風祭文庫・異性変身の館






「継し者たち」
(ブリットの聖杯・後編)



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-136





勇者としての力と遺志を受け継ぎ生まれ変わったあたし達は

かつてあたし達が命と引き換えにかけた封印を施したものの

いまその封印を破り甦ろうとしている邪神を滅する為旅に出た。

思っていた通り旅は困難を極めた。

勇者の記憶と力を受け継いだとは言え、

それまで剣士として生きてきたあたしにとって

魔法を操って戦うと言う事は容易ではなく、

不慣れだからと言う言葉を理由にできない危機にも何度か陥った。

その度あたしを助けてくれたのは常に背中を合わせ続けてくれたセイファでだった。

魔道士として生きながら剣士の力を受け継ぎ生まれ変わったセイファもまた、

不慣れな力を引きずりながらもあたしを助けてくれた。

そうしながらあたし達は旅を続けた。

修行の末聖杯杖を具現化した時、

一糸まとわぬ少女の姿で聖杯を掲げたあたしは

改めて自分が“女”だと言う事を思い知らされた。

心配げな顔をするセイファに「あたしがいるじゃない」と軽く笑ったが、

内心は必ずしも穏やかではなかった。

その時からあたしは“ブレット”から“グレース”になった。

邪神が邪神となった理由が、

かつて神様が犯した過ちに対する怒りと嘆きに由来するものだった事を知った時は

さすがにあたし達も同じ憤りを覚え、

その悩みから抜け出した時、

なおの事邪神を、邪神の悪意を滅ぼさないといけないと言う事を心に刻ませた。

そして、色々な出会いと戦い、

多くの出来事を乗り越えあたし達は邪神が封じられていた地へと向かった。



大きな広間の様になった洞窟。

そこが封印されたまま異空間をさまよい続けた邪神が

甦ろうと根を張った地だった。

かつての勇者達が張った封印が生み出した結界により

今はそこから逃れる事はできない。

しかし、邪神の未だ消えぬ怨念と

邪神の存在に己の思惑を満たすすべを見出そうとした者達の力により

その力は破れようとしていた。

邪神の贄となった者、

他の形で果たす道を見出した者、

色々な者達がいた。

それらの思いをも飲み込みつつ、

戦いは最後の局面を迎えようとした。


「グレース、いよいよだね」

隣に立つセイヴァが声をかける。

あたしも緊張を隠せなかったが、

「大丈夫よ、セイヴァ。

 いつもの様にあたしがあんたの背中を守る。
 
 あんたがあたしの背中を守るようにね」

とウインクをする。

それに釣られるかのようにセイヴァも、

「そうだったね。

 ぼくはきみの剣になり、
 
 きみはぼくの杖になる。
 
 今までも、これからも」

と笑顔を返す。

仕草こそ違うが、彼がセイファだった頃から感じさせる頼もしさに変わりは無い。

その顔につい笑みが漏れてしまう。

「じゃあ、行くよ」

「ええ」

そう言い合うとあたし達はちょうど正眼の位置に手を置く。

両手をそっと合わせ、器を持つように構える。

「あっ!」

力が解放される感触が全身を包む。

拳に光が集まり、一個の器の形を作る。

その形はかつてあたしが勇者となった時に手にしたそれだった。

「あぁぁぁぁぁ…」

そこから棒が伸び杖のようになった聖杯の柄を強く握り締める。

あたしの“分身”とも言えるその杖は今まで以上に手になじみ、

今までにない力を感じる。

それはこの旅の中で美しく成長していったあたしそのものでもあった。

そして、その隣では、

同じ様に自分の分身である聖剣を力強く構えるセイヴァがいる。

その顔にもう迷いはない。

そして二人は走り出した。

広い空間の中に“それ”はいた。

広間の真ん中で胎児の様に渦巻くもの。

神が犯してしまった過ちから生み出された存在。

そしてそれゆえに許される範囲を超えた罪を犯してしまった存在。

“それ”−邪神はあたし達の気配に気づいたのか、

渦巻いていた状態から静かに起き上がり、

人の形をしたような影が立ちはだかる。

「あんたの思いはわかる。

 でも、あんたはやりすぎたのよ!」

あたしは聖杯状を構える。

「ぼく達はきみを倒す。

 きみを助ける為にも!」

セイヴァも聖剣を改めて握り直す。

グォォォォォ…。

邪神は怨嗟のような咆哮を上げると両腕を伸ばす。

「キャッ!」

「うわっ!」

二人はなんとかそれをかわす。

「いくよ!」

「おーけぇっ!」

示し合わせてあたし達はかけ出す。

邪神の両腕が戻るのを振り向く事なくかわすと

あたしは聖杯杖に念を込める。

聖杯の中に光がたまり、強力な魔法

エネルギーが満ちる。

ウォォォォッ!

「うわっ!」

そんな時、邪神に一撃を刻んだセイヴァの体が邪神の反撃で吹き飛ばされる。

幸い重傷ではなさそうだったが、

それでも起き上がるには少し時間がかかりそうだ。

「セイヴァ!

 えいっ!」

あたしは一声叫ぶと聖杯杖を邪神に向ける。

器の中から放たれた光の束が邪神の体をうがつ。

邪神はお返しとばかり負の波動を放つが、

わたしはそれを軽やかにかわす。

世間の女性達に比べると多少大柄な体だが、

しなやかな中にたくましさを持った体は

多少の攻撃は難なくかわす事ができる。

そうしているうちに、

起き上がったセイヴァは眼前まで迫っていた邪神の拳に

カウンターをぶつけるように聖剣を叩き付ける。

戦いはいつ果てる事無く続いた。

あたしの聖杯杖が光を放ち、

セイヴァの剣がうなりを上げる。

邪神も負けじと拳を振るい、

負の波動を放つ。

互いに傷つけ、

傷つき合う戦い。

かつての勇者達も同じ想いや苦しみを抱きながら戦ったのだろうか。

しかし、戦いにも終わりが近付こうとしていた。

「セイヴァ、今よ!」

邪神の後に回ったあたしは聖杯杖の力を解放する。

聖杯杖から伸びた光が邪神の動きを止める。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

セイヴァは渾身の力を込めて飛び上がり、

聖剣を叩き付ける。

グォォォォォーッ!

聖杯の力に封じられた空間の中を聖剣の斬撃が荒れ狂う。

邪神は断末魔の叫びを上げながら少しずつ掻き消えてゆく。

バァーンッ!

ガラスが割れるような音と共に結界が弾け飛んだ時、

そこにはあの時―そう、何度も夢で見た渦が見えていた。

「セイヴァ…これって…」

あたしは聖杯杖によりかかりながらセイヴァに歩みよる。

よく見るとセイヴァの鎧は、

そして体中もボロボロになっている。

あれだけの戦いをしたのだから仕方ない。

「ああ、あの時と同じだ。

 かつて“ぼく達”が邪神を倒した時の光景…」

セイヴァはボロボロになっていたケープを

そっとあたしの肩にかけながらつぶやいた。

「そして“わたし達”は自分達の命と引き換えに邪神を封じた…

 聖剣と聖杯の真なる力を引き出す者に希望を託して…」

「そう、そしてぼく達は今、

 真なる力の鍵を手にここに立っている。

 聖剣と聖杯の真の力を引き出し、
 
 邪神を完全に倒す為の鍵を」

セイヴァは力強くうなずく。

「でも、

 どうやれって聖剣と聖杯の力を引き出せばいいのかわかんないわよ」

あたしは不安げな顔をする。

残念ながら、今までの旅を通じてなお、

聖剣と聖杯の真の力の意味と言うものを理解できずにいた。

セイヴァも同じ様に悔しげに歯を食いしばる。

「…せっかくここまできたのに

 …これじゃ何の為に聖杯を受け継いだの…」

このままでは前世と同じ様に

あたし達の命と引き換えにかりそめの封印を施す以外に手はない。

それは本当の決着ではないが、

このままでは再び邪神は力を取り戻してしまう。

その時、あたしの脳裏にある記憶が甦る。

あたしがブレットだった時の記憶。

セイファと一緒に聖剣と聖杯を受け継いだ時の記憶…。

ビュン。

「えっ?」

その時、手にしていた聖杯が急に姿を消した。

ビィン。

「うっ!」

そして股間に妙な熱さを感じ、

思わず手で股間を押さえる。

「うっ…セイヴァ…これって…」

同じ様に股間に手をやっているセイヴァに声をかける。

そんな中、あたしはある結論に達した。

「そう…そう言う事なの…」

あたしは手を離すと、そのまま大きく広げて邪神の渦に向き合う。

セイヴァも同じ事を考えたのか、同じ様に手を広げる。

そして意識を“聖杯”に集中する。

パァァァ…。

「うっ…」

瞬間、あたし達は光に包まれ周りが見えなくなる。

光が消えた時、あたしは“偽らぬ姿”で邪神のうしろに浮かんでいた。

邪神を挟んで向こうには同じ姿のセイヴァが立っている。

ピクッ。

「うっ」

股間がうずく。

手で押さえようとするが体が動かない。

ピカァ…。

「あっ…」

股間が光に包まれ、大きく広がる。

あたしはその快感で思わず声を上げてしまう。

そして、光はあたしの股間を包んだ大きな聖杯の様な姿になる。

それを見た時、あたしは全てを理解した。

そう、聖杯の真の力、それは己自身が聖杯となる事で発動する。

そしてそれを引き出す為には聖杯に選ばれた青年の力が必要だったのだ。

聖杯と青年が融合し生まれる美しき魔道士によって聖杯は真の力を引き出す。

しかし、皮肉にもかつて聖杯を手にしたのは女性だった。

そして真の持ち手に渡る段階を待つ事なく、

強大化した邪神を封じる為魔道士は自らを犠牲にした…。

そして今、その真の力が引き出されようとしている。

「グレース!

 いくよ!」

「いいわよ!

 セイヴァ!」

同じ様に巨大な光の聖剣を手にしたセイヴァの呼びかけに答え、あたしは叫んだ。

「うぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

二人は渦を挟むように突っ込む。

そして、聖杯が渦を覆うと同時に聖剣が渦の中心を突き刺す。

「うっ、

 ううっ、
 
 うぁぁ…」

「あ、

 あん、
 
 ああん…」

渦は大きく広がり、聖剣と聖杯を押し返そうとする。

その勢いは聖剣と聖杯を通じてぼく達にも伝わる。

痛くて、激しくて、そして気持ちいい感覚。

あたしは全身を振るわせながらも必死で聖杯を押し込もうとする。

セイヴァも歯を食いしばりながらも必死で聖剣を押し込もうとしている。

渦はさらに激しさを増す。

負けじと、あたし達も体を押し込む。

さらに激しい苦痛と快感があたし達を襲う。

「うっ…グレース…」

「あんっ、セイヴァ…」

もだえながらもあたし達は必死で手を伸ばす。

渦を包みこむように、

そして差し出された互いの手をつかもうとするように…。

聖杯はどんどん小さくなる。

おそらく渦を押さえ込みつつあるのだろう。

聖杯の陰に隠れていたセイヴァの顔が目と鼻の先に見える。

二人は見つめあう。

その瞬間、聖杯を軸に激しい力がみなぎる。

あたしはその勢い以外に何も考える事無く、

セイヴァを抱きしめた。

「セイファーッ!」

そう叫びながら。

ズンッ!

「あんっ!“うっ!”」
セイヴァに貫かれた、そして貫いたような感触があたしを貫く。

同時にあたしの中で“別のあたし”が声を上げる。

その途端、渦の流れが止まった。

同時にキィィィィィィンと言う澄んだ音が耳に響いた。

聖剣が遂に渦を貫き、

聖杯の底に当たった音だった。

そして、そこから濁流のような力の流れがあたし達を襲う。

ズバァァァァン!

交差した聖剣と聖杯が光に包まれ、

そこから光の奔流が空に上がる。

その勢いに流されあたし達の体は押し流されるように光の中に溶けていった…。



「…」

あたしは静かに目を開ける。

どれだけの時間が立ったのだろう。

そして邪神はどうなったのだろう。

気になる事は多かったが、ひとまずだるさの残る体を静かに起こす。

妙に服がきつく感じるのは気のせいだろうか。

「あ…ブレット…」

「セイファ…なの?」

ふと同じ様に起き上がった幼なじみの顔が目に入る。

もう二度と見る事のない顔…!

「さ、セイファ?

 まさか、そんな!」

驚きの余りあたしは目をカッと開ける。

そこには夢でも幻でもない、サイファの顔があった。

「え!?

 ブレット?」

同じ様に目を開けたセイファの肩を思わずつかむ。

セイファはただ驚きの表情を見せている。

あたしはもう呼ばれる事のないはずの名前で呼ばれた事が気になり

自分の姿を見る。

筋肉質とまではいかなくても、

ローブをビチビチに張り詰めさせるほどの体格。

そしてローブの腰の辺りに確かな重みを感じてしまう。

浮き出ていないのはせめてもの幸いか。

驚いた。

男になっている。

「えっ、なんで、

 男になっちゃったのにこんなに落ち着くんだ…」

そう考えながらあたしは大きく息を吐く。

そして息を吐き終わった後、

“おれ”はフンっと体に力を入れる。

ふと見ると、セイファがしゃがみ込んだまま涙を流していた。

その肩にそっとボロボロのケープをかける。

セイファはぶかぶかの鎧と服を着たまま座りこんでいた。

その姿に思わず胸が鳴ってしまうが、

おれの姿を見た途端顔を赤くしながら、

「…とりあえず、服を取り替えましょ」

と言った。

無論、おれもそれに同意した。

お互いに背を向けた所でローブを脱ぐ。

あの空間での出来事を思い出すと、

背中合わせとは言え

彼女のそばで裸になる事がかえって恥ずかしく感じてしまう。

脱いだローブを右脇に置く。

後を見ないようにしながら左脇を見ると

脱ぎ捨てた鎧と服が丁寧にたたんで置いてあった。

すかさず身に付ける。

こころもち、肩や腕がきつく感じた。

「…結局、邪神はどうなったんだろうな…」

満天の星空を見上げながらふとつぶやく。

聖剣と聖杯の交錯により光となって天に昇った邪神。

おれ達の体が消え去る瞬間感じたそれは

さっきまで戦っていたような邪気を感じなかった。

「もしかして、生まれ変わったのかもね」

セイファがふと漏らした答えにおれは一瞬首をかしげたが、

「なるほど」とうなずく。

一度聖剣と聖杯の力によって命を断たれた邪神は

同じ様に聖剣と聖杯の力により新たな命を得た。

邪神と呼ばれるほどの悪意と狂気から解放された新たな命として。

そしてそれこそが聖剣と聖杯、

そしてそれを持つ者に課せられた本当の使命と力だったのだ。

「そして…おれ達も…だな」

「そうね…」

聖剣を受け継ぎその力を引き出した時、

おれは女に生まれ変わった。

そしてこの戦いの後も女として生きていこうとした。

しかし、あの時―邪神を封じ、

互いを“通わせた”時、おれは聖杯の女勇者から

一人の剣士の少年としてもう一度“生まれ変わった”。

そしてその隣には聖剣の勇者から魔道士の少女に“生まれ変わった”セイファがいる。

セイファはおれの隣で以前着ていたローブの胸元を少しきつそうにほぐしている。

そしてそっとよりそう。

静かにセイファの肩に手を置く。

お互い言いたい事、ぶつけたい思いはある。

でも、今は互いに心を通わせただけで十分だ。

いつの間にか昇った朝日がおれ達を照らす。



「よぉうし、やっと今日は上がりだ」

「ブレット、これからデートか?」

「よけいなお世話だ!」

仲間達と軽口を言い合いながらフゥと一息つくとおれは詰所を去る。

あの後、おれはお袋の率いる自警団に入った。

出番があるかどうか判らないくらいに平和だが、

それでもそれなりにやりがいはある。

おれ達の旅路は結局ほとんどの人の記憶には残っていない。

そして剣士としてのおれもまた、

この小さな町に済む一人の剣士として終わるかも知れない。

しかし、おれとセイファが勇者の魂を受け継ぎ戦った事はまぎれもない事実であり、

その記憶はおれの中に深く刻まれている。おれにはそれだけで十分だ。

おれはよしっと一息うなずくと街中に出て行った…。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。