風祭文庫・異性変身の館






「差し入れ」


作・風祭玲

Vol.733





ザザーン…

天空高く銀色の満月が照らす海原、

ヒュゥゥゥゥゥ…

月明かりを受けて白銀に輝く衣を舞い躍らせながら、

白銀の髪に碧眼の白蛇堂が

海から突き出ているひょうたん型の岩へと舞い降りた。

だが、そこには先客が居た。

『なんでアナタがここに居るのよ?』

漆黒の黒衣に緋眼の黒蛇堂の姿を見た途端、

白蛇堂はムッとした表情で睨みつけると、

『白蛇堂…

 そう、あなたも

 …わたしはただ指定された場所に商品を受け取りに来ただけ、

 スグに戻るわ』

と黒蛇堂は言葉に感情を居れずに返事をする。

『あっそう』

彼女の返事を聞いた白蛇堂は

顔をあわせないようにするためか

黒蛇堂とは背中合わせに立つ。



ザザーン…

『…煩いわね』

ひょうたん岩の下からの響く潮騒の音に

白蛇堂は鬱陶しそうな仕草をしながら、

『鬱陶しい音。

 こんな所に呼び出されていい迷惑だわ。

 兄貴ならきちんと宅配してくれたのに』

白蛇堂は視線を月を見上げながら文句を言う。

すると、

『仕方が無いでしょう、

 この業者を使えって指示が出ているんだから』

ため息混じりに黒蛇堂が返事をした途端、

『っ!

 別にアナタに聞いているわけではないわっ』

強い口調で白蛇堂が言い返した。

『なっ』

白蛇堂の攻撃的な口調に黒蛇堂がカチンと来ると、

その気持ちを逸らすかのように、

『黒蛇堂さま…

 お見えになられたようです』

黒蛇堂の足元に彼女の従者が姿を見せ、

静かに声を掛けた。

すると、

程なくして海の闇から浮き上がるようにして、

大きく帆を張った千石船が姿を見せ、

ギギギギ…

ギィ

軽く軋み音を響かせながら岩場へと横付けされる。

『やっときたか』

『千石船…ですか』

横付けされた船を二人はそれぞれの表情で見上げていると、

フッ!

二人の前に和装をした中肉中背の男が姿を見せ、

『おやおや、

 これはこれは白蛇堂殿に黒蛇堂殿

 お二人揃ってのお出迎えとは痛み入りますなぁ』

手もみをしながら

男はしゃくれ顎を突き上げて話しかけると、

『で、なんで、

 南半球で受け取りなのよ

 遠いじゃない』

男を睨みつけながら白蛇堂が問い尋ねる。

すると、

『ほっほっほっ、

 いまの星の位置ですと、

 満月が天空高く上るのはこの地でないとなりませぬのでね。

 ご足労をおかけいたしますが、

 よろしくお願いします』

禿げた頭を大きく下げて、男は返事をした。

『そう、

 だったらさっさとして、

 わたしには時間が無いの』

それを聞いた白蛇堂は男に告げると、

『はいはい、

 畏まりました』

そう返事をしながら懐より大福帳を取り出し、

『えーと、

 白蛇堂殿のお荷物は…

 6号と7号のコンテナですな、

 通関手続きは済んでいますので

 どうぞお持ち帰りください』

としゃくれた顎を突き上げ千石船に乗せられている

40フィートのISOコンテナを指差した。

『…でかい…って…いつの間に?

 さっきまでは無かったのに…』

千石船には不釣合いな巨大コンテナの姿に

黒蛇堂は思わず驚いて目を剥くと、

『何を驚いているの?

 あたしも手広くしようと思ってね、

 代金は例の泉の雫でいいのね?』

そんな黒蛇堂をチラリと見つつ

白蛇堂は男に向かって告げると、

『はいっ

 私どもは行くことができませんので、

 ではお待ちしております』

男はもみ手をしながら笑みを見せるが、

『ふんっ

 まぁ枯れない程度に持ってきてあげるわ、

 さて、手始めはあのジュースで仕掛けてみるか』

そんな男を無視して白蛇堂はコンテナを見上げる。



ポーン

真夏の空にビーチボールが高く飛んでいくと、

「行ったよぉ」

「おっけーっ」

「キャッ!」

そのボールを追いかけるようにして少女の声が響き渡る。

「はぁ〜っ」

そんな少女達を遠めに見ながら

後藤慎也が大きくため息をつくと、

ザーン…

波の音が響き渡った。

と、その時、

ズシッ!

いきなり慎也の肩に重みがかかると、

「後藤く〜ん。

 なにうら若き女性を見ながら

 ため息をついているのですかぁ?」

と男の声が響く。

「……」

その声に恨めしそうに慎也は後方を見ると、

「ほらっ、

 手を休めてないでさっさとイカを焼いて下さい」

慎也の先輩である南雲健太がやんわりと言うと、

頭を軽く叩いた。

「…はいはい

 焼けばいいんでしょう」

その声に慎也はまたため息をつき、

止まっていた手を動かし、

ジューーー…

程なくして

香ばしい匂いと共に、

一筋の煙が彼の前から立ち上り始めた

だが、

ジト…

慎也は目の前で焼かれていくイカではなく、

砂浜を再び見つめると、

「はぁ…

 先輩に乗せられて、

 この海の家でバイトを始めて2週間。

 毎日毎日、

 イカばっかり焼いていていい加減疲れたよぉ

 あぁ…遊びてーなぁ…」

と波打ち際で遊ぶビキニスタイルの女性を見つめていた。



「いぃなぁ…

 俺もあぁやって遊びたいなぁ…」

そんな彼女達と共に遊う自分の思い浮かべていると、

「あたし、帰るっ!」

突然、怒ったような女性の声が響くと、

何にむくれているのか、

明らかに機嫌を損ねている水着姿の女性が目の前を通り過ぎていく。

「なんだ?

 ケンカか?

 結構美人じゃないかよっ

 まーたく、あんな美人を怒らせてなにやってんだか」

と慎也は連れの男の不手際を笑うと、

「ちょっと待ってくれ、

 俺だって何でこうなってしまったのかわからないんだよ」

とたわわな果実を揺らせながら、

ビキニ姿の女性が血相を変えて追いかけていった。

「はぁ?

 女?

 ”俺”だって?

 聞き間違えかな?」

俺と言葉を発するにはあまりにも不釣合いな彼女の姿に、

慎也は首をひねると、

「うわぁぁぁん!!

 和也が女の子になっちゃったぁ」

と今度は泣きながら少女が走っていくと、

「由香ぁぁ

 待ってよぉ」

彼女を追いかけているのか、

またビキニ姿の女性が長い髪を揺らせて走って行く。

「なんだ

 なんだ

 一体、何がおきているんだ?」

状況が掴めない慎也はただオロオロするばかりだが、

「…そういえば…

 なんか…

 女の人だらけになってきたような…

 しかもビキニの人が増えたような…」

とこれまで無意識に視界から削除してきた男性の姿が急速に消え、

代わりにビキニ姿の女性が増えていることにようやく気づいた。

「なんだなんだ

 なにが起きたんだよ一体」

興味があっても持ち場から離れられずに慎也は困惑していると、

「おーぃ、後藤」

と先輩の声が後ろから響いた。

「あっせっ先輩っ

 ちょっと見てください。

 なんか、おかしいですよ」

その声に慎也は砂浜を指差しながら返事をすると

スッ…

目の前にビキニ姿の女性がプリントされた

ブリックパックのジュースが差し出され、

「まぁ喉も渇いただろう、

 これを飲んで落ち着けろよ」

と薦められた。

「え?

 あっはぁ

(先輩が俺に奢ってくれるのか?

 珍しいなぁ)

 いっいただきます」

思いがけないジュースの差し入れに

慎也は困惑しつつもパックを受け取り、

そして、ストローを突き刺すと、

ジュルルルルルルルル…

一気に飲み干す。

「!!っ

 (甘い…っていうか、

  なんか不思議な味だなぁ)」

これまで飲んできたジュースとは一線を画す味に慎也は驚き、

それと同時に

「あれ?

 でも…

 コレを寄こしてくれたのって、

 先輩なんだよな?

 なんか、声が違うような…」

先輩のものと思っていた声色が妙に違うことに気がついた。

すると、

「体、大丈夫か?」

と尋ねる声が響くと、

「え?

 先輩…

 まさか、賞味期限が切れたジュースを俺に…

 って、

 え?

 あれ?」

慎也はジュースの賞味期限の事を連想して、

慌てて聞き返すが、

シュルリ…

刈り上げていた自分の髪が

急速に伸び始めていることに気づく、

「なっなに?」

シュルルルル

サワサワ

慎也の髪は驚く間もなく、

瞬く間に腰まで届き、

女性の様に体にまとわり付きはじめると、

ムリッ

ムクムクムク!!

平らな胸が膨らみ始めだしはじめる。

「わ、

 これは…

 ど、どうなっているんだぁ?」

次々と変化してゆく自分の体に

慎也は驚きながら更衣室へと飛び込むが、

だが、その頃には胸の膨らみはさらに増し、

立派な乳房となって着ていたTシャツを下から突き上げる。

「まっマジでオッパイだよなぁ…

 コレぇ…」

Tシャツを突き上げる二つの膨らみを持ち上げながら

慎也は顔を青くしていると、

キュッ

グググググ…

今度は短パンの中のペニスが萎むように小さくなってしまうと、

体の中へともぐりこみ、

一筋の溝がそこに掘りあげられてしまった。

「うそぉ!

 ちっチンコがなくなったなぁ?」

胸から慌てて手を股間へと動かし、

膨らみの無くなった股間を押さえながら

慎也は悲鳴を上げる。

しかし、彼の変化はそれで収まるはずもなく、

太いウェストが括れてくると、

腕は細く、

腿はむっちりと膨れ、

腰が大きく張り出していった。

こうして、慎也を襲う一連の変化が

ようやく落ち着いてくると、

今度は着ているものが変化し始め、

彼の穿いていた短パンはビキニショーツとなって、

股間を魅惑的に包み込むと、

Tシャツは縮んだ末にビキニのブラへと変化し、

大きく膨らんだ果実を受け止めた。

「うっうそぉ!!

 おっ俺が女に…

 女になっちゃった?」

ついさっきまで驚いてみていた

あのビキニ姿の女性たちと同じ姿になってしまったことに、

慎也は驚き、

そしてその場にへたり込んでしまった。

と、その時、

「どうだ?」

と更衣室の表から先輩の声が響いた。

「え?

 あっあの

 わっ

 先輩っ

 こっ来ないでください!!!」

自分がビキニ姿の女性に変身してしまったことに隠そうとしてか、

慎也は慌てて自分の胸と股間を隠すが、

だが、更衣室に入ってきたのは

慎也と同じビキニを身につけた女性であった。

「え?

 あっあれ?」

思いがけない女性の姿に慎也は呆気に取られていると、

「ふーむ」

女性は考えるそぶりをして見せ、

「はやりそーか。

 このジュースを飲むと

 皆、ビキニの姉さんになってしまうのか…

 よーしっ、謎は解けた。

 それでオレがこんな姿に変身したんだな

 わははは!」

としげしげと手にしたパックを見つめたのち、

勝手に一人納得をすると、

大笑いをしてみせる。

「あっあの…

 ひょっとして先輩ですか?」

そんな女性に向かって慎也は恐る恐る尋ねると、

ニヤリ

女性は意味深な笑みを見せ、

「そーだ、後藤君っ

 ちょっとそのビキニを脱ぎたまえ、

 本当に何もかも女性になってしまったのか

 身体検査をしてあげよう」

と指を怪しく蠢かせながら迫ってきた。

「うわっ

 先輩っ

 そういうことは自分の体でしてくださいっ

 うわっ

 やめて…

 いやっ

 堪忍して…

 あぁん…

 そこ…

 感じちゃう…」

その日、

文字通り女性だらけになってしまったビーチの一角で、

バイト学生の慎也は女性としての喜びを知ったのであった。



『ふーん、

 あのTSジュース、

 なかなかの効き目じゃない。

 仕入れた分は全部捌けたけど

 男性用しか仕入れなかったのが失敗か』

混乱のビーチを見下ろしながら白蛇堂は小さく笑うと、

『さて、次はどれで仕掛けるか…』

白蛇堂は次なる目標を見定めていた。



おわり