風祭文庫・異性変身の館






「入浴剤」


作・風祭玲

Vol.648





「えっと、確かこの先よね」

学校からの帰り道、

あたしは国道脇の歩道を歩きつづけていた。

夕方と言うにはまだ陽が高い日差しを浴びながらも目指す先は

この先にあるディスカウントストア。

そして、なんであたしがそのディスカウントストアに向かうことになったかというと、

それは終礼と共に入った一本の携帯電話だった。

ママからだった携帯電話を取ると、

電話口のママから早口であたしにある情報が伝わったのだ。

その情報とは…

あたしがかねてから狙っていた入浴剤が

いま向かっているディスカウントストアで、

なんと30%引きで売り出されているとのこと…

それを聞いたあたしは即座に部活を休むことを部長に告げ、

学校を飛び出したのであった。

無論、一端家に戻ってから自転車で…

と言う手段もあるのだが、

しかし、その取りに帰って戻ることになる行程がもどかしく、

学校から一直線に向かうことにして、

いまこの道を歩いている。

そんなあたしの名前は松ヶ瀬百合子。

15歳の科学部所属の高校1年生。

何故高校1年なのに15歳なのかというと、

誕生日が2月だから…と言うことは横に置いといて

とにかくあたしは歩き続けた。

”うーん、

 遠いなぁ…

 こんなんじゃぁ、

 やっぱ自転車を取ってくれば良かったか”

最初は息巻いて向かっては見たものの、

けど、なかなかディスカウントストアにたどり着けない現実に

あたしの心に後悔の気持ちが出てくるが、

しかし、

”負けちゃダメよ

 この一歩一歩が大切なんだから”

とあたしは自分に言い聞かせて

歩き続けることさらに10分、

「はぁ、

 やっと着いた…」

あたしはようやくそのディスカウントストアの前に立つ事が出来たのであった。

「よしっ

 ここかぁ」

真新しい装いの建物を見上げながら、

あたしはそう呟くと、

そのまま店のドアを開ける。

「いらっしゃいませ」

店員の声に迎えられ、

あたしは売り出しされている入浴剤を探して、

店の中をぐるりと一回りしてゆく、

「へぇぇ…

 見かけによらず商品は結構多いのね…」

店内に予想以上の商品が置かれていることに感心しながら歩いていくと、

程なくして入浴剤のコーナーへとさしかかった。

”あっココだ、ココ”

棚に並ぶ入浴剤の様子に、

あたしは安堵感と共に、

お目当ての入浴剤を探し始める。

「えーと、

 どこかなぁ…

 売り出しをして居るんだから、

 目に付くところにあるはず」

そう思いながら入浴剤を探すが。

”ふーん、リンゴエキス入りか…

 こっちは、桃の成分配合…

 アロマエキスに…

 α波増幅?

 バイアグラ入り、精力増強…(なんじゃそれは?)”

ズラリと棚に並ぶ入浴剤を一つ一つ見ていると、

程なくして商品がなにも置かれていない棚が姿を見せた。

”まさか”

それを見た途端、イヤな予感がするが、

それを振り払って空間の棚をみると、

ガァーーーン!!

案の定、その棚はあたしが探していた入浴剤が置かれていた棚であった。

「あちゃぁぁぁ!」

それを見た途端、

あたしの口から残念そうな声が漏れると、

「どうかしましたか?」

とあたしの様子を見た店員が寄ってきた。

「え?

 あのっ
 
 これって、もぅ在庫はないのですか?」

声を掛けてきた店員にあたしは棚を指さし尋ねると、

「あぁ…

 申し訳ございません。

 先ほど最後の商品が売れてしまって

 品切れになっております」

と店員はあたしに向かって申し訳なさそうに頭を下げた。

「はぁ…

 そうですか…」

店員の口から告げられた”先ほど”と言う言葉に殺意と後悔を感じながら、

あたしはそう返事をすると、

仕方なく他の入浴剤を見始める。

けど、どの入浴剤もあたしの食指を動かせることは出来なく、

そのまま店を出ようとしたその時、

”すっきり、さっぱり、気分転換…”

と言うポップが書かれている入浴剤が目に入った。

「なにかしら、これ」

何気なくあたしはその入浴剤を手に取り、

「…古い自分を捨てて、新しい自分に巡り会ってみませんか…」

ポップの続きを読み上げる。

”ふーん、

 面白そうね…”

入浴剤を眺めながらそう思っていると、

”折角、ここまで来たんだし、

 一つ買ってみるか”

と思いながらレジへと向かっていった。

そして、あたしはレジのアルバイトに入浴剤を差し出すと、

ピッ!

POSの音が響き、

「498円です」

と囁くような声がした。

「え?」

その声が聞き取れなかったあたしは聞き返そうとしたが、

レジの表示に498と表示されていたので500円玉を渡す。

そして、おつりの2円と袋に入れられた入浴剤を受け取ろうとしたとき、

またアルバイトが何か囁くが、

またしても聞き取ることが出来ないまま、

あたしはディスカウントストアを後にした。



「ただいまぁ!!」

家に戻るのと同時に、

「あら、百合子、

 随分と早かったのね」

とママの声。

「ママぁ、

 もぅちょっと早く教えてよ、

 売り切れだったわよ」

その声にあたしは文句を言うように返事をすると、

「仕方がないでしょう、

 チラシを見たのが遅かったんだから」

とママの返事。

「だったら、

 もぅ少し早く見てよ」

その指摘にあたしは言い返すと、

「はいはい」

ママはそう言うだけだった。

「まったく、

 折角行ったのに…」

口をとがらせながらあたしは風呂場へと向かうと、

買ってきた入浴剤を中に置いた。

「何か買ってきたの」

戻ってきたあたしにママが尋ねると、

「うん、

 入浴剤が切れかかっていたからね、

 別のを買ってきたわ」

と言うとあたしは自分の部屋へと向かった。



チャポン!

それから2時間後、

夕食をすませたあたしは湯船に浸かっていた。

「はぁ、今日は散々だったなぁ…

 入浴剤買えなかったし、

 先輩にはイヤミ言われるし…

 まったく、1日ぐらい部活休んだって良いじゃないのよ」

とあたしはぶつぶつ文句を言う。

「はぁ、

 あなたたら、女性っぽくないわねって…

 お上品ぶっちゃってさ、

 じゃぁ、あんたはどうなのよっ

 女よりも人間やめているような顔でよく言うわ」

なおも怒りが収まらず、

あたしは延々と文句を言い続けるが、

「まぁ、いいわ…

 うるさいスクリーンセーバーだと思えば…」

と勝手に結論づけると、

ブクブク…

鼻の位置までお湯に浸かった。

そして、

「そうだ、

 買ってきた入浴剤を入れてみよう…」

とあのディスカウントストアで買ってきた入浴剤に手を伸ばし、

そして、封を切ると、

サラサラサラ…

いま自分が入っている湯船にその入浴剤を注ぎ込む。

すると、

シュワァァァァァ!!!

入浴剤はお湯にはいると同時に泡を吹きながら溶け、

瞬く間に透明だったお湯が白く濁った。

「ふぅ…

 あぁなんか、

 リラックスしてきたわ」

真っ白に濁るお湯に浸かっているうちに

さっきまで高ぶっていた気持ちが落ち着いてリラックスしてゆくと、

次第に落ち込んでいた気分もさっぱりとしてきた。

ところが、

ムズッ

突然、鼻がムズムスとしだすと同時に、

クシュン!

あたしはくしゃみを一発する。

グズ…

「あれ?

 なんでくしゃみを…」

お湯に浸かって暖かいハズなのにくしゃみが出たことに不思議がるが、

またしても、

クシュン。

と2発目のくしゃみをしてしまった。

「えーなんでー」

と2発続けて出たくしゃみを訝しがりながら

あたしは湯船から手を出し、

首筋をなぜたりするものの、

クシュン!

3度連続でくしゃみがでてしまった。

「もぅ、

 一体何なのよ」

3度出たくしゃみにあたしは文句を言いながら、

ザバッ!

体を洗おうと湯船から立ち上がった途端、

プラン…

股間から何かが垂れ下がる感覚がした。

「えっ?」

とその感覚に驚きながら下を向くと、

スルン!

結構ボリュームだったはずのバストも消え、

真っ平になってしまった自分の胸が視界に飛び込んできた。

「きゃっ!」

それを見た途端、

あたしは悲鳴を上げ、

ジャポン!

上がったはずの湯船に浸かってしまった。

「なっ

 なに?
 
 一体なにが起きたの?」

自分の体に起きた異常事態に

あたしはパニックに陥りそうになりながらも、

白く濁った湯の中で自分の股間に手を伸ばしてみた。

すると、

ピトッ

女のあたしにはあるはずのない

股間から伸びる”あるもの”があたしの手に触れた。

「なに?

 これ、なに?」

それを握りしめ、

引っ張ってみるが無論取れるはずもなく。

ただ、引っ張られ、

長く伸ばされていく感覚があたしの股間からする。

「これって、まさか…」

思い当たるあるものにあたしは顔を青くしながら、

再度、胸に手を当てるが、

確かにバストは無くなっていて、

やや厚みをもった胸板の感触がする。

「うそぉ…

 あたし…男に…」

そう思いながら入浴剤の表示を改めて見てみると、



”あなたも入浴中の短い時間で性転換。

 変身の途中のいやな変化が見なくてすみます。

 コレに浸かればあなたも完全な異性になれます。

 副作用もありませんし、

 また、不用意に元に戻る事もありません。

 ご安心ください。

 黒蛇堂製薬”


と書かれてあった。

「へ?

 性転換?」

表示を読んだ途端、

あたしはびっくりして湯船から飛び出るが、

しかし、既になにもかもが終わった後だった。

「うそぉ…

 そんな…
 
 あたし、男の子に…」

お股からオチンチンを下げながら呆然としているあたしに

さらに追い打ちを掛ける注意書きがあった。



”変身は一回だけですので、使用は十分お考えの上ご使用ください”



おわり