風祭文庫・異性変身の館






「性変胆」



原作・nao(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-264





ショーウィンドゥに煌びやかな明かりが灯り、

クリスマスソングが流れる休日の夕刻。

「姉さん、この薬を飲めば大丈夫って言っていたけど」

大勢の買い物客でごった返すアーケードを木村隼人(26)は

姉の将美(29)から貰った薬を手に家へと向かっていた。

「はぁ、もぅクリスマスかぁ…」

ため息混じりに隼人は幸せそうに行き交う人たちを眺めながらそう呟くと、

自分の隣を一緒に歩く者の姿がないことに一抹の寂しさを感じ、

「去年は良かったな…」

ポリポリと頭を掻きつつぼやくと、

新婚ホヤホヤの幸せに包まれながらクリスマスを楽しんでいた去年の事を思い出す。

隼人は最近、妻の由香里(24)と喧嘩ばかりしていた。

別に由香里の事が嫌いになったわけでもなく、

隼人の前に別の女性が現れたわけでもなかった。

ただ、この夏を過ぎた頃から由香里との歯車の噛み合いが狂いだしていたのである。

「パチンコに行ってくる…」

隣近所も心配をするほどの大喧嘩をしてしまったあと、

そっぽを向く由香里に向かってそう告げた隼人だが、

行きつけのパチンコ屋には向かわずに姉である将美の自宅へ向かうと、

この事を彼女に相談したのであった。

「なるほど…」

隼人からの話を一通り聞いた将美は大きく頷き、

チラリと隼人を見るなり、

「もぅ倦怠期に入ったのぉ

 早すぎよ」

とあきれて見せた。

「うっ!」

姉からの鋭い一言に隼人は言葉を失ってしまうと、

「仕方がないわね、

 こういうときは環境を変えてみるのが一番」

と言いつつ腰を上げ、

そして、瓶に詰められた薬のようなものを持って来るなり、

「隼人、由香里さんとこれを飲みなさい」

と命じたのであった。

「これは何だよ?」

ラベルも貼られていない素のガラス瓶に入った10粒ほどのカプセルを眺めつつ

隼人は怪訝そうな顔をしてみせると、

「これはね、ただのサプリメントじゃないのよ、

 夫婦円満の特効薬!」

と自信満々に将美は言うだけだった。

「ってマジで効果あるのかよ」

「信じる者は救われる。

 私を信じなさい」

なおも疑問をもつ隼人に向かって将美はそう言いながら、

ニガウリのトレードマークが印刷された紙袋に薬が入った瓶を押し込むと、

ハイッっと強引に手渡したのであった。



「ただいまぁ」

将美から渡された紙袋を手に隼人は家に戻るなり、

「パチンコ屋に行ってきたんでしょう?

 じゃぁ前に頼んでおいたもの、買ってきてくれた?」

と由香里の声が響く。

「前に頼んだものぉ?」

彼女からのその言葉に隼人は小首をひねってみせると、

「ケーキよ、

 ケーキ。

 駅前にオープンしたケーキ屋さんで今日までの限定でスウィーツが売っているの。

 先週頼んだじゃない」

と不機嫌そうに由香里は言う。

「あっごめん、忘れてた」

その言葉を聞いて隼人はハタと手を打ってみせると、

「なによ、

 買ってきてくれてなかったの?

 もう、あれほど頼んだのに」

腰に手を当てて由香里は膨れてみせると、

「でもさ、ケーキばっか食ってると太るぞ」

「忘れたくせにすぐそうやって言い訳をする」

「だったら人に頼むなよ」

「判ったわ、もぅ頼まないから」

売り言葉に買い言葉、

またしても些細なことから口げんかをしてしまったことに、

「………」

隼人は一抹の気まずさを感じていると、

由香里もまた気まずく思ったのか、

隼人が持って来た紙袋に気付いていなかった振りをしながら、

「それどうしたの?」

と隼人が下げている紙袋の事を指摘する。

「いや、

 パチンコしてたら、

 姉さんがこの近くに来たらしくて、

 いきなり呼び出しを食らって…

 そしたらこれを二人でこのサプリメントを飲めって貰ったんだ。

 どこから取り寄せたのか知らないけどなんか体に良いらしいよ」

嘘を交えつつ隼人は説明をする。

「ふぅん、そうなんだ」

それを聞いた由香里は一言そう言うと台所へ向かっていく。

そして、その日の食事を終え、

隼人がテレビを見ていると

「ねぇ、さっきのサプリメント飲んでみない?」

と後片付けを終えた由香里が話しかけてきた。

「え?

 いきなりどうしてだよ」

それを聞いた隼人は驚いて聞き返すと、

「うん、さっきあたしのケータイにお姉さんから電話があってね、

 隼人に渡したサプリメント飲んだ?って尋ねられて…

 お姉さんが言うには飲むとお互いの気持ちが通じるようになるらしいの。

 きっとなんかセックスがうまくなる薬よ」

と言う。

「そっそうなのか」

それを聞かされた隼人は半信半疑ながらも押しつけられた瓶を紙袋から取り出すと、

瓶の中に入っていたカプセルをすべて出し、

二人で半分ずつに分けると一気に飲み干してみせる。

すると急に眠気が二人を襲い、

「ふわぁぁ

 あれ?

 なんか急に眠くなってきちゃった」

「あたしもぅダメ…」

の言葉を残して二人は倒れるようにして眠ってしまったのであった。



「ん?」

どれくらい寝ただろうか隼人が目を覚ますと、

「あれ?

 すっかり寝ちゃったな」

と言いつつ起き上がり、

「うーっ、

 寒い…」

寝ている間に体を冷やしてしまったことに気づきつつ、

シャワーを浴びようとしてシャツを脱いだ途端、

プルンッ!

っと彼の視界に二つの膨らみが軽く震えてみせる。

「な、な、な、何だよ、

 これは?」

いきなりゴムボールみたいに弾んだ胸に隼人が驚きつつ、

「これって…おっぱい?

 って

 ま、まさか」

そう呟きながら恐る恐るズボンに手を入れると、

「なっ無い!、

 無い

 無い無い無い!!」

といつの間にか股間に刻まれてしまった縦溝をなぞりつつ声を上げたのであった。

すると、

「うるさいわね、眠れないじゃない」

隼人の声で目が覚めた由香里が顔を上げて鏡を見た途端、

「え?

 これって

 わ、私?」

と今度は由香里が驚きの声を上げたのであった。

そして、

バッ!

慌てて由香里が胸に手をやると胸が真っ平らになっており、

それどころか股間からはペニスが力強く勃起しているではないか。

「うっうそっ

 女になっている」

「そっそんな、

 おっ男になっちゃった…」

隼人と由香里はお互いにそう呟きながら

それぞれの変わり果てた姿を眺め、

「あ、あなた、隼人?」

「お前こそ、由香里だよな?」

「どうしてこんな事に」

「もしかして」

と呟きつつ背中合わせになりながら座り込んでみせる。

そして、

「まさか」

大急ぎで隼人が将美にケータイを掛けると、

「その声?

 ひょっとしてもぅ女の子になっちゃった?」

と隼人の高くなった声色を聞いた将美はケタケタと笑いながら問い尋ねる。

「女の子になっちゃった…って、

 姉さんはこうなることを知っていたの?」

それを聞いた隼人は怒鳴り返すと、

「あのサプリメントの中にね。

 男の子を女の子に、

 女の子を男の子にする性変胆って薬を混ぜてみたの。

 あなたが女、由香里ちゃんが男になればもっとお互いを理解できるかなと思ってね」

と将美は言う。

「あっあのねぇ…!

 どこからそんな薬を手に入れたんだよ。

 とにかく俺達を元に戻してくれよ」

ケータイにかじりつくようにして隼人は声を上げると、

「それは秘密です。

 大丈夫、2、3日で効果が切れるから、

 それまでの間、女の子の大変さを知りなさいって、

 そうそう、由香里さんにも男の子の気持ちを味わってね。

 って伝えといてね」

そう言うなり将美はケータイを切ってしまうと、

「あぁもぅ」

隼人はじれったそうに声を上げる。

「どうしたの?

 やっぱりお姉さんから貰ったこのサプリメントのせいなの」

やりとりを聞いていた由香里が不安そうに尋ねると、

「まったくもぅ、

 姉さんは俺たちに性転換をする薬を飲ませたんだよ、

 まったく、いい迷惑だ」

と投げやりな答えを返した。

「そっそうなの…」

それを聞かされた由香里はクッと力強く盛り上がる股間に手を添えてみせると、

「あたし…おっ俺、男になっちゃったんだ」

と呟いてみせる。

「はぁ…

 それよりも上司に何て言ったら良いんだよ」

「そんなの休めばいいでしょ」

「おい、そういう訳にはいかないだろ」

「でも、その姿で木村隼人ですって言っても信じてくれないわよ」

「確かに」

「休みって言ってもほんの2、3日の事じゃない、

 その間、あたしは男、

 あなたは女として暮らせばいいのよ」

「まぁ、それもそうだな。

 じたばたしても始まらないし」

隼人は由香里に説得されて休みを取る事にし、

翌日、由香里は隼人の声を真似て隼人の仕事先に連絡を取ったのであった。

「さすが元演劇部」

「先輩もそうだったでしょ」

「あっ先輩って呼ばれるのは久しぶりだな」

「そうだね」

そんな会話の後、

二人は着替えを済ませると向かったのは小さな公園であった。

「何でわざわざこんな公園に?」

隼人のその一言に由香里は悲しそうな顔をし、

「二人の思い出の公園なのに…」

と呟いた。

高校の演劇部の先輩と後輩であった二人であったが、

隼人が高校を卒業する際、

由香里に告白したのがこの公園だったのだ。



「あっそうだった。

 ごめん、忘れていたよ」

「それにしても、この辺り淋しくなったね」

「そうだね」

「通っていた高校も統廃合されてなくなっちゃったし」

二人が閑散とした街並みを眺めながら黙ってベンチに腰かけていると、

「仕事が忙しくてお前の事を構ってやれなくてごめん」

「私こそ我儘ばかり言ってごめんなさい」

とお互いに今までの事を謝った。

すると突然、二人のお腹が大きな音を立てると、

「まだ朝食を食べていなかったな」

「早く家に帰ろう」

と声を掛け合いながらもどっていったのであった。

それから2日間、

二人は入れ替わった性を楽しむかのように昼はショッピングなどを楽しみ、

夜はセックスに明け暮れ、

「隼人、良い締まり具合だったよ」

「女の方が男より気持ち良く感じるけど男に戻りたいな」

「またいつも通りの生活が始まるな」

「いや、新しい生活が始まるのさ」

「隼人」

「由香里、愛している」

と互いの愛を確かめたのであった。

そして二人が元に戻って数ヵ月後、

「姉さん、久し振り」

「隼人に由香里さん、元気そうね」

「まあ、もうじき家族が一人増えて大変ですけど」

由香里が膨れたお腹をさすりながら言うと、

「隼人、しっかりしなさいよ」

「姉さん、分かっているってば」

と隼人は姉に向かって元気に返事をしたのであった。



おわり