風祭文庫・異性変身の館






「継し者たち」
(セイファの聖剣・後編)



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-135





勇者としての力と遺志を受け継いで生まれ変わったぼく達は、

かつてぼく達が命と引き換えにかけた封印を施したものの

いま、その封印を破り甦ろうとしている邪神を滅する為旅に出た。

思っていた通り旅は困難を極めた。

勇者の記憶と力を受け継いだとは言え、

それまで魔道士として生きてきたぼくにとって

剣を持って戦うと言う事は容易ではなく、

不慣れだからと言う言葉を理由にできない危機にも何度か陥った。

その度ぼくを助けてくれたのは常に背中を合わせ続けてくれたブレットでだった。

剣士として生きながら魔道士の力を受け継ぎ生まれ変わったブレットもまた、

不慣れな力を引きずりながらもぼくを助けてくれた。

そうしながらぼく達は旅を続けた。

修行の末聖剣を具現化した時、

一糸まとわぬ少年の姿で聖剣を掲げたぼくは

改めて自分が“男”だと言う事を思い知らされた。

ブレットは「あたしがいるじゃない」と軽く笑ってくれたが、

その顔もどこかつらそうだった。

その時からぼくは“セイファ”から“セイヴァ”になった。

邪神が邪神となった理由が、

かつて神様が犯した過ちに対する怒りと嘆きに由来するものだった事を知った時は

さすがにぼく達も同じ憤りを覚え、

その悩みから抜け出した時、

なおの事邪神を、邪神の悪意を滅ぼさないといけないと言う事を心に刻ませた。

そして、色々な出会いと戦い、

多くの出来事を乗り越えぼく達は邪神が封じられていた地へと向かった。



大きな広間の様になった洞窟。

そこが封印されたまま異空間をさまよい続けた邪神が

甦ろうと根を張った地だった。

けど、かつての勇者達が張った封印が生み出した結界により

今はそこから逃れる事はできない。

しかし、邪神の未だ消えぬ怨念と邪神の存在に

己の思惑を満たすすべを見出そうとした者達の力により

その力は破れようとしていた。

邪神の贄となった者、

他の形で果たす道を見出した者、

色々な者達がいた。

それらの思いをも飲み込みつつ、

戦いは最後の局面を迎えようとした。



「グレース、いよいよだね」

隣に立つグレースに声をかける。

グレースも緊張を隠せなかったが、

「大丈夫よ、セイヴァ。

 いつもの様にあたしがあんたの背中を守る。
 
 あんたがあたしの背中を守るようにね」

とウインクをする。

仕草こそ違うが、彼女がブレットだった頃から感じさせる

頼もしさに変わりは無い。

ぼくも釣られて、

「そうだったね。

 ぼくはきみの剣になり、
 
 きみはぼくの杖になる。
 
 今までも、これからも」

と笑顔を返す。

不意にグレースの顔が赤くなる。

その顔につい笑みが漏れてしまう。

「じゃあ、行くよ」

「ええ」

そう言い合うとぼく達はちょうど正眼の位置に手を置く。

両手をそっと合わせ、剣を持つように構える。

「うっ!」

力が解放される感触が全身を包む。

拳に光が集まり、一振りの剣の形を作る。

その形はかつてぼくが勇者となった時に手にしたそれだった。

「はっ!

 やっ!」

剣をなぎ払うように振る。

ぼくの“分身”とも言えるその剣は今まで以上に手になじみ、

今までにない力を感じる。

それはこの旅の中でたくましく成長していったぼくそのものでもあった。

そして、その隣では、

同じ様に自分の分身である聖杯杖を愛しむ様に握るグレースがいる。

その顔にもう迷いはない。

そして二人は走り出した。

広い空間の中に“それ”はいた。

広間の真ん中で胎児の様に渦巻くもの。

神が犯してしまった過ちから生み出された存在。

そしてそれゆえに許される範囲を超えた罪を犯してしまった存在。

“それ”−邪神はぼく達の気配に気づいたのか、

渦巻いていた状態から静かに起き上がり、

人の形をしたような影が立ちはだかる。

「あんたの思いはわかる。

 でも、あんたはやりすぎたのよ!」

グレースが聖杯状を構える。

「ぼく達はきみを倒す。

 きみを助ける為にも!」

ぼくも聖剣を改めて握り直す。

グォォォォォ…。

邪神は怨嗟のような咆哮を上げると両腕を伸ばす。

「キャッ!」

「うわっ!」

二人はなんとかそれをかわす。

「いくよ!」

「おーけぇっ!」

示し合わせてぼく達はかけ出す。

邪神の両腕が戻るのを後を見る事なくかわすと

ぼくは入れ替わるように撃ち出された負の波動に聖剣を振り下ろす。

聖剣から振り下ろされた刃は負の波動を切り裂き、

そのまま邪神にぶつかる。

ウォォォォッ!

苦悶にうめきながら邪神は腕を振り回す。

不意を突かれ、ぼくの体は大きくなぎ倒される。

「うわっ!」

「セイヴァ!

 えいっ!」

グレースの叫び、

そして魔法の発動音が聞こえる中、

ぼくは何とか立ち上がる。

決して筋肉質とは言えないが

たくましさとしなやかさを備えた体は鎧越しとは言え

そう簡単には砕けないものらしい。

ぼくは頭を軽く振ると、

眼前まで迫っていた邪神の拳にカウンターをぶつけるように聖剣を叩き付ける。

戦いはいつ果てる事無く続いた。

ぼくの剣がうなりを上げ、

グレースの聖杯杖が光を放つ。

邪神も負けじと拳を振るい、

負の波動を放つ。

互いに傷つけ、

傷つき合う戦い。

かつての勇者達も同じ想いや苦しみを抱きながら戦ったのだろうか。

しかし、戦いにも終わりが近付こうとしていた。

「セイヴァ、今よ!」

邪神の後に回ったグレースが聖杯杖の力を解放する。

聖杯杖から伸びた光が邪神の動きを止める。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

ぼくは渾身の力を込めて飛び上がり、

聖剣を叩き付ける。

グォォォォォーッ!

聖杯の力に封じられた空間の中を聖剣の斬撃が荒れ狂う。

邪神は断末魔の叫びを上げながら少しずつ掻き消えてゆく。

バァーンッ!

ガラスが割れるような音と共に結界が弾け飛んだ時、

そこにはあの時―そう、何度も夢で見た渦が見えていた。

「セイヴァ…これって…」

聖杯杖によりかかりながらグレースが歩いてくる。

よく見るとその衣装も、

そして体中がボロボロになっている。

あれだけの戦いをしたのだから仕方ない。

「ああ、あの時と同じだ。

 かつて“ぼく達”が邪神を倒した時の光景…」

同じ様にボロボロになっていたケープを

そっとグレースの肩にかけながらぼくはつぶやいた。

「そして“わたし達”は自分達の命と引き換えに邪神を封じた…

 聖剣と聖杯の真なる力を引き出す者に希望を託して…」

「そう、そしてぼく達はいま、

 真なる力の鍵を手にここに立っている。
 
 聖剣と聖杯の真の力を引き出し、
 
 邪神を完全に倒す為の鍵を」

ぼくは力強くうなずく。

「でも、

 どうやって聖剣と聖杯の力を引き出せばいいのかわかんないわよ」

グレースが不安げな顔をする。

実はぼくも今までの旅を通じてなお、

聖剣と聖杯の真の力の意味と言うものを理解できなかった。

「…せっかくここまできたのに

 …これじゃ何の為に聖剣を受け継いだんだ…」

このままでは前世と同じ様に

ぼく達の命と引き換えにかりそめの封印を施す以外に手はない。

それは本当の決着ではないが、

このままでは再び邪神は力を取り戻してしまう。

その時、僕の脳裏にある記憶が甦る。

ぼくがセイファだった時の記憶。

ブレットと一緒に聖剣と聖杯を受け継いだ時の記憶…。

ビュン。

「えっ?」

その時、手にしていた聖剣が急に姿を消した。

ビィン。

「うっ!」

そして股間に妙な熱さを感じ、思わず手で股間を押さえる。

「うっ…セイヴァ…これって…」

同じ様に股間に手をやりながらグレースが声をかける。

そんな中、ぼくはある結論に達した。

「そうか…そう言う事か…」

ぼくは手を離すと、

そのまま大きく広げて邪神の渦に向き合う。

またグレースも同じ事を考えたのか、同じ様に手を広げる。

そして意識を“聖剣”に集中する。

パァァァ…。

「うっ…」

瞬間、ぼく達は光に包まれ周りが見えなくなる。

光が消えた時、ぼくは“偽らぬ姿”で邪神の前に浮かんでいた。

邪神を挟んで向こうには同じ姿のグレースが立っている。

ピクッ。

「うっ」

股間のモノがうずく。

手で押さえようとするが体が動かない。

ピカァ…。

「うあっ…」

股間が光に包まれ、大きく広がる。

ぼくはその快感で思わず声を上げてしまう。

そして、光は僕の股間を包んだ大きな剣の様な姿になる。

それを見た時、ぼくは全てを理解した。

そう、聖剣の真の力、それは己自身が聖剣となる事で発動する。

そしてそれを引き出す為には聖剣に選ばれた乙女の力が必要だったのだ。

聖剣と乙女が融合し

生まれるたくましき剣士によって聖剣は真の力を引き出す。

しかし、皮肉にもかつて聖剣を抜いたのは男性だった。

そして真の持ち手に渡る段階を待つ事なく、

強大化した邪神を封じる為剣士は自らを犠牲にした…。

そして今、その真の力が引き出されようとしている。

「グレース!

 いくよ!」

「いいわよ!

 セイヴァ!」

ぼくの呼びかけに答え、同じ様に巨大な光の聖杯を手にしたグレースが叫ぶ。

「うぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

二人は渦を挟むように突っ込む。

そして、聖杯が渦を覆うと同時に聖剣が渦の中心を突き刺す。

「うっ、

 ううっ、
 
 うぁぁ…」

「あ、

 あん、
 
 ああん…」

渦は大きく広がり、聖剣と聖杯を押し返そうとする。

その勢いは聖剣と聖杯を通じてぼく達にも伝わる。

痛くて、激しくて、そして気持ちいい感覚。

ぼくは全身を振るわせながらも必死で聖剣を押し込もうとする。

グレースも顔を赤らめながらも必死で聖杯を押し込もうとしている。

渦はさらに激しさを増す。

負けじと、ぼく達も体を押し込む。

さらに激しい苦痛と快感がぼく達を襲う。

「うっ…グレース…」

「あんっ、セイヴァ…」

もだえながらもぼく達は必死で手を伸ばす。

渦を包みこむように、

そして差し出された互いの手をつかもうとするように…。

聖杯はどんどん小さくなる。

おそらく渦を押さえ込みつつあるのだろう。

聖杯の陰に隠れていたグレースの顔が目と鼻の先に見える。

二人は見つめあう。

その瞬間、聖剣を軸に激しい力がみなぎる。

ぼくはその勢い以外に何も考える事無く、

グレースを抱きしめた。

「ブレットーッ!」

そう叫びながら。

ズンッ!

「うっ!“

 あぁっ!”」

グレースを貫き、貫かれた様な感触がぼくを貫く。

同時にぼくの中で“別のぼく”が声を上げる。

その途端、渦の流れが止まった。

同時にキィィィィィィンと言う澄んだ音が耳に響いた。

聖剣が遂に渦を貫き、

聖杯の底に当たった音だった。

そして、そこから濁流のような力の流れがぼく達を襲う。

ズバァァァァン!

交差した聖剣と聖杯が光に包まれ、

そこから光の奔流が空に上がる。

その勢いに流されぼく達の体は押し流されるように光の中に溶けていった…。



「…」

ぼくは静かに目を開ける。

どれだけの時間が立ったのだろう。

そして邪神はどうなったのだろう。

気になる事は多かったが、ひとまずだるさの残る体を静かに起こす。

鎧が妙に重く感じるのは気のせいだろうか。

「あ…ブレット…」

「セイファ…なの…?」

ふと同じ様に起き上がった幼なじみの顔が目に入る。

もう二度と見る事のない顔…!

「え!?

 ブレット?」

驚きの余りぼくは目をカッと開ける。

そこには夢でも幻でもない、ブレッドの顔があった。

「さ、セイファ?

 まさか、そんな!」

ブレットもまた同じ様に驚きの顔を浮かべてぼくの肩をつかむ。

ぼくはもう呼ばれる事のないはずの名前で呼ばれた事が気になり

自分の姿を見る。

今までピッタリだった鎧が大きく、

重く感じるくらいに細身の体と手足。

その割には胸の辺りが微妙につかえている。

そして、鎧と下に着ている服越しでも感じられるすっきりした感触が股間から伝わる。

驚いた。

女になっている。

「あれ、おかしいな、

 ぼく、女になって大変なはずなのに、
 
 なんでこんなに…」

突然こぼれ出した涙を押さえ切れず、

ぼくは再びしゃがみ込むとそのまま泣き続けた。

涙がひとしきり流れ終わったあと、

“わたし”は大きく伸びをして、

そっと体を抱きしめる。

その肩にそっとブレットがボロボロのケープをかけてくれた。

その体形から引きちぎれそうな魔道士用のローブを着ている姿は

思わず吹き出してしまいそうだが、

それを何とかこらえる。

「…とりあえず、服を取り替えましょ」

思わず顔を赤くしながら言う。

ブレットも静かにうなずいた。

お互いに背を向けた所で鎧と服を脱ぐ。

あの空間での出来事を思い出すと、

背中合わせとは言え

彼のそばで裸になる事にかえって恥ずかしさを感じてしまう。

脱いだ鎧と服を右脇に置く。

後を見ないようにふと左脇を見ると

脱ぎ捨てたローブが少し雑に置いてあった。

すかさず身に付ける。

こころもち、胸がきつく、

腰がゆるく感じた。

「…結局、邪神はどうなったんだろうな…」

着替え終えてすぐ、満天の星空を見上げてブレッドがつぶやく。

聖剣と聖杯の交錯により光となって天に昇った邪神。

わたし達の体が消え去る瞬間感じたそれは

さっきまで戦っていたような邪気を感じなかった。

「もしかして、生まれ変わったのかもね」

わたしがふと漏らした答えに一瞬首をかしげていたブレットだったが、

思いついたようにうなずく。

一度聖剣と聖杯の力によって命を断たれた邪神は

同じ様に聖剣と聖杯の力により新たな命を得た。

邪神と呼ばれるほどの悪意と狂気から解放された新たな命として。

そしてそれこそが聖剣と聖杯、

そしてそれを持つ者に課せられた本当の使命と力だったのだ。

「そして…おれ達も…だな」

「そうね…」

聖剣を受け継ぎその力を引き出した時、

わたしは男として生まれ変わった。

そしてこの戦いの後も男として生きていこうとした。

しかし、あの時−邪神を封じ、

互いを“通わせた”時、わたしは聖剣の勇者である青年から、

一人の魔道士の少女としてもう一度“生まれ変わった”。

そしてその隣には聖杯の女勇者から剣士の少年に“生まれ変わった”ブレットがいる。

ブレットはわたしの隣で以前に着ていた鎧に包んだ体を窮屈そうにほぐしている。

そしてそっとよりそう。

ブレットも静かに肩に手を置く。

お互い言いたい事、ぶつけたい思いはある。

でも、今は互いに心を通わせただけで十分だ。

いつの間にか昇った朝日がわたし達を照らす。



「はい、今日の授業はここまで。

 みんな、しっかり復習するのよ」

「セイファ先生、ありがとうございましたー」

生徒達が頭を下げ、教室を去る。

「セイファ先生、これからデートなの?」

「違います!」

生徒の一人の軽口に対してフゥと一息つくと、

わたしもまた書物をまとめて教室を去る。

あの後、わたしは父さんと一緒に魔法学校で教鞭を取っている。

まだまだ教わる事の方が多いけどそれでもなんとかやっている。

わたし達の旅路は結局ほとんどの人の記憶には残っていない。

そして魔道士としてのわたしもまた、

この小さな町に済む一人の魔道士として終わるかも知れない。

しかし、わたしとブレットが勇者の魂を受け継ぎ戦った事はまぎれもない事実であり、
 
その記憶はわたしの中に深く刻まれている。
 
わたしにはそれだけで十分だ。

わたしはウンと一息うなずくと廊下を静かに歩いていった…。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。