風祭文庫・異性変身の館






「姉妹の挑戦」


作・風祭玲

Vol.1027





『業屋は居るか?』

昼下がりのディスカウントショップ・業屋に突如男の声が響き渡ると、

『これはこれは…どなたかと思えば蒼蛇堂殿ではありませんか』

癖になっている揉み手をしつつ和装姿の老人・業屋は店先に出てくるなり

仁王立ちで立っている顎長の男・蒼蛇堂に向かって挨拶をした。

『ふんっ、

 久しくその名で呼ばれたことは無かったな』

業屋に自分の名を呼ばれた顎長の男は軽く笑ってみせると、

『あぁ、いや。

 別に他意ははございませぬ』

体中から汗飛沫を飛ばしつつ業屋は慌てるが、

『ここには来ていないようだな…』

業屋に構わず蒼蛇堂は店内を伺いつつそう呟く。

すると、

『どなたかをお探しで?』

それを見た業屋は探りを入れると、

『ん?

 妹が…こっちに来ているかと思ってな』

あまり触れて欲しくないのか蒼蛇堂は難しい顔で答えてみせる。

『あぁ白蛇堂殿でしたら、

 まだ見えられていませんが…

 お待ちになりますか?』

蒼蛇堂に背を向けて業屋は白蛇堂がまだ来ていないことを言うと、

『いや、そっちじゃない』

と彼は短く答え、

『え?

 黒蛇堂殿でしたら…こちらではなく、

 直接お店の方にお尋ねになったらよろしいでしょう』

それを聞いた業屋はそう促した。

ところが、

『白でも黒でもないっ』

蒼蛇堂はそう言いきると、

『えぇ?

 白でも黒でもないって…

 ほっ他にもいらっしゃるのですかぁ?』

さすがの業屋も蒼蛇堂の台詞に驚きの声を上げた。

しかし、

『まぁいい、

 ここに居ないのなら他を尋ねるまでだ』

驚く業屋に構うことなく蒼蛇堂はクルリと背を向けると店から去っていくが、

しかし、

『白蛇堂や黒蛇堂以外にもいらっしゃるって…そんな…

 白蛇堂殿のような方が他にも居たら…

 わっわたしは身が持ちませんよぉ

 怖ろしやぁ…』

蒼蛇堂が去った店内で業屋は腰を抜かしながらそう呟いていたのであった。



『……へぇ…ここが人間界かぁ…

 ワクワクするなぁ』

『ねぇやっぱり戻ろうよ。

 いまなら間に合うって』

『いまさら何を言っているの。

 人間界に来てしまった以上、

 後戻りは出来ないわ』

歩行者天国で賑わう大通りから横に入った路地裏で3人の少女の声が響き渡る。

『で、何をする?』

濃紺地に縁に赤ラインが入るローブを身に纏い小学校高学年と思える少女が他の二人に向かって話しかけると、

『そうねぇ…

 姉様達に習って商いをするのが良いかと思うわ』

濃緑色に緑ラインが入るローブを身に纏う少女が返事をした。

『さすが緑蛇堂っ、

 あったまいい』

それを赤ラインの少女は笑みを浮かべると、

『赤蛇堂、

 あたし達はここに何しに着たの?』

顔に掛けているメガネを軽く直しつつ、

緑蛇堂はツンっとすました顔で問い尋ねる。

『はいはい、

 そうでしたね』

それを聞いた赤蛇堂はふて腐れるようにして返事をすると、

『ねぇ…やっぱり…帰ろうよ。

 今ならまだ間に合うって…』

その二人の話を聞いていた黒地に黄色のラインが入る少女が間だに割って入るが、

『んだよ、黄蛇堂。

 臆病風に吹かれたか?』

頭の後ろに手を組みつつ赤蛇堂は問い尋ねると、

『おっお姉様達の許可を得ないで人間界に来ては怒られる…と思うの。

 それにこのことが兄様の耳に入ったら…』

オドオドしながら黄蛇堂は人間界行きについて誰の許可も得ていないことを指摘すると、

『そんなもん待っていたら、

 あっという間に時間が過ぎてしまうだろうがっ』

『そうよ、

 黒蛇堂姉様も白蛇堂姉様もあたし達の年齢で人間界に出向かれましたわ。

 あたし達が出向いて行けない理由なんてありませんわ』

と赤蛇堂・緑蛇堂は共に言い返しすのものの、

『でも…』

なおも黄蛇堂が気乗りしないことを口走ると、

グッ!

赤蛇堂は黄蛇堂の胸ぐらを掴み上げ、

『いいかっ、

 あたし達は姉様達とは違って3人で一つだ。

 しかもだ、

 あたし達が3人でまとまれば姉様どころか兄様の力を凌ぐことが出来るんだぞ。

 黄蛇堂っ、

 お前がそんな弱気でどうするんだ』

と怒鳴る。

『ひぐっ!』

赤蛇堂に気押された黄蛇堂は流し掛けた涙を飲み込みつつ、

『わっ判りましたぁ〜…』

返事をすると、

『これじゃぁ先が思いやられるわ…』

それを横目に見ながら緑蛇堂はため息をついてみせる。

『で、

 どうする?』

そんな録蛇堂に視線を動かして赤蛇堂は尋ねると、

『そうねぇ…

 あたし達には黒蛇堂姉様みたいなお店は持ってないし、

 かといって白蛇堂姉様みたいにお得意様が居るわけでもないから、

 ここは地道に市場を開拓して行くしかないわね』

頬杖を着くように片手を頬に当てつつ緑蛇堂は方針を言う。

『ちっ、

 面倒くせーな』

ローブの上から頭を掻きつつ赤蛇堂は愚痴を言うと、

「あーっ、

 君たち」

と3人に向かって声が掛けられた。

『ピキーン!』

その直後、

目に星を宿しながら

『はっはいっ、

 何がご用でしょうか?』

嬉しそうに赤蛇堂は振り返って問い尋ねると、

「奇妙な格好をしているけど…そこで何をしているの?

 小学生かな?

 ご両親は?」

青い制服姿の警察官が不審そうな目つきで3人に向かって問い尋ねる。

『えぇっと…?』

想像とは違う事態に赤蛇堂は困惑して見せると、

『あっあのぅ…

 お姉様と待ち合わせをして居いて…』

赤蛇堂を押しのける様にして緑蛇堂が前に出て説明をし始めた。

「待ち合わせ?」

それを聞いた警察官は改めて3人を見ると、

『待ち合わせってしていたっけ?』

と赤蛇堂は黄蛇堂に尋ねるが、

その途端、

ダンッ!

赤蛇堂の足が緑蛇堂に踏みつけられるや、

『えぇ…

 それで、お姉様から連絡があって…

 これからそこに向かうところなんですぅ』

警察官に向かって録蛇堂はそう言い、

グッ!

赤蛇堂と黄蛇堂の手を握るや脱兎の如く走り去って行った。




『こらぁ!

 緑蛇堂っ!

 いきなり足を踏みやがって』

緑蛇堂と共に公園に逃げ込んだ赤蛇堂は怒鳴り声をあげると、

『馬鹿っ、

 あの男はこの世界の警察官よ。

 下手に問題を起こしたら兄様に見つかってしまうでしょっ』

人差し指でメガネの位置を直しつつ緑蛇堂は窘める。

『ぐっ』

彼女のその言葉に赤蛇堂は振り上げかけた拳を納めると、

『あれぇ?』

傍で息を整えていた黄蛇堂は何かに気づいたのか、

ある方向へと顔を向ける。

『どうした?』

それに気づいた赤蛇堂は尋ねると、

『あの…

 噴水近くに座っている人から…何かオーラが出ている』

と黄蛇堂は公園の中央で座り込んでいる若い男性を指さした。

『あたしには何も見えないけど?』

手庇を掲げながら赤蛇堂は男性を見ると、

『ねぇ、

 何色のオーラが出ているの?』

懐から辞書のような本を取り出し、

そのページを捲りながら緑蛇堂は尋ねた。

『んーと、

 青…

 ちがうなぁ…

 青から紫色の間だかな?』

目を懲らしながら黄蛇堂は答えると、

『なるほど…青紫ね…

 これは相当深刻に悩んで居るみたいね。

 みんなっチャンスよ』

パタンっ

開いていた本を閉じた緑蛇堂は目を輝かせる。

すると、

『よしっ、

 あたしにお任せろ』

その途端、赤蛇堂は一直線に男のところへと向かうと、

『おにーさんっ!』

と笑みを浮かべながら話しかけた。



「はぁ?」

赤蛇堂に話しかけられて顔を上げたのは”とある大学”の2回生・柴田憲次(20)であった。

「あの…なにか?」

いきなり目の前に現れたローブを纏う少女に話しかけられた憲次は少し怯えながら聞き返すと、

『お兄さん…

 悩み事があるんでしょう?

 良かったらお話を聞かせて欲し…じゃなくて聞かせてくださいな。

 あたし達が力になりますわ』

と赤蛇堂はしなを作り慣れない言葉で話しかける。

しかし、

「はぁ?

 何のことなのかな?

 えぇっと、

 僕には時間が無いのでこれで…」

慌てて腰を上げた憲次は赤蛇堂に向かってそう言うと、

その場から逃げ出すようにして飛び出していった。

すると、

『このぉ…

 この赤蛇堂様の好意を無駄にするって言うのぉ?

 そういう態度ってさぁ

 無いんじゃないのぉ?』

顔を真っ赤にした赤蛇堂は小走りで去っていく男の後ろ姿を見据え、

スチャッ!

素早くその手に一丁の拳銃が握りしめられると、

『このド腐れ外道ぉ、

 往生せいやぁ!』

の声と同時に、

タァァン!

乾いた音が鳴り響く。

そして、

ビシッ!

「ひっ!」

射撃音と同時に足下の石が弾き飛ばれれるのを見た憲次はその場で縮み上がってしまうと、

『ふっ、

 快っ感ぁん!』

赤蛇堂は上気しながら硝煙の煙がほのかに上がる銃口に軽いキスをしてみせるが、

『大馬鹿者!』

パァン!

の声と共に今度はその赤蛇堂の頭が盛大に叩かれた。

『なっ何をしやがるっ』

頭を押さえながら赤蛇堂が振り返るとそこには黄蛇堂や緑蛇堂の姿はなく、

『申し訳ございません。

 ウチの馬鹿がご迷惑をおかけしまして…』

いつの間にか二人は憲次に向かって盛んに頭を下げていた。

「いっいや…」

頭を下げ続ける二人の姿に憲次はバツの悪そうな表情をしてみせると、

『あのぅ…失礼ですが…』

とすかさず緑蛇堂が切り返し、

『深刻な悩みを抱えているように見えますが…』

そう探りを入れて見せる。

「うぐっ」

その緑蛇堂の指摘に憲次は一瞬戸惑い、

そして、彼女を見つめると、

「やっぱり判ります?」

と問い尋ねた。

『はいっ、

 あなた様の顔にしっかりと人に話せるような悩みではない。と書かれていましたので、

 私たちはこうして参りました次第です』

つかみ所を掴んだ緑蛇堂は笑みを浮かべて返事をすると、

「参ったな…」

憲次は苦笑いをしながら頭を軽く掻いてみせる。



『女になりたい?』

腕組みをしながら赤蛇堂が聞き返すと、

「はぁ…」

噴水傍のベンチに腰を下ろす憲次は小さく頷いてみせる。

『また何でです?』

彼に向かって黄蛇堂が理由を尋ねようとすると、

すかさず緑蛇堂は彼女を制し、

『判りました…

 お客様にぴったりの商品がございます』

と言うと、

『これをお納めください』

そう言いながら憲次に向かって緑蛇堂は小さなお守りを差し出した。

『それは…業屋の…』

そのお守りに見覚えがあるらしく赤蛇堂が指摘しようとすると、

緑蛇堂は彼女も制し、

『このお守りはお客様の願いを1度だけ叶えることが出来るお守りです。

 ただし1度だけですよ。

 そこをよくよく考えた後に、

 女の子になりたい。

 と願を掛けてください』

と憲次に向かって緑蛇堂は警告をした。

「あっあぁ…」

半信半疑で憲次は差し出されたお守りを受け取ると、

『では…ご多幸を…』

緑蛇堂は笑みを浮かべて一歩下がり、

『みんなっ、

 行くわよっ』

と赤蛇堂や黄蛇堂に向かって言う。

そして、

「…あっあのぅ」

お守りを片手に憲次が緑蛇堂に問い尋ねようとしたときには

すでに3人の姿はどこにもなかったのであった。



その日の夕刻

『なぁ…気にならないのか?』

ビルの屋上に赤蛇堂の声が響くと、

『そうねぇ…

 女の子になりたいと言うあの人、

 どうしたかなぁ…』

夕空を見上げつつ黄蛇堂は呟く。

『じゃぁ…

 行ってみますか?』

二人の会話を聞いていた緑蛇堂はそう提案すると、

『そりゃぁ、そうだろう』

『気になりますし』

赤蛇堂、黄蛇堂の二人は身を起こした。

そして、

フッ!

3人は姿をかき消し、

憲次がいる場所へと向かっていく、

「はぁ…」

ちょうどその頃、

憲次は自らが通う大学の体育館の観客席にいた。

「どんな願いも叶えてくれるお守りかぁ

 ってことはこれを使えば僕は女の子になれる…」

昼間、緑蛇堂に貰ったお守りを眺めながら憲次はそう呟くと、

タンッ!

下から勢いの良い足音が響き、

シュルンッ!

リボンが大きく舞い踊る。

「あっ茜さん…」

自分の足元でレオタードを身に纏い華麗に舞う新体操選手に視線を動かながら、

憲次の胸に熱い思いが駆け抜けていく。

と同時に

ギュッ

お守りを握りしめた時、

「あっアイツよ!」

憲次の姿を見つけたのか新体操部の部員達が騒ぎ始めた。

「ちっ!」

その声に追われるようにして憲次は足早に立ち去ろうとするが、

「逃がすな!」

の声が響くや、

ワラワラと憲次の周囲をレオタードの上にジャージを羽織った部員達が取り囲み、

「ちょっとぉ、

 話を聞きたいんだけど」

と敵意を丸出しにして話しかける。

「なっなんの話かな?」

彼女たちのその言葉の意味がわからないのか憲次は聞き返すと、

「しらばっくれないで、

 最近、部室からレオタードが盗まれて居るんだけど、

 犯人はあなたでしょう」

一人の部員が検事を指さして尋ねる。

「知らないよぉ、

 言いがかりだって、

 大体なんの証拠があるんだよ」

気押されながらも憲次は反論すると、

「ふぅぅん、

 これでもしらばっくれる気?」

そう言いながら部員は一枚の写真を差し出して見せた。

「げっ」

その写真を見た途端、

憲次の顔から血の気が引いていくと、

「ふふっ、

 隠しカメラをセットしてあったのよ。

 そこに映っているのは紛れもないあなたよね」

と勝ち誇ったように部員は問い詰めた。

「くっそぉ!」

まさに万事休すの状態に憲次は歯を食いしばるが、

「!」

不意に何かを思いつくと、

「わはははっ

 これでも食らえっ」

と怒鳴りながらあのお守りを取り出すや、

「新体操部のこいつ等をみんな男にしてしまえっ!」

と怒鳴り声を上げた。

すると、

パァンッ!

憲次の手のひらにあるお守りが光り輝くと、

「うわぁぁ」

「なにこの光ぃ?」

彼を取り囲んでいた新体操部員達はひるむが、

ボコボコボコっ

ひるんだ新体操部員の腹に縦に2列並んだ瘤が盛り上がってくると、

ムキッ!

乳房を飲み込んで胸板が盛り上がってくる。

そして、

ググググッ!

股間が力強く盛り上がってくると、

ジワジワジワ…

つるりとした拗ねや肘の体毛が濃くなっていく。

「!!!っ

 やだなにこれぇ!」

口の周りに髭を浮かべながら野太い声で新体操部員達は悲鳴を上げるが、

しかし、その姿はレオタードを身に着けた変態女装男にか見えない状態になっていたのであった。

「あははは!!」

そんな彼女たちのあざけ笑いながら憲次は逃げていくが、

「やっやだぁ!」

「お願い戻してよぉ!」

彼が去っていった後には盛り上がる股間を押さえながら泣き崩れる元少女達の姿があったのである。



『あらら…』

『まぁ…』

『うーん』

その様子を赤・黄・緑の3人の蛇堂姉妹は呆気にとられながら見ていると、

『人間を甘く見るな。常に言ったであろう』

と兄である蒼蛇堂の声が背後から響き渡った。

ギクッ!

その声に3人は一斉に緊張すると、

『あっ兄貴…』

『こっこんばんわぁ』

『見つかっちゃいましたね』

振り返りながら口を揃える。

『全く…バカをやりおって…

 後始末は俺の方でするから、

 それまでお前等はここで反省をしろ』

3人に向かって蒼蛇堂はそう言うと、

パチンッ!

と指を鳴らした。

それと同時に、

『反省室は嫌だぁぁぁ!』

と言う赤蛇堂の悲鳴を残して3人は姿を消してしまうと、

『全く…仕事を増やしおってぇ』

蒼蛇堂は苦虫をかみつぶしたような顔を見せたのであった。



おわり