風祭文庫・異性変身の館






「脱毛剤」


作・風祭玲

Vol.632





「え?」

その時、僕は思わず聞き返してしまった。

「どうしたの?

 もしかして…都合が悪い?」

そんな僕を見上げるようにして一人の女性が心配顔で尋ねてくると、

ブンブン!!

僕は顔のパーツを全て吹き飛ばす勢いで

思いっきり首を左右に振る。

その途端。

「よかったぁ!

 じゃぁ、明日の朝8時、

 遅れないでね」

彼女は満面の笑みで僕にそう告げると、

タタタッ

真っ白なワンピースをなびかせながら走り去っていった。

大場千晶…

僕が通う大学のアイドル七人衆として光り輝く、

僕にとってまさに”雲の上の人”であった。

その大場さんからのまさかのお誘い。

夢ならば覚めないで欲しい…

そう思いながら僕は自分の頬を思いっきり抓ると、

ズキッ!

「痛!」

激痛と共にこれは夢ではなく現実であることを痛感させられた。

と同時に…

「あれ…

 どうしようか」

浮かれかけていた僕の気持ちに冷や水を浴びせる、

ある現実が突きつけられた。



「うーん…」

その日の夕方。

自分のアパートに戻った僕は、

男の部屋には不釣り合いな鏡を見ながら唸っていた。

「どうするかなぁ…」

そう呟きながら僕は鏡の中の自分に向けて手を伸ばし、

そして、そこに映る自分を指さすと、

「はぁ」

思いっきりため息を漏らす。

モジャッ!

何度見てもそれは確かに存在しているし、

モジャッ

また、こいつのおかげで僕は常にある十字架を背負わされていた。

モジャッ

こいつが無くなるのであるのなら、

僕はどんな試練に耐えてみせる。

まさに僕にとって負の財産でしかないもの。

モジャッ

それはまさに”毛”であった。

脚の臑はもとより、

太股、

股間、

腹、

胸、

脇、

腕、

指、

喉、

そして、髭…

「おまえのかーちゃんはチンパンジーか?」

と中学時代、

クラスのワル共からそうからかわれる程、

僕の体毛は濃かった。

いや、濃いなんて言う水準を遙かに通り越していたのであった。

無論…

若干、毛が濃い方が男らしくて良いんだけど、

でも、僕のこの毛は限度を超している。

顔には自信があるのでイケメン風のお洒落をして街で女の子に声を掛けるが、

しかし、この剛毛を一目見ただけでまるで逃げ水のごとく消えてしまう。

たまに、ギャランドゥ萌えの女の子に当たるが、

でも、そんな彼女でもたちどころに逃げ出す有様。

「はぁ…」

父親が沖縄出身だからだろうか?

母親がアイヌの血を引いているためだろうか?

いや、曾じいちゃんが革命で祖国を追われたロシア人だからか、

いやいや、元寇の折に日本に取り残された蒙古人が祖先に居ると言う話もある。

とにかく、誰の血かは判らないが、

誰の遺伝子かは判らないが、

僕を形作っている遺伝子の中に体毛が異常に濃くする情報が

書き込まれていることは間違いない。

「はぁ…」

ため息が漏れる。

エステで永久脱毛をして貰おうか

雑誌の広告を見て何度もそう思った。

でも、大学生の僕にはまだそんなにお金は貯まっていない。

大体、この体毛を脱毛し普通の人並みになるには

いったい幾ら掛かるか判らない。

天文学的なお金がかかることはほぼ間違いないと思う、

アルバイトをしよう…

そうだ、コンビニなんて良いかも…

と思って面接に行ったこともある。

しかし、ものの1週間でクビになった。

理由は…汚らしいから。

「おいっ、

 毎日ちゃんとお風呂に入って居るぞ、
 
 シャンプーだって1日おきに洗って居るぞ」

クビを言い渡した店長にそう言って喰ってかかるが、

彼は無言で僕の体毛を指さした。

「はぁ…」

またため息が来れる。

いっそ動物園にでも行こうか。

起立するレッサーパンダが人気なら、もしかして…

などアホな事を考えながら僕は家を出た。

夕闇が迫る中、

意味もなく国道に沿って歩いていくと、

程なくして行く手にディスカウントストアが見えてきた。

そうだ、このまま手をこまねいてい手も仕方がない。

攻撃こそが最大の防御である。

そうだ、毛が濃いのなら剃ってしまえば良いんだ。

邪魔な毛を無くしてしまえば良いんだ。

そう考えた僕はディスカウントストアに飛び込んだ。

目指すはシェーバーのコーナー。

そして、店内を彷徨うこと5分、

「あった…」

そのコーナーの前に立っていた。

「ふっふっ、

 どれでで剃ってやろうか、
 
 コイツがいいか、
 
 それともコイツか、
 
 えへへへ…
 
 やっぱりコイツかぁ?」

まるで、拉致した幼気な少女を目の前にして、

笑みを浮かべながら責め具を選ぶド変態のように、

僕はシェーバーの品定めをする。

基準は二度と生えて来ないくらいスッパリと剃れること…

そして、選ぶこと約20分、

不審に思った店員に通報されることなく、

「クックック、

 これが良い…」

ニヤリと笑みを浮かべながら僕が手に取ったのは

人間国宝の飛騨の匠が精魂込めて作ったと言う一振りのカミソリであった。

ところが、

「ん?」

その下にさりげなく置かれているクリームを見た途端、

思わず僕の目が目が釘付けになってしまった。

「どんなに毛の濃いあなたでも

 たちどころにバレリーナのような美しい肌に…」

そううたい文句とともにトゥシューズを履こうとしている

バレリーナの絵が瓶に印刷されているクリームを手に取ると、

「へぇ…

 こんなのがあるんだ…」

瓶をクルリクルリと廻しながら僕は感心する。

そして、

「ふん、

 そんなに効き目があるって言うのなら、
 
 一つ買ってみるか…」

あっさりと購入対象を変更し、

僕は手にしていたカミソリを棚に戻すと、

そのクリームを買うことにした。

2680円…

安いと言うか高いと言うか微妙な値段を聞きながら、

僕は財布から間もなくいなくなる稲造を取り出した。

「ありがとうございました」

笑顔の店員に送られ、

僕は来た道を引き返していく。



「ただいま…

 っと言っても誰か居る訳じゃないんだけどな」

自宅にいたときの癖が抜けず、

ドアを開けると共に挨拶をしてしまったことに

僕は苦笑いしながら部屋に戻ると、

そのまま風呂場へ向かい、

そして、買ってきたばかりのクリームを眺めた。

「ふーん、

 製造元は黒蛇堂製薬ってところか…
 
 あまり聞いたことがないな…」

クリームの製造元があまり聞いたことがない名前であることに僕は首をひねると、

「まさか、中国製でヤバイ成分が貼っているわけじゃないだろうなぁ」

文句を言いながらもふたを開け、

スッ…

クリームを一掬い掬い上げた。

「変な臭いは無しっと…

 でも、なんか甘い香りだなぁ…」

掬ったクリームの臭いを嗅いだ途端、

一瞬、僕の脳裏に浴衣姿の女性の姿が思い浮かぶが、

フルフル

直ぐに頭を左右に振ってその妄想を吹き飛ばすと、

「明日のための、その1!」

と気合いを入れ直し、

まずは眼に入るところからと、

掬ったクリームをびっしりと毛が生えそろう腕に塗り始めた。

ヒヤッ

塗った途端、

まるで肌に氷を当てたような冷たさを感じたが、

しかしそれに構わずに塗り続け、両腕を塗りおえると、

その勢いのまま今度は足へと塗り始める。

なにしろ、体中毛だらけだから手足を塗るだけでも一仕事。

僕はクリームを塗って塗って塗りまくった。

やがて、対象は股間へと向かい、

女性ならビキニラインと言いたいところだが、

あいにく僕は男なので、

そんな細かいところに気なんて遣っていられない。

ヌリッ!

まさに一塗り、キンタマの後ろから肛門、

そして、尻のホッペタまでも塗ってしまった。

一応、腹や胸は後回し。

そう決め僕は塗っていく、

当然10分たっても20分たっても処理できそうもない。

作業を開始してから30分が過ぎた頃、

「そろそろ良いかな…」

説明書に書いてあった放置時間を見計らい、

タオルを手に取ると、塗ったクリームをふき取り始めた。

すると、僕をさんざん苦しめてきた毛は見事に取れていく。

「うわっ

 すげー」

次々と抜けていく毛の中より

女性の様な肌が姿を見せる度に僕は声を上げ、

そして喜んだ。

「もぅ、苦しまなくて良いんだ」

「毛よさようなら、二度と生えてくるんじゃないよ」

そう念じながら僕は拭き取って、

いや、むしり取っていたのであった。

そして、腰を下ろして股間もふき取り始めたとき、

皮膚の一部が妙に浮いたような不思議な感覚がしたが、

しかし、僕はそんな事を気にせずに

「えいっ」

とばかりにチンポをつかみ、

一気に引いた。

これでチンポの周りの毛もみんな無くなるはずだった。

しかし…


ズルッ!


僕のチンポはまるで圧着されたハガキを剥がすかのように

綺麗に削ぎ落ちてしまったのであった。


「は?」


ブラン…

恐る恐る持ち上げたタオルの間に

脱皮した蛇皮のごとく垂れ下がる僕のチンポと袋の姿があり、

「なにこれ?」

それを見ながら僕は唖然とする。

チンポ…

チンポ…

誰のチンポ?

まさか僕の…

僕のチンポが取れちゃった?

「………」

全く音がない時間が過ぎていく、

僕のチンポが取れちゃった。

取れちゃった…

じゃぁいまの僕の股はどうなっているのか?

一皮剥けた新しいチンポがあるのか?

でも、何か下がっている感覚はいまは何もない…

股間を吹き抜ける風の冷たさを感じながら、

僕は空いている左手を這わせると、

ツルン!

確かに僕の股間には何も無かった。

「へ?

 ない?
 
 なにも…ない?
 
 チンポもなにも…ない?」

虚しく空を切る左手に僕は次第に焦りを感じはじめた。

ないっ

ないっ

なにもないっ

ないって…

じゃぁ、これからオシッコはどうするんだ?

じゃぁ、これからオナニーはどうしたらいいんだ。

折角、先輩から無修正のビデオ貰ったのに…

見る見る頭の中が混乱してくる。

ないっ

ないないない!

チンポが無くなってしまった僕はこれからどうすればいいんだ?

まさに、人生にとって大問題へとなっていく。

ペタペタペタ

突起物が消えてしまった股間を触りながら僕は困惑していた。

すると、

グニュッ!

何もなくなった股間に突然、筋が一直線に伸びると、

見る見るその筋は深さを増し溝へとなって行く。

「え?

 なにこれ?」

クニッ!

指で出来たばかりの溝の両側を開き、

そして、その中を触った途端。

ビクンッ!

「あっ!」

これまでに感じたことがない刺激が身体の中を突き抜け、

僕は思わず声を上げてしまった。

なっなんだこれ…

いま、目茶気持ちよかったぞ。

剥いたばかりのチンポを触ったときに感じた刺激よりも

遙かにしのぐその快感に僕は身を捩らせる。

クニッ

「あっ」

クニッ

「あん」

クニクニ…

「あっあぁーん」

チンポが無くなった股間出来た溝の中を弄る度に、

僕はまるで女が上げる喘ぎ声の様な声を漏らし、

次第に溝に入れた指の動きも大きくなっていく。

クニュッ

クニュクニュ…

肉で出来たヒダだろうか、

いつの間にか姿を現していたそれを弄りながら、

さらに奥へと指を入れてゆくと、

ヌプッ!

僕の指はそこで口を開けていた穴へと入り込んでしまった。

「!!!!

 きゃっ!」

もっとゆっくりと探れば良かった。

そう後悔してしまうほどの痛みに似た感覚に、

僕は悲鳴を上げ、慌てて指を引き抜いた。

「くはぁ

 はぁはぁ…
 
 はぁはぁ…」

体中から汗を拭きだし肩で荒い息をしながら、

僕は透明な粘液がついた指を上げると、

「なにこれ…」

と呟く。

一体、僕のあそこはどうなっているんだ。

とてつもなくイヤな予感を感じながら、

ゆっくりと股を開き、

恐る恐る下を眺めた。

見なければ良かった…

ひょっとしたら後でそう後悔することになるかも。

そう思いつつも、自分の目で見て確認をしないわけにはいかず、

僕は自分の股間を見た。



「マジ?」



最初に出た言葉はその一言だった。

いや、それ以上の

また、それ以下の言葉などはない。

その一言が全てを物語っていた。

マジ?

そう、まさにこれは本当なのか?

この股間がいまの僕の性別を表しているのか?

股間で縦に口を開くクレパスに向かって僕はそう問いかけたかった。

プシャァァァ…

股間の力が抜けたのか、

そのクレパスの中からやや黄色がかった生暖かい液体が噴き出す。

オシッコだ。

もはや立ってすることなど出来ない。

もしこのまま立てば、

たちまち僕の股から下はオシッコまみれになってしまう。

このまま座ってオシッコをするしかなかった。

シャァァァァ…

ずっと溜め込んでいたのか、

オシッコは果てしなく長く続いたが、

しかし、永遠と言うほどではなかった。

やがて全てを出し尽くすと、

「はぁ…」

僕の口からため息が漏れる。

でも、これで終わりではなかった。

いや、むしろ始まりであったのだ。

座って放尿をすることしか出来ない性。

股間に縦に割れるクレパスを持つ性。

そのクレパスの中に男のチンポを入れて貰う穴を持っている性。

そして、その穴の奥に子供を宿す器官を持っている性…

そう、僕は女になってしまったのであった。

「あはは…

 女になっちゃった…よ」

立つことも出来ず、

僕はしゃがみ込んだ姿勢のまま呆然する。

モジャッ

股間は女になっても胸やお腹周りにはまだ毛が残っていた。

「………」

その毛の感覚に僕はクリームを見つめると、

自然と僕の手は動き、

毛が生え残っている胸や腹に塗り始めていた。

そして30分後…

プルン!!

僕の胸に見事な果実が膨らんだ。



翌朝…

プルン、

見事に膨らんだ胸を揺らしながら僕は部屋を出た。

昨日まで着ていたシャツはすっかりダブダブになり、

その裾を絞り込まれたウェストのところで縛っていた。

また、ズボンはきつく、

大きく膨らんだヒップがピッチリと浮き出ているため、

僕はそれを気にしながら階段を下りる。

「見ろ…」

「女か?」

「すっげぇ…」

街を行く男達が一斉に振り向くのを感じながら僕は街を歩いてゆく、

もぅ僕の身体にはあの苦しめていた毛は消えて無くなっていた。

やがて、行く手に誰かを待つ1人の女性の姿を見つけると、

「千晶さぁん…」

と僕は声を張り上げ走り寄って行く、

「遅れてごめんなさい。

 僕…女の子になっちゃって…」

その時の千晶さんが見せた驚きの表情は

僕の記憶にしっかりと焼き付けられた。



おわり