風祭文庫・異性変身の館






「シャンプー」


作・風祭玲

Vol.725





部活帰りの僕は国道沿いのディスカウントストアに来ていた。

最近経営者が代わり、大規模な改装を行ったみたいだが、

別に何か買い物があってここに来たわけではない。

ただ、部活後の疲れを感じながら、

こうして意味もなくブラブラしながら

商品を眺めているのが好きだったからだ。

店の中を歩きながら、

シャンプーが置かれている商品棚に来たとき、

「ねぇ、コレなんかどうかな?」

「いいんじゃい」

僕の隣にカートを押すカップルが姿を見せ、

あれこれと品定めをはじめだした。

「ふーん、

 まぁまぁかなぁ…」

ショートカットにクリッとした目の彼女を横目で見ながら、

僕はそう思っていると、

ジロッ

そんな僕に敵意を見せているのか、

さっきまで惚けた顔の彼氏が僕を睨み付けていた。

「(別にお前の彼女を取る気なんてないよ)」

突き刺さる視線に僕は心の中でそう叫びながら去っていく、

「まったく…」

彼女居ない歴=自分の人生…

まったくもって自慢できるモノじゃない。

無論、手をこまねいているだけじゃなくて、

色々やってみた。

ナンパに

合コン、

出会い系…

でも、成果はさっぱりなく、

流す釣り糸に掛かるのは”規格外”の魚ばかり…

「はぁ…(おっと)」

ため息を一つつくと出会いが一つ減る。

そんな噂を信じ、ため息を幾度もかみ殺す。

無駄な努力と思いながらも、

後々”あの時…”

と悔しがらないようにとの思いで僕は歩いていると、

「うーん…」

化粧品のコーナのところで一人悩んでいる女性の姿が目に入った。

高校生というのは雰囲気が大人びているので

どうも大学生らしい。

化粧品の棚で考え込んでいる彼女に向かって、

僕は感心無いように近づいていくと、

「ねぇきみ」

と彼女から僕に声をかけてきた。

「はい?」

女性から声をかけられるなんて初めての経験だけに、

僕は驚きながら返事をすると、

「こっちとこっち、

 どっちがあたしに似合う?」

と彼女は二つの口紅を僕に見せ尋ねた。

「え?

 それは…」

「うーん、

 口紅って買ったことがないからよくわからないのよね」

女性はそう言いながら2つを見比べると、

「ヘンなの?

 口紅を買ったことがないなんて…」

と僕は彼女が口紅の購入経験がないことに疑問を持った。

そして、

「まぁいいわ、

 ここで悩んでも仕方がないか、
 
 ねぇ君っ、
 
 ちょっと付き合って」

突然彼女は僕にそう言うと、

商品棚に並んでいた口紅を数本買い物カゴに入れ、

僕の手を引いた。

「え?

 あっちょっと」

白く細い彼女の手が僕の腕をギュッと掴み、

そのままレジへと向かって行った。



「ありがとうございました」

笑顔の店員に送られ、僕と女性は店から出ると、

「あたしの部屋ってこの近くなのよ」

と女性は僕に言い引っ張っていった。

「え?

 あの、
 
 その…
 
 (これって、
 
  ひょひょっとして”逆ナン”って言う奴?)」

困惑しながらも思っても見ない展開に僕の胸はときめき、

そして、これから起こりうるであろう事への期待感が高まっていく。

「ここよ」

そう言って連れてこられたのは国道から少し入った路地裏にあるアパートだった。

「へぇ

(こんな所に住んでいるのか)」

築20年は経過して居るであろうか、

やや古びれたアパートを見上げながら感心していると、

「何をしているの?

 早くきなよ」

と彼女の声。

「あっはいっ」

その声に押されて僕は2階へと続く階段を上がっていくと、

チャッ!

先に上がった彼女は端の部屋へと入っていった。

「あそこか…」

そう思いながら僕も追って部屋にはいると、

「へぇ…

 コレが女の人の部屋か…」

と興味深そうに中を見回した。

しかし、

「女の人という割には…

 なんか華やかさが無いな…」

雑誌などで紹介されるような、

窓を飾るピンクのカーテンも、

テーブルの上に置いてある花もなく、

またヌイグルミや人形の一つもない殺風景な部屋のたたずまいに

僕は困惑していると、

「どうしたの?」

と先に上がっていた彼女が顔を出すなり尋ねてきた。

「え?

 あっ、
 
 いやっ
 
 なんか、スッキリした部屋だなって」

「あっそう、

 ありがとう」

戸惑いながら言った僕の言葉に彼女は礼を言うと、

「さーさ、

 何もない部屋だけど、
 
 上がって上がって」

と僕を招いた。

「はっ

 おじゃまします」

彼女の言葉に甘えるように僕は靴を脱ぎ、

部屋に上がると、

「こっちこっち!」

と奥の部屋から彼女の声、

「あっはい…」

あまりにも無防備な彼女の言動に僕は困惑しながら奥へと入っていくと、

「うーん…」

奥の部屋の畳の上にディスカウントストアで買った口紅をばらまき、

その後ろであぐらを組んで考え込んでいる彼女の姿が目に入った。

「え?」

花柄のワンピースの裾を股まで捲り上げ、

その隙から見える下着に僕は面食らっていると、

「やっぱり店の中で見るのと、

 少し色が違うみたいだな…」

とまるで男のような口調で彼女は呟く。

「はっはぁ…」

その姿に戸惑いながら僕は腰を下ろすと、

チラリ…

口紅を見るふりをしながら彼女を見た。

「うーん」

腕を組み、思案するその姿は、

どう見ても男の様であり、

女らしさは微塵も感じられなかった。

「まさか、ニューハーフ?」

一瞬そんな考えが僕の頭をよぎったとき、

「ふぅ、

 考えても判らないや、

 あっ、飲み物出すね」

膝を叩いて彼女は立ち上がると、

バサッ

いきなりワンピースを脱ぎはじめた。

「わっ」

「何驚いているの?」

「何って…」

「あぁ、別に気にしなくて良いのよ、

 あたしは気にしないから…」

下着姿になった彼女は困惑する僕を笑いながら、

タンクトップ姿へと着替え、

そのままトタトタと台所へと向かって行く。

「あれは…ニューハーフなんかじゃないよな…

 胸はあったし、
 
 あそこも…なかったし…
 
 それに、スタイルもまさに女の子だったよな。
 
 と言うことは…
 
 男兄弟の中で育ったのかな?」

グラビアアイドルと遜色ない彼女のプロポーションに

僕は頭をよぎっていたニューハーフ説を即座に否定する。

すると、

「いっけなーぃ、

 ジュース切らしてたわ、
 
 ちょっと買ってくるね、
 
 あっそうそう、
 
 もしシャワー使いたければ使っても良いわよ」

そう言い残して彼女は部屋から出て行ってしまった。

「え?

 あっ」

まさに彼女のペースだった。

「やれやれ…」

部屋に一人の超された僕は思わずシャツの袖の臭いを嗅ぐ、

「うっ、くせー」

シャツから漂ってくる汗の臭に僕はしかめっ面をすると、

「そっか、

 僕の臭いが気になっていたんだ、
 
 だから、出て行く振りをして

 シャワーを浴びる様に言ったのか」

と彼女の気遣いに気がついた僕は思わず顔を真っ赤にしてしまった。



シャァァァ…

シャワールームの中に湯気が立ち上る。

「ふぅ…」

降りしきるお湯の中に立ちながら

「ちゃんと洗わないといけないよな」

と思いつつシャンプーを探す。

すると、

窓際のコーナに緑色したシャンプーボトルが置かれているを見つけ、

「ちょっとならいいか」

と思いながらそれを手に取った。

チュゥゥゥッ…

念入りに洗えるようにボトルから多めのシャンプー液を出し、

それを頭に塗りつける。

シャカシャカシャカ!

文字通り泡だらけになりながら、

僕は髪の毛を洗いはじめだした。

ところが、

ボコボコボコ!!

泡はものすごい勢いで泡立ちはじめ、

瞬く間に僕の身体を包み込んでしまった。

「うわっ、

 なんつー泡だ」

泡の中に埋もれるようにして

僕は髪の毛から身体をも洗い始める。

そして、

シャァァァ…

その泡を洗い流すべくシャワーを再び浴びるが、

「あれ?

 なんか、髪が多くない?」

と頭から伸びる髪が妙に長くなっていることに気づいた。

「こんなに長髪だったっけ?」

肩までかかる髪の長さに僕は驚きながらもさらに泡を流していると、

身体の中が次第に熱くなり始め、

また、心臓もドキドキして来た。

「あれ?

 なんか変な感じ…
 
 なんか…
 
 体中が敏感になっているような…」

泡を流す指が肌に触れるだけで、

飛び上がってしまいそうな感覚の中、

僕は泡を流した。

そして、全ての泡を流し終わってシャワーを止めようとしたときに、

「あれ?

 シャワーのコックが高くなっている…」

とシャワーのコックの位置が上に移動していることに気がついた。

「ヘンなの…」

不思議に思いながら扉を開け、

脱衣所に戻るが、

しかし、どうもおかしい。

そう、僕の視線の位置が低くなっているのだ。

「あれぇ?」

首をひねりながら洗面台の前に立ったとき、

そこには

肩まで届く長い髪、

幅の狭いなで肩、

小さく膨らんだ乳房にはピンク色の乳首が乗り、

小悪魔的なS字を描くライン、

左右に張り出した大きな腰、

そして、ピッタリと口を閉じている股間の溝…

まさしく上気した姿の女性がそこに映し出された。

「へ?

 なんか好みの…」

と思ったのもつかの間、

「え?

 え?
 
 えぇ?」

鏡に映っているのが自分の姿であることに僕は気づくと、

「なっなっなにこれぇ!!」

と驚きながら鏡に食い入った。

すると、

「お待たせ、

 いやぁ、そこで事故があって、

 つい、見物しちゃった」

と彼女の声が響いた。

「あっ!」

僕は慌てると、

「あれ?

 シャワー浴びているの?」

奥から彼女の声が響き、

トタトタトタ!

とこっちに向かってきた。

「え?

 え?
 
 え?」

逃げる間もなく、

また、着替える事も出来ないまま、

ガチャッ

僕は女になってしまったその身体を彼女に晒してしまった。



「キャッ!」

文字通り無防備な姿を僕は彼女に晒すと、

「あっ!」

彼女は何かに気づいた表情になり、

「ちょっと」

と僕が女になったことにあまり驚かずにシャワー室へと飛び込んだ。

そして、

「あぁ!

 このシャンプーを使ったの?」

と大声で叫ぶと、

「え?

 はぁ…」

僕は意味も判らずに返事をする。

すると、

「で、どれだけ使ったの?

 まさか、
 
 こんだけ使った?」

と彼女は片手をお椀のようにくぼませると、

「それより、もぅちょっと多かったと…」

僕は言う。

その途端、

「あちゃぁ…

 男性の場合、一回の量は一滴でいいんだぞ。

 それ以上使うと内臓も姿も全部女性化してしまうんだ。

 俺のように…」

と彼女は言う。

「へ?」

その言葉に僕の目が点になる。

「女性化するって…」

「あーぁ、

 折角、彼氏が出来たと思ったのになぁ…」

と残念そうに彼女は言うと、

シャワー室から出て行った。

そして、その際に

ポト…

彼女のポケットか男物の財布が落ちると、

そこにはひげ面のオッサンの写真が貼られた運転免許証が顔を見せていた。

「岩田剛」

どうも、それが彼女の本名らしい…

「あの…

 岩田さん…
 
 僕…どうなるの…」



おわり