風祭文庫・異性変身の館






「古本屋」


作・風祭玲

Vol.697





ブォォォォ!!!

パッパーッ

それは何処にでもある国道沿いのディスカウントストア。

『では、よろしくお願いいたしますよ』

鍛え上げた肉体を黒のスーツに封じ込め、

顎長の顔に7・3に髪をビシッを決めた

あの”男”がそう声をかけると、

『いーぇっ、

 こちらこそ』

と挨拶をしながら壮年の女性が大きく頭を下げた。

『この世界もしばらくすれば慣れると思いますよ

 では』

頭を下げる女性に男はそう告げると、

『いえいえ、

 良いんですよ』

女性は笑い、

その笑い声に送られて

男はディスカウントストアを後にする。

店から出た途端、

『で、今度は何を始める気なの?』

フッ!

の声と共に銀色の髪に緋色の瞳、

白色の衣装に身を包んだ若い女性が男に傍らに姿を見せ尋ねると、

『ふんっ

 なぁに、

 古本屋を始めようと思ってな』

と男は長い顎をさすりながら振り返り、

ディスカウントストアの一角、

紅白の花輪が置かれている店舗を眺めた。



それから数日後、

「んーと、ここね」

制服姿の少女が古本屋の前に立った。

彼女の名前は深田浩実。

通っている高校の合気道部に所属し

普段から気功・氣の世界に興味のある少女だった。

「あたしの情報網に誤りがなければ、

 あの本はココの古本屋にあるはず」

グッ

と握り拳を握りしめながら、

浩実はあるディスカウントストアに併設されている

古本屋へと向かっていった。

その昔、中国拳法の達人が記したと言われる”氣の本”

浩美はその本を長い間探し続け、

そして、インターネット会議室のスレッドに

その本の記載があることを見つけるや否や、

浩美は学校をすっぽかしてココへと足を運んできたのであった。


ガァァァ…

自動ドアが開き気合を入れた浩美が店に入っていくと

ひとりの壮年の女性が店番をしていた。

『あっ、いらっしゃい、

 女の子が来るのは珍しいわね
 
 でも、平日の昼間なんだけど』

と女性は浩美の服装を怪訝そうに眺めながら声をかける。

しかし、浩美はそんなことを気にせずに、

「おばさんっ

 ちょっと聞きたいんだけど、

 このお店に”氣の本”って名前の本がある。

 って聞いてきたんだけど」

とドアップになって迫った。

『はぁ…』

浩美の迫力に押され、女性は冷や汗を掻くと、

『そうねぇ…

 確か、そっちの棚にあったのを見たことがあるけど…』

と言いながらいくつか並ぶ本が収めた棚を指さした。

「そうなの?

 判ったわ」

女性から本が収められているであろう位置を教えて貰ので、

浩美は引き下がると、

ノッシ

ノッシ

とその棚の所へと向かっていく、

『お嬢さん、

 ほとんどそんな関係だからゆっくり見てらっしゃい』

と背後から女性の声が響くが、

そのような言葉は浩美の耳には届いていなかった。

そして、その棚に並べられた本をじっくり目で追い始めた。

確かにどの本も気功や氣に関する本ばかりである。

「ふーむ…」

ツルンとした顎を指でさすりながら、

浩美は本を追いかけていく、

だが、

「無いわねぇ…」

幾ら探しても浩美が欲していた”氣の本”は見つからなかった。

「売れちゃったか、

 それとも、ネタだったか…」

ややガッカリとしながら浩美が結論をつけようとしたとき、

「え?」

ある本の前でその視線が止まった。

【変身の世界】

そう書かれた本のタイトルを見つめながら、

「あはっ。

 変身だって」

と小さく笑いながら早速本を手に取り、

そして、パラパラと捲っていくと、

タイトルに続いて「異性について」という章が目に入ったが、

「えっ?

 あっあれ?」

なんとその部分は袋とじになっていて、

まだ開かれてなかった。

「うーん…」

一度は棚に戻そうとしたが、

しかし、袋とじになっている部分になんて書いてあるのか、

浩美は興味がわいてしまうと、

その手を手前に引き戻しそのままレジへと持って行った。

『探していた本は見つかった?』

そう尋ねてきた女性に、

「ううん、無かった。

 だけど、代わりにこの本を貰っていくわ」

と言いながら浩美は【変身の世界】を女性に手渡すと、

『あー、その本ね。

 綺麗に見えるでしょ。

 元の持ち主が女の子で同じ本を二冊持っていたんですって。

 もういらないからって』

と言いながら女性は本を袋に収め、値段を告げた。

「ふぅーん、

 そーそうなんだ」

女性の言葉に浩美はお金を払い本を受け取ると、

『じゃぁ、おばさん。

 ありがとうございました』

と言って店から出て行くと、

『ありがとうね、また来てね。

 女の子は歓迎よ』

と女性の声が響いた。

「さてと…」

古本屋から出た浩美は早速ケータイの時計を見ると、

「次のバスまで時間があるわね、

 まぁ昼休みまでに行けば良いんだから」

と呟きながら、周囲を見回した。

さすが人気のディスカウントストアである。

平日の日中にもかかわらず客足はあり、

駐車場は入るクルマ、

出て行くクルマでにぎわっていた。

そんな様子を見ながら浩美は喫茶店を見つけると、

学校に行ってからゆっくり見ようとは思っていた

あの袋とじが急に気になってきた。

「ちょっと寄っていくか」

本が入った袋を抱きかかえながら、

浩美は喫茶店に入り、

ブレンドコーヒーを注文すると空いている席へと着く、

そして、さっそく本を取り出すと、

あの袋とじのところをゆっくと丁寧に開いていった。

その途端、

【異性に変身と・・・】

と言う文字が浩美の目に飛び込むと、

「えっ?」

反射的に浩美は本を閉じてしまった。

「え?

 なっなに?」

胸をドキドキさせながら

いきなり飛び込んできた文字に浩美は驚いていると、

「お待たせいたしました」

と言う声と共に浩美の前にコーヒーが置かれる。

運ばれたコーヒーを啜った後、

浩美はもう一回開いてみると、

そこには、

【異性への変身の仕方】

【変身の定着方法】

【後悔前の変身】

などと書いたタイトルが並んでいた。

「なっなにこれぇ!!」

それらのタイトルに浩美は驚きながらも、

興味深く読み進んでいくと、

そもそもの変身の仕方自体が

思っても見ないほど簡単な方法であり、

いま、この場でもきるほど簡単な方法だった。

それは最初のページに書かれていた

呪文のような文言を唱えるだけだった。

「はぁ、なによこれぇ!」

あまりにも呆気ない事柄に浩美は一瞬

「買って損した」

と思いつつ、

つい呪文をぶつぶつぶつと唱えてしまった。

「あっ、いけないっ

 読んじゃった…でも、効くわけ無いか」

小さく舌を出しながら浩美が自分の頭を小突いた途端、

ミシッ!

浩美の全身の筋肉が筋肉痛を起こし始めた。

「つぅ…

 ってこれなに?」

突然襲ってきた痛みに浩美は驚くが、

驚いている間もないほど体中が痛くなり、

同時に下着がきつくなって来た。

「うぅ…

 苦しい…」

痛む両肩を抑えながら

さらに息苦しさをも覚えてくると、

浩美は慌てて席を立ち、

レジでお金を払うと喫茶店から飛び出ていく、

「どこか、

 トイレ…」

胸を押さえながら浩美はそして近くにトイレがないか探すと、

「あった!」

ディスカウントストアの脇に公衆トイレがあるのを見つけ、

そこの個室に滑り込んだ。

「いっ一体なんなのよっ」

ドアのカギをかけながら浩美は何が起こったのか考え始めるが

当然思い当たるのはあの呪文だった。

「そんな、まさか、

 あの呪文が本物だったの?」

そう思いながら本を開き、

さらに読み進んでいった

すると、

呪文は言ってはいけないこと。

心で言う分には構わない事。

万一言ってしまった場合は変身が行われてしまい、

決して元には戻らない事。

などが記載があった。

「そんな…

 こんな重要なこともっと最初に書いてよ」

本を見ながら浩美は文句を言うが、

しかし、既に後の祭り、

浩実は先ほど口に出してしまったのだ。

「うぅ…」

カチャッ

痛みが少し引き始めたのを感じながら

浩美は個室を出て鏡の前に立ってみると、

そこには体格はそれほどかわらない男の子が立っていた。

女子の制服姿なので一瞬女の子かしら、と思われる程度の男の子。

「いっいっ

 いやっ」

自分の変わり果てた姿に浩美は小さく悲鳴を上げて、

また個室へ飛び込みあわてて胸を触るが、

だが、浩美の手には平になってしまった胸の感覚が走る。

「そんな…」

すっかり膨らみを失い、

横に広がる胸筋に浩美の目から涙がこぼれ落ちていく。

だが、それだけで終わりではなかった。

「はっ、

 まさか、ここも?」

そう思いながら浩美はショーツを脱ぎ捨てると、

プルン!

っと股間からペニスが飛び出し、

ムリンッ!

を被っていた皮が捲りあげられていく、

「いやぁ!!」

その感触に浩美は悲鳴を上げてトイレから飛び出したが、

どうしていいのか判らず、

その辺りをウロウロをうろつき始めた。

「なに?」

「何をやっているんだ?」

うろつく浩美の姿にディスカウント店に来ていた客は振り返り、

そして、

「なにかしら?」

「男の子?」

「やだぁ、

 女の子の制服を着ちゃって…」

「変質者よ…」

「警察を呼んだ方が良いんじゃない?」

と口々に警戒をする声を発し始めた。

しばらくして、

「君ぃ」

見かねたガードマンが浩美に声をかけると、

「すっすみませんっ

 おっ男の人の服を売っている売り場は何処ですか?」

と浩美は野太い男の声を上げながらガードマンに縋った。

「はぁ?」

浩美のその言葉にガードマンは呆気にとられるが

「あぁ、男性用なら、

 ココの奥にあるけど…」

とめんどくさそうに告げると、

「あっありがとうございます!」

スカートの下からすね毛に覆われた足を晒しながら

浩美はディスカウントストアに駆け込み、

店員がにやけているのを気にしながら、

制服と同じ色合いの男性用のズボンに購入し履き替えた。

そして、胸元のリボンを外しながら古本屋に戻ると、

『いらっしゃい。

 今日は珍しくお客さんが続くね。

 さっきも女の子が来てね』

と店番の女性は告げた。

どうやら完全に自分とは別のこと思っていることに、

浩美は心の中で泣きながら、

「あの、この本ってどんな人が持ってきたんですか?」

と尋ねた。

『あら?

 さっき、女の子が買ってった本ですね。

 お知り合い?

 あの子に言っておいてね。

 その本は本物だから、気をつけてって』

と女性は浩美に言う。

「どういうことなんですか?」

その言葉の意味を尋ねると、

『えぇ前の持ち主は可愛い子でね

 二十歳くらいで亡くなったんだけれど

 次の購入者には本物だからと伝えてくれって言われたの

 忘れて売っちゃったのよ』

と女性は悪びれずに言う。

「そんな…もう遅いよ」

っと浩美は女性に言いかけたが、

だが、女性の笑顔を見ているウチに言い出せなくなり、

「ありがとう」

と言い残して古本屋から出て行った。

「どっどうしよう…

 学校に行けないよう…」

すっかり男性化してしまった自分の身体を見ながら

浩美は途方に暮れていたのであった。



おわり