両足全体に波及する。

もはや呆然と見つめることしか出来ないあたしの目の前で、

足の指の甲一本一本にまで毛が生えてゆく。

「嘘…」

目を覆おうとしたあたしの手に、じょりっとした感触。

ぞくりとしたものがあたしの脳裏をかすめる。

「まさか…」

自分の予感があたっていないことだけを信じて鏡の前へ急ぐが、

当然のようにその期待は打ち砕かれる。

あたしの頬に、顎に、首筋に至るまで、濃い髭がその存在を誇示していた。

「きゃああああああっ!」

肌が白いせいで、髭の青みが一層引き立つ。

高潮した顔とあいまって、

それは見事に滑稽なピンクとブルーのツートンカラーを作りだす。

体中に分布を果した体毛は、

その量、太さともに男でも珍しいほどの存在感を持っている。

違う。

こんな毛むくじゃらの肉体なんて、あたしじゃない…



夢中で頭をかきむしる、と、ごそりと一塊の髪の毛が抜け落ちた。

「…え?」

指先に絡みついたおびただしい髪を見て、一瞬あっけにとられる。

いや、違う。

あたしが嫌なのは胸毛とか、そういうのであって、

髪の毛のことじゃなくて…

嘘。嘘よ。これは何かの間違い…

パニックに陥ったまま、あたしは尚も頭をかきむしった。

その度に抜け落ちる毛を否定したくて、

抜けなくなるまでいつまでもかきむしり続けた。

そして、望みどおり抜けなくなったと思ったとき、

頭頂部にわずかばかりのうぶ毛、

サイドにかけては妙に油っぽい毛が残っていることを除いて、

あたしの頭はほとんどの頭髪を失っていた。

「そんな…」

あたしは自分の手で取り返しのつかないことをしてしまったことに気付いた。

禿。

しかも、さっきまであたしがあれほど嫌悪していたオヤジの禿げかたと

そっくりな形の禿が、今はあたしのものなのだ。



そこまで考えて、また汗が噴き出してきた。

暑い。

いつの間に、こんなに気温が上がったのだろう。

体全体にまとわりつくような…

「まとわりついているのは、気温じゃないんだよ」

オヤジの声がした。

「今、そう思ったでしょ?

暑い。まとわりつくような空気…

分かるなあ。あたしもそうだったもん」

数分振りにオヤジの姿を見て、何かの違和感を覚えた。

そうだ、いつしかすっかり成長したバストの他に、

あの毛むくじゃらと言っていいほどだった体毛がほとんど姿を消している。

何より、豊かな頭髪がその頭部を覆い尽くしており、

頭皮はもはや全く見えないのだ。

「そして、私はこうして」

オヤジは身震いをしてみせる。

「肌寒さを感じ始めるってわけ。あ、ああ、来る…」

「な、何なの、何が来るって言うのよ!?」

思わす叫んだが、あたしもまた「なにか」を感じていた。

ねっとりとした熱気につつまれて…

「それ」は、オヤジの方に先にあらわれた。

オヤジの、弛んだ身体が、波打ち始める。

と、見る間に腹部を中心とした脂肪がどこかへと消えてゆく。

どこへ?

あたしは、その答えを予想していた。

予想しながら、それを必死に否定しようとしていたのだ。

オヤジの頬がぷるんと引っ込んだ瞬間、

「答え」は、残酷に示された。

「やめてぇえ!」

ごぼっ。ごぼごぼごぼぼぼぼっ!

おぞましい音を立てながら

すさまじい勢いで、あたしの身体が膨れあがり始めたのだ。

腹はぼってりとした太鼓腹になり、

尻は大量の脂肪を蓄えながらも急速に張りを失っていく。

腕や太腿、ふくらはぎにもその波紋は広がり、

オヤジの時と同様、頬をゆらして顔にたっぷりと無残な残滓を残してから

「それ」は去っていった。

後に取り残されたのは、ゆうに100キロはあろうかという弛んだ肉体。

「う、うう…」

思わずうめいたが、声が違う。

二重あごの、その下の喉。

脂肪によって声帯が圧迫され、声がかすれているのだ。

自分の身体に起こった変化に、

もはやどうしていいか分からず、あたしはベッドにうずくまった。

それきり、身動きが取れなくなってしまった。

急に体重が倍近くのデブになってしまったあたしには、

もはや自らの身体を支えて動くことすら満足に出来なくなっていたのだ。

「はっ、はぁ、はぁ、はぁ」

無性に息切れがするのは、ショックによるものなのだろうか?

それとも脂肪に圧迫された内臓が悲鳴をあげているのだろうか…?

あまりのことに、あたしは半ば放心状態になっていた。



どれだけそうしていたのだろうか。

ベッドに横たわる身体に、突如として今度は奇妙なエネルギーがみなぎってきた。

骨がきしんで、筋肉がぜん動する。

苦しくてたまらず、喉の奥でゼイゼイと荒く呼吸が乱れる。

力がみなぎってゆくが、その力そのものに対しても嫌悪感がついて回る。

やはり、粘着質のイメージを伴うエネルギーなのだ。

それが、自分自身の力となって身体をなおも作り変えていることに、

あたしは打ちのめされていた。

やがて立ち上がったあたしの身体は、余分な脂肪はそのままに

なんとなく節くれ立った、ごつごつとしたシルエットを形作っていた。

すなわち、オヤジそっくりの身体である。

背がちぢんだような気がする…

いや、違う。

極端な猫背とガニ股の、姿勢のせいだ。

あわててまっすぐ立とうとするが、駄目だった。

どんなに足を伸ばそうとしても、みっともないガニ股になってしまう。

腹の肉をつまんでみると、ぶよぶよとして気味の悪いことこの上ない。

またそうやってつまんでいる手もまた太く、

無骨な毛むくじゃらの手なのだ。

身体の痛みはほとんどなくなっていたが、あたしは依然として、

いや前以上に自分が荒い息をしはじめていることを知った。



「!!」

突然、顔がむずむずとした感覚に見舞われた。

まさか。

いや!いや!いや!

やめて!

顔は許して。

顔だけは許して…

懇願の言葉を頭の中でつむいでいる一瞬の後、

その感覚は消え去っていた。

安堵のため息がもれる。

顔まで奪われてしまっていたら、もう誰もあたしのこと分かってくれないじゃない。

こんな身体になっちゃったけど、

顔さえ守れれば、きっと誰かに助けてもらえる…

「何ほっとした顔してんの?」

声につられてみると、そこには一人の少女が立っていた。

「あなた…誰?え、こ、声がっ!」

デブになったことによるかすれ声ではない。

太い、まぎれもないさっきまでのオヤジの声が口をついて出てきたのだ。

「あ、ああッ嘘、イヤぁ!」

そのあたしの言葉全てが、ねばつくような、あの声なのだ。

「そりゃそうでしょ、あなた、もうほとんど『完成』しちゃってるもん」

少女はそういって再び鏡の前へあたしを連れて行った。

「きゃあああああああ!!」

あたしは、オヤジの声で絶叫した。

太く、今にも左右がつながりそうな眉毛。

だらしなくたれた、変に長いまつ毛を持つ小さな両目。

その下に大きくついたクマと、いやらしさをいっそう強調する涙袋。

大きく張ったえらと頬骨。

赤っぽくててらてら光る大きな団子鼻は、

毛穴のひとつひとつに油がつまってできた黒いブツブツが無数についている。

かさついて分厚い唇は、汚らしいうす茶色だ。

右目の隣に巨大な黒子が疣のように膨れており、

2センチぐらいの毛が滑稽なカーブを描いて伸びている。

まぎれもない、あのオヤジの顔。

あたしの、顔…

そこからたれる汗も、禿げ上がった頭部と膨れた頬を

ぎとぎとに光らせる脂汗なのだ。

信じられなかった。信じたくなかった。

あたしの顔の痕跡は、どこにも全く残っていなかった。

そもそも、サイズが違っている。

クラスメートの中でも一、二を争う小顔だったあたしの顔が、

今やすさまじい巨顔。

さっきの一瞬のうずきで、全ては作り変えられてしまっていたのだ…



そうだ、オヤジだ。

あのオヤジを問い詰めるんだ。

あたしをこんなにしてしまったものは何なのか。

どうしたらもとに戻れるのか。

部屋の中を見回したが、オヤジの姿はない。

「誰か探してるの?」

さっきの少女が声をかけてきた。

「さっきの、さっきのオヤジは?」

「え?」

「さっきまでここにいたオヤジは…」

言いかけて、はっとした。

目の前の少女の、この笑い方。

まぎれもなく…

「そうよ、わたし」

そうやって耳を掻くしぐさ。

「あなたのおかげでもとの姿に戻れたの。ありがと」

片目を瞑ってみせる癖。

「それから、ごめんね」

この口調。

間違いなく、さっきまでのオヤジと同じ。

さっきまでは変態オヤジの気色悪いしぐさだった動作のひとつひとつが、

目の前の少女によって行われたとたん、奇妙に愛らしいものとなる。

ふと、我に返る。

「そうだ、何これ、なんなのよ?どういうことなの?」

「あー懐かしいな。私もそうやって問い詰めた」

「だから、どうなってるのよ!」

「どうって…」

「早くもとに戻しなさいよ!」

一瞬、少女は驚いたような顔をしてみせ、それから笑い出した。

心からおかしそうに。

「あは、あははははは、あはは!」

「な、何がおかしいのよ!?」

「もとに…って、そういうのはすっかり変身してから言うもんじゃないの?」

「え?」

突然、少女はあらわになっている自分の股間を指差した。

さっきまでそこに存在していたものとはうって変わって、

まぎれもない女性器がそこにはあった。

女性器。

女性…器。

あれ?

「どう?」

少女が微笑む。

だが、あたしはその部位から目を話すことが出来なくなっていた。

おかしい。

あたし、女なのに…

「女なのに、って思ったでしょ?

ほんと、何から何まであたしのときと一緒だね。

『アタシ女ナノニ。』

でも、本当かな?」

なんだか妙な感覚が、あたしを支配しはじめていた。

正確には、あたしの下腹部から…股間にかけて。

無意識に、自らの股間に手をやっていた。

そこにも、茂みに覆われたヴァギナがある…筈だった。

「!?」

どこにも、穴と呼べるものがない。

混乱して股間をまさぐるあたしの手に触れたのは、

奇妙に発達したクリトリスだった。

3センチほどはあるだろうか。

その変化にショックを受ける間もなく、

それに触れた瞬間からあたしはその快感に打ち震えていた。

「ほら、パターンどおり」

少女は可笑しそうだ。

彼女の肉体を見ながら、あたしの右手はそのままクリを弄び始めていた。

こんな異常な状況で自分が何にどうして興奮しているのか、

もう自分自身にも分からない。

ただ、頭の中でだれかが、駄目だ駄目だとさけび続けていた。

その叫び声が、また暗い欲望を刺激し、

あたしはかつて味わったことのない種類の性欲に身を任せるしかなかった。

「そうそう。そうやって出しちゃえば完成だよ」

少女が言う。

「はあっ…だ…す…?はあ、はあ…何…を?」

しだいに高まる興奮と、

確実に肥大して行くクリトリスをしごきながら、

あたしは聞いた。

「もう分かるでしょ?

 ザーメンに決まってるじゃない。

 そしたら、あなたは『完成』。

 ばっちりその身体を手に入れることが出来るってわけ」

少女が言っている言葉を理解するのにひどく時間がかかった。

あたしが…この身体…手に…いれる…

…『完成』?

冗談じゃない!

ふと我に返る。

だが、手が止まらない。

どんなに止めたいと思っても、欲望に取り付かれたあたしの右手は、

いつしか立派に肥大した肉の棒をしごくことをやめてくれない。

快感は高まっていく。

粘着質の、黒い快感だ。

気持ちいい。

きもちいい!

だけど…駄目っ!

「だ…めぇ…」

左手で、むりやり右手の動きを押さえつける。

止まった。

部屋に、あたしの荒い息遣いが響く。

びくん、びくんと恨めしげに脈打つ肉棒は、

ふと見ればもはやほとんどペニスと呼ベるほどのサイズと形になっていた。

でも、あたしはやったんだ。

最後の最後で、自分を克服したんだ。

「はあ、はあ…さあ、我慢したわよ…もとに戻る方法を…」

言いかけたあたしの言葉を、少女がさえぎる。

「わたしも、そこまでは我慢したわ。でもね」

一瞬のことだった。

少女が身をかがめたかと思うと、

あっという間にあたしの新たな性器をほおばっていたのだ。

少女の小さな口に、赤黒いそれはいっぱいの容積を持っていた。

だが、彼女がほんの少しでも顔を動かしたり、舌を這わせたりするだけで

自分でしごいていた時とは比べ物にならないほどの快感が背筋を走り、

もともと限界直前まできていたあたしは10秒もしないうちに

熱く、凶暴な物が下腹部に集まるのを感じ、それを一気に放出していた。

「あ、あはぁ…んん」

どくん、どくんと出て行く体液を感じながら、

あたしは急速に思考を取り戻していた。

あたし、取り返しのつかないことをしちゃったの…?

肉にうずもれて目立たなくなっていたとはいえ

歴然と存在していたバストは張りを失って消失し、

それに代わってすとん、と股間にふたつの何かが降りてくるのを感じた。

睾丸である。

それはしわしわの陰嚢を伴って、

妙に情けないぶらぶらした感覚をあたしにもたらす。

性欲に代わって、恥辱がこんどはあたしの巨顔を紅潮させる。

あたしがはじめて放った精液はさほど大量ではなかったようで、

少女はその全てを口で受け取めた。

そしておもむろに体を起こし、

べ、とあたしの汗まみれの顔面に口の中の液体を吐き付けて言った。

「はい、いっちょ上がり」



「う、うぐふう、ひ、ひどい…ひどいよう…」

さっきまでのオヤジそっくりのオカマ口調で、あたしは泣きつづけていた。

もちろん、オカマ言葉で喋っているつもりはない。

今まで通りのあたしの口調なのだが、

それが今のあたしの身体からオヤジの声で出てくると、

自分でもぞっとするほど気持ち悪いオカマ言葉に聞こえてしまうのだ。

「だから謝ったじゃない。そんなに泣かないでよ」

少女が言う。

「わたしだって好きでやったわけじゃないんだから。

 そりゃ最後はちょっと調子に乗りすぎだったかもしれないけどさ。

 でも、いっぺんきっちり変身しちゃわないと元に戻る方法だってないんだよ」

「もとに…戻る…?」

ぐす、と鼻をすすり上げる。

と、なんだか喉に痰がからまっている気がして、気になってしょうがない。

「かーっ、かーっ、ぺッ」

「汚いなあ」

あたしだって、下品だと思う。

でも、身体に染み付いた習慣のように、自然に出てしまうのだ。

「あーまた泣く。そんなんじゃ元に戻れないよ」

「ど、どうやって元に戻ればいいのよ」

「簡単よ」

少女は自分の胸をたたいた。

「わたしと同じ」

「…っていうと?」

「女の子とやっちゃえばいいのよ。

中に出しちゃうの。

そうすればわたしみたいに元に戻れる。

あ、そのかわりやっぱりやられた女の子はその姿になっちゃうんだけどね。

そんな細かいこと気にしてられないでしょ?」

「うん…」

「なんか、わたしがその姿にされた時に聞いた話なんだけどさ、

 昔ね、100年だか200年だか知らないけど、すっごく昔、

 すっごくもてない男がいたんだって。

 で、そいつがどうしても女とやりたくて、

 こともあろうに悪魔に魂を売っちゃったらしいのね。

『女とやりたい。これからずっと、いろんな女とやりつづけるんだ』って。

 悪魔はその願いをかなえてあげた。

 男はその後すぐに死んじゃったんだけど、男の姿は永遠に生き残って、

 女から女へ受け継がれてきたってわけ」

「じゃあ…」

「そう、その姿がそいつ」

「そんな…」

馬鹿な、と思うが、事実あたしはこんな目にあっている。

「まあ一種の麻疹みたいなものね。

 人にうつせば治るし、二度とかからない

 さいわいこんな時代だからさ、

 金さえ持ってれば見た目がどんなだろうと

 やらしてくれる馬鹿女はけっこういるし…

 って、怒らないでね。私だってそうだったんだから」

「…」

話しながら、いつの間にか少女はあたしの着ていたセーラー服を着ていた。

「ねえ、これもらっていい?」

「駄目よ!どうやって学校行ったらいいのよあたし」

「どのみち今のあなたは中年オヤジなんだから、学校なんかいけないでしょ」

「…」

「あーもう泣かないでよ。

 わたしだって裸で帰るわけにいかないじゃない。

 ね?そのスーツあげるからさ」

少女は、鏡にむかってあたしの化粧道具を使って化粧をしている。

久しぶりに自分の顔を見ることが出来て嬉しいのだろう。

薄く化粧をしただけで、びっくりするほど綺麗になった。

この娘が、あんな中年男の姿になっていたなんて…

いや、「あんな」っていうのはつまり、今のあたしの「こんな」姿なのだが…

「じゃ、あたしはそろそろ」

すっかり一女子高生になった彼女が立ち上がる。

「あ、あの…」

「なに?」

「どのくらい、この姿でいたの?」

「あたし?あたしは…

 その姿に慣れるのに二週間。バイト探すのに一週間。

 それで結局工事現場で働いて…一ヶ月ちょっとだね」

「そんなに!?」

「あら、あたしは早い方だよ。

 あたしの前の子なんて、酷かったらしいよ。

 2年ぐらいホームレスやってたって言ってたもん」

「うそ…」

愕然とした。

冗談じゃない!

もう1秒だってこんな身体ガマンができないっていうのに…

この身体に、一月?二年?

考えただけでぞっとする。

「まあもと女の子としては意外と『童貞を捨てる』のが難しいってことだね。

 でもまあ、ほら、お金さえあればわたしみたいにわりと早めに戻れるからさ」

それでも、一月。

「じゃあ、そういうことで。あなたも頑張ってね」

ドアノブに手をかけた彼女は、最後に一言、こういい残して去っていった。

「なかなかよかったよ、あなた」

ホテルの部屋にひとり取り残されたあたしは、

彼女の言葉をどう受け止めたらいいのかしばらく首をひねっていたが、

なんとなくその言葉を反復しているうちに

無意識に手がペニスをしごき始めていることを知った。

奇妙な罪悪感を感じたが、それがさらなる刺激となって、

興奮の度合いは増していった。

その時、ふと鏡に映った中年男の姿が目に入った。

醜い。

これが、あたし。

この醜い脂肪と体毛と獣欲の塊があたし…

あたしの二回目の射精は、自己嫌悪の渦の中で訪れた。

最初の時と同じく、急速に覚めたあたしは、

朝焼けのさすホテルの部屋で、ぶよぶよの肉体を抱いて泣いた。



つづく



この作品はにこちんたーるさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。